54頁:見栄を張るのはやめましょう
『瞑想スキル』
精神を集中するスキル。
技は主に『食べ物を食べない』『動かない』『攻撃しない』『目を開けない』といった行動を制限する動作を行い、それを『溜め』として扱う。
平常時には回復補助や防御の上昇などだが、相性のよい『気功スキル』を持っていると攻撃の溜めとしても利用できる。
すみません、矛盾点があったので修正しました。
流してくれると助かります。
「キミは歴史を動かすのはどんな人間だと思う?」
GWOにて。
『不死』の二つ名を冠する王者は、『龍殺し』の二つ名を冠する挑戦者に問いかける。
「そりゃ、あんたみたいな、馬鹿みたいな、天才だろ!」
挑戦者は剣を振るいながら答える。
だが、王者はそれをかわしながら笑顔で答えた。
「残念でした。答えは逆」
「逆?」
「馬鹿みたいな天才じゃない。天才的なまでに馬鹿な人間こそが歴史を大きく動かすんだよ」
「意味わかんねーです、よ!!」
話しながらも攻撃を繰り返すが、攻撃は避けられ、弾かれ、王者には届かない。
挑戦者の武器は鋭利な日本刀。
対して、王者の武器は鉄扇と祭儀用の刃のない長刀。
王者は攻撃することはなく、攻撃を避け、時折二つの武器で受け流す。
そして、傷一つなく笑顔で戦う。
「もちろん、『同じ失敗』を繰り返すような馬鹿は駄目だよ? でも、『違う失敗』を繰り返せる馬鹿は違う。赤兎くんみたいなタイプはね」
「何が言いたいんだよ、オレンジ」
「普通、千敗もしてたら諦めるでしょ? でも、キミはまるで諦めていない。しかも、少しずつだけど攻撃は私に近付いてきている……今ではもう防御の必要を感じるくらい」
そう言いながら、王者は……オレンジは祭儀刀で赤兎の刀を弾く。
「何度失敗しても成功するまで『トライ&エラー』を繰り返す。愚直なまでに他人から見たら全く『同じ』ことを、自分の中では『違う』ことを繰り返す。砂漠を旅した冒険家も、海を渡って新大陸を見つけた船乗りも、金を作ろうと物質を混ぜ続けた錬金術師もみんなそうやって歴史を作ってきた……『史上初』をやり遂げた先駆者は大抵そんな馬鹿ばっかりなんだよ」
赤兎の攻撃は止まない。
オレンジの防衛は破られない。
「キミの異名『龍殺し』……《守護聖獣 青龍》を単騎で撃破したそうじゃん。皆は天才だとか騒いでるけど本当はできるようになるまで繰り返しただけなんじゃない? それこそ、最低でも百回は挑戦して」
もうすぐオレンジの特殊能力が発動して赤兎の敗北が決定する。しかし、赤兎は諦めず攻撃を続ける。
「賢い人間はそれが出来ない。百回出来なければ百パーセント出来ないと思い込んで逃げてしまう……そして、キミみたいな馬鹿だけが、百一回目に隠された成功を手に入れるんだよ」
次の瞬間、オレンジを中心に灼熱が爆発し、赤兎は記念すべき千一回目の敗北を迎えた。
「さ、次の決闘を始めましょうか」
《現在 DBO》
順調に見えたボス戦はボスのHPバーが残り一本になった直後に一気に形成逆転されてしまった。
現れた五種類の機械仕掛けのモンスター達。
〖ギアギミックソルジャー LV25〗
剣を構えた軽装の機械歩兵。
〖ギアギミックガードナー LV30〗
重そうな鎧を着込み、盾とメイスを装備した機械の盾戦士。
〖ギアギミックキャノン LV30〗
大筒を背中に背負った機械の砲兵。四肢は太く、四つん這いになって砲身を相手に向ける構造になっている。
〖ギアギミックランサー LV30〗
長槍を構えた機械仕掛けの槍兵。槍は伸縮するらしく刺突攻撃に注意が必要。
〖ギアギミックナイト LV35〗
馬型の機械モンスターに騎乗した機械仕掛けの騎士型モンスター。移動力、機動力、突進力が高く、しかも騎士自体の攻撃に加え馬の踏みつけ攻撃も繰り出してくるので手数も多い。
そして、それらのモンスターの指揮を執るのが、ボスの取り巻きとしてプレイヤー達と戦っていた機械仕掛けの将軍。
〖ギアギミックジェネラル LV40〗。
新しく現れた五種類のモンスター達は個体ごとの強さはそこまで高くはない。全て胸部の弱点が露出しているためそこを狙えば一撃で倒すことも可能だ。
しかし、『烏合の衆』と『指揮官のいる軍隊』では、戦力は何十倍も違う。
しかも、まずいことに……
「こっちはレイドリーダーが敵前逃亡……本気でヤバいぞ、この事態。どうする、ライト」
