67頁:防衛線は死守しましょう
『鎌スキル』
鎌で戦うスキル。
湾曲した刃によって回転力を生かして高い貫通力を生み出す。
モンスターの装甲に対する貫通力では一番。
デスゲーム開始直後、『時計の街』はプレイヤー達が絶望を刻み込まれた場所であり、誰もが逃げ出したいと思うような絶望に満ちた空気が漂っていた。
一週間ほどすると、突出して行動力のある数人のプレイヤーが道を示し、流れを変えた。
絶望の淵にいたプレイヤー達は自分達に出来ることを探し始めた。
さらに一週間ほどすると、それぞれが自分のするべきことを決め、それぞれの目指す方向へ歩み始めた。
さらに一週間が経ち、生産職の都となったこの街は未曽有の危機『殺人鬼』の恐怖に晒されたが、見事な連携で被害はほぼ最小限に食い止められた。
そして、ゲーム開始から一ヶ月でエリアボスが攻略され、歓喜も束の間、襲撃イベントという最大級の危機に見舞われている。
だが、既にこの街はただのプレイヤー達の活動拠点ではなくなっている。
ここは、絶望から這い上がった者達の復活の象徴だ。
「私達の作った街よ。負けられるわけないじゃない」
スカイは、この街のプレイヤー達を信じている。この街を守りきれると信じている。
賭けてもいい。
《現在 DBO》
カウントダウンが終了した直後、モンスター軍団の一部が突進を始めた。
知能は大して高くなく、それぞれのレベルも低い。
だが、数が多い。その数は約五百。
第一の防衛ラインにモンスターの軍勢が迫る。
そして、予め地面に塗料でつけておいた『境界線』に先頭が踏み込んだ時、櫓の上から見張りが叫んだ。
「投石始め!!」
迫る五百のモンスター達。
対するは……土壁の裏に隠れた千人の生産職の義勇兵だ。
「「「うぉおおおお!!」」」
大した戦闘能力を持たない彼らも、共通で持っているスキルがある。
それは、初期設定の『投擲スキル』。
本来は初期レベルでは敵の気を引く程度の効果しかないが、千人も集まれば意味合いが違う。
小石が雨のようにモンスター達に降り注ぐ。
命中精度が低くとも的も多い。義勇兵は『境界線』より内側……投擲の射程範囲に入ったモンスターに外れても当たっても関係なく、予め用意した石を拾っては投げ拾っては投げを繰り返す。
一撃一撃は大したダメージはなく致命打にはならないが、それが何十何百と当たり続ければダメージは蓄積し、突進は勢いを削がれる。
さらに、境界線付近に散りばめられた大量のマキビシが後続を乱す。
そして、勢いが削がれれば、今度はこちらの番だ。
『歌唱スキル』で声を最大限まで強化した見張りが状況を見計らってスカイに合図を出す。スカイはそれに手で合図して答える。
「一斉投石止め!! 第一戦闘部隊突撃!! 義勇兵は投石で援護しろ!!」
「「「オオオオオオー!!!!」」」
投石が一旦止み、モンスター達は突然攻撃が来なくなったことでどこに突進すべきか迷ったように立ち止まったタイミングで、堀の向こう側からいくつか確保された『出兵用出入り口』から、それぞれの武器を構えた『下級戦闘職』とレベルの低めな『戦える生産職』が出陣する。
その数約八百人、平均レベル20。
そして、義勇兵の援護を加えれば戦力は千八百。
敵の第一陣を殲滅するには十分な戦力だ。
「危なくて敵の攻撃に曝せない義勇兵は投石で後方支援、そして敵が弱ってきたところで戦力的に不安定な低レベルプレイヤーを大量投入して数の力で安全に戦闘を進める……まずは計算通りみたいだね」
スカイの隣に控える黒ずきん(ジャック)が戦況を見て冷静に解析する。
黒ずきんは戦闘においては一日の長があるが、それは一人対複数、または複数対複数での話であり、何百人単位のぶつかり合う戦闘は専門外だ。今回の作戦立案は主にマリー=ゴールドとライトの二人であるが、その二人はここには居ないのでスカイの側には黒ずきんが控えているのだ。
彼女の当面の役割は優れた感知能力で戦況を把握し、敵の別方向からの奇襲などに備えることだ。
