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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第四章:ギルド編

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88頁:無理な勧誘はやめましょう

『魔力循環』

 使用者……メモリ

 連続で魔法を使用すると先に使用した魔法で消費した魔力の一部を回収し、次の魔法の消費を少なくできる常時発動技。簡単に言えば、連続で魔法を使い続けると魔力消費がより少なくなっていく。


 ただし、詠唱に間があくと失敗するので、スラスラと詠唱を続けられるよう呪文を暗記しておかなければ効果がない。


 メモリ曰わく、

「早口言葉は得意だよ!」

「マリー、なんなんだあの爺さん。序列5位って言ってたが……」


「あら、知りませんでしたか? 先生は私に私達を含めた教え子に序列(ランキング)をつけたリストを見せてくれました。その序列ではライトくんは二番、私は僭越ながら一番、そして彼は五番目でした」


 襲撃イベントの日。

 OCCとの衝突の後、ライトはマリー=ゴールドに尋ねた。


 ライトにいきなり剣を向けてきた老人『ジャッジマン』についてだ。


「上は……オレとマリー、あとはジャックと赤兎あたりか……だが、あの爺さんはちょっと逸脱した感じがしたな。なんか戦っても勝てるかわからない気がする」


「まあ、ランキングなんて先生が面白がって付けたものでしょうし、そもそも戦闘能力順じゃありませんよね。戦闘能力なら一番は間違いなく赤兎さんでしょう。」


「まあ、非戦闘能力の究極みたいなマリーが一番な時点でそれはわかってるんだが……本当に何者だよジャッジマン。あの迫力は人間の威圧感か疑うレベルだぞ……殺人鬼とも違うし」


「……ライトくん、あなたには彼が何歳くらいに見えますか?」

 マリー=ゴールドは文脈を無視してそう質問した。


 ライトはジャッジマンの容姿を思い出し……


「多く見積もっても70そこらって感じじゃないか? 老け顔なら50くらいかもしれないが……」


 ライトの返事を聞き、マリー=ゴールドはクスクスと笑う。


「惜しいですね。まあ、見た目だけで判断すればそんなものでしょうか……ですが、『1』が一つ足りませんでしたね」


「71……いや、51?」


「『150歳』です。最近は医療技術が進んでて平均寿命が延びていますが、それでも驚異的な歳です。データ上の公式記録は古すぎて破損していますが、紙媒体の記録には残っていたので間違いありません。」


「……ハイランダー症候群か?」


 ハイランダー症候群とは端的に言えば『成長や老化が止まる病気』である。

 ある日突然止まっていた分の年をとる事も有るらしいが、それなら長く生きることはあるかもしれない。


 だが、マリー=ゴールドは首を横に振る。


「『前』のとき関わって、そのときに気になって過去の写真なども、文献から探し出して見ましたが……ある時期から老化がゆっくりになっただけのようですからハイランダー症候群ではありません。あのお爺さんは偶発的にそうなったのではなく、自分で自分の肉体を維持し続けているのですよ。いえ、むしろ心身共に向上を続けているようで……その結果があの常人ならざる迫力なのでしょうね」


 ライトやマリー=ゴールドの人並みはずれた能力と同列に並べて『超能力』と表現するなら、ある意味一番わかりやすい形で発現している。


「もし本当にそうなら……ある意味本気で人外級の化け物だな」


「化け物だなんてとんでもない……彼を表現するのに相応しい言葉は他にありますよ。たとえばそう……」


 マリー=ゴールドは微笑を浮かべて言った。


「『仙人』とかですかね」







《現在 DBO》


 『OCCに入れ』

 ナビキはOCCのギルドマスターであるジャッジマンからそう言われた。


 普通なら勧誘ということになるのだろう。

 それも、他のギルドの幹部を引き抜くというやや常識はずれな行為だが、まあ無い話では無いだろう。


 だが、それをフィールド外に居るナビキに向かって、フィールドに踏み出しながら、しかも武器を持って言ったのでは、意味が変わってくる。


「えっと……ジャッジマン? ここフィールドですよ? 私はちょっと予定もありますし、その話は後日街でゆっくりと……」


「ナビキ、お前は普通じゃない。そんなことはお前自身が良く知っているだろう……今は良いかもしれないが、長くは続かないぞ。今は受け入れてもらえてると思っていても、いつか後悔することになる。繋がりを持ったことをな」


