71頁:戦いの功績は上手く公表しましょう
『拳術スキル』
拳で戦うスキル。
武器を使わない戦い方では最もメジャーなスキル。初期から使えて、威力は筋力値によるところが大きい。
また、《ハードグローブ》や《メリケンサック》のようなパンチ力を上げる武器もあり、手持ちの武器と併用できるので牽制や非常時の攻撃手段として上げているプレイヤーも多い。
ただし、相手によっては固いと拳を傷める場合があるので完全に素手で戦おうとするプレイヤーは少ない。
襲撃イベント開始直前。
「主任に連絡がついたぜ」
運営の男はモニタールームで上司からの返信を読んだ。主任はなんと言ってるんですか?」
「簡単にまとめると『パッチは当てておいたが、一度得た能力を勝手に消すのはゲームの基本方針に反するから、そのプレイヤーに能力に見合った実力があるか試せ』だそうだ」
「つまり……」
「主任が用意したイベントをやらせてクリアしたらユニークスキルとしてコピー能力を公式認定するそうだ。それで、責任の取り方としては俺がボスをやって直接見極めるんだと」
「そうですか、じゃあ応援しているので頑張って下さいね」
「このガキ……」
プレイヤー達の知ることの出来ない運営の動きで急遽開催されたイベント『〖強奪王〗の襲撃』。
ナビキは見事それを乗り越えて新しい力を手に入れた。
《現在 DBO》
ライトは現在二体の強力なモンスターと戦っている。
旗を振るってモンスター達を指揮し、同時に単体でも高い戦闘能力を見せるカカシ。
〖ハグレカカシ LV50〗
そして、時間と共に身を削りながら猛毒を放つ巨大スライム。
〖毒王 ラジェストポイズンスライム LV50〗。
一人で倒せる相手ではない。
そのためライトは攻撃の回避と防御に集中して時間をかせいでいる。しかし、それは決して勝機のない戦いだから足掻いているわけではない。
ライトが時間稼ぎに徹しているのは、〖ラジェストポイズンスライム〗が時間とともに消耗していくモンスターだからだ。
HPの残量から残りの戦闘時間は十分程度だと考えられる。
「機械工スキル『リペアリングインパクト』」
『枝』が変化したバールでカカシに殴りかかるが、カカシは旗棒でそれを受け止める。
「手品スキル『素敵なステッキ』」
バールがステッキに変わり、さらにステッキは花束に変わってリーチが短くなり、押し合っていた旗棒は空を切る。
そして、ライトが花束をナイフのようにカカシに突き出すと、花束の中から鋭く研ぎ澄まされたステッキの先端が現れる。
「ギギ!!」
カカシはバックステップで回避し、ライトは踏み込んで追撃しようとする。
すると、カカシとライトの間に毒の液体で出来た腕が真上から降ってきて、ライトの進行を邪魔する。
「チッ、走行スキル『スムーズカーブ』」
ライトは毒の腕を避けながら回り込むが、その先から旗棒による鋭い突きが出て来るので、手甲で受け流して接近する。
やはり一筋縄では行かない。
だが、退けばスライムに囲まれて終わってしまう。
カカシに貼り付くように追い続けなければならない。そして、カカシの攻撃も防ぎ、尚かつ背中を向けて逃走されないように攻撃を続けなければならない。
そして、カカシを倒してもならない。
カカシを倒せば、攻撃範囲に制限のなくなったスライムにやられてしまう。
だが、二体同時はやはり流石に……
「ギギギ!!」
その時、カカシが旗を大きく振った。
振り回してもライトにはギリギリ届かない位置だったし、支援を飛ばしたわけでもない。
だが、無意味な行動には見えなかった。
周囲の状況を確認する。
ライトとカカシの距離は3m程、スライムは周囲を囲み、ライトを逃がさないようにしている。
戦いながら防衛ラインに近付いてはいるがまだ距離は十分にあるので他のモンスターの攻撃は心配しなくて良い。
あとは……漂う刺激臭と、視界に薄くかかった紫のもや。
「う……毒ガスか?」
スライムの体表からは常に毒ガスが発生している。吸っても即死するわけではないが、バッドステータスを受けてしまう可能性がある。
そしてカカシはそのガスを旗でかき回した。
