61頁:ピンチの時には団結しましょう
『調合スキル』
薬物などを制作するスキル。
毒薬、爆薬、治療薬など応用範囲が広い。
その代わり、材料に高価なアイテムを必要とする場合も多く、戦闘では使いにくいスキルなので専ら生産職専用のスキルとされている。
『序列零位『空気感染』もしかして、まさかこの人、この前のデスゲームに参加してましたか?」
「参加者っていうよりスポンサーに近いかな。でもまあ、関係がないとは言えないね」
デスゲーム『DESTINY BREAKER ONLINE』開始前日、リストの最後の一枚を読みながら『金メダル』は『先生』に質問した。
リストの中で一つだけ写真がない。
自分が一位に位置付けられているランキングの『零位』だ。気にしないわけがない。
だが、『先生』は大して意味もないと態度で示すように語る。
「別に、単純なスペックでアナタの上だからとかじゃないわよ。単純に私の『教え子』じゃないからってだけ。その子は、私が育てたわけじゃない、私の生徒でも、弟子でも、挑戦者でも、舎弟でも、部下でも、右腕でも、駒でもない……強いて言うなら私の『友達』……『親友』かもね」
「あら? 先生に友達が居たんですか。それは少し驚きです」
「何気にヒドいこと言われた気がするけど……まあ確かに、珍しいことよ。一度全部失ってから、私が『友達』を作るのを避けていたのもあるかもしれないけど……ただ、あの子はいくらでもやり直せる……その点では強いよあの子は」
「全てを失っても、そこから立ち直ることのできる人間ですか……確かに、それは私なんて及びもつかない領域ですね……私は、その人の友達になれるでしょうか?」
「どうだろうね? ぶっちゃけ、あの子の『友達』って定義がよくわからないからね……でも、これだけは言える。あの子はアナタや神様からの『救い』なんて求めない。」
『先生』は、強い口調で言う。
「まあ見ていなさい。歴史に名を残すのは運命に選ばれた『主人公』だけじゃない。」
《現在 DBO》
黒ずきん(ジャック)、エリザ、ライトが相次いで襲撃イベントで迫り来るモンスター軍団の下へ走っていった後、『大空商社』でスカイは深く溜め息を吐いた。
「結局みんな偵察組? こっちは防衛の準備で忙しくなるっていうのに……」
まあ、今のこの街で戦闘能力が高いプレイヤーの上から三人と、何故か前線プレイヤー達が先の街に進んだ中、未だにここに留まっていた(置いて行かれた?)最前線ソロプレイヤーの闇雲無闇の四人編成なら滅多なことは無いだろう。
それより今スカイがすべき事は、モンスター達が到達するまでに防衛戦の準備を進めておくことだ。流石にライトもここに来る前にモンスター軍団を全滅させるようなことはしないだろう……一緒にいる殺人鬼二人が心配だが……その可能性があっても防衛の準備は怠るべきではない。
まあ、仮にそうなってしまっても生産職が戦闘に使うための物資として『組合』で安く貸し出し、売り出ししてしまうつもりだが……損した分はライトに請求しよう。監督不行き届きだ。
方針は決まった。
全力で気兼ねなく防衛戦の準備をしよう。
「今動かせるこの街の戦力は……」
スカイは頭の中で自分の『持ち物』を確認する。一番使い慣れた『ライト』がいないのは少々不便だが、スカイの使える戦力はまだまだいる。
『組合』の所属生産職。
それぞれの分野に特化した各生産スキル代表者。
最前線に届かず新エリアの調査には向かわなかった下級・中級戦闘職。
この街に住んでいる一般生産職。
そして、ある意味ライトより曲者の『金メダル』と、彼女に信頼を寄せる三十人の子供達。
正直最後の一つは制御不能になりそうなのであんまり当てにしたくないが、放置しておくとさらに面倒なことになりそうなので早めに状況を確認して置こう。
スカイが各方面からの情報を整理しながら対抗策を幾つか立案している間、『金メダル』ことマリー=ゴールドはパニック収束にあたっていたはず……
フレンドの権限で位置を確認。
……『組合』のテントの辺りだ。
そういえば、パニックの収束ってどうやってやるつもりなんだろうか?
