351頁:盗撮に気をつけましょう
今日は少し短めです。
『魔女の城』は七つある。
それぞれに魔女がいて、それぞれが即死攻撃を持つ。ただのゲームならボスが即死攻撃を持つことはそれほど珍しくないが、デスゲームにおいて即死攻撃とは理不尽の具現化そのものだ。
そして、魔女はこの世界の維持運営に関わっており、その加護が生態系や社会を維持している。
たとえば、『飽食の魔女』は食糧生産を担当している。重要な役割を担うNPCたちが生活するための必要最低限の食糧は飽食の魔女の加護により供給されているとされている。そのために、たとえばプレイヤーがお使いクエストで夕食の食材を差し入れることができてもできなくても、プレイヤーの来ない日々が何日も続いても、その役割を持つNPCが飢えてクエストが消滅するようなことは起きない。
草一つ生えない岩の迷宮の深淵に待機し続けるボスモンスターが勝手に餓死して消滅しているということもない。
しかし、『飽食の魔女』が討伐されてからも、加護は消えていない。
多くのプレイヤーはそれに関して『ゲームの設定とはそういうものだ』と深くは考えない。しかし、それがただのゲームが成立し続けるためのシステムではなかったなら……
《現在 DBO》
『大空商社』の地下室にて。
「全ての生物に必要な食糧を供給し続けるっていうのは金にしろ魔力にしろ、大変な負担になるのは間違いない。この世界は物流までかなり正確に管理されてることを考えると、起きてる現象が転送だとしても生産だとしても、勝手にリソースが増え続けるっていうのは考えにくい。そう考えると、『魔女』が一見討伐不要な隠しボスとして置かれていて、だが討伐されても世界に大きな影響が起きないことと併せて、こうも考えられる……『魔女』はいなくてもどうにかなる存在ではあったが、いないよりいた方がずっと助かる……負担を減らすのに必要な存在だった」
ライトの読み取ったゲームの構造を聞き、スカイが攻略で取るべき方針を推測する。
「なるほどね。その負担を本来受け持つ存在にとって、魔女の撃破はそれだけ負担が直接のしかかってくるって考えたら、弱体化フラグの設定としては違和感がそこまでないわね。というか、無意味に即死攻撃してくるボスがわかりにくい場所に配置されてるっていうよりしっくりくる」
「そういうことだ。他にもその手のフラグは大量にあるが、難易度からして魔女関連は特別大きなポイントだろう。全七体の内、『飽食の魔女』『進化の魔女』『火種の魔女』は既に討伐されていることがわかってるし、他のところの魔女の城も所在地は掴めてる。後は、より安全に確実に攻略するための謎解きやら、そのヒントや必要な貢物やらを用意してもらってるところなんだが……ただ一つ、最後の一番難易度の高いエリア『石版の街』の城が曲者でな。ここだけはおそらく『安全確実な攻略』がない」
「それって、単純な力圧ししか認めないってこと?」
「いや、むしろ逆なんだ。そこは挑戦したプレイヤーと同数、かつほぼ同性能の取り巻きが発生して、その取り巻きを無視してボスに攻撃っていうのは禁止。それをやろうとすると大量に取り巻きが追加されて追い出されるらしい。そして、戦闘のフィールドは森やら山地やらの一部を切り取って再現したもので、簡単な戦場の縮図みたいになっている」
ライトが見せた資料は、『冒険者協会』からどうやってか盗み出したもの。
そこには、戦うたびに変わる地形と、そこに現れるチェスの駒のような取り巻きモンスターが写真付きで載っている。
「長い間姿を見せなかったと思ったら、こういうこと調べてたわけね……で、戦力を集めてもそれだけ相手が強くなるならどうやって攻略するの?」
「単純な頭脳戦だ。むしろ、あっちもそれを望んでこういうフィールドを用意している。一人が司令塔になって、同数の同じ性能の駒で如何にして相手の駒を先に削るかを競う、本当にチェスか……いや、将棋だな。負けたプレイヤーは死ぬんじゃなくて捕虜にされて監禁されてるらしい」
「まあ、妥当と言えば妥当ね。チェスにしろ将棋にしろ、捨て駒ができる打ち手とできない打ち手じゃ勝利難易度が段違いだし、あっちはプレイヤーが来るたびに駒が補充されるんだから。ていうことは、これだけ詳しい資料があるってことは……」
「とりあえず『負けても死なない』ってわかって、何度も侵入と撤退を繰り返したらしいな。ほらこれ、『攻略連合』の傘下ギルドがやらされた探索の記録の束」
「うわ~。これは酷いわね~」
「こっちでやる手間が省けたな」
『挑戦したプレイヤーが死なない』と聞いてとりあえず捨て駒での情報収集を思いついていたスカイのドン引きするふりを無視して、ライトは話を続ける。
「プレイヤーと同性能ってことは、弱いプレイヤーでも十分に攻略できる可能性があるからってことでリスクが少ない低レベルプレイヤーを送り込んだ……ってことらしいが、結果は惨敗している。ま、性能が同じってことは同格の敵に勝たなきゃいけないし、それには十分な戦闘経験がいる。相手は無感情に攻撃してくるから、こっちが怯んだらそれだけで不利になるんだ。それに、プレイヤー自身のスキルが高くてもレベルに差があれば負ける。だから戦力をかさまししようと飛び抜けて強いやつを入れたら逆にそいつに対応した個体に蹂躙される。必要なのは十分に戦闘経験があって、レベル的にはほぼ均等で、なおかつ連携になれていて相手の戦術眼を出し抜けるだけの頭脳があるパーティーだ」
