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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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乱丁42:ご近所付き合いを忘れてはいけません

「1998番です。なんなりとお申し付けください」


 ある日、この国には空から神様が落ちてきた。


 軍事力もなく、作物も育ちやすいとは言えず、年々厳しくなる寒波の前に直に消えゆくと誰もが思っていた小国。

 そんな国を見かねて救済に来たわけではない。今のご時世、消えゆく国などそれこそ掃いて捨てるくらいある。ただの偶然、ただの運命の気まぐれだ。


 ただ、『これ』がわたしの本国に落ちてこなかった不運には不満を憶えるしかない。そうなっていれば、わざわざわたしがここへ送られることもなかった。


 『堕ちてきた豊穣神』……通称『Bの魔王』。

 遥か古代のお伽話に登場する巨悪『α(原初)の魔王』にちなんで『A B Cの魔王』と呼ばれる本国が易々と手を出せない現存特殊戦力の内、唯一の純神族。

 それが、今わたしの目の前にある『これ』の……泥を垂れ流し続ける大岩の正体。


 始まりは、これが墜ちてきた畑が数日の内に豊作になったこと。種をまいたばかりの、元々あまり多く作物ができるわけでもない農場が、岩が墜ちてきたとき抉れた大穴ごと収穫可能なところまで急成長したのだ。

 そして、岩の中から流れ出した液体が大穴を満たし、そこに生えていた作物を溶かして飲み込み……消化した。


 しばらくはその状況を訳も分からず恐れていたこの国の人々も、やがてそれが『神の御業』としか呼べないものであると気付いた。

 大穴にできた泥沼の縁で作物や家畜を育てれば、瞬く間にその数が増える。そして、その一部が泥沼に取り込まれ消えるが、残りだけでもあまりある量になる。

 いつしか、その泥を違う土地の畑に撒くと、直接泥を浴びた部分は取り込まれるが、その周りが豊作になることが知れ渡り、消えかけていた国に未来への道が見えた。


 本国がこの国に目を付けたのはその頃。

 国を養える奇跡を手にしようと軍隊を送り込み、軍に登用された神官たちがようやくそれに気付いた。


 この岩が、純神族(カミサマ)の依代であり、意思を持つということに。


 神官たちが止めるのも間に合わず、所詮作物がとれるようになっただけの小国の貧弱な軍を蹴散らし、岩を砕いて持ち帰ろうとした本国の軍隊はその怒りに触れた。


『離れろ』


 純神族は本来温厚だ。

 だがそれは、彼らにとって人などとるに足らない存在だからだ。そもそも人の手の届かない世界に住む、世界を動かす力を持つ彼らが人の手の届く所に来てしまったことが異常だったのだ。


 神の考えることなど人の理解できるものではないが、それでも寝ているところをいきなり攻撃されれば、当然の結果として怒る。

 そして、純神族は、人が煩わしい羽虫を払う程度の怒りを向けるだけで、軍隊を滅ぼせる。


 ある神は嵐で、ある神は地揺れで、そしてこの神は疫病で。

 普段からこの泥で育った作物を食べるこの国の住人には害がなく、侵略者のみを襲う病により、軍は一日で滅び、この国は『Aの魔王』が本国と打ち立てた条約と同等の契約により不可侵の自治権を得て、魔王の領地となった。


 そして、わたしはこの地に魔法技術交換という名目の元送られた生贄……という皮を被った、別の使命を与えられた精神干渉の魔法を持つ魔法少女。

 わたしの任務は、この魔法をもって『Bの魔王』を『説得』し、合意の上で本国に連れ帰り、飢える民を救うこと。


 そのために調節され、技術を仕込まれた。

 全ては、本国を救う使命のために。


 そのために、わたしは従順に仕えなければならない。

 魔法では、地力が違いすぎる。

 隙を見つけ、少しずつでも心を動かさなければならない。


 それが、それこそが……



『問う。何を願う』



 それこそが、わたしの願いのはずだった。

 それなのに……


『答えよ。真の願いを』


 意識を向けられて、『声』を聞いて、そのとき初めて、自分が既に魔王の『体内』にいることを悟った。

 大岩だけでも、沼だけでもない。

 この国の草木が、この泥で育った全ての生物が、それを食べた動物が、全てが『Bの魔王』の一部だったのだと、余計な葉音の一つすらしなくなった世界で、全ての生物の音が重なって声を発する世界で、初めて気付いた。


