365頁:力関係に気をつけましょう
すいません、また投稿遅れました。
物語は終わるものだ。
少なくとも、誰かに語るのなら、観測されるのを想定するのであれば、どう締めくくるかを決めておく必要がある。
そして、あらゆる物語には焦点を当てる主人公がいる。
主観や視点、立場の定まらないものは、たとえありのままの事実であっても物語とは呼べない。ただの記録だ。
そして、ハッピーエンドやバッドエンドという概念は曖昧になりがちだが、確実に物語を二つに分類できる基準がある。少なくとも、主人公の数だけ物語があるとすればそれぞれの主人公について判断できるものだ。
それは、主人公が結末まで生き残ることができるかどうか。
物語を描く立場の者が最初に決めておくべき二択である。
《現在 DBO》
ベッドの中、男と女の二人きり。
しかし、それは拘束される殺人鬼というムードがあるとは言えないシチュエーションであり、その会話は睦言とも寝物語とも言えないものだ。
しかし、だからこそ気楽に話せることもある。
「ジャック。そろそろ、オレも知っておきたい。シャークの計画では、最終的に『殺人鬼ジャック』はどうすることになってるんだ?」
二人きり、一応は異性でありながら、ムードもへったくれもない策略についての話。
普通なら、仮にも抱きしめている相手に気を使って出さないような話題だろうが、それを気にするライトではない。ジャックとしても、この状況でお世辞でも色気のある言葉などかけられたら恥ずかしくて平静ではいられない。
「……『十分に敵の戦力を削ったら、適当に捕まってゲームクリアまで檻の中で大人しくしてろ』って言われてる。もう、顔も割れちゃってるし、ゲームの外に出ても特定されるだろうから、せめてそれまでの安全を確保するにはそれくらいしかないって」
どちらにしろ、殺人鬼ジャックという問題が解決しなければ、攻略は再開されない。
ジャックとしても、全てのプレイヤーを殺し尽くしてしまうのは本意ではない。いかにして負けるかを決めておくべきである。
「どんな大量殺人犯であろうと、大々的に生け捕りにできたなら私刑にするわけにはいかない。もう少しでゲームがクリアできるって段階なら、わざわざデスゲームの中で手を汚すよりも現実世界の法の裁きに任せるべきだ……そうやって主張することができる。もちろん反対意見は出るだろうが、なんなら特別にいい弁護士を連れてきてやる」
暴れ回るだけ暴れ回って、『冒険者協会』の戦力を削れるだけ削り、最後には予定調和として討伐される鬼退治の茶番劇。
ジャックに得はない。強いて言うなら、既に顔が割れて詰んでいる状況でその仕立て人を道連れにできるかどうかというだけの話。
「ズルいのはわかってるけどね。今の今まで散々好き勝手殺し続けて、最後には『保護』してもらうつもりだなんて。きっと、拷問にかけられても文句を言える立場じゃない。だけど、願いが叶うなら……静かにこの世界の終わりを待ちたい」
いつだって、命懸けだった。
正体を見破られれば全てが終わりだった。
個体としての人間から見れば圧倒的に危険で理不尽な怪物たる殺人鬼も、群としての『人間』を相手にすれば絶滅危惧種の猛獣のようなものだ。
ずっと危ういバランスで生き延びてきたものが、最後の最後で檻の中に入り、その不安定さを忘れて生きる。檻の外での隠居生活という目論見が外れた以上、ジャックに残された平穏の生活の可能性はそれしかない。
「……ライト、いつだったかの話、憶えてる? ボクが自首したら、檻の中で飼ってくれるって話」
「ああ、憶えてる。檻の外から誰かが殺そうとしても、必ず守ってやるって話だろ?」
「あれ、今でもまだ有効?」
「ああ……なんなら、今この場でも大歓迎だ。ジャックは十分に『冒険者協会』と『成り代わり』を攪乱してくれた。最終エリア封鎖は防衛側も連携が必要だ。勝負できないことはない」
「……まだ、厳しいんだね」
