83頁:大人気ない事はやめましょう
『試作実験』
使用者スカイ。
『設計スキル』『機械工スキル』で作った設計図の通りの機械を召喚、稼動させることができる。時計のような小さな物から大砲のような兵器まで召喚可能だが、サイズや素材によってEPを消費するため、建物のような巨大過ぎるものは不可能。
あくまで目的は『試作』であるため、同じ設計図は二度と使えず、使いたければ一度設計図に戻して書き直し、『改良』する必要がある。
また、燃料や大砲の砲弾などの消耗する部分は別個でストレージに入れておく必要がある。実験コストもただではない。
スカイ曰わく、
「本体の材料費が必要ないから安上がりで助かるわ」
ライトは壁画の暗号を読み、呟く。
「魔女は長く生きるほど力を増す
力により魔女を屈伏させるのは至難……」
そして、壁画の絵を見つめて呟く。
「そして、魔女こそがこの世界の鍵を握る存在」
ライトは何かを確信したように目を閉じる。
そして、ダンジョンから抜け出るために壁画に背を向ける。
「この世界は、ただのデスゲームじゃない。もっと重要な意味があるんだな」
《現在 DBO》
午前11時30分。
赤兎とアイコはレストランに入った。
「わりいわりい、昼飯おごるから許してくれよな? な?」
「しょうがないわね……でも、思い出したら殴って記憶消すからね」
どうやら服屋では試着中にアイコが裸を見られてしまったらしい。
……予想の範疇とは言え、驚くべき事故率だ。
そして、その二人を尾行していたナビキは……
「ナビキさん! お久しぶりですね」
「あ、ナビキさん! お久しぶりです」
「ごめん、今は名前呼ばないでください。お忍びだから」
レストラン『舞頼亭』の店主、双子の料理人姉弟マイマイとライライに発見されていた。
「そうですね、今や有名人ですからね」
「食事一つするにもそんなストーカーみたいな変装をしないといけないなんて、大変ですね」
「ストーカー……う、うん。そうですね」
実は本当にストーキングしているのだが、純粋な子供の言葉は割とダメージが大きかった。
「ところで、ご注文は何にしますか?」
「今の時間はもうランチメニューの注文もOKです」
「なら、ランチメニューのおすすめを一つ。」
「「かしこまりましたー!」」
流石は双子。
息のあった連携プレーだ。
二人はゲーム初期から《マイライ弁当》《マイライスパイス》などの食品で有名になり、その二人の店はこの祭でも注目の店の一つだ。
流石に二人で接客から調理まですべてこなすのは困難なため、『商売スキル』を鍛えてNPCの店員を雇ってはいるが、それでも子供だけで店を開くというのは並大抵な苦労ではないだろう。
プレイヤーショップを出す生産職はスカイの商売に関する講義を受けたらしいが、二人は特にまじめに講義を聞いていたという話もスカイからは聞いている。
全ては、弱いままでいないため。
人任せにせず、自分達で戦うためだ。
「マイマイはライトさんに一番に来てほしかったってがっかりしてたけどね」
「ちょっとライライ!」
「ははは……先輩はモテますね」
本人が異性を異性として見ていないのであまりハーレムらしくはないし、どちらかというと『縁の下の力持ち』のような働き方を好むのでファンクラブのようなものはない。
しかし、その分それぞれの女子との繋がりが濃密だ。
その内、誰かに刺されるのではないだろうか……
「ところで、マイマイ、ライライ、なにかトラブルとかは起きてません? 変なクレームつけられたとか、セクハラされたとか」
「うーん……特に無いですね」
「強いて言えば……フォークが……」
「フォークが……どうしました?」
ナビキが追及すると、双子は顔を見合わせてから答えた。
「人が増え始めてからフォークを落とす人が何人かいて」
「しかも、NPCの店員さんが回収すると増えてるんです」
「え、持って行かれてるとかじゃなくて増えてるの?」
「「はい」」
食器が盗まれているというならわかる。
