69頁:巨大モンスターに気をつけましょう
『ダンススキル』
ダンスを踊るスキル。
戦闘系でも生産系でもないスキルなのであまり人気ではない。初期の技能は『社交ダンス』であり、男女ペアでないと修得できないとされているのも大きな要因だと考えられる。
しかし、実は攻撃回避に特化した戦闘スキルとして応用でき、『ダンスにミスしたふりをして足を踏む』という個性的な技もあるのでGMの遊び心で作られたネタスキルとして知られている。
ライトは常に動いている。
日中はクエストかモンスターの退治、最近ではダンジョンの攻略や採集、採掘系のアイテムの収集。
夜中は生産系スキルで武器の整備、作成、強化、あるいはそれ以外の薬品や器具の開発。夜中にしかいないモンスターの調査、集めた情報の整理、スカイへの報告書の作成、各種スキルの実験。
一部のプレイヤーの間ではライトが睡眠していないという噂は『ツギハギさんの中身』レベルで噂になっている。
実際、ライトのゲーム的成長速度はその噂に真実味を持たせている。
全ステータス平等上げ、全スキル同時育成、経験値効率より情報収集を優先したモンスターとの戦闘。
そして、最前線レベルの強さ。
明らかに非効率的なプレイをしながら、誰よりも経験値を稼いでいる。
その矛盾を成立させるのが、デスゲームでは本来プレイヤー間で何の意味もないはずの言葉……『プレイ時間』。
『廃人』なんてものじゃない、常人なら確実に過労死する『死人』クラス。
そして、それを可能にする『不死身』の能力。異世界で『不死』と呼ばれたプレイヤーが認めた精神が完全に崩壊しても即座に再構築できる能力。
だが、当の本人はそれを否定する。
「オレはただ人間の真似をするのが上手いだけだ。オレが凄いって思うなら、本当に凄いのは人間の力だ。オレはそれを代弁してるだけ……人間は、自分達でその能力を自覚できてない。人間は、自覚しきれない程の能力を持ってるんだ」
それを聞き、ある少女はため息を吐く。
「それを私に言いますか……ライトさん」
NPCイザナは一瞬だけ立場を忘れ、彼女の家の馬に乗ったライトが南門から一人出て行く背中に無事を祈った。
《現在 DBO》
襲撃イベントは最終局面を迎えていた。
三千いたモンスター軍団は六回の出兵の末、残るは三十分の一の百体。
だが、一体一体が数段のHPバーを持つクエストボスクラスの平均レベル約40の巨大モンスター。戦力で言えばこの百体だけでもこれまでの襲撃で倒したモンスター全てに匹敵すると言えるだろう。
対するは、『時計の街』のプレイヤー六千人の中から選出された戦闘部隊。
投石を中心として『投擲スキル』でサポートを担う義勇兵千人。
平均レベル約20の第一部隊八百人。
平均レベル約30の第二部隊四百人。
平均レベル40近くの第三部隊二百人。
計二千四百人のプレイヤー。
だが、二千四百人の戦力でも楽に百体のモンスターを倒せるとは限らない。
何せ、プレイヤーの一撃死を避けるためにも、第一部隊と義勇兵はとてもじゃないが巨大モンスターの前には出せない。遠巻きな援護がやっとだ。
実質的には直接戦えるのは第二部隊と第三部隊の計六百人。
最前線レベル……レベル四十代後半はほんの一握り。
しかも、厄介なのは敵のイベントボス〖ハグレカカシ〗のチート級支援能力。
旗を一振りするだけで、最大五百体のモンスターに同時にステータスがレベル五つ分ほど上昇する支援をかけられる。
つまり、簡単にレベルだけで考えれば2500レベルの支援だ。
そんなものを巨大モンスター軍団にかけられたら本気で勝ち目がなくなる。
だが……
「オレとの戦いにだけ集中してろ!!」
ライトは亀の甲羅の上で旗を振ろうとするカカシに竹光を振るい、カカシは防御のために旗を振る動作をやめて防御する。
「ギギギ!!」
「もうちょっと待ってろよ。すぐ支援する相手がいなくなるからな……それまでは、オレが徹底的に邪魔してやる。それから、おまえが旗を振るのをやめたら本気で倒してやるよ」
ライトはそう言って、不敵に笑った。
一方、第二防衛ラインで緊張感の糸が張りつめていた。
もうすぐ、投石の射程範囲に巨大モンスターの群れが入って来る。
義勇兵は後方から補充された石礫を手に、第一部隊は義勇兵の護衛。遠距離攻撃ができる者は義勇兵と一緒に攻撃の準備をして待ち受ける。
