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三日鷺~ミカサギ~  作者: 帝 真
第6章 恋心〜黒(からす)
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恋心~黒(からす)~・2

 ――ダダダッ!


 灯乃と斗真がいる雄二の部屋の前の廊下を、けたたましい足音が駆け巡った。

 そしてその勢いのまま、仁内が部屋に飛び込んでくる。


 「ここか! 灯乃…………って!?」


 彼は何をそんなに慌てているのか。

 仁内は、灯乃が斗真と抱き合っている様子を目の当たりにして、頭を殴られたかのようなショックを受けた。


 「今度はてめぇかよ、斗真っ!」

 「? 今度は、とは何だ?」


 春明とのやりとりの後だからなのだろう。

 斗真も灯乃に対して何かしたのではないかと仁内は憤慨するが、そんな中で灯乃は、また彼に恥ずかしいところを見られてしまったと、穴があったら入りたい気分に赤面した。

 だが、それでも斗真の身体が離れて温もりが失くなると、途端に寂しさが勝ったように思う。


 ――もう少し感じていたかったな


 「それより何だ、騒々しい」

 「うっせぇ。また変な身震いがしたから、来てやっただけだろ」


 仁内はそう言うと、同じように頬を赤らめてチラッと灯乃を見た。

 そうだった。

 灯乃の感情が荒れると、それが彼女の三日鷺である仁内にも伝染するのだ。

 もしかしたら春明の時もそうだったのかもしれない。

 彼は大丈夫なのかと伺うような視線を彼女に送ると、灯乃はそれを察して微笑んだ。


 ――大丈夫だよ


 そんな無言のやりとりを、斗真は密かに目端をつり上げ睨む。

 一方で灯乃は、仁内が心配してくれているのが伝わり嬉しく思う反面、気をつけなければと思った。

 また余計な気苦労をかけてしまう。

 ただでさえ生傷が絶えないのに、彼の方が心配になってしまうではないか。

 灯乃はそう思うと、なるべく不安になるようなことは考えないようにしようと決めたのだが、そう決心したのも束の間、仁内が不穏な問いかけを口走った。


 「斗真、これからどうするつもりなんだ?」


 周りの空気が一瞬澱む。

 灯乃を救う方法は亜樹から聞き出せたが、それを二人に話していいものなのか斗真は迷っていた。

 それを灯乃が聞けば、罪悪感と周りからの必要性を考えて、星花を優先すべきと結論づけてしまうだろう。

 いつ消えるかも分からない恐怖の中で必死に闘い、そしていずれ訪れた闇の迎えに震えながらも笑って逝ってしまう、そういう少女だ。

 そんなことはさせたくないし、させない。

 斗真のその意思は、先程彼女にも告げたばかりなのだ。

 では、仁内はどう答えるだろうか?

 彼ならば、恐らく――


 「斗真?」


 灯乃が様子を伺うように斗真を覗き込んだ。

 彼の顔色が少し悪いように思う。

 無理もない。

 斗真はきっと、またいろんなことを一人で抱え込んでいるのだ。

 彼はいつだって助けてくれる、護ってくれる。

 そんな彼だから一人で背負わないで、少しでも分け与えてくれたらいいのにと、灯乃は思っていた。


 「あのね、斗真」


 灯乃は口を開く。


 「星花さんを助けに行かない?」

 「「……!」」


 まるで斗真の頭の中を読み取ったように、灯乃の口から彼女の名前が出てきた。

 

 「……なぜそんなことを?」

 「もともとそれが目的だったでしょ? 星花さんだって三日鷺にされてるんだし、急いだ方がいいじゃない。独りで怖い思いしてるかもしれないし」

 「灯乃……」

 「俺は嫌だね」

 「えっ」


 そんな時、仁内が目を一段と吊り上げて呟く。


 「なんでリスク背負ってまで、あんな奴を助けに行かなきゃなんねぇんだよ」

 「従兄妹でしょ、心配じゃないの?」

 「心配じゃねぇ。いいか、灯乃。あいつは本家にいるんだぞ? 間違いなく三日鷺にならなきゃ助けられねぇとこだ。下手すりゃ俺らが黒になっちまう。そこまでして助けてぇなんて思うかよ」


 仁内はきっぱりと言い切ると、斗真を睨みつけた。

 だいたい星花を助けたいのは斗真だけだ。

 彼個人の都合だけで灯乃を黒にするなんて、そんなふざけたことは許さない。

 口では自身のことを優先しているように語るが、内心は灯乃のことを考えているのだと、仁内は敵視するような目でそれを斗真に訴えた。

 もちろん彼もそれに気づいて睨み返す。

 そんなことは分かっていると。

 しかし、その時。

 

 「だったら、尚更だよ」

 「え……?」


 斗真たちの思いとは裏腹に、灯乃がポツポツと言葉を紡ぎ始めた。

 二人に目をやりながら、その決心を強く声にのせる。


 「斗真はいつか必ず星花さんを助けに行く。本家がそんなに危ない所なら、斗真を一人でなんて行かせられない。それに、私も一緒に行きたいの。一緒に行って、一緒に戦いたい。このまま何もしなくてもどんどん黒に近づいてくのなら、私が使える内に星花さんを助け出して欲しいの」

 「灯乃……」

 「斗真と約束したの、一緒に行くって。だから――星花さんを助け出すことは、私の目的でもあるの」


 灯乃は立ち上がって仁内の方へ歩いていくと、そっと彼の手を取った。

 まっすぐで迷いのない瞳が見つめてくると、仁内は思わず固唾を呑む。


 「一緒に行こう、仁ちゃん」


 ただの一言だった。

 それだけで簡単に仁内の心が揺れる。

 向けられたその目は、完全に彼を信じ切り答えを求めてはいなかった。

 仁内なら必ずついて来てくれる、そう分かっている目。

 そんな目をされれば、彼にはもう選択肢などなかったのだ。

 

