86頁:爆弾処理は慎重にやりましょう
『殴技 暴拳』
使用者……アイコ
パンチ力に凄まじい破壊力を付加する。
EP消費が激しいが、防具などでされても防御力補正を貫通してダメージを与えられる。
単純な強化技で、使いやすい。
アイコ曰わく
「あたしの暴力キャラ定着してきてるよね」
少女は空っぽだった。
持っていたのは最低限の知識と、飢餓にも似た知識欲。
何かを知らなければならない。
それが何かは知らないが、それが無ければ完成しない。
だから、何を知らないのかも知らないまま、少女は無作為に本を読んだ。
しかし、やはり空っぽは埋まらない。
情報は吸収して行くが、それらはただ空っぽの中に乱雑に積み上がっていくだけで、埋まらなかった。
そんなとき、誰かが少女の世界に入り込んで来た。
『ニンゲン』ではない気がした。
外見は知識で知る『ニンゲン』なのに、何故か『本』だと認識した。
そんなものは知識にはなかった。
『ニンゲン』の形をした『本』に彼女は生まれて初めての『質問』をした。
「あなたは、『何』ですか?」
すると、彼は『本』として認識されながら……あるいはさせながら答えた。
「おまえにとっては『知らない世界の事を話す』、それだけの存在だ。何と呼ぶかはおまえが決めてくれ。」
少女は、知識の中からそれに見合う語彙を見つけ、彼をこう『読んだ』。
「なら、あなたは『語り部』ですね」
《現在 DBO》
プレイヤーの全てがデスゲームを攻略しようとしているわけではない。
中には、クリアしたところで元の世界に戻っても居場所がない、この世界で悪事を働いてしまったため罪に処されることが目に見えている、法律の届かないこの世界で好き放題生きたいなどの理由で攻略の停滞を望む者もいる。
そして、そのようなプレイヤーにとっては多くのプレイヤーが喜ぶような場面が、憂うべき事態になり得る。
襲撃イベントでは、盗賊が横行した。
ギルド結成の時期にも、有力なプレイヤーが集まって強力なギルドを結成しないようにプレイヤー間の不和を誘発しようとしたプレイヤーもいた。
そして、今回の最大の生産ギルド『大空商店街』の主催するイベントにも、悪意を向けるプレイヤーがいた。
「あはは、でもまさか私のギルドのイベントの目玉を爆弾とすり替えるなんてね~。」
「笑い事じゃないですよ!! はやく誰もいないところに捨ててこないといつ爆発するかわかりませんよ!!」
慌てるナビキに、スカイは笑いながら返す。
「大丈夫よ。これが時限爆弾なら爆発のタイミングはまだまだ先に設定されてるはずだから」
「なんでそんなことわかるんですか?」
「よく考えてみなさいよ。このサイズの爆弾を用意するのは結構大変な労力よ? 犯人達はこの爆弾を悪戯なんて規模じゃなく、テロの道具として使うに決まってる。でも、街の中じゃダメージは与えられない。最大の被害を与えるなら……」
「……あ! フィールドに運び出した後……」
花火は祭の会場から近すぎると全貌が見えず、見栄えが悪くなってしまうので打ち上げるのはフィールドでということになってる。
そのために馬車に乗せていたのだ。
爆発系の武器や技は衝撃は派手な割にダメージが少ない。だが、このサイズなら至近距離で爆発させればプレイヤーによっては死ぬ危険がある。
つまり、この『殺す気』で作られた爆発は、殺せない街の中では爆発しない。
「まあ、爆弾処理の方については取りあえず置いといて……こんななめた真似をしてくれた人達には、ちょっとペナルティーが必要よね~」
「ス、スカイさん?」
「それに花火玉も返してもらいたいし~……メモりちゃん、玉を取り替えた人って、ストレージに入れてた?」
スカイに突然質問されたメモリは、平坦な口調で答えた。
