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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第二章:戦闘編

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42頁:ボスに気をつけましょう

戦闘模写が長くなってすみません。

「師匠は負けたことってありますか?」


 ある日、正記は自分からミカンに話しかけた。

 普段は大抵ミカンの方から絡んでくるのだが、この日は部室でやる課題が残っておらず、偶にはと思い話しかけてみたのだ。


 しかし、正記は質問しておきながら返答を決め付けていた。当然無敗だと思っていた。


 しかし、ミカンは一瞬不意を付かれたような顔をした後、少し寂しげに答えた。


「あるよ。それも、取り返しのつかないような大敗北」


「え!? 本当ですか? 一体どんな化物ですか相手は」


「うーん……誤解の無いように言えば『勝負に勝って試合に負けた』みたいな感じかな。相手は……まあ強いて言うなら『神様』。まあ、あっちからしてみれば一人クリアしただけでも文字通り驚天動地だっただろうけど、やっぱりあれは私の負けだよ」


「神様……て、何があったんですか?」


 ミカンは普段は見せない暗い表情を見せる。


「……私は、昔はとても小さな世界で生きてたの。私と同じような子達がたくさんいる……歪だけど楽しい世界。でも、その世界はなくなって、生きて外の世界に出られたのは私一人。たとえるなら、『ゲームはクリアしたけどパーティーは全滅しててバッドエンディング』みたいな感じかな」


「師匠……すいません」


「いいよ、いつかしようと思ってた話だし……でも、忘れないで欲しい。本当の勝利が欲しければ、どんな手を使っても仲間を守りなさい。最善手なんて選ばず、皆で笑って終われる道を選びなさい」


 ミカンはいつになく真剣な口調で言った。


「分かち合う仲間のいない勝利なんて、目指す価値もないんだから」






《事件の夜 DBO》


 《血に塗れた刃》は殺人に使えば使うほど性能が上がり、付加される効果が増える効果が付加されている。

 特に強力なのは『防具の無い部分に攻撃したとき、または防具を貫通したとき、装備の防御力補正を無視してダメージを与える』という効果。


 どんなに分厚い装甲があろうとも、首や心臓に攻撃が決まれば致命傷となりえる。


 また、ジャックのレベルは犯罪者達との戦闘によりライトと同レベルまで上がっており、ライトにはレベルの優位性はない。


 そして、『マーダーズ•バースデイ』は『殺人スキル』の技の中でも最初から修得している大技。殺人鬼の誕生を祝して贈られる『必殺技』。


 《血に濡れた刃》のみで使えるこの技は、左右の手首の腱、首の左右の頸動脈、足の腱、そしてその他の致命傷に至る体中の急所を一筆書きでなぞるように『2秒で11連撃』という高速で斬りつけ、最後に心臓を突き刺すという超連撃。初見で見切るのはほとんど不可能だと言って良い。



 だが、ライトはその『必殺技』の発動の瞬間に両手を開き、技名を宣言した。


「『威風堂々 ダイナミッククラウン』!!」


 ライトの両手に鋭い黄金の輝きが宿り、高速で迫り来る《血に濡れた刃》を手の平で『弾いた』。


 ギィン!!


