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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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313頁:特集『12月の革命 逃走劇②』

 ある日 森の中 熊さんに 出遭った


 童謡の歌詞として聞くなら、なかなかにほんわかとした印象を受けるフレーズだが、現実世界で考えれば死を覚悟するべき状況だ。

 しかし、ゲームにもよるが仮想世界なら、熊のモンスターは初心者相手の野生動物崩れが多く、そこまで緊張するものではない。


 このように、状況が違えば同じフレーズでも感想が変わるものだ。


 ならば、これはどうだろう。



 ある日 森の中 知り合いに 出遭った



 その知り合いというのが近所に住む人間で、森というのが家の近くの日常的に利用する場所ならどこもおかしくはない。仮想世界にしても、狩り場が偶然被ることも稀になくはないから、問題はない。


 ならば、もう少しだけ条件が違えばどうだろうか。



 指名手配された日 逃亡中の森の中

 武装した知り合いに 出遭った



 熊より怖い。そして気まずい。

 相手は仮にも戦闘三大ギルドの一員で、犯罪者を見れば取り押さえる義務を持つプレイヤー。そして同時に、自分が住んでいた集合住宅のお隣さんであり、一度は犯罪者として『誘拐』した相手でもある。


 そして、よりにもよって、自分は仮面によって変装した状態であり、念のためにと装備も隠密用の黒装束に変えたところだった。

 見るからに不審者であり、仮面をとれと言われる可能性が高いが、仮面を取れば指名手配になったばかりの隣人の顔。取らなければそのまま不審者として拘束されてもおかしくない。


 それは困る。

 逃げようと思えば逃げられるが、森の中で騒げば追っ手に見つかるかもしれない。


 本気で戦えば声を上げる前に動きを止められるかもしれないが、もう帰れないとはいえ一つ屋根の下暮らした隣人に手荒いことはしたくない。しかも、HPは回復中で万が一だろうと強硬手段に出た結果負ける危険もある。


 つまるところ、『地味にピンチ』……それが、鎌瀬の……『夜通鷹』の、今の状況だった。





 





《現在 DBO》


 12月1日。18時20分。

 とある森林型のフィールドにて。


「えっと、あなたは……」

「っ!」


 鉢合わせしたプレイヤーに声をかけられた鎌瀬は、猛烈に焦っていた。


(どうしたらいいんだこれ! 下手したらこのまま詰むぞ!)


 目の前には、モンスター狩りを想定したのか武装したプレイヤー、それもよく知る顔の女子レモン。対する鎌瀬は、日も沈んで隠密活動に補正がかかると着替えたばかりの黒装束。

 着替え終わる瞬間、本格的に隠密状態に入る直前に見られたのは本当に運が悪かった。


 だが、反省は後だ。

 今の問題は……


(このままだと、あのアジトからそれほど遠くないこの森に『攻略連合』の追っ手が来る! それが『成り代わり』ならレモンの身も危ない! どうする!)


 絶賛指名手配中。

 しかし、捕まるわけにも行かないし、たとえ捕まってしまったとしたら、真実を知る夜通鷹を夜宵たち『成り代わり』が見逃してくれるわけもない。そして、夜通鷹から話を聞いたかもしれないレモンもまた口封じされる可能性が高い。


 最善は、レモンを最小限の言葉で説得し、なおかつ危険な情報は伝えずにこの森から逃げてもらうこと。

 しかし、それは言ってみれば不審者が『理由は言えないけど自分は悪い人間じゃないから信じて見逃して欲しい』と言うようなもの。並大抵の話術でできる芸当ではない。


 だとすれば……


(投降するふりをしてとりあえず安全圏まで『連行』してもらってそこから逃げる……そもそも、今ならまだ仮面や隠密装備も狩りのための装備だと言い張ればなんとかなるかもしれない。多少不信に思われても、たとえ追いかけられる形でも、森から抜け出せばなんとか……)


 夜通鷹がそこまで考え、なんとか不自然にならないようにレモンを森の外へ誘導する言葉を口にしようとした時……



「川岸に上陸の形跡あり! この近くだ!」



 追っ手の……『攻略連合』の声が聞こえた。

 予想より早い、元々逃走されたときのためにダンジョン近辺の隠れられそうな場所に配置されていたのかもしれないが、早すぎる。

 説得の暇などありはしない。


 故に、鎌瀬はとっさに動く。


「隠れろ!」

「えっ!」


 困惑するレモンを無理やり抱き上げつつ、丈夫な幹と枝を持つ樹の上に音を立てずに登り、葉の中に紛れて潜む。『攻略連合』のプレイヤーは基本的に重装甲で兜を付けている者も多く、地上よりも見つかりにくく、仮に見つかっても逃げられる可能性の高い位置だと判断したのだ。