 「……仕様がねぇ。てめぇに何かあったら困るからな。……行ってやるよ」

 「だよね!」


 灯乃が満面の笑みを浮かべると、仁内は照れ隠しに赤面した顔をサッと逸らした。

 そんな信じ合っている様を見せつけられて、斗真は更に不快に目を俯かせる。

 灯乃にとって黒に近づくことは、凄く恐ろしいことの筈なのに。

 本当は消えたくないと思っている筈なのに。

 彼女にその選択をさせてしまっている自身にも腹が立つが、何より彼女を支えている存在がもう一つあることに、斗真は僅かながらに嫉妬を覚えた。


 「待て」


 斗真の視線が灯乃へ向き上がった。

 

 「お前の覚悟は分かった。だが、今のまま迎えば、それこそ本当に救い出して最期(おわり)になるぞ?」

 「でも、他に方法が……」

 「白へ近づく術を準備しておく。三日鷺の欠片の回収だ」


 強い口調で言い放つ斗真の言葉に、二人が互いに見合わせて息を呑んだ。

 決心がついたというより、半ば自棄(やけ)になったように吐く斗真。

 けれど彼らしいというべきか、きっちり先のことを見据えた上で、それを告げていた。


 「朱飛らを追うってことか?」

 「それもあるが、叔母上が先だ。聞いた話じゃ、三日鷺の刀を砕いたのは一部の山城家の者たちらしい。叔母上なら他の欠片の行方を知っているかもしれない」


 斗真はそう応えると、灯乃たちは確かにと頷いた。

 本当は真っ先に雄二を探し出したかったが、灯乃はそれを口には出さなかった。

 黒になるかどうかが左右される状況で、勝手な都合を押し付けられない。

 けれどもし、この場に春明がいたならば、提案くらいはしてくれていただろうか?

 ふと彼のことを考えると、何となくあの眼が思い出されて、灯乃はポッと密かに頬を赤らめた。

 と、その時。


 「仁内様っ」


 使用人が一人パタパタと駆け込んできて、口を開く。


 「お連れ様がお目覚めになられたのですが、如何いたしましょう?」

 「連れ……みつりの奴か!」

 

 彼女の存在を思い出したのか、仁内は舌打ちした。

 そういえば、気絶したみつりを連れてきていたのを失念していた。

 まだ処遇を考えてはいない、どうしたものか。

 

 「酷く動揺なさっていて、私たちではどうにも……」

 「え……みつりって、どうしてここに……?」


 灯乃は彼女の名前を聞いて、目を見開いた。

 そういえば朧気な意識の中で彼女の姿を見たような気がする。


 ――もしかしてあの場で巻き込んでしまった……!?


 「私、行ってくるっ!」


 すると灯乃が声を上げ、急いで向かおうと走り出した。

 きっとみつりを巻き込んでしまったのは自分のせいだ。

 灯乃ならそう思うだろうと斗真はそう察して、すぐに彼女へ口を開いた。


 「灯乃」

 「えっ」


 わざわざ呼び止めた声に灯乃が振り返る。


 「お前の気持ちには感謝している。だが、お前を道具として連れて行く気は更々ない。だから――使える内に、なんて二度と言うな」

 「斗真……!」


 斗真のその諭す言葉に、灯乃は目を丸めるもしっかりとゆっくり頷いた。

 思わず涙が出そうになった。

 道具のように利用するのではなく、共に戦う仲間として認めてくれている。

 それが嬉しくて嬉しくて。

 けれど泣いてしまったらきっと困らせてしまうから。

 灯乃は気づかれないように顔を俯かせながら、使用人と共に部屋を飛び出していった。


 「おい、斗真」


 そんな時、仁内が彼を呼ぶ。

 斗真が振り向くと、その表情だけで何を言おうとしているのかが分かり、険しい目つきに変わる。


 「お前も、簡単には解放されたくない口か」

 「あいつ一人を黒になんてさせねぇよ」

 「……死ぬぞ?」

 「怖かねぇよ」


 仁内は躊躇うことなく斗真にそう告げた。

 彼の中で、黒になることがそれほど恐怖と感じていないのだ。

 いつも自分のことしか考えてこなかった仁内を見てきた斗真にとっては、驚くべき変化だった。

 けれど理由は分かっている――灯乃が彼を変えたのだ。

 彼女が仁内の中でどれだけ大きな存在であるか、斗真も分かってしまったのだ。

 だからなのか、仁内にも斗真の気持ちが分かり、口を開く。


 「斗真。てめぇが何を迷ってんのか知らねぇが、灯乃のことを考えてやってるなら、気ぃ抜いてんじゃねぇよ」

 「そんなつもりはないが?」

 「春明が――《あの眼》を灯乃に使っててもか?」

 「…………何、だと?」


 仁内のその一言に、斗真は表情を固まらせた。

 春明は斗真にとって誰よりも頼りにしている存在、その彼が灯乃に――


 「忘れるなよ、灯乃は女だ。奴にとっちゃ、あいつも例外じゃねぇってことなんだろうよ」

 「そんな……春明が…?」


 斗真は手で口許を覆うも動揺を隠し切れずに頭の中を真っ白にさせた。

 そんな彼を余所に、仁内は灯乃のあとを追いかけようと歩き出す。

 斗真もすぐに行かなければと分かっているものの、上手く思考が働かず立ち尽くし、強烈な眩暈に襲われた。

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