326頁:特集『12月の革命 乱戦⑤』
「なんて言うか、滑稽だな」
雨と悲鳴、戦闘音と壊れる街並みの断末魔がその声を覆い隠す。
それでも問題なく言葉が通じているように見えるのは、互いが読唇術か何かを修得しているからだろう。
「子を千尋の谷から突き落としておいて怪我をしてないかと心配そうに見守ってるライオンくらいに滑稽だ」
聞こえはしないが伝わってはいる皮肉に、隠れていた誰かは諦めたように答える。
「そういうあなたは、まるで座長気取りの道化です。偉ぶっていないで戦いに参加すればいい。それだけの力はあるはずでしょ?」
戦う力は互いに十分ある。
そうでなければ、こんな戦場のど真ん中でストーキングなどしていない。
「生憎と、オレはどうにもあいつらから見ていい意味でも悪い意味でも目立ちすぎるらしい。畏れると同時に、オレの脳を調べれば『人間』になれるんじゃないかなんて期待してるんだと。妖怪に肉を狙われる三蔵法師の気分だ」
「そんなの変身すればどうにでもなるでしょうに」
「ハハハ、それはそうだが、今回はオレとおまえだけの話がしたかったんだ。聞き耳立ててるやつがいないわけじゃないが、ここなら聞こえちゃいけないやつには聞こえないだろ。用件は簡単だ、作戦のすり合わせだよ。どうせおまえ、オレの策を読んで便乗してきてるんだろ?」
「……元々、こちらでも同じようなことは考えてましたし、仕込みが無駄にならないようにしただけです」
「それならそれでもいい。だが、前みたいに目的ややり方に齟齬が出ると面倒なことになる。オレじゃなくて、あいつがだけどな」
「……いいでしょう、作戦が順調に行ってる分、少しだけ暇してましたし。では、まず何から始めます?」
「じゃあ、目下動いてる作戦の目的から確認しようか」
本人の知らない場所で、少年の未来を左右する話し合いが行われている。
しかし、それを彼に伝えられる者はいない。
「この後の展開、どの程度まで『既成事実』を作るつもりだ?」
《現在 DBO》
12月10日。9時30分。
『時計の街』。
数千人のプレイヤーを一ヶ所に押し込もうと思えば、できないことはない。
守護する戦力を分散するリスクを考慮してもそれをしなかったのは、多くのプレイヤーが密集した場所を高威力の攻撃でまとめて吹き飛ばされるリスクを避けるため。
結果を見れば、それは正しかった。
(建物を容易に破壊できる威力の電撃属性の攻撃。間隔からして、おそらくチャージ時間で威力が変わるタイプ。モンスターの攻撃に似ていて誤魔化しやすくて、この雨の中だと完全な防御が難しい……厄介なやつを用意してるな)
夜通鷹は走りながら考える。
もしもこれが、一つの大きな建物などに人を詰め込んで自爆テロや毒ガス、あるいは放火などを行われたら護り手が多数いても対処できなかった。そもそも、護るべき対象の中に刺客がいるかもしれない状況で大勢を一か所にまとめるのは危険すぎた。用意できる時間が長ければそれだけ威力の上がる技を持っている敵がいるなら、全力の一撃を防げるような強固な防衛施設に立てこもるのも難しい。
こうして、敵の攻撃が複数個所を順番に狙うものになったことで、最初の数か所は見逃すことになってしまっても、その軌道から下手人を辿ることができる。
(一番近くにいたのが俺だったのは幸運だったかもしれない。光に弱い『影』を使う『サキュバス』じゃ電撃は防げない。それに、俺の本来のスピードなら……)
「呪いを解くキーワードは確か……『アイ・ウォント・ユア・ラブ』!」
完璧な変装効果とともにステータスダウンを引き起こしている呪いを解除する言葉を唱え、本来の速力で一気に下手人に接近しようとした……はずだった。
「……あれ?」
何も起こらない。
リリスに教えられたキーワードはこれだったはずだ。
「発音が悪いのか……『I want your love』!」
……何も起こらない。
姿形が変わることもなく、走る速度も変わらない。ステータスが変わった感覚もない。
