91頁:おいしい話には気をつけましょう
『ビーストオーダー』
使用者……チイコ
モンスター専用の武器や防具(巨大な武器や多足専用の鎧など)を作成できる。(常時発動の技能扱い)
チイコ曰わく、
「ファンファンの為に巨大ハンマーとか作ってたらいつの間にか公式の技能になってた」
隠しボス〖飽食の魔女〗の攻略は急ではあったが、それでもエリアボスを相手にする時と同じくらいには勢力を整えて行われた。
城の中も大部分が『攻略連合』によって(発見が秘匿されている内に)探索され、後はほぼボス部屋のみだった。
しかし、ボスの偵察は『戦線』が加わった今回の作戦まで行われていなかった。
それは、エリアボスの攻略では機動力を重視した少数精鋭として『戦線』が主に偵察を担っていたからという理由もあるし、もう一つ理由がある。
「一軍進め!! 二軍は周囲のモンスターに警戒しつつ待機!!」
百人近くの巨大レイドでの作戦。
だが、最初にボス部屋に乗り込むのはその半数ほどだ。
これは、『攻略連合』が考案したボス攻略陣形。一度に戦闘で指揮できる人数には限りがあり、あまり人数が多すぎると指令の伝達が上手く行かずに連携が乱れる。
そこで、この陣形だ。
予め戦力を二つに分け、片方はボス部屋の外で待機する。そして、ボス部屋での戦いを観察しながら戦闘パターンを見極め、疲弊・負傷したプレイヤーがいれば外のプレイヤーと交代する。そうして、偵察と回復を一度に行えるこの陣形は、プレイヤーの数を揃えれば初見のボスを持久戦で削りきることも可能だ。
今回ボスの『下見』がされていなかったのも、少数で危険な偵察をするより、この陣形で一度に攻め込んだ方がコストも少なく、安上がりだとかんがえられたあらである。
実のところ、この陣形は最初のエリアボスとの戦いでの援軍を意識したものだが、この陣形を使い始めてからはボス攻略で壊滅の危機を迎えたことはなかった。
そう、この日までは……
まるで、巨人のティータイムを表現するような、巨大なティーカップや皿が設置されている円形のボス部屋部屋。
まるで円形のテーブルの上で虫が飛び回るように、プレイヤーとこの部屋の主が暴れまわる。
目も口のない、白面に昔ながらのペロペロキャンディーのような赤い渦巻きが描かれたシンプルな仮面を付け、フリルの沢山ついたゴスロリのドレスを纏った少女……〖飽食の魔女〗が手漕ぎボートのオールほどの大きなスプーンを振ると、お菓子の形をしたモンスターが現れる。
だがプレイヤー達は怯まない。
「押せ押せ!!」
「これなら俺達だけでも行けるぜ!!」
「おらっ!!」
ビスケットの兵隊が砕かれる。
飴玉とチョコレートのゴーレムが焼き尽くされる。
紅茶のスライムがコアを貫かれる。
ショートケーキの壁が貫かれる。
クッキーの小鳥がたたき落とされる。
ボスとの戦いは順調だった。
プレイヤーがボスである『魔女』を押していた。
複数種類のモンスターを呼び出して間接的に行う攻撃のパターンも粗方分かり、赤兎を初めとした『戦線』のメンバーも人型の『魔女』を仕留めるために部屋に攻め込む側に入っていた。
確かに強力ではあるが、飛び抜けたほどの絶対的な強さではない。普通に戦って倒せる相手だ。そう思われた。
そして、部屋の奥に深く踏み込み、広い部屋の奥に『魔女』を追い込む。
勝利は目前……
赤兎以外の誰もがそう思い込んだ。
だが、赤兎は叫んだ。
「逃げろ!! 誘い込まれてるぞ!!」
次の瞬間、ボス部屋の扉が音を立てて閉まり、〖飽食の魔女〗が笑う。
『さあ、おやつの時間にしましょうか』
部屋の中に、悲鳴が響き渡った。
《現在 DBO》
「どうですか? まだやりますか?」
「ぐ……まだまだ……」
ライト(手加減)vsマリーゴールドの卓球は一つの追加ルールによって予想以上に白熱していた。
追加ルール、それは……『口論ラリー』。スマッシュとドライブを打つときには相手の悪口を言いながら打つというオリジナルルールだ。
「このコスプレオタクの変態さん」
「うおっ!」
「このシスコンさん」
「くあっ!」
「メモリちゃんがあなたを『おにいちゃん』と呼ぶのは実はあなたが指定した呼び方だからだと聞きました。しかもあの性格もモデルが昔の妹さんだそうですね。これってあの子を妹さんの代わりにしたってことですよね。それはどうかと思います」
