70頁:切り札は上手く使いましょう
『足技スキル』
足で戦うスキル。
主に蹴り技がメイン。隙は大きいが、武器なしの状態で使う技としては威力が高い物が多い。
また、男性アバターには大ダメージを与える『崩玉』という……小技もある。
一年半前。
太平洋上の空母のコックピットにて。
デスゲームの最終局面。
少女は自身の写し身と向き合った。
「『最後の敵は自分自身』とはよく言いますが、まさか自分のクローンと向き合うことになるとは思いませんでした。」
目の前には大人になった自分がいた。
理論的に自分の能力が成熟し、完成する年齢の自分。
「私はこうなると思ってましたよ。あなたを超えないと、私は本物になれませんからね。私はそのために生まれてきたのですから」
「私をどうしたところであなたはあなたですし、私は私ですよ。あなたが偽物だというのなら、そうしているのは自分を偽物だと思っているあなた自身です……本物は、砕けていようが壊れようがいつまでもどこまでも本物です。」
少女の首にかかるのは完成された金色のメダル。
このデスゲーム『The Golden Treasure』のキーアイテムにして、暗示の補助装置。
欠片でも、そこにあるだけでも暗示効果を発揮し、所有者には『死んでもメダルを守り抜け』という暗示をかける、まるで呪われているような一品。破壊も破棄もかなわない一品。
自然、このメダルの争奪戦は殺し合いになった。
そして、勝ち残ったのがいま完成品を持つ彼女だ。
しかし、その能力を以てしても、目の前の写し身には暗示は通じない。
言葉で語りかけるしかない。
「なら、偽物はどうやっても偽物だと?」
「本物になりたかったら勝手になればいいんですよ。『自分』を『本物の自分』に出来るのは本人の意志だけなのですよ。自分を変えられるのは自分だけなのです」
「戯言ですよ。自分を変えられる人間なんていない。他人に変えられるだけです」
「そんなもの、誰かに手伝ってもらうだけですよ。……私は、誰かの心を無理矢理変えるのではなく、出来るだけ自分の力で変わる姿を見守りたいと思っています。」
彼女は強い口調で言った。
「人は、自分で変わる力を持っているんですから」
《襲撃イベント第七波開始時点 DBO》
東門の番人を任されていたはずのナビは、東から攻め込んできた〖強奪王〗に押され、徐々に街の中の市街地の中枢へと追いやられつつあった。
だが、それは現在の『作戦』に沿った動きである。
ナビは『鎌スキル』を奪われて戦力が低下している。しかも、〖強奪王〗の方が強いと手応えで感じていた。
正直、今すぐにでも逃げたいところだ。
だが、そういうわけには行かない。
西では無数のモンスター相手に防衛戦が繰り広げられているのだ。
戦うほど強くなる〖強奪王〗なんて厄介なモンスターが乱入すれば防衛ラインは崩壊する。
ナビの当面の目的は時間稼ぎ。
なりふり構わず、それでいて臆病なほど慎重に戦っている。
「おらっ!」
ナビは近くの樽に鎌を突き刺し、鎌を振り回すことで〖強奪王〗に投げつける。
〖強奪王〗もナビから強奪した鎌で樽を空中で真っ二つに切り裂くが、ナビは構わず街の建物や備品を破壊して投げつける。
ナビは『鎌スキル』を奪われて威力の高い技を使えず、しかも相手に『攻撃が直撃した相手、または倒したから装備かスキルを強奪できる』という厄介な能力があるため迂闊に接近戦はできない。相手にどんな攻撃手段があるか分からない以上、今度正面から打ち合ったら回避できない可能性が高い。
もし今度の攻撃で『槍スキル』まで取られたらダメージを与えられなくなり、鎌での牽制すら出来なくなる。
防御向きのプレイヤーではないナビが時間稼ぎをするには、敵を寄せ付けないように攻撃し続けるしかない。遠巻きに攻撃しているため大したダメージは与えられていないが、ナビもほぼ無傷だ。
(あたしの役割は致命的なダメージを受けないように時間を稼ぐこと……そして)
「!!」
「召喚重鉄塊」
〖強奪王〗の全身から出て来た粒子が集まって持ち手の付いた巨大な鉄塊が現れる。
大きさは樽よりすこし小さいくらい……だが、重さと硬さは樽の比ではない。
〖強奪王〗はそれを両手で担ぎ上げ、振りかぶる。
「『人間砲台』」
