84頁:迷子には注意しましょう
『後追い陽炎』
使用者……蛍。
自身のアバターを不可視状態にし、1秒前の姿を表示し続ける技。
動いていなければ意味がないが、移動しながら使用すると幻影が後を追う形となり、追撃による攻撃は幻影を狙うことになる。
また、攻撃でも相手の思っているより早いタイミングで攻撃が入ることになるので応用可能だが、この技は正体を見破られると本体が紙耐久なので視覚に頼らない攻撃でまぐれ当たりして負ける可能性があるため、ホタルはあまり接近戦では使わない。
また、飛び道具は手元を離れると可視状態になるため、併用できない。
全てはメモリの一言から始まった。
「おにいちゃんの代わりにお祭に行く!」
OCCのメンバーは祭にあまり興味はなかった。
というより、自分達の影響度を考えて自重していた。
特に、リーダー格であるジャッジマンは『我々の評判も考えろ』と遠回しに禁止していたのだが……
「考えたよー……じゃあいってきまーす」
だが、メモリはそんなことをあっさり無視して、ややしりすごみした他のメンバーを置き去りにして祭へ向かった。
何故なら……
「知らない物がいっぱいだー」
全力で祭を楽しんでいる彼女は、『物知り』でありながら『知りたがり』であったからである。
《現在 DBO》
午後1時40分
赤兎とアイコに鉢合わせしないように運営の羽織りを着たまま急いで武器屋を離れ、闇雲無闇にお礼を言って別れたナビキは、ふと空を見上げた。
ナビキに予知能力はない。
強いて言うなら虫の知らせというやつだろうか。
だが、多少わかったところで未来が変わるとは限らない。
目に飛び込んで来たのは、蛍の光のような明るい黄色の浴衣を着て、顔ではなく頭に狐の面を付けたスタイルの良い少女。
そして、そんな少女が屋根の上から自分に向かって落ちてくる光景。
「なっびきちゃーん!!」
「ほ、蛍ちゃ……んっ!?」
直前に見つけたところで避けるところまでは及ばず、落下で加速のついた狐の面の少女……蛍に飛びつかれ、抱きつかれる。
「もー、今日一日休みなんてずるいぞこの野郎♡ こっちはサブマスの立場上休めないのに♡」
「ならサブマスとしての立場だけじゃなくて威厳も考えてください! ほっぺにチューとかしないでください! おりゃ!」
ナビキはプレイの関係上特に高い筋力のステータスを使って執拗に引っ付いてくるホタルを引き剥がし、元来た屋根の上に投げ飛ばす。
だが、ホタルは難なく屋根に着地する。
プレイヤーネーム『蛍』。
ギルド『大空商店街』のサブマスター。
職業は『忍者』。そのスピードはギルドの中でも随一で、そのフットワークの軽さで情報屋としても名高い。
『狐の嫁入りスキャンダル』という新聞の編集長としても有名で、初期には陰鬱な空気が漂っていたこのデスゲームに娯楽や希望としての情報を提供している。
そして、何より有名なのは……
「いいじゃん、ちょっとチューするくらいー」
「突発的百合テロはやめてください! そんなことだから『アマゾネス』から要注意人物認定されるんです!」
ホタルは外部協力者のライトやギルドマスターのスカイを凌ぎ、『商店街一の変人』と呼ばれている。
彼女はスカイのことを『性的に好き』だと公言し、しかも女性プレイヤーに今のような過度のスキンシップを取ることでも知られ、しかも親しいプレイヤーの知るところでは痛みを喜ぶ性癖を持つと言われている。
その特異性は他のギルドにも知られていて、女性プレイヤー限定のギルド『アマゾネス』では要注意人物と認定され、接触を避けるように指令が下されているらしい。赤兎とアイコのデートに『アマゾネス』からの妨害が入らないのがその証明になるだろう。
ナビキがこの祭をデートの舞台に選んだのもそのため。ホタルの情報網が行き渡った『大空商店街』の縄張りで大きな事を起こそうとすれば必ずホタルと接触することになる。
ホタルは元は犯罪者ギルドの生き残りであり、しかも一時期は義賊として知られ、そしてその正体は並外れた変人……そんな人物がサブマスターをしているという情報だけでもギルドの防衛力になるのだ。
ぶっちゃけ、好き好んで関わり合いたい相手ではないということなのだが……
「あ、そういえばさっきもアマゾネスのサブマス見つけたからー……」
「皆まで言わないでください。またお詫びの粗品を贈ることになるんですね」
「あはははは、お仕置きー?」
「あなたには逆効果でしょうそれ」
ナビキはホタルの事をそこまで嫌ってはいない。
性格はともかく情報収集の能力は確かだし、遊びで他人を傷つけることは絶対にしない。
