322頁:特集『12月の革命 乱戦①』
良いお年を。
来年もよろしくお願いします。
お初と夜通鷹の行った行為はトリックとしては初歩の初歩だ。
監視カメラとなっている水晶に映る映像と同じものが映るように写真を撮り、それを水晶の前に固定しておけば、誰もいない仮眠室の中が常に映し出されることになり異常なしと見なされる。
問題はその写真を撮る姿と写真を差し込む瞬間を見られたら意味がないことだが、それはお初と夜通鷹の能力を組み合わせればどうにかなった。
すぐに写真が現像できるそこそこ値の張るアイテム《インスタントカメラ》を監視水晶と同じ数だけお初の『影』に持たせ、夜通鷹の『TRLPD』と『TW2Y』を組み合わせて撮影と写真の設置を『0秒』で終わらせる。
二回の固有技の使用で夜通鷹のEPは六割も削れてしまったが、すぐさま戦闘するわけでもないので回復できる。十分コストに見合う成果だ。
しかしそれも、おそらく霜月より遥かに大きな『影』とそれを同時に操るお初の精密性があってのこと。
そう……自分の身体に本来ない不定形器官を、手足として、目として運用できる能力があってこそ。
前から薄々感づいてはいたが、やはり今回の『成り代わり』との戦いに際しては、確認しておかなければならない。
「お初さんは……どうして、『こっち側』に着いてるんだ?」
《現在 DBO》
12月8日。18時20分。
『攻略連合』ギルドホーム、仮眠室奥の隠し扉にて。
カメラを気にせず探せば割とあっさり発見できた隠し扉の鍵穴に、様々なスパイ活動の訓練の結果最前線レベルでも通用するギミック解除系のスキルを仕掛けながら、夜通鷹はお初に尋ねる。
少し前までなら、思っていても問いかけることはできなかった質問だ。相手の正体を確定させてしまえば、それが『敵』でしかないと思っていた頃なら、絶対に問いかけるわけには行かなかった。
しかし、夜宵の行動原理を理解した今なら、疑った上で信じられる。偏見なく、ちゃんと質問の答えを受け止められると思ったから、これから行うことのためにちゃんと聞こうと思った。
ちなみに、石頭には部屋の外で見張りをしてもらっているので危険なことを答えられても聞かれる心配はない。
お初は、夜通鷹の質問に対して、一瞬悩んだ末に、こう問い返す。
「それは、『私たちがどうして真面目にゲームをクリアする手伝いをしてるか』って意味で合ってます?」
「……ああ、霜月は俺の護衛って役目があったし、『沼男』のせいで『サキュバス』としてはおかしい所もあったから例外かと思ってた。だけど、やっぱりお初さんもちゃんと味方してくれてるから……自分たちと同じような存在を敵に回してるのに」
プレイヤーそっくりなNPC……『成り代わり』に類するものが、このゲームをクリアする上での障害として産み出されたものだとすれば、信用を得て後で後ろから刺すのが目的だとしても、他の『成り代わり』を敵に回すのは合理的ではない。正体が割れたとしても『自分たちはシステム的に手を出せない』と衝突を避けることもできるのだ。
つまり、彼女らの目的は一律で『ゲームクリアの妨害』というわけではない。
「そうですね……正直に話したいですけど、話せないことの方が多くて、要領の得ない話になってしまうかもしれません。いいですか?」
「ああ、スルトとの戦いの時に、霜月や七草にも『どうしても言えないこと』があるのはわかってる。システム的に話しても問題ない範囲でいい」
「じゃあ、そうですね……まず、私が協力的なのは、私の主様であるあの人、大家さんが全面協力を決めているからです」
「『リリス様』じゃなくて?」
「私は景品として貰われた立場なので。未だにリリス様に仕える他の姉妹は基本的に中立です。プレイヤーの邪魔をしたりする気もないし、ゲームクリアの戦力として戦うこともない。強いて言うなら、生きるのに疲れた人に逃げ道をあげるくらいですね」