 もちろん、プレイヤー一人抱えて木登りなど楽な行為ではないが、追っ手が足下の隠れられそうな茂みを剣で切り払いながら接近している気配から、こちらを選ぶしかなかった。


 なお、地面に伏せる形で隠れようとした場合はレモンを『押し倒す』形になってしまうことが無意識に難易度が高い『抱え上げる』という動作へと行動方針をシフトさせたという側面もないとは言い切れない。それがヘタレたというべきか紳士的と言うべきかは見る人次第だ。


 しかし仮に、レモンが暴れていれば隠れることなど到底できなかっただろうが……


「…………」


 レモンは突然の事態に呆然としたままじっと夜通鷹の腕の中に収まっている。

 さすがは一度誘拐されたことがあるだけはある。


 息を殺す夜通鷹とレモンの真下を、二人の鎧装備の男たちが通り過ぎていく。


 その手には既に剥き身の武器が握られているが、鎌瀬にはそれの意味がわかる。あれ、無関係のプレイヤーと鉢合わせしても先手必勝で打ち倒せる備え。しかも、犯罪者鎮圧用の威力を調節した武器ではなく、モンスターを殺すための本気装備。


 夜通鷹は不安げにレモンを見る。

 冷静になってきた頭でこの構図を理解すれば、犯罪者が『公的機関』である『攻略連合』から逃げ隠れているようにしか見えない。下手をすると、自分も人質にされていると思ってもおかしくない。

 今、声の一つでも上げられたら……二人とも死ぬ。


 声に出して説得などできず、ジェスチャーでこの複雑な状況を伝えられるわけもない夜通鷹が仮想の冷や汗を流す中、レモンは一言も発せず、やがて数分が過ぎ、鎧独特の金属音の混じった二人の足音が十分に離れてから……


「……いきなり悪かった。実は……」

「あの、もしかして以前私を誘拐してくれた人ですか?」


 仮面が変わっているはずなのに、正体を見抜かれた。

 ダメージは発生していないし、プレイヤーネームは見えていないはずである。


 だとすると……まさか、抱き上げられた感触でわかったとでも言うのか。黙っていたのは、それを照合していたから?


 だとするとマズい。

 犯罪者であることが、しかも犯罪組織の一員であることがバレたことになる。


 今は小声で会話できる程度に離れているが、本気で叫ばれたり戦闘が始まったりすれば先程の二人は確実に戻ってくるだろう。レモンの視点から見れば味方が増える良手だが、実際にやられたら一巻の終わりだ。


(マジでどうする! この状況でいきなり『こっちが正義の味方であいつらは悪者だ』みたいな話を信じさせられるわけがない! ていうか、なんでいつまでもじっと俺の腕の中でくつろいで……)


「なるほど……そういうことだったんですね。それなら、納得できます」


「いや、違う、俺は悪いことはしてな……え?」


「わかってます、怪盗さん。大丈夫です、お手伝いします」


「え、あの……」


「怪盗さんはあの時みたいに、汚れ役をやろうとしてくれているんですね」


「いや、話が……」


「さあ、とりあえずうちのギルドへ案内します。基本的に男子禁制で通ってるから、匿ってもしばらくはばれないはずです。ダメって言われても……こっそり、私の部屋で匿います。だから安心してください」


「頼むからちゃんと話をしてくれ。じゃないと安心できない」


 まさか、レモンの中では『紳士的な怪盗さんと運命の再会』的な妄想が完成しているのではなかろうか。

 確かに、以前彼女を誘拐したときはそれ自体が厳しい環境にいた彼女を救済するために行われた半ば狂言誘拐に近い事情があったが、いくらなんでもそれだけでギルドに招き入れる提案までするのはどうかと思う。自分の手柄にするために騙して袋の鼠にするというのならわかるが、レモンはそういう性格はしていないはずだ。


 とりあえず、彼女の中では夜通鷹は好意的な存在として扱われているようなので、そのイメージを壊さないように話を合わせて逃げる算段を立てないといけない。

 そのために、まずは彼女の認識を聞くのだ。

 それがどんなに事実から離れたものだろうと、たとえ前世からの縁だと言われようと、後で恨まれない程度に話を合わせて、虚実を織り交ぜて協力関係を確立させなければ……


「あなたは、『攻略連合』の上層部が組織ぐるみで隠蔽している悪事の証拠を盗み出して、さっきの二人のようにその悪事を隠蔽しようとしている人たちに追われているんですよね?」


