4頁:リアルの話題は慎重にしましょう
これからはなるべく週二回くらいの投稿を心掛けるつもりです。(ストックも少しばかり貯まりましたし)
プレイ時間、5時間28分時点。ライトは少女NPCに手を引かれて武器屋を目指していた。
「もう少しですよ」
「うん、ありがとう。イザナちゃん」
このNPCの名前は『イザナ』。
9歳くらいで赤毛が特徴的だ。
「それにしても、道に詳しいんだね」
「いえいえ、家がすぐ近くですし、いつも遊んでる場所ですから」
そんな事を言いながら、二人は順調に進んでいる。
しかし、ライトの方を見ながら歩いていたイザナは前への注意を怠って、危うく人にぶつかりそうになった。
「危ないよ」
「あう」
ライトはイザナの手を引っ張って事故を未然に防いだ。
「あう、ごめんなさい」
態勢を立て直したイザナはすぐさま謝った。
だが、相手は謝罪しなかった。
文句も何も言わなかった。
ライトは疑問に思い、顔を上げてその相手を観察した。
『それ』はライトとそう年の変わらない少女だった。
だが、その目には生気がない。
ライトがどんなに見ても殆ど感情を読み取れない。
彼女は、ぶつかりそうになったことに反応を示さず、下手をすれば気が付きもしないまま、ブツブツと呟きながら、ゾンビのようにフラフラと歩き去った。
「またか……」
ゲーム開始からしばらくしてパニックが収まりつつある今、プレイヤーの中には絶望に打ちひしがれて彼女のように目が死んでいる者が大勢いた。
ライトは武器屋までの短い道中でそんなプレイヤーを沢山見かけた。
だが、武器屋で出会った灰色の髪を持つプレイヤーは違った。
彼女の目には、絶望なんて食い破るような強欲な光が潜んでいた。
≪現在DBO≫
「で、どうするつもり? 初期武器は明日になればいくつか入荷するらしいけど」
お互いの自己紹介(プロフィール画面の見せ合い)が終わると、スカイはそう言って武器磨きを再開した。
ライトはしばし考えてから答えた。
「『初心者用じゃなくても良いから武器を買う』って選択肢はある?」
このゲーム内での通貨は『b』という単位で初心者用武器は全て1000b。所持金は初期設定で3000bといったところだ。
今、ライトの所持金は初期設定3000bに加えて、クエストで貰った『お駄賃』500bを持っている。
ならば、初心者用武器でなくとも、そこそこいい武器にも手が届くだろう。
だが、スカイは首を横に振った。
「メニューから『ステータス』の中にある『スキル』の所を開いてみて」
ライトが言われたとおりに操作すると、『スキルリスト』という画面が出た。
そこには四つのスキルがあった。
『拳術スキル』 LV 1
拳で戦うスキル
『足技スキル』 LV 1
蹴りで戦うスキル
『投擲スキル』 LV 1
物を投げるスキル
『EXスキル』 0ポイント
戦闘経験を蓄積するスキル
「『剣術スキル』『槍術スキル』『棍棒スキル』『弓術スキル』『ナイフスキル』どれか一つでもある?」
「……ない」
「スキルのない武器じゃダメージは与えられないのよ。で、初心者用武器の『イージーシリーズ』には、一度だけその武器を使うためのスキルを修得できる効果があるのよ」
『イージーシリーズ』が初心者用武器と銘打たれている理由はこれだ。
設定的には『誰にでも使いやすい武器』となっているが、実際は『誰もが一度は使わなければならない武器』なのだ。
「つまり、オレは現状徒手空拳しかできないと……」
「ちなみに、さっきその徒手空拳で戦闘チュートリアルしてきたプレイヤーが『筋力値低すぎて攻撃にならない』ってぼやいてたわよ」
八方塞。立ち往生。出遅れ。
スキルがない。スキルを得るための武器がない。攻撃力が足らない。
先に延ばす? 安全エリアはどのくらい持つ?
本当に手はない?
