349頁:パートナーとの関係に気をつけましょう
今回の注意事項。
下世話な恋バナに近くて遠い会話注意。
重い過去話注意。
ことの発端は、ある朝、いつものように椿が花火を起こしに行った時のこと。
寝起きがだらしない花火の身支度を手伝うために椿が起きて来るのが遅い花火の部屋に行くのはよくあることだった。
しかし、その日は踏み入った花火の部屋に違和感を感じた。
いつもより激しい布団の乱れ、いつもの花火の部屋からは感じない、椿のものとも違う匂い。
そして、ベッドの上にいた花火と、花火にいつも熱烈なアタックをかけていたギルドメンバーの少女。
明らかに事後だった。
そこから先に繰り広げられた舌戦と罵倒の修羅場は聞くに堪えないものだったので割愛するとして、最終的に椿が泣きながら部屋から飛び出すことになった花火の言は……
「そういう椿は付き合って長いこと経つのに手を出させてくれんやん! こっちだっていつまでも我慢しとれんで!」
<現在 DBO>
『アマゾネス』ギルドホーム『白い家』。
事情を聞き終えたライトは深く嘆息する。
「で、要するに処女ビッチとガチ熟練者の間での貞操観念の違いでケンカになって仕事も手につかないと……何やってんだよ椿。てかまだ進展してなかったのか。オレを誘惑する暇があったら本当に好きなやつとさっさと行くとこまで行っとけよ。てか自前の能力が『魅了』で乙女でプラトニックな恋愛にずっと夢見続けるってどうなんだ?」
「だって! だからって他の子に手を出さなくてもいいじゃないですか!」
「その手を出された女にしたって、同意の上として相手をしたっていうか、むしろ熱烈なアタックを重ねてて、椿が逃げてばかりなせいで溜め込んで我慢の限界だった花火の方が無視できなくなったんだろ? どっかで押し倒されてればそれで済んだ話なのにやたら自然に逃げるのが上手いせいでチャンス逃したってことだろ? むしろ付き合い始めて約半年、よく我慢したと思うけどな」
「わ、私だっていろいろ夜這ってみたりとか頑張ってみたんですよ! でも、あの人全然気付かなくて……」
「まあその辺の鈍感さは赤兎と似た感じかもしれないが、気付かないと言うか花火さんは『したいんならしたいって言えばいい』みたいな考え方してるからそんな遠回しなやり方でなし崩しにはいかなかったんじゃないか? ていうかどうせチキってすぐ退いたんだろ。『は、花火さん、こ、今夜はいっ……いや、やっぱりいいです! 仕事が残ってました!』みたいな」
「だって~~~」
ベッドに顔をうずめてシクシクと泣き続ける椿。
ある意味、いざとなれば互いを頼りにできるようないい関係を築けている友人には見せられない、既に猫を被る必要も虚勢を張る必要もないライトの前だからこそできる落ち込み方だ。
ライトもそれをわかっていて敢えてずけずけと問題の本質を言葉で突いているのだが、それにしたって酷い落ち込み様だ。
「『冒険者協会』の提案をほとんど丸呑みして自分たちの利益を優先したかと思ったが、実質の統率者のおまえが仕事できてなくてなされるがままになってただけかよ。仕事しろよ」
「グスン、もういいんです。もうあの子がサブマスターになればいいんです。私はいらない子になっちゃったんですよ」
「こいつ極めて面倒くせえ! 要は処女ビッチ卒業すりゃいい話だろうが! 自信ないなら女同士のやり方手解きしてやろうか!」
「ちょ、やめてください! それ女性に変身して私を襲うってことでしょ! エロ同人みたいに!」
「安心しろ、相手はオレじゃなくてメモリだ。あいつの記憶には多分世界最高レベルの技術も入ってるから。オレの遺伝子取得のためにあらゆるシチュエーションのデータを揃えてあるらしいぞ」
「余計に問題ですっていうかガチで連絡しようとするのやめてください! レベル差あるから本気で来られると本当に逃げられなくなりますから!」
ここは筋力も耐久力もステータスで決まる仮想世界。理不尽なことに貞操観念も倫理観も理解していない子供が本気でステータスを悪用すれば恐ろしいことになる。メモリは理解した上で無視するかもしれないが、脅威は同じである。
ライトもさすがに積極的にメモリを動かす気はないのか、自身の脚にすがりつく椿を見てメールの編集をやめ嘆息する。
「わかったわかった。割と冗談だから。だが、いろいろと覚悟しとけよ。オレはなんだかんだで唯一付き合ったナビとは破局してるからな。よりを戻させるより後腐れなく別れさせる方がアドバイスが楽だと確信してるくらいだ」
「やめてくださいよ!」
「一応、花火とも話をしてくるが、面と向かって話せるようにある程度立ち直っておけよ」
『アマゾネス』。ギルドマスターの部屋。
「で、椿には適当なこと言ってただの性の行き違いってことにしてきたが……オレには本当のこと話してもらうぞ。花火さん。あんた、わざと椿に見せつけただろ。そこまでして椿と別れたいのか?」
ライトは椿に見せた呆れたような態度と打って変わり、冗談の一つも許さないというような気配を放っている。
「殺気立っとるな。ライト、あんたがそこまで気ぃ立っとるのは珍しいんやないか?」
「調べはついてるからな。あんたと寝てたって言われてたギルドメンバー話を聞きに行ったら泣いてたぞ。愛のない慰めは愛のある暴力より時に心を傷つけるってな。ったく、椿もよく考えればわかりそうなもんだけどな。朝遅ければ起こしに来ることが多いのは知ってたはずだし、隠そうと思えば人一人隠せるくらいには部屋の中汚いんだから」
