79頁:身分詐称はやめましょう
『ギルドマスター』
ギルドの最高責任者。
ギルド所有の倉庫や金庫、施設などの使用権を割り振ったり、ギルドメンバーのレベルや職業を把握できる権限を持つ。
また、ギルドマスターはフレンド登録をしていなくても全てのギルドメンバーと通信でき、専用アイテム《ギルドレポート》で、ギルドメンバーから任意の形式で報告書をプリントアウトして受け取ることができる。
『サブマスター』
ギルドの上から二番目の責任者。
ギルドマスターと両者合意の上でギルドマスターの権利を共有、委託される。
また、ギルドマスターが死亡した場合、もしくはギルドメンバーの過半数の同意があった場合、前任を引退させギルドマスターに昇格できる。
洞窟に先に着いたのはジャックだった。
一度『黒ずきん』の装備でゲートポイントを通り、人のいないフィールドでまた殺人鬼の装備に着替え直している。
ライトとスピードを比べれば当然スピード重視のジャックが速い。
ライトは途中から馬を使ったが、それでも先に目的地に着いたのはジャックだった。
そして、洞窟に着いたジャックは迷うことなく《血に濡れた刃》を抜いた。相手は突然現れた殺人鬼の姿に身がすくんでいたらしく、対応しきれなかった。
すれ違うような一瞬の内に、首に正確に三回の斬撃を打ち込み、悲鳴をあげる間もなく間もなく殺害。
あまりに一方的な殺人に見張りは仲間を呼ぶことも出来なかった。
「後はこの中か……!」
ジャックはホタルが持っているという自分の素顔写真を処分しに来たのだが、ホタルが拷問に耐えかねて写真を差し出していればもうここにはないかもしれない。
「しまった……コイツに写真のこと聞いとけば良かった」
慌てすぎていた。
後悔先に立たず。罪悪感などでは後悔しないが、こういうときには後悔もする。
「しょうがない、一人残しておけばいいか」
そのとき、後方から蹄の足音。
ライトが追いついてきたのだ。
「結構早いね……悪いけど、もう一人やっちゃったから無血で交渉とか出来ないよ?」
「だろうと思ったよ」
ジャックの側まで来て馬を下りたライトは酒瓶のような物を取り出して、ふたを開けて布を積め、布の端にマッチで火をつける。
「火炎瓶? そんなものどうするの?」
「こうする……調合スキル『ドラッグボム』」
ライトはできたての火炎瓶を洞窟に投げ込んだ。
どうやら、中身はただの酒ではなく燃料の類だったらしく……
ドガン!!
「…………何やってんの!?」
ジャックが驚いている間にライトはジャックの後ろに回り……洞窟の中に突き飛ばした。
殺気を発さないライトの行動に不意を突かれたジャックはそのまま前進し……
洞窟の中で爆発音に驚き駆けつけてきたガラの悪いプレイヤー達と仮面越しだがバッチリ目があった。
「オレはホタルを助けに行く。おまえを助けてる暇はないから自分で何とかしてくれ」
「ボク囮!? てゆうか罠みたいに使うな!!」
ジャックがライトの起こした爆音でおびき寄せたプレイヤー達の相手をしている間に、ライトはこそこそと身を潜めながら洞窟へ入っていった。
《現在 DBO》
そして今、ホタルの目の前には殺人鬼と同じ装備をしたライトがいる。
「ライト……様?」
「ああ、助けに来たぞ」
「そのお姿は……」
「さすがにあっちの『普段着』で殺しをするわけにはいかないからな。いつもの方が良いなら着替えるぞ……変装スキル『メイクアップ ベイス』」
ライトの服装が普段の帽子と羽織りが特徴的な服装に戻る。
間違えようがない。
正真正銘、本物のライトだ。
「拷問役の人や他の犯罪者の人達は? 遭いませんでした?」
「ああ、どれが『拷問役』って奴かは知らないが、全員殺したから多分死んでる」
『殺した』。
その言葉は、ライトの口からあまりに違和感なく発せられた。
その言葉には嘘の響きはなく、しかし、信じられないものだった。
「しかし、あの日あなたはたくさんの人前で殺人鬼と戦って……」
「ああ、あれか? あれは単純なトリックだ。こうやった……糸スキル『マリオネットワークス』」
