348頁:フラグ回収に気をつけましょう
新章スタートです。
大ニュースだった。
「『攻略連合』のドタバタの裏でも地味に進んでた攻略で討伐された、去年の末までのエリアボス討伐数が29。一昨年のゲーム開始から約一年半での実績と考えると、一年で約20体、三か月に五体が平均値だった。全47体を倒すのに二年と半年程度が単純に考えた攻略目標。安全を確保しながら着実にゲームを攻略していく場合のペース配分……そのはずだった」
そのニュースは、本当に非常時に行われるべき『大空商店街』のギルドマスタースカイ、ライト、『戦線』のサブマスター赤兎、『OCC』代表のキング、殺人鬼ジャックの正体である黒ずきんという、実質的にゲーム攻略を主導しているメンバーの会議が必要になるほどの重大事だったのだ。
「それが、この二ヶ月。マリーが『冒険者協会』の相談役……実質的な指導者になってから、討伐されたエリアボスの数が8体。昨日、第37エリアボスの攻略が完了したのが確認された」
会議を招集したライトの声色には、普段は見せない焦りが混ざっているようにすら思える。それほどのことなのだ。
本来、この会議に参加していたもう一人のメンバー、『教会』のマリー=ゴールドの実質的離反。
それ自体はいい。
離反したと言っても、敵対的になって攻略を妨害してくるようなことはなかった。所属が変わっただけ、攻略の方向性を変えただけ。そうでなければ、極論を言えば『同盟』という巨大戦力で圧し潰してマリーを殴り倒してしまえば解決したのだ。
しかし、マリーの動きは、正反対だった。
攻略が加速している。
これまで新エリアへの進出に非協力的であった『攻略連合』の一転攻勢により、これまでと比べものにならないほどに効率的に攻略が進められてしまっている。
残りのエリアはあと10個。
このペースでは、二ヶ月とかからないかもしれない。
「元々、『冒険者協会』は弱い戦力ではなかったはずだ。思想がこの世界での生活の安定に寄っているにしろ、この世界の仕組みには最前線並に詳しい探索のプロ、このデスゲームを楽しんでる連中だった……だが、おそらく今の『冒険者協会』は既にほぼ『成り代わり』で構成されてる。高いレベルと組織力を利用されている」
表向きは解放済みエリアのより詳しい探索を推奨するクリーンな探求心の強い集団。しかし、その裏には『この世界に永住したい』という願望が隠されていた。
そんな彼らにとって、主観的には『肉体を捨てて仮想世界に移住できる』という『成り代わり』の存在は大きな意味を持っただろう。
そして、『攻略連合』の実体が発覚し、『成り代わり』の存在が伝わって大きく揺れたそこに、異分子が入り込んだ。
マリー=ゴールドと桐壺要を名乗る老人の開いた攻略情報専門の『情報屋』。あろうことか二人は、『冒険者協会』の相談役としての地位を得た後、『有益な情報は独占せず多くのプレイヤーに共有されるべき』として、格安で情報を買い取り売り払う小さな商店を、『時計の街』のゲート前に作ってしまった。
桐壺要に関しては『攻略連合』での目撃情報などもあり身柄を確保しようとする動きもあったが、『自分も成り代わりについて調べていて、時間異常で生まれた隙を突いて侵入した結果、迎撃してきた成り代わりと戦闘になったのだよ。本物のプレイヤーとも敵対的に見える振る舞いをしてしまったかもしれないが、誰が成り代わりかわからなかっただけだから、赦してほしい』と堂々と宣言されてしまった。
事実、彼の護衛だという『少年兵』が殺していたのは『成り代わり』だけであり、彼自身の悪行の証拠は見つかっていない。
何より、あのマリー=ゴールドがその傍らにいる以上、有罪の立証など不可能になる。
「マリーは基本的に、積極的に人を死なせるように仕向けない。死にそうな状態を作っても、その場での選択次第では生き残れるように難易度を調整する。だが、死んでも実質的に消滅はしない『成り代わり』にはその配慮はないらしい。損耗率を無視、とは言わないまでも、軽視して攻略を進めている」
デスゲームでは、何よりも大事なことが犠牲者を出さないことだ。ゲームオーバーになったら復活してリトライというわけにはいかない。それ以前に倫理の問題、命の重さの問題だ。
しかし、それを無視すればムチャなペースでの攻略も不可能ではない。
