73頁:噂話を鵜呑みにするのはやめましょう
『ギルド』
六人以上のプレイヤーで結成する団体。
クエストを受けて正式にギルドとして認められると、『ギルド共有ストレージ』『ギルドホーム開設権』『ギルドメンバー間チャット掲示板』『自動給金または徴税の設定』などの様々な特典が得られる。
しかし、一度ギルドに入るとギルドマスターかサブマスターの許可がないと退会はできないので入会するときには注意が必要。
白い顔の『狐』が、角の生えた『鬼』と本物の『鬼ごっこ』を繰り広げる。
角の生えた面を被った殺人鬼が狐を街の中の行き止まりに追い詰める。
夜の街を駆ける狐。
正確にはそれは狐などでなく、狐の面で顔を隠した人間だ。
だが、軽い身のこなしと闇を畏れずに動く様は正に狐。追いつめられてなお、全く諦めてはいないその姿は美しさすら感じさせる。
だが、殺人鬼にとってはそんなことは関係ない。
「……」
「……」
殺人鬼は凶器を手に狐に近づいていく。
逃がさないように、確実に殺せるように。
殺人鬼は、凶器を振り上げ……
行き止まりが煙幕に包まれ、殺人鬼は視界を奪われ攻撃が外れる。
狐は煙の中、壁を素早く蹴って屋根の上に上がり、風のように走り去る。
煙が晴れ、殺人鬼は狐を取り逃した事を理解して呟いた。
「殺さなきゃ」
互いに仮面でその本当の姿を隠した二人は、静かに闇夜を駆ける。
《現在 DBO》
デスゲーム開始から約二ヶ月。
襲撃イベントから約一ヶ月が過ぎた。
攻略は順調に進み、この一ヶ月の間に二つの『国』が攻略された。
エリアボスのダンジョン攻略については探索済みマップの共有だけでなく、探索も予め大まかな担当区域を決めて効率的に行われるようになったため、前は一週間をかけていたボス部屋を見つけるまでの時間を数日に短縮できた。
さらに、その分ボスへの偵察を出して綿密な作戦を立てるようになり、ボス戦も最初のように危なっかしくはなくなった。
また、前線攻略は突出したOCCを追うように進められ、プレイヤー達の活動域も広がっている。最近では高級な素材アイテムも手にはいるようになり、最前線でプレイヤーメイドの武器や防具が使われることも珍しくはない。
そして、今最も注目を集めている話題は……
「で、ライトはどこのギルド入ることにしたの?」
「やめてくれその質問。もう何度目かわからないから」
数日前に発見された『ギルド結成』のクエスト……そして、それによって始まったプレイヤーの勧誘合戦である。
攻略最前線ダンジョン『罠の展示場』にて。
トラップ型の奇襲を仕掛けてくるモンスターを相手に狩りをしていたライトに、同じく狩りをしていて偶然にも鉢合わせしたジャックが安全エリアで隣に座りながら尋ねた。
ジャックの隣に座るライトはゲーム開始初日から変わらぬ日にやけた帽子を被り、空色の羽織りを着ている。両手には修繕と同時にモンスターの革などで強化が繰り返されたと見られる黒い手袋を付けていて、腰のベルトには小さな巾着と二本の刀が装備されている。一本は偽物に対して思い入れがあるライトの常備偽物武器≪竹光≫。
そして、もう一本は最近手に入れたという脇差なのだが……鞘や柄に禍々しい模様が描かれていて、見るからに『呪いの武器』だ。
この武器に限らずライトは商人のスカイから、デザインが悪趣味だったり効果が個性的過ぎて扱いづらかったりという理由で不人気なアイテムを少し安く買って(売りつけられて)使っているので、周りからは『いつも変なアイテムばかり身に着けている際物』と見られているが、本人はそれに関しては特に何も思っていないらしい。
