334頁:特集『12月の革命 会敵⑤』
ようやく『会敵』のサブタイ回収
12月21日。20時01分。
過疎地帯のフィールドの小屋……『仮面屋』の裏工房にて。
「そんなこんなで、見事に運命と正面衝突したわたしは、車の中で焼け死んだ両親のお腹だか玉だかに忘れてきたり焼けて使えなくなったりしたパーツを作ってもらって、こうして『完全』になりましたと。ちなみにこの世界に来たのは招待状を貰ったからであって、不運とかじゃないので悪しからず」
『仮面屋』の自分語りは終わった。
壮絶な過去、劇的な人生、『幸福』への執念。
底知れないと思っていた少女は、掴み所のない奴だと思っていた少年は、鎌瀬の前では、自分を偽ってはいなかった。ただ、その背景が深すぎるだけで、想像が追いつかなかっただけだった。
「ここで正体を見せたのは、まあなんですね。言い訳をしたかったんですよ」
『仮面屋』……いや、鎌瀬の前でだけは最初から完璧な『不知火白亡』として振る舞わず、自分の変装に気付かない友人を呆れながらからかい、見守ってくれていた『シラヌイ』が、初めて深く頭を下げる。
「ごめんなさい。シャークさんとミクさん、守れませんでした。他にも、たくさんの人が死にました。でも、わたしは後悔も反省もできません。だからごめんなさい」
『後悔も反省もしない』ではなく『後悔も反省もできない』。
しないのではなく、したくてもできない。
それは、自らの選んだ幸福を否定する行為だから……主観によって、自らを不幸だと示すような行動は取れない。
後悔して、反省して、区切りをつけてしまえば楽なのに、それができない。
だから代わりに謝っている。
自らの身勝手な『シアワセ』を理解してもらった上で、『シアワセ』な自分を蔑んでほしいと思っている。
「ミクさんが『成り代わり』の一種だったことを見破れませんでした。だから『成り代わり』の警戒度を、裏切り者への粛清に傾ける戦力分読み違えました。危うく、『恩人』も……彼女も、失うところでした」
「……あの日、前のアジトから逃げられたのは、高レベルのボスモンスターが乱入してきたからだ。〖トレント・グランドファザー〗……あれ、『人皮装丁本』を被せた剥製だよな。あの時は七草の助太刀か何かと思ったけど……一番危険だと判断してた俺の逃亡を影から手伝ってくれてたんだよな」
もし仮に、今回『時計の街』で使われていたようなゲート封鎖系の固有技が発動していたり、無関係なプレイヤーでも問答無用で殺すような包囲網が敷かれていれば、おそらく鎌瀬は逃げられなかった。
きっと、その裏には『シラヌイ』の策略があったのだろう。すぐに殺されないように、仲間に加えるメリットを並べつつ、捕らえるときには大きな騒ぎを起こさないようにと誘導できるように注目度や評価を操作していたのだろう。
シラヌイは、それを『あなたのために』などとは言わない。全てが自分の幸福の探求のため、全てが私利私欲のためであることを理解し、責任を渡さないようにしている。
全てを手の上で踊らせるには、その上で起こる全ての悲劇の元凶となる覚悟が必要だ。面白半分の愉快犯などではなく、全身全霊を持って鎌瀬を主役とした裏切りと共闘の物語を組み上げたのだ。
そして、その劇はまだ終わらない。
これからが大詰めだからこそ、万が一にも鎌瀬がエンディングを間違えないように、『語り手』として舞台に身を乗り出した。
「隠していた姿を見せた。『成り代わり』を派手に殺して、情報を送らせた。つまり、もう決着が近いってことか」
お膳立てされた台本の最後のページ。
しかし、結局のところはそれを脚本を書いた人物の思った通りに演じられるかは鎌瀬次第なのだ。
「『確実に勝てる』……なんて保証はないんだろ?」
「はい、できる限り『成り代わり』の組織力は削ぎました。外側からはわからないけれど、一見全てを掌握できる立場にある彼らは、今が一番弱くて脆い」
顔を上げたシラヌイの表情には嘘やはったりはない。
シラヌイは、敢えて『成り代わり』に戦力を与え、人間を殺さずに効率的に勝てる策を教えた。敵としては厄介になったが、『軍』として、そして『群』として、力ずくでプレイヤーを手当たり次第に蹂躙されるより被害はずっと少なく済んでいる。下手に賢くなったことで、『成り代わり』の掌握する『攻略連合』はこの世界の中にある全てのギルドの中で総戦力では最強でありながら、確実さを優先させられ一塊となって動く手を封じられている。
