72頁:ゲームは楽しみましょう
『EXスキル』
戦闘経験を反映するスキル。
より不利な状況で戦うほど多くのポイントが貯まり、貯まったポイントを消費して『能力値上昇』『新技取得』などを選択して戦闘能力を増強できる。
また、ポイントを対象に取引する特別なショップもあり、ポイントを限定アイテムと交換したり、使わないスキルをポイントに還元したりできる。
「予言者、不死者、勇者、悪鬼、番人、弱者、記録者、狩人、異端者、愚者
人類代表が選んだ十人の主人公候補生達、これが私の手駒。
普通の枠を超えた異常達。
もちろん、手駒なんて言っても誰も何一つ思い通りには動いてくれない子ばっかり。
だけど、だからこそ意味がある。
私の予想できない動きをするからこそ、私にできないことが出来るかもしれない。
さあ、どんな予知能力者にも予知できない劇を期待して……物語を始めましょう」
≪現在 DBO≫
ライトは『時計の街』のとある宿屋が建物の中に経営する酒場に来た。
今はプレイヤー達はほとんど広場に居り、ほぼ貸し切り状態になっている。
そして、ライトは自分を待ち受けていたプレイヤーに向かって声をかける。
「盗み聞きとは趣味が悪いぜ、無闇」
「…………」
狩人『闇雲無闇』。
最前線のソロプレイヤーであり、顔までマントで隠していて全く喋らないので謎が多いプレイヤーだ。
ライトも声を知らないくらいなので返事など期待してないが、無闇はしばらく黙ってから目の前からメールを送って来た。
『ごめんなさい、どうしても話したいことがあったから』
口調がいつもと違った。いつもは業務的な内容で平坦な口調なのに、今は少し女っぽい。
やや驚くライトを前に、闇雲無闇は顔を隠していた布を外す。
現れたのは、白く濁った目をした女性だった。年は二十代の大人な女というような顔だ。その目は、おそらく視覚器官として全く機能していない……全盲だ。
「……なるほど、見えないままに矢を射るから『闇雲無闇』か……これは驚いた」
『昔からずっと見えないから不便しないんだけどね。むしろ遠くまで詳しくわかるし、気配とかにも敏感だからこのゲームでは随分と役に立ってるよ』
現実で全盲だからといって仮想世界でも全盲になるとは限らない。網膜が破損していても脳への信号で風景を見ることは出来るし、むしろそれを目的に仮想世界に入る者もいる。だが、中には生まれつき目が見えないため『視覚情報が処理できない』という者もいるのだ。そのような者はゲーム内でも視覚情報を受信せず、文字表示などは点字やそのプレイヤーにしか聞こえない音声解説などで対応するというオプションもある。
だが、それでもやはりこのデスゲームで全盲のままで、よりにもよって目が命の弓兵などをやっているのは驚きだ。
「なるほど、盗み聞きしてたわけじゃなくて耳が良すぎて聞こえたってわけか……だが、あのメールの内容はなんだ? 『件のパーティーについて話があるから話したい』って、そいつらが頭角を表したのは無闇がこっちにいる間だろ? 何か知ってるのか?」
ライトが質問をすると、闇雲無闇は少しだけ間を置いて言った。
『端的に言い直せば……あなたを「私達」のパーティーに招き入れたい。一緒にこのデスゲームを攻略しない?』
ライトは即答した。
「お断りする」
『……なんで?』
「強いて言うなら『オレは必要なさそうだから』だ。あんまり尖ったプレイヤーばっかり一つに集まってもパワーバランスが崩れるし、そもそも無闇が『私達』って言うならソロとして別行動始める前から繋がりがあってパーティー組んだんだろ? むしろ聞きたい、なんでオレに声をかけたんだ?」
すると、答えはライトの背後から来た。
「やっと見つけたよ。ねえ、久しぶりに顔を見せてよ」
その声に、ライトの表情が固まった。
まるで、幽霊でも見るような表情……信じられない物と出くわしてしまったような表情。
ライトはゆっくりと振り返りながら言った。
「まさか、おまえなのか?」
同じ頃、ジャック(黒ずきん)は『時計の街』の外のフィールドに出ていた。
目的はイベント終了時に生き残っていて、イベント終了直後に逃走した巨大モンスターの討伐だ。
