55頁:人の寝込みを襲うのはやめましょう
『医療スキル』
治療するスキル。
HPの回復は同レベルの魔法回復に劣るが、アバターの各部位の局所的回復では魔法回復を上回る。
アバターの各部位には耐久力が設定されており、HPの回復に比例して回復するわけではないので長期戦ではダメージが蓄積しやすい。
同じ部分に攻撃を受け続けるとその部分の耐久力が消耗し、一定以上になると動きが意志についてこなくなり、動かなくなってもなお攻撃を受け続けると四肢の切断などが発生する。
また、医療スキルには初期から蘇生技が存在し、『死因』にもよるがHPが0になったプレイヤーでも治療できる可能性がある。
「インドの指狩りの悪魔ことアングリマーラ、ハンガリーのアイアンメイデンの発明者バートリー•エリザベート、スコットランドの食人鬼アレクサンダー•ソニー•ビーン、イギリスの伝説ジャック•ザ•リッパー、アメリカの死刑犯『満月の狂人』アルバート•ハミルトン•フィッシュ、日本なら八岐大蛇の子孫とまで言われた酒呑童子とその義弟の茨木童子……他にも『彼ら』の偉業の記録は世界中に残ってる。ある者はあまりの被害に現実味がなくなって神話と化してるくらいだけど、確かに人類の歴史に『彼ら』は幾度となく登場している。いや、人類の歴史は『彼ら』無しでは語れない」
アメリカの路地裏で背の高い『先生』は壁に寄りかかりながら言った。
地面の血だまりで足を汚さないようにだ。
首から金色のメダルの欠片がぶら下がったネックレスをかけている金髪の少女は血だまりに沈む青年の手を、自分の手が汚れるのも省みず青年の胸の上で組ませる。
「『彼ら』は一定の確率で生まれ、人工密集地、増加地ではより発生しやすいけど、それでも複数が一つの場所に集まる事は少ないし、当然人間には馴染めないから、友達なんてなかなか出来ない。大抵は周囲の全てから嫌われ尽くして、化物みたいに怖がられて孤独に死んでいく。」
「……何が、言いたいんですか?」
「彼は幸せだったと思うよ? 最後にあなたみたいな友達ができて。しかも、今まで散々自分が生きるために殺してきた彼が、最後に友達を守るために戦死なんて、ドラマチックな話じゃない」
青年の血だまりから約20m、左右の細い路地の先には何十という屍がもはや血の海と呼べるような血だまりを作っていた。
その死体のどれもが、拳銃を手に持っていて、死因は銃殺……銃撃戦の跡だ。
歴史には残らない、裏社会での戦争。
フィクションとも混同されつつある、殺すか殺されるかの世界。
この銃撃戦で生き残ったのは、銃を持たない少女一人。
「……彼が死んだのは、私がいたからですか?」
「……相手は銃を持ったマフィア31人、使い慣れた武器を持っていて戦闘慣れした彼なら、生き残る確率は十分にあっただろうけど、十割とは言えない。あなたがいなくても死んでた可能性も……」
「そんなことは聞いていません……その『歴史』とやらに、彼は残りません。
彼が、誰にも知られずに死んでいくのは、私のせいですか?