広域センサー並みの感度を持つ彼女は敵味方の動きを手に取るように把握している。
「これだけ有利な状況なら死者ゼロ人も夢じゃないだろうけど……相手がレベル一桁ばっかりなら別にこんな策を使わなくても中級以上の戦闘職を出せば普通に勝てるんじゃないの? むしろ弱い敵に敢えて弱い味方をぶつけるって意味ないんじゃない?」
今のところ敵は初期レベルで相手していたようなレベルのモンスターばかりだ。生産でレベルを上げたような生産職は武器系スキルのレベルが低くて少し苦労するかもしれないが、ある程度のレベルのプレイヤーなら一撃で倒せるような雑魚モンスターだ。
わざわざ義勇兵の援護などなくとも、もう少し直接戦闘員を増やせば楽に倒せるように思われる。
しかし、スカイは首を横に振る。
「それだと後の方辛いわよ。なにせあっちは40越えの巨大モンスター軍団が控えてるんだから。今は多少の危険を侵しても義勇兵にバンバン『投擲スキル』を使わせてスキルのレベルを上げさせたいの。義勇兵だって本当は千人じゃ収まらないのよ? それを熟練の密度を考えて絞って、残りは弾の補充にまわしてるんだから」
今は力押しでも勝てる敵だ。
しかし、力押しだけだと消耗した後のリスクが高くなる。普通のゲームならそれでもよいかもしれないが、戦闘で死んだら本当に死んでしまうデスゲームにおいてそのような選択は愚の骨頂だ。
敵が強くなったら弱いプレイヤーは後退させて援護に回す。そして、最初から援護しているプレイヤーは技を使い続けてスキルのレベルを上げて攻撃の質を上げる。
強い敵と戦える戦力が無いのなら、戦いながら戦力を増強するしかないのだ。
「おっと、第一波を殲滅し終わったようね……さあさあ、すぐに次の弾を運んで!! 第一部隊は一旦退いて回復、義勇兵も早めに食料でEPの回復に取りかかって!! スキルのレベルが30を越えてたら石を大きくして!!」
敵の最初の五百体を殲滅して出来た僅かな隙間の時間に次の準備をする。
そして、そこにはスカイとライトのこれまでの活動の結晶である『攻略本』が有効活用されている。
『投擲スキル』のレベルと投げれる重さ、距離の関係は攻略本の編集時に調べてあるので、レベルに応じて投げる『弾』も分けて準備してある。
さらに、敵モンスターの攻撃パターンなどの情報も攻略本でプレイヤー達には知れ渡っているし、相性のいい武器、弱点、優先して倒すべきモンスターなどを編集した物も配布されている。
攻略本の情報は、同じレベルのプレイヤーを何倍も頼もしい戦力にしている。
「ライトがいろんな武器で戦うのって、本人の趣味の問題もあるけど、実は相手に効く武器を探るって意味合いもあるのよね……今まではそこまでしなくてもって思ってたけど、こういうときには信じられないほど役に立つわね。流石は予知能力者を名乗るだけあるわね」
「やっぱり敵は防衛シュミレートゲームみたいにウェブ形式の攻撃仕掛けてくるね。一気に全軍で突進して来ずに弱いモンスターから段々強くなっていく……数が一定なら六回か七回かな……と、次が来るよ」
黒ずきんは誰よりも早く敵の次なる行進の気配を察知して注意を促す。
そして、彼女自身も敵を見極める。
数は先程と同じ約五百体。平均レベルは先程より2か3だけ高くなり10程度。低級だが上位種や亜種も混ざり始めている。
これくらいなら下級戦闘職とレベルの低い生産職でもまだ楽に行けるだろう。
だが次の瞬間、以前にも味わったことのある感覚を覚えた。
これを以前感じたのは……〖マスタージュエル〗の罠にはまった時だ。
まるで、じんわりと圧力をかけるような湿っぽい殺気。
その発信源は……旗を持つイベントボス〖ハグレカカシ〗。
「……来る!」
〖ハグレカカシ〗が、旗を大きく振るう。
赤い波動のようなエフェクトが広がり、突進してくるモンスター達に同じ赤色が纏わりつく。
「やっぱり支援型かアイツ!!」