しかし、増えているというのはわからない……しかも、フォークだけ。
「他には何もないんですか? それに繋がりそうな情報は」
「全く」
「これといって」
これはトラブル……というより珍事の類だ。
赤兎が知ったら……探偵じみた調査が始まりかねない。
ナビキは腕を組んで考える。
(これは祭の運営委員に報告……それとも、害はなさそうだから口止めして放置すべきですか……)
コンコン
『おい、ナビキ! 前見ろ!』
『え?』
慌てて顔を上げると、目の前を銀色の閃光が横切っていた。
余りに速くて双子や食事中の客は気付かなかったようだが、ナビキの中の『ナビ』は気付いた。
あれは……フォークだ。
カシャン
音がして、その先で食事をしていたプレイヤーの手からはしが落ちる。
フォークにぶつけられて……
『ナビキ、犯人はあいつだ』
ナビキは銀の閃光が発射された場所を軌道を遡って見る。
そこには……
「ふむふむ、美味しい紅茶ですね。おかわりを頂けますか?」
優雅に紅茶を飲む銀髪で執事のような格好をした男……OCCの『針山』がいた。
「相席いいですか?」
今は昼時。
店も混み合ってきて相席も不思議ではない。
なので、ナビキはマイマイとライライに頼んで執事と……針山と相席になった。
だが、もちろん理由は席が混んでいるからではない。
「どうぞどうぞ。ここでよければお好きなようにしてください」
「では……早速ですが、営業妨害はやめてください」
小声にして早速本題に入った。
赤兎は……なんらかのアクシデントで水がアイコにかかってしまったらしい。アイコの服が濡れ透けになって赤兎が気を取られている今がチャンスだ。
今のうちに解決してしまいたい。
「おや? 営業妨害とは何のことですかな?」
「フォーク投げはやめてください。他のお客さんの迷惑になります」
「苦情でもでましたか?」
「苦情は……」
当然……と言いかけて、ナビキは止まる。
いや、苦情は出ていない。
普通はフォークなど投げられたら苦情を言うはずなのに、一件もそんな苦情は出ていない。
「ならば、それは営業妨害などではないのです。私がうっかりフォークを派手に落としてしまい、それが当たった方々が寛容に許してくださっている。それだけです……私、恥ずかしながらドジっこ属性があるもので」
「メイドのドジっこはウケても、執事のドジっこはウケませんよ……でも、じゃあなんで……」
その時、ふとナビキの真後ろの二人の客の声が聞こえた。
「にしても、子供が店経営してるなんてこのギルド何考えてんだろうな」
「どうせ形だけの客寄せだろ」
「そうか……なら、ちょっとクレームつけて確かめて見ねーか? ちゃんとした応対ができるかさ」
「あ、それいいかもな。あれだ、『仕事はお遊びじゃないんだぞ』って社会勉強だな」
ヒュッ
カシャン
針山がポケットから飛ばしたフォークがナビキの後ろの客のスプーンに当たり、両方とも床に落ちる。
そして、男達が針山を見ると、笑顔のままの針山から凄まじい殺気が放たれている。
真正面にいたナビキと、針山に注目した客にしか分からないだろうが……本物の殺気だった。
「失礼、フォークを落としてしまいました。どうぞ、食事を御続けください」
男達は大人しく、しかし早々と食事を食べ終えて逃げるように店を出ていった。
そして、ナビキは納得して呟いた。
「そういう事ですか」
針山は申し訳無さそうに頭を下げる。
「申し訳ありません。お嬢様のご友人を困らせようとする者がいたもので、どうしても……あなたにまですごんでしまって本当に申し訳ございません」
「いえ。確かに、今日こうやって自分達だけのプレイヤーショップを開いた子供達はあの二人だけですからね。人が集まってくるとこういう人も居ますよ」
「あ、投げたのはマイフォークなのでお詫びに店に寄贈します。しかし、やはりいけませんよね」
針山は口惜しそうだ。
『お嬢様』にどれほどの忠誠があるのかは知らないが、その友人の店なら護りたいのだろう。
そんな彼のやり方を責めることはナビキには出来なかった。
