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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第三章:チームワーク編

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68頁:街中での戦闘は避けましょう

『槍スキル』

 槍で戦うスキル。

 相手とある程度の距離を稼いで戦うのに向いたスキル。

 長柄系の武器にも応用でき、中距離戦の要になる。威力より間合いやスピードを重視した技が多い。

 デスゲーム開始後、精神に重大なダメージを受けたプレイヤーが多くいた。

 中でも、ナビキがその最たる例だっただろう。


 あまりのショックに記憶が大幅に消えた。

 そして、何故自分がこんなデスゲームに巻き込まれたかも分からずに、ただただ無気力に歩き回った。



 不幸だったのは、ナビキの性質上精神が壊れるということはなく、そんな段階に至る前にその『異常』がリセットされてしまうということ。

 壊れることなく、壊れる直前を繰り返す無限ループ。そして、それを避けるためには休むことを許されない。


 後から聞いた話では、本当に精神的に危ない状況のプレイヤーはマリーがケアして回っていたらしいが、ナビキはそこから洩れてしまった。



 幸運だったのは、餓死しそうなプレイヤーを探して回っていたライトに見つけてもらえたこと。

 ライトは、何日も歩き続けていた……歩き続けていられたナビキに興味を持ち、そして『ゾンビ』としての彼女の性質に気が付いたのだ。


 ライトにはプレイヤー全体を助けるための準備で忙しく、ナビキは二の次のようになり、その結果ナビキの心は完全に分裂してしまった。


 だが、ナビキはそれを恨んではいないし、むしろマリーよりライトに早く出会えたことはとんでもない幸運だったと思っている。


 ライトと出会わずにマリーと出会っていれば、ナビキの精神は安定し、ナビもエリザも生まれることはなかった。

 出会うことはなかった。


 確かにマリーならば、ナビキに人間らしい精神と生き方を与えてくれたのだろう。

 幸せを存分に感じながら生きることが出来たのだろう。


 しかし、ライトと出会ったナビキはその幸せより、現状を望む。

 人間らしくなくても、バラバラの精神でも、ゾンビだと言われても、このゲーム世界から排除されそうになっても、危険な戦いを強いられても、この現実を望む。


 何故なら、ナビキにとってはこの現実こそが自分の選択の結果だからだ。

 その選択肢から逃げることなく、分岐点を選んだ結果だからだ。


 ある時は、救われる側ではなく救う側を選んだ。

 ある時は、記憶の喪失より新しい人格を作っても戦うことを選んだ。

 ある時は、街に留まるより前線へ行くことを選んだ。

 ある時は、殺人鬼に殺されるより殺人鬼になって友達になることを選んだ。

 そしてある時は、ライトの隣で戦うより、ライトの背中を守れるように東側を選んだ。


 今まで、ナビキに出来てライトに出来ないことはなかった。だが、今は違う。

 今東側を守るのは、ナビキにしか出来ないことなのだ。


 ナビキ一世一代の大勝負だ。






《襲撃イベント開始時 DBO》


 『〖強奪王〗の襲来』

 全く予定外のもう一つのイベントだ。

 内容は恐らくイベントボスの討伐。それも、敵は一体で、倒すのに特別な条件もない。

 だがその分、敵の戦闘能力はかなり高いことが予想される。


