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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第7章:エンドルート編

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367頁:デストラップに気をつけましょう

 『殺戮要塞』。

 本来、そういった物騒な名をつけられたダンジョンであっても、VRMMORPGのトラップの致死率はそれほど高くない。それは、ゲームが本来攻略を楽しむものであり、挑戦が苦にならない内にクリアできなければその本来の目的が成り立たないからだ。そして、死に戻ってのトライアンドエラーが許されないデスゲームではなおのこと一撃即死のデストラップというのはありえない。死亡率の高いダンジョンというのも、大抵は強力な一撃ではなくモンスターハウスや転移トラップ、削りダメージなどの複合でじわじわと追いつめてHPを削られていくものであって、そのトラップにかかれば一撃で致死量のダメージが叩き込まれるなどというものはない。それは、ゲームマスターがプレイヤーに提示する問題としてフェアではないからだ。


 だが、プレイヤーがプレイヤーに仕掛ける罠にはそれは当てはまらない。


 もちろん、アイテムの収集と資金の用意に限界のあるプレイヤーが上位レベルのプレイヤーの防御力と膨大なHPを一撃で削りきるだけの罠を設置するのは難しい。前線の戦闘職なら探知能力も高く、大規模な罠なら発見される可能性も高まる。それよりも、暗殺者ビルドのプレイヤーが持つ隠密系スキルを活かして闇討ちした方が確実だ。

 それ故に、襲撃者たちはプレイヤーの接近には万全の備えをしていたが、トラップへの対策は完璧ではなかった。


 ジャックのオーバー100固有技『マーダーズ・コレクション』はあらゆるアイテム、オブジェクトを『凶器』に変える。

 その攻撃力は数多のプレイヤーの血を吸って成長した《血に濡れた刃》に連動してトップクラスの武器に引けを取らないものへと変貌させ、そして金属防具のない部分への攻撃でのダメージに防御補正を無効化する効果を与える。


 そして、ジャックがその効果を与えたのは『魔女』の城。

 攻略の本筋に必要のない、『冒険者協会』が敢えて避けて通っていた隠しダンジョン。

 本来なら、初見はダメージを受けながらも罠を探って記録し、退却を繰り返しながらマッピングを進めて安全を確保していくべき高難易度ダンジョン。それを前提に、罠も本来は一撃で死ぬような威力のものはなく、その分だけ数や隠匿性が優先されている。ゲームにおいてダンジョンの難易度を上げるというのは、挑戦者の必要試行回数を増やすということなのだ。


 しかし、それが今は冷酷にして残酷極まりない処刑場を生み出している。


「なんだこれは! 爺さんの言ってた対策はどうなってやがる!」

「知らねえよ! それよりもポーションよこせ! この傷治りが遅いんだ!」

「ちくしょう、罠に毒でも……グァアア!」


 『成り代わり』にとって、この世界での死は完全なる消滅ではない。

 だからこそ、止まれない

 本来は退却すべき状況であっても、『正体を見抜かれないこと』こそが至上命題である『成り代わり』にとって、自分達を識別できる殺人鬼ジャックがゲーム攻略のための駆け引きによる縛りもなく自分達の正体を流布できるプレイヤーを『誘拐』したとなれば、どうあっても放置はできない。

 故に、罠だとわかっていても突撃するしかない。


 ただ本物へ似せることだけを目的として生み出された『偽物』にとって、正体を暴露されることは存在意義の否定に他ならない。それこそ、『死んだ方がマシ』なことなのだから。


「おい、なんか視界に靄が……霧みたいなのが、かかってきてないか?」

「気を付けろ、トラップに気付きにくく……な、なんだよあれ?」

「重火器フル装備の……ゴーレム?」


「Good bye!! 出来損ないの人形共!」 










《現在 DBO》


「とまあ、大家さんは知らなかったかもしれないけど、『冒険者協会』はもうほとんど『成り代わり』に支配されてて、ボクはそいつらが攻略の邪魔をしてくる前に駆除してたわけ。で、いい具合にあっちの戦力が削れてボクへの危機感が膨れ上がったところで一網打尽にしようと思って、餌にさせてもらったんだよ」


 悪名高い殺人鬼ジャック。

 しかしながら、その目下の敵、最近の悪行の対象は人間に非ず、その紛い物。

 実際に罪悪感なく人間も殺していることは本人も認めることだが、あくまでも鬼は鬼なりの道理を持って行動していると語る。


「だからさ、大家さんにも協力してほしい……って言っても、下手に逃げようとかせずにここにいてくれればいいんだけど。というか、下手に城から出ようとするとトラップで死ぬよ。それにジェイソンも徘徊してるし。ま、適当に削り切れたら後は直接仕留めれば済む話だし、その後で来る『同盟』のプレイヤーにでも……」


 餌は餌。

 ここにいるだけで敵をおびき寄せるただの人間に他に役割はない。状況説明をするのは、余計な動きをさせないため。不測の事態を防ぐためだ。

 それ以上の意味は……


「黒ずきんちゃん……一つだけ、質問してもいい?」


「うん? 別にいいけど?」


「さっき、『殺しても罪悪感とかがない』って言ってたよね?」


「うん、そうだけど?」


「じゃあ……泣きそうな顔してるように見えるのは、私の気のせいかな?」


 意味はないのだ。

 不測の事態を避けるためなら、鎖でつないでおくなり檻に閉じ込めておくなりすればいい。こんなふうに話をして時間を潰す必要もない。

 精々、気を紛らわせる以上の意味はない。


「いや、その……怒らせたいわけじゃないんだけどね。とても、言葉通りに何も感じずに作業的にやってるようには見えないっていうか……結構辛いのを我慢してるみたいに見えるから」


