41頁:殺人鬼に気をつけましょう
『時計の街』の『隠れ家』と呼ばれる宿屋の前で祈るように手を合わせるプレイヤーがいた。
教会に子供達を避難させ、事件現場に一人で来た金髪のプレイヤー、マリーだ。
フレンドリストの機能から、『友人』がこの宿屋の中にいるのはわかっている。
そして、先ほど別の知り合いがその『救出』に入っていった。
この中には、街の中でも人を殺せる恐ろしい殺人鬼がいるらしい。
しかし、マリーの顔には不安はない。
「黒ずきんさん、ライトさん、あなた達なら大丈夫だと信じてますよ」
《現在 DBO》
『隠れ家』は二階建ての宿屋だ。
建物にはいるとすぐ正面に酒場があり、客が食事するための丸机が六つ程あり、その奥のカウンターのさらに奥には酒の陳列された棚がある。
階段は左右の壁に沿って二階に通じ、客の宿泊する部屋は二階の奥の廊下が物理的に有り得ない長さになっているため、その廊下から出入りできる部屋が何十と用意されている。
そして、一階の中央には机をどければ30人以上が集まれるくらいの空間があり、そこでは鬼の仮面を付けた少女と、空色の羽織りを着てカカシのような帽子を被った背の高い少年が戦いを繰り広げている。
鋸、鑢、金鎚、糸巻き、砥石、裁縫針、ペンチ、バール、筆ペン、万年筆、フライパン、傘、ハサミ、バット……
床には様々な道具が散らばっている。
そして、今のライトはスコップでジャックの包丁を受け止めている。
「いい加減……武器使ったら?」
「なら……理由を教えろよ……オレを殺したい……理由をな!!」
ライトは押され気味だったスコップを無理やり押し返して投げ捨てるように投擲。そして、ジャックがそれを避ける瞬間に後退し、新たな道具《鉋》をメニューも見ずに呼び出してジャックに飛びかかる。
ライトはジャックの突き出す包丁を鉋の刃の部分でがっちりと捕まえ、ジャックに詰め寄る。
「オレが嫌いなのか? 何か悪いところがあったら直す気はあるぞ?」
「ううん、ライトは嫌いじゃないよ。寧ろどちらかというと好きなくらい、だからこそ……殺すよ」
ジャックの刃は鉋を横に切り裂いた。
ライトは跳び下がる。
「好きだから殺すって、ここに来ていきなりヤンデレ属性つけられても困るぞ。ヤンデレとツンデレは似てるようで全く違うからな」
次に取り出したのは《ツルハシ》。鉱石の発掘でも使ったことのある道具だ。
「そういうのじゃなくて、ちょっと試してみたいんだよ。他の人じゃダメでも、ライトならきっと……」
「何を試したいか知らないが、殺して良いかと聞かれて了解する人間がそうそういると思うなよ」
ライトはまた新しい道具を出そうとするが、その直前にジャックが泣き出しそうな小さな声で言った。
「……ライト、本気で抵抗してよ……そうじゃなきゃ、ダメかもしれないのに……」
ライトの手が止まる。
ライトはここまで、『武器』に分類されるアイテムを一つも出していない。そして、出した道具も使い方は防御だけだ。次々と新しい道具に持ち替えてジャックが新しい道具との戦い方に慣れてきたら、攻撃を入れられる前に次のものに持ち替える。そうやって時間稼ぎをしてきたが、ジャックの順応速度も上がっている。
このままライトが武器を使わなければ、近い内に必ず手痛い一撃を入れられるのに、ジャックは敢えてライトが武器を使うように言って来ている。それも、油断や慢心ではなく、嘆願とでも言うべき声色だ。
「ライトでダメだったら、次はスカイさんを殺すよ? その次はチョキちゃん、それにマリーさんも……ライトは、それでいいの?」
それは、弱々しくも恐ろしい脅迫だった。
武器を使わなければ、外のプレイヤーを……共通の知り合いを端から殺していくという、宣言だった。
「この宿の外には沢山人がいるんでしょ? なら、手当たり次第に殺すかもしれない。それは、ライトもいやでしょ?」
「…………よくわからないが、オレに抵抗させた上で、殺したいのか?」
「うん。本気で抵抗して、生きようとして……がっかりさせないで欲しい」
ライトは暫し沈黙する。
そして、メニューの操作を変更し、ナイフを取り出した。
互いに武器はほぼ同じ形状。同じリーチ。
「……そうだな。観客に本気でやれなんて言われてたら、師匠に怒られるよな……わかった、約束通り本気を出そう。殺し合いだろうが手合わせだろうが、手を抜くのは相手に失礼だ」