「そか……それは悪いことしたな。一応、言い訳させてもらうなら、あっちから言ってきたんやで。どうしても聞いてくれないなら、椿になんかしてしまうかもしれんって」
「ああ、それも聞いた。実際、尊敬をこじらせて実力行使に出るくらいはしてもおかしくないくらいにヤバかったらしいな。だが、それでもどうにもならないわけじゃなかっただろうが。体よく利用しやがって……もう一度聞く、なんで椿と別れようなんて思った?」
「そうやな……最近、攻略がガンガン進んどるやろ?」
「ああ」
「で、このままいくと椿はリアルであたしに会いに来るわけやん。付き合っとるんやし。で、あっちで椿を幸せにしてやれるかって言うと……」
花火が言葉を濁し、ライトは目を細める。
「『現実世界に帰ってから椿を幸せにできないことをふと思い出したから、この仮想世界で別れようとした』……それで合ってるか?」
「おお、その通りやで。予知能力者か」
「予知能力者だよ。で、また質問するぞ。だったらなんでだ。今更、性別がどうこうって話でもないだろ。もしそんな理由だったら殴るぞ」
「あんた、意外に椿のことになると怒るなあ。なんや、やっぱり結構好きだったりするんか」
「勘違いするな。オレは確かに怒ってるように見えるかもしれないが、俺自身の心はそれほど動いてない。動くだけの心はない……オレは、椿の代わりに怒りを表現してるだけだ」
「ほう?」
「あいつは、人の心を操る才能がある。それくらいは、あんたもわかってんだろ。マリーほどじゃないにしても、悪用すれば危険な力があることくらい。だからこそ、椿は怒れない。自分の心を制御して、泣き寝入りで済ませてる。今の感情を外に向ければ、何をするかわからないことを自覚してるからだ。オレの『予知』では、そうだな、まず初めにあんたと一緒に寝てたギルドメンバーを廃人にするってあたりか」
椿は香りを調合することで、それが人間の精神に与える影響をコントロールして相手を魅了できる能力がある。彼女はそれを使って、このギルドを支配し、発足時には他のギルドの隷属状態にならないように女だけの聖域を護り切った。しかし、この世界に悪用できない能力というのはほとんどない。相手を魅了する能力でも、精神に影響を与えるのなら影響を過剰に引き出せば十分に攻撃と呼べるものになる。
「オレが気にかけているところは主にそこだ。椿はオレやマリーみたいな『人外』と違って、『人間』だ。あいつの精神は、脳は、感性は、息をするように他の人間にはない能力を制御したり、開き直ってその能力を自分の本質に置き換えて行動原理を書き換えられるようにはできてない。失恋すれば普通に傷つくし、傷つけば自分を制御できなくなるし、ストレスを感じれば逃げたくなる。ただの子供と変わらない。このデスゲームなんて世界に放り込まれた時点で、椿はかなり限界に近かったはずだ。それをギリギリ踏みとどまらせたのが誰か、言わなくてもわかるよな?」
「……」
「オレならいい。それこそ、自分の心を操れば済む話だ。だが、椿はそんな器用なことはできない。自分で自分の心臓を止めるようなことができるほど人間やめてない。あいつが処女ビッチのくせに純愛思考なのは、『恋』がこの世界でのあいつの生命線だからだ。その偶像が壊れたら何が起こるかがわからない。不誠実かもしれないが、切実なんだ。そしてオレは、オレと違って道を踏み外さなかったあいつを見て、弱い人間のままで生き残ろうとするその願いを成就させるべきだと判断した。もっと単純に言うなら、昔のオレと違って、ギリギリ失敗しなかったあいつを失敗させたくなかった。それを無自覚に壊されたらたまらない」
「そりゃなんとも……難儀な話やで。あんたこそ、他人の人生しょい込みすぎやないか?」
「ほっとけ。で、そっちの人生の話はどうなんだ。椿とリアルで会えない理由、『言えない』じゃ済まさないよな?」
「そうやな……ま、ライトならいいか。あんたなら、態度をそう変えることもないやろ。なんなら赤仁に聞いてもわかるかもしれんしな。単純な話や。元の世界の事情が関係ないこの世界ならともかく、あっちの世界じゃあたしと一緒にいるってだけで迷惑がかかるかもしれん。女同士で恋人ってのが珍しいからって話やないんや……」
花火は、『ほんま、こんな世界だとどうでもいい話だとは思うんやけどな』と苦笑しながら前置いて、自身の『秘密』を告げる。
「うちの親父、殺人犯やねん。で、うちの母親も子供殺したことがある。そんで……あたし自身、血の繋がった身内死なせとる。母親に愛されるために兄貴を死なせとる。うちの家系は、そういう家系やねん」
こう言っては何だが、デスゲームにおいての殺人は『異常事態の最中』ということで、現実世界での殺人より認識が軽い。
だが、現実世界での殺人者はこの世界でも現実世界でもどこでも忌避される。そして、その汚名は一生消えることがない。それがたとえ本人ではなく、家族の誰か、親戚の誰かであっても、世間はそれを異端として駆り立てる。
当然、それは血縁に関係なく、たとえ友人や恋人でも周囲は無関係とは認識しない。
ライトは、花火の話を聞いて……数秒考えた後、問いかけた。
「『殺人犯』は父親だけか。じゃあ、一応確認していいか? あんたの母親は、『堕ろした』のか? それとも、『流した』のか?」
何故か椿とライトの会話を書くとライトが妙に辛辣になる不思議。
あと何気にライトがさん付けするプレイヤーは花火だけだったりする。