なんで、彼はもっと普通に生きて普通に死ねなかったのでしょうか」
「彼が『殺人鬼』だったからだよ。それに、誰にも知られずに死んだわけじゃない
あなたの『歴史』に、彼は残った。
……ほら、さっさと行かないと、追っ手が来るかもしれないよ?」
それだけ言うと、『先生』は器用に血だまりを避けて、闇の中に消えていく。
彼女が次に姿を表すのは、また別の困難を越えた時なのだろう。
どんなにピンチな時も助けてはくれず、ピンチを越えてから現れる。
「ごめんなさい……あなたのことは、忘れない」
このデスゲーム『THE GOLDEN TREASURE 』が彼女にクリアされたのは約一年後のことだった。
《現在 DBO》
〖キング・オブ・ギアギミック〗攻略翌日正午。
プレイヤーショップ『大空商社』にて。
店の主スカイ、誰よりも多くのスキルをもつプレイヤーライト、『殺人鬼』の称号を持つジャック、『救世主』の称号を持つマリー=ゴールド、そして『もう一人』が集まっていた。
「えっと……これより、デスゲーム攻略緊急会議を始めたいと思います~」
店の主であるスカイが場を取り仕切る。
「じゃあ……いくつか重要な案件があるけど、まずは、新しく解放されたエリアについて、ライト、現状報告」
スカイが話をライトに振る。
なんだかんだで現場をよく知るのはライトの方なのだ。新しく開放されたエリアに関しても、昨日は自分の戦利品の選出をスカイに丸投げして開放された新しい『街』の全てに下見に行っていた。
「……新しく開放された街は三つ。『帆船の街』『胡桃の街』『樽の街』だ。それぞれ地形が海辺、森、砂漠をメインとしている。ゲートの開通についてのゲーム設定的には
『ゲートは大昔に魔女様が作った膨大な魔力を生み出す魔法によって維持されていたが、それがモンスターの王に奪われて一時的に消滅していた。しかし、王が倒れたことで魔力がゲートに戻り、ゲートが再び現れた』
ということらしい」
「つまり、これからもモンスターの『王』……エリアボスを倒せばゲートのネットワークが回復、拡張していくわけね。良い情報だわ……まあ、現状を凌ぎきってからの話だけど」
「ああ、その『現状』に関しては、スカイの方が詳しいだろ。詳細に教えてくれ」
ライトが話をスカイに振り返す。
確かに、方々からのメールによる報告をまとめ上げているスカイの方が適任だとはスカイ自身思うことではあるが、この手の報告を街からほぼ出ない『か弱い少女』に任せるのはデリカシーが足りないと思う。
しかし、スカイも一銭の得にもならないデリカシーなど求めていないため、淡々と事実を口にする。
「昨日のボス攻略の後、昨日の午後二時から今日の朝十時四十三分までの間に新エリアのフィールドに出たプレイヤーを中心に約90名が死亡し、時計の針が一時を指し……安全エリア無効化襲撃イベント『守護者の逆襲』が開始、ゲートポイントは凍結されたわ……イベントの詳細は不明だけど、西からモンスターが群をなしてさらに集合して行きながら小規模な『村』を壊滅させながらこの街に向かってるという報告がある。数日中に戦力を拡大してこの街を襲うと考えられるわ」
襲撃イベント。
ゲーム開始直後から予告のあった安全エリアを無効化する恐怖のイベント。
それはかねてからの推測からプレイヤー600人が死亡したとき、死者の数に比例して進む時計台の針が一時を指し、街の安全エリアが無効化されると考えられていたが、今回のイベントはそれだけではないらしい。せっかく開通した新しい街との間を繋ぐゲートポイントは封鎖され逃げられない上、今現在も敵が勢力を拡大しながら大挙してこの街に迫ってきている。
さらに悪いことに……
