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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第四章:ギルド編

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93/443

89頁:予定は守りましょう

『地獄剣山』

 使用者……針山

 あらゆる素材アイテムを槍状に変化させる技。

 水ならツララ、石、金属、木材ならそれを素材とした細い杭、竹なら竹槍といったふうに加工され、一定時間経つと自動で壊れる。


 自分だけでなく相手も使えるので、自分で扱いきれないほど作り出すと相手の戦力増強にも繋がってしまうので注意。


 針山曰く

「私は基本、武器は自分で作りますが、『足りなくなった』時は便利ですね」

 コンサート開始予定時刻10分前。


「それにしてもオレ様達がこんなことやることになるなんてなあ」


「ジャッジマンは立場を考えて大人しくするように言っていましたが」


「…………」


「立場とかはよくわからないけど、まあ、別にいいよね。悪いことしてないし」


「そう。むしろ、これは人助けだ。多少迷惑をかけたら謝ればいい」


 五人は各々、それぞれの個性をそのままに歩いて行く。

 協調性など無視して、他人の目など気にせず、誰にも感謝されることを期待せず、やりたいようにやる。


 そして、周りが止めるのなんてどこ吹く風と、舞台に上がる。

 そして、一番幼い少女が元気よく言う。


「じゃ、やっちゃおう!」





≪現在 DBO≫


 ナビキはお忍びの時の目立たない格好で祭の中を走っていた。


(コンサートの時間、もうとっくに始まってないといけない時間だ!)


 全ては、大きなお世話過ぎる老人ジャッジマンのお節介のせいだ。

 通せんぼを食らい、時間に間に合わなくなってしまった。


 ナビキは全力で走る。

 期待してくれているかもしれないお客さんのためでもあるが、どちらかと言えばこの舞台をセッティングしてくれたスカイや他のギルドメンバーのために。


(もうコンサート中止って公表しちゃってるかもしれないけど……とにかく早く会場へ!)


 無駄かもしれない。

 怒られるかもしれない。

 だが、ナビキは足を止めず走る。


 それが、ナビキの選んだ道だから。


 そして、会場が見えてきたとき、ナビキは思いも寄らぬ光景を見た。


「あれは……!!」




「第四弾は『ヒーロー見参!』だ!!」

「マックス、てめアニメソングばっかりじゃねえか!!」

「しょうがねえだろ私に歌詞がわかるのはアニメソングくらいなのだ!」

「あ、次私も歌う!」

「みなさん、カラオケじゃないのですから。私語は慎みましょう」

「……………」


 マックスがマイクスタンドを握っている。

 メモリがスカイ製のテクノボードを弾いている。

 闇雲無闇が琴を弾いている。

 針山がバイオリンを持っている。

 キングがドラムを叩いている。


 統一性など欠片もなく、申し合わせなど全く見えず、思い思いに楽器を鳴らす。

 それはもはや合奏とは呼べないものだった。


 一番印象に合う表現をすれば……おふざけ。


 しかし、それらは各個人のアドリブで奇妙なリズムを作り出し、コンサート全体のテンションを上げていく。

 『魅了』ではなく『共鳴』。

 技術も連携もない一団だからこその、まるで遊びでカラオケを楽しんでいるような奇妙な連帯感が客にまで浸透している。


「これは一体……」


「『OCCの、OCCによる、OCCのためのステージジャックコンサート』だそうですよ。おかげでスケジュールがめちゃくちゃだって、スカイさんプンスカ怒ってましたけど」


 ナビキの呟きに答えたのは『金メダル』こと、マリー=ゴールド。

 観客の最後列でナビキを待っていたらしい。


「マリーさん!」


「何せトッププレイヤーの集団ですから誰も止められず、お客さんも最初は唖然としていましたが……まあ、楽しそうに演奏してますし盛り上がってますから、こういうハプニングも良いかもしれませんね」