ナビは飛んでくる鉄塊を避けて通路の縁に飛び込む。鉄塊は回避できたが、危機は一度では終わらない。
次の瞬間には〖強奪王〗本人が走り込んできて強烈な蹴りを放つ。
「グフッ……!」
蹴り飛ばされたナビは家屋の壁を突き破ってその中に背中から飛び込む形になる。
鉄塊を避けた直後ということもあり防御は失敗。
武器は無事だが……スキルを持って行かれた。
敵は傾向的に『使用頻度の高いもの』から強奪していく。
確実に『槍スキル』を持って行かれた。
『鎌スキル』と『槍スキル』を奪われると、大鎌を武器に戦うナビにはもう打つ手がない。
〖強奪王〗は悠々と壁の穴を通って家に入ってくる。もはや、ナビからのカウンターを考慮する必要がない。一部屋しかない、隠れる家具すらない、街のマップを埋めるために設置された空き家には、逃げ道はない。
あとは〖強奪王〗がとどめを刺すだけだ。
強力なイベントボスが、家の奥にうつ伏せで倒れる無力なプレイヤーに引導を渡そうとする。
確実にしとめるため、十分に接近してその鎌で……
「ナビキオリジナル『王の咆哮』」
次の瞬間、密室で『音』が爆発した。
今更だが、ナビは本来ゲーム的には『ナビキ』というプレイヤーであり、主人格や第三人格とは一つのアバターを共有し、その矛盾を『表層の入れ替わり』という方法で解消している。
その際に容姿が変わったりするし、何より性格が全く別物なので周りからは時には別人として認識されているが、他人ではない。
逆に言えば人格を入れ替えることで全くの他人のように変貌する。
そして、『ナビ』に打つ手が無くても『ナビキ』の戦力はまた別問題なのだ。『ナビ』は鎌で戦うが、『ナビキ』はプレイスタイルが大きく違う。
ナビの役割は致命的なダメージを受けないこと……そして、『致命的ではないダメージ』を受けて相手をおびき寄せること。
入れ替わったナビキが〖ダイナミックレオ〗の技を基に作った『王の咆哮』は普段はあまり戦闘に使わないが、至近距離で放てば破格の破壊力を持つ技だ。
「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
「!!」
衝撃波で武器を弾き飛ばされ、〖強奪王〗は後退する。ナビはその動き、応用力から〖強奪王〗が生身の人間の操るキャラクターだと感じ取った。
ならば、至近距離で爆音を聞けばただでは済まない。
ナビキは立ち上がり、ギターにさらに手をかけ、大きく息を吸う。
「ナビキオリジナル『窮鼠の悲鳴』」
今度は超高音、黒板を何人も同時に引っかいたような不快な音。
〖強奪王〗の防御力が低下する。
〖強奪王〗は音からの逃げ場のない建物から出ようと後ろに跳ぼうとする。
「ナビキオリジナル『鼬の戦慄』」
鋭い音の刃がほとんど防具のない脚に炸裂し、逃亡は失敗する。
〖強奪王〗は方針を変え、盗賊から奪った弓矢を構えてナビキを狙う。
「ナビキオリジナル『機工王の駆動』」
ナビキの声とギターの音の組み合わせで作られる重低音が響くとナビキの周囲が鈍い銀のエフェクトに包まれ、矢を弾き飛ばす。
ナビキは、負ける気がしなかった。
本来は生産系、娯楽系に数えられる音楽系の『歌唱スキル』『金管スキル』『木管スキル』『打楽器スキル』『鍵盤スキル』『弦楽器スキル』などはある程度のレベルがあればモンスターのポップ率や仲間や敵のステータスを操作する支援技が使えるようになる。
しかし、さらに能力を磨くとこれらのスキルは強力で応用の広い『飛道具』に化ける。
『作曲』によって自身で作り出せるようになる『技』と付加できる効果の多彩さは『EXスキル』を上回り、戦闘中にそれらの曲を確実に演奏できる技量さえあれば、一つのスキルでも戦っていけるほどのポテンシャルがある。
だが、このことはあまり知られてはいない。
そもそも、音楽のスキルを修得しているプレイヤーには戦闘目的でスキルを鍛え、戦闘用の曲を揃えている者がほとんどいないのだ。
スキルの性質的に、戦闘に積極的なプレイヤーは最初から魔法系スキルにでも転向している。
だが、ナビキは違った。
ナビキはいつか自分で……自分自身がライトと共に戦う日を夢見てスキルを鍛えて、強力な曲を温めてきた。
臆病者なりに、自分の牙を研いでいた。