壁役二班が密集して作った即席防壁の後ろに隠れながら回復に努める攻撃班の中で、特に精神的に余裕のある赤兎がライトに問いかけた。
赤兎の呼びかけでプレイヤー達は取りあえず一カ所に固まったのだが、その後のことはあまり考えていなかったらしい。
今、ボス攻略レイドは壁際に密集し、回復の間に臨時の作戦会議を開いていた。幸か不幸か、援軍が来てから王は攻撃をやめて後列に下がり、その前に生き残った機械の将軍三体が陣形を作り、ジリジリと砲撃や歩兵を繰り返しながら距離を詰めてきている。
今は作戦会議の時間がとれる分良いかもしれないが、このまま固まって来られると一気に数の力で押しつぶされる可能性がある。そこを考えると手当たり次第に近くのプレイヤーを襲ってくるより厄介だ。
しかも、将軍の一体はボス部屋の入り口の方から兵士を引き連れて迫って来てるので逃げ出すのも容易ではない。
現在は、アレックス率いる防御班の隙間から闇雲無闇率いる遠距離攻撃班とヤマメ婆を中心とした援護班が迎撃に専念して敵の進軍を牽制しているが、やはり戦況は厳しい。
「そうだな……赤兎、あっちのボスを見てみろ。ゆっくりだが、あっちも回復してるぞ」
「なんだと?」
ライトに言われて赤兎はボスである〖キング・オブ・ギアギミック〗をよく見る。
確かに残り一本になったはずのHPが二本目の端に確かに視認できるくらいに回復している。
「アイコと同じだろう。攻撃をやめて回復に専念してる。時間が経つほどあっちが有利になるぞ」
「ちょっと、モンスターと一緒にしないでくれる?」
「「あ、悪い」」
ボスを見ていた二人に不満そうに声をかけたのは胡座をかいて座るアイコだ。これはくつろいで座っているわけではない。
消耗したEPを回復するため、『瞑想スキル』の最も回復の早い技である『座禅』を使っているのだ。本人に回復能力があるアイコは回復役が他のプレイヤーを回復させられるように自力での回復を図っている。
「こっちはレベルの低いスキルでちまちま回復してて焦れったいっていうのに……」
「座禅を組んでるのに欠片も心を無にできてないな……だが、どうする? なんとかあっちの入り口の方に突撃すれば逃げられるだろうが……背中を襲われながら前を突破しようとすればかなり危険な戦いになる。下手をすれば死者が出るぞ」
ライトの状況判断に空気が重くなる。
現状は距離をとって小競り合いをしているだけであり死者は出ていないが、敵陣には近中距離タイプの槍兵と鎧兵も控えている。
ある意味、包囲される前に一目散に逃げ出したシャークは素晴らしい状況判断だったと言えるかもしれない。もちろん、指揮官としては最悪の悪手だが……
プレイヤー達に不安が伝染する。
諦め剣を置く者、悪態をつく者、逃げ出したシャークに呪詛を吐く者、苛立ちを他のプレイヤーに向ける者など、その姿は今まで前線を押し進め、他のプレイヤーより自分たちが優れていると自負していた雄志の面影など欠片もない。
だが、全員が諦めているわけではなかった。
「で、ライトはどうしたら良いと思うんだ?」
赤兎がプレイヤー達の絶望などどこ吹く風といったふうに軽い口調で問いかける。
「時間は稼ぐ、作戦があるなら早く言え。一番早く敵の増援に気がついたのはお前だろ。なら、お前が決めろ」
アレックスが盾で砲弾を防ぎながら促す。
「フェ、フェ、なんか考えがあるって顔しとんなライト坊」
詠唱の狭間にヤマメ婆が笑う。
「ライト、砦の時みたいな策はあるか? あったら教えてくれ。逃げるか戦うか、それだけでも決めてくれると助かる」
マサムネが申しわけなさそうに言う。
「…………」
無闇が無言で肩をたたく。
ライトはため息を吐いて答える。
「おいおい、人任せ過ぎるだろおまえら。頼るにしても、何でオレなんだ?」
「なんだかんだで、知ってる奴は知ってんのよ。あんたが一番このボス攻略を動かしてたってこと」
アイコが今回の攻略での彼の働きを最もよく知る者として代表して言う。
そして、ライトは答えた。
「……よく聞けよ……これはオレ個人の作戦じゃない。『オレ達』の作戦だ……協力してくれ」
ライトの作戦を聞いた各班のリーダー達の行動は素早かった。