「それを満たすのは前線以上。でも、負ければ捕虜になるのよね……これは普通にゲームを進めてたらやろうと思わないわ。でも、やらなきゃいけないんでしょ?」
「戦力の逐次投入は下策。これだけ資料があるんだから、一発勝負に全力をかける。具体的に言うと『OCC』の戦闘可能メンバーとオレで六人とテイムモンスター一体のチームだ。多すぎると集団戦術を組みなれてるあっちが有利になるし、あんまり少ないと挑戦自体突っぱねられるらしいしな。戦術勝負なんだから駒が少ないと面白くないってことなんだろうけど」
つまりは、イカサマなしの頭脳戦。
より実戦的な盤上での勝負。
プレイヤーが安全にモンスターを狩って鍛え上げたステータスではなく、その戦術的能力、仲間との連携能力を問われる対決。
「一応、負けたプレイヤーは全員城に監禁されてて、ギルドメンバーの序列リストとか見る限りはちゃんと生きているらしいから、魔女を討伐すれば解放されるだろう。ま、どんな扱いをされてたかはわからないからメンタルケアとかは必要になるかもしれない。マリーがこっち側だったらこういう時には楽だったんだけどな。今回はスカイが何とかしてくれ」
「それは別にいいけど……マリーの方はどうなの? 妨害とかしてくる可能性はない? 万が一ライトと『OCC』がまとめて魔女に負けたりしたらこっちの戦力的には大損失だし、攻略中にこっちに攻撃されたらそれだけでも大変よ」
「戦力的にはあっちに『少年兵』とマリーがいる時点で十分だ。あの精神汚染夫婦は戦力的に勝ってるからって正面からこっちを潰しに来ることはない。少なくともこの半端なタイミングではな。少なくとも、この世界から脱出できる希望が見え始めるまでは何もして来ない」
「……マリーがあっちについた理由。やっぱり大方の察しはついてるみたいね。ぶっちゃけ何でなの? あの年の差カップルがどうやって電撃結婚したのかずっと疑問だったんだけど。遺産狙い?」
スカイの疑問に、ライトはあっけらかんとして答える。
「本人曰く『ゲームバランスが偏り過ぎたので調節しました』だそうだ。ちなみに遺産については現実世界でもう既に立場や権威ごとまるごともらった後らしいぞ。桐壺要は書類上は死んでるらしいから」
「その話の情報源って……」
「この前、結婚祝いの御祝儀渡しに行った時に聞いた」
「何で裏切り者に普通に御祝儀あげてんの⁉」
「ちなみに贈り物の中身は『呪われたよく切れる包丁』だ」
「そして早く別れろの熱いメッセージ!」
「ちなみにすぐに解呪されてそのままそれで作られた鮭茶漬けを振る舞われた」
「あっさりと受け流された上ぶぶ漬け出されてる!」
「ちなみに味は絶品だった。ほれ、これお土産でもらった特製の茶葉だ」
「あんたら仲いいわね!」
閑話休題。
「それで、その魔女の攻略で司令塔をやるのはやっぱりあんたなんだろうけど……『OCC』との連携って大丈夫なの? 一応、作戦で一緒になることもあったけど、あんたらはそれぞれが過剰戦力だったからいつもバラバラに配置されてて直接の共闘とかほとんどしてないでしょ」
「『OCC』のメンバーだけなら十分にある。だから後でメモリとデータ交換して『OCC』メンバーの戦闘記録を確認しておく。それを元に戦術を立てれば大丈夫だろう」
「データ交換って……」
「じゃ、メモリを宿に待たせてるからそろそろ行くぞ。最近また長いことメンテナンスしてなかったし、ついでにしてくる」
「そう……まあいいわ。じゃ、攻略は頼んだわよ」
同刻。
飛角妃はデータを収集していた。
システムに収集されたプレイヤーの発言から、近い内に城を攻略に来る可能性の高いプレイヤーの存在を検知したためだ。
いつ頃にどの程度の人数で攻め込んでくるのか、ビルドや装備はどの程度か、その予測を立てておく。そのために、現在の状況を盗み見て分析材料とするのだ。戦争とは、準備の段階から始まっているのだ。
攻略を企んでいると思われるプレイヤー『ライト』の位置を確認し、現在の状況を見る。
宿部屋で二人きり。
戦術でも話し合っているのだろうか。
相手は女性プレイヤー……それも、かなり小さなプレイヤーだ。といっても、妃の主ほどではないが。
天井近くに不可視の仮想眼球を創造し、部屋の状況を視認する。
そして……
『え、ベッドで二人きり……女の子の髪の毛に顔を埋めてあんな……あわわわわわわわ、そんな、男女でそんなことをあわわわわ』
戦術特化型AI飛角妃は、ライトとメモリの睡眠中の皮膚接触を用いたデータ交換を見て、自身の内部に存在しないコミニュケーションの理解に失敗し、少しだけバグった。
※ライトとメモリは添い寝をしていただけです。(情報量を確保するために接触面積は多め)