五百体に一度に支援をかけるなど規格外の能力だ。ナビが一対一でも戦えたということから『もしかすると』とは思っていたのだ。
敵に支援がかかっているのなら、敵の強さの認識を修正しなければならない。
黒ずきんは櫓に飛び乗り、杖を構える。
そして、敵が境界線を越えるより先に長い詠唱を終える。
「あたれ!!」
放つのは彼女の持つ闇魔法の中でも最も射程が広く、威力は低いが距離で減退しない射撃魔法。
放たれた魔法は突進の先頭にいるモンスターを貫き、レベル差の影響もあり一撃でHPを削りきる。
黒ずきんはその削りきるまでの『時間』をカウントしていた。
「モンスターに支援がかかってる!! レベルは表示より5上だと思って!! 見た目より強いから気をつけて!!」
敵の実質平均レベル15。
楽には勝たせてくれないらしい。
第二波は黒ずきんの機転で見た目より強い敵に不意打ちのような形で殺されるプレイヤーは出ず、第一波よりは時間がかかったが、無事に殲滅できた。
そして、第三波。
「第一防衛ラインから撤退!! 第二部隊投入!! HPが半分きったらすぐ下がって!! 投石は味方に当たらないように注意して!!」
スカイの指示を見張り役が受け取り、義勇兵が一つ目の防衛ラインから15mほど後ろの二本目の防衛ラインに引き下がる。
そして、入れ違いに平均レベル30の第二戦闘部隊約四百人が前列に入る。
敵の実質平均レベルが20で第一部隊と並び、数で勝っていても連戦での疲労が重なり敵の勢いに押され気味になってきたのだ。
犠牲者を出さないために余裕を持った戦力投入を心掛ける。
しかし、直接戦闘員を増やしすぎると投石での同士討ちの危険が伴うため、疲労したプレイヤーは下がらせる。
「次からはレベル25以下のプレイヤーは危険だから下がらせて義勇兵の護衛に就くように通達して。あと、もしもう『投擲スキル』が50まで行ってる人がいたら、粗製金属素材の鉱石で数より狙いを優先させて」
指示を出しながらスカイはやや焦りを感じ始める。
敵の支援が思ったより響いている。
第二部隊投入のタイミングは予定より早まり、しかも敵全体の耐久力があがったことで用意した石が最後まで足りるか微妙になってきたのだ。
これで敵は約半数。
しかし、その半数は今までよりも強い。
ペース配分に気をつけないと、最後の巨大モンスター軍団を防ぎきれなくなる。
「ここは一つ……小狡い手を使いましょうか」
第四波。
数は約五百体。実質平均レベル25。
このレベルのモンスターになると特殊能力を持つものも多く、数は同じでも戦うには厳しくなる。
特に、遠距離攻撃は数が集まるとそのまま戦力の増強に繋がるので、防御力の低い義勇兵を射程に捉えるに潰す必要が出てくる。数の力はプレイヤーの特権ではないのだ。
土壁やバリケードの壊れた第一防衛ラインは破棄し、レベル25以下の戦えるプレイヤーが第一防衛ラインの名残である堀を越えた接近戦型のモンスターに相対する。
堀を上がるなり飛び越えるなりしたモンスターを迎撃するという、地の利を生かした戦い方をしていてもレベル差の有利はほとんど無いに等しく、義勇兵の投石は同士討ちを避けるため堀の淵のプレイヤーをすり抜けたモンスターに集中するため援護としてはあまりあてにできない。
だが、スカイも手を打っていないわけがなかった。
「『音楽隊』『薬香』『刀鍛冶』『修繕』始動!! 交代で後ろに下がって支援を受けなさい!!」
指示を受けた直接戦闘のプレイヤー達は大きなダメージを受けると義勇兵の所まで下がり、義勇兵と一緒に後衛に控える『生産職』の支援を受ける。
音楽系のスキルでHPを回復し
薬草から作ったお香の香りでEPを回復し
鍛冶屋の金鎚が連戦でボロボロになった武器の性能をブーストさせ
『梱包スキル』で防具の傷をテーピングして塞いで防御力を回復させる
「我らが『時計の街』の精鋭百人の戦闘支援。ここまで奮発すれば抜かれることは無いでしょう」