今、群れの先頭のモンスターが一斉攻撃の射程の境界線を……
「発射!!」
義勇軍よりさらに後方から発射された砲弾が先頭のモンスターに数発まとめて直撃し、爆音を轟かせた。
攻撃しようとしていたプレイヤー達はしようとしていたことも忘れて振り返る。
「何してんのみんな? ほら、さっさと攻撃始めてよ。せっかく私が派手に初撃を決めたのに、みんな続かないと格好つかないじゃない?」
そう言って、後方から現れたのは四門の大砲を積んだ神輿のような馬車……戦車だ。
大砲の他にも武装がなされ……その神輿の上に座るのはもちろんこの防衛線の総大将とも言えるスカイだ。
「せっかく格好よく参戦しようと貴重な材料かき集めて作ったのに……ほら、さっさと攻撃開始!!」
スカイが再度号令をかけてやっと攻撃が開始される。
そして、スカイも次弾を装填しながら大砲とは別の武装を展開し、カタパルトで鉄球を発射する。
このカタパルトは〖ギアコング シルバーバック〗の武装を解体して手に入れたものだ。
他のパーツもボスダンジョンの強化改造モンスター、機械系モンスターから手に入れたパーツだ。
高レベルダンジョンの貴重なパーツで、しかも高レベルの『機械工スキル』がないと実用兵器に改造なんてできない。それに、それらの命中精度なども『技術力』のステータスやスキルがなければ使い物にならない。これは現状スカイにしか扱えないものだ。
「非力な私でも、無害じゃないのよ」
スカイの放つ容赦ない『文明の力』が遠く離れた野獣に降りかかる。
一方、第二部隊、第三部隊はそれぞれの武器を構えて固唾を飲む。
頭の上を無数の石が飛んでいく。
敵は石礫を受けながらもろともせず大きな一つの塊のようになって迫ってくる。
600対100。
相手は本来ワンパーティーで挑むような相手。普通のフルパーティーが六人編成であることを考えたら一見丁度いい数にも見える。
だが、単純な数の比率では集団戦の有利不利は計算できない。
今回は敵がかなり密集して迫って来ている。これは、攻撃を外す心配はないが、一体を攻撃することができる方向が限られている。本来巨大モンスターは囲んで翻弄しながら多方向からの集中攻撃で仕留める、もしくは十分な防御力を用意してその後ろから交代で攻撃を繰り返すのがのがセオリーだ。
今回のような密集した大量の巨大モンスターの場合どちらも難しい。
囲んで攻撃しようにも当たったダメージが分散して翻弄できない。
百体という大軍相手では真正面から防御力でその行進を止めることなど出来ない。
出来ることと言えば……
「削れ削れ!! 先っぽからとにかく削って押し返せ!!」
投石は境界線に集中。
境界線を越えてきた巨大モンスターには直接戦闘の第二部隊と第三部隊が集中攻撃をし続けて『倒して前線を押し返す』という戦法。
600対100の単純な押し合い。
だが、それでも完全に止めることはできない。
プレイヤーは死ぬまで連続で戦うわけにはいかないのだから、回復するために後ろに下がりながらローテーションで戦う。重大なダメージを受けたプレイヤーは更に後ろに下がって生産職精鋭百人の支援を受けて回復する。
そうやって、少しずつ衝突位置を後退させながら戦うのだ。
「いただきまーす」
着ぐるみが最後のHPバーが赤くなった巨大モンスターを吸引するように腹の口から食い尽くす。
「『ドラッグボム』」
白衣の男が投げた薬瓶が巨大モンスターの目を溶かす。
「いっけ!!」
黒ずきんの杖から放たれた闇魔法が巨体の『心臓』を的確に貫き、そこから全身を汚染するように広がった波動が大ダメージを与える。
「!!」
闇雲無闇の弓から放たれた毒矢が分裂して巨大モンスターの群れの上に降り注ぐ。
「放て!!」
投石機から発射された岩の塊が巨大モンスターの中に飛ぶが、遠距離攻撃能力を持つモンスターに迎撃され空中で砕ける。
「グルアアアア!!」
火を吐く機械の竜に数人のプレイヤーが押し返される。
「オラッ!! く、グア!?」
硬い外皮を持ったゴーレムが攻撃を受けながらも歩を進め、モンスターの進行の道を切り開こうとする。
「発射」
だが、そのゴーレムの顔面に連続で砲弾が命中して絶命させ、衝突点の大幅な後退を防ぐ。