十分後。
「はい、次はそこのあなた。お名前と意見をどうぞ」
「はい! 俺クラッシュって言います。みんな投擲はできるからモンスターの群れに石を投げれば結構ダメージあると思います!」
「なるほど、数の力を生かしたいい作戦です。次、そこのおじさま」
「楠だ。『おじさま』なんて言われるほど歳じゃねえから『おじさん』くらいでいい。おじさんは昔実は自衛隊にいたことがあるんだ。石だろうと矢だろうと飛道具使うなら穴掘って、掘った土積み上げて塹壕作った方がいいぞ。逃げるときは簡単に落とし穴にできるしな」
「さすが兵隊さん、頼りになります。他の皆さんもどんどん参加してください。アイデアがかぶっても良いし、周りの人と相談しても良いです。採用されないような案だと思っても一部分だけでも他の作戦と組み合わせられるかもしれません。防衛中の給食のメニューでも、作戦のネーミングでも、自分のできそうな仕事でもなんでも構いません。さあさあ、手を挙げないと無茶振りしますよ」
『組合』のテントの前、戦闘訓練と技の試し撃ちが目的とされ地面が均された『運動場』で、メガホンを持ったマリー=ゴールドは何百というプレイヤーを前に物怖じせず、台に乗って黒板にプレイヤーから出てきた意見を書き留めていた。
時折プレイヤーの中から『バナナはおやつに入りますか?』『防衛成功したら祝勝会したいです!』などという気の抜けるような意見が出て、場を和ませる。
プレイヤー達の顔には笑みすら浮かんでいる。
その様子を見て、スカイは一言言った。
「えっと、何やってるの?」
すると、マリー=ゴールドは後ろの方にいたスカイを見つけ、メガホンを通して叫んだ。
「あ、スカイさーん! いっぱいアイデア出たのでこっち来てくださーい! ほらほら、みんなも通してあげてくださーい!」
どうやら代表会議に参加しない多数のプレイヤーの意見を集めていたらしい。
スカイは基本的には会議を円滑にするために代表者を集めて会議をしている。というより、現代の民主制などというのは大抵そんなものだ。全員参加の民主制なんて処理する方の労力がかさむし、非効率的過ぎる。
何より、会議の参加者が多すぎると、会議を進行するのに要求される技量が半端ではないほど高くなる。
それをマリーは笑いながら、全員で楽しめるように進行している。
カリスマが凄すぎる。
スカイが人に退いてもらいながら前に進むと、黒板が見えてきた。
大量の意見が書き留められているが、なかなか使えそうなアイデアも多いし、突拍子も無いように見えてスカイなら実現できそうな手段もいくつかある。
『大衆』という演算装置による並立演算。
マリー=ゴールドなら一日でローマを築くかもしれない。
まあ、役に立ちすぎる……仕事が『出来すぎる』というのはライトと共通する部分だろう。
「マリーとライトが組んだらどうなっちゃうんだろう」
「いやいや、スカイさんとライトくんの組み合わせもなかなか強力だと思いますよ?」
会議は小休止。
マイマイ、ライライを中心とする料理人達が作っていたお菓子を集まったプレイヤー達に配ってスカイとマリー=ゴールドは個人間での会話に切り替えていた。
「まあ、私としてはライトくんとコンビになりたい所でしたが、本人にふられちゃいましたからね。それを言うなら、甘やかさないようにと一度は彼を見捨てた私も私ですが」
「ライオンが子供を谷から突き落とすみたいなことをデスゲームでやったの? 甘やかさないどころじゃないでしょ」
「まさか谷底に居着いてしまうとは……」
「私を谷底って言うのはやめてくれない? 確かにライト今借金地獄だけどさ」
「しかもハーレムルートに突入しつつあるとは、姉弟子としては複雑極まりないです」
「そりゃ確かにその通りかもしれないけどさ……」
借金取り、多重人格者、殺人鬼、ロリNPC……
プロフィールだけ見ると一番まともなのはやはりスカイだろうか。
