323頁:特集『12月の革命 乱戦②』
すいません、遅くなりました。
『ノーブル・ノワール』。
かつて仮想麻薬の密売で力を持った中規模ギルド。
夜通鷹はそこのギルドマスターの最期の反応から、ギルドメンバーのほとんどが『成り代わり』だったと推測していた。
そして、その地下倉庫に未だに溜め込まれていた仮想麻薬は、過去の名残ではなく、つい最近まで取引に使われていたものだとも思っていた。
しかし、犯罪組織のものであった麻薬農園『荘園』が潰された後、どこで原料を生産していたかは謎のままだった。
かなりの大規模な施設があることは確実だと考えていたが、きっと過疎地帯の誰にも見つからないようなフィールドのど真ん中にでもあると考えていた。
見つからないわけだ。
大規模な物資の出入りも、人の出入りも、ゲートポイントを通過するには目立ちすぎる。個人のストージに入る量は限度があるし、高級な収納アイテムを大量に買っていれば足がつく。
偽装をしているなら、怪しい者を探せばいい。なのに、見つかるのは末端ばかりで根絶はできなかった。
当然だろう。
まさか、それを取り締まる警察機関を気取る大ギルドの裏に、こんな施設があるとは誰も思うまい。
まさか、デスゲームを攻略するための経費で買ったマジックアイテムでプレイヤーを堕落させる仮想麻薬を運んでいるとは考えまい。
夜通鷹は正義の味方を名乗れるような動機で動いてはいないし、ギルドメンバーを名乗るにしてもスパイであることは忘れられない程度に主体を犯罪組織に置いていた。
だが、これはないだろう。
許せるものではないだろう。
衝動的に魔法の光で促成栽培された麻薬畑を放火しなかったことは、むしろ感嘆に価する自制の結果だ。
これ以上ないほどの『証拠品』を前に、夜通鷹は奥歯を噛みしめるに留まるのだった。
《現在 DBO》
12月8日。18時50分。
『攻略連合』裏手の秘密基地にて。
「動体反応、基地の奥へ集合。装備を調えてパーティー単位で順次通路へ移動、『影』の射程が足りないので確証はありませんが流れが滞らない辺り基地の外へと出ているものと思われますね。こちら側はかなり手薄になります」
お初の索敵結果はこちらにとってかなり都合のいいもの。それも、夜通鷹たちに気付いて誘い込むためにしても規模が大きすぎることから、罠の心配はしなくてもいいと判断できる。
先程の会話から、何かの作戦の準備が整ったと推測できる。もしかしたら、またプレイヤーを襲い、七草たち『革命軍』との戦闘になるのかもしれないが、どちらにしろ外に意識が向かう分には潜入のチャンスには変わりない。
「運がいい……いや、必然かもしれない」
『鎌瀬』としての姿を消してから一週間。
夜通鷹はそれを自身への捜索が無駄だと判断され動きやすくなる頃合いかと考えていたが、それは同時に相手が他の方面へ意識を向け始める時期ということにもなる。
そのタイミングがかち合ったとしたら、ここで見つからない限りはあちらの守りが手薄になるまで忍耐強く耐えた夜通鷹の粘り勝ちだ。
相手も大きな動きを始める瞬間、最も大きな力を集中させるタイミングだ。攻めない手はない。
「『麻薬畑』の証拠は掴んだし写真も撮った。黒は確定してるから、強引な捜査をしても責められないはずだ。強気で攻めよう」
お初に索敵を任せ、手近な部屋から調べていく。
牢屋、拷問室、武器倉庫や変装用の装備、その他にもいかがわしい物は次々出てくる。
「牢屋や拷問室に『生きたプレイヤー』はいなかった。それなりに傷はついてるから使われてる感じなのに、今はたまたまいなかったのか、もしくは……」
「次の大きな作戦の間に逃げられないように、大事をとって殺しておいたか」
石頭が夜通鷹の言葉を引き継ぐ。
恐ろしい推測だ。それが当たっていたなら、そのプレイヤーたちの死はもう数日でも早く動き出さなかった自分たちのせいでもあるということになる。
「……お初さん、悪行の証拠は十分だ。次はあいつらが今取りかかり始めてる作戦について探りたい。計画書みたいなものとかは?」
