53頁:ボス戦に予想外の事態は付き物です
『機械工スキル』
機械を扱うスキル。
複雑な機械ギミックの作成、調節や分解が出来る。だが、プレイヤー自身にパズルのような複雑な回路を理解する頭脳が必要。
赤兎攻略遠隔会議にて。
(スカイ)『作戦の進行状況はどう?』
(ライト)『アイコは赤兎に認められようと自分磨き中。で、オレはそれを影から見守るように赤兎を誘導した……そんなところか。あと、アイコの戦力増強にも力入れてる』
(黒ずきん)『まあ、赤兎は強いやつは素直に強いって尊敬できる奴だからその方針でいいと思うよ。』
(ナビ)『へー、強くなってるのかそいつ。だったら今度決闘してみっか』
(ライト)『おい、それでナビが勝っちゃったらアイコのプライドズタズタになるだろ。頼むからしばらくは避けてくれ……あと、ナビキが起きてるときは代わりにアイコにパーティーに入ってもらえるようにマサムネさんには相談してある。』
(マリー)『まあまあ、でも気を付けてください。ボス戦を乗り切らないことにはその先はどうにもなりませんからね? 「この戦いが終わったら告白するんだ」とかやってるとドラマチックに戦死しちゃうかもしれませんよ』
(ライト)『それに関しては……スカイ頼むよ』
(スカイ)『ええ、大丈夫。それについては策があるわ。このボス戦、絶対に勝てるわよ。勝たせてみせる』
≪現在 DBO≫
ボスダンジョン攻略7日目。
とうとう、このダンジョンの主であり、『歯車の国』の『王』を攻略する時が来た。
ボスモンスター
〖キング・オブ・ギアギミック〗。機械仕掛けの王。
推定身長10m。HPは四段。
甲冑を着た巨人の姿をしており、手足は太く胴体も分厚い装甲に覆われていてかなりの重量感を感じさせる。また、頭部には銀色に輝く王冠をのせている。
武装は大剣と盾。だが、偵察に行った赤兎によると装甲の間から歯車などを発射してくる遠距離攻撃もあるらしい。
取り巻き。
〖ギアギミックジェネラル LV40〗が五体。
〖キング・オブ・ギアギミック〗を人間大に縮小したような機械仕掛けの衛兵。
体型はボスよりスマートで軽装に見えるが、強化改造モンスターと違い生身の部分が露出しているわけではないので防御力は高い。
武装は腕に直接つながった剣と盾だが、こちらは変形するらしく、腕を弓矢や槍に変形して遠距離・中距離攻撃もしてくるらしい。
そして、戦いの舞台となる『王の間』は草野球の球場より一回り大きいくらいの円形。床には半径1mほどの巨大な歯車がいくつも噛み合った模様が描かれている。
入り口の大門を通ると中央より少し奥に王が、その前に五体の兵が待ちかまえているはずだ。
赤兎の下調べにより、かなり詳細にボス部屋の中の状況がわかり、作戦は立てられたし予行演習もできた。
準備は万端。装備も万全。回復アイテムも十全に確保してある。
だが、油断してはならない。
これはたった一つの失敗が死につながるデスゲームなのだから。
「釣りスキル『フィッシングポイント』鞭スキル『パイソンテイル』!!」
釣りスキルで命中力補正のかかった鋼鉄の鞭が機械仕掛けの兵の腕に炸裂し、変形途中だったため大ダメージを与えることに成功する。
しかも、この鞭は〖ギアリザード〗の尾から作られていて、先端部分に接続されたアンカーが腕に引っかかって体勢を崩す。
そして、そこですかさず杖を取り出し、鞭に押し当てる。
「魔法スキル『ダイレクトマジック ボルテックス』」
鞭に流れた高圧電流が機械仕掛けの兵を苦しめる。鞭の持ち手はゴムでコーティングされていて杖の持ち主にはダメージは来ない。
たまらず後退する兵を見て、空色の羽織りを着て古臭い帽子をかぶった少年は呟いた。
「ここまでは順調だな……怖いくらいに」
ライトは遊撃隊に配属されていた……というより配属した。
ライトの戦闘法は矛盾するようだが『極端なオールマイティー』ということになる。攻撃、防御、援護、遠距離……どこでも出来るが、どの役割に集中しようが専門職にはかなわない。ならば、単騎でも安定した戦いができることを利用した遊撃が最適だろうという判断だ。
遊撃隊の役割は主に取り巻きの殲滅。一人一体を相手にしての戦いであり、本隊からは独立して動くこととなる。
ライト以外の遊撃隊には、密集戦では戦いにくい斧や薙刀を扱うプレイヤーや、ソロでの戦いに慣れている攻防のバランスのいい盾剣士などが居て、全員〖ギアギミックジェネラル〗を相手に優位に戦闘を進めている。防御力の高い相手なのでまだ倒し切れていないが、負けそうな者は一人もいない。
自分の相手との間合いが開き余裕ができたライトは部屋の中心で地響きを上げるボスと、そのボスと戦う本隊の方を見た。
戦闘開始から35分。四段あったHPもあと二段。プレイヤーの平均HPは七割五分、EPは六割といったところ。
EPの方が損耗が激しいのは回復がHPより難しいことが要因の一つだろうが、敵が大きく外れる心配がないため安心して技を連発していることも大きい。