ナビは火力特化型の接近戦タイプ……対して、ナビキは中距離から支援、反支援、攻撃、攻撃阻害、回復などをこなす万能砲台。
戦闘担当はナビだが、今はナビキの戦闘能力も劣ってはいないのだ。
「召喚薬壺」
〖強奪王〗はナビキが防御に入ったと見ると、抱えるほどの壺を召喚し、浴びるように掲げる。
〖強奪王〗のHPは約半分。それが、壺の中身を浴びるうちに増えていく。
明らかに攻撃動作ではなく……回復アイテム。
「…ナビキオリジナル『毒王の飛沫』」
ナビキは防御の曲を止め、不気味な音色を口笛で表現する。まるでガスが漏れ出すような音だ。
すると、壺の中の液体を浴びて回復し始めていた〖強奪王〗のHPが逆に減り始める。
「!!」
「回復しようとするとダメージを受ける効果になるという呪いです。回復なんてさせませんよ?」
〖強奪王〗は壺をかなぐり捨て、両手剣を片手で構える。その姿からは強い力が感じられる。
防御の曲の守りを突き破ってナビキを斬る気だ。
ナビキは、回復阻害の曲をすぐにやめ、次の曲を歌い始めるが、〖強奪王〗は剣を振り上げて襲いかかる。
〖強奪王〗は十分に距離を詰め、剣を振り下ろそうとし……ナビキの『左手』に腕を捕まれ、攻撃が止まる。
ナビキ自身は剣に反応していない……『左手』だけが勝手に動いた。
「!?」
「ナビキオリジナル、詠唱歌『ワルプルギスの招待状』」
曲名を宣言すると同時に、コートのポケットから五つの宝石のようなものを取り出す。
純度の高い水晶……上等な魔力電池だ。
水晶が一瞬にして輝き、そして輝きを失った瞬間……〖強奪王〗は風圧で壁の穴から吹き飛ばされた。
『歌唱スキル』と『風属性魔法スキル』との合わせ技。詠唱を『歌詞』に織り込んで『作曲』し、強力な魔法攻撃として発射する。
『風属性魔法スキル』については音楽系との相性が良いから『修得しておいた』くらいのものだったが、スキルコンボによって組み合わせれば、高い音楽スキルのおかげで低い魔法スキルでも十分な威力があった。
そして、ここからが本当の『作戦』。
ナビには思いつきもしなかった方法だ。
「今です、全員攻撃」
家屋の外に放り出された〖強奪王〗に三十の攻撃が全方向から降り注いだ。
それらのほとんどが、特殊な効果を持つ生産系スキルの戦闘応用技……マリーの率いる子供達の攻撃だ。
チイコとファンファンの金鎚が武器と鎧を破壊し、マイマイとライライの叩きつけた鍋が火傷を負わせ、鋏がマントを切り裂き、ロープが首を絞め、木のブロックが左右から挟み潰し、スコップが地中から足を貫き……
〖強奪王〗のHPが真っ赤に染まった。
「ぐぉぉおおおお!!」
狂乱状態に陥ったイベントボスから放たれた衝撃波が周囲の攻撃を弾き返す。
だが、子供達は一撃離脱の戦法でほとんどダメージも受けずにバラバラに散って逃げ、代わりに柄の悪いプレイヤー達が飛びかかる。
「お前が仲間を殺したのか!!」
「死ね!!」
「殺してやる!!」
『時計の街』を狙っていた盗賊達。
その目には仲間を殺された事への憎しみが溢れている。
「がぁあああ!!」
〖強奪王〗の肉体は一回り巨大化し、より強靭に、強力に膨れ上がる。武器はもう一つもない。
だが、その肉体だけでも十分に武器であり、同時に鎧でもある。
両腕を振り回し、叫びながら暴れ、盗賊達を素手でなぎ払う。
ボスモンスターの最終手段……『狂乱モード』。
全身の皮膚が鎧になったように硬くなり、生半可な攻撃ではダメージを与えられない。残り少ないHPは盗賊達の攻撃では削りきれない。
だが、軽々と盗賊達を吹っ飛ばしながら、〖盗賊王〗は正面の闇の中に一人の『鬼』を見た。
「ありがとう……後は、わたしがやる」
彼女は床に指をめり込ませ、壁に素足を垂直に当て、伸びた犬歯を見せて笑う。
〖強奪王〗は回避しようとするが、盗賊達が邪魔でそれもできない。
エリザはその腕力と脚力を合わせた突進で〖強奪王〗に飛びかかり、力ずくで押し倒し、馬乗りになる。
〖強奪王〗はエリザを引きはがそうとするが、エリザはその前に容赦なく鉄仮面の目の穴に両手の指を突っ込み、頭をがっしりと掴む。
「!!」
「暴れないで……すぐ終わる」