ライトは、ナイフを左手に構えてジャックに向け、以前ジャックに習得を報告した秘伝技を起動する。
「『ハート・イン・ハンド ラストワン』」
ライトの体を毒々しい紫色のエフェクトライトが一瞬だけ、包み消えていく。
ジャックはそのエフェクトを見て、警戒心を強めた。以前は防御系の技のような説明を受けたが、今のエフェクトは『スケルトンキング』のダンジョンで何度か見かけた『呪い』系統の技のエフェクトに近い。
ライトは『オール・フォー・ワン』のような他のプレイヤーが絶対使わないような癖の強い技も好き好んで使うようなプレイをする。どんな特殊な効果があるかわからない。仮面があったからといって、安心はできない。
「さあ、ここからはオレも本気でいくから、後で文句言うなよ?」
だが、相手の手札が把握できないのはライトも同じ。殺せば殺すほど進化する『殺人スキル』がどんな効果を得ているかなど、ライトにはわからない。
つまり、ここからはお互いの秘密兵器を全部使った本気の実戦。対モンスター戦とも安全な決闘とも違う、互いに互いを殺そうとするという、何千年過ぎようと未だに残る『戦争』……もしくは『殺し合い』という人類古来の文化。
『相手を殺せばクリア』という、人類最古のデスゲームだ。
その頃、スカイもまた戦っていた。
こちらは『殺し合い』ではなく、むしろ対極だと言っても良い、『生かし合い』。
生産職の代表的面々を店に集めて指示をとばす。
「今、殺人鬼は確実にライトと交戦しています!! 他の場所で疑心暗鬼になって戦ってる人は止めるよう、メールを知り合い全員にメールを一斉送信して、この街の生産職だけでなく前線にも情報が届くようにして!! パニックだけで人を攻撃するような馬鹿なプレイヤーには罰金です!! 早くして、じゃないと時計の針が一時まで行って襲撃イベントが発生してしまうわよ!! 後、自分の宿から離れてて適当に隠れてるプレイヤーは今のうちに宿に戻って鍵も閉めて!! いくら殺人鬼でもプレイヤーである以上そう易々と鍵付きの部屋にははいれないはずだから」
ライトが戦っている間にスカイもできることをする。
もう、ライトの勝手な動きに振り回されるのは慣れっこなのだ。部下の働きに劣るようでは大きな顔はできない。ライトが一日で十の宝石を仕入れたら、それを十日で万の財宝に替えるのがスカイの役割だ。
その時、店の前に武装したプレイヤーが二十名ほど一団となってやってきた。
元戦闘職の草辰が同じく戦闘職としての経験のあるプレイヤー達を引き連れて来たのだ。
「おい、スカイ!!」
「何? 今忙しいんだけど」
草辰や周りの武装プレイヤーはかなり剣呑な空気を纏っている。
「ライトを退かせろ。殺人鬼は俺達で殺る」
「何言ってんのよ、ライトが戦いを止めたら殺人鬼が街へ出てきて莫大な被害が出るかもしれないのよ!! それ以前に、ライトが入っていくまで殺人鬼が中にいてくれたことも奇跡みたいなものなのよ!! 確実に足止めできてる今のうちに出来ることをしないと……」
「黙れガキが!! これは遊びじゃねえ!! おまえは、危険な人殺しの足止めのためにライトを一人で戦わせてんだぞ!! ガキ共、ヒーローごっこは余所でやれ!!」
スカイはいくら大人びていても所詮19歳の小娘だ。それは、変えようのない事実。
そんな少年少女が人の生き死にの責任なんて持てるわけがない。そういった不満の声がスカイを突き刺す。
だが、スカイは怯まなかった。
「ヒーローごっこはどっちだ!!!!」
「な、なんだと……」
「数がいれば勝てると思ってんじゃないわよ!! 相手は30対1で戦っても勝つような規格外のプレイヤーなのよ!! 多少腕の立つ程度のアンタらが一斉にかかっても死体の山が関の山よ!! この敵と互角に戦えるとしたら、この街にはライト以外にいないのよ!!」
「な、ならライトはどうなんだ? そんな怪物あいつ一人に任せるなんて、捨て駒みたいなもんじゃねえか……アイツ一人で互角に戦えるなら、俺達が加勢すれば……」
「ライトはこう言ってたわよ。『他の奴を守りながら戦う余裕はないから誰も入れるな』ってね」
「っ……あいつ……」
「あなた達から見て私達はガキかもしれないけれど、ガキにはガキの覚悟があるの。ライトにはこの戦いで死ぬ覚悟があるし、私には私のせいでライトを死なせる覚悟がある……ライトが撤退するのは、この街のプレイヤーが安全な所に避難し終わってからよ」
「な……!?」
