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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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335頁:特集『12月の革命 会敵⑥』

 11月14日。20時45分。

 犯罪組織『蜘蛛の巣』のアジトにて。


 そこには、いないはずの人間がいた。

 いや、スキルや技量を考えると侵入に成功していること自体には不思議はないかもしれないが、どちらにせよいてはいけない者だ。


「枕元に花瓶の一つもないのか。男としての配慮が足りないな」


 ライト。

 泥のように黒い羽織をまとった長身の青年。

 犯罪組織の大敵にして、最前線プレイヤーと呼べるだけの実力を持ちながら、普段から真っ当に攻略に参加することがほとんどなく何をしているのかわからない男。

 そして、その傍らにいるのがメモリ。

 見た目は12か13歳の赤茶色の髪の少女だが、その魔法の威力とバリエーションはプレイヤー中随一と言われている。


 この二人が犯罪組織のアジトにいることから異常事態だが、鎌瀬には……夜通鷹には、さらに無視できないことがあった。


 『恩人』が、二人の間に眠っている。

 彼女が目覚めないのはずっと前からのことだ。しかし、この状態は人質に取られているようなもの。

 これはまずい。声を上げて仲間を呼ぶことすら許されないほどに。


「おい、そんな追いつめられたような顔すんな。俺は別に危害を加えにきたわけじゃない。むしろ逆だ。この前の約束を果たしにきた」


「『約束』……?」


「『魔法少女の杖』の回収、うまく行ったら情報やるって言っただろ? 紆余曲折あったが、まあ丸く収まったと言えなくはないし、約束通りに教えに来たんだよ」


 そう言って、ライトはストレージからアイテムを取り出す。

 禍々しい紋様のついたナイフ。明らかに特殊な効果のかかった代物だ。


「《呪怨のダガー》。これを使った攻撃が全て呪い属性で判定される……まあ、低レベルアイテムだ。赤兎の『ドラゴンズブラッド』を貫通できるが、耐久が低いから高威力の技を使うと耐久が尽きて崩壊する。耐久以前に実体がないしな。これを……」


 ライトは突然、それを『恩人』の手に突き立てた。

 突然のことに驚愕しながらも、次の瞬間には、夜通鷹は袖口から装備したナイフをライトの首に突きつけていた。


「何をするんだ!」


「まあ待て。よく見て見ろ。HP、全然減ってないだろ?」


 そう言って、ライトは禍々しいナイフを抜きつつ『恩人』を顎で指す。

 確かに、HPは完全に満タンのままだ。ナイフの刺さったはずの手にも傷はない。


「このナイフは本物だ。普通はこうやって、切られればHPが減る」


 そう言って、ライトは『恩人』にナイフを刺したのと同じ手の甲を突き刺す。

 引き抜くとHPが減り、手の甲には普通の斬撃エフェクトと少々違う、痣のようなエフェクトが鈍く残っている。


「これは……どういうことだ?」


 事態を理解できない鎌瀬に、ライトが事も無げに答える。


「『無敵モード』の一種、それも特定属性の無効化に近い。呪い属性の攻撃は一切効かない状態だ。赤兎の『無敵モード』では呪い属性はすり抜けるが、こっちはそれを完全防御できるらしい。普通に物理が素通りする『無敵モード』なんてのもおかしな話だがな」


 『無敵モード』……固有技の一部にある、発動中ダメージを受けないか、極端に軽減する状態。

 そして、それは強力な効果故、発動中に動きが極端に遅くなる、HPが減少し続ける、痛みが残り続けるなどのデメリットを伴う。


 つまりはどういうことなのか?