これは正式なクエストとなっていて、野に放たれた高レベルモンスターを狩らない事には低レベルのプレイヤーが狩りを出来ないのでプレイヤー全体としても必要なことだ。報酬もそこそこ良く、皆が騒いでる今の内にモンスターを狩っておくのも戦略的には悪くない。
何より、人の集まる所にいない言い訳として丁度良い。
事故の起きやすい人混みを避けたいジャックにとってはこれ以上ない名目だ。
彼女なら一人でクエストボスクラスを相手にしても引けは取らない。
むしろ、一人の方が『本気』を出しやすい。
防衛戦では人前で本来の戦い方をするわけにも行かずやきもきしていたのだ。
流石に殺人鬼の証明である≪血に濡れた刃≫を使うわけにはいかないので市販のものを使っているが、扱い慣れたナイフでモンスターを狩っている。
「三体目!」
ナイフで全身を切り裂かれてダメージを蓄積したアルマジロのような巨大モンスターが倒れる。
硬い外皮もその隙間を通すような攻撃によって無効化され、小さな武器でも全身を滅多刺しにされれば巨体を持つモンスターでも死に至る。
彼女は、モンスターを徹底的に殺すことでその膨大な殺意を紛らわすことを覚え始めていた。
おそらく、それは『殺人鬼』であることに慣れたから……だけというわけではないだろう。
自分が殺人鬼でありながら、それを知りながら、受け入れてくれている『人間』達がいる。
そして、自分と同じ『殺人鬼』がいる。
もし、ライトもエリザもマリーもいなかったら、ジャックは今も孤独に殺人を続けていたのだろう。自分を脅かす『種族』である人間を全滅させるまで、あるいはその反撃で殺されるまで止まれなかっただろう。それか、人間の来ない山奥にでも隠れ住んで、それこそ昔話の鬼か山姥のようなものになっていたかもしれない。
だが、一つ我が儘を言うのなら……
「ライトも殺人鬼だったら良かったのになぁ……」
ライトは黙認はしているが賛同しているわけではない。
それに、仲間としては見てくれているが異性としては意識してくれない。
まあ、それについてはこちらも同じなのだが、殺人鬼だとしても『女の子』として見てくれる相手がいないのは悲しい部分がある。
……エリザは『女の子』として見ていてくれているかもしれないが、噛み癖があるし女の子同士だから例外だ。
「それにしても、殺人鬼ってなんかイメージと違うなあ。もっと心からの悪人だと思ってたのに、なってみたら以外と普通だし」
三十人以上を殺しておいて何も感慨無く自分を『普通』と言えてしまえるのがもう人間から見たら普通ではないのだが、それを指摘する者は近くにはいない。
そう、『近く』には誰もいない。
だが、ジャックは『遠く』から殺気を感じた。
もはや予知能力の域に踏み入りかけている彼女の探知能力が、『殺気センサー』が異常を検知した。
「……距離は一キロ、数は一人。だけど、ただの殺気じゃない」
研ぎ澄まされ、それでいながら不純な殺気。
ジャックに向けられているわけではないが、無視できない。
「……見るだけ見てみるかな」
殺気を感じた場所まで来たジャックが見たのは異様な光景だった。
そこにいたのは、二体の巨大モンスター。
しかし、ジャックに襲いかかっては来ない。
何故なら、その全身にそれぞれ数十本の『槍』が突き刺さり、貫き、瀕死の状態に追いやっていた。
『槍』は竹槍だったり、金属の棒だったり、木の杭だったり、モンスター自身から折られた角だったり……統一感無く、ただ『先の尖った棒』なら何でも良いかのようだった。
そして、何より異様なのは、そこまでされてもモンスターがまだ『生きている』ということ。HPはもう1ドット……だが、そんなものが残っていることが不思議なほど、残酷な有り様だ。
「おや、はじめましてお嬢様。このような見苦しい物を見せてしまい申し訳ありません。」
そして、その残酷な『事件現場』を作り上げた犯人が名乗りを上げた。
彼はモンスターの陰から姿を現した。
背が高い、ライトと同じくらいの長身の青年。だが、それに違和感を感じさせない際立った顔立ちと、その顔つきに似合った銀髪はおそらくヨーロピアン。
着ている服はいつかライトが着ていた燕尾服を連想させるタキシードであり、手にはライトと対称的な白い手袋をしている。