「不幸なことに、昨日一緒にボス攻略を成し遂げた最前線の戦闘職主力メンバーは大量の犠牲者が発生した新エリアに危機感を感じてほとんどが調査と警告に向かって……そのまま、ゲートが閉じてこの街には戻って来れない状態にある。つまり、この街から逃げ出すことも、最高戦力を集めてこの街を防衛することもできないということよ」
どれだけモンスターが大軍を集めようと、戦えるプレイヤーの全てが集結すれば簡単に制圧できるだろう。しかし、今の状況ではその戦力が集められない。もともとこの街にいるのは戦闘の不得手な生産職……非戦闘員がほとんどだ。しかも、新しいエリアが開放され、しかもそこで大量にプレイヤーが死んでいっているという状況は、偶然この街に居た戦闘職を街の外に追いやった。しかも、プレイヤーの数が大まかにでも確認できるのはこの街だけなのだ。おかげで、戦えない無力なプレイヤーはこの街に残り、戦えるプレイヤー、新エリアをいち早く体験しようと出て行ったプレイヤーは『時計の街』から遠く離れた新エリアに締め出された。この『歯車の国』の他の『街』にもゲートが開通し、数日中に集められる戦闘職も同じような状態だ。
スカイの表情が若干険しくなる。
徒歩で逃げるという選択肢が前提から選べないスカイにとっては、この状況は他人よりもさらに悪い。
だが、スカイがこの考え得る限りかなり最悪に近い状況を告げたとき、珍しくライトが口を挟んだ。
「この状況は『不幸』じゃない。このゲームの運営者の新しい試練だ」
「GMからの試練?」
スカイが怪訝そうな顔をする。
そこに、マリー=ゴールドが初めて口を開く。
「ライトくんの『予知』では、この事態はゲーム制作者の計算の内、筋書き通りということなんですね?」
その手は、髪を弄っている。
表情はとても楽しげだ。
「え、計算通りってどこからどこまでが? 今回のはボス攻略の直後だったからだし……」
ジャックがマリー=ゴールドから距離を取り、ライトのすぐ隣に身を寄せながら疑問の声を上げる。
「『タイミングまで含めて全部』だよ」
ライトは確信を持った声色で言った。
スカイとジャックの顔色には隠せない驚きの色が浮かんだが、疑いは混じらない。それほどまでに、ライトの『予知』は信頼できると経験則から確信している。
マリー=ゴールドは、ライトを見て、微笑みながら言った。
「『新エリア開放』のタイミングで大量の犠牲者が出るように難易度を調節して、この状況を作り上げた……ということですか?」
ライトはその補足に頷き、さらに補足する。
「難易度自体はそこまで高くなかった。どの街でも周囲に出てくるモンスターのレベル自体は高くても30程度、そこまで凶悪な罠が大量にあったわけでもない。だが、功を焦った欲張りは全滅しかねない……『パターン』が違うんだ」
「パターン?」
ジャックが疑問の声を洩らす。
ジャックはライトに『他人の思考、行動のパターンを解析し模倣する』という特技……というより性質があることを身を持って知っているので、ライトが敢えて『パターン』という言葉を使ったことに、深い意味を感じ取っていた。
「これまでは平地とかダンジョンで、決闘や試合に近い正々堂々戦うだけだったが、今度は船の上での不安定な船上戦、木々の枝を踏み台にした立体戦闘、地中からの奇襲を警戒しなければならない伏兵戦……対策を十分に立てれば攻略は難しくないが、平地での戦いでの自分の実力を過信して戦えば、格下のモンスター相手でも死ぬ可能性は高い」
「なるほど……そういうことか……それなら確かに、ゲームとして成立する範囲の難易度で『最初だけ』大量の犠牲者を出すことも出来るね。ボクもよく相手の不利な地形に誘い込んで殺したりしてたから」