スカイは戦闘は門外漢だが消費と需要、損得勘定とリスクマネジメントはプロ中のプロだ。
この戦い赤字は出さない。
第五波。
数は今回も五百。実質平均レベルは30。
このレベルのモンスターはもうほとんどが特殊能力持ち。そうでなければレベルが下でも油断ならないステータスを持っている。
スカイは迷わず指示を出した。
「第三部隊投入!! レベル35以下は必ず複数で一体ずつ確実に倒しなさい!! 低レベルのプレイヤー、消耗したプレイヤーは無理せず下がって回復して!! 次の波に全力を出せるように!!」
第三部隊……平均レベル40前後。
中級戦闘職の中でも前線の開拓した場所でレベリングを重ねていて、前線に近い者。
そして、例外的に強い『戦える生産職』。
合計約二百人。
この街で最高の戦闘能力を持つ集団だ。
「ぐ……ちくしょう……」
第三部隊に配属されたあるプレイヤーが戦場の片隅で悪態を吐く。
目の前にしているのは支援を受けた〖ダーティーウルフ LV27〗。全身の毛皮が薄汚れた色をしており、直接攻撃を受けてしまうと低確率だが『病毒』を受けてステータスを下げられてしまう。
そして、足下には足を大きく負傷し倒れているパーティーメンバー。後退しようにも、仲間を置いて下がるわけには行かない。
だが、ジリジリと〖ダーティーウルフ〗は距離を詰めて飛びかからんとしてくる。
「ここまでか……」
運が悪かった。
相手に毒の能力があることは知っていたが、それが低確率なのも知っていて油断した。
まさか、二人連続で毒を受けてしまうとは……
適度な間合いを取った〖ダーティーウルフ〗が飛びかかってきた。
思わず目をつぶる。
……だが、いつまで待っても攻撃は来なかった。
「大丈夫かい? 友達を連れて早く下がりなよ」
そんな声が前から聞こえて目を開けると、そこにはツギハギだらけの着ぐるみがいた。
その着ぐるみは右腕を〖ダーティーウルフ〗に噛ませているが、痛がる様子を見せない。
「あんたは……」
「僕はこの街のマスコットさ。よろしくね」
「いや、腕噛まれてんぞ!! そんなこと言ってないでそんな着ぐるみ脱いで戦えよ!!」
「えー、ダメだよそんな夢の壊れるようなことー。僕はこの程度で動じない、安定のマスコットなのさ」
「動じないんじゃなくて動けないんだろ!! ガリガリ引っかかれてるぞ!!」
「もーしょうがないなー。じゃあ、僕がこいつ倒したらちゃんと逃げてね」
そう言うと、着ぐるみは左手を振り上げ、一気に〖ダーティーウルフ〗の頭に叩きつけた。
「キャウン!!」
子犬のような声を上げて地面に叩きつけられる狼。着ぐるみはその頭を太い足で踏みつける。
グシャ
という音がして、〖ダーティーウルフ〗のHPは真っ赤に染まる。
そして、もう瀕死の狼を持ち上げ、着ぐるみは言った。
「ここまで汚れた毛皮はあんまり気が進まないんだけど……いただきまーす」
着ぐるみの前面のツギハギが腹の中央から裂けるように剥がれ、半端に剥がれたあて布が『牙』のように変質する。
そして、腹に開いた裂け目が『口』のようになり、着ぐるみは腕で〖ダーティーウルフ〗をその中に放り込み、『口』を閉じて丸呑みにする。
そして、唖然とする後ろのプレイヤーに向かって、マスコットらしい声で言った。
「ごちそうさま。ほら、さっさと下がりなよ」
レベル44。服屋の『雨森』。
その着ぐるみの中を見て生きている者はいない。
またある場所では、白衣を着た男が巨大なパンダ型モンスターと対面していた。
〖大食漢熊猫 LV25〗。クエストボスとして登場する肉弾戦の得意なモンスターである。
イベントに際し下方修正されているのかHPは一段だけだが、そのパワーは侮れない。狂乱状態の時に確認される『腹の口』も最初から獲物を求めて牙をちらつかせている。
しかし、白衣の男は動じない。
「うむ。新しい薬品の実験にはここら辺が丁度いいか」
ポケットから試験管を取り出し、指先で挟んで軽く振りかぶる。