「……何が言いたいんですか」


「上辺だけの信頼なんて今のうちに捨ててしまえ。そしてOCCに来い。うちには誰も、おまえを差別するような者はいない。特別視されることはない。」


「……商店街の人達は皆良い人達です。あなたに心配されるようなことはありません」


 ナビキの抵抗を、ジャッジマンは何でもないように吐き捨てる。


「ふん、3000人もいて全員が善人だと言うのならそもそもギルドなど作る必要もない。おまえも、自分の事を包み隠さず全員に教えているわけではあるまい。今は居心地のよい楽園でも永遠に楽園でいられるわけもない。どこかに必ずいる『知られてはならない人間』にその秘密を知られたときには……待っているのは地獄だ」


「それは脅しなんですか? OCCに移籍しないと私の秘密を公開すると?」


「そんなことはしない。ただの年寄りの経験則と忠告だ……だが、儂がそんなことをしなくても、遅かれ早かれ秘密の上に築かれた安住など瓦解する。だから、その前にこちらに移れと言っているのだ」


「……断ったら、どうしますか?」


「そうさな……たとえばこういうのはどうだ?」


 ジャッジマンは大剣を背中から抜き、門の前で地面に突き立てる。


「首を縦に振るまで、ここを通さない。おまえもそれは困るだろう?」





 夜の少女は目を覚ます。

 外が騒がしい。

 平らな寝床、薄暗い照明。

 この部屋は快適なのに、外からその快適さが脅かされている。


 少女は緩やかな覚醒の後、ドアの隙間から外を見る。


 わたしの平穏を脅かすのは誰?






「くっそ!! なんつーやろーだこのジジイ!? いいからさっさと退きやがれ!!」


「ふん、聞くと思うか?」


「ナビ下がって!! そろそろ回復しないと!!」


 『ドッペルシスターズ デュエット』を使ってナビキとナビの二人がかり。

 しかし、それでもこの一人の老人が倒せない。

 この30分、ナビキが支援しながらナビが攻めるという基本陣形で突破を試みているが、ジャッジマンは門の前で、大剣一つでそれを止め続けている。


「おまえたち、そんな体たらくで良く挑んで来れたな?」


「うっせえハゲ!! あたしらはまだ全力じゃねえし!! その白髪引っ剥がしてやる!!」


「禿げとらんわ!! それにこれは地毛だ!!」


「「え!?」」


「驚くなよ小娘共」


 二人相手で戦うジャッジマンには余裕が見える。

 ナビキもナビも前線レベルのプレイヤー……しかし、ジャッジマンは大剣を振るうだけで全ての攻撃を押し返す。


 ナビは攻撃の手を一旦止め、いつでも飛びかかれる距離でジャッジマンを睨む。


「てかなんなんだ? その剣……あたしの鎌だけじゃなくてナビキの音も止めるとか聞いた事ねえぞ」


「『その剣』とはこれの事か?」


 そう言い、ジャッジマンは事も無げに大剣を高く上げ、地面に突き刺す。

 すると、衝撃波が地面をめくり上げ、吹っ飛ばされた土の塊がナビに飛んで来る。


「っ危ねえ!!」


「見ての通り、斬ると爆発したような衝撃波が出るというだけのただの剣……ダンジョンで見つけた『魔剣』というアイテムだ。反動があって使い難いが、慣れたらなかなか便利だぞ」


「手元で爆発するような剣を平然と振るてめえがすげえよ」


 本人も同じように衝撃を受けているなら本当に信じられないような化け物だ。普通ならそんなものを使えば反動で自分も態勢が維持できず、強力な一撃をたたき込めてもその後は何も出来ないだろう。


