気持ち・8
月が辺りを照らす夜。
普通なら静寂を誘う頃なのに、邸内はバタバタと忙しなく動く。
般若の敵が去った後白犬も姿を消し、すぐに捜索が行われたが彼らを捉えることはできず、警備を更に強化する為、数時間だが雄二と仁内は外の警備に、灯乃と朱飛は邸内の警備につくことになった。
「……何を考えてるの? 斗真くん」
そんな中、客間で春明はのんびりと茶を啜りながら、彼に訊ねる。
襖を開けた通路には外を警戒する斗真がいて、けれど意識は物思いに沈んでいるような、そんな様子だった。
春明の声を聞いて、斗真は彼を一瞥するとそっと口を開く。
「今回の奴らを、お前はどう思う?」
「どうって?」
「あの犬……あの者たちの目的は何だと思う?」
斗真は静かに訊ねた。
般若の影たちは斗真に殺意を持ち、灯乃を攫おうとした。
三日鷺には目もくれずに。
それが何を意味しているのか。
春明は呟く。
「分からないわ。でも三日鷺に興味を示さないってことは、その力を求めてないってことでしょ?」
「そして俺を殺そうとするなら、紅蓮の三日鷺にも用はないということだ。俺がいなくなれば、灯乃は三日鷺から解放される恐れがある」
「でも灯乃ちゃんを攫おうとした。それって、あの子自身に用があるってことじゃないの? もしくは――」
「灯乃を三日鷺から解放しようとした。お前もそう思うか?」
「あの子のお姉さんに繋がる者たちなんでしょ? 十分あり得るんじゃない?」
春明は落ち着いた様子で、当たり前のように斗真と同じ考えを告げた。
確かに灯乃に近しい者がいたとして、彼女が三日鷺に巻き込まれたことを何処かで知ったとなれば、彼女を助けようと動いていてもおかしくはない。
しかし、それにしては引っ掛かる点が幾つかあるのも、斗真は感じていた。
と、そんな時、彼がハッと気づく。
「《あの子のお姉さん》……?」
すると春明は、途端に鋭く懐疑的な瞳を斗真に見せ、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「灯乃ちゃんがあの犬を見た時、あたしに言ったのよ。《お姉ちゃんの犬》って」
「……そうか」
「でも、おかしいわよね。普通、家で飼ってる犬とかだったら、どんなに特定の人物だけに懐いていても《うちの犬》って言うでしょ? なのに限定してるってことは、唯朝陽子だけが飼っていた犬ってことよね? そしてその彼女は二年前に亡くなっている。つまりその後の二年間も灯乃ちゃんは飼っていない。だとしたら、その犬の存在もいつしかあやふやな記憶でしか残らないと思うのよねぇ。なのにあの子即答したの、あの暗闇の見えにくい中で。――まるでつい最近会ったみたいに」
春明は、斗真の全ての動作を見逃すまいとするかのように凝視し続ける。
そんな彼に、斗真は少し驚きつつもやれやれと苦笑した。
春明のこの目を見ればすぐに分かる。
もう完全に見透かされている。
斗真は諦める他なかった。
「……やっぱり、お前に隠しごとは無理だな」
「怪我を気遣ってくれたんだろうけど、下手に隠された方が心配になるわ。あたしを誰だと思ってるの?」
「そうだったな」
互いに笑みをこぼし、意思を通じ合わせる。
昔から春明はよく周りを見ていて、誰より洞察力に優れていると斗真は感服していた。
だからなのか、春明が見透かすこの目をする時は、斗真でもたまに怖気づいてしまう。
しかし互いに信頼できる味方であることも知っているが故に、悪い方へ勘ぐることもないのだ。
春明の許すような、少し勝ち誇ったような笑みに、斗真はホッとした優しい気持ちになり、事情を話した。
「――それともう一つ、雄二くんも何か隠してるわ。まぁそっちは、伝があるからそれで探ってみるけど……それにしても灯乃ちゃんと雄二くん、あの子たち本当に普通の子たちなのかしらね?」
「……」