それに、彼女の目立つ特異さは、多重人格という特異さを持つナビキにとっては助けになっている。ナビキは『三分の一でも常識がある分まとも』だと認識され、他の幹部には容認されているのだ。
流石に敢えて『汚れ役』を買っているとは思わないが、彼女は変人ではあっても悪人ではない。
「あ、ナビキの怪力で胸を思いっきり掴まれるとかどうかな? 想像しただけでゾクゾクしてきた」
「悪人じゃなくても極度の変態なのが玉に瑕ですね。それにしても、サブマスが自ら跳び回ってるなんてどうかしたんですか?」
ホタルはサブマスターとして祭の進行状況に関する情報をまとめる仕事がある。
そのホタルが自ら走り回るような要件はそうそうないはずなのだが……
「あはははは、さっきはちゃん付けで呼んでくれたのに、人前だと他人行儀だねー。ところで、11か12歳くらいの赤茶色の髪の幼女知らない?」
ナビキの中でたった今聞いた情報と今朝見た少女の外見が一致する。
OCCのメモリだ。
「えっと……人物としてはたぶん知ってますけど、その女の子がどうしたんですか?」
「ほら、今晩最後に上げるでっかい花火あるでしょ? 今日のメインディッシュ」
「あ……はい。あの他のより大きい花火玉ですか、バスケッボールくらいの。それとその子に関係が?」
「あれ、筒とかの備品と一緒に運搬するために馬車に積んでたんだけどさ……」
「……まさか……」
朝見た少女の姿が思い浮かぶ。
蝶や虫を好奇心で追いかけ、世の中の危険を知らないかのように話していた少女。
そして、ギルド渾身の花火玉……
「その子、花火玉持ってどっか行っちゃったみたいなの。探すの手伝って♡」
祭の中を爆弾を抱えた少女が歩き回っている。
街の中では殺人鬼が関わっていなければ、至近距離で爆弾が爆発しようがダメージは受けないし死ぬことはない。だが、それでもそんなテロのようなことが起きれば祭は失敗に終わる。
そして、よりにもよって『大空商店街』の技術を結集して作成した特大の花火玉を、どういったわけか無邪気な少女が馬車から持ち出してしまった。
これはマズい……こんなことが広まれば祭は中止、ギルドの信用も問題になる。
それに、赤兎とアイコのデートもおじゃんだ。
「早く見つけないと……」
メモリがどういった意図で花火玉を持ち出したかは知らないが、どこかで誤爆する危険もあるし、メモリが重要性も知らずになくしてしまう危険もある。場所のわからない爆弾など冗談ではない。
管理の係員に文句を言いたい所だが、なんでも馬車の近くでプレイヤー同士の喧嘩が発生し、その仲裁に入っていてその間馬車から目を離していたらしい。ケンカで集まった野次馬の一人がメモリと一致する外見の少女が花火玉を箱から出して抱えていくのを見たそうで、確かに花火玉は消えていた。
「でも、花火玉は目立つはず……」
花火玉は大量の火薬が詰まった危険物。
そういった保存も難しい危険なアイテムは『危険物取り扱いスキル』か特別な容器がないとストレージには収められない。
つまり、花火玉は目に見える形で現在も存在しているはずだ。
一度準備の段階で火薬の製作に関わったドクターが見せてくれたこともあるし、目視でも探していればすぐ見つかるはず……
「なのに何で見つからないんですか……」
30分ほど祭の会場を詳しく探してみたのだが、影も形も見えない。かなり目立つ髪色をしていて、しかも大きな玉を抱えているなら、それなりに目立つはずなのだが見つからない。
「もうお客さん達に聞き込みを……だめ、玉の事がバレたらパニックになるかもしれないし……」
なるべく穏便に済ませたかったが、いっそ迷子のアナウンスをかけて呼び出すか……
そう思い始めたとき、ナビキの前に見知ったプレイヤーが見えた。
「あ、黒ずきんさん。」
「あ、ナビキ? どうしたの、そんなに沈んだ声で。運営の仕事?」
エプロンドレス姿の黒ずきん。
以前は人の集まる場所をひたすら避けていたが最近では上手く人口密度の低い場所を見つけて、危険な接触を避けた動きが出来るようになったらしい。
彼女は彼女なりに祭を楽しんでいるようだ。
「ちょっと、探し物が見つからなくて……」
「手伝おっか?」
「気持ちはありがたいですけど……」
OCCのメンバーに相談してフレンド権限で見つけてもらおうかとも思ったが、やはり易々と口外できない問題だ。
それに、針山はもうランチのピークが去ってレストランを離れていたし、他のメンバーもなかなか見つからない。
……いや、黒ずきんになら相談しても良いのではないだろうか?