「!!」


 ライトは両手に黒い手袋ハードグローブを装備している。手袋には『防刃』の補正がかかっているが、《血に濡れた刃》はそれくらいで止められるような武器ではない。


 さらに、驚きは続く。


 続く高速連撃を、ライトはまるで先にどこに攻撃が来るか分かっているかのように両の手の平で防いでいく。


 たとえ、防御力を局所的に上げる技を使っているとしても、初見で反応しきれるわけがない。


 そして、12撃目。


 ライトの掌打が、心臓を狙う刃の切っ先を真正面から止めた。


「全部……止めた?」


 ジャックは驚きを隠せなかった。

 だが、刃の先を見て、その技の正体を見る。


「これは……金色の糸?」


 物を掴むように開かれた指の間に、金色の輝きを放つ糸が張り巡らされている。そして、その糸が刃を手の平に届かないうちから止めている。


「確かに、オレはオリジナルほどの事はできない。この技だって、レオの奴はこんな小さな範囲じゃなくて前面全てをカバーできたしな……だが」


 ライトが刃を止めているのと逆の手を振り上げる。驚きから立ち直って離れようとしたジャックだったが、ライトが刃を手袋で掴んで逃がさないようにする。


「それでもボスの技だ。『ボスラッシュ』なめんなよ」


 ジャックが武器を手放してでも回避しようとした瞬間、背中が後ろから圧力を受けて回避に失敗する。


「後ろにも糸!?」


「調合スキル『ドラックボム』」


 ジャックの頭に酒瓶が炸裂した。

 犯罪者の集会で誰かが机の上に置いていたであろう物を、ジャックが動揺する隙にライトが糸で拾い上げていたのだろうが、ジャックにとって予想外の攻撃だった。


「くぅ……あれ?」


 足下がふらつく。視界が揺れる。

 『ドラックボム』は瓶ごと相手に薬品をぶつけて投与する技だ。酒瓶では大した状態異常を受けるはずがない。酒は普通の飲み物であり、毒ではないのだ。


(さかびん……お酒!?)


「ジャック、酒に酔うのも良いが、戦闘中なのは忘れるな」


 ジャックがふらつきながら顔を上げると、巨大な骨の棍棒を左肩に担ぐライトがいた。


「荷運びスキル『キャリングオーバー』、玉乗りスキル『ベストバランス』、アンド棍棒スキル『メガインパクト』!!」


 振りかぶられる超弩級の骨棍棒。攻撃としては遅いが、今のジャックでは避けることはできない。


 かつて見た〖ツールマンモス スケルトン〗の一撃に劣らない重い一撃が、ジャックを階段を使わずに二階の壁のまで吹っ飛ばした。


「グァ……いったい……あ!!」


 二階の廊下になんとか着地して下を見たジャックは目を見張った。

 ライトが構えているのは既に棍棒ではなく、頭にかぶればすっぽり顔が隠れてしまいそうな法螺貝。


「あれ、〖ラウディーシェル〗のドロップ品……」


 ライトの口の動きを読み取る。


『歌唱スキル「ボイスチャージ」…………アンド管楽器系共通スキル「ハイパーノイズ」』


 ジャックは咄嗟に自分に向けられた法螺貝の『射線』から逃げ出すように横に跳んだ。

 その直後、大音量と共に衝撃波が飛んできて、余波で廊下の端に飛ばされる。


「まさか……今まで倒した……ボスの『戦利品』を……」


 ギィ……ギィ……


 木のきしむ音に階段の下を見ると、ライトが二階に向かって階段を上っていた。


「師匠にも言われたことあるよ。『何でもできるって、主人公よりボスキャラっぽい』とかな」


「ぐ……なら、これはどう!!」


 ジャックは階段の上でアイテムを多数実体化する。

 火薬玉、火炎瓶、投擲用のアイスピック……そして長さ30cmほどの細い杖。


 ジャックは階段の高低差を利用して、投擲系アイテムを投げつけ、さらに一番詠唱が短い闇属性魔法による遠距離攻撃を加えた。


「これなら……」


「変装スキル『メイクアップ フルアーマー』、アンド瞑想スキル『門前不動』」


 ライトのいる場所で爆炎が巻き起こり、黒煙が上がる。

 だが、それを見下ろすジャックの顔に勝利の笑みはない。


 凄まじい攻撃の命中した場所には、重厚な装甲の『塊』と呼ぶべきものがあったのだ。


 それは、鋼の外皮を持つ昆虫から集めたパーツを組み合わせた鎧。ダンゴ虫のように間接にすら隙間はなく、正面には甲虫の翅を守る強固な外皮を模した左右で組み合わせるデザインの盾が外敵からの攻撃を拒絶するように固く閉じている。