 ここまでは、ナビキやマリーに限らず誰であろうとイベント開始時の表示を見ただけで把握できただろう。

 しかし、その開始にすぐさま反応できたのはごく一部だった。


「マリーさん、下がってください!」


 真っ先に動いたのはナビキ。

 マリーの前に出て、すぐさま新品の大鎌を呼び出して握りしめ、『ナビ』に『選手交代』する。


 次に動き出したのは、東門の周辺に隠れていたプレイヤーの盗賊達。

 敵がイベント開始で警戒態勢に入ってしまえば隠れている意味もない。イベントの混乱に乗じて街を襲う算段を立て始める。



 そして、盗賊達の真上に『それ』は空から降ってきた。


 筋骨隆々。身長2mの大男。

 顔には仰々しく角の立った鉄仮面。

 上半身の装備はほとんどなく、半裸の肉体にマントを羽織っているだけだが、その筋肉そのものが鎧のように鍛え上げられていて『無防備』とは形容できない。


 そして何より、彼は既に両の拳を絡め、落下の勢いのまま絡めた拳を振り下ろそうとしていた。


 反応したのは後だったが、最初に全ての状況を把握したのはマリー=ゴールドだった。


「全速前進です!!」


 盗賊達の足が本人の意志とはほとんど関係なく、競うように街へ走り出し……


 〖強奪王〗の初撃を命からがら回避し、衝撃でめくれあがった地面に跳ね飛ばされた。




 地面にクレーターを作りながら登場した〖強奪王〗は、土煙の止む前にもう次の行動に移っていた。


 前方に走り出して直撃を逃れていた盗賊の男に飛びかかり、拳を振りかぶる。

 盗賊の男は両手剣を構えて威嚇するが、〖強奪王〗は構わずに拳を振り抜き、その拳は男の腹に突き刺さった。


「グハッ!!」


 男は両手剣を握ったまま吹っ飛ばされる。

 すると、奇妙な現状が起きた。


 男の手に握られていたはずの両手剣が粒子のように消え去り、同じ剣が〖強奪王〗の右手に握られる。

 もぎ取られたのでも、落ちたのを拾われたのでも、〖強奪王〗が同じ武器を取り出したのでもなく、その武器は『奪い取られた』のだ。


 ナビはその『現象』を即座に理解し、その危険度を把握する。

 何故なら、それは自分の分身にも等しい者の能力と似通っているから。


「くそっ!! あいつ……敵から『奪って』やがるっ!!」


 ナビは悪態を吐きながら、後ろに控えているマリーと子供達を見やる。

 マリーも敵の能力を理解したようで、素早く子供たちの方を向く。


「皆は街の奥に。ナビちゃんはあの人の相手をお願いします。あなた達はナビちゃんと一緒にあの人を食い止めてください、攻撃はなるべく受けないように遠巻きに時間稼ぎのつもりで戦ってください。」


 最後の部分は盗賊たちを見つめて言う。

 突然指示された盗賊たちは一瞬わけがわからないという表情になるが、マリーは口調を強めて言う。


「早く動いてください。敵の目の前で呆けていたら死にますよ。逃げるならなおのこと早くしてください、でも背中を斬られないよう武器を向けながら後退してください……じゃないと死にますよ」


 マリーの誇張や冗談の一切混じらない声色に、盗賊たちは黙って武器を取り……

 一瞬にして『盗賊』は街を守る『兵隊』に変わった。






 『時計の街』の北門。

 門前には盗賊が集まっていた。


 NPCの盗賊は襲撃イベント前日に闇雲無闇が拠点を見つけ、プレイヤー軍団の連携の練習ついでに飽和攻撃で襲撃をかけたので完膚なきまでに殲滅されている。今いる盗賊はほぼ間違いなく『プレイヤーの盗賊』だ。