対してジャックは以前は貴族風のドレスを動きやすく改造したものを着ていたが、今は黒い洋服とスカートに白いエプロンを重ねたエプロンドレスというスタイルを取っている。これは、本人が目立つのを避けるために上等な貴族のドレスをやめたことも関係しているが、さらに大きな理由としてはジャックにだけ見えている『返り血』を服につけないためでもある。他人からは見えない汚れなのでわざわざそんなことをする必要もないように思われるかもしれないが、ジャックも女の子なのだ。服が血だらけになるのは気分的に嫌なのだろう。
……ちなみに、周囲から『メイド服』と言われると不機嫌になるのであくまでもただの『エプロンドレス』だ。
腰には武器として短くて細い杖とドロップ品のダガーナイフが携えられているが、本当の武器である≪血に濡れた刃≫という包丁はスカートの中に隠してある。
そのスカートの中を見て、生きている者はいない。
「スカイの所じゃないの?」
「スカイの作るギルドには入らない……てか、どこのギルドにも入らないよ」
「どうして? ライトなら何でも出来るしどこでも入れてもらえるでしょ?」
「ああ、引く手数多だよ。おかげでクエストする暇もなく追い回されて昼間っからダンジョンの奥深くに雲隠れしてるってわけだ」
ここはモンスター以外にも地形のギミックとしての罠が多く、ただ戦闘に強いだけのプレイヤーだと足下を掬われる危険があるため不人気なダンジョンだ。しかし、その分罠を鋭く感知するジャックや様々なスキルで罠外しくらい簡単にできるライトにとっては他のプレイヤーに会いたくない時丁度良い『隠れ家』として機能している。
人混みを避けたい殺人鬼と追跡を逃れたい人気者が出くわすのはある意味当然かもしれなかった。
……ジャックはライト以外が来ていたら声などかけなかっただろうが。
「なんでスカイのギルドに入れてもらわないの? 今とやること変わらないでしょ?」
「ジャック、勘違いしてるかもしれないが、オレがスカイに従って働くのはスカイに惚れてるからじゃなくてスカイに借金してるからだ。本来オレとスカイの関係は対等であって今回みたいな場合に必然的にオレがスカイについて行く道理はない」
「ふーん……あのスカイと対等ね……」
スカイは生産職の集まりであった『組合』を原型とした生産ギルド『大空商店街』を立ち上げようとしている。構成人数三千人以上、傘下となるであろう中小生産ギルドも入れればその四千人を越えると推測される間違いなくこのデスゲームで最大のギルドだ。
もちろん、その全てが『戦力』として運用できるわけではなく、簡単なクエスト、アイテムの加工、食料アイテムの生産などの仕事を請け負ってもらうことと引き換えに生活物資や金の供給、パトロールを行ういわゆる『一般人への生活保障』も兼ねているので必ずしもその数がギルドマスターとしてのカリスマや権力とは言えないだろうが、それでもその数のプレイヤーの集まるギルドを作れるスカイはただ者ではないだろう。
そのスカイを『対等』と言えるライトもやはりただ者ではない。
そんなライトがフリーで居たなら、そんな『掘り出し物』を他のプレイヤーが放置しておくわけがないだろう。
ただでさえ、彼は目立ちにくいものの多くの偉業を成し、誰よりも大量のクエストを行うことでこのゲームに関する有用な知識を蓄えている。もしも仲間にできればギルドとしても『箔』が付くし生産、戦闘両面でこれ以上ない戦力となる。多少競争率が高くとも、声くらいはかけたくなるだろう。
結果が今のライトだ。
何も悪いことはしていないはずだが、殺人鬼並みの逃亡生活を強いられている。
「……まあ、スカイのギルドに入りたくないのは分かったとして……正式にスカイの部下になったらライトが仕事に押しつぶされるのは目に見えてるし。なら、他のギルドにとりあえず入っておいてほとぼりが冷めたら抜けさせてもらうっていうのはどうなの? ほら、赤兎とかマサムネさんならそうゆう事情も同意したうえで入れてくれそうだし」
