思惑・8
「――何を、おっしゃっておられるのですか? 私が、悪者……?」
朱飛は冷や汗を流して、春明に訊ねた。
彼の朱飛を見る目は、まるで憎々しい敵を見るかのように冷たくつり上がり、僅かな隙も許さない。
ズキっと彼女の心に深く突き刺さった。
「待て、春明」
そんな時、今度は斗真が口を開く。
「まだそうと決まった訳じゃない。朱飛には訊きたいことがあるが、それよりもまずは……」
斗真はそう言い残して亜樹の方へ向き直ると、失礼と呟くと同時に彼女の左腕を掴み、肩をさらけ出した。
亜樹の左肩に傷はなかった。
彼女は昨夜の般若面の者ではない。
「叔母上、あなたと昨夜の者達の関係をお聞かせ願いたい」
「唐突ね」
「お答え下さい。でなければ、あなたを三日鷺で斬らなくてはならなくなる」
斗真はまっすぐな目を亜樹に向け、様子を覗った。
本気の目――大凡の察しはついている目、それを悟ると彼女は小さくクスッと笑う。
「勇ましいわね…………あの者達は私の手の者。私が命じたの――殺すつもりであなたを襲えと」
亜樹は鋭くも何処かからかうような笑みで、斗真達の表情を見ながら答えた。
けれど彼らの表情が歪むことはなく、平然とそれをただ受け入れ聞いている。
それがつまらなかったのか、亜樹は少し残念そうに息を吐いた。
「分かっていると思うけど、本当に殺そうと思って命じた訳ではないの。斗真さんも私の大切な甥っ子、そう簡単に殺られはしないと思ってしたことよ」
「でしょうね。でなければ、こんな効率の悪い手段なんかとらない」
亜樹が言うことをまるで見越していたような口ぶりで、斗真はさらっと呟く。
「叔母上は恐らくあることを確認し、俺達に知らせたかったのでは?」
彼がそう訊ねると、皆の目が一斉に朱飛へと向いた。
一気に多くの視線を浴び、朱飛は動揺するように目を泳がす。
あること――それは朱飛のこと。
斗真は彼女の様子を怪訝そうに見ながら、話を続けた。
「朱飛、お前に不審な点が幾つかあるのには気づいていた。三日鷺である筈のお前が、雄二の持つ三日鷺の欠片に触れられたこと。そして、お前が灯乃の母親を送り終えた後、俺の盾となれという命令が残っているにも関わらず、完了しても尚春明達と行動を共にし、俺のところへ戻っては来なかったこと。初めは、俺が何らかの攻撃をされなければ位置が特定できないだけかと思っていた。三日鷺の欠片に触れられたのだって、刀と欠片では効力に差ができ、たまたま平気だっただけに過ぎないのかと」
「……」
「だが、お前は一度、俺が攻撃を受けているのに気づかなかった時がある」
「え……?」
それはこの屋敷で露天風呂に入った時のこと。
至近距離にいた斗真に驚いた灯乃が、思わず暴れて攻撃したことがあった。
その時、雄二達と一緒に朱飛も現れたが、ただ彼らについて来ただけで命令によって駆けつけて来た訳ではないことを春明が証明している。
斗真は朱飛に近づくと、目の前に立ち、しっかりとした口調で問いただした。
「朱飛――お前はもう、灯乃の三日鷺じゃないな?」
「……!」
斗真のその一言に、朱飛は大きく目を見開き、絶句した。
側で春明の刃が彼女を逃がすまいと、ただただ狙っている。
斗真がひと声かければ、すぐにでも首をはねられそうだ。
しかしそれはかからない。
これだけはっきり問いかけながらも、斗真の中ではまだ合点がいっていないのだった。
それは仁内の存在。
彼もまた、露天風呂へは投げ飛ばされて来ただけで命令で来た訳ではないし、三日鷺の欠片にも彼は触れられていたのだ。
そのことが事実をうやむやにし、斗真を惑わせていた。
しかし斗真はあえて彼のことは朱飛にはふせて話す。
「叔母上が俺を狙ったのは、お前が俺の危機に気づいて現れるどうか探る為だったんだろう」
「私はすぐに向かいましたが?」
「あぁ。だが、お前がどう知って現れたのか、叔母上はそれを見ていたんじゃないのか?」
「……っ……!」
朱飛は亜樹と目をかち合わせる。
まるでまずいところを見られてしまっていたんだと気づく目。
亜樹は話し出す。
「私は見ていたわ。あの時あなたが、別の者から斗真さんの危機を知らされているのを」
「……っ、しかし私は、灯乃様の震えを感じ、危機を知ることができました」
苦しい言い訳をするように、朱飛はポツポツと話すと、それを打ち消すように春明が口を挟む。
「それも、学校にアンタの仲間がいたら可能でしょ?」
「……それは……」
「おかしいと思ってたのよね。アンタが雄二君とこっそり火事の確認に行った時、アンタ携帯電話の存在を忘れていたでしょ? 数多く情報収集を任されてきたアンタが、大事な伝達手段の一つを忘れるなんて。それにらしくもなくこの屋敷で雄二君を追い回して、あちこち壊しちゃったことも。三日鷺は主人の影響を受けるって何処かで聞いたことがあったから、てっきり灯乃ちゃんの影響かと思ってたんだけど、考えてみれば灯乃ちゃんはうっかりはしてるみたいだけど破壊魔じゃないものね」
春明は皮肉っぽく口走ると、それに反応してか灯乃が密かにむうっと頬を膨らました。
「ねぇ朱飛、アンタあたし達に内緒で何かを探ってるんでしょ? じゃなきゃ三日鷺じゃないこと、秘密にする必要なんてないもの」
春明の刃にグッと力がこもり、殺気を漂わせる。
「何を探っているのかしら、朱飛。あたし達に知られるとまずいものなのかしら?」
春明は今にも斬り裂こうするかのような気配で朱飛に訊ね、その瞬間、彼女の体はゾッと震えた。
そんな時、春明の肩に手を置き、斗真は彼の気を沈めさせる。
「春明、待つんだ。それはこいつに訊くことじゃない」
斗真の落ち着いた声に、春明は不満げに眉を歪めるが渋々長刀を収め、その様子に朱飛が思わず息を呑んだ。
すると斗真は、灯乃の方を向く。
そんな彼と突然目が合い、灯乃はドキッとした。
――何だろう、とは思わない。分かっている。
朱飛は確かに三日鷺であったけれど、今はそうじゃないのだとしたら?
誰かが彼女を解放した――誰が?
できる者は一人しかいない。
――紅蓮の三日鷺
「灯乃、命令だ」
斗真は刀を灯乃に差し出し、言霊を告げようとした。
しかし、その時。
「駄目よ! 紅蓮の三日鷺を呼び出しては!」
突然、亜樹が大声を放ち、そう叫んだ。




