378頁:全力を出しましょう
攻略本『デスゲームの正しい攻略法:終局イベント編』
聖王『キング・オブ・ジャスティス』について。
人間大の標準体型人型ボス。
直立身長198cm(鎧含む、恐らく内部の肉体は180cm程度)。
全身装甲の騎士鎧(白地に金の装飾あり)を装備。
外部から視認可能な武器は鎧と同じ意匠の片手剣、盾、弓、また腕部の鎧は籠手としての使用も可能だと思われるため、遠距離、中距離、近距離共に戦闘が可能と推定。矢は光属性魔法により生成しているが、光属性への耐性があっても投擲攻撃には注意。
さらに、周囲の神聖騎士に指揮を行い通常より射撃精度の高い弾幕を張ることも予想されるので注意。
攻略法としてはまず神聖騎士団から分断、神聖騎士団そのものへのダメージによる弱体化により軍の統制能力を奪い、接近戦に長けた最前線クラスの戦闘職により包囲。周囲から絶え間なく支援と反支援をかけ、戦力差を可能な限り縮めた上で『自身のHP半減以下で後退』を徹底し、可能な限りのHPを削ることを基本方針とする。
なお、ビルドによっては一撃死もあり得るため、盾役は『戦線』メンバーが許可した者、並びに無敵系の固有技の所有者のみに限定。かなり知能が高いと見られるため、特殊効果系であっても同じ固有技による二度以上の攻撃は禁止(脅威度が高いと判断されると優先的に攻撃されると推測されるため)。
なお、その戦闘能力は推定で『レベル200の戦闘職プレイヤー』に相当するため、対峙する者は十分に注意されたし。
《現在 DBO》
ゲームオーバーまでの残り時間。約七時間半(僅かに変動中)。
「マズいですね……騎士団が減ると本気を出すタイプでしたか。それでも軍団を引き連れて暴れられるよりはマシですが……レベル200どころか、250くらいを想定しないと本気でヤバいです」
聖王が剣を無雑作に振るう。
それだけで盾役が二人吹き飛び、陣形に穴が空く。
徹底的に周囲の神聖騎士を排除し、『たった一体』を精鋭で包囲している状況でありながら、旗色は非常に悪い。
「今の二人は復帰せずに援護に移動! 他にも反応が間に合わなかった人は下がって!」
マリー=ゴールドはこの世界において他者に聞かせたことのない緊迫した声で指示を飛ばしながら、聖王の前に回り込んで光の剣を構え、包囲からの脱出を防ぐ。
冗談抜きでいつ死人が出てもおかしくはない。
未だに死人が出ていないのは、相手の攻撃力に応じて防御力を上げられるマリーが聖王を真正面から受け止める役を担っているからだ。そして、もしもここで死人が出ればその動揺で一気に包囲を突破される。形の上では包囲できているが、それは周囲の神聖騎士との連携を防ぐだけであって、聖王の動きを止められるのがマリーだけというこの状況は聖王の動きを封じきるにはまるで足りていない。
そして、その突破力はここに残った他のプレイヤーには止められないレベルのものだ。生半可な武器では耐えられないため、『救世スキル』で光剣を作り出して打ち合っているが、『聖王を倒すのに必要なだけの威力』は実現していない。
「っ、後五分! 正面から打ち合えるのはそれだけです!」
聖王の身に纏う鎧が硬すぎる。
レベルが低い生産職などが主とはいえ生存プレイヤーの大部分とフレンド登録をしているにもかかわらず、鎧を貫きHPを全損させるだけの威力を実現する経験値がない。こうして剣で斬り合っている今も、『聖王を押し返すのに必要なだけのステータス』を実現するだけでここにいないプレイヤーたちからレベルを急速に吸い上げている。
本来、マリーは後方から遠距離攻撃で援護する予定だったのだ。接近戦では防御や移動にもスキルを割かねばならず、消耗が大きい。しかし、直接受けようとすれば仮にも前線級の戦闘職の盾を真正面からプレイヤーごと跳ね飛ばし、接近を避けて離れて囲めば弦を引き溜めた強弓で包囲に大穴を空けるという予想以上の聖王の攻撃力に、勢いを止めるため正面から受けざるを得なかった。