「糸巻きの針で刺されて死なない代わりに何百年と眠りについた御伽噺の眠り姫と一緒だよ。彼女は、精神的な要因で『目覚めない』んじゃない。システム的な要因で『目覚められない』。この技は、眠っている間だけ『無敵』なんだ」


 眠っている間だけ無敵。

 寝込みを襲われない効果にしては、物理を素通ししてしまうことに不安を感じるが、確かにその方が、精神的なダメージで意識が戻らなくなってしまったというより納得できる……安心できる。


 しかし、そうなるとわからないことが出てくる。


「ならどうして、『無敵』を解除して目覚めれば……」


「その事ですが、解析結果から報告します。彼女には、最大HPを超えるダメージが『発生』しています。正確には呪い属性なのでダメージ判定ではなくHP喪失という処理ですが、これが本来通りの処理を適用されると……HPは100%の確率で全損します」


「なっ、なんだって!?」


「つまりは、『考えるのをやめた』ってやつだ。致死量の『呪い』……しかも、嫌らしいことに相手のHPを予定通りに削らないと消えない、発動時に何らかのリソースを与えるかチャージして発動するタイプで攻撃されている。今は眠り続けることで身を守っているが、それはダメージを弾いてるわけじゃなくてすり抜けてるだけだから攻撃側も消滅せずに処理が実行され続けている。例えるなら、毒を飲まされて、自分の身体を石にする技で消化を止めたはいいけど動けないし毒も吐き出せずに封印されてるみたいな話だ」


 安らかに眠っているように見える『恩人』。

 しかし、その真実は白雪姫か、あるいは眠り姫か。

 彼女は今、外的要因なく目覚めることのできない存在なのだ。


「大方、未発見だった『魔女』のどれかを真っ当に攻略したかなんかだろうが、相性が悪かったな。これが『七日目に死ぬ』みたいなタイプならその日をやり過ごすだけで無効化できただろうが」


「ど、どうすれば……もしかしたら、このゲームが終わるまでずっと……」


 眠っているとは、どの程度の話なのだろうか。

 本当に脳まで眠りについているならまだいい。ゲーム上のアバターが動かなくなっているだけだとしたら、彼女の意識は暗闇の中、孤独を極めているかもしれない。


「意識の有無については心配しなくていいはずだ。普通、何ヶ月も意識あるのに動けない、目も開けられないとなれば発狂してるはずだが、アバターにノイズが出てない。おそらく、使用中は意識がないか、タイマーとかで意識が目覚めてもダメージが終わってないから仕掛け直して寝直してる感じだろう。問題は、焦らず彼女を助けることだ」


 ライトは、夜通鷹を見つめて言った。


「リソースチャージ型で遠隔操作できるなら、本体は送り込んだものの状態を把握して操作することができるはずだ。つまり、攻撃を取り消させることもできる。そのために、おまえにはこれから大きな芝居を打ってもらう。この攻撃をした犯人を炙り出してボロを出させるためのシナリオだ」


 そうして、ライトは作戦を伝える。


「彼女が死んだと世間の全てに思わせろ。そうなればおまえは一番に疑われるはずだ。何せ、最後に一緒にいたのはおまえだからな。その流れに任せれば、間違いなくおまえは人殺しの容疑をかけられる。誰からも信用されないように振る舞って、嘘だろうと言われても否定するな。そうして全てから疑いの視線を向けられた最後……唯一、彼女が死んでいないことを知っている、確信を持って言えるやつがいる。そんなおまえを信じると、弱ったところに付け込もうとして来ようとするやつがいる。それが、未だに殺しの手応えを得ていない命令者……真犯人だ」










《現在 DBO》


 12月21日。21時30分。

 『星降り峠』にて。


「ミリアさん、正直言って誰よりもギルド想いだった人が犯人だなんて思いたくなかった……だけど、解いてしまった以上向き合わなきゃいけない。だから、敢えて言わせてもらう……あんたが、『恩人』を嵌めた犯人だな」