この中で一番戦闘慣れしたジャックが納得する。彼女は多対一での戦闘で出来るだけ多くの敵に勝つために自分に有利な状況を作ることにも慣れている。このような場合の理解は速い。
「それに、NPCの話によるとやや強めのフィールドボスがそれぞれにいて奇襲をかけてくるらしい。そいつが死亡率を上げている……ちゃんと現地の人の警告聞けばいいのに、なんで無駄に競うんだか……だから、前衛にはスカイからメールを送って、『地形との相性を考えてメンバーを組んで、慎重にボスを攻略してほしい』と伝えてくれ。オレからも赤兎やアレックスにはメールしたが、スカイの方が情報網は広い」
「わかった、すぐ伝えるわ」
スカイが高速タイピングで即座にメールを作成して一斉送信する。これで前線での犠牲者は抑えられるはずだ。
「さて、前線の皆さんはこれで良いとして、こちらはどうします? さすがに五千人近くいるプレイヤーの避難には時間が足りませんし、戦力なんてほとんどいないでしょう?」
そう言ったのはマリー=ゴールド。
しかし、その表情に恐怖の類はなく、諦めている様子はない。むしろ、表情はこう言っているようだ。
『ライトくんなら、どんな手を返すんでしょうか? とても楽しみです』
ライトはため息を吐く。
「数揃えるのはスカイに任せる。周囲の街とかにもそれなりに戦える奴はいるだろうから、出来るだけ集めてくれ。もしオレに協力できることがあれば言って協力する。」
「遠慮なくやるわ。で、質的にはどうなの? 残った面子のほとんどはそこまで強くないでしょ?」
「遠慮は多少はしてほしいがそうだな……ぶっちゃけ、ここにいるのが最高戦力なんだよな今のこの街……防衛戦するにも、手数が足りないし……周りの町からも兵力を集めるとしても、強い味方は一人でも多い方が良いし、問題は少ない方がいい……だから、出来れば『その子』を早いとこどうにかしたいところだが……楽しそうに髪とかしてるとこ悪いけど、そろそろ議題を『その子』に移してもいいか? さっきからジャックが犬と同室になっちゃった子猫みたいに縮こまってて困ってるんだけど」
ライトは、マリー=ゴールドが髪を櫛でとかし、ジャックが全力で距離を取っている『最後の一人』を指差した。
踝まで届く長髪、それをマリー=ゴールドにとかされて幸せそうに笑う口元から覗く犬歯はやや長く、表情は無邪気で幼げだ。
その服装は絹で織られたピンクの布地にかわいいハートが刺繍された……長袖パジャマだった。
「え、まさかその子を戦力として使う気!? 正気の沙汰じゃないよそんなの!! ボクは反対だよ一緒に戦うなんて!! もっと人格を考慮した人選をして!!」
「いや、それを言うなら殺人鬼のジャックを戦力として数えている時点で人格どうのこうの言えないと思うんだが……マリーの見立てはどうなんだ? その子は……『ナビキ』なんだよな? 人間の精神に関してはあんたより詳しいやつなんていないだろ……『金メダル』」
マリー=ゴールドは櫛で長い髪をとかす手を止め、その頭を優しく撫でながら、静かに言った。
「このナビキちゃんは……いえ、ナビキちゃんの第三人格とも言えるこの子は人間ではありません…………この子は、『殺人鬼』です」
昨夜の出来事(ジャックの証言)
「今日こそ、パジャマパーティーです!!」
「く……ボス攻略が終わった直後に逃げれば良かった」
NPCイザナの家の空き部屋を借りた二人は、パジャマに着替えたてパジャマパーティーの開始を宣言した。
殺人鬼のジャック……彼女の表の顔である『黒ずきん』は、数日前から繰り返し執拗なまでにナビキから誘われていた(ナビからは脅迫されていた)パジャマパーティーなるものを断りきれず、ライトが別の部屋に待機できるというナビキの家に泊まってパジャマパーティーをする事になったのだが……
