学園生活・3
「――これでミーティングは終了する。解散」
部室で空手部の主将が大きく言い放った。
その瞬間に部員達が席を立ち、各々の教室へ帰っていくが、雄二はその目立つ弁当からか、この場で昼食を済ませようと全員が出ていくのを密かに待っていた。
――まったく、面倒なものを持たされたもんだ。売店のパンでいいのになぁ
しかし、雄二はそう思いゴソゴソと制服のポケットをあさってはみるが、出てきたのは缶ジュース一本分くらいの小銭だけ。
自然と溜息がもれる。
そんな時。
「ご飯、ないの?」
雄二の顔を覗き込むように、みつりが声をかけてきた。
てっきり全員出ていくと思っていた雄二は、ギクッとして彼女の方を向く。
「……別にどうでもいいだろ。終わったんだから、帰れよ」
「私の分けてあげようか?」
「いらねぇ。弁当あるし」
「……へぇ、あるんだ……」
普段雄二が売店で済ましていることを知っているが故に、みつりは珍しく用意されたその弁当を怪しく思い、サッと雄二の手提げかばんを素早く取り上げた。
「おいっ、何すんだ! 返せって!」
雄二が慌てて取り返そうとするが、みつりはそれをサラリと躱して弁当の中身を開ける。
本当に弁当があることにも内心驚いてはいたものの、その豪華な中身に一瞬言葉を失う。
「……こんな凄いの、誰が作ったの?」
「いいだろ、誰だって」
雄二は少し怒った様子で強引に弁当を取り戻すと、すぐさま蓋をして手提げかばんにしまった。
これはもう食べる気分ではない。
そう思った雄二は、そのまま部室を出ようと席を立った、が。
「何だ、雄二。痴話喧嘩か?」
タイミング悪く雄二の逃げ道を塞ぐように、主将が彼の両肩に手を乗せ、席へ戻した。
「……違いますよ」
主将は雄二とみつりが付き合っていると思っているのか、たいてい彼女から逃げようとする時に邪魔をしてくる。
そうなると、想定する末路には嫌な予感しかない。
のだが。
「そういえば、今日お前のクラスに例の緋鷺家の奴が来たんだってな」
珍しく話題がみつりから逸れたことで雄二は軽く安堵するが、すり替わったその話題にも別の冷や汗が流れる。
そういえば、緋鷺の名には女子達が騒ぐものとは別の噂があった。
「そいつじゃないですよ。あの噂はその従兄弟です」
「あの噂って、主将が言ってた乱闘事件の?」
みつりも聞かされていたのか、興味を持ったように話に割り込んでくる。
つくづく迷惑なことだ。
そうなるとますます主将は調子に乗り、良からぬことを言い出すのだ。
「なぁ、雄二クン」
「……何すか?」
「お前、今日の部活にそいつを連れてこい」
「……言うと思いました」
外れて欲しいと思っていた予想が的中してしまい、雄二はただ苦笑する他なかった。
「もう一度言いますけど、噂になったのはそいつの従兄弟ですから」
「従兄弟なんだろ? 素質があるってことだろ? な? 連れてこい」
「……」
返す言葉もなく、雄二は頭を抱える羽目になった。
仁内を空手部に勧誘するのは、彼にとって大問題である。
そもそもまともに練習できるかどうかから悩まなくてはならない上に、仁内を部に誘えば灯乃が一人になってしまう。
そうなれば仁内がこの学校に来た意味がないのだ。
しかし、主将たってのこの希望を断れば、後々理不尽な報復がやってくることも知っている。
雄二に断る余地などなかった。
*
気づけば全ての授業が終わり部活動が始まるその時間、道着に身を包んだ雄二は仁内を連れて第二体育館の空手部が占有する道場に立っていた。
あの後、何とかこっそり事情を灯乃と仁内に伝えると、灯乃が快く仁内を渡してきたのだ。
どうやら部活中の雄二を心配していたらしく、彼女は元々仁内を雄二につけることを考えていたのだった。
「――で? 俺に拒否権はねぇのかよ」
「灯乃には、斗真が春明さんと朱飛をつれて車で迎えに来るらしいからな。出して貰えるのに、随分苦労したみたいだけど」
「おい、話聞けよ」
「けど、迎えに来るまでは灯乃は一人だし、心配だけどな」
「おい!」
仁内の問いかけに完全無視を決め込む雄二に、仁内はついに堪忍袋の緒が切れたのか、彼の胸ぐらを掴み上げる。
「てめぇはやっぱ、一発ぶん殴っておかねぇと気がすまねぇ!!」
「すぐ熱くなるんじゃねぇよ。特にここでは、気をつけた方がいいぞ」
「あぁ?」
いつもとは違って何処となく大人しい雄二を仁内は不思議に思っていると、背後から只ならぬ気配がビリビリと伝わってきて、彼は身体を強ばらせた。
その手が仁内の肩を逃がすまいとガシッと掴む。
「君が緋鷺 仁内クンだね? ようこそ――待ッテイタヨ?」
「……へ?」
仁内が恐る恐る後ろを振り返ると、まるで飢えた獣がようやく獲物を見つけた時のような狂喜に目を見開く主将の不気味な笑顔があった。
*
「うーん……暇」
その頃、静まり返った誰もいない教室で、灯乃は斗真が到着の連絡を入れてくれるのをただ待っていた。
光らない携帯電話を何度も眺めては、寂しそうにコロンと机に転がしてハァと溜息を吐く。
「まだかなぁ……」
「誰を待ってるの?」
「えっ!?」
そんな時、教室の扉から3人の女子達が入ってきて、灯乃に訊ねてきた。
しかし単純なその質問とは裏腹に、彼女達の視線がとても鋭く灯乃を睨み、雰囲気が物騒で嫌な気配を漂わせている。
まるで究極の選択を迫られているような、誤った答えを言ってしまったら大変なことになってしまいそうな重いプレッシャーを灯乃は感じた。
「えっと……」
「もしかして雄二君を待ってるの?」
「え? いや……えっと」
普段、雄二に取り巻いている女子達なのは、灯乃も分かっていた。
だからお互いあまり話さないようにして気をつけていたのだが、どうやらそれだけでは駄目だったようだ。
次の瞬間、灯乃の背筋が凍りつく。
それは突然灯乃の携帯電話が震えだし、てっきり斗真からの連絡だと思って見てしまった時だった。
「……え……!」
画像が一件送られていて、それをうっかり開いてしまった灯乃の目に飛び込んできたのは、昼休みに仁内と二人でいる時の画像。
「これっ……!」
「まさか、仁内君を待ってたりしないよね?」
誤解されないようにしていたことが裏目に出てしまい、灯乃は愕然とする。
しかも見つかっていただけでなく、盗撮までされていたとは。
言葉が出なかった。
そんな灯乃の様子をどう読んだのか、女子達は唐突に彼女の腕を掴む。
「えっ!?」
「ちょっと顔貸してよ、唯朝さん?」
3人掛りで無理やり教室から連れ出され、灯乃は恐怖する。
――怖い。どうしよう。誰か……!