 盾だけではない。あらゆる部位の装甲が常識を無視した厚みをもち、その鎧が移動や攻撃をまるで考えず、ただ堅い防御力だけを求めてデザインされた物だとわかる。


 足の先から頭の先まですっぽりと守り『尽くし』、鎧通しの隙すらない鎧を着たライトは、籠もった声で言った。


「だが、オレはこういうの好きなんだ。『倒したかつての敵の形見を手に戦う』とか、かっこいいと思わないか? ………『メイクアップ ベイス』」


 ライトの装備が元の物に戻る。


 そして、また何事もなかったかのように階段を上る。

 ジャックは廊下の反対側まで後退した。


「今のは、あの洞窟の虫達のドロップ品だよね」


「突貫で鎧に仕上げたんだけど、やっぱまだ未完成だな。ゆっくりでも歩けるようにしないと立ち往生する」


「ライト……さっきの攻撃は……」


「ジャック、今更だが推理に訂正がある。まあ、探偵ものでも犯人が最後によく言い出す台詞かもしれないがな……オレが見習うのは『人間』だけじゃない。モンスターだろうがAIだろうが、たとえそれが『架空の人物』だろうが、関係ない」



 勿論、ボスモンスターと同じ武器を使ったところで、同じ強さになるわけではない。


 巨大なマンモスと同じ大きな武器を振るおうとすれば、体勢が乱れるのは当然だ。

 大きな音を出すモンスターの殻を笛にしたところで、音量が違う。

 硬い要塞のようなモンスターの鎧を着ても、質量や安定性が違う。


 だが、ライトはそれを大量のスキルと、その膨大な技でカバーし、本物に近づけている。

 『張り子の虎』というには、中身が詰まっている。


「ジャック、ジャックは強いよ。オレのを降霊術というなら、ジャックには守護霊でもついているみたいだ。……だが、世界は広いんだ。病院の外にも、笑っちゃうほどすごい奴がたくさんいるんだよ。『殺人鬼』なんて個性が霞むようなのが、たくさんいるんだ」