馬乗りのまま、エリザは指をかけた鉄仮面を無理矢理に時計回りに回す。それも、首の可動域の限界に達しても、力ずくでさらに回す。
〖強奪王〗は全力で首を元に戻そうと力を込めるが、エリザは力をさらに込め、それを許さない。
ただの力ずく……だが、十分に強力な武器だ。身体が硬くなっていても、これなら関係ない。
エリザの……『ナビキ』の筋力値はプレイヤーの中でも最上級。純粋な力比べで彼女に勝てるのは赤兎くらいなものだ。
「!!……!…!!」
「……これで終わり」
そう言って、エリザは突然力を入れるのをやめ……反対方向、〖強奪王〗の抵抗する方と同じ向きに力を上乗せするように首を捻り……
ゴギッ
〖強奪王〗の首が一回転した。
残りのHPが一気に消滅する。
「!!……!………」
「……バイバイ」
『関節技』と言うにはあまりにも強引なその技に辺りのプレイヤー達が唖然とする中、エリザは呟いた。
「……じゃ、終わったから寝る。」
エリザから身体の主導権を返還されたナビキは、イベントボスを倒した自分の手を見つめて暫し自分でも信じられないように呟いた。
「やれた……戦えた!」
ナビ、エリザ、マリー、子供達、マリーに誘導されて援軍となった盗賊達、他のプレイヤー達の力を借りたが、ナビキも戦えた。
戦闘のストレスに打ち勝った。
「やりましたね、ナビキちゃん」
マリーが屋根の上から拍手して賞賛を贈ってくる。ナビキは姿勢を正して頭を下げる。
「マリーさん、ありがとうございました」
「いえいえ、ナビキちゃんが時間を稼いでくれたからですよ」
ナビには思いつかなかった方法……マリーへの援軍の要請。
助けを呼んでくると言って町の中に下がったマリーは街に配備した子供達を全て集めて、一斉に仕掛けられるよう体勢を整えていた。
さらに、北と南から東門に集まった盗賊達を説得し、戦力を整えていた。
そして、ナビキからのメールを受けて打ち合わせし、ナビが戦いながら包囲網の中へと誘いこんだのだ。後は、ナビキが『音』で反撃しながら注目を集め、〖強奪王〗が外に出た瞬間に総攻撃をかけられるよう、他のプレイヤー達がより近くに集まる気配を音で覆い隠した。
しばしの沈黙の後、それそ勝利を理解する。
見事な連携に子供達も歓喜し、喜びを分かち合う。
〖強奪王〗に挑みかかってなぎ払われた盗賊達ですら仲間の仇を取れたことを喜び、もはや街を襲おうとする雰囲気ではない。
『良かったじゃねか、お手柄だぜ。』
ナビキの中のナビも賞賛を贈る。
ナビキは自分の中に自信が満ちてくるのを感じた。
今まで、自分は『七美姫七海の弱い部分』ではないのかと思っていた。どんなに頑張っても強くはなれなくて、戦おうとすれば足がすくんでしまうのではないかと思っていた。
だが、戦えた……強くなれた。
自分を捨てず、切り離さず、自分のまま強くなれた。
今の自分なら、堂々とライトに……
『くさい……毒臭い……アイツが近くにいる』
「そうだ……先輩はアイツと戦ってるんだ」
エリザの言葉で我に返り、ナビキは作戦を思い出す。
作戦通りなら、ライトは強大な敵と正面から戦っているはずだ。
ナビを、エリザを、そしてナビキを瀕死に追い込んだ〖毒王 ラジェストポイズンスライム〗と、数多のモンスターを従える強者〖ハグレカカシ〗。
いくらライトの戦闘能力が高いと言っても、あの二体相手に戦うのは無理がある。
しかも、ライトは奇襲がばれないように一人で乗り込んだはず。他のプレイヤーは防衛線を守るために戦っていて援軍に行く暇はない……ライトは一人で戦っているはずだ。
あの〖ダイナミックレオ〗の時のように……
そうだとすれば、今度こそ危険だ。
「マリーさん! ここはお願いします!」
ナビキは返事も聞かずに西へと走り出した。
今度は、ライトを一人では戦わせない。
今度こそは自分としてライトの隣に立つ。
十数分後。
ナビキが全速力で西の防衛ラインの司令部まで行くと、戦況は少々厳しい状態になっていた。
死者は出ていない。しかし、即時回復して戦線に復帰できない負傷者が増えている。
連戦のダメージの蓄積が原因らしい。
モンスターも減っているが、まだ数十体残っている。しかも、後ろから追い立てられるように陣形を変え、横一線に並んでプレイヤー達と押し合い状態になっている。プレイヤーとの衝突面積が広がったことで今まで後ろにいて攻撃してこなかったモンスターも攻撃を繰り出せるようになり、モンスター達の技の時間当たりの火力が上がった。