「でもあれ? ベッド一つしかなくない?」
NPCの家の中には宿として借りることのできるものがある。
しかし、それはもちろん本来の宿屋の代用品であり、十分に宿として設備が整っているとは限らない。一般の民家に空きのベッドが複数あるという保障はなく、今回のように複数で泊まってもベッドが一つしかないという状況は十分にあり得る。
何はともあれ、パジャマパーティー以前の問題として、寝床は同衾しか選択肢がないということだ。
「いや、待って……よし、ナビキ。ボク床で寝るよ」
「いやいやいやいや、せっかくだから一緒に寝ようよ黒ずきんちゃん! せっかくのお泊りで片方だけ床なんて嫌です!」
どうやら友達というものに恵まれなかったらしいナビキは『パジャマパーティー』などの『友達イベント』に憧れていたらしいのだが……環境によってその段階がさらに高いレベルにシフトしつつあった。
だが、それには一つ大きな問題があった。
黒ずきん……ジャックは殺人鬼なのだ。
しかも快楽殺人者ではなく、寝ぼけて条件反射的に殺人を犯してしまうような、自分自身で制御不能気味の殺人鬼。
そんな危険な生き物と一緒のベッドに寝るなど、地雷を抱き枕に眠るのに等しい。
ジャックとてナビキをそんなラブコメみたいな殺人事件で殺したいわけではない。
だが、どうしたものだろうか。
正直に理由を言うわけにもいかない。ジャックの有する『殺人鬼』の称号はHPが保護された街中でも常時かつ双方向でHP保護を無効化し、殺し合いができる状態なのだ。正体の情報が漏洩すれば、ジャックは能力を恐れられ、必ずプレイヤー全体に狙われることになるだろう。
ここは、なんとかして虚実交えて同衾を回避しつつ、正体を隠しながら切り抜けなければ……
「さあさあ、良いではないか良いではないか」
「て、ちょっとなんで力ずくでベッドに引きずり込もうとしてんの……てか、力強っ!? あ、そうか、ナビキってナビとステータス同じか!!」
ジャックは速力重視のスピードビルド、ナビは完全にその攻撃性を反映した筋力重視のパワービルド。
そして、二重人格とは言えゲーム的には『ナビ』と『ナビキ』は同じアカウントを共有する同一人物なのだ。当然ナビキという人格の時でもパワー比べでは黒ずきん(ジャック)に勝てる道理などなく、まるでゾンビ映画の被害者のようにベッドの布団の中に引きずり込まれていく。
「ふふふ、これでも先輩と同じ『ゾンビ』ですよ? ゾンビは古来より怪力と相場が決まってるんです」
「比喩どころかリアルゾンビ被害者!? てか、どう考えてもライトより力強いし!! あーもー!! ボクじゃなくてもスカイとか誘いなよ!! 新しく赤兎と仲良くなったアイコって子とか!!」
まあ、実のところアイコは赤兎に恋心を抱いており、ナビキ(ナビ)のことを恋敵として見ている部分があるので難しいだろうが、最悪の事態を考えたらその程度の『修羅場』など可愛いものだ。
スカイなら、最悪お金を積めばナビキのパジャマパーティーくらい……
「アイコさんは今度誘う予定です! スカイさんは……あの人、生活リズムが極度に乱れていて無理です! この前は朝四時に寝て九時五分前に起きて慌てて店開いてました!!」
「じゃ、じゃあライトは!? ライトならすぐそこに待機してるはずだし!!」
「そ、そんな、意地悪なこと言わないで!! いきなり一緒に寝るなんて、もっと段階を踏んで、キスはベッドより先で、直前にはシャワーも浴びて、それから、それから!!」
「ぎゃああああああああ!! 腕もげる腕もげる!! わかったから!! 一緒に寝るから引っ張るのやめて!!」