「おわっ……って、それ良く一回のスマッシュで言えたな!?」
コロン
ボールはライトの側で台に落ち、マリー=ゴールドに点が入る。
「よし!」
「『よし!』じゃねえよ!! てかいつもそんなキャラじゃねえだろ!!」
マリー=ゴールドがはっちゃけていた。
口調は穏やかだが、言葉の内容が黒い。薄暗いオーラのエフェクトを纏っているようにさえ見える。
「マリー、スマッシュと同時に精神攻撃かけてくるって反則じゃないのか?」
「何を言ってんですか。私はルールに従って卓球をしているだけですし、第一あなたには暗示とか効かないでしょう?」
「確かにそうだけどな! だけどそれ不死身なら殺して良いって言ってるようなもんだから! それやられると一瞬『グサッ』って来るんだぞ!」
マリー=ゴールドは暗示、催眠術、心理誘導、認識操作などの精神操作の天才だ。それこそ、人の心を自在に操れると言えるくらいだ。
そのマリー=ゴールドの『悪口』は、精神を直に攻撃する。
特殊な精神構造をしているライトでなければ心が折れてしまうだろう。
しかし、ライトと言えどもマリー=ゴールドの本気で精神を抉る『言霊』を受ければ、さすがに動きが止まる。
「てか、なんでそこまで卓球に全力で能力行使してくるんだよ。そんなに点が欲しいのか」
「勘違いしないでください。私は卓球を通じてあなたに愚痴を言いたいだけです」
「メインはそっちか!? オレの精神はサンドバックじゃないぞ!!」
「常識的な男の人はこういうときは黙って女性の愚痴を聞くものです」
「常識的な女性はスマッシュと同時に精神破壊飛ばしてこないだろ。見ろ、あっちで『コスプレオタク』の余波を受けた黒ずきんがダウンしてるぞ」
隣の卓球台ではホタルと高速卓球をしていた黒ずきんが台に突っ伏していた。彼女は元々男のプレイヤーとしてゲームをプレイしようとしていたので、『コスプレ』のワードが掠ってしまったらしい。
流れ弾で被弾とは運が悪い。
「黒ずきんさん! どうしたの?」
「うぅ……ボクは、変態じゃ……な……」
「黒ずきんさーん! しっかりしてー!」
その様子を見て、ライトは本気で気の毒そうな顔をする。
「……前々から思ってるけど、あいつって結構薄幸だよな。というか、すごい危機感知能力持ってるのにそれでも回避できない不幸が襲ってくるって」
「……後でフォローしておきます。安心してください」
「自分を撃った犯人がカウンセラーとして会いに来るってちょっとした恐怖体験だよな……てか、マリーが愚痴言いたがるって珍しいよな。何かストレス溜まることでもあったのか?」
ライトがそう言うと、マリー=ゴールドは表情をやや暗くして、黙って次のピンポン球を手に取った。
「……私だって、不機嫌になる時期くらいありますよ」
「なんだ? もしかして『女の子の日』ってやつか?」
「……覚悟してください。そんなデリカシーの無いこと言えなくなるまで叩きのめしてあげますから。精神的に」
「その『精神的に』ってマリーが言うと洒落にならないぞ」
ライトが覚悟してラケットを構えたその時……
「え!? どういうこと!?」
黒ずきんとホタルの使っていたのとは反対側の卓球台でナビと卓球をしていたアイコが声を上げた。
その場にいた全員がアイコを見ると、アイコはメールを読んでいるようだった。
だが、その顔色が悪い。
まるで、不幸なニュースを知らされたような……
「アイコ、どうした?」
ライトがその場を代表して聞く。
すると、アイコはその情報を口に出すのを恐れるようにに、震えた声で言った。
「ボス攻略の主要戦力が……壊滅した」
話し合いの結果、ことの詳細を知るためアイコは『戦線』のギルドに戻ることになった。だが、メールの内容がショックだったようで、取り乱していて一人で行かすには心配な状態だったので、元パーティーメンバーとしてギルドマスターと交流のあるナビキと、個人的に関わりのあるライトが送っていくことになった。
『戦線』のギルドホーム『戦士の村』。ここは『ギルドホーム』ではあるが、一つの建物をギルドの拠点にしているのではない。