 その『プレイヤーの盗賊』達は、北門の目の前で右往左往していた。


「どういうことなんだ!? 下見したときには確かにここにあったはずだろ!?」

「知らねえよ!! 門が見当たらねえんだ、イベントの影響で地形が変わったのかもしれない……」

「どうすんだこれ、入り込むにしても建物に隙間がなければどうにもならない」

「しょうがねえ……おい、東門のボスと合流するぞ」


 盗賊達はしばらくすると北門からの侵入を諦めて去って行く。

 その様子を、北門の『内側』から見ていた少女はため息を吐いた。


「はあ……ひまだよ、マリーさん」


 彼女はレベル26の園芸家『咲』。

 マリー=ゴールドから北門の防衛を任された少女である。


 彼女は北門に立てられた『看板』に寄りかかって退屈そうに地面を踵で削る。

 彼女はまだ9歳。教会でも小さい方だ。

 正直、待つだけというのは退屈である。若い分時間は長く感じる。


 彼女が寄りかかっている看板の外側にはマリー=ゴールドの描いた『馬小屋』の絵が貼り付けられている。

 それによって外のプレイヤー達からは、この門は認識されないらしい。

 彼女は万が一モンスターやNPCの盗賊が侵入した時の排除だけが言い渡されてる。


「何か面白いことないかなー」


 一応迎撃準備は整えてあるが、マリー=ゴールドの認識操作で守られた北門から攻めてくる者はいないだろう。

 南門も同様のはず。マリー=ゴールド自身がいる東門など鉄壁どころの話ではないだろう。


「あ、チョキさんからメール」


 もしかしたら東門はもう戦いが終わってしまったのかもしれない。そう思ってメールを開けた咲は内容を読んで驚きに目を見開く。


「これは……『東門に異常あり』かな?」


 どうやら一番面白そうなのは鉄壁の東門らしい。





 東門では、〖強奪王〗の猛威がプレイヤー達を襲っていた。

 ナビ以外のプレイヤー……盗賊たちはほとんどが敗れており、悪い場合は死亡している。

 〖強奪王〗は最初は半裸だったが、能力によって戦いの中で装備を奪い、今では鎧を着て手持ちの武器では飽き足らず腰にも幾つも武器を持っている。


 盗賊は次々と攻撃を受け、敵の戦力を増強させてしまった。ダメージもほとんど与えることは出来ず、時間稼ぎにしても十分も稼げなかった。


 彼らを誘導した当のマリーは既に街の奥へと引き下がり、助けを呼ぶらしいが期待はできない。西だってイベント戦の途中で戦力は下手にこちらに回せないし、敵の性質上半端な戦力は吸収される。


 実際、盗賊達は悉くその戦力を強奪され、敵に豪華な装備一式をプレゼントしてしまっている。


 だが、その代わり彼らの戦いを観察することによってナビは〖強奪王〗の強さを確認できた。これについては捨て駒のように倒されていった盗賊達に感謝するところだ。




 まず第一に、〖強奪王〗の基本的なステータスそのものはさほど高くない。もちろん楽に倒せるわけではないが、恐らくレベル四十代後半のプレイヤーと同じ程度のステータスだろう。HPも一段しかなく、その点ではプレイヤー一人で絶対倒せない相手ではない。


 だが、ステータスとは違う『強さ』は並外れたレベルだ。それこそ、最前線の前衛プレイヤーと比肩し、下手をするとライトに届きかねない。反応も速く攻撃も鋭い。


 そして、厄介な『強奪』の能力を持っている。

 この能力に関しては盗賊達が簡単に『やられてくれた』おかげで全体像がほぼ掴めている。


 まず発動のタイミングは『〖強奪王〗の攻撃が直撃したとき』。

 これに関しては防具を破壊されたり隙間を通されたりせず防御に成功すれば能力発動は防げる。これは盾の上からで大ダメージを受けたプレイヤーに対して能力が発動しなかったことから間違いない。

 ただし、攻撃された対象がその攻撃によって死んでいれば例外的に能力は発動する。これは防御自体が成功しても貫通したダメージで死んでしまったプレイヤーに能力が発動したので確実。


 次に、『強奪』の対象となるのは装備だけではない。スキルや秘伝技も強奪されている。

 秘伝技『白刃取』を使ったプレイヤーを倒した直後から〖強奪王〗も『白刃取』を使い始め、『水属性魔法スキル』を武器としていたプレイヤーに攻撃を当て、さらにとどめを刺して杖を手に入れてその魔法を使い始めている。


 最後に、〖強奪王〗の行動目的は街への侵入ではなく、近くにいるプレイヤーからの強奪だ。ならば戦いながら街から引き離すこともできる。防衛戦の後ろから攻められることも安全に防げる。