しかし、そんな時灯乃はハッとする。
助けを求めてはいけない。
助けを求めれば、雄二と仁内が来てしまう。
今は部活中、迷惑はかけられない。
――大丈夫、落ち着いて。いざとなったら三日鷺の力で何とかできる。大丈夫……
灯乃はグッと唇を噛み締めそう言い聞かせると、女子達に連れられるまま歩き出した。
そしてついた所は、誰も来ることのない校舎の裏側。
そこには新たに3人の別の女子達が待っていて、灯乃を壁に追い詰めるとそれを6人で囲んだ。
「唯朝さんって、大人しそうに見えるのにねぇ」
「雄二君だけじゃなくて、仁内君まで盗ろうなんて図々しいんだけど?」
これからどうしてやろうかとニヤニヤしたり苛々した様子で物色してくる女子達に、灯乃は身体を震わせる。
「あっあの、雄二、君と仁内君はただの友達ってだけで、それ以上じゃなくて、その……」
「は? 何? 聞こえないんですけどぉ?」
恐怖に震えながらもようやく出した灯乃の言葉を、あっさりかき消すような大きな声で言い返す女子達。
最初から灯乃の話はまるで聞く気がないようだった。
するとその時、一人の女子生徒の手の中でキラリと何かが光った。
――ハサミ……!?
*
「――ん?」
何かに呼ばれたような気がして、雄二は動きを止めた。
あれから仁内は主将に連れられるとみっちりしごかれ、今は道場の隅で倒れている。
以前散々馬鹿にしていたのにと、雄二はこっそりと愉悦に浸っていたのだった。
「まぁ、バチが当たったって奴だな」
「違ぇよ、何か調子出ねぇんだよ」
雄二が彼の側に近寄ると、仁内はゆっくり起き上がって文句言う。
「負け惜しみは見苦しいぞ?」
「だから違ぇって言ってんだろ。さっきから何か手が震えてきやがるんだ」
「は? そんなに主将が怖かったのか?」
「そうじゃねぇ!」
仁内は異様に震える手を雄二に見せ、その後自力で抑えようとギュッと握るが止まらない。
まさか灯乃に何かあったのかと思うが、雄二のいつもと変わらない様子に、その考えを改める。
「てめぇは何ともないか。じゃあ、何なんだよ?」
「あ? 俺が何だって?」
「灯乃に何か関係してんなら、てめぇにも影響が出るだろうが。それがねぇんだったら……」
「あ、悪ぃ。今俺、外してんだ、アレ」
「…………はぁぁあ!?」
雄二はそう言って首元を見せると、思わず仁内は大声で飛び上がった。
必ず付けておかなければならない筈の三日鷺の欠片が……ない。
「何でだよ!?」
「前にみつりに見つかって、部活中は外せって言われてんだよ。終わるまでロッカーの中だ」
「てめぇっ、馬鹿なのか!? 馬鹿なのか!?」
「二回も言うんじゃねぇよ! 俺だって分かってるけど仕様がねぇだろうが! だからお前にって――それじゃその震え……!」
「まさか……!」
ようやく灯乃の危機に気づいて、二人からサーッと血の気が引いた。
一瞬時間が止まったかのように硬直する彼らだったが、次の瞬間、ハッとしたように慌てて扉へ走り出す。
「えっ、雄二!? 仁内君!?」
「おい、何処行くんだお前ら!」
それをみつりと主将が見つけて注意を呼びかけようとするが、必死の形相の彼らにはそれどころではない。
二人は揃って扉を出ると、振り返って大声で言い放った。
「「便所!!!!」」
そんな二人に圧倒されてか、何も言えずそのまま送り出してしまったみつりと主将。
走り去っていく彼らの後ろ姿を眺めながら、二人は顔を見合わせた。
「あそこまで我慢してたなんてな」
「言い難かったんですかね?」