 それを、ジャッジマンは平然と振るう。

 物理攻撃も魔法も、衝撃波で全て吹き飛ばす。

 攻防一体……隙がない。


 単純な物理攻撃力なら赤兎以外には負けたことのないナビが……歯が立たない。


「ナビキ、コンサートまではあとどんくらいだ?」


「えっと……40分くらい」


「チッ……なんとか間に合わせねえとな」


 西門には受け付けの係員がいたはずだが……ジャッジマンの迫力に負けて逃げ出したらしい。

 他のプレイヤーも西門の周囲に集まってこない。

 少し『叱った』だけで『アマゾネス』のプレイヤーが三人も気絶したという常人ならざる気配は伊達ではない。


 助けは期待できない。

 西門以外に回るのも……そんな小細工を許してくれる相手には思えない。

 自力で正面突破するしかない。



「おっらあ!!」

 飛びかかって鎌を振り下ろす。

 しかし、攻撃は大剣で止められ、ジャッジマンには届かない。


「焦っているな……だが、おまえは儂には勝てんぞ」


 衝撃波。

 ナビは吹っ飛ばされ、ジャッジマンから離れた位置に着地する。


「だあっ!? なんで届かねんだよ、いくらあいつの筋力値が高くても全くの無傷なんて……」



「教えてやる。それはおまえが加減しているからだ」



 その言葉に、ナビはキョトンとする。

 そして、ナビキはそんなナビの背中を見つめる。


「本来、おまえの攻撃はこんなものではないだろう。だが、おまえはここがフィールドであって、儂を殺してしまうかもしれないと自分の刃を恐れている。だから届かないのだ」


 フィールドでの戦いは街の中での戦いや決闘とは違う。間違いだったとしても、致命傷を与えてしまえば人を殺してしまうかもしれない。

 その思いが、無意識に攻撃から鋭さを奪う。


「自分の意志を押し通すために他人を傷付ける覚悟もない。そんなことでは、すぐに潰れるぞ。」


「あ、あたしはそんなこと……」


「ふん、違ったところで同じ事だ。この程度の強さで生きていけるわけもない。『他と大きく違う』、それだけのことで生き続けるのに要求される強さは各段に跳ね上がるのだ」


「……説教かよジジイ、マサムネより爺臭いぜ」


「ふん、生きてる時間が違うわ。ならばこう言えばわかりやすいか? 『人真似なんぞするな。この化け物』」


「「!!」」


 『化け物』。

 その言葉に、ナビもナビキも固まる。

 今まで誰一人としてそこまで直接的にその言葉を投げかけてきた者は、彼女達の記憶にはない。


「屁理屈を捏ねようが、周りに護ってもらえる理解者が居ようが、化け物が人に紛れて生きるのは人から隠れて生きることより数段難しい。一見楽で幸福そうに見える道でも、それを維持するのには遥かに大きな苦難を乗り越える必要がある。おまえにその覚悟があるか?」


 ジャッジマンは自分の経験を語るように強い口調で問いを投げる。

 ナビキ自分が気圧されているのを感じ取る。


「覚悟……」


 覚悟……より難しい道を選ぶ覚悟。

 そして、問われているのはその選択が出来るかどうかという強さ。







 ナビキは一ヶ月ほど前のことを思い出す。


 ギルド勧誘合戦が収束に近付いた頃、ライトはナビキの所へ訪れた。


「ナビキ、オレちょっとしばらくダンジョンに雲隠れするつもりだから、連絡取れなくても心配するなよ」


 その時、既に『大空商店街』に入ることを決め、最初の仕事として膨大な加入志願者のリストをまとめているところだった。


「先輩、それはやっぱり勧誘を避けるためですか?」


「ああ、もう少しで大体大手のギルドのメンバーは固まりそうだが、最後の挑戦みたいなノリで大量に来るかもしれないからな。何日かほとぼりが冷めるのを待つ」


 ライトはどこのギルドにも入らないと決めていた。

 ナビキは当然スカイの結成するギルドにライトも入るものだと思っていたので意外だったが、ライトが断言したら意志を変えないであろうことは分かっていたのでナビキから勧誘はしていなかった。


 だが、勧誘とは別に気になった。


「どうしてどこにも入らないんですか? ギルドに入った方がアイテムの入手も情報集めも安定するし、楽しいと思いますよ?」


 ナビキは単純に、ライトが寂しくなるのではないかと思った。

 もしかしたら、本当はどこかに入りたいのに他人の事情を考えてギルドに入らないのではないかと。


 その手の心当たりはいくつもあった。


 ライトがスカイの懐刀だと言う情報は有名な話だったし、一部では恋仲なのではないかと言われていた。そのライトがスカイのギルド以外のギルドに入ればギルド間の軋轢を生むかもしれない。