「こっちの回復よりあっちの押し込みの方がちょっと速いわね……」
ゴーレムに砲弾を撃ち込んだスカイはやや心配するように呟いた。
このまま戦っても、ゲートポイントまでには敵のモンスター達は確実に削りきれるだろうが、それはあくまでも勝ちを優先した場合だ。プレイヤー全員の生存を考えると非戦闘員の巻き添え被害を避けるためにも防衛ラインで仕留めたいが、無理をし過ぎると防衛ラインで戦ってるプレイヤーに死者が出る。
非戦闘員を避難させて街を放棄するという手も無くはないが……ライトはイベントの失敗が『ゲートポイント到達』だというのが危険だと言っていた。
下手をすれば、他の『街』のHP保護も無効化される。
〖ハグレカカシ〗がゲートポイントを通って他の街を襲う可能性がある。
また、非戦闘員の避難にしても、防衛戦から漏れた巨大モンスター一体でも大変な危険を伴う。
というより、プレイヤーを一点集中させているのはモンスターがバラバラになって襲ってくるのを防ぐためでもあるのだ。守る対象を一か所に固めることで防衛力を集中できる。
その反面、防衛力がより強い攻撃で貫通された場合は大ダメージを受けることになる。
「段階的にちょっと早いけど……しょうがない。あれをやろっか」
衝突点がさらに後退した。
第二部隊のプレイヤーにとってはモンスターの攻撃が直撃すれば一発でローテーションが必要なほどの大ダメージになる可能性がある。場合によっては防衛ラインまで後退して本格的に回復する必要が出てくる。
結果として当然、衝突点で戦うプレイヤーが減り負担と危険が大きくなる。
頃合いを見て、スカイはメールで指示を出した。
伝達役のプレイヤーがその指示を拡大する。
「第二防衛ライン放棄!! 第三防衛ラインに後退!! 第二第三部隊は後退速度を上げろ!! そして、『第四部隊』は第二防衛ラインにスタンバイ!!」
モンスター達は次第に少なくなる抵抗に疑問も持たずに前進する。
彼らから見ればプレイヤーなど足下で騒ぐ野犬のようなものだ。力の差が分かれば逃げていくことに疑問など抱かない。
敵さえ居なくなれば後は蹂躙するのみ。
まるで障害にならない二本目の堀と一撃で粉砕できるちっぽけな壁を踏み越え……
「今だ!! 第四部隊、引け!!」
その後一歩で防衛ラインを越えるという瞬間、堀の中から数多の鎖や縄がせり上がり、モンスター達を真正面から止めた。
さらに、その戒めの束はモンスター達を囲うように、後ろに引っ張るように動く。
モンスター達は前進しようと鎖を押すが……全く進まない。
「片側千八百人のスーパー綱引き。簡単に押し切れる訳ないでしょ……今よ!! とっておきをお見舞いしてやりなさい!!」
残りの非戦闘員ほぼ全てを投入した足止め。
モンスター達がプレイヤーの何倍も強くとも、モンスター達の何十倍という数のプレイヤーで引っ張れば止められないわけがない。
もちろん、安全性を考慮して縄や鎖を媒介にしているためその耐久力の限界を迎えればこの拘束は簡単に解ける。距離を保って引くために何本もつなぎ合わせた関係上、つなぎ目も弱くなる。そうでなくとも、モンスターの攻撃で一本ずつ切ることはより容易い。
足止めは保って数十秒……だがその間は反撃を考えず本気の全火力を打ち込める。
第三防衛ラインに用意してあったとっておきの『弾』……火炎瓶や投擲用の槍、特大の鉱石、火薬の入った袋などがモンスターの群れに投げ込まれる。
第一部隊もそれぞれが持ちうる最高の攻撃力を持つ技を一撃ずつ入れていく。
第二部隊と第三部隊は強力な反撃に脅えながら戦うしかなかった鬱憤を晴らすように一方的に攻撃を叩き込む。
そして、トドメは……
「そろそろね……担当の魔法使いは詠唱開始!! エーくん、樽!!」
投石機からまたも三つの樽が結びつけられたものが発射され……空中で撃ち落とされて中身が四散する。
そして、樽に書いてあったマークは……『海』の一文字。
ばらまかれるのは……塩水だ。
「全員、離せ!!」
メールで一斉にそれぞれの縄や鎖の担当者の中の『小隊長』に通達され、合図のメールで第四部隊が次々に手を離し、その直後第三防衛ラインで構えていた『光魔法』を使えるプレイヤーの一斉に放った電光が炸裂した。
バリバリバリバリ!!