「確かに盛り上がってますが……もしかしてOCCの皆さんは私のために……」



「あ、ナビキちゃーん!! こっちこっち!! 一緒に歌お!!」



 突然ステージの上からメモリが大きな声でナビキを呼んだ。

 目線もバッチリ……隠れようがないほど客の注目も集まる。


「なんだおい!! サプライズ登場か!?」

「道あけろ!! 本命アイドルの登場だ!!」

「ナビキさーん、こっちにも顔見せてくれ!!」


「あらあら、見つかってしまいましたね。ナビキちゃん、早くステージに上がった方がいいかもしれませんよ」


 ナビキは発見されたことに驚き動揺したが、マリーに促され、そして周りの客が自分を望む声を聞き、決心して叫び返す。


「はーい!! 今行きまーす!!」


 もしかしたら、いつか嫌われることになるかもしれない。

 この歓声が罵倒に変わるかもしれない。

 だが、それでも……今は……


「私は……ここにいます」





 ステージの上では、ナビキとOCCのメンバーが楽しそうに思い思いに楽器を弾き鳴らしている。

 もはやコンサートというよりクラブ活動のような雰囲気だが、客も舞台の上の六人も一緒に楽しんでいるように見える。


 そんな光景を見るマリーの隣に、一人の老人が立つ。


「ふん、勧誘は断っておいて……それでいながらまるで我らの一員のように振る舞っているではないか」


「あら、おじいさん。生きてましたか」


「貴様……人が来ないよう細工などして何を考えているかと思ったが、まさか儂に死んで欲しかったのか?」


 ジャッジマンはマリー=ゴールドを睨みつけるが、マリー=ゴールドは全く臆することなく微笑む。


「まさか、私は誰かに死んでほしいなんて思ったこともありません。ただ幸せな生を全うしてもらいたい、それだけですよ。まあでも、おじいさんは……十分生きたでしょう?」


「勝手に決めるな、あと百年は生きるわ! それに、あんな小娘に後れを取るほど耄碌しとらん」


「でも、エリザちゃんは結構強かったでしょう? 不安定ですが殺人鬼としては四桁級の実力を持ってますし、もしかしたらうっかりあなたが殺されてしまうかもしれないと考えなかったわけではありません。」


「……あの娘が、人を殺せるようにしたかったのか?」


「クスクス、好き好んでにそんなことはさせませんよ。あなたとの戦いで覚悟くらいは学んでほしかったところではありますが、能動的に殺すようになるところまでは望んでません。強いて言うなら、あなたならエリザちゃんの『初めての相手』としては不足はないと思ったくらいです」


「儂が小娘共を殺すかもしれないとは思わなかったのか」


 ジャッジマンの責めるような口調の言葉を、マリー=ゴールドは面白い冗談でも聞いたかのように笑う。


「あなたがエリザちゃんやナビキちゃん、ナビちゃんを殺す? そんな心配するわけないじゃないですか。だって……」


 マリー=ゴールドは絶対の自信を持って言った。



「あなたが、誰も殺していないあの子たちを殺すわけないじゃないですか。『ご隠居様』のおじいさん」



 ジャッジマンは目をステージの上の六人に向けて黙って自分の八分の一も生きていない少女の言葉を聞く。


「今でも忘れていませんし、今でも感謝していますよ。あなたの公正な判決(ジャッジ)によって、大戦を起こしかけた私は助かったのですから。悪人ならば政治家だろうが警察庁長官だろうが裁き、罪に問われるべきでない者は絶対に咎めない。最高裁判所の影の相談役であり、現役権力者たちと先祖の代からの繋がりで権力に囚われない公平な判決を下す真の権力者。命を狙われるのが日常茶飯事でありながらその年まで平然と生き続けているあなたなら、間違って殺してしまうことも、ましてや故意に殺すこともないでしょう。あなた、たとえ後に千人を殺すとわかっている相手だろうと先に殺すことなんて絶対にしませんよ」


「ふん、評価しすぎだ。儂はただ長生きしただけの偏屈なジジイだ」


「クスクス……それに、やたら不器用なだけのおじいさんですね。仲間にしたいなら説教なんてせずに普通に誘った方が確率は高かったのに……まあ、それでも五分五分でしたか。私としてはナビキちゃんがOCCに移るのも選択としては悪くないと思っていましたが、本人が人里で生きるのを望むならそちらの方がいいのでしょうね」