「ちょっと待ってくださいね……見つけました。会議室っぽい場所の奥に、印刷余り、予備みたいですね。不用心というか乱雑というか、ある意味での人間らしさの勉強の一環かもしれません」
大事な物を置き忘れる。
そんな人間的な凡ミスすらも身につけようとする向上心を誉めるべきか叱るべきか。
「中身を見てみたい、案内してくれ」
夜通鷹が見たのは、ほとんど理解できないように暗号化された指令書らしきものだった。
「固有名詞を残さずに記号や置換単語で書かれたタイプか。いつ、どこに、何をするのか先に話を合わせておけば簡単に読み解けるけど、具体的な作戦内容を全く知らない人間には重要な部分がわからないようになってる」
「読めそうか?」
「一応簡易な図もあるし、推測できないことはないだろうけど……」
言ってみれば、主語や目的語の伏せられた文章を読み解くようなもの。長く続いたシリーズ物のファンタジー小説の途中から登場人物や用語の一覧を見ずに理解しようとするのに近いものだ。元から仲間内以外に見られることを考えない申し訳程度の暗号化だが、重要な部分を正確に読みとるのには時間がかかる。
「このルート図は……ゲートポイントのルート手順か? どこかに、バラバラに別れて集合しようとしてるのか。わざわざ一度戦力を分散するのは目立たないようにするためだとすれば、これは隠密作戦の類だとして……」
暗号は解読不可能なものではない。
そのこと自体が、一つの推測の材料になる。
暗号の解読難易度を上げれば万が一部外者の手に資料が渡ったとしても計画の内容が暴かれる危険は低くなるが、その代わり味方内でも読むのに時間がかかるし、読み解ける者が少なくなる。全ての関係者、特に新参者まで誤認なく理解する必要のある作戦なら、難しすぎる暗号は伝達の邪魔になる。
この暗号は精々、偶然中身を見られてしまったとしても物騒な単語を見せず『内容が小難しすぎてわからない』と深く追及させない程度のものだ。
つまり、新参者……今月に入ってから増えた『成り代わり』を含めた大人数を必要とする作戦。
今この基地の動きを考えると、たった今始動した作戦の概要が書かれている可能性が高い。
「班がいくつかに分かれてるけど、部隊の中に作戦開始時の集合地点がしていされてないやつらがいる。いや、むしろ指示の流れ的にこの部隊が第一段階を終えた瞬間から作戦開始なのか? 何を任されてるんだ?」
候補としてまず考えられるのは、『成り代わり』にしたプレイヤーの数。つまり、十分な戦力が揃ったと判断してからの作戦行動。
しかし、それは計画としては綿密さに欠ける。プレイヤーの戦力は千差万別だし、最初から狙った固有技などがあったとしても運用するためには検証や打ち合わせが必要だ。作戦の要になるとしたら、単純な役割だとしても即日投入などできない。七草や霜月のような例外が発生する可能性も考えれば、信頼できるかどうかも確認する必要があるはずだ。
だとすれば、もっと急を要する、その準備さえできれば大規模な作戦を即座に開始できる……いや、準備が出来次第、すぐさま作戦を開始しなければいけないような下準備とは?
(考えろ。それだけ速度を求める作戦なら資料を持ち帰って解読してたら手遅れになるかもしれない。いや、そんな論理的な理由じゃない……ただ、悪い予感がする)
夜通鷹は特別に勘が鋭いわけではない。
いくつかある箱から当てずっぽうで景品の入ったものを当てろと言われても人並みに外す。
しかし、危機を感じ取る能力だけは周りに一目置かれるほどに高い。背後から自身を狙う銃口を感じ取り固有技を発動して避けられる程度には。
(情報が足りない。図だけでもわかることはいくらでもあるはずだ。他のページも見ないと……)
ページをめくる。
さすがに暗号化するほどなので、一見して全容がわかるような図はほとんどない。しかし、図を見ていく内にふと、あることに気がつく。
(この図、『蜘蛛の巣』での作戦会議で見たことのある図と似てる……こっちも、これも、似てるというより……参考にしている?)