「ああ、『戦線』か……オレとしてはあそこには今は関わりたくないな。絶対派閥争いに巻き込まれる」
プレイヤー中最強の剣士と呼ばれる『赤兎』とその相棒の格闘少女『アイコ』のいたパーティーTGWを中心に前線の戦闘職70人が集まった新エリア開拓の先陣を切る最強の戦闘ギルド『戦線』。ギルドマスターはTGWのリーダーだった『マサムネ』だ。
ゲーム初期から交流がある為頼めばライトも受け入れてくれるだろうが……現在『フロンティア』は内部での優劣を決めようとする攻略競争が激しく、ライトの干渉は火に油を注ぐ結果になりそうなのだ。
「ある程度の競争は攻略を順調に進めるのに有益だが、度が過ぎると味方内の妨害とか無謀な進撃とかが始まるからちょっとやめておきたい。というか、変なのも動いてるし……内戦とかやってる場合じゃないし早く安定してほしいところだ。強いあいつらはその暇があっても弱い奴らには死活問題だしな」
「……それボクへのあてつけ? それとも『手当たり次第に全滅させるまで狩ってこい』って意味?」
「いや、オレとしてはそういうことは極力やめて欲しいところだ。てゆうか、ジャックがそういうこと本気でやったら歴史に残る大災害になりそうだから絶対にやめてくれ。それやったら流石に殺しに行くからな?」
「そう……じゃ、やめとく」
最近発生している問題。
ライトの言う『変なの』とは犯罪を行うプレイヤー達のことだ。
ゲーム開始から一週間から三週間にかけ、犯罪を行うプレイヤー達は現れ、集結し、そして滅ぼされた。
しかし、それで悪事自体が永遠に封印されるわけもなく犯罪者はより巧妙に、より陰険に、より多勢に、そしてより凶悪になった。
組織化の傾向もみられるが、ジャックが滅ぼした犯罪者ギルドのように一つの大きな集団に固まるのではなく、小規模な集団が上下関係なのか協力関係なのか、はたまた競争関係なのか敵対関係なのか、もしくは無関係なのかよくわからない繋がりで蜘蛛の巣のように最新の犯罪のテクニックなどの伝達や共有を行っている。ライトが『変なの』といったのはそういう理由だ。
犯罪者を捕まえてその全貌を暴こうとしてみたが、捕まった犯罪者すらもその全貌を知らないのだ。
最近ではギルドの勧誘に見せかけて自然に大人数でプレイヤーを囲み、恐喝や拉致を行うという手口も『流行』している。
中には殺人すら辞さないという危険な犯罪者もいるので解決を急ぎたい問題だ。
……だからと言ってジャックに全てを任せてしまうという選択肢はない。
彼女こそ、このゲームで最凶最悪の犯罪者……殺人鬼なのだ。
「てか、ジャックはどうなんだ? ギルドに興味ないのか?」
「ボクがギルドとか入るわけないでしょ……ばれたら困るし。一度針山からOCCへ来ないかって誘いは受けたけど断ったし。」
「ああ、オレもメモリから面と向かって128回ほど勧誘されたけど断ったよ」
「すごいグイグイ来てるじゃん……てゆうか逃げ回ってるライトによくそんなに追いつけるねあの子。フレンド登録、メールが多すぎるから切ったんじゃなかったっけ?」
フレンド登録とは親しいプレイヤー間で互いを登録できる機能だ。
互いに登録した相手とはメール通信、およびマップ上の座標で位置の特定ができ、パーティーメンバーや知り合いとの連絡には欠かせないものだ。
しかし、あまり相手の都合を考えず大量のメールをしたり、無闇に位置を確認してプライベートを侵害すると相手から一方的にフレンド登録を切られる場合がある。片方だけでも登録を打ち切られるとその相手に対してフレンド機能は使えない。
メモリはライトに尋常ならざる執着があり、一度はフレンド登録したが、ギルドの勧誘であまりに大量のメールが来るのでメモリに断りのメールを入れてからフレンド登録を一時的に切っているのだが……