「……ふん、お節介も勝手だが……あまり好き勝手にし過ぎたら、どうなるかはわかっているだろうな?」


 老人とは思えないような威圧感が放たれる。



「元の世界に戻ったら、おまえも含めて全員……必ず裁いてやるからな」

「あらあら、それは怖いですね」



 その周囲だけコンサートの観客が気圧されて空白地帯になっていたのは言うまでもない。









 そして、コンサートはスケジュール通りに戻す関係上、ナビキとOCCの突発的合同ライブはナビキの出番の代わりとして消費され、ナビキは予想外の形でのライブを終えてステージの裏へ下がった。

 OCCの面々はレンタルした楽器を返却しに行くと言って去って行った。


「はあ……今日は本当に大変な一日でした」


 主にOCCのメンバーと関わったせいのような気もするのだが、まあ誰も彼も悪気はなかったように見えるので深く考えないようにしよう。

 花火玉すり替えテロの阻止、赤兎とアイコのカップル成立、合同コンサート……今日一日でいろいろ起こり過ぎだ。

 しかも、正式に『仕事』にカウントされるのは最後のコンサートだけだが、それもナビキ自身遅刻しているためスカイからちゃんと給料がもらえる保証はない。


「ここまで頑張ってもろくに報酬がないなんて、がっつくわけじゃないですけどちょっと骨折り損みたいです……誰か、ご褒美の一つくらいくれませんかねぇ……」



「なんなら、オレが出してやろうか? といっても、多重債務者だし大したもんなんてやれないけど」



 その声は、ナビキの背後から聞こえた。

 ナビキはその声に聞き覚えがあり振り返る。


「先輩!? いつからここに!?」


「ついさっきだよ。留守番はしっかりやっててくれたみたいだな」


 空色の羽織りと古びた帽子を装備した背の高いプレイヤー『ライト』はナビキの頭を優しく撫でる。

 撫でられたナビキは突然のことで驚くが、思った以上に気持ちよかったのでそのまま撫でられる。


「祭をやるのは分かってたが……こんなに楽しい祭なら一日早く戻ってきた方が良かったかもしれないな。」


「そうですよ先輩……本当に大変だったんですからね? どうしてもっと早く帰って来てくれなかったんですか?」


「はは、それは悪かったな。お詫びに何か奢るから、とりあえず祭の方に行かないか? 屋台とか沢山出てるし」


「は、はい!」


 ライトは本当に相手のしてほしいことをわかっている。

 今は、夜の時間帯となり、プレイヤーショップまでは持っていない『大空商店街』の傘下の中小ギルドの生産職たちが対抗して屋台や出店を開き、売り上げを競っている。


 時期的には少し遅めだが、夏祭りのような雰囲気を楽しむことが出来る。

 ライトと夏祭りデート……最高のご褒美だ。




 それから、ナビキはライトと祭を楽しんだ。


 コンサート会場で、ギルド代表として一芸を披露すると言ってプロ並みの技術を見せるスカイのピアノの音を一緒に聞いた。ナビキが『スカイさん、すごい家柄のお嬢様みたいです』と言うとライトが冗談のような口調で『ああ、きっと財閥クラスの大会社の社長令嬢かなんかだ』と言って笑い合った。


 ナビキはライトがいない間に起きたことを話した。

 キングとの賭け、針山のレストランへの紹介、無闇が草辰の反則を見破ったこと、メモリの起こした騒動とテロの阻止、バトルマニアのマックスとの決闘、赤兎のアイコへの告白、ジャッジマンからの強引だが説教めいた勧誘。