まるで、価値観の違うエリザの引き起こす騒ぎを収めるときと同じように。
「いえいえ、むしろ針山さんのおかげで問題が未然に防がれていたのなら何も問題ないのですが……この騒がしい中、よく正確に悪口を聞き分けて当てられますね」
「読唇術の心得がありまして……それに、ダーツの心得も」
「読唇術ですか。あれって便利ですよね。酒場での情報収集とかでも」
ナビキも歌を唱いながら酒場に人を集めて、客同士の会話から情報を集めたりすることがある。そのときに唱いながらでも話の内容を読めるようにと、ライトがやり方を教えてくれたのだ。
しかし、この大人数の中から悪意ある発言だけを検出するのは、やはりただ者では出来ないだろう。
そういえば、ジャックも数キロから十数キロ単位の距離で殺気を検出するという、似たような離れ業を持っていたような……
「ところで、今日はエリザ様の方ではないのですね」
「あ、エリザは夜型で……夜になったら起きると思いますけど……」
「そうですか、では起きられましたら近くまで来ながら挨拶出来なかったことをお詫び申し上げるとお伝えください」
そう言って針山は席を立つ。
流石に注意されてからは続ける気はないのだろう。
曲がりなりだが、善意からの行為だったのだろうが……
「……あ、ちょっと待ってください」
「はい。なんでしょう」
「こういうのはどうですか?」
十分後。
「どうせ奥では大人が作ってんだろうぜ」
「だよな」
鋭い殺気。
「お水のおかわりはよろしいですか?」
「「は、はい。失礼しました」」
針山はNPCの店員に混ざっていた。
配膳の仕事をして、自由に席を回り、未遂の悪意に対しては形無き殺気を返す。
「ナビキさん、店長方に口利きしていただき本当にありがとうございます。」
「いえいえ、二人は初期からの知り合いですし、昼の時間は忙しいそうなので。それに、ピークを過ぎれば変なお客も減るでしょう……噂も多少広まるでしょうし」
「流石はエリザ様のお姉様。考えが柔軟でいらっしゃって理解があって助かります。それに……」
「それに……なんですか?」
「一度、このように『普通』の人に紛れて仕事がしてみたかったので、とても感謝しております」
その笑顔は、社交辞令や冗談とは違う本物のものに思えた。
午後一時。
赤兎とアイコは武器屋に入った。
アイコは基本的にメリケンサックなどのパンチ力強化の物を含めて武器を使わない。(投げ技のとき邪魔になるらしい)
唯一使うのはライトが作ったサンドバックのような金属を詰めた袋『巨大ブラックジャック』だけなのだが、それでも武器を見ることはある。
その武器と戦うための対策を考えるのだそうだ。
赤兎は日本刀系統の武器にこだわりがあるらしく、素手と刀どちらの方が相性がいいのか論じ合い、実際に敵モンスターがその武器を使ってきたときには連携に生かすのが常らしい。
ここは二人とも楽しめるいいポイントになるだろう。
だが、ナビキが先回りするとその隣で開かれたゲーム屋台……『射的』で店主がわめいていた。
「もうやめてくれ! そんなに当てられちゃ商売上がったりだ!」
「…………」
武器屋『竜紋屋』の店主草辰が、彼自作の『弓術スキル』の影響しない玩具のボウガンで商品を撃ち落としまくる深緑色の外套のプレイヤー……闇雲無闇にわめいていた。
「……草辰さん、ご無沙汰です」
「な、ナビキ……あ、あっとこれは……」
「無闇さん、子供でも使える小さいタイプだからっていくらなんでも二丁拳銃みたいにボウガンを構えるのはやめてください。普通に他のお客さんが出来なくて迷惑です……というか、そんなに欲しいものがありましたか?」
「………」
闇雲無闇は首を横に振る。
このプレイヤーは最前線でソロとしてプレイしていた時期があり、ボス戦にも出ていたのでOCCの中では世間に良く知られている人物だ。
……しかし、本人が無口すぎて結局『正体不明の狩人』として有名になっている。
だが、ほしい物があったわけではないらしい。ならば、実力を見せつけるためだろうか?
