分裂
――グサッ!
亜樹に向かって放った長刀が刺さった――畳に。
三日鷺は不満げに目を細めると、紅の鞘でそれを制した斗真の姿がその先に映る。
「やめろ。叔母上に手を出すな」
「……相変わらず甘いの、主は」
亜樹を護るように斗真は間に立つと、その様子に三日鷺は僅かに口角をつり上げた。
すると次の瞬間、三日鷺の翡翠の目がクワッと大きく開かれる。
「朱飛」
「はっ」
「何っ!?」
三日鷺の合図と呼べる声に逸早く朱飛は反応して外へ跳ぶと、春明がそれを止めようと動くも手元に長刀がないことでまんまと彼女を取り逃がしてしまう。
一瞬小さな焔が朱飛の肩に見え、おそらくそれが伝達の役割を果たしていたのだろう。
見事に朱飛を外へと送り出してしまった斗真は、次の手を踏まれる前に三日鷺を封じる。
「命令だ、紅蓮の三日鷺――その場を動くな」
「フッ、御意」
既にしてやったりとばかりの表情の彼女に、斗真は苦虫を踏みつぶしたような顔を見せた。
「朱飛を何処へ向かわせた?」
「主ももう分かっておろう? もちろん――緋鷺 仁内のところよ」
「お前……やはりかっ」
斗真は予想していた答えに舌打ちして、彼女を睨む。
「やはりお前達が探していたのは、あいつが持っている欠片……いや、あれは他の欠片とは違うんだろ?」
「その通り。あれは我の欠片ではあるが、同じではない。あれだけは本来、主の為だけの欠片ぞ」
「俺だけの?」
「万一、刀が何者かに奪われ、主が斬られてしまった場合のみ必要とされるもの。あれは最初の命令のみを打ち消す」
「命令を打ち消す欠片。なるほど、そういうことか」
三日鷺がそう言うと、斗真はすぐに理解し納得した。
あの欠片を手にしてからの仁内が、斗真を護りに動かなかったのはそういう原因があったのだ。
――仁内の中で俺の盾となれという命令が打ち消されていたという訳か。
だが、それを叔母上はどうして……
「他の欠片も含めてそれを奪い去ったのは、そこに転がる裏切り者共だ。おかげで我は万全の状態で主に仕えることができぬ」
三日鷺は今にも唾を吐き捨てようとするかのような見下した視線を亜樹に向けて言い放った。
「それじゃ刀が折れているのは、叔母上達が?」
「我の邪魔をする下衆共よ。我の目的はその欠片らを全て回収し《雪白の三日鷺》と蘇り、主に仕えること」
「だがそれだけじゃ、俺に秘密にしていた理由にはならない。何を隠している?」
斗真は追及する口を止めず、警戒したまま訊ねた。
そんな彼に、三日鷺は微かに小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「何も隠してなどおらぬ。言ったであろう、我の目的は主に仕えることと」
「どういうことだ?」
「主が我を必要とした理由は何であった?」
「それは星を助け出す為に力が欲しくて……まさか、お前っ」
何かに勘づいたのか、斗真はハッとした。
それを見た春明も気づいたようで、それを口に出す。
「斗真君は力を失ったから、三日鷺の力を必要とした。もし斗真君に今までの強さが戻ったら、三日鷺は必要とされなくなる」
斗真の強さを春明はよく知っている。
今までの彼の力なら、きっと三日鷺なんて――いらない。
そして亜樹達のことを知れば、優しく欲のない彼ならばきっと……。
「主があの欠片の存在を知り手に入れれば、我はお払い箱よ。それは決して許されぬこと、主が生まれたあの瞬間からな」
三日鷺は何かを思い起こすように瞼を閉じると、グッと拳を握った。
――蘇った我の焔を鎮める術は、主の命令のみ。
主だけが我を安寧に導き、そして……
三日鷺は何処か悲しげな表情をしながら双眸を開く。
「既に朱飛には命じておる。あの欠片を回収し、破壊せよとな」
「何っ」
「あやつは良い娘よ。我の手足となって良く動く。縛りはなくとも、邪魔者を排除してくれる」
「邪魔者……だと?」
「そういえば、この灯乃を主の側に留め置くのに、あの母親も邪魔であったな」
「……っ……!?」
三日鷺のその言葉を聞いた途端、斗真はサーッと血の気が引いたように凍りついた。
――灯乃を俺の側に置いておく為に放火させた?
それだけの為に、朱飛を使って灯乃の母親を手にかけたというのか!?
――そのせいで灯乃は、どれだけ苦しんだと思ってるんだ……っ!
「斗真君、今は早く朱飛を止めないと!」
その時、春明のその声に斗真はハッとして外に目を向ける。
今は欠片を破壊しようとしている朱飛を止めるのが先。
斗真は急かされるように、三日鷺へ口を開いた。
「こいつに止めさせるっ。命令解除、新たに命ずる、紅蓮の三日鷺――朱飛を止めろ」
「斗真君っ!」
命令の言霊を口にした途端、春明の慌てた声が斗真の耳に届いた。
三日鷺がニタリと笑みを浮かべる。
「御意。……焦ったな、主」
「斗真君、何てことっ」
「え……ハッ、しまった!」
斗真も気づくが時既に遅し、すぐさま三日鷺は外へと飛び出していき、もう斗真の声は届かない。
斗真は奥歯を噛み締めると、思い切り壁を殴った。
彼の命令は朱飛の行動を阻止するだけのもので、紅蓮の三日鷺に対しては縛りがない。
朱飛を止めても、その後三日鷺自身が欠片を破壊すればそれで終わるのだ。
「斗真君、とにかく跡を追いましょう!」
「っ、分かっている!」
二人は急いで三日鷺を追った。
後悔に顔を歪ませる斗真を横目で見ながら、春明は思う。
――灯乃ちゃんが絡むと、斗真君は駄目になる。
やっぱりあの子は、斗真君の側にいるべきじゃないわ