 ライトはそれらを話しを挟まず聞いていた。

 話しながら、聞きながら、屋台で食べ物や小物を買い、祭の雰囲気を楽しんだ。





 そして……祭の最後のスケジュール。

 二人は、高レベルプレイヤーの特等席……二階建ての宿の屋根の上に座って叫ぶ。

「せーの……たーまやー!!」

「かーぎやー!!」


 土木部隊隊長『工作員A』の指揮により、安全を改めて確認した上で完璧に統制されて放たれた花火は大輪の花を咲かせた。

 客には爆弾テロのことなど知らずに花火を楽しんでいたが、時限爆弾を運ぶことになったりしたナビキはまた違った感慨を持って花火を見ることになった。



 そして、花火を見ながらライトは言った。


「ナビキ、この『世界』をどう思う?」


 ナビキは少し考えて、ナビキは答えた。


「まだ、よくわかりません。まだ、先輩たちみたいにしっかりと線引きなんて出来てなくて……どういう基準で良いか悪いか決めたら良いかもわからなくて」


「まあ、そりゃそうだ。そんなもの、急にわかるものじゃないし、完全に理解するなんてのが無茶な話だ。」


「……でも、少しだけわかったこともあります。なんというか、『広いな』って思いました。真面目に店で働く人、草辰さんみたいにちょっとズルしちゃう人、みんなが楽しんでるお祭を邪魔しようとする人、OCCの皆さんみたいにそこにいるだけで何かが起こっちゃうような人、お節介な人……私の周りの『世界』って、いろんな人がいるんだなって。そう思うと、このゲームに来る前の私って自分だけが周りと違うみたいに思って……どれだけ狭い世界を生きてたか今日一日で体感しました。」


 ナビキの言葉を聞き、ライトは優しく笑う。


「合格、だが満点じゃないがな」


「え、何か間違いましたか?」


「メモリ程度で驚いてるようじゃまだまだって事だよ。師匠はあの倍は凄い」


「そうなんですか!?」


「ああ、『エレベーターを待つのって面倒だよね』って理由で二十五階建ての建物の窓から飛び降りて平然とエレベーターで下りたオレを先回りして待ってた人だ。本人曰くパラシュートなしでグーグルアースもできるらしい」


「……あの女の人凄いんですね。とてもじゃないけど真似できる気がしません」


「……あれ? 師匠が女だって教えたっけ?」


「え、あの背の高い部長さんじゃないんですか?」


「あ、ああそうだ。その人だ……日記には性別まで書いた覚えはないんだが……」


「……? ……ところで、先輩は何してたんですか? この一週間くらい音沙汰ありませんでしたけど」


「ああ、ちょっとダンジョンを探索してたんだが……なかなか有益な情報が手に入った。それに迷えば危ない高レベルダンジョンだがダンジョンマップも描けたから、これからは前線プレイヤーの訓練場としても十分使えるだろう。今度ナビキも行ってみるか?」


「そうですね。赤兎さんとアイコちゃんがカップルになって、ダンジョンでどれだけラブラブするようになったかも興味ありますし、今度『戦線(フロンティア)』のパーティーと合同で攻略するのも面白いかもしれません」


「あの二人、今頃付き合って初めての祭楽しんでるだろうな……いや、早速痴話喧嘩の殴り合いでもしてるかもな」


「あはは……冗談に聞こえませんね。でも、きっとすぐ仲直りして、また喧嘩して、仲直りして……そうやってもっと仲良くなるんですよね」


「ホント、お似合いだよなあの二人は」


「なんだかんだで両想いでしたからね……」


 そこでナビキはそこでふと考える。


 アイコは赤兎が好きだった。

 そして、アイコは知らなかったが、赤兎もアイコのことが好きだった。


 だが、もし赤兎が好きなのが他のプレイヤーだったらどうなっていたのだろう。

 あちこちでいろんな女の子からアプローチを受けている赤兎だ。その可能性は低くなかった。

 言い換えれば、アイコがそれを理由にふられる可能性も決して低くは無かった。


 ならば、それはライトにも言える話ではないだろうか?