「わかったら早く動きなさい!! プレイヤーの避難誘導は任せるわよ、ライトが生きている内に避難を終わらせなさい!!」
草辰を含む武装プレイヤー達は急いで街に散る。
他の生産職達も店から出て行く。
一人残ったスカイは椅子に腰を下ろし、一人呟いた。
「お膳立てはしたわよ……二人の最期の夜、邪魔は入らないから存分に楽しみなさい」
一方、『隠れ家』では凄まじいナイフの攻防が繰り広げられていた。
ジャックは小さな身体を生かした素早い攻撃でライトを攻め立て、ライトはスピードとパワーで負けているものの、それを補う技の多彩さで応戦する。
互いに、ダメージはかする程度しか発生していない。
「やっぱり、こっちからの攻撃もジャックに通るんだな」
「かすった程度で調子に乗ってると、死んじゃうよ!!」
ジャックは攻撃の速度を上げようとする。
ガキン
だが、ライトのナイフがその出足を弾く。
「チッ」
「やっぱり強いな、しかも、ナイフを必要以上に怖がってない」
「ライト、なんかおかしいよ、その戦い方」
ジャックは戦いの中、ライトの戦い方に違和感を覚えた。
リズムや規則性がない。というより、気まぐれと呼ぶにはあまりあるほど、リズムがはっきり変わる。
大抵、戦いにはそれぞれの人間特有のリズムがある。癖と言っても良い。実力の近い者の戦闘では、相手のリズムを読んで攻撃や防御のタイミングを見切ることで、的確なカウンターや深い一撃を決めることができる。
だが、ライトの戦い方にはそのリズムが定まっていない。ジャックが順応してタイミングを合わせようとすると、ライトはそのリズムをすぐさま変えてしまう。
音楽でたとえるなら、四拍子の伴奏に合わせて歌を唄おうとした瞬間に伴奏が三拍子に変わってしまう。
しかも、変わるのはリズムだけではない。ナイフの持ち方、足運び、姿勢まで変わる。それまでの戦いで得た戦い方の情報が一気に無駄になる。
「油断大敵!!」
「クッ!!」
ライトの黒い左手が、ナイフを止められた瞬間にジャックの顔に迫る。
ジャックは強引に後ろに跳んで回避する。
「ライト……仮面を外そうとしたね……」
今のところ、謎の『ハート・イン・ハンド』は効果を発揮した様子がない。だが、反支援を遮断する仮面が剥がれればどうなるかわかったものではない。
「そんな物で顔隠すことないだろ? やっぱり喧嘩は相手の顔を見てやらないとな」
「装備の自由は認めて欲しいよ……それより、ずっとナイフで戦ってるけど、今日は武器変えたりしないの?」
「ジャックはどの武器でも難しそうだからな……だがご要望とあらば、次はこれだ!!」
ライトの指から糸が飛び、ジャックの横を通り抜けていく。
そして、ライトはジャックの後ろにあったカウンターの上の剣を釣り上げた。
「!!」
ライトの『糸スキル』と『釣りスキル』の合わせ技。下手な重りより確実に相手を捕らえることができ、外すのも簡単な鉤針を使ったコンボだ。これを使えば、一々メニューを開かなくても散らばっているアイテムや敵のアイテムを使うことができる。
ライトはナイフをポケットに仕舞い、さらに鞘に入った日本刀をメニューから呼び出した。
ライトはもうすでに竹光を腰に差しているが、その反対側の腰に呼び出した刀を差す。
「じゃあ、ここからは剣でやってみるか」
ライトは犯罪者の物であろう一本の剣を両手で構え、上段に構えた。
装備品は剣が三本。
「ここからが本気ってこと?」
「最初から……本気だ!!」
「!!」
速かった。
ひらいていた間合いが一瞬で詰まる。
スキルではない。『縮地』という武道の高等技術だ。
だが、それにもまして驚くのは降り下ろしの速さだ。構えから降り下ろす瞬間の間に一切の『間』がない。
ジャックは思わずその一撃を横っ飛びに回避する。
有り得ない。
前々から思っていたが、ライトの才能の方向性がわからない。
一流まで届かなくても、十分それに近い二流。しかも、すべての武器でその強さを発揮する。
「シュッ」
ジャックはカウンターの上にあったナイフを投擲し、それを追うように接近する。
ライトが受け太刀に入った瞬間に懐に入り込むためだ。
だが、ライトは予想外の対応をした。
剣でナイフを弾くのでも、ナイフを避けるのでもなく剣を『投げつけて』ナイフを防ぐ。
そして、ジャックの接近に合わせて、両方の腰の刀に同時に手をかける。
(二刀同時居合い切り!? いや、片方は竹光の二択攻撃か!!)