今回の作戦は、ボスを動かさせないことに主眼を置いているのだ。
陣形は左前方にアレックス率いる壁役A班、左前方に壁役B班が陣取っている。王は右手に剣を持っているため、防御力はA班の方が高めだ。
そして、接近して大きなダメージを与えることを目的とする攻撃班は固まらず、分かれて多角的に王を攻撃し、翻弄する。これは、固まって攻撃すると王が盾で一方向を守っただけで攻撃を防がれてしまうからだ。多角攻撃ならば、一人の攻撃が盾で止められても他が盾のない場所を攻撃できる。
そして、ダメージを受けたり、王が攻撃の素振りを見せた場合は壁役の後ろに回って次の攻撃の準備、もしくは回復に専念する。
援護班は回復および長物による盾の間からの刺突攻撃で前衛をサポート。刺突はボスの前進を防ぐ。攻撃班、壁役班がローテーションしながら常に各班一人は回復に専念して攻撃と防御を継続することになっているので回復は常に魔法と回復アイテムの配給でフル稼働。
この陣形の中核だと言える。
援護班のリーダーであるヤマメ婆は攻撃班の邪魔にならないタイミングを見計らい大量のスケルトンを召喚して攻撃、防御をサポート。骸骨の群れを盾にして敵の飛道具から班を守ったり、数で敵の注意を引いて攻撃班の攻撃する隙を作ったりとリーダーに相応しい働きをしている。
その後方で弓や杖を構えるのが闇雲無闇率いる遠距離攻撃班。こちらは意外にも無闇が高い指揮能力を見せていた。
近距離に敵が入ると危険なこの班は取り巻きとの戦闘に巻き込まれないよう、固まって矢や魔法を飛ばしているが、近距離武器より威力が低く、盾で防御態勢に入られるとダメージがほとんど与えられなくなる。
そこで、王が守りにはいると無闇はハンドサインで攻撃対象を変更させ取り巻きと戦う遊撃隊を援護。王からの警戒が前衛に移るとまた王を攻撃。完璧で無駄のないヒットアンドアウェイの戦法で与えるダメージの最大効率を維持している。
そして、遠距離攻撃班とほぼ同じ位置取で全体を俯瞰するのがレイドリーダーのシャーク。
彼は遠方からボスの動きを観察して適宜指示を出す。
前衛後衛関係なくジャンプで避けなければダメージを受けてしまう『地響き』や、胸部の装甲が開いて金属片を連射してくる『掃射』などの予備動作の大きな技を全体像を見ながら見極めて避けさせるのだ。
これに関しては赤兎では調べきれなかった技が多く、反応の遅れもまだある。しかし、技が明らかになってきて予測率も上がっているので、順調だと言えるだろう。
個人的に心配だったアイコと赤兎も問題は無さそうだ。アイコがまた赤兎の前で緊張してミスをする可能性も考えていたが、自然体での頑張り方も身についてきたらしい。
アイコの武器であるライト製《巨大ブラックジャック》も無理に持ち歩くようなことはせず、ライトの教えた素早くアイテムを出し入れする技術で隙があれば呼び出して使い、そうでなければ拳で戦ったり、ヤマメ婆の出した骸骨を投げつけたりして攻撃している。(事前にヤマメ婆には許可は取ってある)
アイコは他の武器攻撃に比べて与えるダメージはやや小さいが、防御力と回復力は高いため休まず攻撃を続けている。レイド内でのEP消費は一番大きいが、戦い方は安定している。
そして、赤兎はその剣技を存分に振るっていた。
赤兎はあまり高等な連続技などを使わず、単発で基本的な斬撃を繰り返しているが……
その一撃一撃が十分に強力であり、何より早くて速くて疾かった。
移動、構え、振り上げ、振り下ろし、構え、移動。このサイクルが異様にスムーズで短い。
何も考えず、直感に従って、経験に沿って体が動いているかのように、一連の動作に思考をしていると思われるタイムラグがない。
何も考えずに斬っている。
ライトは思い出す。
初めて会ったとき、赤兎は(笑いを取ろうとしただけだが)敵対するような反応をしたライトをノータイムで攻撃したのだ。
赤兎は、何時間も愚直に素振りを続け、ただひたすらに剣を振るい続け、その最早非合理的なまでの反復練習を修行としている。
そして、ライトがデスゲームを『考えること』で乗り切っている間に、赤兎は『考えないこと』で生き残る境地を見つけたと見える。
プレイヤーの連携、赤兎を筆頭とした攻撃班の火力、消耗のスピード、敵兵力……どれを取っても順調だ。順調過ぎる。
そのことに、ライトは逆に危機感を覚えていた。
まるで、ここまでの流れが相手の想定の内のような……
『将兄、ここの金を放置したのは失敗でしたね。金将と歩兵が縦に並ぶと互いに守り合ってすごく強くなるんですよ。美しい現場指揮官と一般兵の友情パワーです』
「まさか……誘導されてるのか?」
思考パターンを切り替えて状況を観察する。
王のHPバーは残り一本と半分。盾にもひびが入って危機的状態に見える。
取り巻きのHPは四割程度。多めだが、攻撃力はそれほど高くないし、一対一でもプレイヤーに負けはない。しかも、ボスを助けに行く気配はない。むしろ、自分が生き残ろうとしている? 臆病な貴族系の騎手?