 ナビキはそれが気になり、少し迷ったが、覚悟を決めて尋ねた。


「せ、先輩は、好きな人って居ますか?」


「好きな人? それが赤兎とアイコみたいな関係での『好き』ならいない。」


「そ、そうですよね。すいませんでした、変なこと聞いて。」


「だってオレは『哲学的ゾンビ』だ。誰かを好きなんてになれるわけないだろ?」


「あ……」


「もちろん、恋愛感情を『作る』のは簡単だ。誰だって好きになれるし、心から愛することもできる。だが、そんなふうに好きになってもお互い嬉しくはないよ。相手の本物の愛にそんな偽物で応えるわけには行かない……だから、オレは誰にもそういう感情は持たないようにしてるんだ。」


「……変なこと聞いて、本当にごめんなさい」


 ナビキは本当に軽率な質問をしたと自覚して頭を下げる。

 ライトは『哲学的ゾンビ』。

 ナビキが『多重人格』ならライトは『零人格』。

 固定された主観が無い故に、記憶も、人格も、思考パターンも、行動パターンも、自身の内面の全てを自在に改変できてしまうという人間離れした……と言うより、もはやある種の人外の域に踏み込んだ能力を持っている。


 ナビキが記憶のリセットという能力に苦しんだように、ライトもその能力に苦しんだのだ。

 もしくは、苦しむことすら出来ないことに苦悩した。



「……だが、人間としてって意味なら好きな奴はいっぱいいるぞ。スカイはあの自分に正直で強欲なところ好きだし、黒ずきんも少ない時間を精一杯生きてて好きだ。もちろんナビキも好きだぜ? ナビもエリザも、ここまで互いに思い合ってる姉妹いないだろ。それに、マリーも……」


 とても正直な告白だった。

 出てくる名前が女の子ばかりなのは少し複雑だったが、嘘偽りはないだろう。

 ライトに恋愛感情を意識させるのは並大抵の事ではあるまい。告白したところで、成功しそうな気はしない。


 そこで、ナビキは思い出した。

 確かマリーから、ライトに渡すものを預かっているはずだ。


「あ、先輩……その、マリーさんから預かったものがあります。」


「マリーが? 直接渡せばいいのに……見せてくれるか?」


「はい、これです」


 ナビキは『銀メダルへ』と書かれた封筒を差し出す。


 宛名を読んだライトは迷うことなく封を開け、花火の光を明かり代わりにして中から取り出したものを見た。


 そして、ナビキもその裏側を見た。



 クライマックスの特大花火が空に光の花を咲かせて『それ』を照らし出す。



 そこには……不思議な模様が……













「おい、ナビキ……起きろ……!!」


 額に衝撃。

 ナビキは驚いて目を覚ます。


「へ、は、はい!」


 気がつくと、目の前にライトの顔があった。

 しかも、かなり近い。

 身体が地面に対して水平に近い状態……倒れた状態になっているのを重力感から感じが、ライトとの位置関係は添い寝とかでなく、真正面からの対面……重なり合う形だ。

 しかも、この脚が触れている『床』の柔らかな弾力は……ベッドの上。


 ナビキは突然の事に真っ赤になり、顔を逸らす。


「わわわわわ!! なんですかこれ、なんですかこれ!! 知らない内に凄い段階が飛んでるんですけど!! 何がありました!? 記憶飛びました!? 襲いましたか!?」


「落ち着いてよく状況を確かめろ、見たら百人中百人が襲ってるのはナビキの方だって思うぞ」


「は、はい?」


 ナビキは少し冷静になって、状況を認識し直す。

 確かに、二人は重なり合うようになっているが、よくよく確認すれば上にいるのは……ナビキの方だ。

 しかも、ナビキはライトの腕を掴んでベッドに押さえつけている。


 どう考えても、加害者はナビキだった。


「え、え、えー!!」


 ナビキはライトの上から飛び退く。

 そして、場所を認識し直す。


 宿の一部屋。

 ベッドは一つだが、やや高級の部屋でベッドの他にも簡素な家具が備え付けられている。

 そして、机の上には酒の瓶、『睡眠薬』『麻痺毒』とラベルの貼られた薬瓶、ロープ、鎖、手錠……



「ごめんなさい!! 記憶にはないけどごめんなさい!! 私、お酒に酔った勢いで先輩を押し倒して、あまつさえ毒とか手錠とかで手込めにしようと……」


「待て待て待て!! 落ち着け!! 状況からの推測としてはなかなか妥当かもしれないがちょっと待て!! 大丈夫だから!! 何にもされてないから!! 事実無根だから!!」