ライトはカカシを観察する。
カカシの周囲にも毒ガスが漂っているが、苦しんでいるようには見えない。
そもそも、無生物系のモンスターに毒ガスは効果が薄いのだ。スライムに直接触れれば金属だろうが岩だろうが問答無用で溶けるが、毒ガスにはそこまでの毒性はない。
野外で毒ガスの濃度が薄くても、吸い続けると何らかのバッドステータスを発現する可能性が高まる。
時間稼ぎをしている現状であちらも根比べに乗り換えてきた。
「ギギギシャシャシャシャシャ!!」
カカシは勝利を確信したかのように笑う。
スライムはライトの周囲を囲ったまま防衛ラインへ移動を始める。
「シャシャシャシャシャシャ……」
「歌唱スキル基本技『聖霊賛歌』」
弦楽器の伴奏と共に清らかな歌声が響く。
漂っていた毒ガスが消える。
ライトのHPが回復を始める。
スライムが苦しそうに震える。
そして、ライトもカカシも歌声の音源を見て固まる。
「やっぱり浄化と聖性の効果のある歌は良く効くみたいですね。身体が毒そのものみたいですし」
伴奏だけは続けながら、そう言って草原に一人立つのは、三つ編みのおさげをぶら下げて、手にはライト特注のギターを持つ赤いコートの少女。
鎌を力強く握るナビでも、長い髪を垂らし長い犬歯を見せて笑うエリザでもなく……自分自身の意志で戦場に立つナビキだった。
「ナビキ!? 危ないからすぐ逃げろ!!」
「嫌です」
「は!?」
「危ないのは先輩の方です。イベントボスクラス二体を一人でとか馬鹿ですか? どうして誰も連れてこなかったんですか?」
「それは……危ない作戦だし、下手に誰か連れてきて死なせたら責任取れないし……」
「先輩が死んだら責任は誰が取るんですか? 先輩の周りはそんなに信じられないような人ばっかりなんですか?」
「そんなわけないだろ! オレは皆を信じてる。だからこそ……」
「だからこそ『あなたにはついて行けない』って言われるのが怖い。だから本気で頑張る時には誰も言わずに一人で戦うんじゃないですか?」
「…………」
ライトは押し黙る。
あるいは、ライト自身がナビキの言葉で初めて自分の行動の意味に気が付いたのかもしれない。
ナビキは言葉を続ける。
「先輩はいつもフラフラしてて、周りにはすごい人がいっぱい居るのに誰ともちゃんとパートナーにならなくて、誰かが近付こうとしても『忙しいから』って距離を置いて……あなたは孤高を気取ったバツイチのオッサンですか!? いくら仕事が出来てもいい加減その変な未練を断たないと永遠に新しい奥さん出来ませんよ!!」
「バツイチのオッサン!? 比喩がぶっ飛びすぎてこっちがついて行けねえよ!!」
「一人で戦うのもいい加減にしろってことですよ!! 先輩が止めても私は戦いますからね!!」
なんだかナビキのテンションが高い。
いつもは戦場ではナビや赤兎の後ろで小さくなっているのに、今はまるで別人のように逞しく見える。
もはや、ナビキは無力な少女ではない……自分の役割を持って舞台に上がった主要登場人物だ。
その姿に、ライトは息をのむ。
そこは、彼のたどり着けなかった場所。
自分を別人のように変えるのではなく、『自分自身』のまま変わることが出来た先の場所。
『豹変』ではなく『成長』。
『見たい』と思った。
『知りたい』と感じた。
彼女がどう変わったのか。彼女の行動パターンが、思考パターンがどう変わったのか。
「ギギッ!!」
「おお、待たせたな……ナビキ、無理だと思ったら逃げろよ?」
カカシが痺れを切らしたように声を上げ、ライトは『枝』を握り直す。
スライムもギターだけでは止め続けることは難しいだろう。すぐに動き出すはずだ。
「スライムの方は任せてください。カカシはお願いします」
ナビキは曲調を変える。
敵を挑発するテンポの速い曲。
カカシも反応しそうになるが、ライトが足運びで牽制し動かさせない。
スライムは流動的にカカシとライトの周りを避けてナビキの方へ動き出す。
それぞれ、対戦相手は決まった。
後は、相手を倒すのみ。
「わかった……これでナビキが死んだらオレが責任を取らなきゃならないだろうから。死ぬなよ」