「メモリはそんな機能使わなくても自前の能力使えばどこだろうと追跡してこれるからな。しかも他の勧誘のやつも引き連れてくるからたちが悪い」
「能力? ……前から思ってるけど、あの子のライトへの執念すごいよね」
「ああ、全くだ。しょうがないから無闇とマックスに頼んで捕まえてもらってる」
「これも前から思ってるけど……ライトは結構人脈あるしそれを躊躇なく使うよね。ボクが言うのも変だけど、頼る友達は選んだ方がいいよ」
「そういうジャックはもう少し頼れる友達増やしてもいいかもしれないぞ? いつもこんなダンジョンの奥深くに一人で閉じこもってると却って怪しい」
ジャックは山奥に住む山姥さながらに、危険なダンジョンや高レベルモンスターの出るフィールドの安全エリアなどで寝泊まりしている。殺人鬼にとっては人間に囲まれているだけでストレスになるらしいので人里を離れたい気持ちは分からないでもないが、度が過ぎていると言わざるを得ない。
最近では危険なフィールドで稀に発見される妖精のような扱いになりつつあり、『幻』という二つ名まで定着しつつある。
見つけると幸運(ドロップ補正)があるという噂まで流れ始めているが……真実を知るライトとしては彼女と遭遇して何事もなく生きて帰れたなら十分幸運だというふうに思っている。
「マリーの話では少しずつ人に慣らしていった方がいいらしいし、食料の補充とか……」
「一昨日くらいに補給に行ったけど……ギルドの勧誘に見せかけた恐喝に狙われて……」
「……そりゃ気の毒だったな」
ジャックもそうだが、恐喝しに行った方も気の毒だ。おそらくもうこのゲームにはいないだろう。
ジャックはボス戦、襲撃イベントからの防衛戦で活躍した。本人としては大人数の中でなるべく目立たないようにしていたつもりらしいが、思いのほか目立ってしまったらしく、街を歩くと少々注目を集めるようになってしまった。殺人鬼として極力目立ちたくないジャックはほとぼりを冷まそうと人のほとんど来ない場所を転々としていた。しかし、今回のギルド勧誘で高レベルプレイヤーの彼女はより声をかけられやすくなってしまい街に戻りづらくなってしまったのだ。しかも補給で戻った直後に恐喝される始末。
彼女はあまり運が良くないのだ。
「それに、昨日だって……」
「昨日も何かあったのか?」
ジャックが珍しく言葉を濁らせ、ライトは興味を持って問いかける。
「……いや、なんでもないよ。ところでさ……ライトはどう思ってるの? ボクがこういう話すること」
『こういう話』とは殺人鬼として人を殺したとかそういう類の話だろう。
ライトは平然と答えた。
「『どう思う』って言われても何も思わないってのが本音だな。ナビキ辺りは同情とかしちゃってるかもしれないが、オレはそういう捉え方はしてない。ジャックだって、同情誘ってるわけじゃないだろ? ま、今でも人は死んでるが、それは『我慢』した結果なんだろ? なら、当面は対岸の火事だと思っているつもりだよ」
「少しは『赦せない』とかって思ったりしない?」
「知り合いが殺されたら思うかもな……だが、知り合いに危険が及ばないならそんなに遠くまで感情移入する気はない。そこまで気を張ってたらキリがない。」
「もしさ……誰かがボクを『赦せない』と思ったら、それで復讐しに来たらどっちにつく?」
「……それが殺し合いだったら、オレがどっちも死なないようになんとかする。対岸の火事には興味がないとしても、自分の周りの草むらに引火しそうなら全力で消火するぞ。」
ライトの主張は明確だった。
『他では勝手にしてくれて良いが、オレの周りでは殺させない』。
実に人間的で……しかし正直すぎて人間味のない言葉だった。
「……そう、なら先に言っておくよ。ボクはライトが嫌がっても殺意を向けられたら殺意を返して自分を守る。その時は怒らないで、正当防衛だと思ってね。」
ジャックは休憩を終えたらしく立ち上がって背を向ける。