ギルドメンバーでなくともかなり深い秘密を共有する仲間のようなものなのだし。
「……黒ずきんさん、メモリちゃんを見ませんでしたか?」
「メモリ……ああ、あのライトが大好きな赤髪の? 二十分くらい前に見かけたけど」
「…………え!? 本当ですか!? どこで!?」
ナビキは嬉しさのあまり黒ずきんの肩をつかむ。
「え、えっと……時計台広場近くの物陰で、大きな玉を抱えてて……物陰から誰かに林檎飴渡されてて……」
「……」
場所がわかったのはいいが、話が何やら不穏な向きへ流れ始めているような……
「飴を受け取ろうとしたところで……頭から袋を被せられて……」
「誘拐されてるじゃないですかそれ!! なんで止めてくれなかったんですか!?」
事態はさらにややこしい展開になっていた。
朝は赤兎が誘拐されそうなメモリを見つけて助けたらしいが、黒ずきんは特に助けようとは思いつかなかったらしい。
ナビキが激しく肩を揺すり、黒ずきんはパワーに負けて振り回される。
「待って待って待って!! 大人しくしてろって言ったのナビキじゃん!! ボクが割り込んだら確実に誘拐事件じゃ済まなくなるし!!」
「メールの一つくらいしてくれても良いじゃないですか!!」
「そんなの言われたって、あんな教科書に乗ってるような手に引っかかるあの子が悪いじゃん!? ボクの直接の知り合いじゃないし、直接の知り合いのライトにも連絡つかないし!!」
「普通はそういう時は警察や係員に言うんですこれ社会の常識!!」
常識など殺人鬼に言う台詞ではない。
黒ずきんからしたら、自分に危険のない犯罪などわざわざ手を出して止める事もないという考えに従って無視したのだが、結果として肩が外れそうなほど揺すられた。
少し後悔した。
気の済むまで黒ずきんを揺さぶったナビキは気を静め、考える。
祭の中をいくら探しても見つからないのは当然だった。メモリは何者かに誘拐されている。しかも、話からして花火玉を持ったままだ。
ならば、どうやって探すか……人混みの中での誤爆はなくなっても、誘拐事件が起きているというのはもはや穏便にとか言っている場合ではない。
それに、なくなった花火玉は今日の目玉だ。
これも取り戻さなければならない。
「やっぱり、OCCの誰かにフレンド権限で場所を探してもらうしかありませんか……でも、OCC他の人達もどこにいるのかわからないし……こんなことならキングくんとも、針山さんとも、無闇さんとだってフレンド登録しておけば……」
「……OCCのメンバーを探したいなら、一人分かりやすい所にいるけど?」
「え!? 本当ですか!?」
今度は肩をつかまれないように跳び下がる黒ずきん。警戒しながらもナビキの質問に答える。
「ほら、『本部』の『運動場』で戦闘職向けの即席コロシアム開いてるでしょ? 確かOCCのメンバーがいたはずだよ」
『本部』とはゲーム初期に生産職のプレイヤーが集まって結成した『組合』の本拠地であったテントを改築して本格的な木造建築(豪華二階建て)にした施設だ。今ではギルドの本拠地でもあり、同時に消費者センターやギルドの幹部や傘下のギルドマスター達が集まって会議するための施設、さらに生産職同士の情報交換や戦闘訓練の場としても使われている。
外に広い運動場、中に道場や図書室、武器庫など様々な機能を持った部屋を持った大きな建物であり、今回の祭では運営本部があると同時に運動場では即席だが腕自慢の戦闘職向けの闘技場が開かれている。
「ならすぐ行きましょう!! ほら、黒ずきんさんも!!」
「え、なんでボクまで?」
「メモリちゃんが誘拐されたの誰のせいだと思ってるんですか。見つけるのに協力してください」
「ボク人の多い場所嫌なんだけど……」
十分後。