『護身術も全部解禁するから……』
「『手』か……」
「て?」
スカイが疑問符を浮かべるが、ライトは答えない。
自分の中だけで考えを組み上げて、ようやく口を開いた。
「『店員さん』、欲しいものがあるんだけど」
ライトは敢えてスカイのことを『店員さん』と呼んだ。
スカイもライトが何かを考え付いたのを察して否定せず答える。
「ご注文は?」
ライトの答えはわかりやすかった。
「籠手みたいなものが欲しい。パンチ力を増強するアイテムあるか?」
ライトには武器を使うスキルがほぼ皆無だ。だが、素手での戦闘のスキルはある。
しかし、現段階のステータスでは素手はダメージが低すぎる。
だから、『拳術スキル』で使える武器を探せばいい。
それに、武器がなくともライトは武器を持った常人以上に戦える。
注文を聞いたスカイはすぐそれを理解したようで、額に手を当てて記憶を探るような動作をする。
「うーん、確かさっき磨いた中にそんな感じのがあった気が……あ、思い出した!!」
スカイは店の奥の角にある小さな棚を指差した。
一見目立たない棚だが、確かに商品が並んでいる。
ライトは近寄って中を見てみた。
「なるほど……面白そうなのがいろいろあるんだな」
ブーメラン、鞭、竹光、飛叉、トマホーク、トンファー、ハルパー、仕込み杖、多節鞭、微塵、スリング……
他にもライトも名前のわからないような個性的な武器が何種類かあった。
大方『特殊武器コーナー』というところだろう。
「まあ、そこにあるのはぶっちゃけ際物のネタ武器ばっかりなんだよね~。値段もピンキリだし、竹光なんて300bだけど説明文によると戦闘能力皆無らしいし」
スカイが近寄って来てライトに退くようにジェスチャーで指示する。
ライトが退くと、スカイは棚の商品の一つを手に取った。
「ご注文の商品の条件『パンチ力強化』を満たすのはこれくらいかな~」
それは真っ黒な手袋だった。
質感は全体的に革製だが、手の甲と拳骨を守るように金属で補強されている。
「≪ハードグローブ≫。拳術スキルでも使える上に幾つか付属効果もあって、性能的にはかなりいい買い物だと思うわ」
「え、じゃあ」
「ただし、一つ問題があるわ~」
「問題?」
スカイの次の言葉は簡潔にして、絶望的だった。
「これ、値段が8000bもするのよ」
ライトはここまでのプレイの中でアイテムの価格相場を確認していた。
普通のパンが150b。
標準的な回復ポーションが300b。
なんの特殊能力も付与されていないただの紙なら数十枚セットで30b。
肉や野菜などの料理の素材系アイテムなら安ければ50bほどで入手できた。(調理して自炊出来れば安上がりしそうだ)
ところが、ここで8000bというのはどうだろう。
武器が平均的な物価より少し高い基準で値がつけられているのはわかっていたが、初期設定の二倍を軽く超える。
「オレ、なんか悪いことしたか? 予想以上に神様からの試練がタチ悪いんだけど」
「こんなデスゲームに参加してる時点で神様には見捨てられてるんじゃない? 恨むならこんなゲームのアカウントを買った当時の自分を恨みなさい」
買ってすらいない。
スカイはライトには手の届かない≪ハードグローブ≫を手の中で弄びながら、その棚に寄りかかりながらライトを見ていた。
その眼には少々憐憫の感情が見え隠れしている。
「いや~、でもまあ、私も悪いかもしれないけどさ……まだ買ってない人がいることなんて予想せずに武器売り切っちゃったし~」
ライトは急にしおらしくなってしまったスカイを少しだけ見つめた。
そのやたら華奢な体は、少し気が緩むとかなり弱弱しい印象を強調する。
そのエプロン姿で困られると、客の理不尽なクレームに困る美人店員に見える。
困らせてるのが自分でなければ助けたくなるシチュエーションだ。
「いや、『店員さん』は悪くないだろ。商品を買うか買わないかなんて客の都合で店側にはどうにもできないことだし」
とりあえずフォローはしてみた。
しかし、ライトがそう言うと、スカイは驚いた顔をした。それも、『何言ってんだこいつ?』というような部類の驚き方だ。
「なに言ってんのあんた?」
「そして実際言われたし」
「店の都合でどうにでもなるわよそんなもん。商売舐めんじゃないわよ。需要がなければ作ればいいだけじゃない」
「しかも怒られたし」
「第一、偶然初心者用武器が全部売り切れてるわけないじゃない。もともと合計10000個あったのよ? それなのに、なんでアンタが今こうやって武器がなくて困ってるかわかる? 不幸を嘆く前にその根源を見つけなきゃ、いつまでたってもあなたは不幸から抜け出せないわよ?」
「しかもなんかいいこと言われたし」
確かに、模試でも大事なのはその時の得点より間違えた問題の復習だ。
それは、どん底から這い上がれる人間とそうでない人間の差が出る部分なのかもしれない。