「まさか、キーワードで戻れるってのは嘘か!」
非常にまずい。それに少し恥ずかしい。
今の夜通鷹のステータスはせいぜいレベル50以下。元が高かった分、速力だけはそれなりだが戦闘できるかと言えば全くできない。
かといって、呪いを解くにしても『誰かとキスをする』などという条件をこの場で満たせるわけもない。
「どうすれば……あっ!」
声を上げたのは、何かを思いついたからではない。
目が合ったからだ……曲がり角の先にいた、『攻略連合』の鎧を着た男と。おそらく、雷撃を放っていた下手人と。
「あ、やば……」
互いに逡巡したのも一瞬のこと。
強いて言うなら、呪いを解くのに失敗して動揺し、遭遇した瞬間に覚えた表情に出したのがまずかった。
下手人は手の中に溜め込み始めていた光の玉を夜通鷹に向け、夜通鷹は反射的にナイフを投げ捨てながら建物の陰に隠れた。
「『ライトニング・スパイク』!」
投げ捨てられたナイフに誘導され、外れる雷撃。
しかし、雷撃が命中したナイフが地面に落ちた瞬間……地面との接点から、周囲に光輪が広がった。
「ぐっ! これは……」
光輪が触れた途端、少なくないダメージを受けると同時に身体が硬直する。
(ヤバい、貫通力より拡散力が高いタイプ……濡れた地面を伝わってこの威力か)
動いた直後に硬直したことで体制が崩れて尻餅をつく。
壁を背にして座り込む形になったが、立ち上がることができない。
なんとか動けないかと四肢へ信号を送るが、それが実現される前に足音と鎧の擦れる音が迫ってくるのが聞き取れた。
「これはすまないな。てっきりモンスターかと思った」
「…ィ……ゥ…」
「ん? スタンで口が回らないのか。よく聞こえないが」
「よく……言うな……ナイフ、隠しきれてない……って」
強力な硬直だ。まだ動けない。
だからこそ、その威力を自分のものとして知る目の前の敵は悠然と構えている。
「……やっぱり、見ていたな。まあいい、まずは一度動けない内に刺させてもらう。聞きたいことがあればその後に教えてやる」
そう言って構えるナイフは、高レベルプレイヤーが使う攻撃力の高いもの独特の機能美より、どちらかというと祭儀用のような装飾が施された、やたらと綺麗な銀色のナイフだった。
他の装備とデザインの統一性がない。
おそらく、特殊な効果を持つマジックアイテムかあるいは……
「それを一度でも刺せば、何を話しても問題ない状態にできる……なるほど、それが今回の大規模な作戦に出た理由か」
ナイフが首に迫る……その瞬間、夜通鷹は壁に漬けた背中を弾ませ、反動で取り掛かりつつ袖口から取り出したナイフで切りつける。
敵は驚くが、咄嗟に手にしていたナイフでガードする。ステータス差を考えれば、態勢が多少不利だろうと押し戻すことは可能だろう。
だが、両者にとっての計算違いによって夜通鷹のナイフはガードを押し込み鎧のヘルメットを弾き飛ばした。
「っ! 貴様姿を変えて……」
「時間差かよ!」
夜通鷹が敵の油断を突けたのは、本来より早く硬直が解けたから。
『忍術スキル』の派生技能『拘束耐性』で硬直効果を軽減した上、『TLRPU』で三分の一まで時間を短縮した。しかし、呪いが解けたのは予想外だ。
しかし、予想外に力んだ結果として、敵の顔を見ることができた。
ギルドホームの裏にあった基地で夜宵と一緒にいた騎士の一人だ。
「くっ、騙し討ちか」
「はあっ!」
一瞬の隙でできた有利を無駄にできるほどレベルに差はない。
おそらく敵のナイフは特殊な効果はあっても直接的な戦闘に関わる性能は高くはない。だから、武器を替える余裕も与えない。
再びナイフを合わせ、鍔迫り合いをしたまま押し込み続ける。
「ぐっ、容赦ないな!」
「こっちだって色々調べてるからな! それに今まさに首かっ切られそうになったしな!」