まあ、ライトが異性を異性として認識できているのかが怪しく思い始めているくらいなのだが……
「まあ、私も異性として見てるわけじゃないから良いんだけど……というか、マリーって異性じゃなくても良いらしいけど、ハーレム作ってるのはマリーの方じゃないの? エリザにも懐かれてたし、黒ずきんにも猛烈アピールしたらしいし、子供達囲ってるし」
「そんなじゃありませんよー、私は博愛主義で、あらゆる人間を愛したいだけです。そこに人種、性別、年齢、経歴、宗教などの差別は一切ありません」
「マリーにとっては人類そのものが巨大なハーレムなの!? しかもそれで洗脳とか出来るなんて怖すぎるんだけど!?」
「大げさですよ。それにしても……スカイさんは細くて素敵ですよね……デスゲームが終わったら社会復帰まで生活とか大変でしょうから、ルームシェアなんてしてみませんか?」
「ロックオンされてる!?」
マリー=ゴールドは終始笑顔で本心がつかめない。
『笑顔』というポーカーフェイスをここまで使いこなせる人間を、スカイは初めて見た。
いざとなったらライトを生贄として使おうと心に決めた。
その後、取り敢えず必要だと思われる人手の要る作業(石拾い、資材運び、穴掘り、給食用の食料調達など)をマリー=ゴールドに任せたスカイは『組合』を後にした。
次に向かうは各生産スキルの代表者達の『工房』だ。
だが、正直こちらもあまり気が進まない部分がある。
生産職の中には何人かマリー=ゴールド並みに……『個性的』な面々がいるのだ。
おそらく、ライトやマリー=ゴールド並みに、このゲームを本気で『楽しんでいる』者達だ。
『時計の街』の7時の方向、鉄屑山のすぐ近くにある小屋。小屋と言っても、鉄屑山から取ってきた鉄板やドラム缶などをつなぎ止めて作られた秘密基地のような粗末なものだ。
まだプレイヤーの寝床の完成率は低いため、このような『建物もどき』のような場所は多いが、ここは他よりも物が多い。
ここは、ある生産職の工房だ。
雇ったNPCの馬車で目的地に到着したスカイは遠慮することなく、立て付けの悪いドアを強くノックする。
「ドク! ドクター! 防衛戦の事でちょっと話があるんだけど!!」
「我が輩は今留守である。出直してこい」
「見え見えの居留守使うな!! そんなこと言ってないで出てこないと研究費止めるわよ」
「やれやれ、世話のかかる小娘だ」
「世話のかかる科学者め」
ドア越しのちょっとした口論の後、工房の主はドアを開けて一言言う。
「よっぽどの用事が無い限りほっといてくれと言ったであろう。連日何の用だ?」
「よっぽどの用事よ!! 襲撃イベント!!」
「そうか、それは知らなかった」
「マジで!?」
ドアから出てきたのは白衣を着て眼鏡をかけた男だ。年は二十代後半、痩せ形でいかにも『研究者』といった容姿の男。
彼のプレイヤーネームは『ドクター』。通称『博士』。
『調合スキル』の代表者で職業は『錬金術師』。
ボス攻略にも参加していた男だ。
「我が輩は実験で忙しいのだ。時間を取らせるな、用件を速く言え」
「防衛戦で使うからボス攻略で使ったのと同じ爆薬を量産して」
「断る。あれは新しい爆薬の実験を兼ねていた。同じことなどやる意味もない」
「この理系馬鹿……」
スカイは深く溜め息を吐く。
ドクターはこういう奴なのだ。『調合スキル』で作れる薬剤や爆薬の研究にはまったらしく、このような実験室に籠もりきりの科学者になってしまった。
というより、元々リアルでも研究者だったそうなのだが、自分の研究所を持つのが夢だったらしい。
しかも、制作者の手抜きなのかもしれないが、調合材料は実在の薬品が置き換えられたものが多いらしく、現実の知識を存分に発揮している。
第一人称が『我が輩』なのはロールプレイングであり、流石にリアルからではない……だろう。
「前の爆薬の作り方はもう渡してあるだろう? あれで量産すればいい」