 本人は知らないことだが、ライトもまた『金メダル』に対しては『銀メダル』と紹介されている。


 しかし、それは『金メダル』に劣るからではない。

 全ての種目で最高峰の一歩手前まで上り詰めることができる。故に、『銀メダル』。見本さえあれば、ほとんど同じ事ができる。


 だからこそ、その才能を最大限に生かそうとミカンに『ネバーランド』をはじめとした様々な人間を見せられたライトだからこそ言える。


 『特別なことは、珍しくはない。』

 友人が実は殺人鬼だったからと言って、驚く事ではない。


「同情でジャックのしたことから目をそらしたわけじゃない。オレにとってはジャックが殺人鬼だろうが、大して問題じゃない……どうでもいいんだよ、そんなこと」


 『どうでもいい』

 その言葉が、ジャックの琴線に触れた。

 おそらくは、自分の人生で最大級であろう問題を『どうでもいい』で片付けられた。


 それが、ジャックの本気の怒りを爆発させた。


「なら……おまえは……自分が殺されても、『どうでもいい』って言えるのか!!!!」


 ジャックは廊下の端から端まで疾走する。

 もはや『殺してみる』とかではない、動機を持った本気の殺意だ。


 ライトは素早く銀竹の方の竹光を呼び出し、鞘を左手で、刀本体を右手で握った。

 そして、腕から力を抜き、刀と鞘をぶら下げるようにして、鞘より重い刀の方へ体が傾いた状態になる。


 首元を狙って斬りかかる瞬間、ジャックはその『構え』に既視感を感じる。

 かつてGWOでのトーナメントで準決勝まで上り詰めた彼女の進撃を止めた技。

 その使い手の二つ名にもなった技。

 その名も……


「『傾国』」


 刃がライトの首に迫る。

 しかし、ライトの首が切られようと言う瞬間、その位置からライトの頭が消える。


 ライトの身体は、刃が届くその前に後ろに大きく傾き、刃は空を切る。そして、大きく傾いた身体がもはや倒れるしかないと見えたとき


 ダンッ


 左手の鞘を廊下の床にぶつけ、その反動で身体を立て直し、さらに倒れたときの勢いを遠心力に変えて竹光を振るう。


「くっ!!」


 ジャックは空振りした武器を無理やり戻して防御する。

 すると今度は竹光を弾かれた衝撃を遠心力に変え、鞘が反対側からジャックに迫る。


「!!」

 ジャックはそれをしゃがんで避け、ライトの足を刈り取ろうするが、左から右への斬撃が当たろうとしたとき


 ギンッ


 竹光が壁をたたき、それによってライトの体が揺らぎ、刃をかわす。


「やっぱり……オレンジの『傾国』」


 『傾国』。

 それは、GWOにおいて絶対的にその頂点を守っていたプレイヤー『オレンジ』の好んで使う技だ。両手に重さの違う武器を持ち、それによる重心のズレを利用して、さらに地面などに武器をぶつけた反動を利用して、常人には不可能な奇妙な動きを見せる。


 その回避力は比肩する者がなく、使い手のオレンジが『不死』の二つ名を持つようになるほどだった。


 その技の名前は、重さの違う武器でいつもやや傾いた構えから来ている……と、多くのプレイヤーからは言われていたが、本当は違う。

 間近で戦った者にしかわからないその『美しさ』から、彼女はそう呼ばれるようになったのだ。


 ジャックも、本当にそのことを理解できたのはトーナメントで戦った時だった。自分が武器に与えた敵意に満ちた粗暴な力が、いなされ、流され、かわされる中で滑らかな力の流れに変換されるのを肌で感じた。自分が与えた衝撃が回り回って自分に返ってくるのを、『因果応報』の理を実感した。


 そして何より、彼女は戦いの中、いつも楽しそうに笑っていた。その楽しそうな笑顔は、『力』を操り敵を退ける姿は美しかった。


 ライトの『傾国』にはオリジナルほどの完成度も美しさもない。だがそれでも、その口に浮かんだ笑みは彼女と同じものだった。


 世界の全てを味方につけたような、勝者の笑みだった。


 ドン


「なっ……」


 だが、ジャックも馬鹿ではない。ライトが様々な人間を模倣していると知っていれば、ライトがGWOのトーナメントを知っているかは知らないが、自分に勝てる可能性を考えてオレンジの技を使ってくる可能性だって心の隅に置いている。


 ジャックは反撃を防ぎながらも、ライトをジリジリと後退させ、とうとうその背中を壁につけさせるところまで行った。


 そして、ジャックはそこで思わず驚きの声を漏らしたのだ。


 ライトが鞘と竹光を……『傾国』を躊躇なく捨て、『止めの一撃』を打ち込もうと至近距離に迫ったジャックに向かってきたのだ。


「EXスキル…」


 EXスキル。その言葉を聞いたジャックの脳裏には、ライトの一撃必殺『オール•フォー•ワン』がすぐさま思い浮かんだ。

 あの超威力が直撃すれば、今残っているHPは全て消えてしまうだろう。


 だが、それが通じるのは対モンスター戦。

 ジャックはその技を受けても倒されなかったモンスターを知っている。


「クッ!!」


 ジャックはライトが退いた拳を突き出すであろうタイミングで、大きく後ろに飛び退いた。あの技も、射程外なら大きな驚異ではない。ライトが技を空振りした瞬間に連発待機時間の終わった『マーダーズ•バースデー』を発動すれば、今度のライトには防御に移る時間はない。


