51頁:チーム分けに私情を挟むのはやめましょう
『走行スキル』
走るスキル。
瞬間的な加速、あるいは持久走のような長距離移動の補助に使われる。
スキル上げには移動を常に駆け足で行うなどの方法があるが、フィールドやダンジョンで走っているとトラップにかかることもあるので注意が必要。
ボスダンジョン攻略五日目の午後。
スカイのもとにメールが届いた。
丁度、店員をしていたナビキもそれに気が付く。
「定時連絡ですか?」
「いや……違うわ。この国のエリアボス……『王』が現れたそうよ」
「王……とうとう出てきましたか」
エリアボス……『王』の発見は確実にこのゲームが進行している証だ。
だが、スカイの表情は険しい。
「功名心にとらわれた一部の連中が、ライトの知らないところでダンジョンの中ボスを倒してしまったらしいけど……拙いわね。もう少しかかると思ってたのに」
「スカイさん?」
ナビキが首を傾げる。
だが、次の瞬間には、スカイの表情が変わっていた。
「ナビキ、すぐマリーに連絡して来てもらって! あと、そこの椅子外に出して!」
「は、はい!!」
ナビキは、慌ててスカイに言われるがままに動き出すのであった。
《現在 DBO》
どうやら、ライトと共に行動していた赤兎、アイコは一部のボスダンジョン攻略メンバーから知らないうちに仲間外れにされていたらしい。
赤兎の実力は皆が認めるものであった。それこそ嫉妬を招くほど。
ライトも生産職だからと一歩退いたり、下手に出たりしない上、十分以上にそれを正当化できるだけの働きをしていた。
アイコは元々ソロであり、しかも女性であるため、下心を持って近づいてくる男をはねのけるために攻撃的な態度を取ったことも多いらしく、それこそナンパ紛いの態度で近付いて『痛い目』を見た者達からはあまりいい印象は持たれていなかった。
『西側じゃ先を越されちまったが、今度は出し抜いてやったぜ』
『まあ、俺達は八人がかりだったんだ。あいつ等は二人で倒せたとか言われてるが、ホントならきっとボスの中でも弱い奴だったんだろうぜ』
『だがどうする? さすがにエリアボス相手の時には出し抜くとかできないぜ?』
『あいつ等無駄に強いからな……流石に戦力外通告ではじくわけにはいかないし……』
『ボスのトドメの一撃だけもらっちまうってのはどうだ?』
「こいつら、俺達に聞かれてるとも知らずに好き勝手言ってるな」
自分たちを嫌うプレイヤー達の会議を『杖の先の水晶越しに』眺めながら、赤兎は呟いた。その横で水晶を覗き込むアイコは杖を持つライトに囁くように尋ねる。
「これ、ホントにあっちからは見えてないの?」
「別にそんな小声じゃなくても聞こえないよ。光属性魔法スキル『シグナルリンク』。今は一方通行にあっちの壁に仕掛けておいた二つの水晶から音と映像を受信して映し出してる。実際の距離はかなりあるからわからりゃしない」
フッと映像が消える。
さらにライトが短く呪文を呟き、音声も消えた。
「あ、消えちゃった」
「こっちは電源がいるが、あっちは充電式だからな。まあ、こんなもんだろう。さて、それはさておき……どうしたい? あいつ等は『オレたち』が嫌いみたいだが」
ライトは二人に問いかける。
元を正せば、最初に一番嫌われていたのはライトであり、二人はそのとばっちりなのだが、二人の表情にはライトを避難するような色はない。
「ん、ほっとけば良いんじゃないか? 俺達は別にボスが倒せるなら止めが誰でも変わんないし」
「ちょっと気分悪いけど……今更他人の評判とか気にしないよ。さっきのあいつ、あたしのお尻触ろうとしてきた痴漢野郎だったし」
どうやら、二人も大して気にはしていないらしい。
だが、ライトの表情には影が残る。
「問題は、あいつ等がボス戦中に馬鹿なことしてこないかどうかだな。」
「ん? 呼んだか?」