「もっとスキルの低い人でも作れるように工夫してって言ってるの。せめて難しい工程が必要な部分だけドクが前もって作っておくとか……」
「何故我が輩がそんなことをしなければならないのだ? 我が輩はそれより新しい薬品の実験で忙しいのだ」
「何よ、こんな時に新しい薬品なんて発明してたの? どんな薬品?」
「前の爆薬より威力が高くて簡単に作れる爆薬だ。もう後は実証実験だけだからその後で相手してやる」
「今必要なの正にそれー!!!!!」
攻略に興味のない錬金術師に溜め息を吐くスカイであった。
『時計の街』3時の方向。
カカシの乱立する中立地帯。モンスターは現れないがHPは減るここにテントを張り寝泊まりする物好きがいる。
『裁縫スキル』の代表者『雨森』。
通称『ツギハギさん』。
デスゲーム中で初めてのプレイヤーショップである『大空商社』に自作の『ブランド服』を作って委託しているが、その姿を知るプレイヤーはいない。
「別に顔出すくらい良いと思うよ?」
「いや……恥ずかしい」
テントの中でスカイの問いにそう答えるのは、頭が球体でシンプルなデザインの着ぐるみを着たプレイヤーだ。その全身には『ツギハギさん』という呼び名に相応しい修繕のあて布が至る所にされている。
声は中性的で、外見とマッチして遊園地のマスコットキャラクターの声を思わせる。
着ぐるみはボディーラインが完全にわからないほど完全に身体を覆っている。しかも、どうなっているのかわからないが、視界は着ぐるみの頭を通しているはずなのによく見えているらしい。
「というか、恥ずかしいかどうか以前にその格好暑くない? 蒸れない?」
「全然平気さ。火の中だろうとへっちゃらだよ」
ミケは着ぐるみを決して脱ごうとはしない。
それが、彼(彼女?)の姿を誰も見たことがないという話の所以だ。
本人曰く『殺伐としたデスゲームに疲れたプレイヤーを和ませるためにやってる』ということらしいのだが、最近では『本当は中身が無いのではないか』などと囁かれ、むしろ都市伝説のようになっている。
スカイが何故このプレイヤーに声をかけに来たかと言えば……実はこのプレイヤーは生産職の中でも少数派だが、しかし街の生産職を支えるために必要な『戦える生産職』の中でライトを除けば一番レベルの高いプレイヤーなのだ。
『戦える生産職』とは、主に生産職としてのスキルを修行しながら、生産に必要な材料アイテムを狩りで集めてくるために戦闘能力も上げている生産職プレイヤーの総称だ。
基本的には彼らの活動範囲は安全に狩りができる低レベルのフィールドだが、一部にはよりレアな材料を手に入れるため危険なダンジョンの奥深くに入ったり遠征して前線近くで狩りをしたりするプレイヤーもいる。
そして、雨森はその中でも特に積極的に材料集めに精を出すプレイヤーだ。
しかも、驚くべきことに戦闘中すら着ぐるみのまま戦うのだ。
雨森の強さは見た目に反して相当のものらしく、最近では上位種の洞窟での単独狩りでさらにレベルを上げたそうだ。
「まあ、要件はわかってると思うけど……今回の防衛戦、戦闘員として数えていい?」
スカイとしては、前線に近いレベルの強さを持つ雨森はどうしても戦闘に参加させたいところなのだ。しかし、それにはどうしてもクリアしなければならない問題がある。
「僕、ちょっと目立つのはいやかな……」
雨森は、目立つのが嫌いなのだ。
こんな格好で目立ちたくないとか意味が分からないし、脱げばいいのではないかと言いたくなるのだが、雨森は本気で表立って目立ちたくないらしい。
「いや、それ脱いだら?」
「無理! そ、そんな夢の壊れること出来るわけないよ!」
『脱げ』と言われたときの慌て方が本気だ。
本当に中身が無いのではないかと疑ってしまうような慌て方だ。
スカイも個人の主義は尊重したいところだが、今は状況が状況。貴重な戦力には参戦してもらいたい。
