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三日鷺~ミカサギ~  作者: 帝 真
第3章 気持ち
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気持ち

 灯乃は雄二と仁内を残して、先に斗真達と邸宅に戻った。

 春明が手際良く車等の手配をしてくれたお陰で、何とか騒動になることもなく、皆安心するものの、女子達の始末を雄二ら二人に任せて良かったのかと、後になって心配になっていたりもする。

 そんなことを思いながらも、灯乃は着替えを済ますため、かばんを運ぶ朱飛と共に自室の方へと向かっていた。


 「ごめんなさい。私、迷惑かけてばっかりで」

 「私は別に。命令に従うまでですので」

 「でも私、朱飛さんにも命令で縛っちゃってるし」

 「朱飛で構いません、灯乃様」

 「灯乃様?」


 酷く聞き慣れない呼び方に、灯乃はポカンとして立ち止まる。

 すると朱飛は、僅かに呆れたような目を向けつつも、丁寧に口を開く。


 「灯乃様は三日鷺に選ばれた方である上に、一応は私の主です。そしてこの緋鷺家の客人でもありますので、丁重に持て成すのは当然です」

 「でも、様ってつけられるのは、何か嫌だな」

 「嫌?」

 「相応しくないというか、申し訳ないというか……」


 何をするにしても迷惑ばかりかけている、そんな自分が優遇されるのは気がひけると灯乃は思った。

 せっかく仁内が勇気付けてくれたというのに、再びどんよりと沈み込む彼女を見て、朱飛ははぁと大きく嘆息した。


 「確かに。今のような後ろ向きな態度では、紅蓮の三日鷺の名に相応しくありませんね」

 「うっ」

 「正直、我が主としてあなたを認めている訳でもないですし」

 「ううっ」

 「あなたが何故三日鷺に選ばれたのかも、私には理解できません」

 「うぐぐっ、そこまではっきり言っちゃうのね」


 朱飛は今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、灯乃に毒づいた。

 分かっていたものの、そうはっきり言われるとダメージは大きい。

 灯乃は、あたかも朱飛のクナイを食らったかのような痛みを胸に感じつつも、どういう訳かクスッと笑った。


 「ありがとう、はっきり言ってくれて」

 「え?」

 「私やっぱり駄目なんだね、このままじゃ」


 灯乃はそう言うと歩き出し、それについて行こうとする朱飛に振り返って、再び口を開く。


 「私、何か手伝えないかな?」

 「……は?」

 「だから手伝い。朱飛の」


 *


 「今回の件で、また使用人が増えるわね」


 斗真の自室で、春明は足を伸ばし、傷を労わるように撫でながら彼に語りかけた。

 道薛以下、今回斬った者達も含めた人数を確認していた斗真も頷く。


 「全員、受け入れてくれるそうだからな。これで本家の者の大半は、こちらの手に戻った筈だ。そう易々と三日鷺をむけてくることはないだろう」

 「だからと言って、安心はできないけど」


 春明の呟きに近いその返事に、斗真もまた同意する。

 そう簡単に有利に立たせてくれる相手ではないことは、二人共十分に分かっていた。

 その上でそんな相手を越える対策を考えねばならない。


 「灯乃は彼らの真名を奪っていない。だが、彼らに課せられていた命令は消えた。それは彼らを三日鷺から解放したととっていいと思うか?」


 斗真は春明に訊ねた。

 灯乃が彼らを斬ったあの時、確かに仁内や朱飛の時のような炎の真名は現れていない。

 帰宅した後、灯乃に道薛への命令をさせてみたが、彼に何の変化もなく、三日鷺の力も宿らなかった。

 それは、灯乃の三日鷺になっていないということ。


 「分からないわね。ただあの男の命令を解除しただけかもしれない。あの男が彼らに命じれば、再び三日鷺になることだってあり得るわ。灯乃ちゃんには分からないの?」

 「あぁ、まだ自覚がないらしい。だが確かめる術はある」