「……あっちにとっての『死』の概念は人間のそれと少し違う。『成り代わり』は研究データとして情報が保存されるからな。このゲームからの脱落、永久追放に近いが、消滅じゃない。ギリギリ全滅するまで抵抗してくるだろうな」
「それなのに、他の人には見分けがつかないから殺せば普通に殺人扱いなのに、殺される側は大して痛くない。不公平だね」
「ジャック……さすがにそれ以前に殺してる人間が多すぎて法廷じゃ減刑の要素にはならないからな」
「あはは、まあそうだよねー。うんまあ、もう手が汚れてるからついでにやってる部分はあるし、ボクもそれを大きな声で言うつもりはないよ」
『攻略連合』の革命以降『成り代わり』はもういない……表面的には、そういうことになっている。
そうでなければ、多くのプレイヤーが疑心暗鬼に陥りデスゲームクリアの足並みが乱れるためだ。
プレイヤー全体を動かす『空気』の管理という視点では、ゴールが間近に迫り、他のことを考える余裕が生まれ始めた今が最も危険な状態だ。『冒険者協会』のエリア封鎖作戦に立ち向かわなければならないということもあるが、他にも思うところのあるプレイヤーは数多く存在する。このデスゲームの世界を振り返って、後悔がある者。学業や職業で大きすぎるブランクのある現実世界への帰還に恐怖を持つ者。そして、このある種多くのことが自由にできる社会の縛りから解放された世界でのやり残しがある者。
誰もがジャックのように『死』を常に身近にし、親しんできたわけではない。
むしろ、危険を遠ざけ街でほとんどの時間を過ごし、それなりに快適に生活してきたプレイヤーが大部分だ。そうでもしなければ、ゲーム初期に自殺者が続出しかねなかった。この世界で生きることに希望を見出さなければ、そもそもここまで辿り着くのが難しかった。
しかし、それは攻略の勢いが止まってしまえば、出口の見えない停滞という危険が伴う。今はまだ、エリア解放の勢いが加速した『快進撃』により空気が温まっている。進撃に喜びを、これまでの犠牲者に恥じない勇気を、そしてこれまで生き延びたという誇りをプレイヤー全体が抱き続けている。しかし、この熱が冷めてしまえばその損失は致命的なものである。
ここが瀬戸際だ。
プレイヤーは脚を前に踏み出さなければならない。
『殺人鬼ジャック』という障害も打倒し、前進する意志を示さなければならない。
「皮肉なもんだな。誰よりも攻略のために身を粉にしてるのが『殺人鬼』だなんて」
「……最初は、ボクをダークヒーローポジションとして祭り上げようとしてたんじゃなかったっけ?」
「『最終的に悪役として倒されてくれ』なんて言わないからな。陰がありながら、ある程度汚い手も許容して攻略を主導してくれればそれでよかったんだよ……それくらいの、単純な話でよかったんだ」
単純な話でよかった。
王道でよかった。
戦闘に慣れていて、強くて、そしていざとなれば人を殺せる覚悟がある……そんな、よくある物語の主人公のような人間が前に立ち、デスゲームを攻略する物語。
人々に希望を持たせるには、それだけでよかった。
「……なんで、こうなっちゃったのかな?」
物語の王道から外れたのは何故だろうか。
極論を言えば、運が悪かったのだろう。
強くはありながら、人を傷付けないために追い剥ぎに持ち物を奪われるのを良しとした。そのために、別のゲームでPKを重ねていたプレイヤーであることが知られ、殺されかけ、殺してしまい、箍が外れてしまった。
「ああ、ジャック。最初に仕掛けたのは、最初に刃を向けたのは、他でもない人間側だ。きっと、それさえなければ、状況さえ違えばジャックは今みたいに恐れられなかった」
「人が人を殺そうとする。きっとそこから間違ったんだろうね。デスゲームだから、モンスターをけしかけただけだから。そうやって罪の意識から逃れようとしても、本当は意味がない……因果応報ってやつなんだろうね」
だからこそ、ジャックは戦った。
自分を殺そうとする全てを殺し尽くした。
悪循環だとしても、その因果の果てに手を伸ばした。それこそが、ジャックの『生存の意志』の主張だった。
