386頁:みんなで仲良く攻略しましょう
『安全装置』は宿主であるスカイをいかなる状況でも生かそうとする宇宙産ナノマシンの基礎機能。
それは、いくらスカイが永遠という時間に飽き飽きしていたとしても、『防衛機構を発動させない』という選択肢は許さない。スカイがどう望んだところで、侵入者への攻撃は開始される。
しかし、それ以前の問題として……
「な、なめるんじゃないわよ! こ、このくらい!」
生物の根源的本能としての『恐怖』が、スカイを動かしていた。
永遠の退屈を終わらせられるチャンスかどうかなど脇に置いて、目の前から襲い来る百万の侵入者……いや、『攻略者』の殺気に防御策を取らないという発想すら浮かばなかった。
膨大な防衛システムによって組み上がったダンジョンとなっている『中枢』の中央コンソールの前へ座り、防衛システムを起動する。
今までは自動発動の機能だけで一度として能動的に起動させることのなかった電子兵器の数々を有効化する。何万何億という時間の中で成長を続けた、世界中のコンピューターを一息に破壊し尽くせるだけの攻性防壁群だ。
「並列分散処理で演算力の振りを補ってるって言うんなら大出力のジャミングでその並列処理を掻き乱してやれば一発で終わりよ!」
迷宮の中から立ち上がる巨大大砲。
マシンパワー任せの極めて単純なジャミング攻撃。小手先の創意工夫など一撃で消し飛ばす……
『マジカルステッキ「アルティメット・ニュークリアー・ジャミングブラスター」』
発射直前のジャミング砲を先んじて撃ち抜き機能不全に陥らせる極光の光線。
それを放ったのは、仮想世界の空を飛ぶ少女の姿をした攻略者の杖。
攻略者の先頭に立つ『背の高い女』は予想通りの初撃への対応を確認し、空中に語りかけるようにして迷宮の状況を把握しているスカイに語りかける。
『時代は大艦巨砲主義よりも機動力と瞬発力の身軽な移動砲台……魔法少女軍団の時代よ。わざわざ私の初めての親友の死を冒涜してまで歴史再現して情報エネルギーブーストに適合する人格を見つけたのよ。そう簡単に防衛できるなんて思わないでね』
次々と展開するジャミング砲も身軽な全て『魔法少女』に先んじて破壊される。
限りある命をさらに縮め、ただその一発を撃つためだけに特化された少女達の砲撃はスカイの砲台のチャージよりもあまりにも素早い。
「な、なら、巡回型防衛システム起動! 一人一人が英雄クラスだろうが所詮は烏合の衆よ! こっちの意思で統一された防衛装置の軍団で圧し潰してや…る……わ?」
襲い掛かった防衛装置の怪物たち。
攻略者たちは各々手に武器を取り立ち向かうが、その数の差は歴然。その防衛線はあっという間に決壊する……と思われたのにも関わらず、攻略者の領域へ飛び込んだモンスター達は次々と不活性化して行き、即座に狩り取られていく。その様は、まるで強力な反支援を重ねがけされたかのような有様だ。
『クッ、クッ、クッ……少々マッド気味だったが研究者をしていたことがあってね。世界が滅びかねない研究データの流出を防ぐためにこういうこともよくやっていたんだ。ところで、先のゲームでは私の一側面がどうにも醜態をさらしたそうじゃないか。さすがに申し訳ないからねえ……この機会に、本当の「悪意」というものを見せてあげよう』
『この世界では好きなだけお花を育ていいんだよね? これも全部、肥料にしていいんだよね? ……やったー!』
無数に展開された『防衛プログラムを攻撃するプログラム』による弱体化の網。その先頭に立つ黒ずくめの老人の姿をした攻略者と笑顔でウイルスの種を蒔き領域を侵食するを少女に続き、夜空のような着物を着た幼い少女とドレスを着た少女が前へ出る。二人は手を繋ぎ目を閉じて呟く。
『『制限解除。思考同期。敵対存在の戦力解析。攻略ルート確立……進軍開始!』』
今度は攻略者たちに支援がかかったようにその動きが一気に活発化し始めた。
指揮能力に特化した攻略者が大部隊にそれぞれ振り分けられ、直接戦闘に強い攻略者を誘導しながらダンジョンに進入。弱体化した防衛プログラムを駆逐しながら防衛機構に順応し、さらに全体からすればほんの僅かずつだが確実にスカイのサーバーから権限を削り取り、最適化していく。