「じゃあ先輩が死んだら私が責任を取りますから、死ない範囲で存分にやってください。」
ライトのふざけたような言葉に、ナビキも笑みを見せながら応える。
戦闘で一杯一杯になったり、自棄になったりもしていない。
冗談を言えるくらいに平常心だ。
「わかったよ。じゃあ、クライマックスと行こうか……ハッピーエンドで終わらすぞ」
レベル50プレイヤー『哲学的ゾンビ』ライト vs イベントボス〖ハグレカカシ LV50〗
レベル47プレイヤー『行動的ゾンビ』ナビキ vs 〖毒王 ラジェストポイズンスライムLV50〗
このイベントの頂上決戦が開始した。
〖毒王 ラジェストポイズンスライムLV50〗
ナビキが立ち向かうのは彼女を……『彼女達』をゲーム的にも精神的にも瀕死に追いやった宿命の相手だとも言える。
サイズは元々は20mプール十杯分ほどだったが、HPの減少に従って体積が減ったようだが、それでも元の一割、プール一杯分ほど。十分大きい。
能力はその身体を構成する液体そのものが強力な猛毒であり、触れたものに各種の毒を負わせ、さらに金属アイテムだろうと包み込んで溶かしてしまうことと、全身からHPを消耗しながら放出する毒ガス。
そして、不定形のスライムだからこその流動的な動き。感覚器官のようなものは見当たらない上、どの方向へでも濁流のように移動でき、死角に逃げ込むことはできない。さらに、物理攻撃は全て無効化し、火や魔法なども表面から軽く飛沫をあげさせるくらいしか程度の効果しかない。
だが、行動パターンはよくよく観察すれば単純だ。
〖ハグレカカシ〗の指示がなければ、対象を決めたらその対象を周囲から囲むように何本かの腕のように変化し、呑みこんで溶かそうとして来る。
その動きはまさにアメーバ並みに原始的。
「歌唱スキル『聖霊讃歌』」
対するはレベル47のプレイヤーナビキ。
人格によってプレイスタイルが様々だが、ゲームシステム的な職業は『吟遊詩人』。
ナビキが最大音量で独唱を繰り出すのは『聖霊賛歌』は『歌唱スキル』の基本技。この歌を暗唱で歌えるようになることがスキルの修得条件である。
『歌唱スキル』で最初から使える支援技。
効果は微弱なHPの回復、弱い呪いの解呪、低レベルなバッドステータスの回復……それが初期状態。
そして、スキルのレベルが上昇すると、それぞれの効果はそれに比例して上昇する。
そして、この技はアンデットなどの邪悪な魔法で動かされているようなモンスターにはこれらの効果が逆に作用する。
HPが減少し、ステータスが減少し、動きが鈍る。
それは、この〖ラジェストポイズンスライム〗も例外ではない。
ナビキの『歌唱スキル』のレベルは178。
戦闘でもサポート役として技を使用していたため、使用時間は短めだがスキルの成長は他の純生産職の音楽家より高い。だてにリスクの高い演奏をしていない。
恐らく、今この戦場でスライムに一番相性の良いプレイヤーは他でもない彼女だろう。
だが、敵は強大。
多少相性が良いくらいで一人で倒せるようになる相手ではない。
スライムはゆっくりとだが、着実にナビキへ近づいていく。囲んで呑み込もうと迫ってくる。
だが、ナビキは歌を止めない。
踏みとどまって歌い続ける。
スライムが苦しむように毒液の一部を切り離して飛ばしてくる。毒液はナビキに届きそうな勢いで射出される。
ナビキはそれでも歌を止めない。
代わりに、ギターを構える。
(ナビキオリジナル『鼬の戦慄』ギターソロ)
歌う口とは別に器用に演奏されたギターから放たれた音が刃となり、空中で毒液を散らせる。
さらに、スライムはバケツ一杯ほどの大きな毒液を発射してくる。
(ナビキオリジナル『機工王の駆動』ギターソロ)
音の障壁によって阻まれ、毒液は四散する。
障壁は耐久力を失って消滅するが、ナビキに毒は届かない。
ナビキは歌い続ける。
スライムはダメージを受けながらも壁のように広がり、今度は多方向から同時にコップ一杯分からバケツ一杯分まで大小様々な毒液を発射してくる。
ボス級モンスターが多数のプレイヤーの相手をするための範囲技だ。逃げ場はない。