「じゃあなんなんですかこの状況!! どう見ても私が先輩を宿に連れ込んで押し倒してるじゃないですか!! 『ゆうべはおたのしみでしたね』の状況じゃないですか!!」


「まあ、確かに力ずくで部屋に引っ張り込まれてベッドに押さえつけられたのは紛れもない事実だが、それだけだ。何も起きていない」


「未遂なだけじゃないですかそれ!! しかも連れ込んだどころか無理矢理じゃないですか!! もう本当にごめんなさい!! もう二度としませんか許してください!! 落とし前として指詰めます、いやもう首詰めます!!」


「鎌出すな!! 早まるな!!」




 十分後。

 どうにか落ち着いたナビキの横で、ライトはベッドに寝転がり平然と真相を語った。


「マリーさんが?」


「ああ、マリーの贈って来たカードの裏面に暗示が仕込んであった。オレには直接暗示をかけられないから、ナビキを使ってここにオレを連れて来たんだ。そこの薬とかも、ナビキのじゃないだろ? マリーが用意して置いておいたんだ……ここの鍵も同封されてたし」


「どうしてそんなことを?」


「オレを縛り付けてでも休ませたかったんだろな。ナビキをお目付け役にしてでも……そこの机の上、酒瓶の下になんか手紙みたいなのが置いてある。マリーからナビキへの手紙だろうから読んでみてくれ」


 ライトは酒瓶や薬瓶、鎖などが置かれた机を指差す。

 確かに、机の上には『ナビキちゃんへ』と書かれた封筒が置いてあった。


 ナビキはライトに言われたとおりに……一応変な模様が書いてないかを確認して中身を読む。



『ナビキちゃん、勝手に動かしてしまってすいません。

 でも、どうしてもライトくんを休ませたかったのです。赦してください。

 ライトくんは一見平然としていますが、おそらくこの一週間まともに休息を取っていないので、精神に相当な負荷がかかっています。このままでは危険かもしれません。

 今日は本人がなんと言っても一晩睡眠を取らせてください。

 もし抵抗したら机の上のアイテムで拘束してください。

 あなたを見込んでお願いします。


 追伸

 私の暗示も完璧ではないので誤作動するかもしれません。

 なので、もしもあなたがライトくんの寝こみを襲ってしまっても不可抗力の可能性があります。

 もし、あなたにその気があるなら絶好のチャンスかもしれませんよ?』



「読んだか?」


  グシャ


「あ、はい!!」


 思わず追伸の部分を凝視してしまっていたナビキは驚いて手紙を握りつぶす。

 気が利きすぎて大きなお世話だった。


 ……だが、同時に気にかかることもあった。


「多分内容的にはオレが『そろそろメンテナンスしないと危険だ』みたいなこと書いてあったと思う。オレ的には別に大丈夫なつもりだったが……流石にナビキに迷惑かけたら悪いからな。オレ一人で寝るから適当に出て行ってくれていい。」


 そう言って、ライトは仰向けになって目をつぶる。

 だが……ナビキはベッドの横を離れようとしない。


「……どうした? ベッドは一つしかないんだ。流石に添い寝までしろとはマリーも指示してないだろ?」


「はい、でも……出て行く前に一つ聞いてもいいですか?」


「……なんだ?」


「なんで、そこまでしてダンジョンを攻略してたんですか? 何度かに分けて行ってもいいし、他の人達と協力しても良かったと思います。いくらなんでも、そこまで一人でやる必要はなかったと思います」


「……」


 ナビキの言葉に、ライトはしばし黙る。

 だが、ナビキはその顔をじっと見つめ続け……しばらくして、ライトは観念したように狸寝入りをやめて口を開いた。


「……今回は、他の誰も入ってないダンジョンを調べたかったんだ。それも、このゲームのメインストーリーに関わるダンジョンをな」


「何でですか?」


「創作物には制作者の思考パターンが浮き出る……オレの『予知』の材料は、そうやって集めた情報なんだ。このゲームの先の展開の詳細を読むためにはプレイヤーの手が加わってない、オリジナルのままの配置のダンジョンを調べる必要があった。攻略を一気に攻略を済ませたのは、ダンジョンのランダム配置とかで情報が読みにくくなるかもしれないし、他のプレイヤーが中のものを動かしてしまうかもしれないからだ」