「食塩水で電撃を通しやすくして高位電撃魔法の一斉放火……ここまで密集した状態なら一斉にダメージを与えられてお得よ。コストパフォーマンスはしっかり計算しないとね」
非戦闘員も全て無駄なく使い尽くし、さらに効率よく全体にダメージを与える。
そして、スカイはギラギラと笑う。
「働かざるもの食うべからず。私がただ守るだけのためにプレイヤーを集めてるわけないでしょ?」
そして、笑ったままモンスター軍団の最後尾に目を向ける。
「こっちは小細工全部出し尽くしたわよ。後は任せたわ、ライト」
モンスターは残り約半数の五十。
だが、防衛ラインは後一本。
後はただひたすら戦うのみだ。
モンスターの数が約半数まで減ると、最後尾のカカシに変化が現れた。
「ギギギッ、ギシャシャ!!」
「スカイが派手にやったみたいだな。ようやくマトモにやり合ってくれる気になったか」
カカシは怒りに身を震わせるように肩を震わせる。そして、旗棒を片手で握る。
まるで旗印を掲げるように、旗を風になびかせる。
それが名乗りの代わりだと言うように。
ライトは竹光を鞘に戻し、盾と棍棒を呼び出して手にする。
「さあ、本気でやるか」
カカシは掲げた旗を槍のように振り回してライトを攻撃する。
ライトはそれを盾で受け止め、接近しながら棍棒を振り上げる。
だが……
「ギギッ」
カカシはがら空きになったライトの腹を蹴り飛ばす。
「ガッ!?」
さらにライトが攻撃を受けて硬直すると、引き戻した旗棒の柄の先で蹴った場所と同じ場所をピンポイントで突く。
「グガッ!!」
二度の鋭い攻撃にライトは衝撃を逃がしなから後退する。だが、ピンポイントの連続攻撃は当たった場所に深いダメージを残す。
ライトは下がりながらカカシの追撃を、盾と棍棒を放り出して空中に障害物として配置して防ぐ。
「やっぱり体術も狂乱状態のカカシ並か……しかも長物の武器ありで間合いが広いし、扱いも上手い……厄介だな」
ライトは拳を構えて再接近する。
カカシは横なぎに旗棒を振るう。
「EXスキル『種まき』」
ライトは手甲で旗棒を弾き、さらに接近する。
そして、懐まで入り込んで拳を深く構える。
「『カカシ拳法』混成接続『苗木』から『収穫』」
カカシとの戦闘を繰り返してその格闘のパターンを参考に作り上げたEXスキルのオリジナル技の連撃。ヒットすればノックバック効果で次の技がほぼ確実にヒットし、それが連鎖する。
だが、カカシは弾かれた旗棒を素早く引き戻して、その旗で視界を妨げる。
「な!?」
中指の第一関節を突き出した一本突き『苗木』。だが、手応えがない。
ライトが外したのを確信した直後、後頭部に蹴りが入った。
上からの攻撃……カカシのカウンター。
「こいつ…上からか」
旗棒を使って棒高跳びの要領で上から回り込んでの立体戦闘。攻撃力は低いが身軽で素早いというカカシの特徴と武器の合わせ技。
しかも、旗を目くらましに使う応用力。
強い……十分に強い。
『切り札』を使うのに十分なほど強い。
カカシから距離を取ったライトは振り返り、追撃してこようとするカカシに対し『待て』というジェスチャーをするように開いた右手を前に伸ばす。
カカシは手の内がわからず警戒したのか足を止める。今、有利なのはカカシの方。モンスター軍団の進行も進んでいる中、時間はカカシの味方だ。
「『ボスラッシュ』……と行きたいところだが、あれは回避力の高いやつには使いづらいんだよな。真っ向から勝負してくれるタイプでもないだろ? だから、今回はボスなんかじゃなく人間らしいやり方をさせてもらう」
ライトは前に向けていた右手の平を上に向ける。
「オーバー50『ツールブランチ』」
ライトの手の上には一本の『木の枝』が出現する。長さ50cmの節くれだった何の変哲もない針葉樹の枝。
カカシは首を傾げる。
まともな武器になるとも思えない木の枝を出した意味が分からなかったのだろう。