顔立ち、話し方、服装。全てを合わせてみると、貴族に仕える若い執事のような印象だ。
……この惨状を除けば。
まさか武器が尽きて殺せなかったわけではないだろう。その手には、刺すことに特化した細長い錐のような短剣が握られている。中世の戦いには『倒した相手にとどめを刺す』という目的に使われた武器だ。
つまり、彼は酷たらしくモンスターを痛めつけながら、止めを刺さずに放置していたのだ。
だが、不思議とジャックは彼に嫌悪感や危険は感じなかった。むしろ、その隠す気もない強さと技術に好感すら覚えた。
そして何より、殺意を感じなかった。
まるで、エリザと初めて会ったときのように。
理屈ではない。
推理でもない。
強いて言うなら直感で、ジャックは確信した。
「あなたも、殺人鬼なんだね」
同じ頃、マリー=ゴールドはティーカップに注いだ緑茶を飲んでいた。
『組合』の『指導室』と銘打たれた牢屋に収監された捕虜の盗賊達と一緒に〖強奪王〗に殺された盗賊の仲間たちの死を悼んでいたのだが、そこに見知った顔の人物が訪れたのでお茶会に誘ったのだ。茶が紅茶ではなく緑茶なのは相手の好みに合わせたからである。
場所は『組合』のテントを作るときに利用した休憩所。
「あの者達をどう裁くつもりだ?」
「裁くなんてとんでもない。彼らは仲間の死を経て傷つけられる者の痛みを知り、同時に戦うべき相手は同じプレイヤーではなくこのゲーム世界だと再認識したはずです。ならば、反省を促して今度は街を護る側になってもらいたいと思っています。」
マリー=ゴールドの前に座るのは厳しい髭を蓄えた老人だった。
見た目六十歳前後。しかし、纏う雰囲気は全く経年による衰えを感じさせず、その眼光は鋭い。背もピンと伸びていて立てば身長は175㎝は下らず、手足や胴も太く固そうに見え、髪の毛まで剛毛でまるで激怒しているのかのように逆立って見える。。
服装は何種類もの獣の皮を重ね合わせたような分厚いコートで、身体をさらに大きく見せている。
武器は椅子に立てかけてある長さ1.5mもある大剣だが、彼の覇気ならそれくらい楽に振り回せそうに見える。
だが、そんな男を前に、マリー=ゴールドは平然と茶を飲む。
「人は罰が必要なときもありますが、今回の場合仲間を失ってもう罰としては十分でしょう。罰を与えたからと言ってこちらが何かを得るわけでもないですし、それならいっそ早いうちに仲良くするべきなのです」
「『裁かない正義』……それがおまえの正義か?」
「正義なんてとんでもない。『善意は人のためならず、敵意は自分のためならず』ただそれだけの話ですよ」
「ふん、相変わらず食えんやつだ」
同じ頃、時計台広場にて。
「ヒハハハハハ!! さあさあ、次はどいつだ? 一人で勝てなきゃ束になってでも良いからかかって来やがれ!!」
酒に弱いナビキに代わって酒を飲み、強かに酔ったナビが他の酔っ払いプレイヤー達を相手に大暴れしていた。
周りではそれを見せ物にしてさらに飲んでいる。
もはや無礼講どころか喧嘩祭りのようになっている。
そして、ナビはそれを嬉々として楽しんでいる。
「おいおい、あたしらがこの街守ってる間、前線の奴らは遊んでたのか? 全然骨がねえな!!」
「待て!! いい気になるのもそこまでだ!!」
「あん?」
絶好調のナビに向かって、広場に隣接する建物の屋根の上から叫ぶプレイヤーが現れた。
月光を背に長いマントをひらめかし、堂々と腕を組むシルエットはアメリカンコミックのヒーローのようだ。
「とう!!」
ズシャ
「格好良く飛んだならちゃんと着地しろよ!! 思いっきり地面に体打ち付けてスゲー痛そうだぞ!!」
HPの減らない街の中でも痛い物は痛い。
しかし、無様な着地を見せたプレイヤーはすぐさま地面に手をつき立ち上がる。
「黙れ!! 不意打ちとは卑怯な……だが、私はこの程度では屈せんぞ!!」
「あたしは何にもやってねえよ!! やってほしけりゃもっかい上れ、たたき落としてやる!!」
「おのれ、私の前で堂々と犯行予告か」
格好良く飛んで無様に着地(落下?)したプレイヤーはナビとそう年の変わらない少年だった。しかも少し小柄で女子の平均身長くらいのナビと背もほとんど変わらない。
