44頁:裏ボスに気を付けましょう
約三年前。
教会の椅子に座り、一人で本を読んでいた少女がその本を閉じた。
年は14か15であろうか、その金髪は美しく作り物のように整った顔立ちは、間違いなく美人に成長すると誰もが直感するものだった。
「ふぅ……読みごたえがありました」
閉じられたら本の表紙に書かれた題名は『予知できる突然変異』。中身を見なくても、彼女の年では少々難し過ぎる本だとわかる。
だが、彼女にとってはその本を読むのは苦ではなかったらしい。ぼんやりとしながらも充実した顔は、上質な小説を読み切った後のように錯覚させる。
「こんな本を書く人がいるなら、会ってみたいですね。いったいどんな方なのか……」
『逢ってみたい』。そう言おうとした時だった。
「呼んだ? ていうか、読んだ?」
「え…あなたは、いつの間にここに?」
振り返ると、背の高い女が立っていた。
その顔に浮かぶ笑みは、輝いていた。
「そんなことより、感想聞かせてよー。どこが良かったとか、最低だったとか、読みづらかったとかさー」
「えっと……この七章の理論が好きです。個性的で、独特で、とても面白いです。最近つまらない事ばかりでしたが、この本のおかげで楽しい時間でした」
いつから居たのかも分からない『背の高い女』は椅子の背もたれに腰掛ける。
「なら、私に付き合ってもっと楽しいことしてみない? 私も遊び相手を探してたところだから」
それが『金メダル』と『先生』の出会いだった。
《現在 DBO》
ライトはマリーと対峙する。
「この事件、出来過ぎだと思わないか? ジャックが殺人鬼の称号を得て、そのすぐあとに討伐しようと集まったプレイヤー達が奇襲を受けて全滅。そして、オレが殺人鬼の正体を隠滅してジャックは『黒ずきん』としての平穏を手に入れる。犯罪者ギルド全滅の辺りなんてまるで口封じだ。誰かが計らないとここまで上手くは行かない」
ライトの言葉を聞いたマリーは、首を傾げる。
「それが、なんで私なんですか? スカイさんやライトさんかもしれないし、他の誰かかもしれないじゃないですか」
「犯人候補は確かにオレ、スカイ、そしてマリーの三人だ。根拠は『フレンドメール』だよ。ジャックの居場所がわかるのはこの三人だけ、そして、ジャックをオレとエンカウントしないように北門に『呼び出せる』のはマリーだけなんだ。呼び出して、犯罪者の集会の場所と時間を教えられるのはマリーだけなんだ。メールで直接指示しても冷静さを欠いたジャックに伝わるかは怪しいしな。第一、スカイにはこの事件で利益がほとんど出ていない。スカイが立役者ならスカイにはもっと利益が出るはずだ」
ライトは西門から直接『車輪の町』に向かったが、ジャックとすれ違うことはなかった。
仮にすれ違っていたら、展開は大きく変わっていたはずだ。
「第三者の線はどうなんです? ライトさんは本人だから別としても……他の人が何かを吹き込むことは……」
「あの状態のジャックなら見ず知らずの人間に話しかけられただけで殺してるよ。いや、本当はそんなのも後付けだ……いい加減小芝居は止めよう『金メダル』。これだけのことを起こせるのは、師匠の一番弟子のアンタくらいだろ」
ライトは、紅茶を飲み干し、立ち上がった。
そして、上からマリーを睨む。
だが、睨まれたマリーは数瞬止まった後、怯える様子もなくクスクスと笑った。
「あらあら、バレてしまいましたか。『銀メダル』」
その口調は、先程までとは何かが違うように感じられるものだった。
メニューを開き、滑らかな指の動きで操作する。
「じゃあせっかくですし、この格好も変えましょうか」
マリーの服が一瞬消え、すぐさま別の服装になった。
それは、かなりシンプルな服だった。
上半身は幾何学模様の柄の入った白地の長袖シャツ。
下半身は濃淡が波打つようなオレンジ色のスカート。まるで、オレンジ色のマリーゴールドの花びらのようだ。