ライトの指がホタルの切断された左足に向けられる。すると、左足は器用に足首の動きと踵を使って這うように動き出した。
「えっ!? これは……」
「相手が抵抗しなきゃかなり速く動かすことも出来る。あの時は死体を使った」
ライトは技をやめ、糸で左足を引っ張り寄せてホタルの目の前に置く。
「なら、私が傷を負わされて隠れていたとき宿に運んで下さったのは」
「死んでたら死んでたで良かったんだがな……流石に自分で傷つけて殺し損ねたら、後処理くらいはちゃんとしないと」
ライトは平然と淀みなく答えた。
ホタルは否定の材料を探すが……
「なあ、もうやめにしないか?」
ライトはプロフィールを提示する。
そこには、見間違えようもなく『ジャック』というプレイヤーネームがあった。
「普段はアイテムで名前を変えてるんだ。周りにバレたら吊し上げされるからな」
「…………本当なんですか?」
「ああ」
「……本当に……ほんとうなんですか……」
ホタルは俯き、顔は見えないがその声は震えている。
その目からは涙が水滴として地面に落ちる。
「こんな……こんなことって……あの人が、あなただったなんて……」
「……ホタル、泣いていても良いがよく聞け」
ライトは、手袋を外してホタルの頭を優しくなでる。
「オレはな、自分と自分の親しいヤツらが安心して生きるためなら何でもする。ホタルが復讐するつもりなら受けて立つが、そうじゃないなら傷つけたくはない……だから、最後の命令だ」
ホタルは、その言葉をしっかりと聞いた。
「おまえには無理だ。殺人鬼を殺すのは諦めろ」
たったそれだけ。もう、それだけで十分だった。
「ぅ…………はい……ぁ、あの」
「わかってる。何も言わなくてもいい……全部分かってる」
ホタルは俯き、静かに涙を流す。
ライトはいくつかの回復アイテムを置き、ホタルの手の縄を切る。
「もうすぐ黒ずきんがくるはずだから治療してもらえ。もちろん誰にもオレの正体は言うなよ? 特にアイツにとってはオレはトラウマだからな」
ライトが小部屋を出て何回か曲がると、そこには犯罪者達を全滅させ終わったらしい黒ずきんが……本物の殺人鬼が壁に寄りかかって腕を組んで待っていた。
「どういうこと?」
声に怒りのような感情が混ざっている。
「聞いてたよな。ホタルは諦めた、仮に殺意が再燃してもその殺意はオレへ向かう。これで殺す理由はないだろ? ほら、これ返すぞ」
ライトは手袋を外して名前を変える指輪をジャックに投げ渡す。ジャックがネックレス状にしていつも服の内側に隠して装備しているものだ。先程は装備を着替えたときにポケットに入れておいたのだが、突き飛ばされたときにスられていたようだ。
「そういうことじゃない! 何でいつもいつもライトは自分一人で!」
ジャックはライトを引っ張り寄せ、胸ぐらを掴んで位置を入れ替えて壁に追いやる。
「女の子に壁ドンされる日が来るとは思わなかったよ……だが、その理屈はおかしい。おまえがどうしても殺そうとするから、こうするしかなかった。これなら、下手に正体が露顕するのは避けて襲ったりしないだろ?」
「そうじゃない!! なんでわざわざ自分が恨まれるようなことするの!? これじゃあライトがホタルに殺されるかもしれないじゃない!! そんなことするくらいなら、ホタルと協力してボクを殺せばいい。自分の命を危険にさらすくらいなら、知り合いだろうが友達だろうが殺せばいい……ライトのそのやり方は、ボクの……殺人鬼の存在を全否定してるんだよ」
ジャックは段々と勢いを失い、最後にはライトに寄りかかるようになる。
「ライトは殺人鬼がわからないって言ってたけど、ボクにはライトがわからないよ。なんで殺さないの? 殺せば全部ちゃんと終わるのに、なんでそんな危険を侵すの? 今からでも遅くないよ……誰も目撃者はいない、ライトがやれないならボクがやる、ライトが一言『ホタルはいらない』って言えば、それだけで良いんだよ。」
おそらく、殺人鬼も人間を分かろうと考えてみたのだろう。