「昔には『ひのきのぼうで魔王城に攻め込む』って慣用句があったらしい。なんでも、ほぼ不可能な無謀な挑戦を意味するとか……敢えて果てしなく成功率の低い挑戦をして、工夫を凝らして成功法を探るとか……変なプレイばっかりして来たオレにピッタリの言葉かもな」
ライトは『枝』を握る。
「誰もしないような馬鹿みたいなプレイをして来たオレの固有技がこれだぞ? ピッタリだと思わないか?」
レベル50で手に入れる固有技。
ひたすら基本的な能力を鍛えてきた赤兎が『無敵モード』となる『ドラゴンズブラッド』を手に入れたように、ライトはこの『枝』を召喚する『ツールブランチ』手に入れた。
つまり、この『枝』は『無敵モード』に匹敵する性能を持つ。
「農作スキル『マッドシェイク』」
ライトはカカシに走り寄りながら『枝』を腰だめに構えて振るう。
カカシは間合いを利用し、旗で目くらましをしながら、旗棒でカウンターを仕掛ける。
ライトの《鍬》が、旗を引っ掛けて旗棒を引っ張り、カカシの体勢を崩してカウンターを妨げた。
「火起こしスキル『バーベキューフレア』」
ライトは《松明》をカカシに向ける。
すると、松明から炎が吹き出してカカシを襲う。
「ギギシャ!」
カカシは素早く態勢を立て直しながら旗で炎を振り払うように防ぐ。
「斧スキル『ウッドキラー』」
ライトが《斧》を横なぎに振り、旗ごとカカシを真っ二つにしようとするが、旗で目くらましをしながら後ろへ跳んだらしく、かすった程度の手応えしかなかった。
しかし、ダメージは確実に入った。
カカシのこの戦闘で初めての被弾だ。
カカシは驚いたようにライトから距離をとる。
ライトは《斧》を空中で一振りして『枝』に変える。
「どうだ? 面白いだろこれ。オレの持ってるスキルに合わせて最適な道具になるんだ。一番多くのスキルを持つなんて言われてるオレにピッタリだと思わないか?」
太古の昔、人類の祖先は二本足で立つことを覚えた。
手が自由になった祖先は、物を掴むことを覚えた。
そして、物を掴むようになった祖先は、『道具』という概念を作り出した。
最初はただの枝だった。狩猟の武器になった。
やがて糸をつけて釣り竿となり、石を縛り付けて槍となり、種火をもらって松明となった。
ライトの『枝』は『道具の派生』の象徴。道具の樹系図の原点。
道具の歴史は人間の歴史、進化を求める向上心と工夫と挑戦の歴史だ。
ライトはこの技をそう理解している。
ライトの『ツールブランチ』は、『使えるスキルに対応したあらゆる道具になり、かつ、スキルのレベルが50以下のスキルは全てレベル50まで一時的に上昇する』という効果を持つ。
レベル50は生産系スキルでも戦闘応用技が発現するレベルだ。つまり、ライトは持っている全てのスキルを戦闘に活用できる。
もちろん、それらの技は本来使えない技だ。使い方を知らない技がいくらあっても使いこなせない。だが、ライトにはそれが出来る。
何故なら、ライトはスキルの情報をほとんど把握している。
攻略本の情報収集に際し、スカイは偽情報を掴まされるのを避けるため、必ず確認作業を行っていた。ライトが大量にクエストを処理しているのもそのためである。
しかし、流石にスキルのレベル上げによる技の修得などに関してはライト一人では集まる情報量に追いつかない。どうしてもそれぞれのスキルを専門に上げているプレイヤーの技を信用して情報として採用するしかなかった。
そのためにライトがクエストの片手間で行ったのが『技の実演確認』。そのスキルを持っているという情報提供者に実際にその技を見せてもらうという作業だ。
ライトの集めてきた情報が、全てライトの力になる。
「玉乗りスキル『ビッグボーリング』」
ライトはカカシに走り寄りながら技名を唱え、大きくジャンプする。
カカシは空中に浮いたライトを狙って旗棒を突き出しながら……『枝』が変化した直径1.5mのボールに弾き飛ばされた。
「ギギ!?」
「そろそろ地に足着けてやろうぜ。オレは玉乗りしながらだけどな」