全員を一人で動かすのは難しいが、班に分かれて数人単位で指示をして配置につけばいい。各班のメンバーは予行演習で交流していたこともあり陣形は円滑に整った。
そして……
「本当にこの三人で良いの?」
「ああ、これなら十中八九成功する。タイミングさえ合えばだが……」
「大丈夫だろ。なんとかなる」
舞台は整い、役者は揃った。
「5、4、3、2、1、作戦開始!!」
敵陣営から見て最初に動きが確認できるのはアレックス。盾スキルの突進技で防御と攻撃を同時に行う技は、敵からは巨大な盾が迫ってくるように見えるはずだ。
アレックスの盾に、六発の砲弾がほぼ同時に命中し……アレックスは、その衝撃に踏みとどまった。
『砲兵の中に各隊に二体、一度も撃ってきてない奴がいる。三段撃ちの要領で誤魔化しているが、一体一体の装填時間はかなり長い。だから、突出してきたプレイヤーをすぐに迎撃するための要員が居るんだ。だから、そいつらの砲撃はアレックスが受け止めてくれ』
アレックスの防御力と装備の重量は前線でもトップだ。そして、その二つを生かした突進力もまたトップ。砲撃を受けながらも、壁となって前進を続ける。
そして、アレックスが正面の敵の隊までの中間まで来たタイミングで、プレイヤー本隊が動き出す。召喚された大量の骸骨と、砲兵と将軍を狙った射撃に将軍の注目が集まる。
『無闇とヤマメ婆さんの隊は援護射撃と囮で一瞬で良いから敵の注意を逸らしてくれ。指揮を執るのは将軍だから、自信のある奴はあいつを狙っても良いが、砲兵は先に封じてくれ』
後衛が作った隙を『三人』は逃さなかった。
アレックスの背後にいたアイコがライトの腕を掴んだ
「3、2、1、軽業スキル『アクロバットマン』!!」
「うりゃぁぁあ!!」
スキルで軽くなったライトを……敵陣営の背後まで届く勢いでぶん投げた。
そして、アイコは今度は同じくアレックスの背後にいた赤兎の手首を掴む。
「行くぞ」「うん」
「糸スキル『ロールロール』!!」
赤兎とアイコはアレックスの肩を踏み台にして同時にジャンプ。そして、二人の腰に巻き付けてあった糸が空中のライトに巻き上げられ、二人も宙へ飛ぶ。
「「ハッ!!」」
空中で赤兎とアイコは蹴りと鞘をぶつけ合い、反対方向に弾き合う。そして、ライトが糸を微調整し……
「『ネバーランド』の初代ジャックの立体戦闘の技術。位置取は完璧だ……あとは、おまえらを信じるぞ」
ライトの帽子が宙に舞い、その眼光が真下の将軍を貫く。
赤兎が鞘から刀を抜く。
アイコが拳を固める。
三人は、三つの敵陣営の三体の将軍の真上に同時に奇襲をかけた。
『奴らの弱点は指揮官だ。取り巻きだったときも必死に自分自身を守っていたし、あいつらは補充されていない。あいつらを倒せば敵の陣形は崩せる。だが、それをさせないようにあっちも陣形の後ろに将軍を置いている。だから、少数精鋭で奇襲かけて将軍を潰すぞ』
本隊の援護、そして予想外の空中からの奇襲によって、指揮官は反応に致命的な遅れを生んでしまった。
赤兎が落下の勢いをそのままに将軍の中枢を装甲ごと貫き、地面に縫い止めた。
ライトが、空中にもかかわらず器用にバールで装甲を引っ剥がし、中枢に『カカシ拳法』の連撃を叩き込んだ。
そして、アイコはその拳で装甲ごと中枢を貫いた。
作戦開始から一分。
モンスター陣営は指揮官を失い瓦解した。
ライトの作戦の肝は『確実に将軍を仕留められるシチュエーションとメンバーの選出』だった。
真っ先に選ばれたのは近距離で最高の火力を発揮する赤兎。
さらに、装甲を剥がせる『機械工スキル』を持つライトが自らを指名。
そして、最後にライトが選んだのがアイコだ。理由はライトを投げる『砲台』としての役割もあったが、ライトが主張したのはその『短期決戦』に向いた爆発力。
アイコは回復のために『瞑想スキル』を限界まで使っていた。そして、『気功スキル』を限界までブーストできる状態になっていた。
もちろん、チームワークの問題もあったが、アイコがこの事態でも冷静だったことが大きかった。どうやら赤兎攻略作戦での危機的状況の演出(アイコ曰わく殺人未遂)によって耐性がついていたらしい。
それに、問題は将軍を倒した後にもある。
指揮官を潰されたのを兵隊たちが振り向いて確認する前に、ライトは叫んでいた。
「戦闘開始!! 殲滅戦だ!!」
その瞬間、赤兎は既に二体の機械騎士を落馬させて倒していた。