「別に無理にとは言わないけど、参加してくれないと戦力が心許ないのよ。だから、どうしても力を貸して欲しいの。じゃないと……」
「……じゃないと?」
聞き分けのない雨森にスカイは強烈な一撃を放った。
「攻略本にあなたを主人公にした四コママンガを掲載して人気マスコットにして、思いっきり目立ってもらうわよ」
雨森は震え上がって、協力に同意した。
そして夜。
生産職の各スキル代表者や有力なプレイヤーに役割を伝達し終えたスカイは、店の倉庫にライトが作った簡易ベッドに横になった。
元々は仮眠用に作らせた物だったが、最近ではもうここに住んでいるような感じになっている。
そして、一人で誰に言うでもなく言葉を洩らす。
「本来歩き回るのはライトの仕事なのに……ろくに歩けない私にこんな仕事させるとか、後でこき使ってやる」
実のところ、スカイがライト以外の他人を通してこのような交渉や伝達をほとんど行わないのはスカイの人間不信のせいなのだが、スカイはそれを棚上げしてライトをこき使う算段をたてる。
そうして頭の中でライトの借金が増える展開まで構築した辺りで、ライトからメールが届いた。
「何よ、作戦完成させて気持ちよく寝ようとしてるときに……」
定時連絡ではなく、何か用件があるはずなので無視して寝るわけには行かずメールを開いた。
「……え!? 『盗賊対策は任せた』!?」
どうやら襲撃イベントに便乗して火事場泥棒紛いのことをやっているプレイヤー達がいるらしい。そして、その一団が偵察に行ったライト達に露骨な妨害を試みたという報告だった。
敵は強襲も辞さない連中であり防衛戦でも襲撃に合わせて街を襲う可能性がある。
結局、その対策で徹夜を強いられることとなるスカイであった。
そして翌朝、スカイは眠気を押して防衛準備の進行状況を確認するため、街の西端の防衛ラインを確認しにきた。
「うわ………これ一日で作ったの?」
「競争にしたら盛り上がっちゃいまして」
そこには、マリー=ゴールド主導の元、堀と土壁で構築された立派な防衛ラインが三層。さらに、近接戦型のプレイヤーが出入りするための跳ね橋として使える頑丈な戸板や、投擲用の手頃なサイズに砕いた石などの備品も揃えてあった。
スカイは人を使うのが上手いが、マリー=ゴールドは人を動かすのが上手い。しかも、千人近いプレイヤーを動かしてここまでの大事業を行いながら、『戦闘も支援も出来ないプレイヤー』を報酬ではなく『防衛に参加したい』という心理を利用しているので給料関係のトラブルも皆無。
スカイの所へ来た請求も参加者に振る舞った料理の材料費くらいだ。
「こんなに作った後でなんだけど、ほんとうに生産職のプレイヤーも戦いに出すの? そりゃあ、戦い慣れしたプレイヤーだけじゃ人数が足りないかもしれないけど……」
「義勇兵を募ったらたくさん手を挙げてくれましたし、戦意は十分。みんなの街をみんなで守る。すごく合理的じゃないですか? それに、ちゃんとみんなで戦える作戦も考えてありますよ」
「……まあ、東に避難してれば安全ってわけでもないし、それはそれで良い案かもね。」
スカイの言葉に、マリー=ゴールドは目を細めた後、すぐに納得したように笑う。
「クスクス、敵はモンスターだけじゃなさそうですね。なら、そちらは私と子供達が守りましょう。スカイさんは西だけに集中してください」
「え、任せて大丈夫なの? 敵の数もわからないのに……」
スカイの困惑を前に、マリー=ゴールドは不安の欠片もない笑みを浮かべて言う。
「安心してください。死者が出ないようにちゃんと『手加減』しますから」
スカイはその笑みに何故か寒気を感じた。
その日の昼時、西の荒れ地の『組合』のテントにおいて、廃材を組み合わせて巨大なギミックを組み上げる青年がいた。
作業着とヘルメットが実に似合う真面目そうな青年だ。
それぞれの持ち場の進行具合を確認して来たスカイは組み立てに夢中になる青年の後ろから声をかける。
「エーくん、出来そう?」