『闘技場』と呼ばれているこのイベントはプレイヤー達が『決闘』の『乱戦モード』を選択し、地面に描かれた巨大な円の中で戦い、HPを半分以上減らされるか円から外に押し出されたら負けとなる。いわば『なんでもありの相撲』のようなものだ。
5レベルごとのランク分け、武器使用禁止、トーナメント、勝ち抜き戦、レベル無制限などの様々な形式で戦いを繰り返し、それぞれの優勝者に景品が贈呈されることになっている。場外への押し出しでの勝利もありということから単純にレベルで負けていても勝負になると、かなりの数のプレイヤーが参加登録をしていたのだが……
「なるほど……あの人ですね。……面白い戦い方をしてますね」
「OCCの前衛担当『マックス』。ビルドは速力と防御力を重視して回避で壁役を担当してる。手持ち武器はないけどその代わり鋼鉄のブーツで蹴り技を中心としたサバットで戦ってる」
「詳しいですね。お知り合いですか?」
「一方的に知ってるだけだよ。結構有名人だったし」
二人の目の前で『レベル制限なし、一対一勝ち抜き形式』の舞台で戦っているのはアメリカンヒーローを意識したと見える赤いマントと青いシャツを着たナビキと同じくらいの年の少年だ。
彼は襲い掛かってくるプレイヤーの武器から繰り出される攻撃を躱し、蹴り飛ばし、軽い拳で牽制して重い蹴りで敵を場外へ弾き飛ばす。
攻撃力は低いが、回避力と防御力が高く、反応が速い。
「ここまで15連勝。HP半減でのノックアウトは一回も無し、全て場外へ叩き出すか時間切れの判定勝ち。レベルとかの強さよりあの戦闘技術が厄介だよね……『強い』って言うより『巧い』って感じかな」
「なるほど……て、私は戦いに来たわけじゃないんです! フレンドリストを見せてもらえればそれでいいんです!」
そう言って、ナビキは祭の運営の羽織を着たままマックスのもとへ駆けていく。
だが、黒ずきんはその背中を見て呟いた。
「多分ただでは見せてくれないだろうけどね……」
突然の運営委員の登場に観客はざわめき立った。
しかし、円の中心で一人立ち続けるマックスは動こうとしない。
腕を組み、堂々とナビキを待ち構える。
そして、ナビキが 話しかける。
「あの、すみません」
「次の挑戦者か、かかってこい!」
「そうではなくちょっとお願いが……」
「だが断る!」
お願いの内容を一切聞かずに断られた。
唖然としながらも、ナビキは再度口を開く。
「フレンドリストを……」
「私は八百長などという卑劣な行いはしないししていない!」
「メモリさんが……」
「どうしても言うことを聞かせたかったら私を倒してからにするんだな!」
「大変なことに……」
「さあ、かかってこい!」
「会話が成立しない!?」
全く話を聞いてくれなかった。
困り果てるナビキに、円の外から黒ずきんが声をかける。
「無理だと思うよー。その人かなりのバトルマニアだから『はい』『いいえ』どっちを選んでもバトルになるよー」
「なんですと!?」
「一度倒してからじゃないとお願いとか聞いてくれないよー。」
「戦闘回避不可のイベントボスですかこの人は!?」
もう一度マックスを見るが……やはり、戦う気満々だ。
これは何を言ったところで『おのれ、私の動揺を誘う気か』とか言われそうな気がする。
「武器すら出さずに仲間とお喋りとは……おのれ、私の動揺を誘う気か」
「しかも早速言われたし」
コンコン
『こいつと話そうとするのは時間の無駄だ。あたしがやってやるから、ちょっと待ってろ』
『うん……お願いするね?』
『任せろ』
「変装スキル『メイクアップ ナビ』」
三つ編みのおさげが独りでに解ける。
羽織を脱いで、鎌を取り出し、赤いコートを着る。そして、その姿に観客が息をのむ。