犯罪組織に属していたプレイヤーが『成り代わり』に含まれているとしたら、本当にシャークの作戦を原型にしている可能性もある。
だとすれば、シャークの立てた作戦に似たものがあるはずだ。
(条件が整い次第すぐさま動く必要がある作戦……MPK!)
モンスターを発見、誘導した直後からできる限り速く段階を進めなければ実行した者自身が襲われて失敗してしまう犯罪行為。
認識を改め、ページを初めからめくり直すと、違ったものが見えてくる。
(この絵、覚えがある。あの時の作戦で……『6月』の作戦でだ! 畜生! あいつらまさか、あれを元に同じようなことを繰り返すつもりなのか!)
めくり直す。
その速度は段々と上がる。
(ゲート封鎖、転移なしでプレイヤーのエリア移動にかかる時間の想定、対応速度の予測、その時に必要な押さえておくべきポジションと固有技、情報封鎖、フィールドでの待ち伏せ、効率的パニックの誘発……HP回復ポーションの配備……だと?)
手が止まる。
思考は加速し、止まらない。
やがて、加速した思考はそのまま解答へと飛び込む。
「なんてことだ! あいつらはさっきなんて言ってた! 『誘蛾灯』だ! そこまで進んでるなら秒読みだろうが!」
石頭に資料をまとめて投げ渡し、ギルドホームへと繋がるルートを走って戻り始める。
「おいどうしたんだ! いきなりパラパラページめくり始めたと思ったら……」
「言ってるときじゃない! 早くメールできる場所へ行って味方に伝えないと間に合わないかもしれない!」
「何が書いてあったんだよ!」
立ち止まる時間ももったいないと、夜通鷹は走りながら自身の理解した資料の内容を言葉にまとめ、口に出す。
「イベントボス〖クラウディア〗! あいつら、街の安全エリアを無効化するあれを誘導して『時計の街』を襲うつもりなんだ! いや、街を襲わせて混乱させている間にプレイヤーを攻撃して『成り代わり』にするつもりだ!」
見覚えがあったのは、二人の『模倣殺人』という能力を持つ少年少女を利用して『時計の街』に大きな混乱を生み出すというシャークにとってはかなり不本意だった作戦で使った、効率よく街を混乱させるためのポイントをまとめた地図。
それとMPKという方式が組み合わさる作戦を考えると、この作戦が浮かび上がったのだ。
「〖クラウディア〗は巨大な雲のモンスターで目下の街のHP保護圏を無効にする! 加えて、こいつら事前に通信封鎖系や隔離系の固有技を持ったプレイヤーをピックアップして先に『成り代わり』にしてたんだ! 一気にプレイヤーの数が減った時は無差別にじゃなくて、こうやって次の作戦に必要な駒を揃えていた!」
シャークの『ジャミングパルス』は街一つ分のメール通信をまとめて封鎖できる。直接の戦闘を嫌ったシャークらしい固有技ではあるが、同じような能力が他のプレイヤーに発現しているのも何ら不思議ではない。
「だがイベントボスの誘導なんてどうやるんだよ! いくらなんでも空の上にいるやつを追い込んでくるのは無茶があるだろ!」
石頭が走りながら付いてくるが、まだ状況を理解しきっていはいないためか全力ではない。
暗号文を読み解いた夜通鷹しか、まだこの危険を知ることができていない。
「『誘蛾灯』はそのための暗号だ! 今回の襲撃イベントで〖ハグレカカシ〗が持ってたアイテムは〖クラウディア〗を引き付ける効果を持った篝火みたいなものだったんだ! しかもさっき、それを手に入れたって連絡が俺たちの目の前で入ってる! 急いでるのはアイテムを所有してるやつがボスと取り巻きに狙われ続けるからだ!」
夜通鷹は通路を走り抜け、ギルド側からの侵入を防ぐための封鎖を取り払い、『仮眠室』へ出てメールを打つ。