 鎌瀬は、とことん自分を信じてくれると言った目の前の人間に向かって、真実を突きつける。


「……何を言っている? 誰に吹き込まれた?」


 現実の犯人は、名指しで犯人指定されたところですぐに『何故わかった!』などと狼狽えない。

 平然と問い返し、平然と構える。

 しかし、既にそれが不自然なのだ。


 全く身に憶えのない罪を突きつけられた人間と、心当たりのある人間では言葉の理解に至る過程が違う。その反応が違う。

 真に心当たりのない人間こそ、身も蓋もない疑いをかけられれば目に見えて動揺する。すぐさま動揺を抑え込み、平静を装えるのはいずれ罪を突きつけられることを予期して覚悟を固めていた者の証だ。


「ミリアさん。あなたは、あの人のことを『人殺しの悪女』と呼んだ。そして、俺を『手足のように使われている』と言った……どうして、俺が濡れ衣をかけられただけじゃなく、命令を受けて動いているって前提で話ができるんだ?」


 相手を懐柔するためなら、自分しか知らない事情を言葉の中に混ぜ、相手が思っている以上に事情を理解していると示すことは有効だ。

 しかし、これは誘導尋問に近いやりとりだった。

 ミリアに、鎌瀬を懐柔させるための言葉を口にさせ、証拠を掴んだのだ。


「ミリアさん……あなたはずっと、俺があの人と繋がっていると……あの人の傀儡だと思っていた。おそらく、9月25日から。あの人と俺がキスをしているという目撃情報が出たその日から」


 思えば、あの日を境にギルド内での鎌瀬の注目度は大きく変わった。

 あれは、鎌瀬に対する認識が変わったからだ。


「ミリアさん、あなたはあの人を仮想敵に置いているんじゃないか? 何故か未だに死んでいないあの人を、自分の手口を……固有技の使い方を知るあの人を、警戒し続けているんじゃないか?」


 『仮面屋(シラヌイ)』がいつから成り代わっていたのかは不明だ。しかし、本格的に活動し始めたのは、このシナリオの準備を始めたのは、きっと『恩人』が眠りについた後だろう。でなければ、鎌瀬ではなく『恩人』に頼ればいいのだから。


「あなたとあの人は敵対していた。『どんな手を使っているのかはわからないけれど、自分の固有技が効かない相手』……そして、切り札である固有技を使わせられた、それだけ危険視した敵対者という認識。見えない脅威が、あなたの心の中に恐ろしげな虚像を生み出した」


 本物は、動くこともできずに眠ったままだというのに。

 何もしていない故に、どんな手を打ってくるか全く予想できない。生きているはずなのに、暗躍している形跡すら見えない。

 まるで、隠れ鬼で相手が勝手に帰ってしまった子供のようだ。


「そして、9月25日……あの目撃情報を聞いたあなたは、待ちわびた動きに飛びついた。過剰反応を示して、深読みした。繋がりがあるかもしれないとキープしていた俺に、攻め込む隙として用意していた釣り針に、あの人がかかったと確信した」


 そこから、『物語』が始まった。

 ミリアにとっての、たった一人のスパイを挟んだ宿敵との諜報戦が始まった。

 だから、鎌瀬は唯一の手掛かりとして生かされた。


「『自分を信奉していた男の唇を奪って言いなりにするとはとんでもないやつだ』……きっと、そんなことを思ったはずだ。そして、再び闇に逃げ込まれてしまえば次に痕跡を見せるのはいつかわからないから、策を打った」


 それが、『恩人』を被害者とした殺人事件の容疑を鎌瀬にかけるという一手。

 鎌瀬を助けるのに最短の一手は、『恩人』自らが自分が生きていると公の場で証明すること。そうなれば、ギルドマスターの殺人容疑のかかった『恩人』を堂々と捕まえることができる。


 しかし、『恩人』もそれくらいは読めるだろう。

 まず姿を見せることはないはずだ。

 だが、それでも問題はない。


 それはつまり、『恩人』は鎌瀬の安全より、自分の身の安全をとったということになるのだから。


「俺が指名手配されて、その容疑を確実に晴らせるのがあの人だけという状況を作り、俺を徹底的に追い詰める。そして、俺を捜すという名目であの人を徹底的に捜しながら俺と接触する機会を奪い、俺を疲弊させる。拠り所を失った俺が一人で立てなくなったなった所で……こうやって、優しい言葉をかけにきた」