「……あ、うん、よくわかったね」


 話を合わせるまでもなく、ほぼ満点の大正解であった。







 同日。19時45分。


 最寄りの『街』に着くまでに話をしてみれば、種明かしはあっさりとしたものだった。


 ギルド『アマゾネス』は、『「攻略連合」が組織ぐるみで不正を行っていて、それを知ったあるプレイヤーを排除しようとしている』という情報を得て、その矢先に『攻略連合』が大人数を動かして不穏な動きをし初めた。

 そのため、その動きの意図を知るべく比較的隠密行動が得意なレモンのような戦闘職が秘密裏に調査にやってきていたのだそうだ。


「情報元は『OCC』だと聞いています。そして、私はもし『攻略連合』に追われているプレイヤーがいたら、現場の判断次第では確保して連れ帰るように言われています」


 仮に、明らかな犯罪者、嘘偽りない凶悪犯のようなら放置して『攻略連合』に任せる。

 しかし、もしも不正の証拠を握っているようなら……『攻略連合』の弱みを握っているなら、秘密裏に手元に囲い込む。


 レモンが夜通鷹を『悪人』だと判断していればそのまま『攻略連合』に引き渡されていたわけだ。レモンの中では夜通鷹は犯罪者ではあるけれども、裏に納得できる事情がなければ悪いことはしない義賊のようなものとして認識されているらしい。

 さすがに義賊というのは、記憶が美化されているように思うが、実際の所、確かに理由もなく犯罪などしたくないのでそれほど間違っていない。


 しかし気にかかるのは、『鎌瀬』としてかけられた指名手配の件。合わせて考えればすぐに正体がわかってしまうはずだ。

 つい先ほどのことで連絡が遅れているのかと、それとなく聞いてみると……


「えっと……あ、これのことですね。先程来たメールに詳細がありました。『攻略連合』が申請した指名手配ですけど、『同盟』はそれを承認していないみたいで詳細情報とかは公開されてないそうです。なんでも、殺されたことになっているプレイヤーが先日目撃されているとかで、追加の証拠を求めているところみたいで」


 『殺されたことになっているプレイヤー』とは『恩人』のことだ。彼女はここ半年は眠り続けていて目撃などされるはずはない。

 それがつい先日目撃されたという言葉に驚いた鎌瀬だが、すぐに思い至る。


 『仮面屋』とのデートの時だ。

 あの、『恩人』の姿を借りた『仮面屋』とのキスシーンは注目を集めて噂にまでなっている。ギルド内ではその個人としての照合はされていなかったが、『同盟』の中心たる『大空商店街』の勢力圏でのことはあちらのギルドではより詳しい情報として記録されていたのだろう。


(あの時、あいつは俺の覚悟を聞いてあの行動に出た……まさか、この展開への布石だったのか?)


 あれは確か、鎌瀬が死亡者数についての調査を依頼した直後だ。

 あの時点から、鎌瀬が危険な情報に触れるのを予期して、相手の取る最も痛い一手に対しての防御策を仕込んでいたとは考えられないだろうか。


(思えば、『仮面屋』に止められたようにバカ正直に『成り代わり』の可能性を報告してたら逃げ場のないギルドホームで囲まれて詰んでたな……おかげで首の皮一枚つながった)


 しかし、それでも目の前の問題は深刻だ。

 第一に、この先どうしても越えなければいけない関門がある。


「……見えました。止まってください」


 気付けば、街の中央が近かった。

 『街』の象徴の前に配置されたゲートポイントを通れば、果てしなく遠い陸路を逃げ隠れしながら踏破せずとも遙か彼方の別の『街』へと行くことができ、そのまま行けばあと数時間以内に『アマゾネス』のギルドホームへとたどり着けるだろう。、


 しかし、相手もそれを見逃してくれるほど優しくはない。


「やっぱり、ゲートポイントの周りは見張られてるか」


 以前、『時計の街』で行ったようにゲートに身体を半端に通して封鎖するというような手は取っていない。あれは非常時でもなければ深刻なマナー違反であるし、凶悪犯がいるかもしれないとしても、逃げようとするプレイヤーまで閉じこめてしまうことになるので大義名分としては足りない。