その姿は、襲撃イベントでも多くのプレイヤーに目撃された、有名なプレイヤーのもの。
「さーあ、ちゃっちゃとぶっ潰してやるぜ!!」
『豹変系アイドル』ナビの登場に観客が沸いた。
「制限時間五分、場外およびHP半減で負けとする。
両者決闘の設定を合わせてください。」
審判が両者に声をかける。
だが、マックスもナビも最早相手しか見ていない。
「前は半端なところで交代しちまったからな。今度は周りに迷惑もかからねえし、心置きなくやろうぜ」
「貴様など、今度こそ捻りつぶしてくれる」
ナビは鎌を腰だめに構え、マックスは短距離走のスタンディングスタートのような突進姿勢をとる。
そして、決闘開始と同時に……二人は真っ直ぐに前進した。
「おら!!」
「はあ!!」
ナビは鎌を横なぎに振るい、マックスの胴体を刈り取ろうとする。
ナビの攻撃の一番の特徴はその貫通力だ。
鎌による威力の一点集中に加え、ナビのステータスを発揮した攻撃は単純だが、それだけに多少の防具では防げないような貫通力を生む。
マックスのビルドが防御力が高いタイプだろうと、鎧も盾もない状態でヒットすれば一発でHPは半分をきる。
真っ直ぐ走り出したマックスはもはや後退するには遅過ぎる段階でナビの鎌の間合いに入った。
そして……
間合いの『内側』で繰り出されたマックスのパンチがナビの肩に命中し、ナビの身体が横転した。
「な!?」
「『グレートスター』」
ナビは円の際まで転がったがなんとか外側に触れるのを防ぎ、立ち上がる。
だが、身体が重い。
違和感を感じてパンチが当たった肩を見ると、そこに星のマークが光っている。
「これは……」
「正義の味方の戦いは悪を殺すことじゃない。悪を無力化する事だ」
「ステータスダウンか……セコいことしやがって」
見たことのない反支援……攻撃の威力はかなり低いが、かなりの数値のステータスダウンが発生している。マックスの主力技なのだろう。
それに、攻撃の威力がほとんどないのにナビが簡単に転がされたのは鎌を振りかぶり、攻撃しようと体を回転させたタイミングに合わせられたからだ。
ナビはマックスの力だけでなく自分の力も合わせた一撃でとばされた事になる。
マックスの戦い方は、敵の力を利用し、無効化し、受け止めることなく防ぐ。
改めてぶつかってわかった。
マックスは『自分より強い相手』との戦いを想定した鍛え方をしている。
「大丈夫?」
観客の中を移動してきたらしい黒ずきんが背後からナビに声をかける。
「面倒くさい戦い方して来やがる……何者だよあいつは」
「ボクの知ってる人と同一人物ならGWOの出身……ボクや赤兎と同じゲームの経験者だよ。まあ、大会ではいつも最初の三、四戦で敗退してて上位一万位にも入ってなかったけど、『場外』って呼ばれてて結構有名だった」
「上位一万位以下? ふざけんなよ、かなり強いぜ?」
「くじ運が悪いらしくてね。毎度毎度最初の方で絶対王者とか優勝候補とかにぶつかってトーナメントで落とされてる。」
「残念な奴だな」
「でも、多分ナビじゃ勝てないよ。ナビの方が弱いってわけじゃなくて相性が悪い……ナビって戦い方が真っ直ぐだから、ああいうのには避けられちゃう。単純な攻撃じゃ赤兎くらいの攻撃速度がないと通らないよ」
「そりゃどうも……確かに、あたしじゃちょっとキツいかもな……だが、あたしは『選手交代』する気はないぜ? やっぱり一発入れられてる以上あたし自身の手で一発返したいしな」
そう言って、ナビはマックスに相対し、歩み寄る。
「つーことで、ちっと『あたしら』の本気出すぞ」
心の中で、ドアが強く叩かれる。
ドンドン
『ナビキ、手伝ってくれ』
「オーバー50『ドッペルシスターズ デュエット』」