 それに、本当に数人しか知らないことだが、ライトは殺人鬼(ジャック)を匿っている。ギルドに入ってからそれがバレればギルド全体に迷惑がかかる。


 また、ライトの持つスキルと情報も他のプレイヤー達と隔絶したところがある。ギルドのパワーバランスも左右してしまうかもしれない。


 だが、それらを考えても……やはりライトがどこにも入らないと強く主張するのは違和感があった。

 入ろうと思えばそれらの問題も大して問題にしないほどの、前線の大ギルドにも入れるし、今までの振る舞いを考えればスカイの下で働いても状況は大して変わらないように思えた。



 だからこそ、ナビキはライトの返答に驚いた。


「オレの世界を広げたくないからだよ……ただのオレの我が儘だ」


「我が儘……先輩が?」


「ああ、オレはスカイやジャック、それにナビキやナビやエリザ、マリーや教会の子供たち、あと赤兎やアイコやマサムネやアレックスやヤマメ婆さん、OCCの六人、あと草辰とかの『組合』の幹部連中、知り合いの狐やシャーク……こんな100人にも満たないような人達をオレの『世界』だと思ってる。ナビキには失望されるかもしれないが、オレはこの外側のプレイヤーが死んでもなんとも思わないし、これでも多すぎると思ってるくらいだ。だが、ギルドに入れば『世界』がギルドメンバー全員まで広がる。だから、オレはどこにも入らない……我が儘だろ?」


「それは……その人たちが死んだら、先輩が責任を感じるからってことですか?」


 ナビキはそれは背負い過ぎだと思った。

 ギルドメンバーは基本的に相互に協力する関係だ。誰かが死んだとしても、それはギルド全体が負うべき責任であってライト一人が背負うべき責任ではない。

 そんな理由でギルドに入るのを拒むのは……少し傲慢なのではないかと思った。


 だが、次のライトの発言に空すかしを喰らうこととなる。


「いや? オレが助けようとしてて死んだらオレの責任かもしれないが、そうじゃなければ死んだら死んだで自己責任だろ。特にシャークは次会ったら場合によっては殺すことも視野に入れてるし、前線の戦闘職は次会えるかどうかなんてわからない。むしろ、あのレベルの手練れが死ぬ時にはオレにも助けられない状況で死ぬんだと思ってる。ジャックなんて、成り行き上仕方なかったとしても、正直殺されても文句は言えないようなことしてるしな」


「え……それは冷たいんじゃないですか?」


「おいおい、オレはマリーみたいな聖人君子でも、スカイみたいな大勢力のトップでもないんだぜ? 赤兎に比べたら戦闘能力は負けるだろうし、ジャックみたいに手段を選ばずに動くこともできない。こんなオレが全部を護ろうとしないのも、全部は護れないのも不思議じゃないだろ。もちろん、助けを求められれば全力尽くすし、求められなくても場合によっては首を突っ込むつもりだ。相手が道を踏み外してれば殺すのもやぶさかではないし、介錯を務めることもあるかもしれない。」


 自分の『世界』だと言いながら、同時に大真面目にその中の誰かを『殺す』ことも視野に入れている。

 おそらくそれは全て本心だろう。

 ライトはきっと……本当に殺す。それも全力で、情け容赦などなく殺すだろう。

 ナビキにはそれが分かってしまう。


「……ますます分からなくなりました。どうしてそんな割り切った上で、『世界』を広げないんですか?」


「……まだ分からないかな、ナビキには。まあ、『行動的ゾンビ』じゃ無理もないことかもしれないが……きっとジャックにはわかってるし、赤兎はそれを受け入れた上で自分の『世界』を広げるのを躊躇しないんだろうが……ナビキはちょっとまだ経験が少ない。口で言ってもわからないだろうけど……強いて言うなら、『世界』は『広い』からって『良い』とは限らないんだ。『井の中の蛙大海を知らず』……だが、大海に出たところでそこが良いところとは限らない。もしかしたら呼吸すらできないかもしれない。そういうことだよ」