いつか、『サキュバス』は相手を誘惑して人間の脳のデータを絞り尽くしてしまうというような脅しをかけられたことがある。
しかし、その誘惑とは、あくまで承諾を得るということ。
死に方が身投げだろうがモンスターの袋叩きだろうが構わないなら、どうせ自殺するのなら、そのデータを余すことなく提供して欲しいということだ。
もちろん、恐怖や苦痛を感じず死ねるとしても、その誘いがなければどこかで死ぬのを諦めて生き延びていたかもしれない人の命を考えれば、罪がないとも悪行ではないとも言えないが、筋は通っている。
死んで欲しいわけではない。
しかし、死ぬなら最大限役に立って死んで欲しい。
その立場は、強いて言うなら傍観者に近い。
「次に、自分と近い存在との敵対という話ですけど……それで言うなら、人間と人間が争うのもおかしな話だと思いませんか? 逆に、人間が同族で争うのに、それを模した存在が同族で争うことがないというのもおかしな話だとは思いませんか?」
「つまり……この対立も、設計者の思惑通り?」
「それは違います」
お初は誤解を恐れるように、きっぱりと否定する。
「想定内ではあると思いますけど、思惑通りというのは違うはずです。これは、人間の選択に影響されて選んだ立場です。争いが手の平の上ということはありません」
「じゃあ、なんでこんな正反対の行動をしてるんだ?」
『死にたい』という言葉をキーワードにする〖ミーム〗も、根本的には『サキュバス』と同じ、プレイヤーの選択に任せる性質があったはずだ。
しかし、〖ミーム〗は生きようとする夜通鷹を後押しする『サキュバス』と違い、無理矢理にでも死に引きずり込もうとする意思がある。
「そうですね……生まれとか経緯とか、色々違いはありますけど、一番は『派閥の違い』ですかね」
「『派閥』……」
「『思想の違い』と言えば、もっと人間らしいですか?」
なるほど、さすがは人間を模した存在だ。
人間の争いも、利害や誤解を突き詰めて解決しようとしても、最後には思想の違いという折り合いのつかないものに突き当たる。
なんとも明快で、なんとも複雑だ。
「……『彼らは壊れていて、正常な判断もできずに悪行を積み重ねています。誰かが止めないと救われない。だからあなた方に力を貸します』。そういった方がよかったですか?」
「いや、正直に答えてくれてよかった。ありがとう、お初さん」
『思想の違い』とは、『正当性の価値観の違い』でもある。
それを認めるという時点で、相手にも相手の正当性があると認めているのと同じだ。悪役を倒すのではなく、正義を持つ他者を否定することになる。
しかし、夜通鷹は自己を絶対的な正義のために戦っているなどとは思わない。
「つまり、みんな自分の都合のために戦ってる。俺だって、大切な人のために戦ってる。誰が悪いかじゃない、何が悪いかで物事を見るべきだ……俺だって、そのことを教えてくれたあの人に、もう一度会いたいだけなんだ」
鍵が開く。
警報トラップなどを警戒して慎重にやった分時間はかかったが、問題なくちゃんと開いた。
扉を開けば、奥は暗い通路だ。
「お初さん、頼りにしてるから裏切らないでくれよ?」
「はいはい、心配いりませんよ。仮にもリリス様の分身、あなたほどの純粋な『愛』の持ち主を裏切れるわけがないですから」
外で見張りをしていた石頭を呼び戻し、三人は地図にない未知の領域へと足を踏み入れた。
18時30分。
隠し通路入り口付近にて。
「無音系警報トラップセットよし。これで撤退の時に運悪く入ってきたやつに挟み撃ちにされるってことはないはずだ」
「入り口付近のチェックも済んだぜ。テイムモンスターや使い魔が頻繁に来てる痕跡はない。臭いとかで追跡される心配もしなくていいな」
「奥の通路には『影』を延ばしておきました。これで曲がり角で敵と遭遇しても相手より早く察知できます」
「じゃあ、ここからはお初さんに頼ることになるけど、大丈夫か?」