武器らしい武器は装備していない。
特徴的なのは真っ赤なマントと、体にフィットした青い長袖の服シャツ。そして、武器の代わりであろう膝まで足を保護する鉄のブーツ。
「ヒーローのコスプレか? コスプレ野郎があたしに何の用だ? コスプレ見せたきゃライトの所にでも行け」
「私が用があるのは貴様だ!! 未成年で酒に酔って暴れ回るなど迷惑千万、成敗してやる!!」
全身から『敗北フラグ』が立ちまくっている。
だが、あまりに堂々とした姿に他の者は道を開けて見物する。
そして、見物人の一人が言い出した。
「おい、賭けしようぜ。どっちが勝つかさ」
そう言ったのは、金髪でサングラスをかけた少年だった。派手な柄の服を着て、戦闘など考えていないようなTシャツ短パンという服装の12か13歳ほどの子供。だが、周りの大人達に物怖じせず不適に笑う。
「さあ、賭けをする気のある奴は集まれ。オレ様が楽しい賭けにしてやるよ」
宿屋にて、ライトと対面した少女は笑う。
「すごく探したよ」
ライトの小学校高学年くらいの少女は、身の丈に合わない茶色いローブを着て、その小さな手に不相応な分厚い本を抱えるようにして立っていた。
今まで一度も切ったことがないような、服の裾と共に引きずるような長い髪は赤毛と茶髪の間の色。
彼女は、ライトの顔を見つめて笑う。
「まさか、この世界でまた会うことになるとは思わなかった」
ライトが……行幸正記の記憶にはミカンに観察させられた『桁違い』の人間が幾人も含まれている。今は無き『ネバーランド』のメンバーの中にも参考になる人間は居たし、他にも様々な人間が記憶されている。
その中でも、目の前の少女は特別だ。
彼女は……ライトと特別に関わりが深い人間。
ある意味、ライトと対をなす人物。
「『久しぶり』か……オレのことは忘れてないみたいだな」
「うん、忘れるわけないよ。わたしの記憶のこと忘れちゃった?」
「憶えてるよ。ところで、お父さんやお母さんは元気か?」
「えーと……忘れましたー」
「相変わらずのようだな……多少は変わってて欲しかったが」
ライトは彼女の『記憶』の秘密を知っている。
彼女にとって『記憶する』とは、自分の脳に『記録する』と同義。
彼女は興味を持った事象は忘れないが、興味のない事象は一瞬たりとも記憶できない。
記憶する事柄を無意識に選択している。
そして、彼女の興味は全て……ライトに向いている。
「オレとしては距離を置いてる間にオレのことは忘れて、もっと自分に興味をもって欲しいところだったよ」
「何言ってるかわからないよー。それより、教えて欲しいな。おにいちゃんが今まで何をしてたのか、どこにいたのか、今はどんなおにいちゃんなのか、全部教えて」
「やっぱり、変わってないな……ゲーム攻略は面白いか?」
「おにいちゃんが喜んでくれたら面白いよ」
「ああ、すごく助かるよ。ありがとう」
「へへ、褒められた。会うのを我慢して頑張ったかいがあったよ」
無邪気に笑う彼女を見て、ライトは溜め息を吐く。
出来れば、自分のことなど忘れて自分の人生を生きていて欲しかった。
『メモリ、話を戻して良い?』
ライトと少女へ一斉送信。
「おにいちゃん、戻して良い?」
「いいよ。パーティーへの勧誘だったか?」
闇雲無闇が声をかけて話が最初の話題に戻る。
ちなみにこの世界での彼女は、『メモリ』というプレイヤーネームらしい。
「だが、おまえが……メモリがいるって事は、『そういうこと』か? 師匠が集めたのか。オレや『金メダル』だけじゃなく、無闇やメモリ……それにまだ何人かいるんだな」
「あとは、ジャッジマンとマックスくんと針山くんとキングくんがいるよ」
「現在6人パーティーか。それにしても、よく憶えられたな」
「おにいちゃんのためだよ。おにいちゃんの手伝いに役立ちそうな情報は忘れない。わたしはおにいちゃんのバックアップデータだからね」
『「あの人」の選んだ私達が結束して精鋭パーティーを作ることがこのゲームの最短クリアの方法だと私達は考えています。きっと、あの人もそういう意図で私達を送り込んだのでしょう』