 ジャックが後ろに跳び始めた瞬間、ライトの口は技名を唱え始める。いくら思考が速くても、このタイミングで技を選び直す時間はない。


「…『スタートダッシュ』!!」


 だが、発動させたのは『EXスキル』ではなく『走行スキル』の基本技。ただ、数メートル真っ直ぐ高速移動する技だ。


 それが、ジャックの空けた距離を打ち消した。


 ジャックはすぐさま察する。

 スキル名はフェイクだった。本来、技を使うにしてもスキル名までご丁寧に言う必要はない。だが、ライトはいつもスキル名を先に言ってから技を発動していた。

 ジャックはパートナーの自分に自分の出す技をわかりやすくして連携を取るためか、あるいはただの格好つけのポーズかと思っていた。



 しかし、ライトはそれをここ一番というこのタイミングでジャックを騙すために使ったのだ。



 後ろに跳んだ直後で反撃の体勢が整わないジャックの懐に入り込んだライトは、スキルでの加速の際に頭から落ちた帽子もまるで気にせず、笑った。


「ギシャシャ!! EXスキルオリジナル技コンボ『カカシ拳法』、『種蒔き』から『豊作』まで混成接続!!」


 それは、ライトがEXポイントを大量に消費して作った『型』。一つ一つは強力とは言えない小技だが、最初から連撃を想定して繋がるようにデザインされたライトの奥の手。

 ジャックに秘密で毎朝自分と同じレベルのカカシと戦って作り上げ、本当なら『手合わせ』で御披露目する予定だった『演舞』だ。


「『種蒔き』」

 種をまくような払いの動作でジャックの武器が外側にはじき出される。

「『土壌』」

 畑を鍬で耕すような動作で真上から振り下ろされた拳がジャックの顔面を叩きつけ、仮面を跳ね飛ばす。

「『発芽』」

 ライトの両拳がジャックの腹に突き出され、直前にその手の形を変え掌打を打ち込む。

「『虫食い』」

 指三本の鋭い貫手がジャックの身体の各所を虫が喰らうように傷つける。

「『風雨』」

 前転跳び回し蹴り……宙を舞い全体重を乗せたかかと落としが、弧を描きジャックの後頭部を襲う。

「『豊作』」

 着地してしゃがみこんだライトが、全身のバネを使い跳び上がりながら掌打をジャックの顎にヒットさせる。


 連撃を受け、ジャックは後退し、反対側の壁に押しやられていく。そして解る。EXスキルで作れる技には追加効果が選択でつけられる。そこそこ種類もあって、一部のプレイヤーの間では悩みどころだと言われている。

 しかし、ライトはそのほとんどを『ノックバック』で統一しているのだ。だから、威力が低くても行動が封じられ、次の一撃を食らう。


 そして、『豊作』でとうとう壁に背中をつくこととなったジャックは、ライトが拳を中段で引くのを見た。


「まって、もうHPが……」

「EXスキル『オール・フォー・ワン』!!」


 強力な拳と大量の矢印が、ジャックの腹に炸裂した。





「……さて、事後処理はスカイの担当だよな。メールするか……」

 ライトは悲痛な表情で壁に寄りかかるジャックのアバターに背を向け、メニュー画面を操作する。


 そして、ゆっくりだがEPを回復させる薬を飲みながら、落ちていた帽子を拾う。


「もう空っぽだな。カカシ拳法はEPを食い過ぎだ、一つの連続技で普通の技の六倍消費するんだから」


 ライトの戦い方にはわかりやすい弱点がある。それは、低いスキルレベルを手数で補う分、半端なくEPを消費する。そして、EPはなくなると基本ステータスですら存分には発揮できないのだ。


 そして、EPがなくなれば各種のスキルの加護も止まる。視力に補正のある『暗視スキル』も止まる。




 仮にそうなれば、ジャックのHPが1だけ残っていても、それを見逃す可能性は十分にある。



「ダメだよライト。死亡確認くらいしなきゃ」



 ライトの後ろから、音もなく忍び寄った者がライトを真後ろに引き倒し、素早く馬乗りになる。


 そして、ライトの両手を己の両肘の内側で挟んで動きを封じ、その手を首にかける。


「え……ジャック?」

「殺人スキル『クルシマス』」


 その手の主……ジャックは、ライトの首を絞めながら淡々と言う。


「惜しかったね。あとたった1ポイントだったのに、ライトの運が悪いのか、ボクの運が良かったのか……」


 ライトからの返答はない。

 『クルシマス』で首を絞められている間は、スキルも使えないし、詠唱もできない。そして、言葉は話せない。


 ただ、ライトの表情からはこの技から必死で抜け出そうとしているのが見て取れる。


「すごいよライトは……すごくすごかった。本当に尊敬するくらいすごいよ。ボクは殺すだけだけど、ライトは殺した相手を自分の中に呼び出せる……」


 ライトのHPは目に見えて減っていく。


「語り部なんてよく言ったもんだよね。ライトなら、本人が死んでても同じように語れるもんね」


 ライトの目には、目を潤ませるジャックが映る。


「でも、いきなり本気で殺しに来たのは驚いたよ。もしかして、嘘泣きしたの怒った? ボクもまさか、あそこまでうまく行くとは思ってなかったよ。もしかして、本気で話し合いで解決できると思ってた? それだったら認識が甘いよ。昔から鬼は力で倒すって決まってるんだから」