だが、ナビキは最初から逃げはしない。
ギターの弦を勢いよく一気に弾く。
(ナビキオリジナル『王者の咆哮』ギターソロ)
ナビキの間近まで飛来した毒液は衝撃波によって弾き飛ばされ、無傷で歌い続ける。
スライムは一部を手のように変形させ、ナビキを掴もうと伸ばす。
(ナビキオリジナル『臆病者の強がり』ギターソロ)
ナビキは激しくギターを弾き鳴らし、衝撃波を前方に作り続けて毒の腕にぶつけ続ける。ダメージは与えられないが、拮抗して進行を阻み続ける。
ごく短く、激しく、猛々しいフレーズを繰り返し刻み続ける。何度も何度も繰り返しナビキを守り続ける。
その間にも、歌は続き、スライムのHPは削られ続ける。
スライムのHPはあと1%、だが、スライムは残り少ない身体を集中し、衝撃波を避けて遠回りに外側からナビキを囲む。
そして、歌も静かになっていく。
歌ももう残りわずか。
スライムがナビキを全方向から呑み込もうと、十分に接近し、口を大きく開く。
そして……
「演奏終了、ご静聴ありがとうございました」
スライムの残りのHPが全て消し飛んだ。
「演奏時間3分。最終章まで演奏すれば、最後には一番強力な、飛び切りの回復が待っています。あなたにはとどめの一撃でしたがね」
ナビキはかつて自分を追い込んだ……ナビでも倒せなかった強大な敵を自分のままで倒せた。
そして、消えゆくスライムの亡骸に手を近づけ、勝者として告げる。
「強奪スキル『スキルテイカー』……あなたの能力を強奪します」
よく見ると紫色の液体の中にバスケットボール程の水晶玉があった。おそらくスライムの『核』というものだろう。元々の巨体では探すことなど不可能だったが、今はもうそれの周りに少々液体が残っている程度。水晶玉自体も大きく割れてしまっている。
ナビキは毒を恐れず、断面に右手を突き入れる。
イベントボスを倒したクリア報酬。
ユニークスキル『強奪スキル』。文字通り倒した相手から力を奪い取るスキル。
スライムに手を突っ込むと視界に幾つかのスキルと許容ポテンシャルの数値が表示され、ナビキはその内の数種類を左手で選択する。
「これと……あとこれにします。」
そして、『強奪スキル』に選択した技が追加される。
強大な敵を倒した……そして、倒した相手の力を取り込んだ。
湧き上がる達成感に胸が高鳴る。
「強奪完了です……あ、先輩は……」
ナビキはライトも戦っている事を思い出し、ライトの方を見る。
ライトはまだ戦っている。だが、優勢そうだ。
今無理に援軍に入る必要は無いだろう。
となれば……
『今の……もっと』
「え、エリザ……あ、ちょっと待って! あ!!」
体の主導権が移り、髪が伸びる。
そして、現れた『エリザ』が防衛ラインに群がるモンスター軍団に目を向け呟く。
「もっと……欲しい」
エリザの表情は美味しいお菓子のおかわりをねだる子供のようだ。
なんだかスキルを奪う感覚が癖になってしまったらしい。やはり自身の生存能力の強化に関しては貪欲だ。
『もう……モンスターだけだよ』
『おいおい、ちょっとはあたしにもやらせろよ』
ナビキが強くなってもエリザもナビも健在だ。
ナビは好戦的で、実は強がり。
エリザは欲求に忠実で、自由奔放。
どちらも素直に言うことを聞いてくれるような人格ではないが、大切な妹たちだ。
ナビキ『達』は防衛ラインの援軍に、あるいは敵と戦いに、あるいはモンスターを襲いに向かった。
一方、ライトは『枝』を頻繁に変形させながらカカシと戦っていた。カカシのHPは残り一本半。
ライトの攻撃は半分以上防がれてはいるが、ライトの多彩な技に対応しきれずダメージが溜まっていく。
優勢なライトはカカシと戦いながら時折よそ見をしてナビキの戦況を見守っていた。
そして、『聖霊賛歌』の演奏終了と共にナビキが勝利したことを見届ける。
「良い演奏だったぜ、ナビキ。」
密かに心配していたライト。
だが、ナビキが本当に一人でトラウマ級のモンスターを倒しきったことに安堵する。
「ギギギ」
カカシが小さな声で鳴く。
それを見て、ライトはカカシに向き直る。