確かに、無闇の示唆しているであろう『あの人』ならやりかねないという認識はライトの中にもある。
実際、並みの人間ではライトにはついて来れない。それこそ、同等の性能が無いと協力しても大して効果はない。
だが……
「メモリ、おまえはオレのことなら何でも知ってるか?」
「うん。何でも知ってるよ」
「なら、オレがここでどういう風に答えるかわかるか?」
一瞬間をおいた後、『自分の専門分野』について質問をされたと分かったメモリは無邪気な笑顔で答えた。
「わたしの知ってるおにいちゃんなら仲間になるよ。おにいちゃんは、どんなおにいちゃんの時でも、その人の言うことは聞くからね。」
「確かにそうだな。オレは自我のないロボットみたいなもんだし、デザインしたあの人の命令には逆らえないよな……よし、答えが決まった。オレは……」
そのとき、外で悲鳴が響いた。
「ところで針山、なんでボクをお嬢様なんて呼ぶの?」
ジャックは街に戻りながらクエストの討伐対象である巨大モンスターを執事のような姿と態度の青年『針山』と共に倒しつつ、何気なく会話をしていた。(最初はさん付けしようとしたが、本人が拒んだため呼び捨てにしている)
二人に遭遇してしまったモンスターは串刺しにされ、ジャックにとどめを刺される。針山はとどめを刺すのをあまり好まないらしく、全てジャックが殺している。
そんな、戦闘の片手間での会話だ。
「それはあなたが殺人鬼の中でも特別で、しかも私より格上だからです。私は三桁がせいぜいでしょうが、あなたは四桁の素質がある」
「格上? 四桁?」
「まあ、『格』と言っても、大して意味はないかもしれません。勉強ができるか出来ないかくらいの話。要は、『どのくらい殺せるか』というだけの話ですよ。私では頑張っても死ぬまでに数百程度で限界、人間に捕まって殺されてしまうでしょう。しかし、あなたは初日で四十人以上を『戦闘』を経て殺し、さらに逃げおおせている。その戦闘能力と隠匿性があれば長く生きて殺し続けるということも不可能では無いでしょう」
「大げさだよ。ボクが生きてるのは運が良かっただけだよ」
ただ、ライトが信じられないくらい優しくて甘かっただけだ。本来なら死んでいた。
「いい共犯者を見つけるのも大切な才能ですよ。殺人鬼の中には組織などに雇われて匿ってもらう者も少なくありませんが、そういった者は結局のところ『切れすぎる刃』と見られてしまい長生きは出来ませんからね」
針山は平然と語る。
ジャックにとってはかなり新鮮だった。
このように『殺人鬼』として打ち解けた話が出来るというのは、外国に行った時に自分と同じ国の旅行者を見つけられた時のような安心感がある。
それに、彼はなかなか長く殺人鬼をやっているらしいし、物腰が柔らかくて話しやすい。しかも、ロールプレイなのか殺人鬼の階級のようなものがあるのかはわからないが、ジャックを丁寧に、本当の姫のように扱ってくれている。
もしかしたら、人間から見たらただの恐ろしい一殺人鬼の彼女は、殺人鬼の彼から見たら何か『特別』なのかもしれないが……
その時街の方で閃光が迸り、その直後にジャックは覚えのある異様な殺気を感知した。
「今のは……エリザ? 針山、ちょっと急ぐよ」
「はい。どうやら私も無関係では無さそうですし」
一方、街中では騒ぎが起きていた。
「おい、巻き込まれるぞ!!」
「風下に逃げると毒が来るから風上に逃げろ!!」
「うわこっちくんな似非ヒーロー!!」
地面に飽きたらず壁まで走り回るヒーローマントが特徴的なプレイヤー『マックス』。
対するは、壁や屋根を腕の力を使って四足歩行で飛び回りながら火炎弾や毒ガスを振りまきながら戦う『エリザ』だ。
最初はナビとマックスが『決闘』により対決していた。
だが、ナビはその戦い方に妙な感覚を覚えていた。
マックスはやはり弱かった。
しかし、明らかにナビより弱いのに倒せないのだ。
ステータスも、勢いも、ナビが勝っていた。
しかし、マックスは高い回避性能と蹴りによる迎撃でナビの攻撃を防ぎ続けていた。
そして、ナビが痺れをきらして詰め寄って鎌を囮に拳を叩き込もうとした瞬間……
『ヒーローフラッシュ!!』
ただの目くらましの閃光だった。
しかし、不意を突かれた。