これ以上力を入れられると本気でHPが減る。そんな事態になれば『殺人鬼』であることがばれてしまう。
しょうがなく、ジャックは一緒のベッドで寝ることを了承する。
正直なところ、同じベッドでこそなかったが、ライトと共に行動した一週間は宿代の節約と一日目からの成り行きで同じ部屋で寝ていたので冗談ではなく至極妥当な案として提案したのだが、それを言ったら何が起こるのかわからない。
そもそも、ジャックにとっては『同じ部屋で寝る』と『同じベッドで寝る』は大きく違う行為なのだ。
彼女は入院暮らしが長く、病室には性別には関係ない友達がいて、夜な夜な寝入るまでこっそりと話をしたり、特に親友とは一緒に病室を抜け出して無音歩行でスリリングな肝試しをやってみたりと、『同じ部屋で寝る』関係というのは『寝る前の秘密の時間』を共有する関係として、いわゆる『同じ釜の飯を食った仲』のような深い友好と信頼を示す関係として認識している。
しかし、『同じベッドで寝る』とは、幼い子供と親という『保護と被保護』の関係でなければその関係性には特別な意味合いがあり、同性とは言えナビキと一緒のベッドに寝ることは、異性のライトと同じ部屋に泊まることよりずっと抵抗感が強かった。
「ふふふ、じゃあ……そりゃ!!」
「うわっ!!」
抵抗をやめたジャックはベッドに引っ張り込まれ、さらに後ろから強い力で抱き着かれ、逃げられない状態にされる。それにより体が密着し、仮想の心臓の鼓動や吐息を生々しく感じる。
すごく、殺したくなってきた。
ついでに、何故かひどい敗北感に苛まれる。歳はそう変わらないはずなのに……『着痩せ』とは卑怯な伏兵を使うものだ。
「……栄養の問題だ。きっと、食事制限とかのせいだ。ボクだって本当は……」
「ん? なんですか? 急に心臓がバクバクしてるけど」
「な、なんでもないよ!! ボク、最近寝てないから眠いし、先寝るよ!!」
ジャックは急いで目をつぶり、できるだけ規則正しい寝息を演出する。
しかし、本当に寝てしまってはいけない。
寝ぼけて殺してしまうは愚の骨頂。流石にそれをやるとライトにも絶交されかねない。というか本気で殺し合いする事になるかもしれない。ライトには『オレの関係者を殺したらさすがに怒るからな』ときつく言われているのだ。
ここは一つ、ナビキが寝る瞬間まで待つしかない。
そして、ナビキが眠りにつく瞬間、すなわちナビに人格が切り替わる瞬間は力が抜けるはず。
その瞬間に抜け出し、ライトに寝床を代わってもらう。ナビならナビキが寝付くまで『パジャマパーティー』をやっていたことがわかればそこまで執着はしてこないだろうし、最悪『凶暴なナビに追い掛け回されたのがトラウマになった』とでも言えばどうにか凌げるだろう。なんならライトを身代わりにベッドに突っ込んでおけば有耶無耶にできるだろう。
問題は、ジャックがこの二日間ほとんど睡眠を取れていないこと。
一昨日はナビに追い掛け回されて一睡もできなかった。
昨日は昨日で、しつこく誘ってくるナビキを誤魔化すため、一晩中モンスター狩り。
ぶっちゃけ、超眠い。しかし、ナビキより先に眠ってしまっては元も子もない。
目を閉じて眠らないようにするというのはなかなかに難しいし、背中に感じる人間の命を消してしまいたいという衝動も抑えなければならないが、一晩くらい何とかなるはずだ。ライトもジャックを信用して許可を出してくれたのだろうから、精神力を振り絞らなければ……
「あら? まだ心臓がバクバクしてません? しょうがないですねー、ここは一つナビキおねえさんが子守唄を歌ってあげましょうか……ナビキオリジナル睡眠導入歌『獏の前菜』」
(え? マジで?)