「いや、赤兎は呼んでない。今の馬鹿はあいつらの事だ……それより、戦いの最中にあいつらがボスの止めを刺そうと突出するだけなら問題ないが、危ないのは味方の妨害も辞さなかった時だ。特に、完全ダメージディーラーの赤兎は確実に前衛ほぼ最前列。後ろから不意打ちなんてされた日にはボスと敵のサンドイッチだぞ?」
「それは……キツいな」
赤兎は厳しい表情をする。
赤兎は真っ向勝負には強くとも、そのような『仲間の裏切り』なんてものには対抗策が無いに等しい。ましてや、前にボスの……『王』の御前でそんなことをしている余裕は無いに等しい。
その意味を汲み取ったアイコが立ち上がり、拳を固めて走り出そうとするのを、ライトは羽交い締めにして止める……が、パワー負けし、赤兎にも引っ張ってもらって止める。
「邪魔しないで、今からちょっと考えを改めさしてくる」
「落ち着けって! 何にもされてないうちにそんな事したらこっちが本物の悪者になっちゃうから!!」
「じゃあ赤兎がサンドイッチの具にされるのを黙ってみてろって言うの!?」
「大丈夫! 策あるから! だから考えずに動くのはやめろって!」
ライトの胴体を赤兎が引っ張ってるのも知らずに拘束を引きちぎらんばかりに引っ張っていたアイコは、やっとのことで力を緩めて歩みを止める。
赤兎がサンドイッチの具になる前にライトが二つの肉塊になることは防げたようだ。
「策ってなに?」
「簡単だ、ボス戦ではいくつかのパーティーに分かれた連隊を組むことになるだろう。そこで赤兎と同じパーティーになるやつに赤兎を護ってもらうんだ」
「そいつが裏切ったり弱かったりしたらどうなるの!? 大体ボスと戦いながら他人の背中を守ってくれるような余裕のあるプレイヤーなんて……」
「アテがある!! ダメージディーラーの隊に入れるくらい接近戦に強くて、しかも守りも固い上に戦闘中でも赤兎から目を離さなくて、さらに絶対に裏切らないっていう適任者がな!!」
「だ、誰よその都合のいい奴」
アイコが思いっきり振り返り、ライトは吹っ飛ばされそうになるが赤兎に支えられて踏みとどまる。そして、その指で振り返ったアイコの顔を指す。
「おまえだよアイコ。今こそおまえが赤兎を護るんだ」
その夜。
ボスの居城と思われる最終区画『機工王の城』の出現に際し、このダンジョン攻略開始以来初めての攻略メンバー全員集合状態での会議が始まった。
議題はもちろん『エリアボス攻略』についてなのだが……
「慎重をきして偵察くらいするべきだ!」
「もし一度入ると戦いが終わるまで出られない仕組みだったらどうするんだ! ここは一気に攻め入ってボスを討ち取るべきだ!」
「敵のサイズは? 取り巻きの数は? 何一つ情報のない状態じゃ作戦もたてられない」
「ボス部屋の前までなら偵察は済んでいる。簡単な迷路だけでモンスターもいないらしい。その分強力なボスが控えているということだろう」
「ここは一つ、まだダンジョン攻略に参加してないプレイヤーも呼んで万全をきすという手も……」
「馬鹿が!! ここまで俺達で進めてきたものを、ここで応援なんて呼んで報酬を山分けにでもされたら俺たちゃ大損だ!!」
開始後三時間。
会議は難航し、もはや会議とは呼べない状態になっていた。便宜上リーダーとなっているプレイヤー……シャークも、もはや収拾のつかないプレイヤー達になす術もない。
偵察の有無、偵察をするとすればその危険な役を誰がやるのか、本当にこの兵力ならぶっつけで勝てるのか、分け前はどうなるのか……
そもそも、このボスダンジョン攻略同盟は
『ダンジョン攻略の効率をあげるために役割分担してダンジョンを探索して、マップを共有しよう』
というスタンスを基に結成されたものであり、本当のことを言えばボス戦での結束など考えてもいなかったのだ。
しかも、悪いことにダンジョン攻略の最中に手柄の奪い合い、競争などがあったらしく、プレイヤー同士の意志も統一されていない。
シャークは心の中で頭を抱える。