その瞬間を狙い、マックスが反撃の蹴りを放とうとし……
『……まぶしい』
エリザが目を覚ました。
そして、現在の戦いである。
エリザは街中でもお構いなく『強奪スキル』でモンスターから奪った技を乱発し、マックスがそれから逃げている。しかも、お互いに立体的に動き回り誰も手が着けられない。
エリザが全身から毒霧を放ちながらマックスに飛びつく。マックスは鉄のブーツでその突進を受け止めるが、靴が煙を上げて溶解し始めて慌てて離れる。
さらにエリザは息を大きく吸い、吐く息を炎に変えてマックスを狙う。
だが、マックスがそれを避けて炎は他のプレイヤーに当たりそうになり、プレイヤー達は悲鳴を上げて逃げる。
「おのれ、よくも罪もない一般市民を……許さんぞ」
「……うざい」
街に巻き添え被害が出てマックスは戦意を高めているが、エリザにしてみれば眩しい光で安眠を邪魔した虫けらを叩き潰そうとしているだけである。
だが、だからといってエリザが手を抜いているわけではない。
エリザは精神的に幼い。
蚊を叩くだけでも全力だ。
眼下で悲鳴が多数あがる中、二人の戦いは苛烈を極める。
地上で衝突し、壁が爆発し、閃光が迸り、空中で激突する。
もはや、誰も止められる者は無く……
「止まりなさい」「静粛にしろ、馬鹿者共が」
二人は金縛りにあったように動きを止め、間に大剣が割り込んで衝撃波で引き離した。
「エリザちゃん、暴れすぎですよ」
「マックス、どう考えても二人とも迷惑だ」
そこに現れたのは、金メダルをぶら下げた金髪の少女『マリー=ゴールド』と、恐ろしい覇気を纏った老人『ジャッジマン』。
さらに、一人分の足音と二人分の声が届く。
「これ何の騒ぎ? 喧嘩?」
「すみません、大方私の知り合いが先に手を出したのでしょう。皆様申し訳ございません。私、そこの似非ヒーローの知り合いの針山と申します。以後御見知り置きを」
足音のしない黒ずきん(ジャック)と、申し訳なさそうに丁寧に頭を下げる針山。
さらに、急速に迫る車輪の音。
「そこのあなた達、せっかくの稼ぎ時に何してくれてんの? 罰金よ。あと、そこの賭けの主催者、ここで商売をするなら私に断ってからにしなさい。儲け取り上げられたいの?」
「え、ちょっと待ってくれ。ここのルールを知らなかったことは謝る、商売料とか必要なら払うから儲けは取り上げないでくれ!」
「スカイ、いくら俺でもこれは重い。休んでいいか?」
「キング、お前も問題を起こしていたのか?」
さらに表れたのは砲台の乗った馬車に乗ったスカイと、馬車を引かされる赤兎だった。そして、賭けの結果を見届けようと物陰に潜んでいた金髪の少年『キング』が見つかって砲門を向けられ、さらに老人のものとは思えない鋭い視線を向けられて両手を挙げる。
「マリーに赤兎に黒ずきんにスカイにエリザ。そしておそらくメモリと無闇の仲間であろう独特の雰囲気を持ったプレイヤーが四人……勢揃いだな」
そして、顔を隠し直した闇雲無闇とメモリを伴ってライトが現れる。
ライトは、状況を即座に把握し、口を開いた。
「さて……まあ、全員揃ってるなら丁度良い。誰が代表者かは知らないが、結論を言うぞ……勧誘はお断りする。オレはオレのやり方でこのゲームを攻略する。」
出てきた言葉は、まるでカンペでもあるかのような淀みないものだった。
次の瞬間、複数のことが起こった。
ジャッジマンがライトに向かって大剣を振り上げた。
マックスがキングを抱えて飛び退く。
黒ずきんが前に出ようとして、針山が手でそれを遮る。
闇雲無闇がメモリを抱きかかえてライトから離れる。
赤兎がそれを予期していたようにスカイの前に立つ。
そしてマリー=ゴールドは何かを期待するように微笑み、ライトは拳を握った。
衝撃がはじけて周りに余波が広がる。
だが、拳と大剣は……ぶつかってはいない。
互いに寸止めだ。
「いち早くこの世界を脱出するより大事なことがあるのか?」
「いきなり攻撃してくるとか、せっかち過ぎじゃないのか? 先が短くて焦るのは分かるが、早いだけじゃつまんないだろ、どうせなら楽しく攻略しよう」
ライトはジャッジマンの気迫に怯むことなく立ち向かっている。