「はい、照明も少ないようですし問題ないはずです」
お初は『影』を使う。
正確には、武器として判定される不定形のアバターの一部であり、その運用には人間には本来有り得ない器官を操作する思考プログラムとアバター本体のステータス減少という代償が必要になる。
お初と霜月の『影』の大きさの違いはここにある。前線で霜月は不意の攻撃を受けることも考慮し、ある程度のステータスを本体に残している分『影』は小さくなる。しかし、それに対してお初はステータスのほぼ全てを犠牲にして『影』を強化しているのだ。
しかし、重要なのはシステム的なステータスではない。
霜月は小さな『影』を武器や防具のようにアバター表面に展開して戦うが、お初は大きな『影』を身体から離し、もう一つのアバターとして主に腕の形で展開する。それはまるで、『イヴ』を展開したときのナビキのような使い方だが、『イヴ』大きなとは違いがある。
それは防御力。『イヴ』は《化けの皮》という防御力の高いアイテムで全身を覆っていた。しかし、お初は射程を伸ばす分『影』を遠くに離し、その上で装備に頼ることなく自身の『反応速度』だけで身を守っている。
親に与えられた役割が……動作の精密性が違う。
本来、この役目には霜月を呼び戻して当たってもらっても良かった。しかし、確実性を取るなら、何より『何かあったとき』を考えるなら、お初の方が合理的だったのだ。
「石頭さん、二歩先から落とし穴です。足場をかけておきます。あと、五歩先の足下にはシンプルな鳴子のトラップがあるので固定しておきます」
「呆れたもんだな……この床と壁の影全部に、お前さんの『影』が入ってんのか。その気になれば俺たちを囲って握りつぶすくらいわけないんだろ?」
「どうでしょうね。やりませんけど、やっても二等兵くんには固有技で逃げられてしまうのではないかと」
「で、俺はペチャンコにできると。かー、怖い女だよてめーは」
「味方だからその分頼もしいけど」
暗い通路の中はお初の独壇場だ。
あちこちにトラップがあることから、この暗さは侵入者を捕獲するためのものだとわかるが、お初にとっては制圧してくれと言っているようなものだろう。
それこそ、やろうと思えばこの隠された施設の中にいる者を端から殺し尽くすこともできるかもしれない。
だが、夜通鷹はそれを頼むことはできない。
「お初さん、わかってると思うけど……」
「もちろん、憶えてますよ。たとえ誰かを見つけても、極力バレないように手を出さずに隠れるルートを探すんですよね」
「ああ、頼む」
ここで暴れれば、あるいは燃料をばらまいて火でもつければ、『成り代わり』に大打撃を与えられるかもしれない。だが、今それをするわけにはいかない。
「具体的に何が行われているかを明らかにして、その上で敵対する。じゃないと、たとえ勝ったとしても何も解決しない」
ここでダメージを与えても『成り代わり』がどこまで広がってるかわからないままなら、何食わぬ顔で人混みの中に逃げ込まれ、そのまま暴挙に出た夜通鷹たちを悪役としてほとぼりが冷めるまで身を潜めてしまうだろう。
そうして、バラバラになったまま水面下で仲間を増やす。気付いたときには、誰も抗えないほどに大きくなるまで。
それを防ぐには証拠を持ち帰り、プレイヤー全体で先手を取るしかない。
「……早速来ました。三人、武装してます。そこの岩陰に隠れてください、『影』で覆います」
お初の広い索敵範囲は相手が来るより早く隠れるのに十分な時間を与えてくれた。
暗いところから明るいところがよく見えるように、『影』の中から近付いてくる人の姿が見える。
「だから、『密室』が破れた反応があったんです。一応確認しておかないと」
「それは了解しているが、あのルートとは限らんだろう。またボスが私用で出入りしただけかもしれん」
「もし侵入者だとしてもトラップがある。監視担当からは異常の報告はないし杞憂だろう」