もちろん、無策な特攻突撃を重ねるのではなく、最小限の『必要な犠牲』を許容する戦術があってのことだが、マリーのスペックならその程度の調節は容易い。
「元々、マリーはこのデスゲームで本気を出してなかった。マリーが本気でこのゲームを攻略しようとしたら、プレイヤー全体を洗脳して最大効率の人材運用を続ければいい。あいつがそれをやらなかったのは、まあ……それをやってもつまらないっていうのと、どうしても出てくる犠牲を確率的にでも自分が選ぶことになるからっていうことだったはずだが、今回は『成り代わり』を掌握してそれを一部採用している。つまりは、マリーは本気で攻略を進めている」
現状をある程度説明し終えたという空気を出すライトに、スカイが問いかける。
「で……それの何が問題なの? 聞く限りではマリーの攻略での犠牲者は実質ないみたいなものみたいだけど?」
他のメンバーもその意見に軽い同意を見せる。
デスゲームからの脱出は全プレイヤーの悲願とも言える。それが早まる『だけ』なら、何も問題はない。
それ『だけ』なら、こんな会議の必要性もない。
「ああ……問題はそこじゃない。問題は、フラグを回収していないってことだ」
「フラグ?」
「攻略フラグ。その中でも次のエリアに進むのに必要な最小限のイベントしか選んでない。本当に最大効率で次のエリアに爆進してるが、それだと回収できないフラグがいくつもある。たとえば、『魔女の城』がその代表だな。あれは攻略しなくてもエリア解放には関係しない。倒せば強いスキルやアイテムが手に入るがそれだけだ。現状ではな」
「現状では……ってことは、後々困るってことか?」
赤兎がライトの言い回しから察した問題点について質問し、ライトはそれに頷いて答える。
「MMO以外の探索系のゲームをやったことはあるか? 仮想現実じゃなくてもいいし、なんならこのデスゲームの中のクエストにも一部そういうのがあるんだが……エンディング分岐、『TRUE END』『NORMAL END』『BAD END』があるタイプのゲームって言ったら、わかるか?」
「ああ知ってるよ。あれでしょ? 途中で特殊なアイテムを手に入れないとラスボスを倒した後ヒロインを救えずに後味の悪い終わり方になったり、途中の選択肢で中ボスにトドメを刺さないで命を助けておくとラスボス戦で援軍に来てくれたり……そういう、一見余分なフラグを回収するかどうかでエンディングとか攻略難易度が変わったりとか……つまり、そういうこと?」
「さすが黒ずきん。地味にゲーム経験豊富なだけあるな。まあ、そういうことだ」
エンディング分岐は、ある意味ではゲーム制作者からのプレイヤーへの挑戦と言えるものだ。
ゲームを作るなら、クリアできるようにするのは当然。クリア不可能なゲームに挑戦させて挫折する様を笑うなどというのはゲームメーカーのすることではない。
ゲームはクリアできるのが当然。しかし、その中で『最善のルートでクリアできるか』という分岐点を作り、それに気付くか、それを実現できるかを試すのがゲームメーカーとして真っ当にプレイヤーに挑戦する場合の正攻法。
普通のゲームなら、その分岐点はキャラクターとの友好度や好感度、あるいは重要な場面での倫理観や判断力を試すことでフラグの正否判定を行う。
そして、このデスゲームでは『ただゲームを終わらせるために作業的に攻略を進める』か『この世界での冒険を真剣に楽しみながら攻略を進める』で結果が変わる場面が多い。
隠しボスのポジションとされている『魔女』が正体を見破るか見破らずに力ずくで倒そうとするかで難易度が大きく変わるのがいい例だ。
今のところ、クリアしなくても問題ないフラグが大量に放置されている。
しかし、ゲームにおいて『何の意味もないイベントが意味ありげに配置されている』というのは、あまり多いことではない。
「おそらく、ラスボスの弱体化フラグかラストイベントの難易度低下フラグだ。それをマリーは意図して避けて通ってる。しかも、エリアがクリアされることで二度と発生しなくなるイベントもあるからかなりの数のフラグが回収不可能になってる。オレもそれに気付いてからフラグ回収のためにイベントに参加したりしたが、マリーの攻略速度が早過ぎてオレ一人でも、『OCC』に協力してもらっても間に合わない。そもそもとして、その手のイベントを特定する速度が違うんだ。『冒険者協会』はずっと解放済みエリアの再探索を続けてた分、その手のクエストのパターンを特定できるだけの情報があるが、それがこっちまで伝わってこない」