ジャックには人を殺すとき『悪いことをしている』という意識はほとんどない。釣った魚を食べるために捌くときのように、元が生きた動物だと知っている肉を食べるときのように、生きるために殺している。
雪山で遭難して自分が飢えているのに、目の前の瀕死の動物を食べない理屈がわからないのだ。
たとえそれが、同じように飢えた遭難者だったとしても。
「意外かもしれないけど、ボクはライトに生きて欲しいと思ってるよ。ライトはこんな事でもなければボクを殺そうとはしないでしょ? ライトの側が一番安全、一番安心出来るんだよ。ライトが人を殺せないからそんな選択しか出来ないなら、ボクがその役を代わるから、ライトはボクを傍に……」
パシンッ
軽いビンタだった。
手袋を外した手での、ダメージが発生するかしないかの本当に軽い一撃だった。
「……ライト?」
「ジャック、それは駄目だ。血迷っていたとしてもそんなことを言っちゃ駄目だ。」
「ど……どうして?」
「それは、『獲物を狩ってくるから飼ってくれ』って言ってるようなもんだぞ。人間にしろ殺人鬼にしろ、そんな自分を捨て売りするような事を言っちゃ駄目だろ!! 無理矢理にでも今の自分に誇りを持て!! ……じゃないといつか『自分』を殺す事になるぞ」
「……!!」
「オレの傍にいる安全が欲しければ、オレを屈服させてでも奪い取れ!!」
ジャックは殺人鬼だ。
だが、このゲームでその事に誇りを抱いたことはない。
かつて、別のゲームでただのプレイヤーキラーとしてプレイしていたときは、それなりに誇りのようなものを抱いた事はあるが、本物の殺人鬼になってからはそんな事はなかった。
ただ『そうあるもの』だと思っていた。
だが、ライトは『無理矢理にでも誇りを持て』と言った。
道を踏み外しかけたのを感じた。
暗闇の中歩いていたら突然明かりが灯って、踏み出そうとした先が崖だったような感覚だ。
ジャックは知らない。
かつて、どれだけの殺人鬼がそこで止まれずに組織や権力に利用されて消えていったか……
ジャックは知らない。
かつて、『自分』を削って居場所を守ろうとしたライトがどれだけの『自分』を殺し続けることになったのか。
だが、知らないままに感じた。
「……わかった、今はやめておく。ライトよりずっと強くなったら、ちゃんと奪いに行く。待っててね」
「待ってるつもりはないから、オレが強くなるよりもっと強くなれよ」
ライトは叩いた頬を優しく撫でて、手袋をはめなおす。
そして、気分を変えるように明るく言う。
「ちなみに、多分ホタルがオレを殺しにくる事はないから安心してくれ」
そう言って、ライトはジャックに畳まれた紙を押し付ける。
「これは?」
「本来おまえが読むべき手紙だ。オレは大体の内容は分かってるからホタルを治療した後にでも読むと良い。あと、他にも何人か人質がいるだろうから解放しておいてくれよ。殺人鬼は、入り口で洞窟の奥には入ってこなかったらしいってことに、しておいてくれればいい」
ジャックは押しつけられた紙の表紙と思われる部分を見た。
そこには『遺書』と書いてあった。
「黒ずきんさん、後で行きたい場所があるんです。一人で行けるほどの勇気がないので、一緒に行ってもらっていいですか?」
治療を受けながら、ホタルはそう言った。
どうやら、写真は直接持ち歩いているのではなく、その場所にあるようだが、もちろん『黒ずきん』はそんな情報は知らないことになっているので何も分からない顔をして頷いた。
ジャック……黒ずきんとしては、ホタルが殺人鬼やライトの事を今どう思っているのかを知りたかったのでその誘い出は好都合だったのだ。
そして人質を解放した後、彼女達はある場所に向かった。
二人にとって、人生の転機となった場所。
『時計の街』で誰も近付かず、無法者や子供の溜まり場にすらならない忌み地……『隠れ家』と呼ばれた宿だ。
「まさかここに来るとはね……」
「すみません、黒ずきんさんには嫌な思いをさせてしまって」