しかし、闇雲無闇はこんなに実力を誇示したがるプレイヤーだっただろうか……
「……」
突如、無闇がナビキの肩をつつき、そのまま指を前へ向け黒い幕の被せられた台の上に台付きで立てかけてあるブローチを指差した。
景品としてはなかなかに高級なものだ。
「あ、あんたまた」
「……」
無闇は指で600b分のコインをはじき、草辰の意志と関係なく首もとから懐に入れる。
それは、『弾二発分』の料金。
そして、その直後に素早く玩具の軽い矢が二つのボウガンに装填され、ブローチに向かって発射された。
そして、それらは続けざまに命中し、ブローチは台から落ちる。
そして、無闇は草辰の目の前でナビキを指差す。
「たく、今度はそいつにやれってか……こいつ、当てたもん全部こうやって他人に……」
しかし、草辰が言い切る前に無闇はナビキをまたもつつき、今度は300b分のコインをはじく。
今草辰は落ちたブローチを回収するところで反応できない。
そして、今度は一発だけ弾が装填され、今度はこれまた高そうな《クルミ割り人形》を狙い……
矢が人形の額のド真んに当たり、人形が……
揺れたが倒れなかった。
「……え? これってまさか……」
「…………」
「…………」
驚くナビキ。
無言で頷く無闇。
ダラダラと冷や汗をかく草辰。
ナビキは無言で祭の運営の証である羽織りを装備した。
五分後。
ナビキは冷たく言葉を放つ。
「草辰さん。説明していただけますか? 台を調べたら、高級アイテムは幕の下に溝が彫ってあって景品が落としにくくなっていましたが、これはどういう事ですか?」
「すんませんでした」
「これじゃあ普通に当たっても落ちませんよね? それこそ二発同時くらいはやらないと落ちませんよね? やたらいいアイテムが並んでいるとは思いましたけど、落とさせる気無かったんじゃないですか?」
「誠に申し訳ありませんでした。反省しています」
「屋台を出すとき取り決めしましたよね? 『今回は宣伝のためだから利益は度外視して楽しめるようにしましょう』って。それをなんでお客様の信用を損なうようなことをしているんですか? しかも普通の人が取れない景品を代わりに落としてほかのお客に譲ってた無闇さんを悪役にしようとしてましたよね? 無闇さんが無口なことを良いことに」
「ごめんなさい」
「謝るなら私ではなく無闇さんに」
「無闇さん、本当にごめんなさい」
「…………」
流れでなったとはいえナビキも『大空商店街』の幹部だ。
自分のギルドの中でのケジメはしっかりつけないとならない。
「罰として、この屋台は営業停止。お客様から受け取った代金は没収してギルドの運営資金にします。それと……無闇さん、草辰さんからの奢りです。射的を気の済むまで何発でもどうぞ。賞品は当たれば全て差し上げます」
「…………」
無闇はナビキに敬礼し、ボウガンを構えた。
五分後。
アイコと共に武器屋へ訪れた赤兎は、やたらしょぼくれながら屋台を店じまいする元パーティーメンバーを見ることとなった。
『竜紋屋』の店主、草辰さんからの相談。
『店を始めたんだが、客が思ったほど来ない。おまけに年下の上司に怒られる始末だ。
どうしたら客商売が上手くなるんだろうか?』
(ジャック)「これは……いきなり難問じゃない?」
(マリー)「あら? どうしてですか?」
(ジャック)「だって草辰ってあの巨漢のオッサンでしょ? 顔怖いしガラ悪いし昔『生産職は腰抜け』みたいなことよく言ってたし……無理じゃない?」
(マリー)「ジャックちゃん、人は心を入れ替えて改心できるものですよ。」
(ジャック)「いや、インチキ商売してるっぽいし改心仕切れてないと思う」
(マリー)「なら、まずはせめて笑顔になって外見だけでも親しみやすくなってみてはどうでしょう?」
(ジャック)「うわ……想像してみたけど寒気しかしない。せめて職人気質でむっつりの方がいい」
(マリー)「なら、この『招き猫』を置いてみてはどうでしょう? 私のお手製ですよ?」
(ジャック)「それが一番効果ありそうだね。マリーさんの作ったものなら、迷信以上の効力ありそうだし」
(マリー)「ええ、これさえあれば草辰さんの店でも他の店と同じくらいの人気が出るはずです」
(ジャック)「あ、それでもプラマイ0なんだ……」