現在も、マリーが正面を押さえている内に聖王の背後からは絶え間なく中距離、遠距離からの全力攻撃が降り注いでいるが、聖王は体幹を揺らしてすらいない。HPへのダメージも微減、といったところだ。
「単純な防御力補正に加えて飛び道具への高い耐性……やはり、鎧の上からではまともなダメージになりませんか……でも、隙間を狙わせてもらえるほど甘くはありませんし……私、一応できはしますけど近接戦闘とか得意じゃないんですよ!」
不幸中の幸いは聖王がHPを回復しないこと。
ライトと妨害部隊の報告によれば、聖王は周囲に敵がいなくなってから立ち止まり、全快するまで停止する。その時間こそがカウントダウンの延長時間であり、マリーたちが全力で引き延ばすべき時間。
『攻略連合』は互いを強化する固有技『ファランクス』を最大数のメンバーで行うことで耐え抜いていたはずだが、彼らは限界まで戦った。装備も身体もボロボロだ。傷の浅い者は神聖騎士の排除に加わってくれているが、十人や二十人程度では聖王の前には立てないだろう。
「いっそ、残りのリソースを全力でつぎ込んで鎧だけでも……ダメですね。せめて弱点か何かを見つけないと耐久を削り切れない」
聖王を素通り同然で通せば、突入部隊は余裕のない攻略を迫られることになる。今現在でも、カウントダウンの変動からこちらの苦戦具合は伝わっているだろう。
現状、マリー一人では無理だ。だが、神聖騎士団の集団を狙った時のような大雑把な攻撃ではろくに効果がない。どうしても、受ければ一撃死の恐れのある攻撃をかいくぐりながら効果的な攻撃を打ち込めるプレイヤーが必要だ。
だが、そんなプレイヤーは……
「ライトくんの言う通り、全員残っていてもらってよかったです……そろそろいいですか! サポートをお願いします!」
マリーがそう叫んだ直後、隣の建物から隕石のごとく飛来した何かが、聖王のヘルメットアーマーとぶつかり激しい金属音を響かせる。
それは、合金のブーツを装備し、建物の上から落下しながら加速した少年……『マックス』。
彼と聖王の接触点は、圧縮された光を溜め込んでいた。
「オーバー150『アンブッシュ・ヒーロー』」
聖王が反撃に出るより早く、光が爆発しその巨体が初めて大きく揺れる。
英雄には程遠い不意打ちに付加された望外な追加ダメージ……一日にたった一度だけ、自分よりはるかに強い相手への攻撃で、そのステータス差に応じた追加ダメージを与える『無謀さ故の戦果』。
自身に弱体化をかけて限界まで差を広げたステータスにより、初めて『有効打』と呼べるほどのダメージを刻み込む。
しかし、それは命知らずゆえの功績。聖王が態勢を立て直せばすぐに一刀両断される。
だが、彼がその無謀さを発揮できたのは、仲間がいるからこそ。
「拷問スキル『痛覚連鎖』、オーバー150『リアリティ・ペインズ』」
一か所への局所的なダメージの発生タイミングでそれを全身へと『拡散』……ではなく、『連鎖』させて全身に同等の痛覚を発生させる技。それはモンスター相手なら短時間の行動不能状態となるだけの効果だが、針山の固有技は彼の持つ『痛みを与えるだけの技』を『実際にダメージを与える技』に変える。
現実化した痛覚はマックスのブーツが当たった場所から棘付きの鎖の姿を取り聖王の全身を取り巻く。
その拘束力も長くは続かない。
しかし、そのほんの短い不自由な時間を見逃すのなら、互いに成り行きでありながらもこのゲームで数えられないほど共闘した仲間ではない。盲目の射手は既に、どのタイミングでも矢を放てるように弦を引き絞っていた。そして、その矢にはこの世界の魔法を極めた少女の全てを乗せていた。
「オーバー150『アルティメット・エンチャントマジック』。対象『オール・イン・ワン』」
「オーバー150『スター・クローザー』」
自身の攻撃をその技の種類に関わらず無条件に他の攻撃に『付与』する固有技。
そして、『必ず同じ時間で目標に着弾する』つまり『遠くにあるものを狙うほど加速し威力が上がる』という固有技。