きっと、彼女を知る誰かが『楽園』というものを絵で表現したら、彼女が花畑で笑っている絵を描くのだろう。
そんなことを思わず考えてしまうような容姿だった。
そして、マリー……マリー=ゴールドは、ライトから受け取った箱の中からオリンピックで使われる『金メダル』に似たネックレスを取り出し、首にかけた。ただし、メダルに繋がっているのは長めの鎖で、メダルの表には独特の模様が彫られている。
「改めまして、『金メダル』ことマリー=ゴールドです。よろしくね、『銀メダル』ことライトくん」
その姿を見て、ライトは嘆息する。
「なるほどな、金のメダルを装備してるからシンプルに『金メダル』か……武装してないようだが、そのメダルが『金メダル』の武器なのか?」
「さあて、どうでしょう? 良く見てください、種も仕掛けもないでしょう?」
そう言いながら、マリーは前傾姿勢で首を揺らして、連動させてメダルを揺らしてみせる。
そして、ライトに近寄ってその手を握り、優しい笑みを浮かべる。
その眼は、真っ直ぐライトの眼を見つめ、ジャックの殺意とは真逆の優しい意志を送る。
「嬉しいです。本当は自分から名乗り出たかったけど、甘やかしちゃダメだと思ってずっと我慢してたんですよ?」
その優しい口調、母性と幼さが共生する声、心底うれしそうな表情、目を奪う細かな仕草、柔らかくウェーブがかかった長いブロンド、神様に特別に作られたように整った顔立ち……全てが、人を虜にする魅力を放っていた。
「ライトくん。これからは『ライトくん』って呼んでいいですか? 実は、ずっともっと仲良くしたいと思ってました。スカイさんより、きっとライトくんのことわかるから、実は年も本当は一つ上なだけで、スカイさんより近いんですよ。同門同士、一緒に頑張り……」
「悪い、オレ催眠術効かないんだ。どんなに頑張っても、オレの心には触れられない」
天使のような笑顔が……固まった。
マリー=ゴールドは暫しライトの眼を見つめ続けた後、ゆっくりと顔を下げ、ライトの手を離した。
「……先生ですか? 私の事を教えたのは」
その声は、どこか悲しそうだった。
「いや、『マリー』が『金メダル』だと教えてくれたのはスカイだよ。師匠からは『凄い一番弟子』がいるとしか聞いてない」
「スカイさん……秘密にしてほしいって言ったのに」
「『私に秘密を守らせたければ口止め料を払え。二度目からは有料』だそうだ」
「あの人のお金への執着がここまでとは思いませんでしたよ」
マリー=ゴールドは椅子に座り直し、紅茶をすする。そして、ライトも席に座り直す。
「この部屋の装飾品も、この紅茶の味や香りも、会話も、服装も……全部暗示が仕込まれているんだろ? 普通の『人』なら、ここで一緒にお茶するだけで、やろうと思えば虜に出来ただろう。なるほど、ここまでリラックスできるカウンセリングルームは他にないだろう……だが、あくまでも『人間』相手の話だ。『ゾンビ』のオレには効かない」
それを聞き、マリー=ゴールドはさらに悲しそうな、哀れむような声で言った。
「やっぱり、『そういうこと』なんですね……アナタは『哲学的ゾンビ』なんですね」
『哲学的ゾンビ』。
それは名前の通り哲学上で仮定される存在だ。
ただし、それは仮想の存在であり、しかし、ある意味架空ではない。
それは、その定義が『心を持たないが、人間と絶対に見分けがつかない非人間』だからだ。『存在し得ない』のではなく『存在しても証明できない』。
有機的人型アンドロイドの終着点だとも言える。周囲からはどうやっても、たとえ解剖しようとも見分けはつかない人間の『偽物』だ。
「まあ、今のオレは純度100%とは言えないし、その点では『元』かもしれないけどな」
「そうですね、純粋な哲学的ゾンビなら、催眠術も『かかったふり』をしなければなりません……でもライトくんは、ナビキちゃんのような『行動的ゾンビ』ではないんですね。強いて言えば、無い心を他人の思考パターンで補える『ハイブリッド型』ですか」