「どんな手品を使ったんだか。前々から思ってたけど、やっぱりスパイとしての格が違いすぎるだろ」
「そこまで特別なことはしていませんよ。わたしはただ、前々から彼らにとっての『至上目的』であるという『人間性』について、それがどのようなものかと問いかけてきただけですから」
『人間性』とは、一見しっかりとした意味を持つ言葉に思えるが、実のところ曖昧な言葉だ。
非道な行為を見れば激怒するのが人間性なのか、あるいは逆に悪いことを出来心でやってしまうことが人間性なのか、あるいは他の動物がしない無私の善意や殺し合いが人間性なのか、間違いなく『人間』であるはずの鎌瀬にすら答えられない質問だ。
「『論理的な行動こそ人間的』『激情に行動を左右されず何が人間か』『主張をぶつけ合って定義するのが人間だ』。みたいな感じに、それぞれの思う『人間』のイメージに従ってこれからの方針を決めるにも派閥争い。そんな非合理的で愚かな部分まで律儀に真似しなくていいと思うんですけどね」
主義の違い、信仰の違い、思想の違い、派閥の違い。
お初との話で聞いたことだ。
心を持つなら、肉体を持たない『サキュバス』や『成り代わり』だってそんなものを持つのだ。巨大な一枚岩だろうと、結晶の方向が違う面から崩れていく。
人間と見分けの付かない『成り代わり』の弱点も、人間と同じなのだ。
「敵の脅威を感じなくなって、自分たちを省みる余裕を得て、『群』としての性質と『個』としての振る舞いの違いを理解する。呉越同舟なんて言葉もありますが、嵐の中では敵同士が仲良くしていても岸が見えれば面子や外聞を考えるものです。大軍を差し向けられれば手を合わせられるかもしれませんが、一人だけなら中核に届くでしょう」
組織が大きくなれば守るべき場所も増え、隙も生まれる。ましてや、内部で互いを牽制しあっている今なら、外への警戒も満足にできない。
時が経てば形勢が固まり外へ目を向ける余裕が生まれるかもしれないが、成長したばかりの組織にその余裕と安定はない。
「あなたはもう、誰に会うべきかわかっている。何をするべきかわかっていると思います。だから改めて、これを託します」
手渡されたのは、以前依頼した調査結果として見せられて、しかし渡してもらえなかった書類の入った封筒。中身は以前の調査資料だけでなく、シャークが調べた情報をまとめたものも加えられている。
これが『成り代わり』の核心。
圧倒的不利に追い込まれたプレイヤーが逆転するための鍵。
「ただ、一つだけ条件があります」
受け取ろうとした鎌瀬に対して、シラヌイは手に力を込めて封筒。差し止めて言う。
「これは依頼です……あの人を、救ってあげてください。本当に身勝手で傍迷惑なのはわかっています。でも、これを頼めるのはあなたか、彼女しかいない。『誰が悪いかではなく何が悪いか』を解き明かしてくれるあなたたちにしか、あの人の罪を、愚かさを、正しく見定めることができない。だからどうか……」
鎌瀬はその言葉に自身の言葉を返そうとして、一度飲み込む。
本来は、これは『恩人』への依頼なのだ。情報力や戦闘能力ではなく、人格を選んだ上での依頼だ。
だからこそ、頷く前に考える。
自分は私怨を捨てられるか、ちゃんと白でも黒でもない灰色の濃さを見定められるか。
数秒悩んだ末……鎌瀬ははっきりと答えた。
「ああ、任せてくれ。ちゃんと見定めてくる」
《現在 DBO》
12月21日。21時27分。
過疎地帯の観光名所『星降り峠』にて。
「いきなり呼んでしまって悪かったな。しかし、前もって伝えてきた時間の三分前か……てっきり遅刻してくるものと思っていたよ」
ここは切り立った崖の上。
高い山々の中にあり、特に高いこの場所は周りに視界を遮るものがない。仮想の空気も澄んでいて、見渡す限りの星空が見られるスポットとして一部で知られている。『安全エリア』であるためモンスターの出現はなく、危険なトラップやギミックと呼べるものも、一つを除き存在しない。
何より、周囲に隠れる場所がなく、狙撃ポイントすらない。密会にはうってつけの場所だ。