アイコも、既に高所に居るのを良いことに騎士の足をつかんで砲兵に叩きつける。
ライトは巨大な法螺貝を出し、至近距離からの音の砲撃で騎士を馬ごと転倒させていた。
プレイヤー本隊も動き出す。
攻撃班が素早く飛び出し、指揮官を失った直後で混乱した前衛の歩兵にくらいつく。
指揮官を失ってもモンスターが戦意を失うわけではない。将軍を倒す役目の後、敵陣のど真ん中で囲まれても生き残れるプレイヤーでなければならなかったのだ。
数分後、敵兵は厄介な砲兵と騎兵を優先的に倒されて、戦闘の中で陣形は乱れて跡形もないほどバラバラになり、もはや残りの歩兵、鎧兵、槍兵の殲滅も時間の問題と思われた。
ライト達三人も本隊と合流し、もう危機的場面は去ったと誰もが思った。
だが、モンスターがバラけ、『足の踏み場』が出来たと判断したのか……
『王』が動き出した。
「もう一度陣形を作り直せ!! もう盾はない、攻撃は全部通るぞ!! どんどん行け!!」
誰かがそう言った。
ボスのHPが回復したと言ってもHPは一本と三割ほど。もはや攻撃を防ぐ盾もなく戦力も半減……そう思ったのだろう。
加えて攻撃パターンももう知り尽くしている。シャークが居なくても範囲攻撃は防げる……そう考えたのだろう。
だが、ライトは違った。
歩行時の行動パターンが、足音が、歩き方が、体重移動が明らかに違った。
周りの取り巻きを相手にしながら、ライトは王の『武器』を見た。
「盾班全力防御!! 剣の攻撃力が上がってるぞ!!」
前半戦と同じ心構えで攻撃を防ごうとした盾役B班の6人は、王の一撃のパワーにより後ろに吹っ飛ばされた。
さらに、攻撃を妨げる防衛戦に穴があき、そこにボスの遠距離攻撃が注がれ、そこに陣形を作り始めていた援護、遠距離攻撃の班も攻撃に曝される。
「ライト、どういうことだ!?」
赤兎が驚きの声を上げる。
ライトは王を睨みながら、静かに答えた。
「アイツは盾を失って弱体化したんじゃない……『両手剣』に切り換えて、攻撃力が上がったんだ」
どうやらこのボスは楽に勝たせてくれる気はさらさら無いらしい。しかも、その方法は防御を捨てた捨て身の攻撃。
前進しながら剣を振るうボスを前に、陣形は崩れ、さらに残った取り巻きのモンスター達に背中や脇を狙われている。
このままでは、死者が出るどころか壊滅する。
赤兎は、日本刀を握り締める。
「ライト、あいつは取り巻きを気にしながら勝てるような奴じゃねえ。先に雑魚を倒させろ」
「その間ボスはどうする気だ? あれは全力で止めないと時間稼ぎにもならないぞ? 遠距離攻撃も増えてるし……」
「何分だ? どれだけ稼げば体勢が整うんだ?」
「……二分。後二分あれば、確実に勝てる準備を整えられる」
それを聞き、赤兎は口元に笑みを浮かべる。
ライトの声にははったりの気配はない。残りの取り巻きを二分で全て片づけられるとは思えないが、策はあるのだろう。
ならば、自分は何も考えず二分を稼げばいい。
全く持って、簡単で自分向きの仕事だ。
「ライト、時間を稼ぐ。その間に準備を整えてくれ……『王』は、このオレが止めてやる」
赤兎は一人、ボスの前に立つ。
日本刀と大剣。互いに武器は剣一振りだが、このサイズは桁違い。
だが、赤兎は不敵に笑った。
「オーバー50『ドラゴンズブラッド』」
これは、レベルが50になった時に追加された技。
赤兎のプレイスタイルから生成されたという固有技だ。
赤兎の身体を血のように赤い光が包み込む。
その直後に、赤兎は刀一つだけを武器に王に斬りかかった。
アイコは、手近な敵と戦いながら、ボスと戦う赤兎を見やった。
その戦い方は、想像を絶するものだった。
「なんで……なんで避けないの!?」
赤兎は、ボスの装甲の隙間から発射される金属片を全く避けようとせず、攻撃を受けながら斬りかかる。
全く退かない赤兎に苛立ったように、ボスは剣を振るい強力な攻撃を放つが、巨体から放たれる予備動作の大きな攻撃は容易くかわされ、絶え間なく攻撃が繰り返される。そして、一人の一撃とは思えない大きなダメージが刻まれる。
ダメージ自体は全体からしたら小さいが、確実に気を引いている。
「『ドラゴンズブラッド』、時間制限付きだが『無敵モード』になれるらしい。ドラゴンの血を浴びた勇者が不死身になったようにな」