ナビの姿がぶれるようにずれ始め、左右に同じ姿の像が出来る。そして、その像は段々とそれぞれ実体を持つように存在感が濃くなり始め……
「『メイクアップ ナビキ』」
片方は吟遊詩人のような服を着た三つ編みおさげの、ギターを持った少女になる。
「「おはよう」」
オーバー50。
それは、レベル50を迎えたプレイヤーに与えられる固有の技……必殺技のようなものだ。
プレイスタイルに見合った物になるらしく、同じ技は一つとして無いと言われている。
そして、そのいわゆる『必殺技』は単純な攻撃技とは限らず、生産職のプレイヤーには生産系の技、防御力に秀でた壁役には防御技が発現したりする。
そして、より特殊なプレイをしていたプレイヤーには、より癖の強い技が発現する。
それこそ、他のプレイヤーには到底使いこなせないような変わり種だ。
中でも、ナビキの技は飛び抜けて特殊。
『一人で複数のアバターを同時操作する』という、多重人格でなければできない。そして普通の多重人格でもできないような技術が必要なのだ。
もちろん、ナビキですら簡単ではない。
人格が三つと言っても脳は一つ。情報処理が遅くなり一人一人の反応速度は落ちるし、HPもEPも共有しているので消耗も早く、範囲技などは人数分のダメージを受けることになる。
だが、その代わり……『連携』ができる。
「『大鎌鼬』」
「『聖霊賛歌』」
ナビの振るった鎌から発された真空の鎌が飛ぶ。
ナビキの演奏が始まる。
「おのれ、二対一とは卑怯な!!」
「わりいが、こっちは三人で一人のプレイヤーなんだぜ!! 一人は寝てるから今は二人で一人だけどな!!」
近距離攻撃タイプだったナビが遠距離攻撃にまわる。また攻撃の隙を突かれないように。
「そしてその後ろから支援技か……だが、その程度の陣形でこの私を倒せると思ったか!!」
マックスは飛んでくる斬撃を避けながらナビへ接近する。
元々反応速度ではマックスが上なのだから、情報処理が重くなっているナビ、ナビキより反応速度はさらに高い。
「チッ!!」
ナビはマックスを直接迎撃しようと鎌を振りかぶる。
しかし、マックスはそれを飛び越えた。
「後衛が無防備だ!」
走って加速を付けた飛び蹴り。
狙うのは、強い『自分』に守られていた弱い主人格。
慌てて演奏をやめるが回避など間に合わず……
「なーんてなあっ!!」
マックスは勢い良く振り下ろされたギターによって迎撃され、地面に叩きつけられた。
「グハァ!!」
楽器と称するにはあまりに重く、固い……もはや鈍器のようなギターによって撃ち落とされたマックスを見下ろしながら、ギターを振るった吟遊詩人のような服装の『ナビ』は不適に笑う。
「あたしらは三人で一人だって言ったろ? 人を見かけで判断するんじゃねえよ、今は『あたし』がナビだ。一発、いれてやったぜ」
「ちょっとナビ!! 大事なギターそんなふうに使わないでよ!!」
鎌を持った『ナビキ』が『ナビ 』に向かって声を上げる。
二人は現在一脳二心二体。
アバターを瞬時に入れ替えることなど造作もない。
「大丈夫だって。こんな時のためにこんなクソ重いもん使ってるんだぜ?」
武器として使われたギターにはほとんど傷も付いていない。しかし、軽くぶつけたわけでもない。その証拠に、マックスのHPは大きく減少し、三割近く削られた。
ナビキは戦闘をナビに任せていたためステータスはパワーに集中している。しかし、主人格のナビキ自身のプレイスタイルは音楽家だ。基本的には生産系に近く、筋力より技術力を上げるのが普通だ。
そこで、ナビキは自分のビルドに合った『音楽家』としての戦い方を模索し、使用するアイテムを他の音楽家が使わない物に変えた。