『行動的ゾンビ』とは、『哲学的ゾンビ』という概念に対して作られた概念。簡単にいえば、『解剖するくらい徹底的に調べれば人間と区別できる』という不完全性を持った非人間。機械で思考や記憶を補っているナビキは、そう言えなくもない。
しかし、ライトは違う。
ライトは、機械に頼らず他人の思考パターンを読み取り、模倣する。
解剖しようがDNAを調べようが、生物学的には完全に人間だ。
「昔、見様見真似で自己暗示を始めたんだ。ちょっと他人になりきってでも会いたい人がいたから、利き手を変えたり、歩き方を変えたり、第一人称を変えたり、絶対にボロが出ないようにって記憶を弄ったり…………そんなことを続けているうち、自分が誰なのかわからなくなった……ただ、場所に応じて最適な振る舞いをするだけ、『この場所での「この自分」ならこうするだろう』って行動パターンに従うだけになった……いつの間にか、それをおかしいと思うべき主観もなくなってた……今でも、綺麗な夕日を見ても、死体を見ても、何も感じない」
父親の浮気して作った腹違いの妹。
その妹の家にも自分とは血縁のない兄や優しい母親がいて、行幸正記の家には夫の浮気になど気がつかず幸せに暮らす母がいて、どちらの家族も壊したくはなかった。
そのために、『自分』という人格を壊し続けた。
そして、その異常性を自覚する事になるのは、事故死した父親の火葬の日だった。
父親が死んだのは『行幸正記』にとっては本当にショックなことで、火葬場では涙が止まらなかった。
そして、その日決意した。
嘘を止めよう、真実を母の親友だという人に全て話そう……もう、偽物は辞めよう。
そして、火葬に来ていた母の親友……父の浮気相手が隠れて泣いている場所を見つけた。そこには友もいたが、幼い彼女には母が何故泣いているのかわからず困惑していた。
そこに、彼女たちが良く知る『三木将之』の姿で現れた『彼』はこう言う予定だった。
『今まで騙しててごめんなさい。実は、僕は行幸正記……あの人の息子なんです。』
泣きながらちゃんと言えるかわからなかったが、二人の前に出て行った『彼』は口を開いた。
「こんな所で遭うなんて奇遇……誰か亡くされたようですね。僕も経験があるのでわかります。……友ちゃんとしばらくあっちの方で遊んでいるので、落ち着いたら来てください」
涙なんて、『三木将之』になった瞬間に消えていた。
「自分でも……というか『行幸正記』がそれがおかしいってことにようやく気がついて、いろいろ元に戻る方法を探したりしてみたよ……だが、他人からは内面の異常なんてわからないし、嘘発見機も反応しないし、チップで脳波を測定してても全く異常を検知しないし、知ってる人との会話なんてまるで予定調和だったから、違和感なんて持たれなかった……そんなとき、オレに気がついたのが師匠だった」
『キミはもはや人間とは呼べない……つまり、私達の同類だよ。キミが心の中で何を思おうが思うまいがどうでもいい。いつまででも……たとえ何億年も互いに生きたとしても、ずっと仲間だよ』
嘘を見破るだけの観察眼は、いつしか他人の物事に対する反応の建前と本心を区別し、正確に思考パターンを模倣することに使われ、それが『予知』のレベルまで成長していた。
もはや、直接本人の顔を見なくても、それまでのパターンから行動・思考のパターンを逆算し、自身の中でシュミレートするだけで、教師の考えるテスト問題も、特定人物が何を考えて動いているかも、推理小説の作者がどのように伏線を回収するつもりなのかも、『予知』できた。
しかし、彼女はそんなちっぽけな予知では理解できないほど、大きく、規格外だった。
そのとき、ライトは世界の大きさを知った。
「じゃあ、先生がライトくんを治療して人間に……」
「開始10分で『あ、ゴメン。これ無理だわ』って言われた」
「先生……」