思えば、最初から差していた方が竹光とは限らない。偽物とはいえ、竹光と言う武器は鞘の外からでは刀と見分けがつかない。
だが、ジャックは空中で剣とぶつかったナイフを左手で掴む。
「なわけない!! 答えは『二本とも本物』だ!!」
両手の刃で居合いを両方受ける構えをする。
だが、その瞬間、ジャックはライトの口に笑みが浮かんだのを見た。
「残念、正解は『両方とも偽物』だよ!!」
二刀の居合いが、まるで鋏のようにジャックを狙う。
ジャックの右手の《血に濡れた刃》には木製の竹光が、左手のナイフには銀色の竹光が激突し……
左手のナイフが折れた。
「な!?」
とっさに身を引いたジャックの腹を掠めた竹光が僅かだがダメージを残していく。
だが、刀身は確実に《銀竹》から作られた竹光のものだ。
右手で受けた攻撃の威力を利用して距離を取るジャック。だが、仮面の下の表情は驚愕に染まっている。
ダメージが発生しないはずの《竹光》でのダメージ。しかも、安物だとしてもナイフが折れるほどの威力。
それに、どんなに武器が強かったとしても、手応えがおかしい。六つの基本ステータスを同時上げしているはずのライトからは考えられないパワーだ。
距離をとって様子を見るジャックを見て、ライトは二本の竹光を鞘に収め、ジャックを見据える。
「驚いたか? 驚いてくれていたら嬉しいが……」
「驚いたよ……どんな裏技? 竹光でダメージ与えたり、そのパワーも」
ジャックの質問に、ライトは一度目を伏せた後、突然笑い出した。
「ハハハハハ!! いや、今のは意地悪しすぎたな……こんな小細工は一発芸だ。何度も使わない」
ライトは、二本の竹光を腰からはずし、ストレージに収納する。
「何、ちょっとした裏技だよ。『変装スキル』を持ってれば、市販の竹光も十分普通の剣と同じだけの性能で使えるんだ」
「普通の剣? さっきのは普通とは思えない威力だったけど」
「木製で普通の剣と同じになるんだ。金属武器と同じ硬さの材料で作った竹光なら、当然性能も違うよ…………それに、『荷運びスキル』は筋力、『機械工スキル』は技術力、『ダンススキル』は速力、『瞑想スキル』はEP、『自傷スキル』は防御力、『農作スキル』はHPに補正がつく。オレは、そういう『ステータス補正』がつくスキルを他にも22種類持ってるからな、本気出せば瞬間的なステータスはこのくらいまで跳ね上がるぞ」
「な!?」
「一定以上になるとEP消費の燃費が悪いから、ほとんどやらなかったけどな。まあ、本気だしてもジャックのスピードには届かない。中の上が限界なんだ」
ライトは、かなりの数のスキルを保有していて、攻略本の情報を確かめるためにいつも実地で調査し、誰よりも多くのクエストをクリアしたプレイヤー。
誰よりもこのゲームを攻略しているプレイヤー。それがライト。
適材適所という言葉を完全に無視したそのクエスト攻略を可能にするのは、どんな才能なのか。
ライトは全てに秀でた万能の天才というわけではない。それでは、不意打ちでも目玉一つ盗られるような隙は……人間味は出てこない。
ジャックは武器を捨てたライトに襲いかかる。逃げ出すようなことはしない。
ここで退けば、もう『鬼』から『人』に戻る機会は巡って来ない。
ライトの脇をすり抜けるように、通り過ぎるように、走り抜きながら三回の斬撃を打ち込む。この移動しながらの高速戦闘が、幾多の多対一の戦闘を乗り越えてきたジャックの必勝法。
すれ違いざまの三回連続の攻撃は、前、真横、後ろからの攻撃となり、誰も対処できないのだ。
だが、ライトはポケットからナイフを取り出し、笑った。
「ちゃんと、思い出せよ」
ガキガキガキン!!