 むしろ逆に、敢えて封鎖を甘くしておいて『鎌瀬』を助けに来る者がいれば誘い込んで包囲する方が賢いやり方だろう。

 当然、変装しているとはいえ身元の証明もできないのに内側から逃げようとする夜通鷹も通してはくれまい。


 罠を張るため、あくまで表面上は狩りパーティーの待ち合わせでもしているかのような顔をして平常を装っているようなので『アマゾネス』に所属するレモンは通してもらえるかもしれないが、夜通鷹を連れていれば止められる。


「ここは煙玉とかで陽動すれば……いや、その報告が行けばゲートの先の街で包囲されるだけか」


「怪盗さん、『変装スキル』とかは……」


「全くの他人に化けられるのは仲間にいるけど、俺一人じゃできないな」


「そうですか……あ、さっき送ったメールの返信が来ました。えっと……この状況をなんとかできる固有技の持ち主が協力してくれるそうです」


 どうやら状況をメールでギルドに飛ばしていたようだが、口振りからするとこの状況をなんとかできるのはギルドの人間ではなさそうだ。信じていいのか不安になるが、レモンは自信満々で足を踏み出す。


「怪盗さん、お手数ですがもう少しこっちへ。ゲートが開いたとき、あちら側から見える位置に立って欲しいそうです」


「あちら側から見える位置ってことは、あいつらにも見つかる可能性が高いな……って、ゲートが開いたとき? あっちからこっちへ来るのか?」


「あ、いえ、こっちから開いた方が安全なそうなので、私がゲートを通ります」


 これは、協力者が裏切ったら夜通鷹は敵地のど真ん中に取り残されることになるのではなかろうか。

 それは非常に怖い事態だが……


「ああ……頼む。信じるぞ」


 レモンが自分の正体を知らなくても、自分を信じてくれたように、自分も見ず知らずの協力者を信じてみることにする。

 どちらにしろ、これからは一人で戦える段階ではないのだ。赤の他人に信じてもらうために、自分から信じることも必要になる。


「では、行きます」


 レモンが、自然な狩りの帰りを装ってゲートの前まで歩き、兵士たちと軽く言葉を交わしてゲートを開く。


 夜通鷹は、ゲートが開いた瞬間、兵士たちに見つかることも覚悟して、身を物陰から投げ出した。


 そして、動くものの気配に視線が引き寄せられる瞬間……



「『アポート・ポート・レポート』」



 夜通鷹は、ゲートの『向こう側』にいた。

 急に地面との角度が変わり尻餅をつく。


 おそらく可視範囲のものを対象とした転移……『アポート』の固有技。


 以前、同じように急に消えた敵を知っている。

 その背後にいた、かつての敵対組織を、『鎌瀬』は憶えている。



「ようこそ、体制の敵側へ。あの時は確かにこっちが悪かったのはわかってるが、やっぱり負けた雪辱はある。あの時のリーダーがいる『攻略連合』に一泡吹かせてやるというのもいい意趣返しだ。そうだろう?」



 急な転移に驚く夜通鷹を取り囲んでいたのは、いかにも魔法使いといった装備の一団。

 先月、『魔法少女の杖』を巡って争った、小規模ながら実力を持つギルド。


「そのために協力と行こうか、怪盗さんとやら」


 魔法至上主義ギルド『サバト』。

 今日の友は、昨日の敵だった。

 固有技紹介。


 オーバー100『アポート・ポート・レポート』。

 ものを取り寄せる魔法陣を描ける固有技。

 初めて転移させる場合は使用者の可視範囲内のものに焦点(ターゲット)を合わせて魔力を消費すると手元の魔法陣に移動する。ただし、転移させるものの質量に消費魔力が増え、描く魔法陣のサイズも大きくなるため、人間一人分で5分程度準備に時間がかかる。

 一度転移させたものは発動時に召喚される結晶に記録され、可視範囲外からも対象が(対象がアイテムだった場合はそれを『使用』した者が)魔力と時間を消費して転移して来られるようになる。


 ただし、結晶は一つだけで全ての対象に対しての共有される。結晶の中の記録は一斉削除以外の編集は不可能。

 そのため、味方と敵対者を同時に記録してしまうと味方の移動に使える反面、いつ敵対者が攻め込んでくるかわからない諸刃の剣になってしまう。



 使い方次第では戦略的な価値すらある強力な固有技(ボス戦からの集団撤退なども可能)だが、重装な上に『魔力生成スキル』を持つ者が少ない『攻略連合』の不評を買い、前線で戦力として採用されることはなかった。

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