本来、彼はレイドリーダーなんて大層なものになるつもりはなく、マップを共有するときの中継係くらいの気持ちだったのだ。それが、以前他のゲームでギルドを率いていたというだけでリーダーに祭り上げられ、断れなくなってしまった。
(もう嫌だ……帰りたい)
彼も集団戦の指揮をしたことが無いわけではないが、それもせいぜい十数人程度。30を超えるプレイヤーの、しかも命懸けの戦いなんて、指揮できる自信はない。
彼の元々から居たパーティーメンバーも彼を助ける素振りを見せない。代表者を決めるだけ決めたら後は代表者に任せきりというスタンスなのだろう。
(誰か、助けてくれ……)
「偵察に行くとか行かないとか、いつの話だよそれ?」
その時、会議の輪から外れたところから、呆れたような声が聞こえた。
まるで、ロクに会議もできない自分たちを侮蔑するような声に、騒いでいたプレイヤー達が一斉にそちらを見る。
そこには、この最前線一の問題児である赤兎が、腕を組んで立っていた。
「あんまり会議が進まねえからよ、ひとっ走りしてボスの偵察やっておいたぞ。ほら、ボスと取り巻きの写真だ」
赤兎は、写真を無造作にばらまいた。
鋼鉄の剣と盾を構え、頭に銀色の王冠を乗せた機械仕掛けの巨人。
巨人を護るように取り囲む五体の人間大の機械仕掛けの兵士。
「「「は、はぁぁぁあああ!?」」」
驚きの声が響きわたった。
その五時間前。
定時のメール通信で会議が召集された時、赤兎はライトを連れ出して問いかけた。
「おい、ボス部屋ってちょっとだけ中見て出てくるとか出来ると思うか?」
「まあ……ダンジョンの難易度を見る限り、閉じこめられるような悪質なシステムでは無いだろうが……普通に瞬殺される可能性もあるぞ? 流石に取り巻きとボスに囲まれて袋叩きにされたら赤兎でも死ぬだろ?」
「俺でもそこまで馬鹿なヘマしねえよ。ちょっと覗いて、ボスがどんなやつなのか見て来るだけだって」
「……別にそんな焦らなくても、偵察部隊の一つ二つ、オレたちがなにもしなくても出すだろ。最悪、全員で偵察に行って出られなくなるトラップならそのまま倒してしまえばいい。赤兎が危険を犯す必要なんて……」
「ここで名誉挽回すれば、班分けで口出せるだろ?」
「まさか……赤兎……」
「勘違いすんなよ? 俺は別にリーダーになりたいわけじゃない。そんなのはもっと頭のいい奴がやるべきだ……それこそ、ライトやスカイみたいな奴がな」
「シャークもそこまで頭悪そうには見えないが……」
「まあそうなんだろうが……あいつはなんか頼りない。だから、もしあいつでうまく行かないようなら、ライトが段取りしてくれ。俺がそれを後ろ盾する」
「偵察ならオレも行けるぞ」
「いや、一番安全なのは俺一人で行くことだ。ライトには悪いが、会議で仲間割れして少数で突っ込んで行くような馬鹿が出てこないか見ててくれ。アイコも行かせないように見ながらな」
「……本当に馬鹿だろ。不確実な俺の推測に従ってボスに一人でつっこむとか」
「ん、自覚してるよ」
会議の始まりだけ顔を出してすぐさま密かに消えた赤兎が、誰も予想しないようなとんでもない情報を持って帰ってきたことにより、会議は騒然となった。
抜け駆けだ何だと言おうとするプレイヤーもいたが、赤兎はあっけらかんとして言った。
「ボスが倒せれば誰がやってもいいだろ。そんなに言うならおまえらが自分で行ってもっと詳しい情報取ってこいよ」
たとえ嫉妬されていようが、嫌われようが、その実力と功績は確かなものだ。この場に置いて赤兎を貶めることができる人物はいない。
……まあ、ライトに引き止められているマサムネや、仲間外れにされていたアイコの拳がプルプル震えているので、あとで無事ですまないのは目に見えているが……
だが、この赤兎の登場を心の底から喜ぶプレイヤーも居た。立場上逃げ出すこともできず滅茶苦茶な会議の渦中に居たリーダーのシャークだ。