「それは……会ったこともない不特定多数の人と関わり合うのは安全かわからないってことですか?」


「ちょっと違うんだよなぁ……まあ、ナビキにもその内わかるよ。その時には傷ついたり泣いたりするかもしれないが、気軽に相談してくれ。オレ達は『同族』だからな」







「『世界を広げる覚悟』ですか……」


 今ならわかった気がする。


 ジャックは、自分が殺人鬼だと知っても自分を殺さない人だけの『世界』を持っている。

 赤兎は、自分の戦闘能力を認めてくれる人も、嫉妬を抱く人も、それ以外を見てくれている人も、彼を見てくれる人全てを受け入れて護ろうとする『世界』を持っている。

 スカイは、大きくとも自分で制御できる『世界』を持っている。

 そしてライトは……自分が認めた人々だけの『世界』を持っている。


 皆、自分が生きるのに適した『世界』を持っている。

 メモリがライトを『世界』と言ったように。


 そして、ナビキはそれを自覚していなかった。

 もちろん、誰もが自覚していることではないだろう。

 だが、ナビキのように普通と大きく違う……『化け物』と見られるかもしれない人物にとっては、その『世界』の線引きは大きな意味を持つ。


 その『世界』に受け入れられていれば外からの差別や非難は苦にならないだろうが、もし、その『世界』の大半がナビキを拒絶すれば……『世界』は『地獄』に変わるだろう。



「『化け物』ですか……なるほど、あなたがただの意地悪で通せんぼしたわけじゃないのは分かりました。確かに、私はギルドの皆から拒絶されたら死ぬほど辛いかもしれません。隠し続けるのも難しい事ですし、皆に認めてもらうのも大変でしょう……今のうちに、あなた達のみんな同じくらい特別で……狭くても心地いい『世界』に移るのもいいかもしれませんね」


「ナビキ……」

 ナビは鎌を握る力を抜く。

 ナビの存在意義は『ナビキのため』、ただそのために生まれたのだ。

 ナビキが戦う意思を失ったら、ナビにも戦う理由はなくなる。


 だが、同時に感じ取る。

 違う……ナビキは……


「ならばOCCに来るか? 今日全員に会ったらしいが、悪い奴らではないだろう?」


「……いいえ、お断りしておきます。私は……いつか傷付くことまで含めて、商店街のみんなと一緒に居たいです。私は、『私達』は、もう傷付くことを懼れないつもりだから。もう逃げずに、困難なことも辛いことも全部自分のものにしていきたい」


 これまで、何度も過去の自分を殺してきた。

 辛い記憶を切り捨てて、何度も無傷な状態に戻った。

 傷付くことを懼れて、未来の自分に宛てた日記に『友達を作らないでください』と書いたこともあった。


 だが、今は違う。

 ライトやマリーのおかげで、傷つくことが出来るようになった。

 どんなときにも、誰よりも近くにいる味方が出来た。


「だから、『私達』はあなたを突破して皆がいる街に戻ります……死なないように気を付けてください。」


「……そうか、年寄りだからと心配するなよ小娘共。」


「うっかり殺しちまっても構わねえか? ジジイは割と本気で強そうだから、手加減の余裕なんてないぜ?」


「おまえらこそ、つい殺してしまうかもしれんが構わんか?」


「じゃあ、死んだらお互い自己責任ということで」


「ふん、良い目になったな。人の皮を被った化け物が」


 問われていたのは、『普通』を演じられるかではない。

 問われていたのは……


「『化け物』ですか……望むところです」

「こちとら『ゾンビ』なんだ。今更てめえなんかの前でまで人の皮なんて被る気はねえ」


 『化け物』を、堂々と名乗れるだけの覚悟があるかどうかだ。


 ナビは下がってナビキの隣に並ぶ。

 そして、タイミングを合わせるまでもなく同時に唱えた。

「「オーバー50『ドッペルシスターズ トリオ』!!」」


 ナビキの中の最後の『妹』が……『ナビキ・バートリー・エリザベート』が二人の間に現れる。


「『メイクアップ エリザ』」



 踝まで届く長い髪、長い犬歯、動きを制限する服を嫌ったためにマリーが説得してようやく着るようになった大きめの緩い入院服。

 そして、ジャッジマンを貫く鋭い視線。


「……敵?」

「ああ、そうだ」

「今日は『三人』でやりましょう」



 『エリザ』……『殺人鬼』と『ゾンビ』の混合種、『吸血鬼』と呼ばれる少女。

 昼には寝ていて夜に起き、しかしなかなか活動しない気分屋な性格。

 そして、たまに起きてモンスター狩りを始めると、そのダンジョンは他のプレイヤーの侵入が禁止されるほどの活発さと無差別さを持っている。

 プレイヤーとしての『ナビキ』の持つユニークスキル『強奪スキル』の扱いを担当し、モンスターを噛み殺してそのスキルを奪い取る姿はまさに『吸血鬼』のものだと言われる少女。