 斗真はそう言って、春明を見た。

 三日鷺から解放されたかどうかを確かめる術、それは同じように三日鷺である者を灯乃に斬らせること。


 「言っとくけど、あたしはまだ嫌よ。灯乃ちゃんに斬られるのは」

 「何故だ?」

 「手負いのあたしは、三日鷺の力がなくなったら恰好の的になるわ」

 「お前なら大丈夫と思うが?」

 「そんなの分からないわ。とにかく、あたしは嫌よ」


 頑なに解放されることを拒む春明。

 三日鷺に縛られることがなくなるため、悪い話ではない筈なのにと斗真は思うが、無理強いはしなかった。

 斗真は少しホッとしていたのだ。


 「そうか。そう言ってくれると助かる。今、俺が一番安心して頼れるのは、お前だからな。失うのは惜しいところだった」

 「……あら、嬉しいことも言ってくれるのね」


 まさか斗真からそんなことを言われるとは思いもよらず、春明は驚きながらも本当に嬉しそうにニコッと微笑んだ。

 こういうことをサラリと言ってしまえる彼だから、三日鷺となってもそう悪い気がしないのだと思う。


 「じゃあ、どっちを斬らせるの?」


 春明は真意に迫る口調で、斗真に訊ねた。

 春明以外の三日鷺は、仁内と朱飛だけである。


 「それは……」


 斗真が口にしようとしたその時。


 「失礼致します」


 襖の向こうから声がして、暫くしてからそっとそれが開かれた。

 その先には使用人の着物を着て(こうべ)を垂れる朱飛。


 「朱飛、どうした?」

 「これより新しい使用人がもう一人入りましたので、ご報告にあがりました」

 「新しい使用人?」


 朱飛が退がり、彼女の後ろから同じ着物を着た少女が下げていた頭を上げる。

 その少女に斗真と春明は目を丸くした。


 「唯朝 灯乃です。よろしくお願いします」

 「灯乃?」

 「灯乃ちゃん、どうしたの?」

 「住まわせて貰ってるのに、何もしないんじゃ申し訳ないなぁと思って」

 「何か手伝いをしたいと申されたので、私が亜樹様に取り付き、私の補助として共に皆様のお世話をさせて頂くことになりました」


 朱飛が丁寧に説明し、彼女が頭を下げるのを見て、灯乃もまた頭を下げた。

 斗真らが呆然とする中、灯乃の横から突然、ヒョイッと顔を出した亜樹が現れる。


 「私は気にしなくていいって言ったんだけど、どうしてもって言うから」


 亜樹はニコニコしながらも、何処か残念そうな笑みを浮かべて斗真と春明にある物を見せた。


 「ホントはこっちを着せてあげたかったんだけど、断られちゃって。斗真さん、春明ちゃん、こっちの方が灯乃ちゃんに似合うと思うでしょう?」

 「あら」

 「叔母上……」


 二人に見せたのは、コスプレ定番のメイド服。

 しかもフリル付きカチューシャからニーソックスまでしっかり用意していたのだった。


 「叔母上、灯乃は玩具(おもちゃ)じゃないんですから、遊ばないで下さい」

 「あら、あたしは可愛いと思うけど?」

 「春明っ」


 斗真は少し頰を赤くしながらも、それを隠すように何とか平静を保とうとするが、春明が亜樹同様に残念そうな物言いをすると、つい声を荒げてしまう。

 それを見てか、亜樹がキラリと双眸を光らせた。


 「えー、斗真さんが良いって言ったら着るって、灯乃ちゃん言ってたのに残念だわ」

 「え……」

 「言ってません、亜樹様」


 亜樹の一言に一瞬ドキリとする斗真だったが、即座に灯乃が反発したのを見て、すぐに彼の目が怒りにつり上がる。

 それに気づくと、亜樹は苦笑いして逃げるように去っていった。

 どうやら彼女は、灯乃にメイド服を着せたいがためだけに現れたようだ。


 「まったく、叔母上は… 」

 「とりあえず私、斗真達の身の回りのお世話を任されたから、必要なものとかして欲しいこととかあったら、いつでも呼んで。朝も私が起こしにくるから」

 「あら、助かる」


 灯乃がやる気満々で拳を握りしめると、春明が嬉しそうに微笑むが、斗真は不服な顔をする。


 「必要ない。お前は客人だ、使用人みたいなことはしなくていい」