 だが……

「馬鹿か!! そんな事したらコイツがどんどん強くなっちまうだろ!!」

 ナビは足手まといとなる盗賊達が倒された機を見計らって鎌を振りかぶり、〖強奪王〗へとその切っ先を向けた。


「!!」


 〖強奪王〗は杖で水柱を呼び出す魔法で防御しようとするが、ナビの鎌はそれを貫いて杖を弾き飛ばす。


「まあ、あたしとしては強くなってから戦うのも悪くないとは思うけど、主人格(ナビキ)が被害者減らせってうるさいからな」


 そう言って、ナビはお菓子を待ちきれない子供のように無邪気に笑った。






 ナビの攻撃は重く、数撃で〖強奪王〗の集めた武器を弾き飛ばして次の武器に持ち替えさせる。

 そして、ナビはその手応えに笑みを浮かべる。


 パワー比べではナビが勝つ。

 反応のスピードも五分五分。

 防御力ではあちらに分があるが、ナビの攻撃力なら十分貫通できるし、ナビはダメージ以前に敵の効果の問題で攻撃を受けるわけには行かないのであまり関係ない。


 武器を変えてくる戦法は少々厄介ではあるが、そこは戦闘経験で補える。同じような戦い方をするライトとは何度か手合わせして慣れている。ライトより武器の切り替えが遅い。

 このまま攻撃を受けないように注意して戦えば勝てる。


 ナビの攻撃は徐々に〖強奪王〗の武装を削り、戦力を削いでいく。長期戦での成長を前提としているイベントボスなら、出現からまだ時間の経っていない今なら楽に……


召喚(サモン)突撃獣(ライノス)


 〖強奪王〗の短い詠唱の直後、彼の全身から光の粒子が放出され、その粒子が集まって鎧を着た(サイ)に似たモンスターとなった。

 〖強奪王〗はそのモンスターにすぐさま跨がり、手綱を握る。


突進(ゴー)

「どあっ!?」


 突然の突進に驚いたナビはギリギリで飛び退き、巨体に掠りながらも回避に成功する。だが、〖強奪王〗は止まらずに進み続ける。

 東門に……『時計の街』に向かって。


「あ、あいつ街に!!」


 街のプレイヤーはほとんどが西側の荒れ地に行って戦闘員以外も投石や回復アイテムの補給、武器の交換・修理・運搬などのために集まっている。これは、下手に大人数を街から避難させたり戦場から目の届かない街のどこかに集めると盗賊の恰好の的になってしまうと判断されたからだ。