「はい、爆発物専用ケースを使用していました。」
「顔は見た?」
「はい、さらにその仲間と思われる人物も二人記憶しています。『印刷』が必要なら紙とペンを用意してください」
「仲間二人……あ、もしかしてメモリちゃんが誘拐されたのって……」
「倫理基準に従い追跡した所、仲間と合流中と思われる場面に遭遇。視界を奪われ運ばれましたが、偶然遭遇したプレイヤーに救出されました。」
黒ずきんが目撃したシーンは、メモリが爆弾を返そうとするところだったらしい。そして、仲間との会話を聞かれて、しかも爆弾を持ってこられて口封じに……
危ないところだったらしい。
「って、それじゃあこの街からもう逃げてるんじゃないですか? 作戦がばれてしまってますし」
「あ、それに関しては多分大丈夫よ。西門には受け付けがあるし、犯罪者集団の襲撃を警戒して街の周りのフィールドを見張ってる係りがいるからフィールドには逃げられない。それに、ゲートポイントにも受け付けがあって、しかも犯罪者集団が転移してくるかもしれないと思って武装したプレイヤーが待機してるから、今は使いたくないはずよ。私なら、子供の証言なんてあてにならないだろうし、まさか顔まで特定されるとは思ってないだろうから爆発の混乱に乗じて逃げようと考えるわ。」
「じゃあ、この街のどこかに殺しも辞さないようなプレイヤーが潜んでるんですね」
ナビキはやや沈んだ声でそう言う。
しかし、逆にスカイはギラギラとした笑いを浮かべる。
「そうね、危ない野犬が潜んでるんだから……油断して手を噛まれないように、全力で捕まえないとね」
午後三時過ぎ。
花火と筒などの備品の積まれた馬車を物陰から見張る男は、焦燥感を感じ始めていた。
(遅い……花火玉が戻ったならもう箱に収めにくるはずだ……もしかして、あの子供の言うことを信じて調べたのか?)
花火玉に見せかけた爆弾は時限爆弾。
アナログ時計を起爆装置に組み込んでいるので微かに音はするかもしれないが、そう簡単には見破れないはずだ。
想定外だったのは少女が爆弾を箱から出して追ってきたこと。
少女は『落とし物』だと言っていたが、まさかすり替えた物を返しにくる奴がいるとは思わなかった。
(時間まで捕まえておこうかと思ったが……まさか、『戦線』の奴らがいるなんて……)
爆弾は少女と一緒に奪還されてしまった。
商店街のプレイヤーが少女の言葉なんて信じずに花火玉として箱に戻しに来るかもしれないと思って馬車を見張っているが、その望みは薄そうだ。
仮に爆弾だとばれてしまっていたら、迂闊にゲートポイントから逃げようとするのはマズい。怪しい行動と取られて調べられれば、本物の花火玉が見つかるかもしれない。
それに、計画も花火を中止させるだけではとても成功とは言えない。
今回の作戦は……
「ねえ、ちょっとそこのおじさん。顔見せてー」
やや高い場所から、女の子の声が聞こえた。
その妙な高さが気になってそちらを向いてみると……
「あ、やっぱりー。ターゲット発見だよファンファン」
「パォォオオオオン!!」
「なあ!?」
巨大な象に跨がった少女が、自分を見下ろしていた。
象は鼻でプレイヤーが装備しないような巨大なハンマーを振り上げて……
「うわわわわ!!」
ドガン!!
間一髪回避した男は、なりふり構わず一目散に逃げ出す。
男が人混みに入ると、体の大きな象……『ファンファン』に乗ったプレイヤー『チイコ』は男が逃げた先を睨んで歯噛みする。
「しまった……ファンファン一緒だと高いところから探せるけど追えないや。……まあ、いっか。大体の場所は分かったし、後は咲ちゃん達に任せよ」
そう言って、チイコは手にしたチラシを見る。
『急遽開催、指名手配鬼ごっこ!