畳みかけてくる気だ。
押し負けたら、囲まれてからの総攻撃で潰される。
ナビキが戦況を見ながらその後ろに居るはずのライトを探していると、近くの台の上からスカイの声がかかった。
「あ、ナビキ? 盗賊の相手は?」
「終わりました! それより、先輩は無事ですか?」
慌てるように尋ねるナビキに、スカイは望遠鏡を投げ渡して言う。
「ライトなら苦戦してるわよ~。あの毒スライムまで出て来て、防戦一方になってるわ……まったく、借金返済までは死なれたら困るっていつも言ってるのに。無茶しちゃって」
余裕そうに言うが、その顔にはあまり余裕はない。実のところ打つ手がほとんどないのだろう。
ナビキは望遠鏡を覗き込み、巨大なモンスターの間からその先の戦闘を見る。
見慣れた帽子と空色の羽織りを纏ったライトが、旗を振り回すカカシと戦っている。しかも、巨大な毒のスライムが多方向から迫り、その身体と毒ガスで空間を占領している。
〖ラジェストポイズンスライム〗が直接ライトを狙わないのはスライムの毒がカカシも巻き込んでしまうからだろう。というより、ライトはカカシに密着してスライムに一掃されないようにしている。
ライト以外ではできない芸当だろうが……いくらなんでも危険すぎる。
このような光景を以前も見たことがある。
強大なイベントボスを足止めするために一人で戦い続ける姿は、サーカスの時と同じだ。
一人の犠牲も出さずに危機を乗り越えるため、自分一人が全ての危険をその身で受けようとする姿だ。
「本当にバカよね~。死者を出さないために自分が死にそうになってたら意味がないのに。自分自身を借金の担保にしてるの忘れてるのかしら。それで死なれたら大赤字なのよ~」
スカイはそんなふうに言うが、おそらくライトが危険に身を投じることを金勘定無しに心配している。
だが、助けに行くことは出来ない。
スカイのスタイルはライトと背中合わせに近い。互いに出来ることが違う分あらゆる場面に対処できるが、隣に立って同じ方向に力を合わせることができない。
黒ずきん(ジャック)も、ライトに力を貸すことは出来ても助けに行くことは出来ない。
影が深すぎる彼女は、日向で、何千という人々の前で堂々と戦う彼の舞台に立つことは出来ない。
他のプレイヤー達も、目の前の敵で手一杯だ。
だからこそ、スカイはナビキに話しかけたのだろう。
「誰か、あの馬鹿に一言文句言ってきてくれる人いないかな~」
「……」
結構露骨だった。
「誰か、前線レベルの実力があって暇な人いないかな~」
しかもほとんど指名みたいなものだった。
「……ちょっと行ってきます」
「あ、よろしくね~」
ナビキは戦場に駆け出した。
同刻。
モニタールームにて。
男は首筋をさすりながら顔を歪める。
「いってー、容赦なさすぎだろあの女。」
ぼやく男を見て、少女は少し申しわけなさそうに頭を下げる。
「お、お疲れ様でした。どうでしたか?」
「ああ、ガキの尻拭いは大変だったぜ……だけどまあ、アイツは合格だよ。体格が違うアバターとは言え俺を倒したんだからな」
「……色仕掛けで油断したり、手を抜いたりしたんじゃないですか?」
「馬鹿を言え、俺がそんなことで手加減するわけねえだろ」
「そうでしたね、すいません。『殺人鬼』が女子供に手加減するわけありませんでしたね。なら、彼女はもはやチートではなく……」
「ああ、公式チートの仲間入りだ」
《強弦》
とても張りの強い糸。
使いこなすには技術より腕力がいる。
(スカイ)「はい、今回はこちら。」
(イザナ)「見た感じただの糸ですね」
(スカイ)「引っ張って見てくれる?」
(イザナ)「はい……んー……無理です。固すぎますよ」
(スカイ)「これ、楽器や弓で使うと威力すごいらしんだけど、使うのにかなりの筋力値がないと駄目だから、特定のお客にしか売れないけどね」
(イザナ)「誰ですか? その特定の客って」
(スカイ)「ナビキや闇雲無闇、あとは……ライトね」
(イザナ)「知ってる人ばっかりですね」
(スカイ)「普通、力強い人は直接戦うからね」