 だが、完全に全てが西に集まっているわけではない。


 まだ近くにはマリーと子供達がいる。


「女子供を先に狙う気かこの卑怯者!!」


 ナビは全力で追い始めるが、相手がモンスターに乗っているだけあって追いつけない。

 『突撃獣』に乗った〖強奪王〗は既に遠く、曲がり角で見失ってしまう。


「待てこの野郎!! ……ちくしょう!!」


 ナビは重要な事を忘れていた。

 ナビにとって戦うべき敵は〖強奪王〗一人だが、〖強奪王〗にとってナビはいくらでもいるプレイヤーの一人なのだ。




 ナビの野生の勘は鋭い。感知系のスキルで捉えきれない距離でも追いかけられる。


 だが、問題は敵の速さと行動の自由さ。

 モンスターの移動力で入り組んだ道を利用し、ナビの追尾をかわしながら動き回っている。

 しかも、盗賊から奪ったスキルの中に感知系があるのか、ナビの接近を感知して、まるで誘うように動いているのだ。


 幸いにも子供達やマリーの悲鳴は聞こえないが、被害は出ていなくても危険なのは変わりない。追わないわけには行かないのだ。


 かれこれ三十分……追いかけっこに最初にしびれを切らしたのはもちろんナビの方だった。


「もうやってられるか!! こうすりゃ一発だろうがよ!!」


 ナビは近くのNPCショップの看板を踏み台にして屋根へ登る。普段なら店主に怒られるが、今は街の住人はほとんど『避難済み』の扱いとなっていてその心配はない。


 屋根に立って街を見渡すナビに見える『動くもの』はプレイヤーもしくは……〖強奪王〗だけだ。


 ただし、この探し方には危険が伴う。

 ナビから敵を見つける前に敵から見つかってしまう可能性が高い。相手に盗賊達から奪った遠距離攻撃の技があれば、狙い撃ちにされかねない。


 だが、ナビは敢えてその選択肢を取った。


 何故なら、散々焦らしてくる敵の狙いがそれだとわかっているからだ。

 そして、自信がある。



 巨大な槍が屋根の上に立つナビの背後に飛んでくる。



「あたしなら、そんな卑怯な不意打ちくらい余裕で止められるってな!!」


 ナビは槍を鎌の一振りで弾き飛ばし、それを投げた下手人をしっかりと視認した。


「みーつけた」



 敵を見つけたナビは屋根の上を走りながら〖強奪王〗に迫る。今度は逃げられないように。

 〖強奪王〗は角を曲がって逃げようとするが、一瞬視界から消えてもすぐに捕捉し直す。障害物が多少あったところでモンスターと大男はなかなか隠れきらないのだ。


 ナビは逃げ回る〖強奪王〗の進路を目で追いながら好戦的な笑みを浮かべる。


 丁度良い曲がり角を見つけた。

 ここで追いつける。


 ナビは追いながら〖強奪王〗を誘導し、一本道の先の曲がり角で張り出した屋根から飛び出す。

 曲がり角で敵は減速を強いられ、奇襲をかけるのにはピッタリだ。


 落下の勢いを利用して鎌を振り下ろし、致命的な一撃を狙う。


「一本もらうぜ!!」


 ナビの攻撃はピンポイントで〖強奪王〗の首を狙って振り下ろされ、その一撃は確かにその首を貫き……



〖強奪王〗が消えた。



「…は?」

粉砕(クラッシュ)


 消えたはずの〖強奪王〗が突撃獣に乗って、ナビの立っていた建物の壁を破壊して突進してきた。その先には空中に浮いた状態のナビがいる。


「くっ!!」


 ナビは不安定な態勢から体を捻って鎌を振り回して反撃する。


「『虚影』」


 だが、〖強奪王〗は鎌にぶつかる一瞬だけ『消えた』。それは、『忍術スキル』の技。『影分身』の前提技。


 盗賊達の誰かが『忍術スキル』を持っていたのだろう。それを使って逃げ回りながら『分身』を配置し、ナビが一撃を入れてくる瞬間を予測して『影分身』を発動。そして、自分自身は襲撃イベントで破壊可能になった建築物を破壊して直角の曲がり角を斜めに突っ切ったのだ。