 そして、何よりの特徴は……


「ふんぬっ!!」

「ぐぐぐぐ……」


「この技修得してから客観的に見れるようになったけど……エリザってさ……」

「はい……『私達』の中でも、格段に……シャレにならないくらい強いですよね」


 エリザは、衝撃波を受けながら『魔剣の真剣白羽取り』という荒業を現在進行形で続けている。


 エリザの使う『強奪スキル』は倒した相手から技やスキル、装備品などを一定ポテンシャルまで奪って使うことが出来るというスキルだ。

 それらの中にはプレイヤーには普通は使えない肉体変化を含む物や、ボスの使うような強力な技も含まれる。


 もちろん、強力な技はそれだけポテンシャル容量を圧縮することになるが……エリザは十の小技より、一つの強力な一撃を好む。

 エリザが現在持っている技は五種類。

 獣人型モンスターの身体強化。

 猛毒の巨大スライムの毒生成。

 恐竜型モンスターの噛み付き。

 金属虫の女王の体表硬化。

 そして……


「……燃えろ!」


 ドラゴン型のフィールドボスから奪った技……鉄の盾をも溶かす火炎弾。


「くっ!!」

 ジャッジマンは至近距離にいるエリザの口から発射された火炎弾を首を逸らして避ける。

 だが、巨大な火炎弾の一部分がジャッジマンの肩に当たって、初めてその足を後退させる。


 そして、その瞬間に押し込むようにナビが踊り出る。


「甘いわ小娘!」


 ジャッジマンのわざと空振りさせた大剣からの衝撃を至近距離から浴びせてナビとエリザを引きはがそうとするが……


「甘いのはてめえだ!!」

「いっ……け」


 エリザが地面に片手を突き刺し、もう片方の手でナビを押し込む。

 そして、ナビは衝撃波で前もまともに見られないにも関わらず……全力で鎌を振り下ろす。


「グッ!」


 ジャッジマンは大剣本体で鎌を止める。

 だが、今度はナビの足をエリザが引っ張って後ろに投げる。

 鎌と、それに噛み合う魔剣を一緒に引きはがすために。


「ク、剣を奪いに来たか……だが、剣がなければ儂が弱くなると思ったか?」


 ジャッジマンはあっさり剣を手放し、ナビは抵抗がなくなったため一気に後ろへ飛んでいく。


 そして、片手を地面に突き刺していて身動きの取れず、しかもナビを投げるために体を捻っていてジャッジマンを見ることのできないエリザに膝蹴りを見舞うが……


「……遅い」


 エリザはギリギリで膝蹴りを躱す。

 だが、ジャッジマンは膝蹴りと同時に固めていた拳を振り下ろす。


「……『鋼殻乙女(アイアンメイデン)』」

「小賢しい!!」


 エリザは見えないままに体を硬化するが、ジャッジマンはそのまま拳を振り下ろしてエリザを地面に這いつくばらせる。


 武器がなくても……強い。

 ライト程多彩な攻撃手段は無いだろうが、状況の変化に対応できるくらいの手数を鍛えている。


 だが、ナビキ達も手数と練度で負けているつもりはない。



「お待たせしました……ナビキオリジナル『雷獣のいびき』」



 エリザごと……ジャッジマンに雷が落ちる。

 もう夜で暗くて分からなかったが、今まで雨乞いに近い音楽で雷雲を育てていたらしい。

 ジャッジマンが跳んで避けようとするが……


 ガシッ


「……逃がさない」


 雷が二人の上に落ちた。

 エリザは体表が金属質に硬化していてしかも地面に手を突き刺しているのでそれがアースとなってダメージを受けずに済んでいるが……ジャッジマンはそうはいかない。


「グググググ!!」


 雷の直撃は対策が無ければ大ダメージは避けられない。

 事実、ジャッジマンの全身からは煙が立ちこめているが……しかし、倒れない。

 そして……



「貴様ら……本気のようだな……ならば、儂も本気を出そう。」



 ジャッジマンは、拳を握る。

 そして、自分の足元のエリザを見下ろす。


「ユニークスキル『制裁スキル』……『鉄拳制裁』」


 ジャッジマンの腕がかなり密度の高いエフェクトに包まれ、強い威圧感を感じさせる。


「ユニークスキル……?」