味方には死者、戦闘不能の重傷者はなし。平均HPは七割。平均EPは五割。勝ちが見えてきて士気も高い。ボスも後退しつつあるし、勢いは十分。
このままのペースで行けば、残り二十分でボスは撃破され、プレイヤーのHP残量は約50%、EP残量は20%、死者なし。その時、取り巻きは二体が残存……
「取り巻きが生き残る?」
おかしい。ボスのHPより取り巻きのHPの減りの方が遅い。
というより、この取り巻きの戦い方がおかしいのだ。攻撃より防御にポテンシャルを割き過ぎている。
この違和感を取り逃がしてはならない。
このモンスターには何かある。
考えながら遠巻きに鞭と魔法で戦っていたライトは、武器を変えた。
先がとがっていて先端だけ少し曲がっている鉄の棒。
細く真っ直ぐな鉄製の円柱の先が十字や一文字に加工された道具。
『機械工スキル』の道具と《ドライバー》だ。
「強化改造モンスターと違って武装解除じゃすまないだろうが、ちょっと分解させてもらうぞ」
赤兎と違い特化した戦いのできないライトの強みは、相手の弱点を突けることだ。
ライトが〖ギアギミックジェネラル〗を分解し終えたのはボスのHPが残り一本になろうかという所だった。
分解と言っても流石に戦いながらは難しかったため、まず両腕をバールで破壊。さらに『カカシ拳法』で壁際まで追いやり、壁に磔にして本格的に分解。『機械工スキル』は機械仕掛けのモンスターには鬼門だったらしく面白いようにパーツは外れていき、最後にはそのほとんどがアイテムとして地面に転がることになった。
「ジャックの犯行現場みたいだな……で、これが弱点……というより中核か」
ライトは最後に取り出したパーツを見る。
それは、二本の赤いピストンが並んだようなパーツ。心臓を模しているらしく、これを外すと残りHPが一気に完全消滅したので間違いないだろう。
ならば、弱点を取りあえず他の遊撃隊にも伝えようかと思ったとき、本隊の方で声があがった。
「もうすぐ三本目がなくなるぞ!! 狂乱モードに気をつけろ!!」
ライトは本隊を見やる。
確かにボスのHPは残り一本とほんの数パーセント。これなら、一分としないうちに残り一本となり、ボス系モンスター特有の『狂乱モード』が始まり、より強いモンスターとなるのだろう。しかし、それはここにいる全員が承知しているし、多少強くなってもそれを止められるくらいの余力はある。
だが、ボスを見たライトにとってそんなことは問題ではなかった。それより大事なのは、その『盾』だった。
それは、既にひび割れており、所々表面の装甲が剥がれ落ちている。
そして、中身が見えている……ライトの手にあるのと同じ、赤いピストンが……何十と。
「鍛鉄の王……百の兵隊……機械仕掛けの将軍…ヤバい!! 無闇!! シャーク!! ジェネラルを先に仕留めさせろ!!」
このダンジョンには強化改造モンスターはたくさんいたが、今回のボスと取り巻きのように『完全機械型モンスター』は初めてだった。城の中にはたくさん居るのかと思われていたが、ボスの間までは素通りだった。
だが、攻略メンバー全員がこの城の登場と同時に聞いたはずだ。
この城の王は『鍛鉄』の王であり、『百の兵』を従えると言っていたはずだ。
そして、この城の名前が『機工王の城』であると。
無闇はライトの意図を察したわけではないだろうが、ライトが何かに気付いたことに気づき、素早く判断し、ハンドサインで取り巻きの撃破を命じた。
しかし、シャークは反応が遅れた。
攻撃班に目標変更の指示が届くことはなく、攻撃は続行される。
そして、取り巻きが三体になった瞬間……王のHPが残り一本になった。
『うむ、なかなかの攻めだ。
だが、おまえ達は何もわかっていない。
王とは、臣下とともにあってこそ真価を発揮するのだ』
その瞬間、『王』は驚くべき行動に出た。
今まで自分の身を守っていた盾の装甲を自分の手で引っ剥がしたのだ。
そして、装甲の下には百近い赤のピストンが整列している。
『我は鍛鉄の王なり!!