「『でも面白そうだから、逆に能力を伸ばしてみよう』って言われて、勝手に修行メニュー組まれて、他人の技術とかまで行動パターンから真似できるようになったし、思考パターンで自分の人格を自由に作れるようになったよ」
直接夕日を見ても何も感じないが、その夕日を見て感動している人間の感動は真似できる。
それが偽物だとしても、他人を幸せにした分だけ報われる。
ライトにとって『偽物』は『本物』以上に尊い。
「あの人はまた、私の知らないところでそんなことを……」
マリー=ゴールドは目頭を押さえてため息をつく。
それを見て、ライトは呆れたような表情をする。
「やっぱりマリーの所でもそうだったのか」
「まあ、そんな感じです。他にも被害者がいたとは……生徒が他にもいるのは知ってましたが……」
マリー=ゴールドは同情するようにライトの空のカップに紅茶を注ぐ。
ライトも、素直にそれを飲む。
「まあ、オレは師匠を恨んでないし、むしろ便利で助かってる。他人の人格を本人に断りなく変えようとするのはどうかと思うが、オレは自分の在り方がそのままで良いとは思ってなかったし、結果から見れば感謝すべきだと思ってる……だがマリー=ゴールド、アンタは別だ」
ライトの手の中でカップが割れる。
空気が変わる。
「ほっとくと精神的に危ない子ども達や、カウンセリングに来る客の悩みをどうこうするのはまあ良いだろう。だが、いくら人の心に触れる事が『できる』からって、スカイやナビキ、なによりジャックの心を変えようとしたのは赦せない」
ライトはもう一度立ち上がり、拳を握った。
「水玉に仕込んだ第一印象の年齢を誤魔化す認識操作と警戒心を解いて暗示をかけやすくするデザイン、はぐれものの犯罪者達にギルドを作らせる扇動、『御守り』に仕込まれたパニック抑制の暗示とそれを引き出す歌、そして、精神が不安定になったジャック自身に認識操作でなりすましての行動誘導……マリーは誰も自覚しない間にこの街のプレイヤー全体を操作して、この事件を裏から操った……ジャックに、大量殺人を『起こさせた』な」
ある種目でならミカンを超えるという『金メダル』。その得意種目は……精神操作だった。
相手が個人だろうが集団だろうが、誰だろうが関係なく、自分の思い通りに動かせる。それは、直接会話しながらの時もあれば、デザインを通しての時もある。
ライトがその可能性に気がついたのはゲーム開始二日目の朝。スカイの性格が『善く』なって『しまって』いたことからだった。
スカイの精神の大きな変調を見逃さず、元の思考パターンを基に『戻した』。
ジャックの時もそうだ。
ノイズが入る前の彼女の思考パターンを模倣して『調律』し、自我を安定させた。
そして、事件の後スカイに質問したのだ。
『マリーは、初日にもスカイにコンタクトを取っていなかったか』と。
マリー=ゴールドは、ライトの言葉を紅茶を飲みながら聞いていた。動揺はなく、否定する様子もない。
「最初のプランでは、ロロさんにダークヒーローになってもらって裏からこの街を護ってもらうつもりでしたが……それをジャックさんに代わってもらいました。事件直後に彼女からのメールで知りましたが、殺人鬼には『返り血』が見えるらしいので、街に潜伏している犯罪者を探すのに向いてますし、元々知名度も高かったですから」
「代わってもらった? ジャックはダークヒーローどころか全プレイヤーから追われる身だぞ」
「殺人鬼として目覚めてしまった彼女は人を殺さずには生きられない。弱肉強食の法則と似たようなものです。しかし、彼女はせめて一般プレイヤーの被害を抑えようと犯罪者を狩るようになり、また他のプレイヤーも自衛のためにレベルを上げ、殺人鬼ではない犯罪者やモンスターへの警戒も高まります。それに、ライトくんのお陰で『日常』も確保できましたし、自棄になって今回みたいな無差別殺人を起こすことも無いでしょう……アナタのおかげです。ライトくんがあの子を殺さずに逃がしてくれたから、こんなに良い未来が見えたんですよ」