「おっと悪いな、また余所見してた。だが、もうその必要はないから決着つけるか?」
カカシは鋭い攻撃を繰り出すが、ライトにはほとんど当たらなくなってきている。カカシのAIの学習よりライトの行動パターンの学習の方が速い。
もはや、カカシの負けは目に見えた結果だ。
だが、カカシは不気味に笑い、体に巻き付けた鎖を外して捨てる。
『ドサッ』という鎖にしては重い落下音がした。
「ギシギシギシギシギシギシ」
「なんだ? もしかして『重りを捨てると急激に速くなる』とかって少年マンガの主人公みたいなやつか? 言っておくがそういう……」
ライトが言い切る前に、カカシは動いた。
目にも止まらぬ速さで距離を詰め、さらに反応しきれないほどのスピードで旗棒を振り上げ、防御が間に合わない速度で地面を踏みしめ……
ライトの足がその凄まじい速度で腹にめり込み、無様に吹っ飛ばされた。
「師匠が言っていたが……そういう『高速移動』とか『瞬間移動』とかの能力にとってオレ達みたいな『予知能力』は天敵だぞ? 予定と実行、原因と結果が近いほど予知は簡単だ。お前が音速で動こうが、音速のカウンターが決まるだけだぜ?」
まあ、赤兎みたいな例外もいるがな。
そうライトは付け加える。
単純な最高速度が速いだけなら弾丸だろうと避けることは大して難しいことではない。光線銃だろうと軌道さえ撃たれる前からわかっていれば回避できるだろう。
しかし、赤兎のような『動き出しが早い』ような動きに関しては話が別だ。弾丸を避けられるとしても、地震の瞬間にジャンプして揺れをかわせるかと言えば難しい。
だが、カカシは前者だ。
どんなに速く動いても、たとえ瞬間移動出来たとしてもライトは行動パターンからその『行き先』を特定してカウンターをきめられる。
相性最悪、加えて……
「生憎オレは、もうおまえを倒さない理由がない……終わらせるぞ」
ライトは吹っ飛んだカカシが立ち上がる瞬間に間近に迫り、『枝』を振るった。
農作スキル『マッドシェイク』
液体だろうが関係なく命中した対象を引っ掛ける技。
斧スキル『ウッドキラー』
木製の物体によく効く技。
機械工スキル『リペアリングインパクト』
壊れた機械なら治るが、正常な物は混乱する技。
手品スキル『素敵なステッキ』
杖が変形する技。
料理スキル『ヒートヒット』
焼けた鍋で火傷させる技。
組立スキル『ブロークンブロック』
バラバラのブロックを遠隔で動かす技。
木工スキル『ジグソーウェイブ』
同じ場所を繰り返し攻撃し、深く傷付ける技。
研磨スキル『荒削り』
相手の武器の切れ味、鋭さ、局所的耐久力のステータスを激減させる技。
糸スキル『マリオネットワークス』
対象の動きを操る技。
綱引きスキル『一本吊り』
相手を縄や鎖で勢い良く引っ張り上げる技。
変装スキル『超本物』
偽物の武器のステータスを一時的に本物より高いものに変える技。
『枝』の……『ツールブランチ』の効果を最大限に生かした十連撃が炸裂した。
地面には絵柄が消えて無地になった旗が突き刺さり、立っているのはライトただ一人。
「……チッ、逃げられたか」
ライトは西の方を見て、戦いで乱れた帽子を押さえる。
宙に吊り上げられたカカシに最後の一撃を出そうとした瞬間、カカシは武器である旗を手放してライトの目隠しとして一目散に西へ逃走した。
流石の俊足、こればかりはライトにも追い付けない。
「そういえばイベントのクリア条件は『撃破』じゃなくて『撃退』だったな……『指揮官の一番大事な仕事は生き残ること』ってわけか」
ライトは変形を繰り返してボロボロになった『枝』を消して、代わりにカカシの残した『旗』を掴む。
「次も負けない。またかかって来いよ」
ライトが旗を抜くと目の前に一つの文字列が出現し、ライトはそれを読んで苦笑する。
イベントクリア
リザルト
プレイヤー犠牲者数……0名。
倒したモンスター……2914体。
勝者プレイヤー側。
今ゲーム初の襲撃イベントは、奇跡的にか必然的にか、本当に死者を出さずにクリアされた。
モンスターの統率がなくなり、逃げる者が出始める。