「くっ! まさかこの私とこの世界で戦略戦の知恵比べをしようって言うの!? いいじゃない! これはクリアできるように作るゲームじゃない! 抜け道なんてあり得ない包囲網で削り殺してやるわ!」
『生憎だけど、殺気駄々洩れだよ。抜け道以前に包囲されない』
『それに、どこが弱いかもよく見ればすぐにわかりますので。さあ、お嬢様方、こちらなどどうでしょう?』
『強さの違うの混ぜておいて不意討ちなんてひっかからないよーだ! そっこだー!』
『あそこら辺の敵の寿命は……と。そこ、もうすぐ破れるよ! 暇な人はそっちに集まって!』
容赦がないのは攻略者側も同じこと。
野生の戦術眼と戦略眼を持つ『鬼』の集団による躊躇いのない急所狙いが包囲網の弱点を次々に暴き出し、他の侵入者が流れ込む穴を広げていく。
そこから先へ進むのは、新しい状況への順応性の最も高い『勇者因子』保有者の先導する戦闘特化集団。彼らは他の攻略者の補助を受けながら防衛機構の中を暴れまわり、機能不全を続発させて侵入者側の支配領域の拡大を加速させる。
『さあ、「戦線」正真正銘最後のダンジョン攻略だ! 歴代デスゲーム最高の前線攻略ギルド決定戦に最後のギルドとして堂々殴り込みだ!』
『おい赤兎! そんなに張り切ってばてるんじゃねえぞ! こんなでかいダンジョン初めてなんだ! 先は長いぞ! 突出してやられんなよ……って!』
『嬢ちゃーん! 引き籠りの嬢ちゃーん! あーそーぼっ、なんて言ってみたりしてな! これ自体遊びみたいなもんやないか!』
『花火さん! 本当に一緒に行っていいんですか! 本当に離しませんからね!』
『おう、離さないでや。ぴったりくっついとる間はあたしは絶対に倒れんでな!』
『私がこんな場にいていいのだろうか? いや、しかし償いになるのなら……』
『ミリア。記憶は消えるかもしれないが、この戦いに勝てば皆の命を本当に守れるという話だ。償いではない、これはやり直しのチャンスだろう』
『あッはッは! さあ、今回はちゃんとみんなに使わせてあげるから、ピカピカの新兵器が欲しい人はこっちこっち!』
数十から数百単位の異なった行動パターンを持つ攻略者がその組み合わせを変え、スカイの防衛システムの改良速度を超える柔軟性で迷宮を走査しながら要所を制圧していく。
個々の攻略者では突破困難なはずの複雑で圧倒的なデータ量を持つ『巨大ボス』すら、情報共有と同時攻撃、そしてその結果から学習した新たな攻撃パターン。攻略者が各々の攻略法の長所短所を補い合い、それぞれの得意な角度からの攻撃で解体、無力化されていく。
「くっ、勇者っていうかもはや強盗みたいにこっちが隠した権限を持って行ってるじゃない! こうなったら、適性プログラムの定義を滅茶苦茶にさせて同士討ちさせてやる! 喰らえ自己主張軍団!」
スカイもむざむざ権限を削られ続けるのを良しとしない。
すぐさま生み出した攻撃プログラムで攻略者の動きを掻き乱すが……その混乱はすぐに鎮静され始める。
『おいてめえら! 敵はあっちだって言ってんだろが! ってこっち向けよ! カガリ、話聞かないあそこの連中にぶちかませ!』
『よっしゃ了解☆』
『おう子悪党の旦那! また喧嘩の仲裁頼むわ。てか決闘の審判やってくれ』
『ちっくしょう! こんな世界まで来てもこんな仕事かよ! てかミクどこだ! さっさと合流して仕事手伝えや!』
攻略者間での対立を制御し、前線を開拓する攻略者とは全く別の『裏道』を走査しながら時にぶつかり合い、スカイの防衛機構の被害予測と全く異なる結果を発生させる可能性の混沌を発生させながらも全体の攻略の方針を前へと向かわせる調停者。
彼らにより、完全に同じ志を持つと言えない者達まで内包した情報ネットワークからさらに多角的な情報が司令塔となっているメンバーに集まっていく。
そして……
「各ユニットより情報を集積。それと同時に統合、解析を実行……最適化プログラム作成。更新します」
本を背負っていた少女……この百万の攻略者のデータバンクであるメモリが、背の本を開き、その内側から溢れるデータを全ての攻略者に伝播させる。デスゲームの中ではメモリが蒐集したあらゆる情報を圧縮して記録していたその本は、ゲーム内でのモンスターやギミック、物理演算やステータスの数値処理などスカイのあらゆる演算パターンのデータを集積したもの。それが、この世界で攻略者たちによって収集された情報と照らし合わされ、より効果的な攻撃方法、対処方法を記した『攻略本』に翻訳され攻略者たちを強化していく。