まさかと思うけど――事情を知った春明がそう言葉を濁し、斗真は表情を曇らせる。
灯乃が三日鷺と全くの無関係ではないことは、陽子を通じて感じている。
けれど、彼女や雄二が内通者として何かを企んでいるとは、どうも考えられないのだ。
――油断、している訳じゃないんだが……
その後、斗真は春明と別れ邸内を回った。
すると正面の通路から灯乃が一人で歩いてくるのが見え、自然と互いに足を止める。
「警備は終わったのか?」
「うん、朱飛がもういいって。特に何もなかったよ」
「そうか」
それから会話が途切れ、少しの沈黙が流れた。
灯乃が敵――そんな疑いの目を斗真はチラチラと彼女に垣間見せていると、灯乃が少し俯いて申し訳なさそうに小さく呟く。
「……ごめんね、斗真」
「え?」
「私、また何もできなかった」
どうやら戦うことができず迷惑をかけてしまったと思っているのか、灯乃は今にも泣きそうな表情で続ける。
「せっかく三日鷺と同化してるのに上手く使いこなせないで、春明さんにもまた無理させちゃった」
「仕方ないだろう。同化がどういうものかも分かっていないのに、完全にコントロールするなんて無理だ。お前が気にすることじゃない」
「そうだけど……」
これまでの失敗や失態も加えて悔やんでいるのだろう。
本当に立ち直れないくらいに心が折れてしまいそうな様子で灯乃は溜息をついた。
こんな彼女を見ると、やはり気の利いた言葉をかけてやりたくなる。
――演技だとは到底思えないが……
「なあ、灯乃」
「何?」
「お前はどうしてそんなに頑張ろうとする? どうしてそんなに協力的でいてくれるんだ?」
「え……?」
斗真は鎌をかけるつもりで灯乃に訊ねた。
「憎くはないのか、俺が。俺はお前を縛り、雄二や母親も巻き込んで、帰る家さえ失わせてしまった。そんな俺を殺して、三日鷺から解放されたいとは思わないのか?」
斗真はまっすぐ彼女の目を見て言う。
本当は自分のことをどう思っているのか、内心は穏やかではなかった。
本当は殺したいほど憎んでいるんじゃないだろうか。
ついて来たことを後悔しているんじゃないだろうか。
頭の中はぐるぐると嫌な想像だけが巡って、おかしくなりそうだった。
しかしそれでも斗真は平静を装い、あくまで確認の為と偽って聞く。
すると灯乃は、予想外にポカンとした表情を斗真に見せると、次の瞬間クスッと笑った。
「斗真って、変なこと言うんだね」
「え」
「私はずっと斗真に護られて来たんだよ? ずっと斗真に助けて貰って、引っ張って貰って、ここまで来れた。斗真が本当は皆を巻き込みたくないって思ってるのも知ってるし、だから憎んだり殺そうなんて思わないよ。――斗真だけには、絶対そんなこと思わない」
「灯乃……?」
灯乃は胸に手を当てると、大事そうにギュッとそれを包み込んだ。
「だって斗真は――誰にも必要とされなかった私を選んでくれた人だから」
「……!」
「たとえ私が紅蓮の三日鷺になったからなんだとしても、私に《俺を選べ》って言ってくれた人だから。居場所をつくってくれた人だから。だから斗真を悪くなんて絶対に思わない」
灯乃は少し照れくさそうに頬を染めながらも、温かい笑みを浮かべてそう答えた。
――ドクン……
その瞬間、斗真の心臓が大きく音を立てて跳ね上がった。
彼女には敵わない――心の底からそう思ったのだ。
彼女が潔白かどうかなんて分からない、もうどうでもいい。
憎まれても仕方ない筈の自分に、灯乃は護られて来たと優しい笑顔で言ってくれた。
悪くなんて絶対に思わないと言ってくれた、ただそれだけで斗真にはもう十分だった。
――護りたい。俺の、この手でこの笑顔を……
「……斗、真……?」
斗真は灯乃の手を引くと――彼女の身体を強く抱きしめた。
――力を取り戻したい。灯乃を護るのは、俺でありたい
――好きだ