「武器がなくなるのは必然だったのよ。何せ、私がこの明晰な頭脳で商品を宣伝して完売まで導いたんだからね!!」
「不幸の根源オマエかよ!!」
ライトはこの瞬間、人生で初めて(おそらくだが)年上を『オマエ』と無意識に言った。
それくらいに驚いた。
「具体的には、一回目の戦闘を終えて来たプレイヤーに『違う種類の武器も使えるようにしておけば、局面への対応力も大幅に上がりますし、あとで転向するにも楽ですよ~。命がけなんだし保険はあった方がいいですよ~』って囁いて、不安を煽って買わせたのよ。ベテランはともかく、腕に自信のないプレイヤーは次々と買って行ったわ」
「なに無意味に商売根性全開で買わせようとしてんだ!!」
「無意味じゃないわよ、バイト中にお客がたくさん買い物すればそれだけ私のバイト料も増えるからやったのよ」
「他人の不安で私腹を肥やしてんじゃねえ!!」
衝撃的だった。
目の前の触れれば折れてしまいそうな、弱弱しく、儚い美しさを持つプレイヤーは実はすごく図太い本性を持っていた。
ゲーム開始直後の特需に満足せず、それどころか更なる需要を生み出してバイト料を底上げしていた。
「お客様~、ぜひまたのご来店をお待ちしております」
「もはやまったくもって敬語から敬意を感じない!? むしろ『出直せ金づる』としか聞こえないぞ!?」
もはや営業スマイルすらも本来の役割を果たせていない。
その笑顔のためにまたのご来店をしたいとは思えない。
そこで、ライトにはスカイのある一言が引っ掛かった。
「あれ? バイトって歩合制なのか?」
「そうよ~、何もあなたへの嫌がらせで完売させたわけじゃないし」
スカイはこの誰もが武器を求める状況で、武器屋のバイトというクエストにおそらく誰よりも早く気がついて実行し、おそらく通常(ここではパニック終息後)とは比べ物にならない数の客を引き入れる『看板娘』になったはずだ。
なら、報酬はどうなってるんだ?
「参考までに聞きたいんだけど、どのくらい稼いだんだ?」
「ざっと……50b×7000人くらい? 武器の値段にバイト料も比例するけどほぼ1000bの『イージーシリーズ』しか売ってないし」
「35万!! 私腹肥やしすぎだろ!!」
『ハードグローブ』なら軽く43個は買える。
目の前のスカイはある意味『世界一のお金持ち』と言っても過言ではない。
「そんなにあるんなら、少しくらい貸してくれよ……8000bくらい」
「いやよ、支払い能力も担保も用意できない奴に貸すお金なんて1ペンゲーもないわ」
「世界最高レベルのインフレ通貨!? もはや一の位でなんて使ってないだろ!!」
ペンゲーとは垓単位の札さえ使われていたギネスレベルで伝説のインフレ通貨だ。
だが、掛け合いの中でライトにはだんだんスカイの素顔が見えてきた。
『パンチ力を増強する』という目論見に完全に失敗したライトに油断したのか、それとも憐れに思ったからなのかはわからないが、スカイが営業スマイルで隠していた本性が露出してきた。
スカイは強欲だ。
強欲は向上心の裏返しであり、散財なんて物は無縁であり、妥協しない。
NPCなんてとんでもない。
この貪欲さは人間以外にありえない。
「てか、担保があればいいならさっきお婆さんからもらったアイテムを見せようか? もしかしたら担保になるものがあるかもしれないし」
「うーん、ま~いいけど、話を聞くだけなんてクエストで手に入るものが8000bの価値を持つとは思えないけど」
ライトはメニュー画面からアイテム一覧を開いた。
「米、小麦、ニンジン、大根、カブ、ジャガイモ、ナス、キュウリ、銀杏、白菜、桃、栗、柿、干し肉、魚の燻製、糠漬け、醤油、砂糖、塩、みりん、酒、梅干し……」
「よくそんなに食料ばっかり入手できたわね!? どんだけねだったのよ!?」
「いや……相槌を打ってたら『そうだ、丁度〇〇さんがくれたのが残ってたわ。持ってお行き』って言って十数分ごとにくれたから出ていくタイミングがなくってさ」
ちなみに、このゲームのアイテム収納のシステムは上限が多めに設定されているが、ライトのストレージは既に結構ギリギリだ。
「これ全部売ったらもしかして8000bくらいか?」
「いやいや、これは量はあっても特別なものはないし二束三文の値段でしか売れないわよ。残念ながら担保にする価値はないわ」
バイトクエストの付属効果なのかわからないが、スカイは試しにライトが実体化したいくつかの食料を指でクリックして値段を確認していた。
「くっ……まあ、予想通りの結果だ。おばあちゃんのおせっかいは値段じゃなくて心が大事だ」
「その『おせっかい』さえなければ今頃武器を入手できてたはずだけどね」
ライトは実体化した食料をストレージに戻す。
何か策をこうじる必要がある。
このままでは、武器を完売させたスカイに完敗してしまう。気分的に。
「ホントに貸してもらうことはできないか?」
「駄目」