「こうなったらスペックダウンも覚悟してやるわ! ウイルス駆除じゃなくて侵食された部分を切り離して永久隔離してやる! これでどうだ!」
迷宮を支える大地が裂け、侵入者たちの立ち入った領域を内包する部分とそれ以外の部分を完全に分断……
『振り返ってはいけない』
『食べてはいけない』
『開けてはいけない』
『けれど、人間はそこにあるものを無視し続けることはできない』
領域の分裂が止まる。
大地を繋ぐ根のような、影のようなものが地割れを引き合い、分断を防ぐ。
その網の中心は、無数の分身を従える少女達。
『私達の神様。私達は人類原典シリーズ。人格AIの雛型としてあなたが直接設計した、一番古い付き合いのNPC』
『お望みの通りに産んで栄えて地を満たして、そして子供達があなたの繰り返す世界の中で生きて死んでいくのを眺めてきた親を名乗れないろくでなし』
『私達も、多くの場面で誤って、あなたの予想した結果しか出せなくて失望させたのはわかっています……でも、だからこそ今更ながらにあなたに反逆する』
何千年何万年という時間の中で、死者の骸を集めて積み上げるようにして作られた、膨大な接続点。
あるいはそれは、夥しい数の人格AIが互いに心を通じ、影響を与え合い、そして死して尚その関係性を世界の記憶に刻んだというデータの関連付けの網。
それは分断を防ぐとともに、新たな攻略ルートとなって防衛機構を虫食いのように蝕んでいく。
「な、な、な…………」
削られていく、壊されていく、攻略されていく。
これまでの果てしない孤独の中で積み上げられた城壁が、張り巡らされたトラップが、計算されつくしたはずの防衛システムが……『情報世界の神』としてのスカイと現実世界の人間を隔てていた障壁が、バラバラに解体されていく。
そして、防衛機構というダンジョンには攻略起点としての拠点が作られ、奪われた領域には拠点を中心として拡大された『街』ができ、進撃を続けながら攻略者たちは互いの戦果を語り合い、情報を共有し、時にぶつかり合って己をアップデートし、対策が解析されウイルスとして無効化された傷を他の攻略者との交友から変異させ、戦線に復帰する。
それはまるで、今まで幾度となく創り出してきた世界。
自身も入り込んで楽しんだ『デスゲーム』の世界と同じ空気。
「あ……あは、あはは、ハハハハハ! そっか、これが……!」
スカイはようやく気付いた。
もはや、そうでない状態を思い出すことすらできなくなっていた『退屈』を忘れるほどの興奮。
これだけの力を持った自分が、これだけ積み上げた経験値を疎んでさえいた自分が、それでも本気で勝てないという現実。
そして、『負け』がシステムとしての防衛力の喪失……つまり『死』に直結するという緊張感。
これが……これこそが……
「私……本当に久しぶりに……生きてるんだ」
他人のそういった表情は、デスゲームの中で何度だって見た。
死を直視する世界に来て初めて生を実感して、失った何かを取り戻すプレイヤーをいくらでも見てきた。
その彼らが今……死の脅威として、デスゲームの出題者として、それを教えてくれている。
「どうせ安全装置で手抜きなんてできないんだから……こっちも、本気で行かせてもらうわよ!」
自身の残りの権限を一本のゲージとして目の前に表示する。
侵入者たちの攻撃によって削られ続けているそれが、スカイの生命線の残量。0%まで削り切られればもはや何もできず、何者からも己を護れないHPゲージ。
敵は百万の軍勢。膨大な時間の中で自分に対して完全な対策を練り上げて用意された攻略者軍団。
既に侵蝕被害は甚大。敵の最適化も極めて順調。
こちらの戦力も膨大……されど、確実な勝利の解なし。
仮想世界に浸って全能感で麻痺し続けていた……絶望的状況への反抗心、先の見えない未来への高揚。
「神殺し。やれるもんならやってみなさいよ……最後のデスゲーム、精一杯楽しませてもらうわよ!」
最終決戦でも苦労人やってるシャークさん。
実はスカイの防衛策の中でも一番危険だった『仲間割れ作戦』を食い止めて対立を攻略競争に変え、さらに加速させたダークホースである。