 「そう。それじゃあ斗真は起こしに行かなくて良しと。春明さんは起こしに行くね」

 「おいっ」

 「よろしく~」


 斗真の話を聞いているのか聞いていないのか、灯乃は何やらメモを取り始め、早くも仕事に励み出した。


 「あと、雄二も朝弱いから起こしてあげなきゃ」

 「あいつの所にも行くのか?」

 「うん、勿論。今日も起こしに行ったんだけど、二度寝しちゃって。朝練ギリギリだったんだよ」

 「……今日も、だと?」


 その言葉に、斗真はピクリと反応する。

 既に今朝から? それも当たり前のように言うなんて。

 それが気に入らなかったのか、斗真に火をつけた。


 「お前は行くな」

 「え?」

 「お前では駄目だったんだろ? 朱飛が行け。クナイを食らわしてやれば一発だ。春明もそれで起きるだろうし、手間も省ける」

 「「え!?」」


 斗真の大胆で適当な発言に、灯乃と春明は吃驚するが、朱飛は何食わぬ顔で平然と頭を下げる。


 「御意に」

 「「え゛!?」」


 まさか朱飛もあっさり了解するとは思わず灯乃達はまたも吃驚するが、朱飛が何となくいつもより生き生きとしている気がして春明は目を細めた。


 「では、これで失礼致します」


 朱飛は用が済んだと判断すると、速やかに退室する。

 そんな彼女の補助をすると決めた灯乃も当然ついていかなければならず、斗真に色々と抗議したい気持ちを仕方なく抑えて、朱飛の後を追った。


 「斗真のイジワル!」


 しかし、しっかり悪態はついて去っていく灯乃に、春明はクスクスと笑いながら口を開いた。


 「灯乃ちゃんにやらせてあげればいいのに。どうしてそんなにムキになるのかしら?」

 「あいつが一番疲れている筈だろ? これ以上、無理をさせることもない」

 「でも……多分あの子、今とても不安で仕方ないと思うわよ?」

 「え?」


 春明はそう言うと、足の傷に手を当て何かを思うようにそっと瞼を閉じ、暫くしてゆっくりと開く。


 「居場所が何処にもないのよ、あの子には。だから誰かに必要とされることで、必死に居場所を作ろうとしてる。そんな気がするんだけど?」

 「……!」


 斗真はハッとした。

 灯乃が抱えている闇、必要とされないことの恐怖を。

 彼女は泣いていたじゃないか。

 母親にいらないと言われるのが怖いと。

 三日鷺の炎にも恐れない少女が、身体を小さくさせて震えていたあの姿を。

 斗真はあの時の灯乃を思い浮かべると、ふと仁内の言葉も脳裏によぎらせた。


 “――絶対ぇ分かんねぇな。誰からも認められて必要とされて来た、そんな次期当主様にはよ”


 「……俺だけが、あいつの気持ちを分かってやれなかったのか?」

 「大袈裟ね。あたしもそんな気がするだけよ。当たってるかは分からないわ」


 フォローするつもりで春明は言ったのだが、斗真には届いていないのか、彼は悔しそうに俯く。

 そんな表情をころころと変える斗真を見て、春明はふと気にしていたことを口に出した。


 「ホントに灯乃ちゃんのことはよく気にかけるのね? ……もしかして斗真君、灯乃ちゃんのこと――好きになっちゃった?」

 「……え……?」


 ――俺が灯乃を……?


 二人に一瞬の間があいた。


 「……なぁんてね。いつものお人好しが出ただけよね」


 春明は馬鹿馬鹿しいとフッと笑い、ゆっくり立ち上がる。


 「そろそろ雄二君達の迎えに行ってくるわ。それと、灯乃ちゃんに斬らせるなら、あたしは朱飛を推めるわ。あの子なら三日鷺じゃなくても融通は利くし、仁内(バカ)を野放しにするより都合がいいでしょ?」


 春明はそう言うと、部屋を出ていった。

 確かに仁内を解放するのは、厄介事を増やすことにもなり得る。

 身の安全を確保する上でも、朱飛の方が妥当と言えたが、今の斗真にはそれはどうでもいいことだった。


 「俺が灯乃のことを……?」

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