「…え?」
ジャックの三連撃は、ライトの三連撃で相殺された。だが、ジャックは、そこに混じったリズムに何故か『懐かしさ』を感じた。
さらに、三連撃をまた三連撃で相殺される。
そのリズムを確かめるように、攻防を続ける。続ければ続けるほど、そのリズムは胸に染み込んでくる。
今はもう、失われたはずのリズム。
勝手に受け継いで、かつて一緒に遊んだ記憶から真似をした、『彼』の面影。
「これは……ジャックの……」
戦いの最中、急に視界がぼやけた。
その瞬間、三連撃の三撃目を相殺し損ねて包丁を持つ右腕にライトのナイフが命中した。咄嗟に後ろに跳び下がるが、その瞬間に後悔する。
(しまった、真っ直ぐ下がってもライトには縮地が……)
しかし、ライトは追撃して来なかった。
ジャックは急いで目を拭う。何か目潰しを受けた感覚はなかったが、視界が封じられるのは危険だ。
だが、視界をぼやけさせていたのは、ただの『涙』だった。
「なんで……なんで涙が……」
ライトはナイフを捨て、ジャックを迎え入れるように手を広げた。
「もう、やめにしないか? こんな戦い、初代ジャックも望んでないだろ。オレと一緒に外に出て、皆に謝ろう。簡単じゃないだろうが、ジャックを守る算段もついてる。……オレは、ジャックが人だろうが鬼だろうが、絶対に味方だ」
「……みかた……ホントに?」
「ああ、本当だ」
ジャックの目から涙が溢れ出す。
さっきのライトの戦い方は、確かに初代ジャックのものだった……偽物でも、十分に本物に近かった。
ジャックは……茨愛姫は殺人鬼だ。
しかし同時に、どこにでもいる15歳の少女でもある。
冷たい殺意に心が凍りついてしまっても、それは変わらない。
ジャックの中で、何かが『とけた』。
「ライト……うぅ………らいとぉ……」
ジャックの手から殺人鬼の証明である《血に濡れた刃》が落ちた。
そして、唯一仮面隠れていない目を拭いながら、おぼつかない足取りで、ライトの方へ近寄っていく。
ライトは、ジャックをその胸で受け止めた。
「そうだよな……怖かったよな……恐かったよな……皆はジャックを恐がるが……たった一人だけ街の中で人を殺せると怖がるが……ジャックは『いつ』『誰に』殺されるかわかんないんだもんな……」
一見、圧倒的に、反則的なまでに強力な『HP保護エリア無効化』の能力には、文字通り致命的な弱点がある。
ライトとの戦いでダメージが発生したように、この能力は常時双方向。つまり、ジャックには街の中ですら安全な場所がない。
あるとすれば、今のこの宿のように他に一切人が入らない場所しかない。
近づいてくるプレイヤーが全て敵に見えるのは、当然かもしれない。
ライトは、胸の中で声を抑えるジャックの頭を優しく撫でる。
「さて、取り合えずは鍵のかかる宿に形だけでも監禁って形にしないと、ジャックを襲ってくるプレイヤーが出るかもな。あと、取りあえずここにいたのはほとんど犯罪者だったって公表して……」
「……わかった」
「ああ、取りあえずジャックは大人しくしててくれ。今度のボス戦は無理だろうが、名誉挽回の機会はなんとか作るから」
「わかったよ……ライトの強さの秘密……どうしてそんなにいろんな事が出来るのか、どうして未来がわかるのか……どうして、『偽物』なのか。全部、解けた」
「え……ジャック?」
ジャックの声から、泣いていたときの響きが消えている。
ジャックの両手が、ライトの両手をがっしりと掴んだ。
「殺人スキル…『カーニバル』!!」
ライトが下を向きジャックを見ると、その仮面には鋭い牙をもった『口』が出来ていた。
その口は、ジャックを優しく撫でていたライトの右腕に『かぶりつく』。
「アガッ!! 何を……」
その時、ライトは自分とジャックのHPとEPを見て、さらに表情が厳しくなった。