巨大な亀のモンスターの甲羅の上ではね飛ばされたカカシは着地する前にさらにはね飛ばされ、甲羅の上から叩き出される。
そして、ライトも玉乗りしながら追う。
「ギギギ!?」
カカシは地面に落ちた自分の上に落ちてくる巨大なボールを視認し、受け流そうと旗棒を斜めに突き出す。
「鎌スキル『断頭台』」
ボールが六人掛けの机並みに巨大な刃に変わり、カカシの首を狙って真っ直ぐ落下する。
「ギッシャ!!」
カカシは旗棒の動きを変更し、地面に突き立てて反動で飛び上がってギリギリ皮一枚で回避した。
ライトは着地して刃を『枝』に戻す。
場所は最初の射程境界線。地面には投石された石やマキビシがそこら中に転がっている。
「掃除スキル『破棄掃除』」
『枝』は竹箒に変わり、ライトは地面を勢い良く掃く。
地面に転がっていた石やマキビシが散弾のように殺傷力を持ってカカシに飛んでいく。
「ギシャ!」
カカシは旗を振り乱してそれらを空中で払い落とす。攻撃を防ぎきった旗には穴や裂け目、焦げ目は一つもない。
「……発酵スキル『シードウインド』」
『枝』は団扇に変わり、ライトは接近して間近で扇ぐ。カカシが旗でその風を振り払うと、変わりに風を受けた地面の草が枯れる。
「…調合スキル『ドラッグショット』」
『枝』は注射器に変わり、その先から強酸が発射されるが、それもカカシは旗ではじく。
それを見て、ライトは一度下がって距離をとる。
「焼けないし、切れないし、貫けないし、カビないし、溶けない。飛道具は大抵止められるってわけか……だが、そんな防戦一方じゃオレには勝てないぜ?」
『枝』は変化し……
「走行スキル『ファントムステップ』ダンススキル『ローリングステップ』クライミングスキル『ウォールダッシュ』軽業スキル『フェザーステップ』足技スキル『ヘビーステップ』」
走りやすいランニングシューズになり、上等な革靴となり、スパイクのついた頑丈な靴となり、軽い布靴固くて重い鉄下駄となった。
ライトは分身のようなステップでカカシを攪乱し、それでも見極めたカカシの突きを踊るようにかわし、旗での目くらましを垂直に上に抜け、宙を舞う旗を踏み台に飛びかかり、カカシの顔面に重い飛び蹴りを食らわせた。
そして、ライトはカカシの後ろに着地して言った。
「人間なめんなよ」
十分後。
ライトの攻撃は着実にダメージを与えていた。
そのダメージ量はカカシのHPバーの一本目を削りきり、
「ギシャシャ、ギシャ、シャシャギシャ」
「……やっぱり来たか」
壺から、猛毒の『切り札』が溢れ出す。
三千体のモンスターの中でも一番危険で強力な、このイベントのジョーカー。
〖毒王 ラジェストポイズンスライム LV50〗
しかし、強力な敵が現れたのに対して、防衛ラインはまだモンスター軍団の相手に手一杯で、こちらに増援が来そうにはない。
「これは流石に、絶体絶命ってやつか?」
≪ツールブランチの『枝』≫
一見ただの針葉樹の枝。
しかし、使用者の修得済みスキルのレベルを一定まで引き上げ、全てのスキルの技の発動に応じて形を変える。
ライトのオーバー50技『ツールブランチ』でのみ召喚できる。
(スカイ)「今回は完全に非売品だけど、今回ライトが使ってたライトの専用アイテムです~」
(イザナ)「はい、いっぱい使ってましたね」
(スカイ)「ライトはスキル滅茶苦茶持ってるもんね……てゆうか、あんなに技があってそれを使いこなせるのがすごいよね。他の人が使ってもあんなことできないし」
(イザナ)「あの靴コンボすごかったですよね。」
(スカイ)「……イザナちゃん、一つ聞いていい?」
(イザナ)「何ですか?」
(スカイ)「ライトの戦い、どこから見たの? ていうか、街でライト見送った後、どこにいたの?」
(イザナ)「……そこは流しときましょうよ、スカイさん。触れちゃいけない部分です」
(スカイ)「……そうだね。なんかごめん」