「ライト!! 早く赤兎を手伝わないと……」
『無敵モード』の赤兎のステータスは筋力、速力が跳ね上がり、さらにダメージも受けない。しかし、エリアボスと一人で対等以上に戦えるほどではない。
足止めが精一杯だろう。
「あいつのスピードで翻弄してるんだ。あいつより遅いオレ達が行っても的になるだけだ……それに、後少しなんだ。後少しで、確実に勝てる準備が整う」
アイコは心配そうに赤兎を見やる。
確かに、ダメージを恐れないからこその戦法なのだろう。大剣による攻撃は食らえば飛ばされてしまうから避けているだけだろうから、仮に赤兎が失敗しても死ぬことはない。
だが……
「じゃあなんで、赤兎のHPが減って行ってるの!?」
「え……は!?」
ライトとアイコの違いは赤兎への執着の度合い。
ライトが赤兎が時間稼ぎをやりきれるのを前提に先の計画を考えている間にも、アイコは赤兎を心配して見ていた。
そして、気付いたのだ。
攻撃を受けていても受けていなくても、赤兎のHPが確実に減少し続けていると。
高速で動き続ける赤兎のHPを読み取るのは難しい。だが、それでも見間違いではなくHPが減っている。
「あれじゃあ一分保たないよ!?」
「あの馬鹿!! 二分なら使用時間ギリギリって……全然足りてねえだろ!!」
二人は赤兎の救援へと駆け出した。
ひたすらに斬りかかる。
大きな一撃だけはなんとか避けて、後は避けずに斬りかかる。
ライトには伝えなかったHPの消費。
時間が惜しかったし、時間制限があること自体は嘘ではない。
問題は、どうにも二分は保たなさそうだという現状。
神々の代理戦争の世界の『王者』ならこんなもの無くても五分は逃げきれるのだろうが、攻撃馬鹿の自分には無理な芸当だ。
とうとうHPバーが赤く染まる。
三十秒ほど足りない。
無敵モードを解き、大剣を避ける。
技を発動し、全方位への掃射を耐える。
こまめにオンオフしながら、時間を稼ぐ。
この技の長所はHPさえあれば使用回数に限度はなく、即座に発動、解除が出来ること。
その代わり、この技の発動中には回復効果は全て無効化され、確実に消耗していく。
だから、細かく技を区切れば……
『小賢しい。ならば、邪魔な虫は床ごと潰してしまおうか』
直後、避けた大剣が床に刺さり、床が割れて斜めになり、足場が陥没した。
「んな!?」
やられた。
直接攻撃するのではなく、地形を変えてプレイヤーの体勢を崩すボス特有の大技だ。
剣の攻撃を予測していたから今は技が解除されている状態……残り少ないHPでは耐えられず、返す大剣は空中では避けられず、技名を唱える時間はない。
時間を稼ぎきれなかった……
「赤兎!!」
その時、自分を身をていして守ってくれたのは、この数日間共にダンジョン攻略に励んだ少女……アイコだった。
「アイコ!! しっかりしろ……アイコ!!」
アイコは赤兎に抱き抱えられている。
ギリギリでライトが赤兎を糸で引いたが間に合わないと思い、彼の前に出て大剣を受け止めようとし……斬られて赤兎と一緒に吹っ飛ばされたのだ。
直前に防御力をブーストしていたことと、ライトが赤兎を引っ張っていたこともあり、剣の中腹で真っ二つにされることは避けたが……剣先が腹を裂いていった。
「アイコ、すぐ回復しろ!! まだ何とかなる!!」
ボスが襲ってこないのはライトが気を引いているのだろうか。
だから、今の内に回復すれば……
無理だ。
出血時間なのかもしれないが、大ダメージを受けるとダメージで減る分のHPが先に赤黒く染まり、その後に染まった部分が消えていく。
もはや、アイコのHPは全損を免れない
『気孔スキル』の回復補助でも間に合わないし、普通の薬ではこの深さの『致命傷』の治療は無理だ。
全く持って、自分は馬鹿だとアイコは思う。
だが、考えずに動くのも悪くない気もした。
結果としては、想い人の腕の中で最期を迎えるという……まあ、悪くはない死に様で……
「あれ? 殺人鬼でも殺す気の起きないような重傷人がいる。じゃあ、応急手当てはこの人からだね」
ついに犠牲者が出てしまった。
ボスに挑みに来て思わぬ事態の連続で精神的に限界を感じ始めていた攻略メンバーの誰もがそう思った。
だが、その時、モンスターの間をすり抜けるようにしてその『被害者』の下に駆けて来た者がいた。
そして、遅れながら入り口に姿を表す数十の人影。