プレイヤー全体に対して、イベントクリアの表示と一緒に『DESTINY BREAK !!!!』の表示が出る。
本来は有り得ない……まさかの『誰一人欠けないハッピーエンド』。
それを理解し、プレイヤー達は勝ちどきの声を上げる。
『オレたちが、勝ったのだ』と。
そして、その夜。
『時計の街』の中心……デスゲーム始まりの場所である『時計台広場』は、巨大な宴会場と化した。
円周部には生産職達が競い合うように開いた出店が並び、人々は普段は出て来ない秘蔵の力作の数々や襲撃イベントで初めて現れたモンスターの肉を使った珍味料理、あるいは豊富に得られた食料の物量に魅せられて勝手に周りの者と大食い対決を始め、あるいは襲撃イベントでドロップしたレアアイテムを手に入れようと店主と客、客と客の間で交渉を炸裂させる。
また、ゲートポイントの周りではゲート封鎖の時に別れ別れになってしまったプレイヤー達が感動の再開を果たしたりしている。襲撃イベントでは死者は出ていないし、封鎖の間は大量に被害者が出た後だと言うこともあり前線の方も慎重に行われていたため死者はほとんどいなかったので、『知人の死を知り泣き崩れる』というような典型的で悲劇的なイベントは発生していない。
皆が再開を祝い、周りの宴会に加わっていく。
そんな中、イベントでの功労者は半ば強制的に中心部に集められ、多方向から賞賛や感謝、評価やお礼の言葉をかけられ、酒を勧められる。
防衛戦の中心となった『組合』の創設者。
この防衛戦の実質のスポンサー『スカイ』。
義勇兵、第一部隊から第三部隊の隊長達。
勇敢にモンスターに立ち向かって最後まで戦い続けたプレイヤー達。
サポートに徹し、防衛ラインの戦いを最後まで持続させた後方部隊で活躍した人々。
ちなみに、選りすぐりの高レベルプレイヤーである黒ずきんは『目立つのが嫌だから』という理由でモンスター軍団の残党を狩るクエストで街の外に出ている。(もちろん人が多いと事故が発生する可能性があるからだ)
人々の心をまとめあげて大量のプレイヤーの見事な連携を実現させたマリー=ゴールドは捕まった盗賊達と共に〖強奪王〗に殺された盗賊の死を悼む儀式を行っているので欠席。
彼女達のような特別な事情や用事のあるプレイヤー以外はほとんどこの街に集まって無事イベントを乗り越えたことを祝っている。
スカイなどは今回のイベントで提供したアイテムなどの出費を取り戻そうと密かにメールで生産職プレイヤー達に声をかけてお祭り騒ぎを助長しているくらいだ。
そして、今宵の『主役』は強力なモンスターにも屈せず、巨大モンスターの軍団にも怯えず後ろから襲いかかり、このイベントを見事に死者を出さずにクリアに導いたプレイヤー……
「ナビキさんの雄姿に乾杯!!」
「「「カンパーイ!!」」」
「か、かんぱーい」
数多のプレイヤーに囲まれて困惑するナビキだ。
ライトは、ナビキのそんな姿を出店の焼き鳥を食べながら複雑な表情で見つめる。
「いや、イベントボスを倒したのはオレなんだけどな?」
「ん? しょうがねえだろ。ライトが戦ってる姿なんて目の前のモンスターとの戦いで夢中な奴らが見えるはずねえんだし、しかもドデカいスライムを倒したナビキがその後、そいつらの目の前のモンスターを倒しまくったんだ。どう見ても一番の功労者はナビキだぜ?」
ライトの隣で焼き鳥を食べる赤兎が平然と言う。
そして、その隣のアイコは違う出店で買った『かき氷マイライシロップがけ』を食べながら言う。
「しかも、その前になんかもう一つの襲撃イベントもクリアしてたんでしょ? ならもう二つともナビキさんの手柄みたいな物じゃない。別にライトも名声とか欲しがるタイプじゃないし、むしろ良かったんじゃない?」
「だってオレ、イベントボスが支援飛ばすの妨害し続けて、最後には超高速移動とか始めたあいつを圧倒したんだぜ? それなのにさっきナビキに寄ってきた奴になんて言われたと思う? 『あれ? おまえ今回のイベントで戦いの中にいなかったよな?』」
「ひっでーなそれ。作戦は通達してあったんだろ?」