鋭い眼光を鋭い眼光で見つめ返す。
「大勢の他人の命より快楽を優先する。それがお前の『正義』か?」
「生憎と、オレは『正義』を語れるほど真っ直ぐ生きてなくてな。『主義』くらいに思ってくれ。それに、ただ早さだけ求めるより全体で協力した方が多く生き残るかもしれないぜ?」
数秒の沈黙の後、二人は剣と拳を下ろす。
そして、マリー=ゴールドはクスクスと笑う。
「クスクス……まあまあ、お互いに今日は顔見せだけにしておきましょう。あまり騒ぐと人が寄ってきますよ?」
彼女の言葉にその場にいたメンバーが気付く。
いつの間にか、周囲に他のプレイヤーがいなくなっている。
こんなことが出来るのは……マリー=ゴールドただ一人。
「ライトくん、彼はジャッジマン。きっとあなたの言葉が心からの答えか確かめたかったのでしょう。許してあげて下さい。おじいさんも、惰性で断ったならともかく、嫌がる彼を無理矢理仲間にするのも望まないでしょう?」
「……ふん、そうだな。メモリ、おまえはどうする? 仲間にしたかったのだろう?」
ジャッジマンは大剣をいきなり振り下ろそうとしたのが嘘のように、矛を収めた。
「おにいちゃん……」
「悪いなメモり。いつでも会いに来てくれていいが、もう少し別行動だ。遠くからオレを見るついでで良いから、もっと広い世界を見てくれ」
「……わかった。おにいちゃんの助けになりそうなこと、たくさん調べておく」
「ああ、助かるよ」
メモりは無闇に手を引かれてジャッジマンの許へ歩く。
マックスとキング、そして黒ずきんに頭を下げて針山も集まる。
集まった面子を改めて見ながらマリー=ゴールドが小声でライトに言う。
「出揃いましたね。じゃあ本名は避けてプレイヤーネームで……序列第五位『ジャッジマン』、六位『マックス』、七位『メモリ』、八位『闇雲無闇』、九位『針山』、十位『キング』……先生がこのゲームに送り込んだ成績五位以下のプレイヤー全員ですね。」
「なるほど、そりゃ皆こんなにキャラの濃い面子のパーティーが出来るわけだ」
「それは否定しませんが先生の教え子が変人の集まりみたいに言うのはやめません? 私やライトくんにも跳ね返って来ますよ?」
マリー=ゴールド、ライト、赤兎、黒ずきん、スカイ、エリザの前でジャッジマンが一歩前に出て代表として口を開く。
「我々はこのゲームを攻略するために結成したパーティーOCC。覚えておいてくれ……我々は我々のやり方を通す。仲間になりたくなったら話は聞くが、邪魔するなら容赦はしない」
翌朝。
西の荒れ地。『大空商社』前の馬車にて。
馬車の座席をベンチ代わりに座る二人のプレイヤーとその内の一人の膝に頭を預けて丸まっている一人のプレイヤーがいる。
日の出を見ながら、自分の膝枕で眠るエリザを撫でながらマリーゴールドはライトに話しかける。
「てっきり、あなたなら先生の意図を汲んであっちに加わるかもしれないと思ってましたよ」
気持ちよさそうに眠るエリザはまるで猫のようにリラックスして寝ている。大量に酒を飲んでいたため人格は三人とも眠っているのだろう。
そんなエリザを見ながら、ライトはエリザを起こさないように静かに答える。
「まあ、一ヶ月前のオレならそうだったろうな。だが、今のオレは師匠の意図にただ従うより、新しくやりたいことがある」
マリー=ゴールドはライトの言葉に少し驚いたような顔をする。
ライトが『やりたいこと』などと言い出したのが意外だったのだ。
「夢でも見つかりましたか?」
「そんな大層なものじゃないよ。それに、見つけたというより、気が付いたって感じかな」
「それでも十分に進歩ですよ。教えてもらっても?」
「構わないよ。単純なことだ……オレは自分の人生を失敗したと感じてたんだ。もう取り返しのつかないくらい失敗して、一番大事な『自分』ってものを捨てて、だからどうしていいか分からなくなって他人の望む通りに……師匠に言われたとおりに動くようになった。 そうしてれば、自分で勝手に動いて失敗することはないから」
「それは一目見てわかりましたよ。あのデスゲーム開始直後の『ご主人様を探すロボット』みたいな反応。一人で何でも出来るのに、その性能を自分に使うことなんて思いも寄らないような姿。だから思ったんですよ、『今声をかけたらきっと彼は一人で何も決められなくなる』って」