鎌瀬はそんな場所に赴き、崖の端に近く立つ人物を見つめる。
「大事な話がある時には早く来ますよ。あんまり遅く来て変なのに見つかっても面倒だし」
この場所は、急勾配の迷路のような形になっていて、頂点でありゴールであるこの場所はサッカーコートくらいの長方形の草原が空中に突きだしたような形になっている。迷宮とは言うものの上から見下ろせば全貌が一目で把握でき、追っ手などがあれば別のルートを駆け抜ければ逃げられる……相手が、全てのルートを封鎖する大軍勢でもないかぎりは。
「それにしても、驚きました。俺のフレンド登録をまだ残しておいてくれた人がいたなんて」
「ああ、変な勘ぐりを入れられるのは面倒ではある。しかし、やはり人命には換えられまい。同じギルドの仲間としては、どのような立場になっても最後に頼れる人間が一人くらいいるべきだろう?」
正論だ。
どんなに罪を着せられても、どんなに周りが敵だらけになろうとも、最後まで信じてくれる人がいるというのはそれだけで救われる。
だからこそ……
「俺は……あなたに頼る資格なんてない。ここに来たのだって、確認のためだ……あなたも、俺に味方してはくれないはずだ。できないはずだ。どうせ、殺人犯として自首しろとしか言わないはずだ!」
だからこそ、否定しなくてはならない。
真実は違うと、願わずにはいられない。
「そんなことは言わない! そんな後ろ向きな気持ちでここまで来たのか! 呆れた奴だ……私は信じよう、貴様は罪など犯していない。真の悪は別にいる」
「真の悪って誰なんだ! 適当なことを言って誤魔化さないでくれ!」
それでも真実がそこにあるなら、過酷だろうと受け止めなくてはならない。
「本当は貴様が一番わかっているだろう! 知っていて、認められないだけだろう! 自分が騙されていると、愛されてなどいないと、認めたくないだけだろう!」
「適当なことを言わないでくれって言ってるだろ! 誰のことを言っているのか、教えてくれ!」
鎌瀬の言葉に、相手はハッキリとした声で答えた。
「『 』だろう?」
聞き間違えの可能性はないくらいにハッキリと、鎌瀬がギルドに入ってから、一度も口にしなかった名前を口にした。
「私にはわかっている。貴様は、あの人殺しの悪女に騙され、手足のように使われたのだろう。ハメられたのだろう、犯罪の片棒を知らぬ間に担がされて、逃げられなくなったのだろう。唇を奪われ、色香に惑わされたのだろう。全てわかっている。その上で、貴様を救いたい」
手を差し伸べられる。
今日は朝から、知り合いを回ってその先々で手を貸せないと言われた。その中で唯一、仮面を外した鎌瀬に連絡を取り、こうして呼び出して、手を差し伸べてくれたのが目の前の人物だ。
鎌瀬は悩む。
これが答えだというのなら、この手が証拠だというのなら……
「一つ、聞いてもいい、ですか? あなたが口にしたその名前、その人は、俺が殺したことになっているはずの人物の名前だ。その件で俺は指名手配まで受けて逃げ回った。なのに、あなたはそれを否定するのか?」
「ああ、私はあの指名手配に関しては最初から疑問があったし反対派だった。やつは生きている、私は確信している」
「彼女は……俺が、殺しました。感情にまかせて、殺してしまいました。もしそう言ったら?」
「もちろん嘘だろう。私は、そのような濡れ衣を貴様に……いや、君に絶対にかけないことを約束しよう。さあ、手を取ってくれ」
鎌瀬は手を少しだけ上げ、仮想の呼吸を吸い、大きく嘆息した。
できれば、間違っていてほしかった。彼女のような人物が『犯人』だなんて、思いたくなかった。
しかし、依頼を受けた以上、鎌瀬には真実と向きあう義務がある。
見定める、責務がある。
「『俺の味方をする』……その言葉に、嘘はないんですね。『俺が彼女を殺していない』と、本当に信じてくれているんですね?」
「ああ、もちろんだ。この言葉に嘘はない」
「そうですか……なら、大変心苦しいけど……俺も、向き合います」
鎌瀬は手を取らず、そのまま上げた指を目の前の人物へと向け、真実を言葉に乗せる。
「この一連の事件の『首謀者』はあなただ。ギルド『攻略連合』幹部にして、人事部部長……ミリアさん」
犯人を問いつめるなら、やはり崖の上に限る。