自分の二つのゲージがみるみるうちに減り、それに比例してジャックの方のゲージが増えていく。
「軽業スキル『ガリレオセオリー』!!」
『軽業スキル』の基本技。ただ、宙返りするだけの技だが、このような拘束からは抜けられる。
ジャックは跳び下がり、《血に濡れた刃》を拾う。そして、仮面の口が塞がり、その部分を拭うような動作をする。
「やっぱり、顔が一切見えないとわからないんだ……いや、もっと長期戦ならわかったかもしれないけど、『まだ』観察が不完全だったんでしょ」
「グ……」
腕の一部が食いちぎられている。ライトは『梱包スキル』と『医療スキル』で適当な布を巻き応急手当てを済ます。
「ライトの強さ、この一週間ずっと不思議に思ってた。それに、予知とかチートじみた能力もあるし、戦闘スタイル以前にゲームのプレイスタイルも全く定まらないから…………でも、『他人の望む未来をみる予知能力』『偽物』『チョキちゃんとの台詞かぶり』『読心術』『「本物」の資料映像』『ベテランとの人脈』『ガラリと変わる戦闘のリズム』そして極めつけは『「彼」の面影』……全部一つの答えで説明出来る」
ジャックは勝ち誇るように言う。
「答えは『思考パターン、行動パターンレベルでの同一化』。他の人間のパターンを全部観察して、『その人物ならどうするか』という思考がもう『予知』のレベルに達してるんだね……そして、武器を研ぐ時はチョキちゃんに、ナイフを使うときは初代ジャックみたいな有名だったナイフ使いに、必要なときに必要な人間を自分の中に呼び出してる。まるで降霊術だよ……ナビキとナビが二重人格で戦闘役と支援役を両立するように、ライトは一人で何十人分の働きをする」
それを聞いたライトは一瞬沈黙した後、ギラギラとした笑みを浮かべて言い返した。
『強い弱者』であるスカイと同じ笑みを浮かべて言い返した。
「すごいな、まるで名探偵みたいだ……むしろ、真犯人はオレの方ってオチもあるかもしれないな……」
「それは斬新だけど、それはないよ。ボクがライトを殺せば普通に終わる。なんなら、今のうちに『犯人はおまえだ!!』とか言っとく?」
「いやいや、不意打ちで一撃入れたからって、まだ戦闘シーンは終わってないぞ。ここからは、そんな全部の技を使うラスボスをどう攻略するかの展開だろ?」
そう言いながら、ライトはジャックの右腕を見る。さっきつけた傷は『カーニバル』で回復と一緒に治ってしまったらしい。
「……さっきのライト、『彼』とリズムは似てたけど、確実にオリジナルより弱かった。他も、一流をよく観察してようやく二流なんでしょ? なら、ライトとの戦いは『全部の技を使うラスボスとの最終決戦』じゃなくて、その前の『今までのボスの劣化版が勢揃いの勝ち抜きボスラッシュ』だよ。種が割れればもう大して怖くない」
そもそも、本当に同等かそれ以上になれるのなら、面倒な『選手交代』など繰り返さず、目の前のジャックになれば良いのだ。
散々武器を替えたり戦法を替えたりしていたのも、実際は性能を誤魔化すためのフェイク。
いつも縮地が出来るならナイフの時も使えばよいし、竹光で戦えるなら鍛冶屋の工房で襲われたからといってわざわざ『手になじんだ』大事な道具を戦闘に使う必要はない。
ライトの才能の正体は『ロールプレイングの才能』。なりたい自分を演じる才能。それは、他人に近付く才能ではあるが、越える才能ではない。最高でもその相手と同じレベルで『完成』してしまう。
「ライトは自分を騙すのがうま過ぎるよ。一面の死体を見ても目を逸らして、勝てない相手を前にしても戦うのをやめない。……殺人鬼を前にしても、友達でいようとする。本当なら、あの『看板の町』でお別れしてれば良かったんだよ……ボクから逃げていれば、ボクに殺されることもなかった」
ジャックは重苦しく過去を悔いる。
だが、それを聞いたライトは力強く言い放った。