「目的地に到着しました、お駄賃ください!!」
「先輩! やっと到着しました!」
「マリーさんのためにもしっかりやらなくちゃ」
「そんなに緊張しなくていいよ。頑張ればマリーねえはほめてくれるよー」
「パォォオオン」
「はてさて、我が輩の見せ場は残っているのかな?」
「ふー、疲れた。一休みしよう」
「どうも~、『大空商社』の代表取締役のスカイです~。事態は急を要するみたいだし、一人先走ってもうそっち行っちゃってるけど……」
空色の着物を着た灰色の髪の少女は、リアカーの上に立ち、満面の営業スマイルで言った。
「戦力は要りませんか? 選りすぐりの生産職七人と一体、そして……」
スカイは後ろに控えるプレイヤー達に手で合図をし、前に一歩出させる。
そのプレイヤー達は、生産職とは違う迫力を持つ強者の雰囲気を纏った者達。
「様子見を決め込んでいた前線戦闘職20人! 各人別個払いで援軍一人につき10000b、十二回払い可ということでどうですか?」
ライトには雇われたのであろう戦闘職が『え!?』という顔をしていたようにも見えたが……まあ、スカイの不平等な雇用制度は今に始まったことではないので無視した。
「治るか? 黒ずきん」
「ボクのスキルの高さは知ってるでしょ? 胴体が半分になったわけじゃないし、このくらいすぐに治せるよ」
ライトが煙玉や闇魔法で時間稼ぎをしながら、颯爽と現れた黒ずきんに問いかける。黒ずきんは、アイコの治療の手を止めず、さらに赤兎に特製の回復薬を渡しながら応える。
「ライト、これは……」
「スカイとマリーが用意した伏兵だよ。やたら到着に時間かかったみたいで心配したけどな」
「迷路の入り口でスタンバってたら途中からモンスターが湧き出したんだよ!! これでもスカイ達守りながら出来るだけ急いで来たんだから文句言わない!! 間に合ったし!!」
そう言って、黒ずきんは部屋の入り口を指差す。
入り口付近では、スカイの連れてきた『援軍』が猛威を振るっていた。
「硬い敵ばっかりで武器傷んでる人はこっち来てー! 速攻で強化してあげるからー!」
鍛冶屋のチイコが相棒のファンファン〖ツールエレファント LV38〗に乗りながら、手当たり次第にプレイヤーの武器を金鎚で叩いて強化していく。チイコにテイムされているモンスターのファンファンは巨大なハンマーで群がるモンスターをなぎ倒していく。
「みんなげんきになーれ!!」
花束を持った九歳前後の少女が花束を真上に投げると花びらが散り、花の香りが広がり、プレイヤー達に『疲労回復 LV2』の支援がかかり、EPがゆっくりだが着実に回復し始める。
「ナビキオリジナル『人魚の晩餐』」
ナビキがギターで優雅なリズムの曲を弾き出すと、プレイヤー達のHPが回復し出す。
そして……
「砲弾装填、目標『機工王』、発射!!」
スカイが乗っていたリアカーに積まれていた椅子から飛び出したのは、前に〖ギアコング シルバーバック〗の背中に乗っているのを見たことがあるカタパルトを改造したような……大砲だ。
リアカーを馬で引いてきたと思われる男がリアカーごと砲身をボスに向け、眼鏡をした博士っぽい男が弾を込め、スカイが導火線のマークのついたスイッチを押した。
そして、砲弾が凄まじい勢いで飛び出し、王の肩に直撃して爆発した。
「スカイ!? いつの間にこんな物騒なもの造ったんだ!?」
ライトが驚きの声を上げる。
声が届いたのかどうかは知らないが、スカイは大声で答えた。
「私のスキル舐めないでよ!! こんなもの、途中のモンスターの即席のパーツで十分!! そんなことより、邪魔な取り巻きはこっちで倒しておくから、さっさとボスを片付けちゃって!!」
「オレは分解が限界だったのに……」
スカイ達が何故こんな所にいるか……その理由は簡単だ。
今回のボス攻略には沢山の『様子見』の要員がいた。そして、スカイはマリーを通してそれらのプレイヤーに声をかけて説得したのだ。
『どうせ様子見するなら、皆で集まって実際に現場で見た方が良くないか?』と。
つまり、ボス攻略をツアーとして商売にしたのだ。
そのためにライトとスカイの間で光魔法『シグナルリンク』を通してダンジョンの地図を送ったりしていたのだが、気がついた者はいなかった。