 ライトの予知能力……他人の思考パターンを模倣し、その人物の望む未来や計画する未来を知る能力。

 ライトはそれによって今までクエストやイベントを先読みし、他のプレイヤーにはできないプレイをしている。

 その予測精度は常人には信じられないレベル……まさに、予知と呼べるレベルに達している。

 複数人がデザインに関わっていると読みにくいという弱点もあるが、その能力に直接的にしろ間接的にしろ救われたプレイヤーは多い。


「予知能力者って、案外大変なんですね」


「そこまでじゃない。さあ、オレは寝るぞ」


「……おやすみなさい」


「……寝る前に一つ面白いことを教えておいてやるよ」


 ナビキが立とうかと思った時、ライトはそれを引き留めるように言った。


「面白い……こと?」


「人の寝言を聞いても、それに答えちゃいけないんだぜ。そんなことをしたら、そいつは二度と目を覚まさない……黙って聞いて、その時聞いたことも見たことも誰にも話さず、心の内に封印するんだ。そいつが起きても、何も聞かなかったふりをしていなきゃいけない。わかったか?」


「は……はい」

 ナビキはライトの言葉の真意を掴み切れないまま頷く。



 すると……ライトは数秒沈黙してから言った。



「これは寝言だ。」


「……」

 ナビキはライトの真意を察して黙って聞く。


「オレがこの一週間ダンジョンをひたすら調べてたのは情報を得るためだ……だが、それだけじゃなかった」


「……」


「ちょっと自分の限界を調べてみようとも思ってたんだ。一切精神的に休息を挟まずにずっと活動し続けてたら、どのくらいで限界を感じるのか、今後のためにも精神力の限界を知ろうと思ってたんだ」


「……」

 ナビキはライトの『寝顔』をじっと見つめる。


「オレは精神的疲労を人格の切り替えでリセットできる。肉体の限界が無いこの世界なら、オレの精神力は無尽蔵だと勝手に思ってた」


「……」


「勘違いだった。オレは『無尽蔵』なんかじゃなくて……『無限』だった」


「……!」

 ナビキは息をのむ。


「限界なんて一向に見えなかった……何度でもリセットできた。もしかしたら、いつか限界に達したらもう人格の書き換えなんて出来ない『人間』になれるんじゃないかと少しだけ思ってたんだが……限界(ゴール)なんて無かったんだ。むしろ、繰り返せば繰り返すほど変わりやすくなって『人間(ゴール)』から離れていくんだ」


「……」


「怖いんだよ……何より怖いのは、人間から離れていくのにそれを『怖い』と思わないことだ。それに、ずっと人間が近くにいないと、オレを一つの人格として観察してくれる人がいないと、本当に際限なく変われてしまう。男にも女にも、子供にも老人にも、義賊にも殺人鬼にも、聖人にも極悪人にも、勇者にも臆病者にも、何にでも……もしもこの世界にオレ以外の誰も居なくなってしまったら、オレは『何』になるのかわからない」


「……」

 『哲学的ゾンビ』とは、人間の完全な偽物だ。

 偽物という概念は本物が存在して初めて成立する。


 ナビキはライトを『影』のようだと思った。

 日の下で人の真似をするのに影ほど長けたものはない。いつも同じ動きをして、いつも同じ姿をして、いつも実体と共にある。

 しかし、実体を失えば影は日の下に存在できない。人間という実体を失えば……そして、影が残っていれば、その『影』は別の形を取っているだろう。

 雲の影かもしれない、建物の影かもしれない、動物の影かもしれない。


 そして二度と、人の形には戻らないのだ。


「お願いだ……この世界の最後まで生き残ってくれ……」


 ナビキは、まるで遺言を聞き取るように、その全てを見逃さぬようにライトを見つめた。



 そして、そっとライトの手を握り、返事はせず……黙って頷いて、口の動きだけで言った。



(わかりました……命を懸けて、必ず……)