「ライト……もし、ボクがこのゲームが終わって、それでも生きられそうだったら……一緒に生きてくれない?」
「……アテがあるのか?」
「まあ……一応は、ね。ボクの手元にはないけど、方法そのものはある。できるかどうかはわからないけど、言いなりにならなくても奪うことはできるかもしれない。だけど……そうやって生き延びた先が一人きりだったら、ボクはそこまで頑張れない」
ジャックは殺人鬼だが、快楽殺人者ではない。
殺しは願望ではなく、報酬にもならない。
生きるか死ぬかの戦いを続けるためには、闇の中を迷わず進み続けるためには、その先の灯台が必要だ。
「このゲームの攻略を邪魔するやつらは全部片付けて、それが済んだら適当に捕まって、ゲームが終わったら心臓と殺人の罪をどうにかして……また、現実世界に帰っても誰かを殺したくなるかもしれないけど、それはできるだけ我慢するし、殺したとしてもばれないようにする。そんな、人間として生きるには最悪なボクだけど……ライトだけは、怖がったり逃げたりせずにいてくれる?」
凡そ、友人を名乗るだけで人生が滅茶苦茶になる存在だ。
関係を公にせずとも、一緒にいるだけで危険であることは疑いようもない。
しかし……
「ああ、もちろんだ。現実世界に帰ったからって、赤の他人扱いするつもりなんてない」
ライトは躊躇うことなくそう返す。
それは真実だろう。ライトは人殺しだろうが殺人鬼だろうが、その程度のことで『差別』ができる存在ではない、そんな些末なことを気にする人外ではない。
だからこそ……
「……馬鹿、嘘吐き」
自分自身ですら『差別』しないからこそ、自ら他のプレイヤーを『主人公』に据えようとした。
場面次第では、状況次第では、自らの命を『使う』必要があるからこそ。他人にできないことを網羅しているからこそ、その命を使うことで最善の手が打てるのなら、それができてしまう。
『捨てる』のではなく『使う』のだ。『自分を殺す』のではなく『死を利用する』のだ。
最大多数の幸福のために、最大限有効に自分を使う。
だからこそ……ライトはおそらく、このデスゲームでそれをする。
ジャックにも運営から打診が来ているのだ。ライトも、運営から何かの取引を持ち掛けられていたりするかもしれない。だが……おそらく、ライトは『無事』では済まない。
この世界で死んだら、このライトはおそらく『死ぬ』のだ。言葉の通りに態度は変えないだろう。客観的には何も問題ないかもしれない。だが……
「ジャック?」
「ライト……これで二度目だね。顔隠して、ライトを騙すのは」
気付いた時にはもう遅い。
ライトの拘束は、ライトが攻撃されることと拘束から逃れることは完全に防いでいる。
だが……『自分自身を攻撃すること』まで、完全に防いだわけではない。
ジャックの手は自らの胸に突き刺さっていた。
自分の心臓を掴んでいた。
「オーバー100『マーダーズ・コレクション』……オーバー150『マーダーズ・リ・バースデイ』」
ライトが数多のスキルを持つとは言え、拘束が可能な膂力には限界がある。
ジャックは、その限界値をあっさりと超えた。
「『順調に行く作戦は複雑に考える必要はない。むしろ、失敗する前提でその時のための策を練っておくことが何よりも重要だ』。シャークは、そう教えてくれたよ。そこまでは、読めなかった?」
位置は逆転する。ジャックの手はライトをベッドに押さえつけ、生殺与奪を握る。
「殺させない……ライトは、誰にも殺させない。ねえ、ライト……ボクは、ライトの特別が欲しいんだ。だから……ボクに殺されたくなかったら、抵抗しないで」
歯の奥に仕込んだ咲特製の毒の容器を舌で開放する。
経口摂取の毒では、秘伝技『毒舌』を持つ今のジャックには効き目がない。しかし、ライトの耐性を貫通するだけの効果はある。
「ボクの我が儘、ちゃんと受け入れてね」
毒の牙が、ライトの首筋へ突き立てられた。
ベッドの上で攻守反転(ほぼ完全にただの戦闘)