(げっ、夜宵……『密室』でしか発動しない能力だとは聞いてたけど、その発動条件を逆に利用して施設の出入りを感知してるのか)
夜宵の『時を戻す』は強力な固有技だが、密室の中でしか使えないという制限がある。それを利用して、固有技が発動できなくなったことを表示させることで施設への人の出入りを監視しているのだ。
そして同時に、夜宵が中にいる時は奇襲などの大きな行動を起こされても固有技で『時を戻す』ことによって対応できてるようにしていることも予想できる。
(まずい、夜宵が仮眠室の隠し扉から出たら監視水晶に映らないことに気付かれる。隠し扉をあける瞬間を見られたくないだろうから入り口まで行って引き返す可能性はある。いつまで戻すかを選べる自由度を考えれば扉を開ける確率は低いかもしれないけど……)
「……今ならまだ、密室が直った瞬間まで戻せる。ホーム側に残ってる誰かに連絡して。タイミングを合わせれば侵入者をあっち側から確認できる」
「おい、それやるとこっちでの作業が混乱するだろ。そこまでしなくても……」
「大きな作戦が控えてるこの時期に不審なことがあった。こういう時はできるだけ慎重に、臆病になるのが人間らしさじゃない?」
「それは……」
「だが……」
(おい、やめてくれ! 今、仮眠室に入られたらバレる!)
夜通鷹が仮想の心音を高鳴らせていると、共に来ていた兵士の一人が正確な時間を確認して固有技を発動する準備に入る夜宵を制止する。
「……おい、待った。今連絡が入った、『誘蛾灯』が確保できた。作戦の準備に移るぞ」
夜宵と一緒にいた兵士の一人が、携帯端末のようなものを見せて振る。おそらく、固有技か何かでの通信だ。
それを聞き、夜宵は表情を一瞬険しくする。
「……罠にも反応なし、作戦中にギルド側から入れないように扉を完全封鎖してアイテムの配給を始める。急いで」
「了解した」
「できるだけ早くな」
三人のうち一人が隠し扉を内側から封鎖するために道を進み、夜宵と残り一人は通路を引き返していく。
数分して、封鎖を終えた兵士が早足で夜宵たちの後を追い、ようやく夜通鷹たちは岩陰から姿を現す。
「少々危なかったが、運が良かったか?」
「わからないけど、召集がかかったみたいな感じだった。一カ所に集まってくれるなら動きやすくなるかもしれない。お初さん、索敵お願いします、少し急ぎで」
「わかりました、先程の方々をみる限りこの先は罠が少ないようなので、範囲を重視して一気に『影』を広げます」
お初はそう言い、目を閉じてしばし沈黙する。
周りの影が蠢く気配がする。しかし、よく見ていなければ影の濃さが微妙に普段より濃いかどうかという程度にしか見えないだろう。
そうして、十数秒が経過し……
「……一カ所、妙に明るい場所があります。おそらく、大規模な設置型のアイテムで長時間強い光を当て続けている、コスト的に考えて重要な施設の可能性が高そうです」
明るい場所ではお初の『影』の探索能力は激減してしまう。その重要施設は、夜通鷹たちの目で調べなければならない。
夜通鷹たちは無言で頷き合い、その施設の場所へと移動した。
そして、そこで見たものは……
「こりゃ……」
「まあ、なんと言いますか……大丈夫ですか、二等兵くん?」
「……ああ、一連の事件がこのギルドの裏側と繋がってるって思ったときから、予想はしてた。だけど、まさかギルドホームの裏で……俺たちが犯罪者を捕まえて連行してきてるギルドホームの裏に、こんなものを作ってるなんて……馬鹿にしてるだろ」
声に怒りが籠もった。
犯罪組織の一員として、その出荷過程を見ていた記憶、そして犯罪者を取り締まるものとして学んだ知識、今は無きギルド『ルーブル・ノワール』の地下倉庫に満ちていた匂い。
それらから推測すれば、推理するまでもない施設。
「こんな大規模な……麻薬工場がここにあるなんて、ふざけてるだろ」