本来は極太ビーム状に展開される『賢者』の最強魔法の威力を一本の矢に圧縮し、それを『狙撃手』闇雲無闇が狙い穿つ。
それは過たず、動きを止めた聖王の胸部アーマーに深々と突き刺さり……
「グッジョブです、みなさん! 『セイヴァーズハンド』!」
マリーの光剣が右手を包む光球となり、『矢を押し込むのに必要なだけの力』となって、突き出ている柄の部分を殴りつけるように押し込む。
鎧を完全に貫通した。マリーの攻撃は鎧の耐久値を削り切るのに必要なだけの攻撃力を出力した。そして、それは矢の貫通によって一点の『弱点』が生まれたために実現した現象だ。
『OCC』の連携によって撃ち込まれた超威力の一撃が、これまで攻撃を阻み続けた鎧を打ち破ったのだ。
だが……まだ、終わらない。
鎧は矢の貫いた穴から胴体を覆う部分全体へと広がり……内側から膨れ上がる力に耐えかねたように勢いよく剥がれ落ちる。
聖王を中心に波動が広がり、周囲のプレイヤーを仰け反らせる。
「真正面から鎧を貫いたらこれですか! 気を付けて! 狂乱状態に入りますよ!」
唯一、スキルによって踏みとどまったマリーは鎧のなくなった胴体にとどめの一撃を打ち込もうとして……その直前に、強烈な蹴りを受けて風船のように空高く吹き飛んだ。
「うあっ!? ここで経験値が切れましたか……」
踏みとどまろうしたが、蹴り自体の直撃ダメージを受けきるためにとうとうフレンド登録されたプレイヤーの経験値を使い切った。
そのおかげで、いきなりレベル1のステータスとなり抵抗がなさ過ぎて聖王の前から離脱できたのは幸運か……
「うん、よっと!」
落下ダメージを受けないように落下地点となった建物の上に何度か接地の衝撃を分けて転がりながら着地し、衝撃を逃がしきる。
過去に中国の雑技団で習っておいた受け身の技術のおかげだ。
「それなりのダメージは与えたので皆さんで離脱……というわけには行かなさそうですね」
これまでの聖王は、進行を邪魔する相手は排除するが、それ以外は基本的に無視しているように見えた。
だが、今マリーが見下ろしている聖王の動きはどうみても……自分に匹敵する『敵』を探している。周りのプレイヤー達は大雑把に振るった盾の一撃で吹き飛ばされ、相手にならないと見るや次のプレイヤーを襲う。
このままでは……神聖騎士の相手をしている比較的レベルの低いプレイヤーにも矛先が向く。彼らはあの『力試し』の一撃でも高確率で死に至る。
「鎧がなくなって防御力そのものは下がっているはずですが、さっきまでよりも速い……殺しきる前にどれだけ犠牲が出るかわかりませんね」
マリーは計算する。
今なら、下に倒れている最前線クラスのプレイヤー達とフレンド登録を結び、経験値供給源とすることで遠距離攻撃一撃で仕留められる可能性がある。
しかし、それまでに聖王がどれだけのプレイヤーを殺しうるか、そして登録の間にどれだけ聖王が離れて行ってしまうか……
「こっちよ化け物!」
声と同時に、砲弾の雨が降り注いだ。
マリーも砲弾でわずかばかりのダメージを受けた聖王もそちらを見る。
そこには、機械犬に跨り、固有技によって急造した『試作兵器』の砲台の向こうから聖王を睨むプレイヤー……これまでこのゲームでほとんど戦闘というものと縁のなかった生産職の代表であるはずの、『大空商店街』ギルドマスターのスカイがいた。
「来るなら来なさい! 私が相手よ!」
プレイヤーを束ね続けた女王。
仮想世界ですらまともに歩くことができないという、ある意味で最弱のプレイヤー……その彼女へ向けて、最強のボスモンスターの明確な『敵意』が向けられた。
「さあ、走ってシリウス。一世一代の鬼ごっこよ」
普段は必要がないだけで、実は意外と接近戦もできるマリーさん。
システム的に普通にはレベルやステータスが上がらない仕様で不便していたものの、それさえなければ普通に最前線で活躍できた万能才能チートだったりする。
まあ、でなければどこかの誰かさんもいきなり操る人間のいない無人島に放置したりはしないという話ですが。