「『ドラッグボム』」
次の瞬間、〖大食漢熊猫〗の顔面で液体がはじけた。
「グォアアアア!!」
「うむ。失明毒の効果は確かなようだ。では次はこれを試すか」
白衣の男は苦しむ〖大食漢熊猫〗の、苦しみを訴えるように唸る腹の口に向かい、今度はポケットから取り出したフラスコを投げ入れる。
「『ドラッグボム』」
腹の中でフラスコは割れ、中から紫の爆炎が吹き出した。
「ギャグワグォ……」
爆発のダメージを受け、さらに毒のアイコンを表示し、そのHPは急激に減り、瞬く間に尽きる。
「痛毒爆弾も成功のようだが……たった二つ試しただけで倒れてしまったか……また次の実験台を探さなくてはな」
レベル36。錬金術師の『ドクター』。
噂によるとスカイに本気で人体実験を禁止されているらしい。
流石は最高戦力なだけあって、第四部隊は素晴らしい戦果を挙げ、モンスターを撃破していった。他のプレイヤーも少ないモンスターに戦力を集中でき、安全にモンスターを殲滅していった。
驚くべきことに、ここまでの戦闘でプレイヤーの死者はゼロである。
だが、油断はならない。
次は今までの『群れ』とは違い、統率の取れた『軍勢』なのだ。
「そろそろ、『私達』の出番ね……エーくん、あれの準備急いで! 無闇は火矢の準備!」
そして、スカイは声に出さずに考える。
(頼むわよジャック)
第六波。
数は約四百体。実質平均レベル35。
数はやや少なくとも、どれも武器を操り、知能が高く陣形を組むモンスター達。
これまでのように先に厄介な飛道具を狙うことが出来ないよう固いモンスターがその前に並び、さらに移動力のある騎手のようなモンスターも混じっている。
今までのように正面から戦えば長期戦になる。そうすれば、死ぬわけにはいかないこちらが不利だ。
だから、スカイはこの軍勢に対してだけは策をこうじていた。
敵の慎重な進軍を見て、位置取を見計らってメールで黒ずきんに指示を送る。
そして、黒ずきんは第六波の軍勢の『前から見て右』から飛び込み、右手に《血に濡れた刃》、左手に杖を持って……技を放ちながら『前から見て左』へ一気に駆け抜けた。
途中、反応の素早いモンスターの攻撃が飛んでくるが、ジャックはそれを余裕で避ける。
大抵のモンスターは突然の奇襲に反応しきれない上、反応できても攻撃に至らない。
彼女が奇襲をかけたのは敵の後方の遠距離攻撃モンスター達と、壁モンスターの後ろからの攻撃を前提とした長柄武器のモンスター達の間なのだ。
一瞬にして通り抜ける通り魔のようなジャックを捕まえるのには向いていない。下手をすれば攻撃は味方に当たるのだ。
そして、彼女が通り過ぎた後には混乱した軍勢。もちろん、こんな混乱は十数秒あれば収束されるだろう。ダメージも大したことはない。
だが、その十数秒がスカイの狙い目だった。
「今よ!! 発射!!」
スカイのかけ声と共に、櫓の裏で組み立てられていた装置が作動した。
網で作られた受け皿を止めていたロープが断ち切られ、てこの原理で落ちる重りと反対に受け皿が弧を描いて跳ね上がり、その上の物体を加速させて飛ばす。
そう。かっての城塞の天敵《投石機》だ。
放たれた物体は混乱する軍勢のド真ん中に飛んでくるが、迎撃できるモンスターはいない。
その物体は地面に落ちても壊れず、形を保って低く跳ねる。
縛り付けられた三つの……髑髏マークの描かれた樽。
すかさず、最大射程・最高精度の狙撃能力を誇る闇雲無闇が『燃える魔弓』を曲射で放ち、樽の軌道を追う。
「『時計の街』特製、生産職の総力を結集して作った樽爆弾よ。文明の力を思い知りなさい」
次の瞬間、樽三つ分の爆薬が敵陣のド真ん中で大爆発した。
さらに、広がった爆炎は地面に草に紛れ込まされた『導火線』に一斉に火をつけ、十秒ほどの時間差で予め設置されていた『地雷』を爆発させる。
「たーまやー」
スカイは気の抜けるようなかけ声でその爆発を見届けた。