「……ジャックがなんでオレを殺そうとしてるのかはわからない。だが、どうしても言っておきたいことがある。オレは目を逸らしてなんかいない。オレはジャックが鬼だろうがなんだろうが、一緒に作り上げてきた過去は後悔しない。オレがジャックに殺されるから別れるべきだったと言うなら、オレがジャックに殺されないだけの強さを、なんならジャックを殺せるくらいの強さを証明してやる!!」
それを聞いたジャックは、苦笑する。
「面白い……それもいいかもしれない。ライト、そんなに言うなら証明して見せてよ」
ジャックは右手の刃をあたかも居合のように左の腰にまわす。
そして、空気が変わった。
ライトも身構える。その技は、ただの技ではない。
「先に言っとくけど、逃げるなら今の内だよ? この技、直撃したらたぶん即死だから」
「なるほど……一撃必殺か……来い」
ライトはジャックに正対し、拳を構える。
それを見たジャックは、『殺人スキル』に属する最強の技の発動を宣言した。
「殺人スキル『マーダーズ・バースデイ』!!」
『隠れ家』の前には数十人のプレイヤーがいた。
そのほとんどは宿屋の中の知人を心配した非戦闘員。その他は一応戦闘ができるプレイヤーが見張っているが、正直殺人鬼相手には戦力として数えられない。
ライトが入ってからかなり時間が経っていたが、中の状況はわからなかった。
もうすぐ日付の日付が変わる。そんな時だった。
「グアッ!!!」
宿屋の扉が中から外に勢いよく開き、ライトが背中から飛び出して来た。
さらに、間髪入れず仮面をかぶったプレイヤーが宿の中から飛びかかる。
「ガッ!!」
ライトはそのプレイヤーを倒れたまま蹴りで吹っ飛ばす。
周囲のプレイヤー達は慌てて距離をとる。
戦闘ができるプレイヤーもスカイからは極力戦闘を避けて距離をとるように言われているのだ。
ライトも殺人鬼もすぐさま起き上がり、睨み合う。
そして、二人は突如として申し合わせたように同時にぶつかり合う。
ぶつかり合う刃と拳。そして、ぶつかり合う殺気。
壮絶な戦いに、他のプレイヤーが手を出す隙なんてない。
だが、その戦いも長く続かなかった。
戦闘の最中、殺人鬼が懐からいくつもの紙で包まれた玉を空中に放り出した。
「チッ!! 爆弾だ、伏せろ!!」
ライトの拳を守る手甲とナイフの散らす火花が紙玉の一つに着火する。
ライトも殺人鬼も紙玉から離れ、その直後に紙玉が連鎖して爆発した。
「うわっ!!」
「きゃっ!!」
一気に煙がその場の全員の視界を封じた。
そして、煙がはれるとそこには殺人鬼はいなかった。
ライトも他のプレイヤーも辺りを見渡す。
「あ、あそこだ!!」
宿の前に見張りについていたプレイヤーの一人が屋根の上を指差した。
丁度、日付の変わった瞬間だった。
そこには、月明かりを浴びながらプレイヤー達を見下すようにしている殺人鬼がいた。
その恐ろしい姿はその場に居合わせたプレイヤーの心に刻まれ、プレイヤー達を震え上がらせる。
そして、ただ一人その目を真っ直ぐに見返すライトと殺人鬼の姿は、完全な敵対の構図に見えた。
その後、殺人鬼は屋根伝いに街の外へ逃走。
前線の戦闘職の中には殺人鬼を取り逃がしたことを批判する者もいたが、スカイの指示により逃走中に通り魔的に襲われるプレイヤーは一人もおらず、赤兎やマサムネの擁護もあり、責任問題にはならなかった。
また、宿屋に立て籠もっていた殺人鬼を刺激して、挙句の果てに目の前で取り逃がしたライトも批判されかけたが、宿屋の奥の個室から出られなくなっていたプレイヤー達が無事脱出できたことによりこちらもまた大して責任は問われず、『独断』での突入への責任も当初から決まっていたボス戦での協力が強制になったくらいで手打ちだ。そもそも、30人以上を相手取って勝ってしまうようなプレイヤーを相手に生き残っていたことだけでも十分に評価されることとなった。