そして、ライトは戦闘中に敵味方の戦力を見て光魔法で交信し、援軍のタイミングを図っていた。
有利な状況や、敵陣営が整っている時には援軍の効果は薄い。それに、ダンジョン攻略をやってのけたメンバーだけで倒せるなら、それに越したことはない。
その場合は『様子見』の戦闘職への情報提供と、戦闘に関わる生産職へ現場を見せるだけで済む。
しかし、伏兵を出した以上はしょうがない。
もう取り巻きを気にする必要はない。
ボスと攻略レイドの決戦の再開だ。
「陣形は初期陣形!! ただし、盾役班は二班合併して全力で大剣を止めろ!! 遊撃隊は攻撃隊に合併して火力を稼げ!!」
ライトは陣形を組み直すように指示をとばす。
そして、同時にライト、赤兎、アイコ、黒ずきんの四人は砲撃で気がそれたボスから離れ、体勢を整える。黒ずきんの素早い処置によってアイコの腹には包帯が巻かれ、HPも大方回復している。
「どうする? 黒ずきんも攻撃に混ざるか?」
「ボクは一昨日から寝不足で眠いからパス。ほら、この子はもう大丈夫だよ。地の回復力が高いし、もう動けるでしょ?」
「う、うん……あたしも、やるよ。赤兎は危なっかしすぎて放っておけない」
「ん……返す言葉もないな」
アイコは死にかけた直後だというのに恐れている様子はなかった。むしろ……自分が死にかけたことより、赤兎が勝手に危なっかしい戦い方をしていたことが気にかかっているようだ。
こうして、三人は再び王に向き直った。
「さあ、最終ラウンド突入だ」
両手剣に切り替えた王を相手にするにあたり、考えなければならないことは攻撃より防御だ。
その大剣の攻撃力は片手剣として使っていたときより高い。アイコは幸運にも助かったが、直撃すれば致命傷になりかねない。
接近して攻撃する必要のある攻撃班と遊撃隊はそのリスクを負いながらの戦いになったのだが……
「機械工スキル『クイックパージ』!!」
「はぁあ!!」
「んりゃあ!!」
ライトが攻撃に加わったことで攻撃は勢いを増した。
理由はライトの持つ『機械工スキル』。機械系モンスターには相性のいいらしいこのスキルで、ライトはボスの装甲の接合部を外し、さらにアイコがその装甲を引き剥がし、トドメに赤兎がむき出しになった機関部に刀を突き刺すという三連コンボを決め、堅い装甲を特徴とする機械系モンスターの王に多大な損壊を与えていた。
しかも、そのコンボが決まるごとに王の金属片による射撃攻撃は減っていき、もはや攻撃手段は大剣一つだ。
そして、その攻撃も壁役が総出で防ぐ。
さらに、それを援護班が支える。
ライト達以外の攻撃班、遊撃隊と遠距離攻撃班も装甲が欠けた部分を狙い、より効率のよいダメージを与えていく。
そしてとうとう、ボスのHPが残り数パーセントとなったとき、ボスの全身から爆風のように蒸気が噴出し、足の先から頭の先まで、剣の先まで赤熱したように赤く輝いた。
「とうとう最後の反撃ってことか……」
『王』の渾身の一撃、真上からの振り下ろしが地面に炸裂し、今まで大剣を耐えてきた防御班を衝撃で吹き飛ばす。
そして、今度はその剣を横に振りかぶり、守りを失ったプレイヤー達を一掃するようになぎ払う。
だが、それを許さない者達がいた。
「EXスキル『カカシ拳法』、『開墾』から『荒廃』まで混成接続!!」
「『パワーブースト』!!」
「『ドラゴンズブラッド』!!」
ライトが、剣を振り回そうとする腕にノックバック補正のかかったオリジナル技のコンボを叩き込む。
赤兎が無敵モードの状態で剣を正面から受け太刀し、アイコが背中を支える。
それだけではない。
先の一撃に踏みとどまったアレックスが赤兎の隣で剣を一緒に受け止め、ヤマメ婆の召喚した骸骨の群れと、無数に分裂した矢が巨大な腕に殺到し、さらに次々とプレイヤーが剣や腕を迎撃し……
王の最後の一撃は、押し返された。
そして……
「赤兎、止め刺してこい!! 『オール・フォー・ワン』!!」
ライトが、自分の持つ中で最強の威力を持つ技で赤い輝きに包まれた赤兎の背中を押す。
赤兎はその意味を一瞬で理解したらしく、砲弾のような速度で飛ばされながらも刀を構え直し……
見事、王の首をはね飛ばした。
残っていたHPはキレイに消し飛び、消滅する。
赤兎が着地した瞬間、プレイヤー達には緊張が走った。
ここでまた何か隠していた能力で復活するのではないか?