『村』一つを丸ごと買い取り、そこに本拠地を構えているのだ。『村』とは言っても、元々人口は五十人にも満たない小さな村だったのだが、イベントによってNPCの盗賊に占拠され、荒らされ放題になっていた場所を『戦線』のプレイヤー達が奪い返し、NPCの村人もほとんど帰ってこなかったので、『元』村長に話を付けて正式にギルドの本拠地としたのだ。
ライトも何度か情報集めなどの為に訪れたことがあったが、その時には庭でプレイヤー同士腕試しなどをしてる姿が見られ、小規模だが診療所やNPCショップも内包し、小さくとも活気のある村だった。
だが、今はそれがまるで敗軍の医療基地のような有り様だ。
村に入ると、独特の甘い匂いが鼻についた。
四肢を欠損したプレイヤーが小規模な診療所では収まりきらず、継続する痛みに耐えながら地面に座り込んでいる。呆然とした様子のプレイヤー、座り込むプレイヤー、悲しみの涙に沈むプレイヤー……とても、今まで未知のダンジョンを切り開いてきた『戦線』の姿には見えない。
「これは……何があったの?」
ナビキが驚きの声を上げる。
温泉でのぼせた彼女は移動中に回復し、ナビと替わった途端わけもわからず連れてこられたのだ。
そんなナビキに、メールを読んで事の概要を知っているアイコが弱々しい声で説明する。
「みんなが……秘密で『魔女』を攻略しようとしたの。百人規模のレイドを組んで、万全な戦力を整えて……でも」
「返り討ちにあって三十人が死亡、内十人は『戦線』のメンバーだ。軍は三割削られたら壊滅だとされてるが……まさか、最前線レベルのプレイヤーが一体のボス相手に三十もやられるなんてな。本当に何があったらこんな事になるのやら……ちょっと行ってくる」
途中から説明を引き継いだライトが負傷したプレイヤーに向かって歩き出す。
「せ、先輩、どうするんですか?」
「オレも低いが『医療スキル』はあるし治療は出来る。ちょっと治してくる。ダメージは無くても痛いだろうしな……ナビキはマサムネの所で詳しく状況を聞いてきてくれ。アイコは……赤兎のところに行ってやれ、心配なんだろ」
こんな時でも、冷静に事態に対処するライトだった。
ライトは、負傷者の治療を始めた。
HPのダメージは回復薬などですぐ回復するが、四肢の欠損などはなかなか治らない。HPを回復しながらでも長く戦っていると、肉体の耐久力に対するダメージが蓄積し、ステータスを十全に発揮できなくなる。
しかし、辛いのはステータス面だけではない。現実比では半分ほどだが、『痛み』の信号が発生するのだ。
これは地味に大きな問題で、大ダメージに慣れていないプレイヤーが四肢切断などを受けると痛みで動けなくなってしまうこともある。
そして、痛みはHP保護圏内に入っても傷が治るまで消えないのだ。痛みに慣れるスキル『自傷スキル』や、痛覚を鈍らせるアイテム《鎮痛剤》などもあるが、前線では『ダメージに対する反応が鈍る』『アイテムに頼っていると不意打ちに対処できない』などの理由で不人気だ。
それに、通常は『病院』や『診療所』などの医療施設に行けば数分から十数分で治るのだが……
「アレックス、帰る途中に街とかあっただろ。なんでそっちの病院で治療受けなかったんだ? こんなに負傷者が居るならこの村じゃ治療が間に合わないってわかってただろ。とりあえず傷見せろ、治療するから」
「俺はいい。自分で回復するためのスキルくらい持ってるからほかの奴の治療に行ってやれ」
「頑固なのは戦闘の時だけで十分だ。それに、二重で回復した方が速い」
「ライト……世話かけて悪いな。通ってきたゲートポイントのあった街の病院は『攻略連合』のやつらで一杯だったんだ。それに……今は、みんな離れたくないんだ」
『仲間が生きているところが見えないと不安になる』。アレックスは言外に表情でそれを表した。
プレイヤー中最強の防御力を持つと言われるプレイヤー『アレックス』。
がっしりとした巨体で重い鎧と盾を支え、いつも敵の正面で後方の仲間を守ってきた男が、揺らいでいる。
その右手の手首の先からは丸ごと欠損し、隣に置かれた戸板のような二枚盾の片方のド真ん中に大穴が開いている。
まるで、何かが盾のド真ん中を食い破り、貫通していったようにも見えるが……
「この大盾をぶち抜くって、どんな攻撃だったんだ?」
ライトの質問にアレックスが顔を曇らせる。
それはきっと、思い出したくもないような事なのだ。なにせ、おそらくその攻撃こそが犠牲者の死因の大半を占めるのだから。