去ろうとする彼女の背にライトは一言だけ言葉を投げておいた。
「忘れるなよ、オレはおまえに出来るだけ殺させたくないと思ってるし、おまえ自身を殺させる気もないんだぜ」
そして、数時間後。
「たくっ……少し補給に来ただけでこの状況か。あいつの気持ちも分からなくないな」
「おい、俺達の所に来いよ!」
「待遇は応相談だぞ」
「サブマスターにしてやるからよ!!」
「てか諦めろ!! オレはどこにも属する気はない!!」
「ギルドを作る気なら部下に志願しますよー! だから止まってくださーい!」
「なら人一人入るような袋を手に持ちながら追ってくるな! どう考えても無理矢理捕まえるつもりだろ!?」
街にアイテムの売却に来ただけで大捕り物だ。
人口の多い『時計の街』は避けて、強いプレイヤーの多い攻略の最前線に近い街も避けて中間の街に来たのだが……そこそこ足の速いプレイヤーがそれなりに多いのも十分に厄介だった。
街を結ぶゲートポイントで別の街に移動しようにも、ゲータトポイントは行ける街が限られており、遠くに行くには『乗り継ぎ』が必要になる上、転移には五秒ほど時間がかかる。ある程度追っ手を撒いてからでないと追跡されてしまって意味がない。
しかも、メール連絡で転移先の街のゲータトポイントに張り込みされている可能性も高い。
要するに、走って逃げるしかないのが現状なのだ。
「てか、転移使えないとか縛りプレイ過ぎるだろ。なんでオレ常に追っかけられてんだよ。アイドルとかの追っかけより狩りに近いし」
正直に言ってしまうと、追っかけの半数くらいは『みんなが追いかけるなら自分たちも追いかけてみよう』という集団心理が働いているのでライトとしてはいい迷惑だ。
一度本気で攻撃技で脅しをかけようかと思い始めた辺りで、前方にプレイヤー集団が回り込んできた。
その手には有刺鉄線の網が道一杯に……
「観念しろ! この『大空商社特注ライト捕獲ネット』で捕まりたくなかったらな!」
「スカイなんでオレの捕獲を奨励して商売してんだよ!! しかもやたら凶悪で犯罪向きなアイテム開発すんな!!」
スカイなら犯罪ギルドからの拷問器具の注文とかも値段によっては引き受けそうだ。
……というより、そうでないとしても対象がライトなら犯罪じゃないのかという突っ込みを入れたいところだ。
それはともかく……困った。
ただの人の壁ならどうにでも対象できるが、スカイお墨付きのライト対策アイテムを大量に所持していた場合は余裕で突破とはいかないだろう。スカイなら『余裕で突破されると次が売れないから「惜しい」って思わせるくらいの性能は必要よね……まあ、ライトのことだからちょっと難易度高めくらいにしとこっかな~』くらいに考えてキルトラツプレベルのアイテムを売っていても不思議はない。
しかも、街中を逃げているのだ。前をふさがれると左右は建物に阻まれて逃げられない。後ろからも追っ手が来ているので挟まれる。
どうするべきか……
その時、ライトを挟み撃ちにしようとしていた両サイドのプレイヤーの足下で煙幕が上がった。
「こっちです!!」
道に面した建物の屋根の上からライトに向かって縄が投げられた。
ライトは縄の根本へ視線を辿りながら応える。
「助けてくれるのか?」
「早くしないと煙幕が晴れます」
「……わかった、ありがとう」
ライトは縄を握り、壁を駆け上がった。
壁を登りつめ、眼下のプレイヤー達が去るまで息を潜めていたライトは大方のプレイヤーが散ったのを確認して嘆息する。
「ふう……ようやく解放された。ありがとうな」
「いえいえ、あなたなら本気を出せばあのくらい蹴散らすくらい簡単なはず。むしろ明らかに怪しい私の誘いに乗っていただけて光栄です。」
ライトの感謝に応えたのはライトの知らない少女だった。