皆さんには、以下の絵と同じ顔のプレイヤーを捕まえていただきます。
彼らは指名手配中の逃亡犯です。
武器、魔法の使用を許可します
(反撃の可能性もあるのでご了承の上でご参加ください)
なお、見事犯人を捕まえたプレイヤーには大空商社からの豪華景品を贈呈します。
どうぞ、遠慮なく鬼ごっこをお楽しみください』
また街の某所では……
「たく、なんだこいつら!?」
『犯人役』に指定された男は、一般プレイヤーに紛れ込んでいたところを見つかり、景品ねらいのプレイヤーたちに追いかけ回されていた。
周囲のプレイヤーはイベントの一環だと思って邪魔にならないように男やそれを追いかけ回すプレイヤーに道をあける。
「ちくしょう!! こうなったら……」
男は祭の会場から外れ、街の入り組んだ区域に駆け込む。
ここなら、大挙して押し寄せてくるプレイヤーから逃げるには最適の条件が揃っている……
そう、『大挙して』迫って来るプレイヤーの大群ならだ。
「ほな、行くか。アレ坊」
「ああ、しっかり掴まってろ」
男は細い路地裏を駆け抜けようとした。
だが、目の前の地面に影が落ちる。
男は生物的本能で足を止め、影を踏まないように跳び下がる。
そして、その影が知らせたとおり、屋根の上から恐ろしい重量が落ちて来た。
ドシン
「フェ、フェ、フェ……わしゃ目が悪いんじゃ。アレ坊、間違いないかえ?」
「ああ、間違いなくこいつだ」
落ちてきたのは、巨大な身体全体を分厚い鎧に守られ、戸板のような盾で道を塞ぐ完全防御型の最前線プレイヤー『アレックス』。
そして、その肩に乗る最前線最年長プレイヤーと呼ばれて名高い老婆『ヤマメ』。
「ひっ!!」
とても適うようなプレイヤーではないを悟った男は素早く反転して逃げようとするが、ヤマメ婆が杖をふるうと骸骨が地面から現れ、道をふさぐ。
「さて、これで捕まえたってことでいいかえ?」
「いいんじゃないか?」
最前線の実力は伊達ではなかった。
そして、また某所では……
宿の借り部屋の一室で、毛布を被って震えている男が居た。
彼は自分が指名手配されたのを知ってすぐに宿に逃げ込み、他の二人にもそれをメールしたのだが、いつまで経っても返事が来ない。
「もう、もうあいつら捕まったのか? 無事なら連絡来るよな? 捕まったらどうなるんだ?」
彼は雇われたに過ぎない。
シャークという男から花火玉をすり替えるように言われ、他の二人がケンカのふりをしている間に玉をすり替えたのだ。
成功の報酬は、裏で有力な犯罪ギルドに入る権利。少数で恐喝などしていては、見かけ以上に強いプレイヤーにあたって捕まってしまう可能性もある。犯罪ギルドに入れば、そのような危険のあるプレイヤーの『ブラックリスト』などが手に入るはずだった。
それなのに、まさか狩りの対象のように扱われることになるとは……
「はは、大丈夫だ。ここなら安全……安全なはずだ」
そう言って、彼は床の上に置かれた爆発物専用のケースを見る。
「へへ、ざまあみろ……花火はどちらにしろ中止だ……最大のギルドの顔に、泥塗ってやったぜ」
その時だった。
『コンコン』と、ドアが叩かれる音がする。
「はいってますかー?」
「…………」
(まさか、感づかれたのか? だが、どうやって分かったんだ? 奴らとのフレンドは切ったし、ここに入った事は誰も知らないはず……)
「誰もいませんか? ……なら、ぶっ壊しても良いよな!」
次の瞬間、外開きのドアが内側に吹き飛んだ。
他人の借り部屋に許可も鍵もなく入る唯一の方法……ドアの破壊。
だが、いくら安い宿でも一撃でドアを破壊するなど並みのプレイヤーの攻撃では出来ない。
そんなことが出来るのは……前線クラスの戦闘職くらい。
ドアを破壊して部屋に踏み込んできたのは、赤いコートと死神のような鎌が特徴的なプレイヤー……『ナビ』。
「おい、居るなら返事しろよ。ドアの弁償代金お前持ちな」
「ひいっ!?」
「お、花火あるじゃねえか。出させる手間省けたな」
ナビは怯える男を余所に、ケースを軽々と持ち上げて強奪していく。
そして、ナビが部屋を出ると入れ替わりに灰色の髪をしたプレイヤーが入ってくる。