マリー=ゴールドのオレンジ色のスカートはまるで揺れることなく、彼女が立ち上がろうとも、デタラメを言って逃げようともしていないことを物語っている。
オレンジ色のマリーゴールド。
その花言葉は『予言』。
「なるほど、そんなことを言われたらオレはこう思うしかなくなる『ジャックが堂々と普通に生活できるようになるには、大量の犯罪者を狩ることで名誉挽回するしかない。』そして、オレもそういう風に動き、その言葉は現実になる……つまり、『予言』か。まあ確かに、その未来がここから考えられるベストの一つなのかもしれない。だが……」
そう言いながら、ライトは拳を掲げる。
「だが、流石にこの一件についてはここでオレが怒っとかないと他に怒る奴がいないからな。プレイヤー代表として一発殴らせろ」
マリー=ゴールドは紅茶をテーブルに置き、拳を掲げるライトを見やる。その眼に恐怖の類はない。
「あらあら、ダメですよ。女の人にグーなんて」
「安心しろHPは減らない。なんなら防御してもいい。だが、避けるなよ?」
マリーはつぶり席を立ちあがり、ライトの前に歩み寄る。
「避けやしませんよ。でも、私は私のしたことを間違っていたとは思いません。だから、あなたの攻撃を受け止めましょう……あなたの怒りを受け止めましょう……どうぞ、全力で来てください」
そう言い、マリーは右手をパーにしてライトの前に出す。
「本気で行くぞ。痛いから覚悟しろ」
「知ってますか? グーよりパーの方が強いんですよ」
ライトの拳に幾多の矢印が、マリーの右手に純白の輝きが宿った。
「『オール・フォー・ワン』!!」
「『セイヴァーズハンド』」
五秒後、ライトの拳はマリーの手の中にあった。
真正面から受け止められた。
しかも、その手ごたえでわかる。
『どんな攻撃でも一度だけ防ぐ』などの変則的な技ではない。単純に威力をぶつけ合い、押し合い、拮抗した後、止められた。
ゲーム開始直後からほとんど町の外へ出ておらず、生産系スキルでのレベルアップすらも他のプレイヤーよりずっと少なかったはずのマリーが、ライトの最大威力の一撃を止めたのだ。
「……マリー、アンタ何者だ?」
マリーはおもむろに手を離し、微笑みながら言った。
「では、改めまして名乗りましょう。私は『DESTINY BREAKER ONLINE』において『救世主』の称号を持つLV1のプレイヤー『マリー=ゴールド』。そして、デスゲーム『THE GOLDEN TREASURE』の攻略者としてこの『金メダル』を授かった者です。私は、みんなが笑って暮らせる世界を創ります」
その後。
結局、ライトとマリー=ゴールドは互いをフレンドリストに加える程度の距離に留まった。
必要なときは相手に協力を頼んでもいいが強制ではなく、目的が食い違えば対立も止む無し。言わば停戦協定だ。
「ライトくん、もっと仲良くしませんか? なんなら付き合ってみませんか?」
「そんな軽いノリで付き合ってたまるか。それと、あんまり人に暗示とかかけるなよ? 見つけたら速攻で解いてやる」
「なら、その代わりにライトくんに頼むことになるかもしれませんね。ライトくんが頼まれてくれるなら、変に他の人に『お願い』する必要もなくなりますし」
「無差別テロで人質取引された気分だよ……まあ、オレはそろそろ帰るよ。ボスダンジョン攻略のための準備もあるしな」
ライトは席を立ち、部屋の扉へと向かう。
扉に手をかけ、ふと一つだけ質問する。
「なあ、そういえばなんでジャックにあんなことさせたんだ? ダークヒーローにしたいだけなら両方共存する道もあっただろうし、潰し合わせて片方を全滅させる必要もなかっただろ? …………マリーが唆してなかったら、ジャックはどうなってたんだ?」
最後の部分の口調は重く、真剣だというのがわかりやすかった。
マリーはしばしの沈黙の後、悲しそうな声で『予言』した。