その爆炎は大量のモンスターを呑み込み、爆風は壁モンスターを後ろから、後衛モンスターを前からなぎ払い、陣形をバラバラにする。
プレイヤー達が予想以上の爆発に呆気にとられていたのも一瞬の出来事だ。
最初に爆発からほぼギリギリで逃げ延びた黒ずきんが敵の騎兵を襲い、それから次々とプレイヤーがバラバラになったモンスター達を襲う。
「私が戦えないと思った? 生憎、私は頭で戦うの。女子供だからって油断してると大火傷するのよ」
レベル45。商人の『スカイ』。
最大の生産職にして、この街の育ての親。
発で散り散りになったモンスター達を掃討した後、スカイは指示を飛ばす。
「みんな直ぐに回復して、万全じゃない人は一回下がって回復して!! 次で最後よ!! 疲れただろうけどもう少しだけ頑張って!! もう出し惜しみは無しよ!! 第二部隊までは第三部隊のサポートに全力を尽くして!! 義勇兵はもう石がなければモンスターの欠片でも折れた武器でも何でもいいからとにかく投げて!! 相手の合計HPは膨大よ!! あなた達の数の力が頼りなの!!」
ここまでは死者は一人も出ていない。
それは、レベルで勝るプレイヤーを主体に、常に有利に戦闘を進められたから。
だが、これからの戦いはそうではない。
ここからは、全勢力を集結してもやっと対等と言えるかどうか。HPバーを複数持つクエストボスクラスが百体。そして、敵の切り札の〖ラジェストポイズンスライム〗が居るのだ。
巨大モンスターの群れに小細工は通じない。
押し負ければ防衛ラインは簡単に踏み潰され、蹂躙される。
スカイは鋭い視線を西へ向ける。
始めの一瞬が勝負の決め手だ。
スカイの、そして『時計の街』の全勢力の見つめる先で巨大モンスター百体が突進を始め、その煽動者である〖ハグレカカシ〗が旗を……
「糸スキル『インビジブルバインド』、『威風堂々 ダイナミッククラウン』」
巨大モンスター達に、赤い支援の波は広がらなかった。
旗を振ろうとしていたカカシの全身には金の糸が絡みつき、旗を振るのを邪魔している。
「わざわざ南門から馬を全力で走らせて、『壺の町』を経由して踏み荒らされた『看板の町』へ。そしておまえたちの踏み荒らした跡を辿って西へ西へ、おかげで『間に合わなくて今日出番なし』ってオチになるかと冷や冷やしたぞ。」
『彼』はそう言い、古びた帽子を手で押さえ、空色の羽織りをはためかせて笑う。
そして、腰の竹光を抜き、名乗りを上げる。
「『時計の街』在住、住所不定無職の戦闘職でも生産職でも無い半端者のライトだ。ナビとやったみたいに一騎打ちの大将戦と行こうぜ〖ハグレカカシ〗」
『時計の街』で最高レベルのプレイヤー。
レベル50。無職のプレイヤー『ライト』。
最も多くのスキルを持ち、最もこのゲームを攻略しているプレイヤー。
この戦いを代表するのに、彼以上の適任者はいなかった。
同刻。
『時計の街』の東側の市街地にて。
加護が消え、破壊可能となった街を破壊しながら戦う二人がいた。
一人は鎌を手に、息を切らせて戦うプレイヤー『ナビ』。
もう一人は、その豪腕で武器を振り回すイベントボス。
街の反対側で繰り広げられるもう一つのイベント戦も白熱していた。
《粘着テープ》
片面が粘着性のテープ。
アイテムの補強、接合などに使える。
(スカイ)「はいこちら、引っ越しの必須アイテムガムテープです~」
(イザナ)「あんまりゲームの世界観と合いませんね」
(スカイ)「細かいことは気にしないの。これ、戦闘で傷付いた防具を突貫で直したりとか、いろいろ使えるのよ」
(イザナ)「本編で『梱包スキル』の人達が使ってたアイテムですね」
(スカイ)「あっちは戦闘用で耐久力高い素材使ってるけどね。でも、これっていろいろ使い方あるのよ」
(イザナ)「たとえば、どんなふうに使うんですか?」
(スカイ)「たとえば~……誘拐犯が人質の口を塞ぐのに使ったりとか~」
(イザナ)「変な使い方紹介しないでください」