「驚くことではない。OCCのメンバーは全員それぞれにユニークスキルを持っている。たとえば、儂のこのスキルは相手が特定の行為を行っている場合に発動できるのだ……『複数人で一人のプレイヤーを集中攻撃した場合』や『装備武器を自ら手放したプレイヤーに一方的な攻撃をした場合』などな」


 ジャッジマンの言葉に、ナビキとナビは固くなる。

 ジャッジマンとは対等に戦闘を行っている……だが、スキルの発動条件である『弱い者いじめ』や『非武装者への攻撃』は、理不尽なりに成立している。

 『ナビキ』は一人のプレイヤーで三つのアバターを同時に動かしているが、スキルの発動などは独立しているためバッドステータスなどは別々に受けることになっている。ならば、三人にカウントされているのも不思議はない。

 それに、ジャッジマンは確かに『自分から』魔剣を手放し、武器を使うナビキとナビに『素手』で応戦していたのだ。


 不利になっていると見せかけ……それがトリガーとなって発動するスキル。


 そして、その拳の届く所に……射程内に、エリザがいる。


「さて、では……まずはお前からか? 小娘」


「……」


 ジャッジマンが拳を握りしめ、自らの足を掴むエリザを睨む。

 エリザは手を地面から抜き、身を固めて身構えるが……拳を纏うエフェクトは、エリザの『鋼殻乙女』で受けきれるようには見えない。


 だが、エリザは逃げない。

 逃げるような……隙がない。


「ならば……覚悟は良いか?」


「させるわけねえだろが!!」

「やらせませんよ!!」


 鎌を持ったナビキと魔剣を持ったナビキがジャッジマンの前に入る。

 そして、それぞれの武器を交差させ……


「止めてみろ!!」


 ジャッジマンは拳とを振り下ろす。

 鎌と魔剣、そして拳がぶつかり合う寸前……


「……断る」


 ナビとナビキが消えた。







 自分の攻撃で発生した噴煙に巻かれながら、ジャッジマンは独り言のように言う。

「なるほど……まんまとしてやられたか……」


 その背後……西門の内側から、少女の声がする。


「私は『突破する』って言っただけで、あなたを倒すと言ったわけではありません。さすがに、曲がりなりにも心配してくれた人と殺し合いなんてしたくないですしね」


「そういえば、元々一人だったのが技で三人になっていたな……二人が気を引いて、最後の一人が逃げ出す態勢を整えて逃げる瞬間に一人に戻る……見事な連携だ」


「もちろんです。何しろ三人で一人なんですから……もしかして、怒ってますか? 最後に真っ向から力比べみたいな感じだったのに逃げ出して」


「別に怒ってはいない……だが、言わせてもらいたいことくらいはある」


 ジャッジマンは振り返りながら、少々言い辛そうに言う。


「あまり年寄りをからかうものではないぞ、ナビキ」


 脱出したのは地面を手で掴んで瞬間的な高速移動ができるエリザだった。

 そして、門に駆け込んですぐ、一人にアバターを統合し……普段通り混乱を避けるために、ナビキが表面に出た。


 そして、まんまと自分を出し抜いて通り抜けたナビキに、ジャッジマンは呆れたように言った。


「もう少し老人を労れ、この小娘どもが」

 メモリからの相談

『おにいちゃんが構ってくれません。

 もっといろいろおにいちゃんのこと知りたい。匂いもクンクンしたいし、全身じっくり観察したいし、ペロペロして味も知りたい。

 どうしていつも傍に置いといてくれないんだろ?』


(ジャック)「あのホタルでさえ側に置いてたライトが、なんでこの子を側に置きたくないのか今まで分からなかったけど……まさかこんなキャラだったとは……」

(マリー)「ライトくん本人は何されても構わないと思っているかもしれませんが、周りが退きますよね……」

(ジャック)「しかもヤンデレ予備軍っぽいし、『過去視』ってストーキングにうってつけの能力もってるんだよね……初めてライトに同情したよ」

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