「……はは、うん。そうだね、ごめん……嘘ついた。あっちも、ボクへの対策を練って来てたみたいでね……」


 『殺人鬼』は『人間』を殺すことに罪悪感を覚えない。

 その理屈の根本は、『人間』を『別の生物』としてしか認識できないという点にある。

 だが、もしも殺す対象が『同種の生物』として認識しうるものだったなら……『殺人鬼』は、刃を向けることができない。


「アベル……長く一緒に居すぎたなー……うん。一緒に居すぎて、すっかり馴染んじゃった。最初は違和感があったのに、殺さないようにしてる内に、その違和感を気にしなくなってた……きっと、そのためにボクの所に置いて行かれてたんだろうなー」


 アベルの『模倣殺人(フェイクマーダー)』は、自分を攻撃した者に疑似的に『殺人鬼』と同じ『HP保護圏』を無効にする能力を与えて操ることができる能力。

 それは、ただ身体(アバター)を遠隔操作するのではなく、精神に影響を与える能力。

 『殺人鬼』の思考パターンを強制的に植え付けて、他人を傷つけさせる能力。

 その殺気、その気配は不自然ながらも『殺人鬼』に近いもの……アベルのそれに近いものになる。


「ボクはさ、気配を感じ取る能力っていうか、殺気を感じ取る能力が高いんだよ。だから、今もこの城に侵入して、ボクたちを殺そうとしてるやつらの気配を感じてる……その気配が、ボクの仕掛けた罠で消えていくのを感じてる。もう、ボク自身にもどうにもならないけど、ボクの手で『同族』が殺されていくのを感じてる」


 予想していたことではある。

 ジャックから不意討ちで相手を選んでいた今までとは違い、待ち受ける形になった時点で敵には策を講じることを許した。

 だから、覚悟はしていた……だからといって、紛い物の気配だと割り切って無感情に処理できるというわけではないが。


「大家さん。ボクは『悪鬼』っていう……『殺人鬼の王様』なんだって言われたことが何回かある。けど、実際はそんな大した違いがあるわけじゃないんだ……『殺人鬼を殺せる殺人鬼』。それだけなんだよ」


 『殺人鬼』は他の人間に比べて殺傷能力が高い。身体能力の高さというよりも、他者を攻撃することへの忌避感が低い。そのために、その攻撃性が同族に向けられれば、簡単に絶滅しかねない。

 だから、種を保つためには同族の他個体を攻撃することへの抵抗感を強く持つ必要があった。それこそ、必要となれば簡単に同族を殺してしまう『人間』よりも強固な『絆』が必要だ。

 しかし、群れが大きくなれば秩序が必要になる。互いを諫めることができないままでは、掟を作っても意味がなくなる。欲望を抑えられない、全体の不利益になる個体は排除しなければならない。どんなに強固な絆があったとしても、個体数が増えればどうしても群れの方針から逸脱する個も現れる。


 だからこそ、その逸脱する個体を間引く『統率者』が必要だった。

 だからこそ、掟を遵守させるために刑を執行できる『汚れ役』が生まれた。


 摂理とは時に残酷なものだ。

 何の因果もなく、生まれ来る子供に『才能』として役割を与えるのだから。


「さすがに、理性ではわかってる。殺してるのは、本物の同族じゃない。それどころか、本質的には殺してさえいない。だから、耐えられるけど……辛くなくは、ないのかな」


 人間例えるのなら、外見的に全く損傷のないゾンビか超精巧でリアルな悲鳴や命乞いの声を上げるロボットを殲滅するような感覚だろうか。

 『殺人鬼を殺せる殺人鬼』……しかし、それは殺しやすいわけでも殺したいわけでもなく、『人並み』に殺せるだけだ。そうでなければ、『悪鬼』はたちまち暴君となり、群れを破滅に導くだろう。何しろ、『悪鬼』を排除できる同族がいないのだから。


「こうなると、このやたら高性能な殺気センサーが鬱陶しいっていうか、もはや探る気なくても感じちゃうっていうか……結構きつい。ジェイソンの方は紛い物なんて全く気にせず粉砕してるみたいだけど」


「えっと……もしかして、私を攫ってきたのって、気を紛らわせる話し相手が欲しかったり……別に情報公開だけなら私じゃなくて他の人でも問題ないし……」


「……」


「他に友達とかは……」


「…………」


「ごめんなさい」


「謝らないで。いや、みんなちょっと遠いところにいたり殺人鬼ばれして会うのが気まずかったりするだけだから」


 実際、殺人鬼として目覚めてからは正体露見を防ぐために一部のプレイヤー意外とは深い付き合いをしにくかったのは確かだ。それに、間接的にでも紛い物の『殺人鬼』を殺すことになる以上、針山や咲を連れてくることもできなかった。

 『泡沫荘』でも一応はある程度の友好関係を築いた相手はいると思うが……さすがに、『殺人鬼』としての正体が知られた上でまた会おうと言えるほどではない。というか、その内の一人に関してはうっかり本気で殺しかけているのでおそらくばったり会えば全力で逃げられる自信がある。

 本当なら、大家さんとだって……ライトとのことがなければ、二度と会おうとは思わなかった。


「ただまあ……さすがに、最期になっちゃうかもしれない時を誰かと話しながら待ちたかったっていうのは間違ってないかも。成功しようが失敗しようが、今までに誰にも言わなかったことを言える機会なんてもうこの世界じゃないからね」


「それって、どういう……」


「大家さん、できれば誰にも言わないでね。恥ずかしいから……きっと、ライトは察してるだろうけど、誰かに、ちゃんと言っておかないといけない気がするからさ。ボクはね……」



 その瞬間……最終トラップである爆薬の仕掛けられた扉が破壊され、轟音がボス部屋を揺らした。



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