「おかげで起動が遅れてスカイのせいで武器を買えずに借金返済に追われることになったがな」
「借金に関しては自己責任ですよ。結局あなたはとりあえず『プレイヤー全員』のために動くことに決めたのでしょ? こっそり見ていましたよ。プレイヤー全員に影響を与えられる素質を持つスカイさんに手を貸して大成を早めて、プレイヤーの中でも特に危なかったナビキちゃんを助けると同時に他のプレイヤーの助け方も模索して、ゲーム攻略に欠かせない戦力となるジャックちゃんを立ち直らせて、予知能力で危険なイベントやボス戦でのプレイヤーの大量死を防止して……しかも、自分自身は『プレイヤー全員』に入っていないから自分は度外視で」
「そう聞くとオレってすごい打算で動いてるように聞こえるな。まあ大方間違ってはいないだろうが、オレとしては『ゲーム攻略に役に立ちそうなプレイヤーを手伝った』くらいに思ってる。オレはより多くの、より優れた役者を舞台に立たせただけだ。強い登場人物が十分に揃っていればどんな悲劇のシナリオも乗り越えられるシナリオに書き換えられる。後は攻略本やスカイの店みたいな小道具と大道具を揃えたくらいだ」
「なら、メモリちゃんと一緒に行くのもありだったんじゃないですか? 彼らに協力することは、確実にゲーム攻略の為に有益な結果をもたらすでしょうし」
「オレはな……そんな最初から決まった『必勝法』を実践するんじゃなくて、もっといろんなプレイヤーを観察して……ナビキみたいにどうやって本人にとって正しい道を選ぶかを見ていきたい。そして、もう誰も失敗しないような『攻略法』を見つけたいんだ」
ライトの考え方を大きく変えたのはナビキだった。
彼女は見事に『弱い自分』を攻略し、強くなった。
ならば、他にも同じように変わるプレイヤーを見られるのではないのか。
もしそうならば、最初から変わる必要のないほど強いOCCについて行く道理はない。
ライトは、ナビキの過去に語りかけたように、自分の過去に語り聞かせられるような『攻略法』を見つけたくなったのだ。
「『人生の正しい攻略法』ですか……まあ、人生だってデスゲームのようなものですし、デスゲームをただクリアするだけじゃなく、人生の縮図として今後に役立てるのはいい試みかもしれませんね。見つけたら教えてくれますか?」
「その時には攻略本にまとめておいてやるよ。」
そう言い、ライトは立ち上がる。
そろそろ朝の早い前線プレイヤー達が起きてくる頃合いだろう。ゲートポイントが混雑する前に新しい街へ向かうとしよう。
「ライト、行く前にこれ。プレゼント」
ライトが街の中央に向かおうとすると、店から出て来たスカイが紙束をライトに投げ渡す。
宴会での収益を計算していて徹夜したのだろう。スカイも結構飲んでいたはずなのにたいしたものだ。
「何だこれ?」
「注文票よ。プレイヤーを集めるときに交換条件として格安でアイテムと情報の仕入れを引き受けたのよ」
「なんでオレに?」
「『プレイヤーを集めてくれ。出来ることがあったら協力する』って言ってたじゃない。マリーも聞いてたでしょ?」
「はい、言ってましたね」
「今回は無茶ぶり来ないと思ってたら事後かよ……」
ライトは肩を落とすが、どうせ逆らえないのは分かってるし、スカイのこういう部分も評価している。こういうときは黙って従うべきだ。
「ほらほら、仕事はいくらでもあるんだからさっさと出発しなさいよ~。」
そう、仕事はいくらでもある。
危険な襲撃イベントは越えたが、まだまだデスゲーム自体はクリアまで遠い。
この一ヶ月してきたことは、攻略の基礎を作ったに過ぎない。
この先、死者も出るだろう。
困難な試練に苦戦することも多くあるだろう。
しかし、攻略は止まらない。
ここまでは準備体操……もはや、『デスゲーム初心者』はいない。
本番はここからだ。
「じゃあ、このデスゲームを攻略しよう」
プレイヤーの反撃が開始される。
『俺達の戦いはこれからだ!』みたいな流れになってますが、まだ普通に続きます。
時間軸的には次回は今回の話の一ヶ月後くらいです。




