317頁:特集『12月の革命 暗躍③』
寝落ちして投稿遅れました。
夜通鷹が『タカちゃん』という偽名で『攻略連合』に潜入した背景には、椿の策略があった。
「このタイミングで『革命軍』なんて組織が現れれば、十中八九あなたの関与は確定的なものとして見られます。なので、そこを逆に利用しましょう」
夜通鷹は、自分が発案者であり発端である『革命軍』には当然戦闘員として参加すべきだと考えていた。それが責任だと思うし、勝算以前に当たり前だと認識していた。
だからこそ、裏をかく。
『革命軍』の戦力に数えず、作戦の通達すらせず、全く関係のない場所に配置する。
事業に例えるなら、発案者がプロジェクトから除け者にされているようなものだ。夜通鷹の発言力の低さが伺えるが、理にはかなっているため反発することはない。
何せ、夜通鷹が担うのは、他の誰にもできず、誰よりも危険な役割なのだ。
「『革命軍』の目くらましも、そう長くは続かないはずです。でも、少しでも隙がある内に打つべき手ですから、正体を暴かれる前提で動いてください」
今までの、目立つ反逆行為を避けながら静かに情報を集めるだけの潜伏型スパイとはまるで違う、危険度が跳ね上がるスパイ行為。
「調査の間にギルドの内部、あなたの信用できる人達に接触して、味方にしてください。最終的に『成り代わり』を根絶するには『攻略連合』の内部の戦力が必要になります」
『正体を隠す』。
それだけでやってこられたらこれまでとは違う、『正体を明かす』ことすら武器にする必要のある戦法。
信用する相手を間違えれば即死もあり得る、本当に命がけの工作活動だ。
《現在 DBO》
12月5日。11時10分。
『攻略連合』ギルドホーム内部にて。
アクセサリー型のアイテムでプレイヤーネームを偽装した夜通鷹は、自分と同じく『泡沫荘』の住人であった石頭の協力の下、『冒険者協会』の身元保証を得てギルドへ潜入を果たしていた。
(ていうか、石頭さんが『冒険者協会』の所属だっていうのは知ってたけど、『OCC』はどこまでコネクションがあるんだ?)
『冒険者協会』は表向き解放済みエリアの完全攻略を掲げた、どのギルドとも違う勢力圏を持つ集団だが、その本質には『ゲーム世界への永住』という思想を抱える危険な集団だ。
裏側での悪い意味での知名度は犯罪組織『蜘蛛の巣』と並んで高い。
それなりの時間を一つ屋根の下で過ごした夜通鷹の認識としては、石頭は狂気的な部類ではない。むしろ、雰囲気としては荒っぽく危うい仲間たちの舵を取り安全なルートを探るシャークと似たところを感じる。組織としては危険でも、構成員が一人残らず敵意や狂気を持っているわけではないのだろう。
しかし、組織の名前は力を持つ。
プレイヤーの相互協力を掲げている表の顔でも、プレイヤーの安定した生活が必要な裏の顔でも、『正体不明の殺人犯』などというものはしておけない。
『攻略連合』ほどの大ギルドでも、断れば何をするかわからない組織の申し出を撥ね退けることは難しい。
「まさかの正式申請だし……石頭さん、もしかして組織の中では結構偉い人?」
「こっちじゃ、単純にレベルが高いだけで結構融通利くからな。だが、それでもあの家じゃ大家に頭上がんねえけど」
「大家さんどんだけ……」
二人は、表向き情報系スキル特化の非戦闘員とその護衛という触れ込みになっている。実際、呪いでレベルまで下がっている夜通鷹は戦えるステータスではない。
しかし、やはり危険なの役割はどうしても夜通鷹にしかできないのだ。
「その『成り代わり』がバカじゃなきゃ、俺達に情報を掴ませまいとしてくるはずだ。つまり……」
「逆に言えば、妨害が激しい方向へ行けばあっちにとって厄介な情報がある可能性が高い……その分、危険になるけど」
「元から、長続きする作戦じゃねえんだから、バレたところで問題ねえ。てか、追い出されても生きて帰れるなら御の字だろ」
「『冒険者協会』は? 勝手にギルドと因縁作ったりしたら怒られるとかない?」
「生憎、既に嫌われてるのはわかってんだ。それに、『成り代わり』の情報がいち早く入ってきただけで十分に得るものは得てる。偽物だらけのギルドとなんて仲良くする価値もねえ」
今は廊下を移動中。
石頭が持参した使い捨てのマジックアイテムで周りとの音は遮断しているので会話は聞かれる心配はない。本来はダンジョンの中で仮眠を取ったり隠密スキルが足りないときの補助に使うアイテムだが、こうして内密な話の時に使うのも不自然ではない。
夜通鷹はアイテムが発動していることを確認しながら、サブマスターから渡されたギルドホームの地図をみる。
一般的に新メンバーに配られるものと同じだが、中にはいくつか印が付けられている。
受け取ったときの話では、ギルドメンバーのプライベート空間やギルドの機密情報が保管されている場所であり、事件との関係性は薄いはずなので調査を避けて欲しいということだったが……
「確かに、バカじゃないみたいだ。妨害はもう始まってる」
ギルドメンバーとしてギルドホームを詳しく知る夜通鷹は、その印の位置に違和感を覚える。
『第二会議室』や『武器開発室』など、名前だけ見れば重要で機密がありそうな部屋に印がついているが、実際はめったに使われずサボり時間の溜まり場になっている場所やギルドメンバーなら普通に出入りできる単純な作業場だ。
中には、おそらく本当に調べられても問題のないだろうと思われる場所もある。ブラフも考えると、どこを調べるべきかはちゃんと見当をつけておくべきだ。
まずは、普段なら隠す必要のない場所……それを、今回だけ隠す意図を考える。
「夜宵を含めた『成り代わり』は、普段は普通にギルドメンバーの一人として振る舞ってる。それなのに、特別な場所を集会場や情報伝達の場所にしてあるとそこに出入りするメンバーから特定される危険がある。だから、敢えて普段から誰でも入れる場所に伝達手段とかを隠してあるとか……そんなところか?」
さすがにわかりやすく掲示板や封筒が隠してあることはないだろうが、どこかにサインか何かが残せるものがあるかもしれない。それを書き換えたりすれば、『成り代わり』の行動に支障が出るようなものが。
あるいは……
「『地図に載ってない秘密の部屋』……拷問部屋だったか?」
本当に見つかりたくない場所は、地図にすら描かれていないかもしれない、そう考えてつぶやいた独り言から、なんとなく連想したのは過去に調査したある噂。
「お? なんだそりゃ?」
「いや、大分前だけど、このギルドで流行ってる噂を調べた時に……シラヌイに言われて調べた、七不思議の中に……」
そこまで言って、夜通鷹は気付く。
あの時は、性格の悪い小娘の悪戯としか思わなかった七不思議の調査だが、その中の一つである『敵前逃亡対策室』は夜通鷹が殺されかけた『保留事案対策室』のことであり、他の噂にも元となる秘密は大なり小なり存在した。
あの時、先に『敵前逃亡対策室』について詳しく調べてマークしていれば、今の状況は大きく違った可能性がある?