「まったく、なめた真似してくれたわね。おかげで景品出さなきゃいけなくなっちゃったじゃない……まあ、それもあなた達の所持金を没収した中から出すけど」
「て、てめえらが悪いんだ!! 元の世界に帰ったところで会社も絶対にクビになってるし、元の生活になんて戻れるはずねえのに……なんでそんなに攻略攻略ってみんなして頑張れんだよ? もう死ぬまでここで生きるしかねえだろ」
デスゲーム開始からもう三カ月。
これから完全に攻略するまでに何年かかるかわからない。
元の生活になんて戻れる保証はどこにもない。
だが、そんな不安を言い訳にする男に、スカイは軽蔑するような視線を送る。
「……あなた、このゲームを始める前は人生に何も不満がなかったの?」
「……ああ」
「嘘つかないで。そんな人はVRMMOなんて始めようと思わないわ。いつも、何を思いながら『元の生活』なんて送ってたの? 会社への不満、家庭への不満、経済力への不満、何一つなかったとは言わせないわよ」
「……そりゃ、そのくらいあったよ。だけどな、そんなもの全然幸せだったって今は思うよ!! 安全で、そこそこ安定した職について、テレビ見て飯食って寝て、こんな戦わなけりゃ生きていけないような世界に比べたら……」
「そうやって『昔は良かった、でも今は最悪だ』なんて言ってる奴はどんな世界でもダメなのよ」
スカイは冷たく言い放つ。
「元の生活に戻れないなら新しい生活をすればいい、今が前より悪いなら今を良くするために努力すればいい。新しい生活に満足できる自信がないから最悪だと感じてるこの世界に留まると言う……そんな無茶苦茶な理屈が通るとでも思ってるなら、それは人生なめてるわよ。」
スカイは強く言う。
「満足できなければ満足するために欲しい物を手に入れればいい。それができないようじゃ、あなたは今以上にはなれない。『当然享受できるはずのあたりまえの日常』? そんなもの、どこにもないわよ。『あたりまえ』なんてものは、維持するのも手に入れるのも大変なんだから……『働かざる者食うべからず』ってやつよ。未来に絶望して働かないなら……今ここで死になさい」
言うだけ言って、スカイは部屋の前から去って行く。
捕まえもせず、殺すこともなく、見捨てるように去って行く。
そして、取り残された男は自嘲気味に哂う。
「『今ここで死ね』か……。へへ……さっすが三千人の長、言うことが違うぜ」
そして、男は毛布を捨て、立ち上がって壊れたドアへ向かって行く。
自首をすることになるのか、ささやかな抵抗をすることになるかは相手の勢力にもよるが……見苦しい真似はやめよう。
『大空商店街』には捕まった犯罪者の更生施設のような場所もあるらしい。
なんらかの形で裁かれることになるのだろうが……小娘に言い負かされたまま、部屋で小さくなっているところを捕まるのは、牢屋に入るより情けないだろう。それよりは『まし』だ。
せめて、自分を見下すように見ていたあの小娘に一矢くらいは報いてやろう。
そう思い、ドアの外へ出た。
そして、宿屋の出口に続く廊下を歩こうとして、足元の球体に気がつく。
表面に小さな時計が貼り付けられた、バスケットボールくらいの球体だ。
『P.S. これ、いらないから返すね。』
カチッ カチッ カチッ
「……くそ、容赦ないな」
数秒後、宿の内側で大爆発が起きた。
同刻。
「ん? 指名手配鬼ご? なんだよ、そんなのあったならやりたかったぜ」
「あ、でもなんかすぐ終わっちゃったみたいだよ? なんかアレックスとかが本気出したらすぐ捕まっちゃったんだって」
「なんだ、その程度か……じゃ、俺はいい。」
「ま、次にこういうイベントがあったら一緒にやろうね」
チラシを渡されなかった赤兎とアイコは、それをただのイベントだと思いながら街を歩いていた。
アイコの相談
『好きな人がいるけど、鈍感すぎてもうあらゆるアピールが届きません。どうしたら良いでしょう?』
(マリー)「赤兎さんですか……あの人の鈍感さはラノベ主人公級ですからね」
(ジャック)「あいつね……GWOでもファンクラブあったけど、本人がそれに気付かないっていう驚異の鈍感さだったからね」
(マリー)「実は同じような相談が何十件も来てるんですが、どうしましょう?」
(ジャック)「もう全部『頑張れ』でいいんじゃない?」