服の色は白い石灰石に影がかかったような灰色。服の種類はプレイヤーのファッションの中でも比較的珍しい和装系、しかも特に珍しい女性用の忍び装束……くノ一装束だ。
だが、胸元や太股にスリットが入っている『お色気バージョン』と呼ばれるタイプで、昼だろうが夜だろうが人目を忍べそうに見えない。
髪は長いのだろうが、後頭部で束ねて結んでまとめている。
年齢は中学生高学年……多分15くらいだが、同じくらいの年のジャックより背が高く、手足も長くてスタイルがいい。しかも顔つきはスタイルに対して童顔で『かわいい系』というやつだ。
プレイヤー達に追いかけられているときに突如忍者装束の女の子が屋根の上から助けてくれるなど、常識的に考えれば怪しさ満載であり、当然ライトの反応は……
「……うん、コスプレ女子か。見れば見るほど怪しくないな」
友達に殺人鬼すらいるライトにとって、さほど怪しくは見えなかった。
「いや、怪しいはず……そしてなんで助けたのかって理由を……」
「いや助かったよ。ご厚意感謝する。」
「ご厚意じゃなくて……」
「じゃ」
「『じゃ』ではなくて疑わないのですか? 普通は罠じゃないかとか勘ぐって……武器を隠してないか確かめるために服を脱がせたりとか……」
「何を言うんだ! せっかくコスプレしてる女の子を脱がせるわけないだろ!」
「…………お願いだから何で助けたのか聞いてください」
どうやらくノ一の少女はライトに助けた理由をどうしても尋ねて欲しいらしい。
ライトも流石にこのまま去るわけには行かないので理由を尋ねる。
「なんでオレを助けたのか教えてくれ。ただし、下心が無いことを示すために脱ぐとか、そういう段階はとばして簡潔に頼む。」
「では……」
くノ一の少女はライトの真正面に向かい合うように正座して、丁寧に地面に手をつき、頭を下げる。
「ライト様、私こと蛍はあなたの武勲に感銘を受けました。どうか、仕えさせてはいただけませんでしょうか?」
綺麗な土下座だった。
「えっと……オレ、ギルドとか作る気ないよ? 所属するギルド探すなら信用できるところを紹介するけど……」
思わぬ話にライトは少々動揺を見せるが、少女……蛍は退かない。
「いえ、私はあなたに忠誠を誓いたい。あなたの命令とあらば、喜んで全裸で土下座し直します」
「やめてくれ、オレに何の得もない上に承諾しても断っても禍根が残るだろ」
「命令とあらば、この体も差し出します」
「もっと禍根が残る!! てか、それはもう忠誠とか忠義とか超えた行為だからな!? おまえは一体オレとどんな関係になりたいんだ?」
「私はあなたに絶対服従。その関係に適切な名前を付けるなら……」
少女は顔を上げ、ライトの目を見つめて真剣な声で言った。
「私を、あなたの奴隷にしてください」
怪しい人どころではなかった。
《ライト捕獲ネット》
ライトを捕獲するためのネット。
有刺鉄線で編まれている。
(スカイ)「はい、今回は特注品。ライト捕獲ネットです~」
(イザナ)「すごくピンポイントな商品ですね……トゲトゲしてますけど、普通の鉄製ネットと何が違うんですか?」
(スカイ)「はい、ではちょっとマッチの火を近づけてみます」
ガシャン
(イザナ)「うわっ!?」
(スカイ)「このように、暖めると相手に巻きついて食い込む形状記憶合金をしようしています~。他にも、刃物を滑らせて受け流すための油とか、相手を麻痺させる毒とか塗ってあります~」
(イザナ)「全然手加減ありませんね……それより、こんなのが出回ったら犯罪に使われませんか?」
(スカイ)「あ、大丈夫大丈夫。これ、塗ってる薬の関係で一日持たずに錆びて使えなくなっちゃうから。お客さんには『危険だからライト以外には使わないでください』って強く言ってあるし……誓約書つきで」
(イザナ)「危険でもライトさんには使っていいんですね」