現在見つかっている中で最も密度が高いが、その代わりに並外れて丈夫な木材アイテムを加工したギター、そして弾くのに凄まじい筋力が要求される代わりに音楽系の技に補正がつく糸を弦として使っている。
昔のロックスターよろしく叩きつけて武器として使ってもそうそう壊れる心配はない。
「さあて、じゃあ、もう一発入れて勝負終わらせるか。『メイクアップ ナビ』」
「あ、ちょっと待って!! 『メイクアップ ナビキ』」
二人の服装が入れ替わる。
そして、マックスに向けられていたギターが鎌に変わる。
だが、目の前に鎌を突きつけられたマックスは不適に笑った。
「ハハハハハ、たとえ私が敗れても、第二第三のプレイヤーが……」
「そりゃ勝ち抜き大会ならそうだろうな!! てゆうか、どこまで負けフラグ立てれば気が済むんだよ!? あたしはおまえの仲間のメモリの居場所さえわかればこの大会からはすぐに出て行って……」
「ん? ナビはプライベートでの参加じゃなかったのか? てか、仕事中じゃないのか」
「赤兎、ナビは戦うことが仕事だからね。」
観客の中から聞き慣れた声がした。
ナビキはゆっくりと声の元の方を見て固まる。
「赤兎さん……どうしてここに」
「ナビが大会に出てるって聞いて来たんだろうが。アイコもオレもてっきりお前らが仕事さぼって戦ってると思ってたぜ?」
「仕事があるって言ってたくせに……って思ったんだけど、なんか思ってた状況と違う?」
ナビはナビでそれなりに有名人だ。
コロシアムで戦うとなれば確かにその情報も広まるだろうが……それがデート中の二人の耳にまで届いたらしい。
今日は二人きりにさせたかったのだが……まあ、デート自体の邪魔にはなっていないし、陰ながら見守っていたのもばれていないようなので良しとしよう。
それより、今はマックスからメモリの居場所を……
「こいつも見たいって言ってたしな」
「うん、言った! 最後だけだったけど面白かった!」
「本当に、この子がOCCだなんて未だに信じられないわ」
「……あ?」
赤兎とアイコの他にもう一人声がする。
無邪気な少女の声……二人より低い位置からする。
ナビがその声に気付いて疑問に思ったのを察したらしく、赤兎は背が低くて観客に埋もれてしまっている『彼女』の腰を持ってナビとナビキに見えるように持ち上げた。
「うわー、高ーい!」
「こいつ、OCCのメモリって言うんだが、さっき変な奴らに連れ去られそうになってたのを……」
「あたしの苦労台無しじゃねえか!!」
ナビの怒りの跳び蹴りがメモリをさけて器用に赤兎の顔面にヒット。
困惑する審判とマックスの代わりに、ナビキが謝りながら判定する。
ナビの場外負けが決定した。
ホタルからの相談。
『大好きなスカイさんが仕事に忙しいからってあんまり相手をしてくれません。寂しさを紛らわそうと他の女の子にも手を出していたら皆から警戒されるようになってしまいました。
特に、『アマゾネス』のサブマスターはすごく好みなのに警戒厳重で半径500m以内に近づくことも困難になってしまいました。そういう逆境にも萌えるけど…』
(マリー)「長すぎるので後略とします。二万文字を超えますので」
(ジャック)「ボクの友達が変態過ぎる……てか、ボクもこの前『お医者さんごっこしよ?』って言われて全力で断ったけどさ」
(マリー)「私は思想の自由は大事にしたい主義ですが……あまり他人に迷惑をかけるのは困りますね」
(ジャック)「しかも手当たり次第で執着が強いって矛盾を抱えてるからね。しかもやたらハイスペックだし……マリーさん、催眠術か何かで矯正できない?」
(マリー)「出来なくはないですが……彼女の場合、反動で別の変な性癖が発症するかもしれませんよ? 『お医者さんごっこ』が『入院ごっこ』になったりとか……」
(ジャック)「やめて!!」