 無論ナビにこの瞬間ここまで考える余裕はなかった。だが、理解できたことはある。



 相手はただのモンスターじゃない。

 『中身』は人間だ。



 突撃獣の角にはね飛ばされながら、さらに〖強奪王〗の拳を受けながらナビは思った。



 コイツは、本気でヤバい。

 ここで止めなければ……西の防衛ラインも崩壊する。



 二撃の攻撃……奪われたのは二つ。

 その内一つは大鎌。


 一撃目で武器が消えて二撃目の防御に失敗し、さらに一つ奪われる。

 だが、HPは完全には奪われてはいない……命は奪われてはいない。

 真っ赤なHPバーがまだ残っている。


「ちくしょう!!」


 攻撃を受けながら、ナビは反撃の蹴りを放つ……突撃獣の目に踵を食い込ませ、下に蹴り落とす。


 二撃の攻撃で後ろへ、自らの蹴りで上へ飛ぶ。

 ナビは一度も地面に足を着けず、飛び降りた屋根とは反対側の建物の屋根を越えてとばされる。

 〖強奪王〗は暴れる突撃獣を宥めるために足を止め、追撃出来ない。だが、確実にその意識はナビを捉えている。


 追いかけっこは攻守交代。

 次は〖強奪王〗が鬼だ。





 ナビはがらにもなく逃げ回りながら回復ポーションをあおる。

 ここまでの大ダメージだと回復にも時間がかかる。手持ちで一番良いポーションを連続使用しても、全快まで一分程度。

 しかも、奪われたものは戻らない。


 走りながら自分のスキルを確認する。

 装備の類は鎌以外消えていない。ならば、消えたのはスキル。


「チッ……『鎌スキル』持ってかれたか……」


 大鎌を武器として扱うには『槍スキル』か『鎌スキル』が必要になる。ナビは両方のスキルを持っていたが、『槍スキル』は補助のようなもの。ナビの刺突系以外の高威力の主力技はほぼ『鎌スキル』。


 よりにもよって火力の中心となるスキルを奪われた。


 恐らく、〖強奪王〗は相手の主力となる武器やスキル……戦闘中の使用頻度の高いものを奪っていく。


「ライトなら……いくつ奪われても戦えるんだろうけど、あたしはキツいぞこの野郎」


 手持ちの予備の鎌はあと一つ。

 その鎌で使える技もかなり制限され、相手はさらに強くなっている。


 このままだと、死んでしまうかもしれない。

 自分は良いのだ。そして、別にそれによって防衛戦が失敗しても良い。

 だが一つ、どうしても看過できない問題がある。


「……ナビキ、逃げちまわねえか?」



『なんで!? そんな事をしたらこの街は……』



 頭の中で返答が来た。

 主人格(ナビキ)だ。

「状況わかってんのか? 今のあたしじゃ街守るどころか自分一人……ナビキの命一つ守りきれるかどうかなんだ。心配しなくても、多少死んだところでゲーム自体はなんとかなるだろ。あたしが最後まで守りきってやるからさ」


『私一人生き残ったって意味ないよ……ナビだって、スカイさんやマリーさん、街の人達とも仲良かったでしょ?』


「生憎と、あたしはナビキを守るために生まれたんだ。あたしはナビキさえ守れるなら他はどうでも良い」


『そんなこと言わないで……ナビはまだ負けたわけじゃないんでしょ? 勝てるかもしれないでしょ?』


「ああ、ほぼ確実に勝てる方法だってあるぜ」


『なら!』


「回復したらあいつを引っ張っていって防衛戦のヤツらと戦わせる。その間に街から逃げればいいんだ」


『それは!』


「あたしはナビキさえ生きてりゃ勝ちなんだよ。この後の攻略は少し厳しくなるかもしれねぇが、その都度うまく切り抜ければいい。他のやつが何人死んでも、ナビキだけは生き残れるように何とかしてやるさ」


『そんなことされても私は嬉しくないよ!! ナビにだってわかってるでしょ? 誰も知ってる人がいない寂しさ……知ってるでしょ?』


 ナビには、『あの時』までのナビキと同じ記憶があるのだから。


「…………ああ、知ってるよそんなもん!! でもしょうがないだろ!? あたしはナビキを守るために生まれた人格で、それしか意味のない存在なんだからよ!!」


 ナビは拳を壁に叩きつけた。

 壁の一部は壊れ、中では棚が倒れて机が潰れる。


「あたしは戦いしか考えられねえ!! 鎌振り回すしか能がねえ!! そんなあたしが仮にも人として成立するのは『ナビキを守る』って存在目的があるからだ!! そうじゃなきゃあたしはただの危険物だ!! あたしは……そのためだけに……」


