学園生活・4
「ちっ、外であいつの気配を感じやがる」
仁内が全力疾走で部室へ飛び込み、外へ出る扉を勢い良く開けた。
ちょうどその扉を突っ切った方が近道の気がして、仁内は灯乃の気配を辿ろうと外へ集中する。
その間に雄二はロッカーのかばんから三日鷺の欠片を取り出し、首にそのチェーンを通した。
すると途端に身体が震え出し、確信する。
――この震えは、灯乃のものだ
「何であいつ、外なんかにいるんだよ? 迎えが来るにはまだ早いだろうに」
雄二は焦りと苛立ちでグッと拳を握り締め、仁内の後を追って外へ出た。
すると、苦い顔をしながら何故か四方を見渡し、行く先を定めきれていない仁内を見つける。
「どうしたっ?」
「はっきりと分かんねぇ。何でだよ」
「えっ!?」
その言葉に雄二も灯乃の気配を探ろうとするが、まるで頭の中に霧がかかったような、彼女のはっきりとした居場所が特定できない。
いつもなら、危機が迫ればその分気配を感じ取れるようになるのに、今は中途半端な感覚で、更には三日鷺の力も、身体に漲ったような気がしない。
「奴らに襲われてる訳じゃねぇのか?」
彼女の身に何かが起こっていることは確かなのだが、いつもとは違う感覚に二人は戸惑った。
しかし《例の彼ら》に襲われていないのだとしたら、いったい何だというのか。
「俺らを呼び寄せる程の危機じゃねぇのか?」
「じゃああいつ、一人で勝手に震えてるだけかよ。とんだ無駄足だぜ、焦って損した」
雄二の呟きに仁内はふと思い立つと脱力感を覚え、その場に座り込んだ。
確かにこの数日で色々なことが起き、一人になった今、彼女はそれを思い出してしまっているのかもしれない。
――彼女は強い子ではあるが、やっぱり弱いところもある普通の子
そんな不安定な心情は当たり前のことだと、雄二と仁内はそう考え納得した。
「……灯乃……」
「あーやめたやめた、俺パス。気になるなら、てめぇ一人で行きやがれ」
仁内はそう言って、疲れた身体をよいしょと立ち上がらせると、踵を返して元来た方へと帰っていく。
慰めるというのは彼の性分ではないらしく、寧ろ気心知れた雄二の方が適任と思ったのだろう。
「てめぇは、まだ便所だって伝えといてやるよ。慣れねぇもん食って腹壊したってな」
「はあ? 勝手なこと、言うんじゃねぇよ」
しかし雄二もまた、仁内と同じく道場の方へ引き返す。
気にはなるが、今は側にいるよりそっとしておいた方がいいような気がしたのだ。
「あいつ、強がりなとこあるし、迷惑かけるの気にするタイプだから。俺が部活抜け出して来たら、責任感じちまう」
「……面倒臭ぇ」
「その割には、お前もあいつのこと心配してるみてぇじゃねぇか。焦って損したんだろ?」
「そっそんなんじゃねぇよ! 三日鷺のせいに決まってんだろ!!」
「一応あいつは俺の妹みたいなもんだから言っておくけど――手ぇ出すなよ?」
「…………は?」
二人とも少し気が抜けたこともあってか、ゆったりとした足取りで肩を並べて歩いていった。
*
「――ねぇ唯朝さん、ちょっと痛い目みないと分かんないかな?」
雄二達の安堵とは裏腹に、ハサミを持った女子生徒がそう言って、ゆっくりと灯乃に近づいていた。
他の女子達も当然止めるようなことはせず、卑しい者を見るような目で灯乃を見ている。
――どうしよう……どうしたらいいの……!?
灯乃の頭の中はパニックになっていて、まともな判断ができず、身体が凍りついたように動けなくなっていた。
このままでは何をされるか分からない。
隙を付いて、早く逃げ出さなくてはならないのに。
そもそも三日鷺の力は引き出せるのだろうか。
コントロールしきれていない現状では、やはり無理なのではないだろうか。
――駄目だ、できない。斗真が、斗真がいないと、私は……
自信が持てなかった。
仁内を動かしたのも無意識で、意図したものではない。
なら助けを求めようか。
……いや、それもできない。迷惑はかけられない。
光る刃がジリジリと迫ってくる。
……怖い。
それは三日鷺の力を持った《例の彼ら》よりも。
――どうして?
彼らを前にしても、ここまで震えることなんてなかったのに。
絶対にこの女子達の方が弱い筈なのに。
――ドウシテ……?
「アンタさぁ、前から目障りなんだよね」
「学校に来ないでくれる?」
女子達が口々に灯乃を中傷する。
それはまるで自分達が正義だと言わんばかりに。
――目障リ……? 私ガ……?
“……怖いんだもん。お母さんに、いらないって言われるのが”
その瞬間、いつか灯乃自身が言った言葉が思い出されて、途端に彼女をおかしくさせた。
――私ハ、イラナイ子……?
――必要ナイ子……?
――迷惑ナ子……?
今まで居場所がなかった自分。
灯乃として母から名をよんでもらえなかった自分。
そして学校でも……
動悸が激しくなる。
もう止まらない。
――私ハ、邪魔ナ子
「……こ、来ないで……来ないで!!」
――バリィーーーン。
灯乃の中で、何かが大きく割れた。
それと同時に、彼女の頬をハサミの刃が掠め、ツゥーと赤いものが流れる。
「来ないで? それはこっちの台詞だっつうの」
耳元で女子が囁き、灯乃を押し転かした。
他の女子達もそんな灯乃の周りに集まってきて、見下したようにクスクスと笑う。
だがその時。
ブワァッと大きな風がひと吹きした。
女子達が一斉にそちらを向くと、
「……みつけた。紅蓮の三日鷺」
そこには黒紅の装束を真っ暗なマントで覆い隠した《例の彼ら》が立っていた。