しかし、それでもアレックスが重い口を開こうとした時、横から声がかかった。
「あたしが話すよ。あたしも、最後だけは見てたから」
ライトとアレックスが同時に声の主を見る。
そして、ライトはその名前を呼んだ。
「チョキちゃん……」
鍛冶屋『チイコ』……通称チョキ。
まだ11歳でありながら生産職のプレイヤーの中でも最高クラスの腕を持つ武器職人だ。
彼女がここにいるのは不思議ではない。
チイコはギルド『大空商店街』に属し、その腕を認められ、『戦線』の専属武器職人として派遣されているのだ。もちろん、それは有力ギルドとのパイプが欲しいスカイの営業戦略でもあるのだが、それとは別にチイコ自身『戦線』の一員としての意識がある。
チイコにとって、『戦線』のメンバーは自分の直した武器を信じて戦ってくれる仲間なのだ。
もちろん、死んだプレイヤーもだ。
「最後は見たって……どういうことだ? まさか、戦闘に……」
「ううん。城の外でファンファンと待機してたから、戦闘には参加してないよ。運びきれないアイテムがドロップしたら運ぶってだけだったから。」
ファンファンというのは、チイコがテイムしている〖ツールマンモス LV77〗というモンスターだ。最初は〖ツールエレファント〗というモンスターだったのだが、テイムされたモンスターの育成方法を調査したいがために飼育費用の負担を約束したスカイからの経済支援により成長を重ね、今ではより上位のモンスターに名前も変わり、戦闘能力は前線プレイヤーに匹敵する。
そして、力が強いため、ストレージに入れて運べないサイズのアイテム(巨大昆虫モンスターの蛹の脱け殻、大木など)の運搬にかり出されることも多い。
今回も、そのつもりだったのだろう。
しかし、実際には……
「見たのか? 人が死ぬところ」
「…………うん」
チイコは小さく頷いた。
まだ11年しか生きていない少女にとって、ゲームを通しているとは言え、目の前で人が死ぬのはショッキングな事だっただろう。
「……無理に思い出す必要はない。俺が話す」
アレックスがそう言うのを、チイコは首を横に振って断る。
「アレックス、今は休んでて……皆の代わりにあたしに出来るのは、このくらいだから」
チイコは決心したように、ライトに言った。
何故、『魔女』が他のボスとは別格の扱いを受けているか……その所以を。
「魔女の技は……狙われたら……発動したら必ず死ぬ」
「それって……つまり」
「うん………『即死技』だよ」
同刻。
アイコはギルドの会議などで使ってる『村役場』の裏にいた赤兎を見つけた。
メールで無事だとは聞いていたが、心配だった。
だが、ちゃんと生きていた。
「赤兎! 良かった……生きてた」
「……ああ」
だが、赤兎の声は暗かった。
心ここにあらず……というより、今にも死にそうな顔をしていた。
身体も装備も傷だらけで、見ていて痛々しかった。
「ラ、ライトが治療してるから……あっち戻ろ?」
「…………」
心配したアイコが声をかけるが……赤兎は返事をしない。
「ほら……一緒に」
アイコは赤兎の手を引っ張って多少強引にでも連れて行こうとした。
だが……
パシン
赤兎がその手を振り払った。
「せ、赤兎? どうしたの?」
今までにない反応に、アイコは戸惑う。
「悪い……今は一人にしてくれ」
その声は、アイコが聞いたことがないほど暗い響きをしていた。
チイコの相談
『ファンファンが大きくなりすぎて連れていけない場所が増えました。いつも一緒にいたいのに……』
(マリー)「あらあらチョキちゃんはファンファンくんを大事にしてるんですね」
(ジャック)「テイムされたモンスターの中でもファファンは飛び抜けてデカいもんね……最初ボクが治療したときには子象だったのに……」
(マリー)「しかもレベルも上がって逞しくなってますしね。チョキちゃんの立派なボディーガードになってくれたみたいで嬉しいです」
(ジャック)「ボディーガードどころか生物兵器みたいなもんだと思うけどね……正直言って、睨まれると怖いし、出入り禁止くらいしょうがないと思う。」
(マリー)「リアルでは犬猫OKの店とかはたまにありましたよね。このゲームの中にも探せばあるんじゃないでしょうか? そういう店」
(ジャック)「犬猫OKでも象とかマンモスはだめだと思う」