 その目には、『ナビ』として初めて流す涙が溢れていた。


 ナビキは想像もしなかったナビの涙に何も言えなくなる。ナビはいつも笑いながら戦って、いつも堂々と振る舞ってて……


『うそつき……ナビがこわくなっただけ』


 その幻想をエリザはバッサリと切り捨てた。


「嘘じゃねえ、あたしは本当に……」


『戦いがこわいのは当たり前……隠す必要はない。ナビだって元は臆病者(ナビキ)……強がってても限界はある』


『ちょっとエリザ? 何気に私を臆病者って脳内変換したよね? 脳内会議だとわかるからねそういうの』


『あいつは強い……さっきのでわかった……ナビよりちょっと強い』


「あたしが弱いってか!?」


『ナビが弱いんじゃない……あいつが強いだけ……それを認めたくないから逃げようとしてる……恐いのを誤魔化そうとしてる』


「……じゃあどうすんだよ!? 勝てない相手から逃げてなにが悪いんだ!! ああそうだよ!! さっきのでわかったよ!! あいつが本気だしてなかったって、弱いふりして誘ってたって!! さっきので死ななかったのだってただの偶然だぞ!!」


 ナビはついに本音を吐露する。

 ナビも元々はナビキの一部なのだ。いくら狂ったような強さを見せても……狂戦士に見えても、本当に狂うことなど出来ない。そんな状態になる前に記憶が消えてしまう。


 ナビは、冷静に狂っている……狂ったように強がっている。

 だが、本当の冷静さを欠いているわけがない……そうでなければ、危険なダンジョンやモンスターとの戦闘を生き抜けるわけがない。

 そうでなければ、ナビキの命を守れるわけがない。


 ナビも……恐いものは怖い。


『……ごめん。今までずっと怖いことを押し付けてたんだね』


「よせよ、あたしだって戦いが楽しいのは嘘じゃない。怖いのは死ぬことだけだ……いくらあたしでも、勝てない死闘なんてやりたくない」


『じゃあ……勝てるならもう一度戦ってくれる?』


「だから言ってるだろ、あいつはあたしより強いんだ。戦ったら今度は死ぬぞ」


 その言葉を聞き、ナビキは選択した。

 決して軽い決意ではなかったが、強い決意をすぐさま練り上げた。

 何故なら、ナビの勇気は元々ナビキのものだからだ。


『ナビ、もう一度戦って。私も命を賭けるから』





 二十分後、街の死角や裏道を使って逃げていたナビも限界が来て、〖強奪王〗と接触する。

 だが、その接触はナビの方からだった。


「うらぁあ!!」


 ナビの殴りつけた棚が壁を壊し、棚と壁の残骸が〖強奪王〗を襲う。

 〖強奪王〗は壁の向こうからの奇襲に一瞬驚く素振りを見せるが、腕で払いのける。


 だが、ナビはその一瞬に鎌を突き出し、突撃獣の目を貫く。


「!!」

「まだまだ!!」


 ナビは鎌をさらに振り回して、強奪王と突撃獣を繋ぐ手綱を狙う。

 そして、〖強奪王〗は残骸を払いのけた腕で両手剣を腰から取り、受けようとする。


「なめんな!!」


 ナビはその剣ごと大男を突撃獣の上から叩き落とした。

 目を突かれて暴れ始める突撃獣の上でナビのパワーを止められるわけもなく大男は手綱を離してとばされる。


 だが、ダメージは発生しない。


 ダメージは発生しないが、パワーで押し切られる。


「スキルがなくちゃダメージは与えられねえ……だが、ダメージはなくても弾き飛ばすことは出来る。そうだろ?」


 ナビは鎌を構え、強がるように笑う。


「ボーナスタイムだ。さあ来いよ、あたしが全部止めてやる」



長杖(スタフ)

 魔法使いの杖。

 比較的長めのものを指す。


(スカイ)「はい、今回はこちら。魔法のステッキです」

(イザナ)「うーん、私にはちょっと大きいです」

(スカイ)「これは長いからちょっとイザナには扱いにくいかな」

(イザナ)「はい、もっと短い方がいいです」

(スカイ)「ならこれなんてどう? イザナにピッタリじゃない?」

(イザナ)「これ……何ですか?」

(スカイ)「道案内(ガイド)の小旗。あなたの仕事にピッタリでしょ?」

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