「気にしないで。ほら、さっさと入ろ」
二人はその扉を開く。
そこは、もう宿としては機能していない。
経営するNPCが殺人鬼に殺されてしまったため、今は宿屋としての運営機能を停止して買い取り可能な物件となっている。
重要施設ならNPCが補充されるのかもしれないが、この宿は襲撃イベントで全滅した村のように荒廃してしまっている。
床には割れた酒瓶や壊れた机が散乱し、所々床や壁は壊れ、立地的に窓が開いていても日が入りにくいためか空気が淀んでいるかのようにも感じる。
ここは、ホタルの30人以上の仲間が殺された場所。
ここは、ジャックが殺人鬼としての初めての戦いで30人以上と戦って殺した場所。
ホタルは顔を青くして身震いしながらも前へ足を進める。
黒ずきん(ジャック)は散乱する傷や破片からあの日を思い出しながら前に進む。
あの時、ジャックは自分の精神の変化に混乱し、錯乱し、暴走していた。
殺しても何も感じない自分に戸惑い、自分に殺意を向けてくる『外敵』を片っ端から殺すことで何かを感じるのではないかと、『正常』になれるのではないかと思った。
殺して何も感じないことを確認すると同時に、元に戻さなければならないとも思い蘇生措置も行ったりと、思い出せば見苦しく足掻いていたものだった。
そして、ライトと戦って自分を受け止めた。
殺人鬼としてのジャックの原点。
そして、義賊としてのホタルの……『狐』の原点。
そして、おそらく復讐者としてのホタルの終着点。
ホタルは階段を上り、部屋の一つへ辿り着く。
そして、一ヶ月以上使われていなかった『鍵』を取り出し、ゆっくりと鍵穴に差し入れる。
ここが宿として機能していない以上、この部屋は実質『鍵』の持ち主のホタルのもの。
ホタルが自分の意志で開かない限り絶対に開かない封印。
ホタルは自らの意志で鍵を回した。
「黒ずきんさん、外で待っていてもらっていいですか?」
「うん……行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
ホタルは部屋に入る。
ロロに声をかけられてから、ギルドを作り始めてからかなり初期から使っていた、あの頃を思い出す部屋。
そして、扉の横にある手紙受けを覗き込み、その中にあった写真を見る。
「はは……まあ、当然ですよね」
そこには……確かに、殺人鬼が映った写真があった。
乾いた笑いの後には、仲間が全滅した時には流れなかった分の涙が、溢れてきた。
「うぅ……ロロさん……みんな……ごめんなさい……私だけ生き延びちゃって……ごめんなさい」
ドア越しにホタルの嗚咽を聞きながら、黒ずきんはライトに受け取った『遺書』を開く。
拷問で死を覚悟したホタルが書いた遺書。
それも、ライトへではなく殺人鬼へ宛てた手紙。どんな恨み辛みが綴られているか、罵詈雑言が詰まっているかわからない。
黒ずきんは『ジャック』としてどんな言葉だろうと受け止めようと覚悟を決め、遺書を読み始める。
『 殺人鬼マスクドジャック様へ
まず最初に謝らせて下さい。
ごめんなさい 』
「……え?」
予想外の書き出しにジャックは戸惑う。
『謝らなければならないことは山ほどありますが、まず何よりも最初に謝らなければならないのは、私の仲間のことです。
デンさんとトーリさんがアナタを殺そうとしたのだと思います。
二人に代わって謝ります。
ごめんなさい。』
「なに……これ?」
『あの二人は間接的ですが人を殺したことがありました。それから他人を見下すようになったらしく、仲間の中でも危険な人達だと思っていたので、殺されたのがあの二人だと知ったとき、直接的にか間接的にかはわかりませんが、きっと最初に殺そうとしたのは彼らの方なのだと思いました。
それから、指名手配のような事をしてしまってごめんなさい。ギルドを代表して謝ります。
でも、本当はロロさんはあなたを捕まえた後、説得して仲間になってもらおうとしていました。だから、あの人をあまり悪く思わないで下さい。あの人は悪ぶってはいましたが、実はただの小悪党でしたから、間接的にしろ殺す覚悟なんてなかったと思います。私はそう感じたから下につきましたから。