彼はこの機を逃すまいと、声を張り上げた。
「情報を整理するため会議はここで終了だ!! 今夜はもう遅いし解散、会議の続きは明日!! それまで待機!!」
皮肉なことに、その時の態度がそれまでで一番リーダーらしく見えるものだった。
解散後、赤兎はシャークに呼び出され……突然礼を言われた。
「ありがとう! おかげで地獄の会議を抜け出せた」
「ん? なんかよくわからないが、まあ礼には及ばねえ」
「いや礼に及ばないわけないだろう!! 感謝してもしきれないくらいだ」
シャークにとっては本当に辛い会議だったらしい。
だが、その反応に赤兎は笑みを浮かべる。
ライトからの注文を伝えるにはちょうど良い。
「なら、一つ頼みを聞いてくれるか?」
「なんだ? できる範囲ならどうにかするが……」
赤兎はライトからの『注文』を、攻略メンバーのリーダーであるシャークに伝えた。
「明日一日、ボス攻略を待って欲しい。あと、その間多少勝手するが見逃してくれ」
同刻。
月光の下、鎌を持った少女が、杖を構えた少女と向き合っていた。
「ヒハハハハ!! もっと本気出せよ!! 遊び足んないぜ黒ずきん!!」
「く……いつまでやるつもり? こんな不毛な戦い」
「そりゃもちろん、あんたがその首を縦に振るまでだよ!!」
「チッ、聞き分けのないやつ」
黒ずきんは命中すれば行動を阻害する効果を持つ闇属性魔法を素早く放つが……ナビの鎌に空中で弾かれる。
「ああもう、眠いのに……」
「いい加減に諦めろ!! あたしゃオメメパッチリだぜ!!」
「そりゃあんた、起きたばっかりだもんね!?」
ナビはナビキのもう一つの人格。
片方が寝るともう片方が起きる……つまり、交代で活動していれば、睡眠が肉体の休息の意味を持たないこの世界では睡眠の必要がないのだ。
対して、黒ずきんは日中もしっかり活動し、もうそろそろ寝ようとしていたところで夜襲をかけられた身である。
ぶっちゃけ眠い。武器も杖だし本気を出し切れない。
「でも、言いなりになんてなるわけには……」
「つまんねえ意地張ってないでさっさと降参して来やがれ!! そして……ナビキとパジャマパーティーしやがれ!!!!」
「黙ってなさい男人格!! そもそも、パジャマパーティーなんてしたらナビキが寝た後あんたに無防備な貞操を晒すことになるじゃん!!」
「誰が男人格だ!! あたしは女だよ身も心も!! 観念しろ!! あいつ黒ずきんとお泊まりだってスゲー楽しみに日記に書いてたんだぞ!! なのに宿が別室ってどういうことだ!!」
「うわもうやってられるか!!」
黒ずきんはたまらず逃走。主人格のために動くナビは説得できないと判断し、その自慢のスピードで一目散に逃げる……が、ナビキは素早いネズミを狩る猫のように執念深く追ってくる。
「待てぇぇええええ!!」
「助けてー!! ライトー!! マリーさーん!!」
悲鳴は届かない。
《水筒》
飲み物を持ち歩くための筒。
竹製から金属製まで種類がある。
(スカイ)「今回はこちら、地味に役立つ便利アイテム《水筒》です」
(イザナ)「フィールドで戦うプレイヤーさんたちの休憩のお供ですね」
(スカイ)「一々大きなタンクをメニューから呼び出してコップに注ぐとか面倒くさいもんね~。」
(イザナ)「そのまま持ち歩いてる人もいるくらいですからね。ライトさんも瓢箪持ち歩いてます。不気味な模様のついたやつ」
(スカイ)「ああ、あれね~……あれはただの水筒じゃなくて回復薬を入れておける特別なやつでね~……この前プレイヤーから買い取ったのをライトに買わせたのよ」
(イザナ)「スカイさんがライトさんに? プレゼントですか?」
(スカイ)「あれ、デザインが不気味で全く売れないのよ。ライトはデザインあんま気にしないからそういうとき助かるわ~」
(イザナ)「そうやってライトさんのファッションが変な方向へ進んで行くんですね」