「『殉死者の石碑』……裏には、真のギルドメンバーのための秘密の会議室がある。『読んではいけない指令書』……普通の書類に紛れた、赤い文字の命令。『仮眠室の幽霊』……仮眠室でサボっていると幽霊に驚かされる。あの部屋には、監視の水晶がある。これが全部、重要なものだったら?」
『殉死者の石碑』……夜通鷹には石碑ではないものの、連想するものはある。だが、その裏に隠し通路はないはずだ。少なくとも、頻繁に人が行き来していればわかってしまう場所だった。
あれの裏には、岩壁があった。
背を山に寄りかかるように建つこのギルドホームの中庭の奥、そこに秘密の部屋が……『空間』が、あるとすれば……
「……ここは要塞だ。背後が山に食い込んで作られてるから、もし本当に戦争になっても前さえ守れば籠城できるように作られている……そう聞いたことがある。だけど、もしそんなことになったら、脱出できる隠し通路くらいはあってもおかしくない。なら、それを拡張すれば……」
ならば、入り口はどこだ?
勝手に人に入られることがなく、常に監視できるが、目立たない場所。
あの日……夜通鷹たちは『あの部屋』を調べて、簡単でわかりやすい仕掛けだけ見つけて、それで噂の正体は解決したと考えて、まだ何かないかを調べようと考えていた夜通鷹もシラヌイのカミングアウトにどん引きしてその意欲を失って、それきりだった。
あれは、客観的に見れば、見ている者がいたとすれば、『一度あの場所を調べながら、簡単な囮に引っかかり、もう見向きもしなくなった警戒に値しない連中』という印象を抱かせていたのではないだろうか。
地図を見る。
あの部屋は……『仮眠室』は、プライベートスペースを理由に調査を避けるように印が付けられている。
そして、その位置は半円に近い城の断面の、背面側の壁のすぐ側だった。
「『赤い文字の指令書』が、『成り代わり』同士が指示を出すための暗号か何かの印だと考えれば、読んではいけないというのも頷ける。拷問部屋と会議室も、あいつらが仲間を増やす手段を考えれば、拷問部屋が重要施設になってることも不思議じゃない。その悲鳴か何かが、静かなあの場所で辛うじて聞き取れるような音漏れを起こして、それが分裂して、他の噂と混ざって別の噂になっていたら……」
答えは、あの時点で目の前にあったのかもしれない。
ギルドメンバーとして澄まし顔で『成り代わり』が紛れ込んでいたように、いつも我が物顔で歩いていたこのギルドホームに、裏の顔があったなら……
「……『みんな見てるのは上っ面ばかり』か。シラヌイ」
彼女が何をどこまで知っていたかはわからないが、その行動の裏にヒントがあったのではないかと、信じてみたい。
もし、ギルドの上っ面に隠された汚い裏側を見つけてさらけ出せば、ギルドメンバーを味方につけることもできるだろう。
しかし、夜通鷹の想像通りなら、敵側も一番見つかりたくないものを見られまいと、そこに近付けば生易しい妨害を超えた直接的な攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
その時、石頭だけでそれを防ぎきれるかと言えば、難しいだろう。
「やっぱり、ギルドの中の誰かに手伝ってもらう必要は出てくるか……」
そこまで、考えたところで、遮音のアイテムの使用時間が限界に近いことに気付く。丁度いい頃合いだろう。
「石頭さん、打ち合わせ通りに」
「ああ、俺は遠巻きに護衛してやる。邪魔しないから、思う存分口説いてこい」
姿形は違っても、ここのギルドメンバー、特に『三軍』のメンバーの人柄や性格は知っている。
強面の石頭を敢えて離して話しかけ、信用を勝ち取る。そして、味方に付けて協力してもらう。
そのために、夜通鷹たちがまずやってきたのは、暗黙の内に『三軍』だけが使うことになっている休憩室。
夜通鷹は若干緊張しながら扉を開け、中の見知った顔を見つけて、声をかける。
「『三角定規』さん、ちょっとお話があります。お時間をもらってもいいですか?」