ライトは不眠不休で動けるが、それでもイベントの処理速度は前線プレイヤーと比較すれば精々数倍。スキルの数や運営の意図を読む能力を加味しても、百人単位の組織が相手では追いつかない。そもそも、プレイヤーが一丸となって解決すべきメインストーリーに関わる重要イベントを個人でどうにかしようとする時点で無理がある。
「つまりは、『戦線』にもエリアボス攻略から手を引いてそっちのフラグ回収を優先してほしいって話か。しっかし、もっと早く話してくれたら良かったんじゃないか? これは俺の憶測でしかないが、ライトがそれを調べるのに二ヶ月もかかると思えないぜ?」
「まあ、確かにそうだな。実を言えば実態調査が終わってからは『冒険者協会』の内部分裂とか攻略妨害とかを試してみたんだが……見事に失敗続きだ。マリーは完全に洗脳能力をフル活用して組織を回してるから付け入る隙もない。一応、表向きには攻略を進めるやつらは英雄扱いだしその邪魔をするのは犯罪行為に近いから、プレイヤーの大部分を敵に回す可能性を考えて攻略妨害は単独でやってたんだが……マリーの守りが強すぎる。妨害の方針は現実的じゃない」
「だからフラグ回収の方向に切り替えようってことで会議を招集したわけだ。まあ、俺たちも最近では『冒険者協会』の攻略速度に引っ張られて安全なマージンが取りにくくなってるからな。どこかでボス戦から離れる必要があるかもしれないっていうのはイチローとも話してたんだ。今まで攻略を引っ張ってた誇りとかもあるから難しかったが、その作戦に便乗する形なら問題はないだろう。ただ……」
「ああ、『戦線』だけでも足りない。弱体化もあって既に攻略から離脱しつつある『攻略連合』と、サポートポジションの役割に特化して食いついてる『アマゾネス』もこっちにつけたい」
「そうすればボスの攻略速度も下がるかもしれないし、妥当な判断だと思うわ。ただ、『攻略連合』はともかく、『アマゾネス』は……」
「ああ、他の二つと違って『アマゾネス』は信念が薄い、というより、生存優先で利益に聡い。それに女性陣にはマリーの相談者も多いし、既に『冒険者協会』のサポートに徹することでかなりの権益を得ている。正直言って、すでにあっち側に取り込まれてると言ってもいい。だが、二百人規模で戦闘と生産のバランスがいい『アマゾネス』は色んな種類のイベントをクリアする上でどうしてもこっちに来てほしい戦力だ。その勧誘の鍵を握るのが……」
「『アマゾネス』のサブマスター、実質のギルド支配者、椿だろ?」
キング少年の指摘。
キングはサングラスの奥からクツクツと笑う。
「何だかんだ言って、あそこのサブマスターはあんたのことかなり苦手だったな? 一時的な団結は呉越同舟を演じることでどうにかできても、長期的な団結は目的がどうあれあんたが関わってるだけで断られる可能性がある。だから、経済力やら何やらで圧力をかけたりできるメンツに声がけして椿の説得を手伝ってもらいたいと……ダメだな。それじゃあ後々提案したのがあんただったとわかっただけ、いや、察しただけで裏切るかもしれないわけだ」
「ああ、まあその通りだ。それで、その状況を誰より早く理解して口を開いてくれたんだ。その上でどうしたらいいか、妙案はあるのか?」
ライトの問いかけに、キングは無作法にふんぞり返り、笑いながら答える。
「妙案どころじゃねえぜ。グッドタイミングだ。実はうちのギルマスがその椿から相談を受けてるらしくてな、最近でかい問題が起きたから困ってるんらしいんだ。それを解決すれば快く協力してくれるんじゃねえか?」
「なるほどな。それは言い考えだとは思うが、その問題の程度にも寄るな。オレが関わるくらいだったら解決しなくてもいい程度の問題なら逆効果だろうし」
「そりゃ心配ねえぜ。十分に大問題だ。というのもな……」
キングは決して冗談ではないと示すように笑みを消して、真剣な声音で『大問題』の内容を口にする。
「『アマゾネス』のギルマスこと花火、サブマスの椿と付き合ってるってのは裏では有名だが……なんでも、花火が浮気したかなんかで破局寸前らしい。このままだと、ギルドそのものが崩壊しかねない大喧嘩になってるみたいだぜ?」