 あわよくば、鎌瀬を裏切りの刃として、『恩人』を仕留めるために。


 ミリアがこのタイミングで声をかけてきたのは、鎌瀬を尾行していた者たちから情報が入ったから。

 『恩人』が鎌瀬の前で、相手が襲撃者とはいえ『殺人』を行ったと知ったから。


 鎌瀬自身が不慮の事故で手を汚してしまった後、赦しを求めた相手が自分の目の前で平然と手を汚す様を見せつけられた今なら、心が揺れるだろうと。

 鎌瀬の指名手配に反対票を投じたのも、とことん信じると言ったのも、そのための伏線。


 でなければ……


「何を吹き込まれたかわからんが、私は純粋に君を信じたいだけだ! 君は誰も自分を信じないという固定観念から疑心暗鬼に捕らわれている!」


「なら逆に、なんで俺を信じるなんて口にできるんですか……俺に味方すれば、何か大きなものを敵に回すってことは誰にでもわかるのに、なんでそれを心配する必要がないと?」


 鎌瀬がミリアの想定通りに疲弊していれば、そんなことには気付かなかったかもしれない。

 しかし、冷静に考えればわかってしまう。

 誰も、鎌瀬を匿ってはくれなかったし、信じてくれなかった。匿う、信じるだなんて口にできなかった。


 『成り代わり』がどこで聞いているかわからないのに。

 あるいは、鎌瀬自身が既に『成り代わり』で、踏み絵のように質問して回っているかもしれないのに。


「監視されている中で堂々と監視員に都合の悪いことを言えるのは、監視員を怒らせたい人間か監視員より偉い人間くらいしかいない。そして、自分以外の頼りにされた人間が先に信用を得ないように圧力を強めるのも、監視員の上にいる立場の人しかできない」


 鎌瀬は知っている。

 人の信用などと言うものは、簡単に得られるものではない。事実として自分に落ち度がなくとも、罪を問われそれが周知の真実となってしまう。


 そんなどん底で、誰からも信じてもらえない人の手を突かんで引き上げてくれたのは、『恩人』だけだった。

 彼女の目を知っている。彼女は、無条件に鎌瀬を信じるのではなく、信じるために疑って、真実を暴いてくれた。


 目の前にいるミリアの目は違う。

 救いを求めるものに都合がいいだけの、真実を軽んじた人間の目だ。


「この世界は、不幸のどん底に落ちたら必ず誰かが助けてくれるようにはできていない。そんなにうまくできてたら、探偵も弁護人もいらないし、事件も悲劇も起こらない。だから、これが最後通告だ……ミリアさん、固有技を見せてくれ。そして解いてくれ。今ならまだ……」



「クフ、クハハ、ハハハハハ! なんだそうか! この手も読まれていたか! それ以前に、貴様はあの女の言葉を、人殺しの言葉を信じたのか! ああ馬鹿らしい、信じた上でこんな場所へ来させるなど完全に捨て駒でしかないだろうに!」



 ミリアは唐突に笑い出した。

 演技を忘れ、腹を抱えて本心を洩らした。


「……あの人は、人殺しなんてしてない」


「『人殺し』でなければなんだ? 『正当防衛』か? あるいは『真実を解き明かしただけ』とでも言うのか? いいだろう、直接手を下さず結果を残す手段などいくらでもある。それを盲信に堕ちた者に語っても無駄だろう」


 今のミリアに、自首の意志はない。

 雰囲気が変わる。これは明らかな敵意、騙すための柔らかな善意に隠していた敵対の意志。


「どうしてだ? ミリアさん、あんたはあんなにギルドを想っていたのに、なんでそっちへ進んだ?」


 鎌瀬は最期の確認として、戦闘態勢を取りながら、ミリアに問いかける。


 ミリアは、それに簡潔にたった一言だけ答えた。



「『攻略連合(ギルド)のため』に決まっているだろう」

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