『攻略連合』のプレイヤーは多くが速力より筋力と防御力を優先してビルドを組んでいるため、速力を重視している夜通鷹では真っ当に鍔迫り合いなどできない。拮抗が保たれているのは態勢が整っていない今だけだ。
だからこそ、この間近で聞きたいこともある。
「なんでこんなことをしているんだ! 仲間を増やしたいのはわかる! だけど、嫌がる誰かを無理やり取り込む必要はないんじゃないか?」
「そこまで知ってるか! なら逆に聞こう、貴様は怖くはないのか? 死ぬことが、生きることが、他人と接することが、自身の内面を察することが!」
「はあ⁉」
「解放されたくはないのか? 死んだ後自身がどうなるかも、生きる意味も、他者の心も、自身の心も、全てがはっきりと理解できる存在になる。こうなる前は確かに恐怖を感じた、だが、それは未知への恐怖だ。過ぎてしまえばどうということはない!」
『成り代わり』は人間の時から自身の中での連続性を保っている。だから、人間としての視点で見た『命を失う』というデメリットが認識できない。生きている人間とは違うのは当然だ。いつのまにか『なくて当たり前のもの』になっていたものを失うことへの認識が違うのは当然なのだ。
確かに、AIとなれば全てが完全に数値としてはっきりと理解できる。
人間には根本的に理解できず原始からの恐怖とされる死後についても、自身のデータがどう処理されるかを具体的に知ることができる。
生きる意味も与えられたものに従えば間違いはない。人の内心など一生正確に把握することはできないが、AIならば感情値の数値化くらい簡単だろう。それどころか、自由に感情そのものを設定することすら不可能ではないはずだ。
それを造られた幸福だとか、不幸なことを認識させてもらえないだけだとか、そんなことは言えない。
それを否定すれば、彼らの存在自体を否定することになる。
だが……
「他人にそれを押し付けるな! たとえそれが幸せの近道だとしても、それを求めてないやつを無理やり引きずり込むな! 俺は、俺がやるべきことをやり終わるまで、幸せになるつもりなんてない!」
鍔迫り合いが終わる。
敵が鎧の手甲に傷を負いながら後退し、態勢を立て直しながら距離を取る。
「幸福な生き方そのものを拒むか。それは贖罪か? それとも自身に苦行でも課してるつもりか? 哀しいやつだな」
「それはほっとけ、それよりもう避難所を攻撃するのはやめてもらう。ついでに、そのナイフがどんな効果を持つのかも、計画の全貌も、全部吐いてもらうからな」
「悪いが、それはできないな! 『ライトニング……」
そう言って、騎士はその手に雷光の球体を生み出し、真上に掲げる。
チャージ時間が短い分、威力はほとんどないはずだ。しかし……
「っ! 『TW2Y』」
夜通鷹は固有技まで使用して距離を取り、騎士も声を上げた直後から別方向に走り始める。
「……スパイク』!」
空へ雷撃が届く。
いや、正確には空までは届かない。その間には雲がある。
どんなにか細く、ダメージなど与えられなくなっていても、〖クラウディア〗に向けて攻撃が放たれたという事実は変わらない。
そして、〖クラウディア〗は自身を攻撃した者を許さない。
空から飛来するのは、自身に向けられたものとは比べ物にならないボスモンスターに相応しい一撃。
正しく上から下へと差し向けられる『落雷』。
「ぐあっ!」
衝撃で吹き飛ばされはしたが、夜通鷹が逃げ切れたのは固有技のおかげ。
〖クラウディア〗の攻撃を誘発した騎士はもっと落雷に近い地点にいただろうが、こんな攻撃をするくらいだ。自分も電気系の攻撃をするあたり、電撃への対策を万全にしているのだろう。
「くっ……やっかいだな。追い詰められたら〖クラウディア〗をギミックにして自爆攻撃ってわけか。拘束する方法はよく考えないとな……」
立ち上がり、泥を払う。
休んでいる暇はない。既に、避難所のいくつかは壊されているのだ。
耳を澄ませば、あちこちから悲鳴と剣劇の音が聞こえてくる。
夜通鷹は悲鳴の聞こえる方向へと走り出した。