しかし……
「……遅かったか! 『泡沫荘』への連絡がつかない! やばい、オーバー150クラス……エリア単位の封鎖能力が、もう発動してる」
フレンドリストの中の『時計の街』を内包する『歯車の国』にいると思われるメンバーが現在位置も検索できないダンジョンに存在するかこのゲームに存在しない場合の扱いになっているが、注意してみればこの時間に不自然だ。
「こうなったら……七草! 『種』から聞いてるなら反応してくれ。今は『泡沫荘』にいるはず……」
「……本気でまずいですね。リリス様を通じての11番……霜月との情報共有を試しましたが、生きているはずなのに共有できないスタンドアロン状態になっています。本気であらゆる情報の通信を封鎖する技みたいですね」
「ヤバい、ゲートポイントも既にそれぞれの街で待機してる『成り代わり』が身体を通して開きっぱなしにすることで封鎖してるはずだ。一番近くのエリアまでは転移で行けても、『歯車の街』には直接フィールドを通って入るしかない。しかもあっちは仲間内で時間を決めてあるから転移できる。注意喚起も間に合わない」
『時計の街』は最大のプレイヤー集積地。
通信不能という異常事態に陥れば、エリア内のプレイヤーが不安に駆られて状況を知ろうとさらに集合することだろう。そこに紛れて一般のプレイヤーに成り済ました『成り代わり』が、〖クラウディア〗到着と同時に街の中でプレイヤーを襲い、強引に『成り代わり』に変えていく。
それを防ぐには、先程裏の基地から出発した『成り代わり』のメンバーよりも早く『歯車の街』へ到着し、情報を広めなければいけない。
「どうする! あっちはもう既に準備が済んでる。移動用の手段も各所に用意してある。どうしても後手に回る」
今から夜通鷹が全力で走るとしても、既にNPC馬車などの移動手段が用意されている。
間に合わない……ここで、まだほとんど離れていない敵集団を足止めでもしない限り。
「……俺が攪乱して」
「いいえ、あなたは石頭さんと一緒に先に向かってください。ここは私が時間を稼いでおきます」
夜通鷹の言葉を遮り、お初が前へ出る。
石頭はそれに反対する発言をしようと口を開いたが、お初の表情を見て踏みとどまる。
「勝算はある……そう見ていいか?」
「はい、夜の間だけなら。先回りするには十分な時間が稼げるでしょうね」
「……ああ、任せた。行くぞ!」
「ちょっ、お初さん!」
ステータスダウンしている夜通鷹ギルドの正門を出て、ひた走る石頭。
その背後でお初は空を見上げ、薄く笑う。
「どうにも私的な理由で申し訳ありませんが……私の主様を危険にさらすあなた方をそのまま行かせるわけにはいかないので」
夜の闇と『影』が混じり合い、世界を包む。
「オーバー150『ダーク・ワン』。夜闇が私に味方する限り、お相手願います」
オーバー150『ダーク・ワン』
お初の発現させた固有技。あくまで、お初という一個体の人格に与えられたものであり、他の『サキュバス』やリリスには使えない。
巨大な『影』の怪物に変容する。周りの影エフェクトに触れて吸収することで回復でき、周囲からいくら影を吸収しても際限がない夜の野外だとほぼ無敵の力を発揮するが、強い光でダメージを受けるので日中は弱まる。
なお、その戦闘能力は全力なら本体であるリリスを越え、ほぼエリアボスのような扱いになる。
ちなみに、本来『人間』ではない彼女に新たな固有技が発現することはなかったが、凡百がメモリ経由で取り込んだ『Aの魔王』の因子をこっそりと引き取ったために発生した特例的能力。ゲーム難易度維持のためボス部屋では使えない制限はあるものの、間違いなく『泡沫荘』で最強の護り手となっている。