新しいモンスターが出てくるのではないか?
だが、王の残骸はもはやそんな足掻きをすることはなかった。
立ったまま、バラバラとパーツが落ちて行き、最後には鉄くずの山になる。
そして、プレイヤー達の目の前に
『CONGRATULATIONS!! AREABOSS CLEAR!!』
と、ボス打倒の証明が表示され、ようやく笑顔が広がり始める。
「「「うぉぉおおーーー!! 勝ったぞーーー!!」」」
赤兎とアイコがハイタッチを交わす。
ライトとスカイが無言で笑みを交わす。
ナビキが黒ずきんにハグしようとし、黒ずきんが遠慮するように後ずさりながら苦笑する。
それぞれが、思い思いに勝利の喜びを分かち合った。
第一回エリアボス攻略戦は、死者ゼロで無事成功したのだ。
その夜。日付が変わる頃。
ライトはイザナの家の馬小屋の藁の上に仰向けになった。
ボスを攻略した後、ボス部屋に三つの隠し扉が現れ、それぞれが新しい『国』の『街』と繋がっていた。そして、それぞれの『街』のモニュメント(『時計の街』なら時計台)のある広場には目的地を告げると相互に行き来できる魔法の門『ゲートポイント』が現れていた。
まだ全体から見たら小さな一歩かもしれないが、今のプレイヤー達にとっては大きな一歩だ。
ライト達ボス攻略レイド(援軍含む)は一旦戦利品の整理などを兼ねて『時計の街』に戻ってきたのだ。(もちろんスカイの提案だ。前線の戦利品を買い取って店で売るらしい)
ちなみに、なんでライトがイザナの家の馬小屋で寝ることになっているかと言うと……
『先輩! 黒ずきんちゃんとパジャマパーティーがしたいです! 説得してください!!』
『ライト助けて!! 一昨日から言い寄られて聞かないの!! ナビとナビキ説得して!!』
と二人に同時に泣きつかれてしまったので、折衷案としていつでも助けに入れる所で待機しているということになり、流石に同室はマズいので二人をイザナの家の客室に泊まらせ、ライトは馬小屋に寝ている。
「ナビキ、パジャマパーティーとか楽しみにしてたからな……まあ、一晩くらいなら『あいつ』も我慢できるだろう」
なんらかの拍子でナビキが黒ずきんの秘密に気付いてしまったら……なんとか説得しよう。
そう思った直後だった。
家の中でドタドタと音がした。
「な、なんだ!?」
音は激しさを増し、まるで争っているような音となり……人が逃げ惑う足音とそれを追って走る足音に変わった。
「まさかジャック、ナビキを……」
ライトが突入を決意し、馬小屋から家の民家部分に繋がる扉に手をかけようとしたとき、扉が中から開き、少女がライトに飛びついてきた。……半泣きの状態で。
「助けてライト!! あいつから守って!!」
「え、黒ずきん!? ちょっと何があったんだ!?」
ライトに飛びついてきたのは黒ずきん……殺人鬼の方だった。
あまりの勢いに背中から倒れるライトだが、さらなる驚きに表情を変える。
「おまえ……服着てないのか? パジャマパーティーなのに」
「そんなこと言ってないで助けて…うわ来た!!」
ジャックが助けを求めるようにライトに強い力でしがみつくが、逆にライトは思うように動けなくなってしまう。
そして、さらにジャックの上から誰かが飛びかかり、藁が舞い上がった。
藁が地に落ち、ライトが視認したのはやはり少女だった。
くるぶしまで届くような長髪と、若干長めの犬歯が印象的だが、それより印象的なのはその行動。
彼女は、しっかりとライトに抱きつくジャックをさらに強い力で大事なものを抱くように抱きしめ、その頬を艶めかしいまでの丁寧さで舐めていた。
「えっと……この子は?」
ライトは状況が理解しきれず、ジャックに問いただす。
ジャックは頬をなめられ、怯えながらもハッキリと答えた。
「この子は……ナビキ…だよ」
《干し肉》
保存の利く肉。
ただし、風味や味は新鮮な物に少々劣ることが多い。
(スカイ)「今回はこちら、いざという時の保存食。意外に売れてる干し肉でーす。」
(イザナ)「カチカチですねー。美味しいんですか?」
(スカイ)「このまま食べてもそこそこ美味しいけど、簡単に焼いたり茹でたりする人が多いわね。特別スキルが無くても調理できるし」
(イザナ)「もぐもぐ……確かに結構美味しいですね。なんのお肉ですか?」
(スカイ)「あ、それは毒サソリのモンスターの肉よ」
(イザナ)「ぐはっ……」
(スカイ)「別に肉に毒があるわけじゃないけどね~。それではまた次回!」