ナビキの容赦ない追撃が待っていた。
次にジャックの意識がはっきりしたのは、その口に『アバターの血肉』の味が広がった時だった。
「黒ずきん……さん……」
強い力で腕を掴まれ、下から上へ体を押されている。
そして、ジャックは誰かに馬乗りになっている。
『誰か』? 決まっている、ナビキだ。
「あ、ナビキ……これはその……」
顔の下には今にも泣き出しそうな、悲しそうな、怖そうな表情のナビキの顔。
そして、その首筋や腕には大きく抉られた真新しい痕があり、ナビキのHPは二割ほど削られている。
また、やってしまった。
「えっと……これは寝ぼけて、じゃなくて……HPが減ったのはたぶんバグで……」
言い訳がうまく文章にならない。
というより、ナビキの表情を見る限り言い訳などでどうにかなる状態じゃない。
そんな、絶望の目で見ないでほしい。
「黒ずきんさん……私を、殺したいんですか? 友達だと思ってたのは……私だけですか? 殺したいほどうざかったですか?」
「ち、違うよ!! ボクだってナビキを友達だと思ってる!! それに、ナビキを殺したくはないよ!!」
支離滅裂だ。殺そうとした直後に、こんなこと言っても言い訳にもなりはしない。
だが、事実は事実なのだ。
ナビキのことは曲がりなりにも友達だと思ってるし、殺したくないからこそ、なんとかこの展開を避けようとしてたのだ。
しかし、もう遅い。時間を巻き戻すことはできない。
「理解してもらえないだろうけど、ボクはナビキが大好きだよ! こんな状況では信じてもらえないだろうけど、ボクはこんなことの後でもできればナビキと友達でいたいと思ってる……でも、恐いよね……ごめんなさい……もう、会わなくてもいい。でも、できれば今日のことは他人には言わないで……じゃないと、ナビキも話した相手も、殺さなくちゃ……」
「わかりました……理解できないなら、理解すればいいんだ」
「……ナビキ?」
「私とあなたが『違う』から、理解できないんだ。だったら、私もあなたと『同じ』になります」
その瞬間、ナビキの全身が爆発するように空間にノイズが走った。
ジャックはナビキの上から吹っ飛ばされ、床に転がる。
そして、ジャックが床から見上げた『彼女』はもはや『ナビキ』とは違う『何か』だった。
ベッドの上で立ち上がった『彼女』は、地面に転がるジャックを見てその犬歯を覗かせる笑みを浮かべて言った。
「……おはよう……友達」
「それから、いきなり飛びかかってきたその子に服を剥がれて、さんざん噛まれて、舐め回されて、必死に逃げてライトのところに。後は知ってのとおり、マリーさんに来てもらって彼女をなだめてもらって、現在に至るわけだよ」
「こう言っちゃなんだけど……それ、襲われたとしても自業自得だと言えなくはないわね。どっちも」
スカイから辛口の評価が入る。
「言っておくけど、その子滅茶苦茶だから……力も脳のリミッター外れたんじゃないかってくらい強いし、話通じないし」
ジャックが引き気味に……というか出来るだけ恐怖の対象から離れようとライトに寄る。
ライトはその様子を見てその表現が虚偽の類ではないと確信する。
「なんか、話通じないとか殺人鬼になった直後のジャックに通じるところがあるな……そろそろ、詳しく教えてくれないか? 『金メダル』、その子が『殺人鬼』ってどういうことだ?」
そう言って、ライトはマリー=ゴールドを見る。
他の面子も、その当の本人たる『その子』以外は全てがマリー=ゴールドを注視する。
彼女は少女の長い髪を弄りながら、ため息を吐いて静かに言った。
「ライトくん、ちょっと二人だけで話せませんか?」
《ルームキー》
錠の鍵。耐久力はかなり高いので壊れる心配は少ないが、無くさないように注意。
(スカイ)「これは売り物じゃないけど、価値がある物よ」
(イザナ)「どういうことですか?」
(スカイ)「部屋の鍵を手に入れれば中の物も手にはいるし、宝箱の鍵なら中の財宝が手に入るでしょ?」
(イザナ)「落としたら大変ですね。」
(スカイ)「他にも倉庫の鍵とか店の施錠用の鍵とか、アイテムの入ったケースの鍵とかいろいろ持ってるけど、時々こんがらがりそうになるわ」
(イザナ)「これは何の鍵ですか? ドクロマークが書いてありますが」
(スカイ)「ライトが購入・自作した女子に着せたいコスプレアイテムの数々の入った箱の鍵よ。この前担保の一つとして没収したの」
(イザナ)「そう言えば、黒ずきんさんが『ライトが医療スキルに補正の付く服を近いうちに譲ってくれるらしい』って言ってましたよ。」
(スカイ)「うん……それ確実にナース服だよね」