「即答!? 断られるとは思ったけどそんな即答!?」
0,1秒もなかった気がする。
「人生諦めが肝心よ~。私は会ったばかりの見も知らぬ奴にお金を貸したりしないから」
意地でも貸してもらいたくなってきた。
この人が心の底から驚く顔を見てみたい。
そんな風に思った。
だから、ライトは一歩も引かずに、スカイとの精神的距離を縮めようと試みた。
「なあ、オレ達ってどっかで会ったことないか?もしかして名前に『空』って文字とか入って……」
「会った事ないわよ。なに『実は知り合いだった』みたいなストーリーでっち上げようとしてんのよ。私がそんなリアル情報が流出するような名前の付け方するわけないでしょ」
先を読まれた。
「会った可能性自体は零じゃないだろ」
「絶対ないわよ。断言しとくわ、私は今まであなたに会った事なんてありません。一円たりともあなたと私には繋がりはありません。この私を騙してお金を出させようとするなんて無駄な努力です。本名もただじゃ教えません」
師匠から習った。VRMMOでリアル情報の流出はご法度だ。
だが『ただでは』なんて条件があっても教える可能性があるのは貪欲さがマナーに勝った結果だろう。
「え? じゃあ、ちなみにいくら払ったらフルネーム教えてくれるんだ?」
「100万bもらっても嫌よ」
激しく拒絶された。
ここで引き下がって明日武器を買うこともできる。そうすれば多少ほかのプレイヤーから遅れてもすぐに追いつけるだろう。もしかしたら、他のプレイヤーが先に行くことで情報が増えてより安全になるかもしれない。
大多数の人間ならまず間違いなくそうする。合理的な道、安定した道を通るのに理由はいらない。
だが、ライトは考える。
それは、『主人公』から遠ざかっていく道だ。
いや、『主人公』なんて関係ない。
ただ、こんな特別なシチュエーションでただ引き下がるなんて、そんなつまらない選択はしたくない。
その瞬間、ライトの中で交渉の算段が付いた。
ライトの算段では終局まで四手。
「ねえ、もう諦めて明日にしたら? 今日の内はクエスト巡りでもしてお金溜めといてさ~。なんならフレンド登録して入荷の連絡入れるからさ~」
「クエスト巡りか……店員さん、いや、スカイ……勝負しないか?」
「しょ、勝負?」
一瞬のうちに、ライトの雰囲気が変わった。
ライトの鋭い眼光がスカイの目を射抜く。
スカイは直感した。
ライトは、そこらへんの有象無象の消費者とは違う。
「オレはこれから担保を用意する。スカイにそれを渡してスカイが不十分だと思ったら突き返してくれ。だが、突き返せなければ8000b無利子で貸してくれ」
「……つまり、あなたはこう言いたいのね?」
その瞬間、スカイの表情が変わった。
今までの営業スマイルが消え、お客が寄って来ないようなギラギラとした笑みに変わった。
ライトは直感した。
お客と店員ではなく、対等な取引相手として、勝負の相手として見せる攻撃的な笑顔。相手を威圧して怯ませる、本当の笑顔。
建前に隠れた本性。
人を食ったような笑顔ではない。
まるで人を襲って食わんとする飢えた獣のような、獲物を見つけた猛獣のような貪欲な笑み。
「この私に『商売』で勝負を挑む。そういうことなのね」
「まあ、そういうことだ」
あと三手。
スカイはこみ上げてくる喜びを隠しきれないように肩を震わせる。
ライトには分からない感情だ。だが、きっとスカイは嬉しいのだろう。
自分の土俵で、自分が一番得意な舞台で戦える機会なんて、人間そうそうないのだから。
「……おもしろいわ……その勝負受けましょう。どっちに転んでもどっちも損はないし。でも、私もいつまでもここに居るつもりは無いし、時間制限一時間ってのはどう?」
「ああ、一時間もあれば十分だ」
スカイがこの勝負を受けるのは分かっていた。スカイは勝っても負けても損はない上に、アイテムの相場を考えれば負ける要素など一欠片もない。
あと二手。
「言質は取ったぞ。一度口から出た情報は回収できないからな」
「もちろん。口約束とは言え契約よ。男だろうが女だろうが二言は無いわ」
あと一手。
「じゃあ、スタートしていいか?」
「うん。どうぞ、あなたが何を手に入れて来るか楽しみだわ……」
「一時間どころか、一分あれば十分だ」
詰み。
ライトはスカイに急接近して耳に唇を寄せた。
「きゃっ!! え? え?」
驚いて倒れそうになるスカイの背中を片手で支える。
「行幸正記……オレのリアルネームだ」
「ミユキ マサキ?」
スカイがしっかりと聞いたのを確認してライトは下がった。
「さあ、リアルネームには100万以上の価値があるんだろ?」
口から出た情報は回収できない。
一度も会った事は無い以上『知っていたから無価値』とは言えない。
この勝負はライトの勝ちだった。
お年寄りの話はよく聞きましょう。
お年寄りと子供の話を聞かないのは死亡フラグですから、鈍臭いとか言わないであげてください。