「………最初の事件発生から約二時間後、スカイさんとライトくんにメールで遺言を送った後……自分の首を刺して自殺してました。あの子には……殺人鬼としての自分を認めるか、自分を殺すかしかありませんでした」
目なんて見なくても、それが本気での言葉だとライトには確信できた。
「…………そうか、ジャックを救ってくれて……ありがとう」
ライトは、振り向くことなく部屋を出た。
こうして、44人の死者と、1人の『生還者』を出し、後に『殺人鬼の誕生日』と呼ばれることになるこの事件は幕を閉じた。
同刻。
プレイヤーの精神状態、ステータスなどをモニターする独立空間にて、小学生くらいの少女と二十代後半の男が疲労困憊といった顔でそれぞれの椅子にもたれかかる。
「あっぶね~……ゲーム終わるかと思ったわ」
「あのまま連鎖的にプレイヤーの三割以上が全滅してた確率が……じゅう……」
「おい、怖い確率を計算するな。てか、なんだよあのチート殺人鬼……あいつクリアしても社会に出しちゃダメだろ」
「そうなんですかー。私はパニックでの二次被害のシュミレートで忙しくてそっちは良く知らないんですけど……というか、この『ジャック』ってもしかしてマスクドジャックですかー?」
質問した少女は栄養ドリンクっぽい缶のドリンクを呼び出し、缶にストローをさして飲む。よっぽど疲れているのか、質問したのに答えはどうでも良さそうな感じだ。
「なんだ、知り合いか?」
「あー、知り合いの知り合いですよ。噂だと、とあるゲームで30人+ボスモンスターを相手に勝ったとかなんとか……しかもそんなの止められるとは、このゲームのプレイヤー粒揃い過ぎじゃないですか?」
男はスナックの袋を呼び出す。
「こりゃ、オレたちも気ぃ抜けないな。じゃないと『主任』に怒られちまう。なんたって……」
袋を開けながら、軽い口調で言った。
「今回のゲームには、世界の運命がかかってるんだからな」
それを聞いた少女はにっこり笑って応えた。
「ええ、皆で世界を救いましょう」
そして、同刻。
その運営者達をさらに『上』の別空間から観察する者がいる。
「『魔眼』のパターンの変質を確認。ジャックからソーンへの継承により変質したものと推測される。……まさか、他人の死を予知する能力が自分自身の死を予知する能力になるとはね、さながら『殺気センサー』といったところかなー。まあ、攻撃に殺気なんて必要無い『哲学的ゾンビ』との相性は良くなかったかな」
『背の高い女』のアバターは、幾つかのパラメータを呼び出す。
「『金メダル』と『銀メダル』の『予言』と『語り手』は仮想世界でも有効、特に『銀メダル』は今回はモンスターの行動パターンまで降ろせるようになったか……まあ、『カカシ拳法』は今後の発達が楽しみだね」
三つのグラフを拡大する。
レベル、スキル数、戦闘回数……その他様々な経過がグラフに纏められている。
それを見て、『背の高い女』は笑う。
「金銀銅の三人は私の取っておき。せっかくこれだけのプレイヤーを揃えたんだから、GMも頑張らないと簡単にクリアされちゃうよー」
そして、三つグラフのうち一つをさらに拡大し、指でクリックして映像に切り替えた。
そこには、刀を携え、ダンジョンを探索する和装のプレイヤー。
「さあ、そろそろ出番だよ『銅メダル』。期待以上の戦いを期待してる……『勇者』の赤兎くん」
《空色の羽織》
プレイヤーメイドの羽織り。
特別な効果は持たないが、着た者にはスカイの威光が付加される。
スカイの許可なく着用すると地獄を見ることになる……らしい。
(スカイ)「今回は売り物じゃないけどこちら、歩く宣伝ライトの羽織り」
(イザナ)「歩く宣伝とは身も蓋もないですね」
(スカイ)「私の権力の一部を貸してあげてるんだからいいでしょ?」
(イザナ)「でも帽子との組み合わせが変なファッションになってますよ?」
(スカイ)「それは自己責任です~」