我と共に苦難を乗り越えた盟友よ
今こそ、我が軍となり、我と共に戦おうぞ!!』
ピストンが……機械モンスターの中核が盾を取び出し、壁に吸い込まれるように消えていく。
盾の残りの部分はバラバラと分解され、地面に落ちて消えた。
そして……
「警戒しろ!! 今のパーツは機械モンスターの中核だ!! 全部、モンスターになって出てくるぞ!!」
将軍とはより下級の兵隊を従えてこその指揮官。その役目は、戦いではなく生き残ること。
そして、王は宣言したではないか。彼は『百の兵』を持つと。
そして、この城にはボスの部屋に来るまで衛兵一人居らず、明らかに兵が95体も『足りない』ことなど、一目見てわかるはずだった。
この城の王が『生産系のモンスター』であり、盾を『叩かせる』ことで鍛え、『百の兵』を量産する可能性など、推理のしようによっては誰でも思いつけたはずなのだ。
困惑するプレイヤー達を囲むボス部屋の内壁に隠し扉が出現した。そして、そこから出てくる歩兵、槍兵、砲兵、鎧兵、騎兵……レパートリー豊富な『軍隊』。
ボス自身の戦力は盾がなくなり少々減った。しかし、それを補って余り有りすぎる増援。
しかも、ここから将軍は本領を発揮する。
出てきた機械仕掛けのモンスター達は突っ込んでは来ずに迅速に三つに分かれて、将軍の指揮下に就いた。
そして、最後に機械の馬が現れ、将軍を背に乗せた。
そしてここに、機械の王の本当の布陣が完成した。
プレイヤー達は混乱を極めた。
追いつめたと思っていたのに、兵力が逆転してしまったのだ。
ある者は班のリーダーに指示を仰ぎ、ある者は絶望に打ちひしがれたように震え、ある者は戦意を失ったように膝を地面についた。
だが……
「弱点は胸の赤いところだ!! 新しく出てきた奴は露出してるから一撃で倒せる!!」
もうすでに倒した五体のモンスターの残骸を踏みつけながら、赤兎が叫んだ。
その姿は、敗北など考えず、まるで困難などものともしない強さに溢れていて……まるで、勇者のようだった。
赤兎が敵の弱点を発見したことで、プレイヤー達は遅れながらも動き始めた。
赤兎は素早くライトに駆け寄って来る。
「ライト、取りあえず戦意は戻ったみたいなんだが陣形がバラバラだ! なんとかならないか?」
「そうだな……ここは撤退も考えて入り口に陣形を寄せて行くようにシャークに指示を……」
「ライト! 赤兎! 大変!!」
その時、アイコがかなり切羽詰まった様子で駆け寄ってきた。モンスターが大量に現れたときは比較的落ち着いていた方だったが、そのアイコが今度は相当焦っているように見える……良い予感がしない。
「どうしたんだそんなに慌てて……まさか、死者が出たのか?」
赤兎が問いかけるがアイコは首を横に振る。
そして、早口に言った。
「シャ、シャークが、一人だけ逃げ出した!!」
「「…………え!?」」
指揮官の敵前逃亡……戦況は非常にまずい状態となっていた。
《栄養ドリンク》
EP回復アイテム。
ただし、回復ポーションほどの即効性は無く、しかも短時間に大量に使用すると効果が下がる。
日に二本までの服用が理想的。
(スカイ)「今回はこちら、いざという時の非常用飲料です~」
(イザナ)「ジュースですか?」
(スカイ)「ジュースみたいなもんだけど……あんまり美味しくはないよ~。薬みたいな味するし」
(イザナ)「美味しくはないんですか……」
(スカイ)「本当の食料の代用品だからね~。普通に食事したほうが健康的だよ~」
(イザナ)「そこはリアルなんですよねこのゲーム」