それから、何度も攻撃してしまってごめんなさい。
これは正真正銘私自身として謝ります。
でも、信じてもらえないかもしれないけど、私自身はあなたを恨んでいません。私が死んでも化けて出るつもりはないので安心して下さい。
私は、ダメな人間です。
自分の意志で生きることから逃げてきた人間です。
あなたを襲ったのは、ロロさんからの最後の指令があなたの捕獲だったからです。
仲間のことは悲しんでるかもしれませんが、多分悪いのは私達の方なので恨んではいません。
あなたのことを調べると、あなたが人を無駄に殺さないように気をつけているのが伝わってきました。殺すのをやめられない変わりに、相手を犯罪者に限定しているように感じました。
あなたがそれまで我慢していたのか、そこで何かに目覚めてしまったのかはわかりませんが、あなたが出来るだけ殺したくないと思いながら殺しているように感じました。
あなたを殺人鬼にしてしまってごめんなさい。
あなたを人殺しにしてしまってごめんなさい。
生きている内に直接謝れなくてごめんなさい。
私は駄目な人間です。
誰かに命令されなければ何もできません。
誰かに「やめろ」と言われなければ、あなたを狙うことすらやめられなかったでしょう。
誰の役にも立たない復讐なんて、迷惑だったでしょう。
私には今仕えている人が居ますが、その人は無意味な復讐とは無関係です。ただ「諦めろ」と言って欲しいためだけに近付いた人です。
どうか、その人は見逃して下さい。
その人も、私みたいな足手まといがいなくなってせいせいしているでしょう。
この遺書を一番に読むのはザキという人を殺したらしい、その仲間を殺しに来る殺人鬼さんだと信じています。
私がその時には既に死んでいるか、あるいはあなたに殺されてしまっているかはわかりませんが、最後にもう一度生きている内に謝れなかった事を謝らせてください。
ごめんなさい』
遺書を読み終えた殺人鬼の少女は、脱力するように壁にもたれかかり、力なく笑った。
「はは……これは、普通に恨み言みたいなこと言われるよりキツいわ」
殺人鬼は、初めて殺人を犯した日に殺した人々に対して、初めて良心の呵責という物を覚えた。
一時間後。
すっかり泣き終わってすっきりしたらしいホタルが部屋から出てくる。
「大変長らくお待たせしました。もう大丈夫です」
「いいよ。心の整理は出来た?」
「はい。もう大丈夫です……ありがとうございました」
ホタルは吹っ切れたような晴れやかな笑顔を見せた。
全く殺気も無い……もはや復讐鬼になる心配など皆無だろう。
それに、元々惰性でやっていたらしいし、ライトから『諦めろ』という命令を貰えたから、今は殺す必要性はない。
ライトの行動は相変わらず先を読んでいる。
「さて、これからどうするの? ライトの所に戻る?」
「ライト様の奴隷は首になっちゃいましたから……新しいご主人様でも探すとします」
「また?」
「今度は誰について行くか自分で選びます。それくらいはちゃんと自分で決められるようにならないと、いつまでも自立なんて出来ませんから」
ホタルは自分の足で『隠れ家』の出口に向かって歩いて行く。
そして、扉を出る直前に足を止め、振り返って呟く。
「ロロさん、皆、今までお世話になりました」
ホタルは、過去の居場所に別れを告げ……
ギルド『日陰組』を脱退した。
黒ずきんはホタルと別れた後、歩きながら考える。
あの日から、同じ事になるのを恐れていた。
多くの殺意に囲まれるのが怖くて、危険そうな動きを先に見つけては集まる前に潰してきた。
これからも、殺すことは変わらないだろう。
生きることを諦めないだろう。
だが、これはきっと一つの節目だ。
黒ずきんは教会の戸をたたく。
「マリーさん、いる?」
何がどう変わるかは分からないが、とりあえずは……
「あら、久しぶりですね。黒ずきんちゃん」