 ライトのHPはあと僅かだ。


「何か言い残すことはある? ライトは最後なんて言って死ぬの? 口の動きだけでもいいから、言ってみてよ」


 奇跡が起こるとしたらこれが最後のチャンス。万が一、感動的台詞で命乞いをすれば生き残る可能性もあるかもしれないという、大事なシーンだ。


 ジャックは知りたかった。

 こんな状況で、最後まで小説などで出てくるような名言が飛び出して奇跡が起きるのか、あるいは卑怯な最後の攻撃を責める罵倒が出てくるのか。


 ライトのHPが底をつくその瞬間、ジャックはライトの顔を注視した。

 その言葉で奇跡を……



『……………』



 起こさなかった。

 何もいわず、潔く眼を閉じ、口元には微笑すら浮かべ




 その最後のHPを全て失った。









「……やっぱり、ライトでもダメなんだ…………最後に命乞いでもしてくれたら、いけるかと思ったのに……ダメだった」


 しっかりとライトのHP全損を確認したジャックは、その首から手を離し、無気力に立ち上がる。

 捕らえていたライトの手は、力無く地面に落ちた。


「本当に、強かったよライトは。その師匠って人はもっと強いのかもしれないけど、その人も抜けてるなー……相手の死亡確認くらい教えとかないと」


 自分のHPバーを見る。

 0と見間違ってしまいそうなほど微かなゲージだが、確かに1だけ残っている。


「それにしても、ボクはよく生き残ったな……まさかあの技で手加減できるわけがないし、そんな手心を加えるような余裕あるわけがなかったし……」


 そこで、ジャックは自分の言葉に何か引っかかりを感じた。どの言葉かはわからないが、大切なことの気がした。



 どうして、自分は生きているのか?

 あの威力を壁際で受けて、なんでHPが残ったのか?

 ライトは何故、死亡確認をしなかったのか?



 ジャックは自分の発言を反芻する。

「手加減……手心……手心を加える………『ハート・イン・ハンド』?」


『ダメージを軽減する技だ……そのうち役に立つ』


 その瞬間、頭の中に電気が走った。

 あの技は、最初に発動した後、目に見えた現象は起こしていない。


 だが、わかりにくいだけで効果が発揮されているとしたら…………

 それが『相手の』ダメージを軽減する技だったとしたら……


「そんな……」
















 昔々、あるところに茨に覆われた城がありました。


 城には何年も眠り続けるお姫様がいて、茨はお姫様を護っているのでした。


 しかし、茨はお姫様を護ろうと、城に近付く人をその棘で殺してしまいます。


 お姫様は夢現にそれを眺めていました。

 夢の中で、自分を茨から救い出そうとした何人もの人を殺しました。


 ある日、何人もの屍を越え、とうとうお姫様の寝室までたどり着く青年が現れました。


 しかし、それだけでは駄目なのです。


 王子様のキスを待つだけではダメなのです。


 魔法に頼ってはならないのです。


 自分から救いを求め、受け入れなければなりません。

 救いを拒む茨は、彼女自身なのですから。

















 唇に柔らかなものが触れたのを感じ、ライトは意識を再起動させる。

 そして、目を開くと至近距離に泣きそうな顔をした少女の顔があった。


「……おはよう?」

「ぁ…ぁ…いきてる……ライト…ほんとに…生きてる?」


 ライトは視界の端のHPバーを確認した。

 一割ほどだが、たしかにある。


「ああ、生きてるよ」

「ライト!!」


 ジャックはとうとう本当に泣きながら、仰向けになっていたライトを抱き寄せてしがみついた。


 ライトは優しくその頭を撫でた。

 ジャックが泣きやむまで、撫で続けた。


 その手首には、赤い布切れが巻かれていた。

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