「作戦自体は通達してあったが、盗賊からの妨害を避けるために誰が妨害に行くかは知らされてなかったんだよ……スカイに説明させようにも、そのときもう囲まれて飲んでたし」
「そう……そういえば、ナビキは……ナビキさんは正式に『大空商社』で働くことになったんでしょ? しかも、役職が『攻略本製作者』ってライトの同僚みたいなもんじゃない? つまり、ナビキさんが有名になるのは情報も集まりやすくなるし結果的にライトの得にもなるんじゃない?」
アイコはこの街に来て突然ナビキにポジションの交代を頼まれた。ナビキは最前線を離れてライトと共に攻略本を作り、プレイヤー全体のサポートをしたいとスカイの下で働くことにしたのだ。
アイコはライトの手回しだと思っているが、実のところは『エリザ』という赤ん坊のような殺人鬼の人格を躾るためだ。当面はナビキがマリー=ゴールドのもとに通うことになっている。
「おいおい、ナビキは元々赤兎のパーティーだぜ? 『幸運』にもアイコがおまえたちのパーティーになっていて、マサムネも他のメンバーも認めてくれたおかげでナビキは後腐れなくこっちに移ってこれた……だが、呼び方の理由を聞かれたナビキが『リアルで部活の先輩です』って言っちゃったし、リアルの付き合いを利用して有名人のナビキを広告塔として利用しようと奪い取ったみたいでむしろオレの株下がりっぱなしだよ」
「「……なんかごめん」」
「謝るな、そしてハモるな。オレがかわいそうな人みたいだろ」
赤兎はさり気なく追加注文した焼き鳥をライトの皿に置き、自身もおかわりする。
「……ところで、前線はどうだったんだ? こっちが守りに入ってる間、攻略はある程度進んだんだろ?」
「ああ、それなんだけどな……」
「?」
「この三日間で急速に名をあげた化け物みたいなパーティーがいる。おかげで攻略は進んだが、一度限りのアイテムとかフィールドボスとかを根こそぎ持ってかれて少し困ってるくらいだ」
「化け物みたいなパーティーか……つまり、他のどことも連携しない、エリート意識の高い奴らなのか?」
「ん? いや、エリートどころか、ソロの奴が急に集まったみたいなパーティーだぞ。中の一人が強い奴をスカウトして作ったらしいが、実は俺もスカウトされた。断ったけどな」
「そうそう、年齢性別全く関係なくて、装備も統一性もないからパーティーだって一瞬分からなかったわよ。マサムネさんより年上のおじいさんとか、小学生の女の子とかいたし」
「そりゃ確かにエリートって感じじゃないな……おっと、悪い。メールが来た」
赤兎とアイコ無言で『どうぞ』というジェスチャーをライトに送り、ライトはメールを開いて中を読み、急に立ち上がる。
「急用ができたからちょっと行ってくる。」
同刻。
モニタールームにて。
「ふー、大変だったけどなんとか終わりましたね」
「なんとか終わりましたね……じゃねえよ。尻拭い押しつけやがって」
幼い少女と男はイベントの終了とそのデータを確認して一息つく。
今回のイベントは波乱もあったが、どうにか無事に……
「あ、メールです」
『襲撃イベントで死者ゼロは流石に駄目。
パワーバランスの調節を怠った罰として、出番まで謹慎。』
「あ……そういえばチートの対応に集中して……モンスターの操作完全オート設定にしたまま……」
「おい、何で結局罰則受けてんだよ」
《屋台セット》
屋根の骨組み、机、布製の幕からなるアイテムのセット。
これさえあれば、いつでもどこでも立派な店を出店できます。
(スカイ)「はいこちら、売り物というより『組合』の備品だけど屋台セットです~。」
(イザナ)「テントみたいですね」
(スカイ)「ま、ぶっちゃけそうなんだけど~。顧客のいない生産職がお得意様を見つけられるように、レンタル用の作っておいたのよ~。」
(イザナ)「確かに、その人の商品を気に入ってくれる人がいたら、友達になって次からはメールで注文とか貰えるかもしませんからね」
(スカイ)「ま、店は開くまでが大変だからね。下積みは大事よ」
(イザナ)「一週間でプレイヤーショップ作った人の言葉じゃないですね」