「久しぶり、マリーさん。突然で迷惑かもしれないけど……前みたいに、デートしない?」
人に慣れることから始めてみよう。
そして、数日後。
「ギルド『大空商店街』、結成に乾杯!!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
ギルド勧誘競争が完全に終わるまでの数日、ダンジョンに雲隠れしていたライトは主だったギルドが正式に結成されたという情報を得てスカイ達生産職がギルド結成を祝う『時計の街』にやってきた。
「いろいろあったが、ちゃんとまとまったみたいだな」
「大変だったのよ? マリーは『どこかに属してしまうと気兼ねなく相談をできなくなってしまう人もいるでしょうから』とか言って入らないし、マリーの所の子供達は『ライトさんがいないのはおかしい』とか言ってくるし、ライトを差し置いて誰がサブマスターやるかとかって役職の話じゃ荒れまくったし」
「大変だったんだな……そう言えば、マリーが入らなかったなら誰がサブマスターになったんだ? ナビキか?」
「ナビキは『情緒不安定』を理由にサブマスの役職は辞退したわよ。だけど、代わりになかなか相応しそうな子が現れたから、サブマスターはその子に任せたわ」
「それはまた、急な話だな。どんな奴だ?」
「少し素行に問題はあるけど……プレイヤーの間で知名度が高くて、護衛がいらないくらいの実力があって、情報力があって、なにより忠実で、ライトも良く知ってる子よ。飛び入りだったけど、手土産にすごい情報大量に持ってきてくれたから採用しちゃった」
「……まさか」
「スカイさーん!」
ライトと会話していたスカイに突然誰かが飛びついた。
町娘のような和服を着ていて、顔はスカイの胸に埋まっているが、顔を隠さず頭に付けられた狐の面がライトの方を向いている。
「こらこら、一応あなたの昔のご主人様が隣にいるんだけど?」
「もう男なんて信じませんよー! 昔の男より今の女ですー!」
少女は親にじゃれつく子供のように、人目をはばからずスカイを抱きしめる。
「こらこら、あなたは私の物であっても、私はあなたの物じゃないわよ~」
スカイはやんわりとだが、わりと強く狐の面を付けた少女を押して自分から引き剥がす。
そして、少女はライトの顔を見て『手が出せるものなら出して見ろ』と言うように舌を出す。
「心変わり早いな!?」
どうやら今度は、そうそう簡単に全滅はしそうにないスカイのギルドに鞍替えしたらしい。
キャラ……というか性格も変わったのか、あるいは隠していた部分が目覚めたのか分からないが、正反対の性格になったように見える。
「どうしてこうなった……」
溜め息を吐くライトの前で、少女はまるで壊れかけたような、病んだような……しかし、どこか純粋にも、嘘にも見える笑みをライトに向け、楽しげに笑う。
「どうも、スカイさんの所有物のホタルです。これからはどうか、仲良くしてくださいね」
……人間は本当に逞しい。
ライトは心からそう思った。
《狐の面》
狐を模した面。
効果として、『夜でも明るく見えるようになる』『交戦してもプレイヤーネームが表示されない』などがある。
(スカイ)「ふう、このお面見るとホタルを連想するわね。あの子にはホント困るわ~」
(イザナ)「どうしたんですか?」
(スカイ)「あの子、私のこと好きらしいのよ~。アプローチがちょっとあれだし……」
(イザナ)「『あれ』って何ですか?」
(スカイ)「この前首輪渡されて、『これ何に使うの?』って聞いたら『もちろん私に!』とかって言ってくるし、他にも鞭とかペンチとか鋸とか……私、そういう趣味無いのに」
(イザナ)「……大変そうですね」
(スカイ)「大変よ。だからアプローチする暇も無いように山のように仕事押し付けたら、大喜びで『忙殺プレイですね!』って言って全部一気に終わらせて追加を要求してくるし……仕事ができるのは嬉しいけど、ホントに困るわ~」
(イザナ)「スカイさん、そう言いながらも顔は『嬉しい』と『困る』の割合が10:0に見えますよ?」




