思惑・2
次の日の早朝。
「はぁ……」
灯乃は腰をおろすと、庭の景色を眺めながら溜息を吐いた。
今ちょうど割り当てられた部屋の清掃が終わり、外された彼女の前掛けが丁寧にたたまれ膝に置かれている。
これから学校へ行く為の準備に入るのだが、疲労のせいかすぐには動けず、休憩と称してぼんやりしていたのだった。
思い出すのは、昨夜の斗真。
急に抱きしめられて驚いたけれど、力強くて温かった、あの腕の中。
――私が誰にも必要とされなかったなんて情けないこと言っちゃったから、また慰められてしまった
灯乃はまた気を遣わせてしまったと落ち込むが、何処かであの時間がもう少し長く続いてくれたらと願う気持ちもあった。
温かくて、心地良くて――ドキドキしたあの一時。
けれど斗真からすれば、きっと誰にでもするように手を差し伸べてくれただけなのだろう。
そう思うと、何となく寂しいが。
「斗真は本当に優しいな」
「そうかぁ?」
「わっ、雄二!?」
気が抜けているところへ突然雄二に背後から声をかけられ、灯乃は吃驚して振り向いた。
いつも朝に弱くて一人では起きられない彼が、まさかこんな早い時間に起きてくるとは思わなかった。
「珍しい。起きられたんだ」
「眠れなかったんだよ」
「え…………そっか」
灯乃は一瞬不思議そうな顔をするが、すぐに納得するように表情を落ち着かせて呟いた。
普段から30秒あれば眠れると豪語する程すぐ眠れる雄二が寝不足だなんて、何か気になることがあったからに他ならない。
そして彼は昨夜、奇襲してきた般若面の奴らと対峙している。
灯乃にはすぐにピンときたのだった。
そしてそれを雄二も感じ取る。
「……何も訊かないんだな?」
「言いたくなったら聞くよ。雄二が黙ってるのは、その方がいいって思ったからなんでしょ?」
灯乃は少し寂しそうな顔をするも、優しく微笑んだ。
本当は般若面の奥に隠されたその素顔を雄二が見ていたこと、更には火事の一件から隠しごとを秘めていることさえ、灯乃は気づいていたのかもしれない。
それでいて何も訊かないのは、彼女の控えめな性格と雄二への信頼のせいだろう。
それを雄二も分かっていて小さく苦笑した。
――こいつは俺を信じてくれている。だったら俺もその想いに応えて、こいつを護る
「灯乃。お前さ、今日は学校休め」
「え?」
雄二は真面目な顔をして、そう言った。
「どうして?」
「やっぱり外へ出るのは危険だ。俺と仁内で行ってくるから」
「でも……」
「――駄目よ」
そんな時、二人が話す場へ亜樹が現れた。
紅色と薄ピンクの着物を纏い、しなやかに足を運ばせてくる彼女は、まるで戒めるような尖った目で雄二を見てくる。
「灯乃ちゃんも一緒よ。そう決めたでしょ?」
「亜樹様」
……ん?
その時、灯乃は彼女に何かを感じた。
――何だろう……におい? 何だか生々しくて気分が悪くなるような
それは僅かに感じたものだった。
もしかしたら灯乃の勘違いかもしれないし、雄二は何も気づいていないようだ。
けれど、何故だか気になってゾクゾクする。
――まさか、亜樹様……
「亜樹様、昨日で既に灯乃は襲われてるんだ。今日一日くらいは様子を見た方がいいんじゃないんすか?」
「ここにいても一緒よ。狙われていることには変わりないもの」
雄二が何とか説得しようと試みる中で、亜樹はまったく取り合わず威圧するが、ふとした瞬間に彼女の様子が一変しニヤリと口元を緩ませた。
そして灯乃に近づくなり、両肩をガシッと掴む。
「え、あの……?」
「それとも灯乃ちゃんが、今日一日私の専属メイドさんになってくれるのなら考えてあげてもいいわよ?」
「「……へ?」」
まだ諦めていなかったのか、亜樹のその一言に二人の目が点になった。
どうやら彼女の反対は、灯乃にメイド服を着せる為の前振りだったようだ。
ニコニコしながら灯乃の返答を待つ亜樹に雄二がげんなりすると、一方で灯乃はハッとした。
一日中亜樹の側にいれば、においの正体がはっきりするかもしれない。
――多分、私の気のせいだと思うけど
「亜樹様、朝から何言ってんすか。そんなのこいつがいいって言う訳……」
「私、やる」
「……え?」
「私やります。今日一日、亜樹様の専属メイド」