「うわっ!? ス、スカイさん!?」
驚いた青年は驚きすぎて声から逃げるように前へ頭を勢いよく下げ、組み立てていた木材に頭をぶつけ、ヘルメットが小気味良い音を打ち鳴らす。
彼のプレイヤーネームは『工作員A』。通称『土木屋』。
実際にプレイヤーネームを自分の名として名乗ることになるVRMMOでは今時珍しいややウケを狙った名前だ。
しかし、本人は実はあがり症で今まで互いに顔の見えない旧式MMOしかやっていなかったらしく、暗黙の常識を知らずに同じのりでプレイヤーネームを決めてしまったそうだ。このゲームを始めたのはあがり症を治すためのリハビリのためだったが、デスゲームになってしまい右往左往していた。
しかし、名前からもわかるとおり元々生産職を目指していたため早い内から『木工スキル』『設計スキル』『組み立てスキル』を習得し、今では『木工スキル』の代表者となっている。
しかし、あがり症は治っていないため、今でもよくからかわれるのだ。ヘルメットは今回のように後ろから驚かされて頭をぶつけるのを防ぐためである。
性格に多少難はあるが、仕事の出来は良いのでスカイは割と重用している。
今回も、防衛戦のために特別な機材を作ってもらっている。
「で、どうなの? 調査によると到達の予測は明後日辺り。仕上がりそう?」
「ふ、複雑ギミックはあんまないし、後は人手があれば組み立てられると……」
「数は作れそう?」
「そ、それは……部品自体を作るのに時間がかかるのでこの試作機を完成させるので、精一杯かと……」
「ふーん、じゃあこれ一つでいいわ。その代わり、質で勝負するわよ。早めに組み立てて、実験しながら出来るだけ精度を上げて」
「りょ、了解」
急いで作業に戻る土木屋。
ここはサボりの心配は無いのでもう一回くらいドクターの所をチェックしてこようかと思い、テントを後にしようとしたとき……逆に外から人が入ってきた。
『料理スキル』代表者、マイマイとライライだ。なんだかとても急いでいるように見える。
「「スカイさん大変!!」」
「どうしたの? 二人とも慌てて……」
「「黒ずきんさんが!!」」
「……え?」
同刻。
『時計の街』の7時の方向。
エリザを背負った黒ずきんは馬が走らせ過ぎてダウンしてしまったため、徒歩でこの街の『病院』へと向かっていた。
だが、病院では『猛毒』を解毒できない可能性が高い。『看板の町』の病院では完治出来なかった。
『猛毒』は本気で命に関わる。
病院の回復機能でも現状維持が限度。
しかもエリザは苦しみ続けている。
『猛毒』を解除するには、特殊なクエストかアイテムが必要だとされている。
しかも、クエストボスなどの猛毒ならクエストクリアで解毒薬が手には入ることがあるらしいが、今回の敵はイベントモンスターで恐らく一回限り。解毒のクエストがあるか分からない。
ならば、毒を解析して解毒薬を作らなくては……
そう思いながらエリザを背負って歩いていたら、何かにぶつかった。エリザの髪で前が見えないが、手応えからして人っぽい。
「あ、ごめんなさい。でも急いでるんで」
すると、ぶつかられたプレイヤーは落ち着いた口調で、何かに気がついたように言った。
「おや? その娘、顔色が悪いな。少し我が輩に診せてみろ」
《順応毛皮》
〖オリジンマウス〗の毛皮。
あらゆる環境に順応できると言われる〖オリジンマウス〗の特性を受け継いでいる。
(スカイ)「今回はこちら、革装備のプレイヤーには人気の素材《順応毛皮》です~」
(イザナ)「そんなに人気なんですか?」
(スカイ)「これはね、加工の仕方とか他の素材との組み合わせで固くしたり、軽くしたり、火に強くしたり、どんなふうにもできる革装備のベースになる毛皮なんだよ」
(イザナ)「それは便利ですね」
(スカイ)「ちなみに職人にも人気過ぎて一時期〖オリジンマウス〗が乱獲されてたけどね」
(イザナ)「そういうところは現実とかわりませんね」