 同刻。

 時計台広場にて。


 赤髪の少女が、プレイヤーの目視できない時計台の『裏』から現れる。

 プレイヤーの誰がどこから見ても真正面から向き合っているように見えるというこの時計台の裏には、プレイヤーには不可侵領域である『第0コンソール』があるのだ。

 そこから出て来た少女は、自動的にプレイヤーの死角となる場所に出現し、あたかも『最初から死角にいた』というふうに振る舞うのである。


 そして、何食わぬ顔でその場を離れ……



「あらあら、奇遇ですね。イザナちゃん」



 その場を離れようとした赤髪の少女……イザナの足が止まり、かけられた声の主を見る。

 そして、『道案内NPC』としての定型文(マニュアル)に従って返答する。


「あ、マリーさん! こんな夜中にどうしたんですか? 道に迷っているなら送ります」


 声の主……マリー=ゴールドはイザナに向かって微笑みかける。


「いえいえ、あなたを探してたんですよイザナちゃん。街のどこを探してもいないんですから」


「そうですか。私も歩き回ってましたから」


「いえいえ、あなたはずっとここにいたでしょう? その、見えない扉の向こう側に」


 そう言って、マリーは手にした《鏡》を振ってみせる。

 そして、イザナは時計台の周囲にもいくつかの《鏡》が置かれていることに気付いた。


 鏡には……プレイヤーに見えてはならない『時計台の裏』が映ってしまっている。


「!!」


「やっぱり、あなたはただのNPCではありませんね。観測されていない間も自己に連続性を持ち、観測されていない間に瞬間移動のように存在座標を変えることが出来ない。そして、どうしても遭遇できないプレイヤーとの接触を避けるためには進入禁止区域に逃げ込む権限を持っている」


「……何を言っているかわかりません」


「あなた、メモリちゃんから逃げてますね?」


「!!」


「あなたがメモリちゃんに会わないのは、メモリちゃんがあなたの『器』だから……もしくは『だった』から。もし互いを認識すればどちらかが上書きされて消えてしまう危険がある……言わば『ドッペルゲンガー』のような関係。どうですか?」


「……」


「答えなくても構いません。ただ、これが真実ならばこのゲームの目的にもかなり近づけているという事でしょう。もちろん他言する気もありませんし、そんな事をしてもゲーム攻略が速くなるわけではありませんのでご安心ください……ただ、ちょっと採点して頂きたいだけです。私の妄想みたいなこの推測、百点満点中何点くらいですか?」


 マリー=ゴールドは冗談めかして言う。

 微笑みながら世界の根幹に触れる。


 だが、イザナは……人のように笑った。


「何を言っているか、さっぱりです。病院に案内しましょうか?」


 それを聞き、マリー=ゴールドは苦笑する。


「あらあら、手厳しいですね。」

 針山からの相談

『立っていると時々NPCと間違えられるのですが、どうしたらいいでしょう?』


(ジャック)「針山か……確かに、何もせずに立ってるときまるで家具みたいにじっとしてるもんね。たまに『え、いたの!?』ってなるし」

(マリー)「執事としての習慣ですかね……針山くんはそういうところは本当にしっかり守りますからね。昔から」

(ジャック)「え、知り合いなの?」

(マリー)「何年か前に海外でいろいろと……それにしてもどうしましょうか?」

(ジャック)「立ってるときも何かプレイヤーっぽいことしてたら? 本読んでるとか」

(マリー)「この前手帳広げて立っているところを何かのクエストの開始地点だと思われて話しかけられてましたよ。どうやら『世間知らずのお嬢様の注文に悩む名家の召使いNPC』に見えたそうです」

(ジャック)「あー……変なアイテムの収集とかあるもんね。手帳にメモがあってそこに書いてある特徴から正解のアイテムを考えて持ってくるとか。そっか……でも、どうしたらいいんだろ?」

(マリー)「読む本を攻略本にしてみてはどうですか?」

(ジャック)「あ、なるほど!」

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