さらに、ライトは交戦の末に得た殺人鬼のプレイヤーネーム『ジャック』を公表し、それがGWOで有名なPKだったという情報が瞬く間に広がり、ライトは凶悪なプレイヤーに一人で立ち向かったとして生産職の間ではちょっとした英雄になった。
調査の結果、被害者は『車輪の町』で死んでいた二人を合わせ43人。その短時間での被害の大きさはギネスレベルであり、その犯人の異常性を証明するものだった。
そして、殺人鬼『ジャック』は行方不明である。
事件翌日。
事件の与えたプレイヤー達への心的被害をかんがみて、宿屋にいたプレイヤー及び、知り合いを殺されたプレイヤーに対してカウンセリングが行われることとなった。
担当は『組合』の『保健室』を担当する予定だったマリー。
その一人一人の話を真摯に聞き、人の悲しみを和らげる能力は人々を癒し、上層部的なイメージのあった『組合』のイメージは『困ってるプレイヤー達を助ける相談所』として一気に定着することになった。
そして、事件翌日の夜。
ライトは教会の中で借りているというマリーの部屋に来ていた。
壁にはマリー自身が描いたであろう動物や風景の絵が飾られ、部屋の隅には木彫りや粘土の彫刻が置かれ、机や椅子もファンシーなテーブルかけやクッションが取り付けられていて、そこにいるだけでリラックスしそうな場所だ。
椅子に座った状態でライトはぼやく。
「オレ、別にカウンセリングとかいらないと思うんだけどな」
立って簡易キッチンに立ち、マリーが微笑みながら湯を沸かしている。
「まあまあ、そう言わずに。ちゃんと全員と話さないと私がスカイさんから給料泥棒と呼ばれてしまいます。どうですか、紅茶でも」
「じゃあ貰っておこう。まあ、オレもボス戦の前に届け物しなきゃならなかったから丁度良かったが……マリー自身は大丈夫か? マリーはジャックのこと知ってるんだろ?」
ジャックがその『本名』を名乗ったのはスカイ、ライト、マリーの三人のみ。マリーには当然箝口令が敷かれ、事件以前のジャックとの交流は秘密となっている。
「まさかあんなことになってしまうとは……こんなことなら、あの時引き止めておけば……」
マリーが悲しそうな表情を浮かべる。
ライトはその隣で紅茶を飲みながら、片手に収まるような小さな箱をメニューから取り出し、マリーに差し出す。
「まあ、そういうなよ。起こってしまったことを蒸し返しても過去が変わるわけじゃない。今はそれより、明日からのボスダンジョン攻略だ。黒ずきんの『医療班』ができなくなったのは痛いが、それでも攻略しなければこのゲームからは脱出できない。まだ、オレ達はクリアまでの階段の一段目すら登り切っていないんだ。後ろを向いている場合じゃない」
「あらあら、前向きですね。その分なら、カウンセリングは必要ないようです。むしろ、私の方がカウンセリングをしてもらった方がいいでしょうか」
マリーはライトの出した箱を手に取り、中を確認して微笑む。
「生憎と、オレは予知能力者だから過去は疎いんだよ。別に振り向かなくて平気なわけじゃない。振り向くのが下手なだけだ」
「あらあら、せめてその大きな帽子だけでも脱げば視野が広がるのでは? 顔も隠すほど悪くありませんし」
「帽子はほっといてくれ」
ライトは帽子を手にあて、取り上げられるのを嫌がるかのように押さえつける。
「まあ、それでもやっぱり過去について言いたいことがないわけじゃないけどな。ジャックにばかり探偵役やらせとくのも変な気もするし、オレも少しは探偵っぽいことやってみるか」
「あら? 何をするつもりですか?」
ライトは、マリーが正面の椅子に座るのを待って、マリーを指差した。
「真犯人はオマエだ……『金メダル』、いや……マリー=ゴールド」