 任務に失敗して死ぬことくらいは覚悟していた。

 しかし、そんな問題ではなかったのだ。

 『神様』が直々に願いを問うてくれている。内心を見透かし、興味を示し、言葉を待ってくれている。

 その存在としての格の違いを理解しながら、『嘘』を答えるなどありえないことだ。


 使命も任務も、一瞬で頭から消えた。

 残ったのは、ただ一つ。


「い……生きたい、です。今日も、明日も、明後日も……ずっと、生きていたいです!」


 初めて、使命や任務と関係ない自分の本音を聞いた。

 寿命を五分の一まで縮めて、純人族が魔法で勝てない多種族を屠ることのできる兵器として調節されたわたしの、自分でも気付かなかった願い。


 口に出して初めて気付いた、自身の小ささ。


 あまりに大きなものを目の前に、今まで見ていたもののなんとくだらないことか。

 本国のため? そのために造られたから? 他に生き方を知らないから?


 小さい。

 こんな大きな存在の前には、本国ですら小さなものだった。


『……受託した』


 泥が持ち上がり、わたしの身体を唐突に貫いた。

 突然の痛みに一瞬呻いてしまったけれど、不思議と悪い気はしなかった。


『五倍。これでいいか』


 『魔法少女』として、一生消えないはずだった短命の呪縛は、神の御業の前には絹糸ほどの力もなかった。

 泥が引き抜かれ、何故か傷一つない身体は、今までとはどこか違う感覚を持って、自然と頭を垂れた。


「魔王様……この命、あなたに捧げます」







 本国を裏切ったわたしは、特に咎められることはなかった。

 気付いてみれば当たり前、一兵卒に純神族を籠絡できるなどという期待は最初からされてなくて、元から失敗が前提の捨て石だっただけの話。

 陰謀を抱えていたわたしが殺されず生きているというだけで、『Bの魔王』が攻撃をいつまでも根に持ち報復しにくるタイプではないとわかれば、それで充分だった。


 本国からはあっさりと見限られたわたしは、自分で望むままに魔王様に仕えることができるようになった。


 楽しかった。

 国の人たちも、魔王様の寵愛を受けたわたしを悪いようにはしなかった。むしろ、崇められそうになって畏れ多いと断ったくらいだった。


 今まで、いつか消耗されるだけの兵器として育てられてきたわたしには、ただ一人の人として受け入れてもらえて、一緒に作物を収穫したり昔の話を聞いたり、そんな当たり前の生活が一番欲しいものだった。


 でも、世界はそんな当たり前をいつまでも許してくれなかった。


 世界が冷めきって、熱を失って、滅びの道を進んでいるのは変わりなかった。

 魔王様が作物を増やして飢えて死ぬ者がいなくなっても、魔力が尽きて凍え死ぬ者が増えていった。


「魔王様、このままでは国が、世界が滅びてしまいます。どうか、お力を」


『……』


「はい、魔王様の力が万能ではないことは知っています。ですが、もはや他国も自身の魔力で手一杯で買い入れることもできません。『Aの魔王』の発した世界凍結への警告により、誰もが魔力を求めて生き延びようとしていますが、このままでは誰も生き残れないでしょう。だからどうか……」


『……杖を』


「……はい」


 わたしの杖は、魔王様の力の一部を授かった。


『我にできるのはこの程度。人が生きてゆけぬ世界なら、人を捨てればよい。しばしの間、獣へ還るのだ』


 人は、純人族は、その優れた知性を持って文明を作り繁栄したけれど、その反面生きる力を失い獣の強さを失った。

 文明という道具に頼らねば、生きていけないほどに弱くなった。

 その知性を保つため、多くのものを食べる必要があった。


 ならば、今一度その弱さを捨てるほかない。

 知性を堕とし、世界が再び熱と食糧に満たされるまで待ち、長い冬をやり過ごすしかない。


 わたしが授かったのは、そのための魔法。

 わたし一人で世界の全てに魔法をかけることはできない。だから授かったのは、一粒の種。


 最初にそれが芽吹き、人を捨てるべきはわたし。


「必ずや、世界を」





 人から人へ、その病は広がり続ける。

 わたしが泥を植え付けた一人が、その泥を血の中で増やして次の誰かへ植え付けて、どんどん伝えていく。


 わたしは、心を泥に混ぜてそれを見守る。


『怖がる必要はないよ。みんな受け入れてくれれば、世界は救われる』


 国はすぐにみんなが泥を受け入れた。

 それが悪いものでないことは、魔王様の泥に触れ続けたみんなにはすぐにわかったから。


 隣国はパニックになったけど、すぐにみんな泥に染まった。予め、抵抗しないでほしいとは伝えておいたけど、何故か攻撃されて、国の人たちが少し減っちゃって悲しかった。

 でも、止まらない。

 泥で丈夫になった人が一人動けなくなるより、新しく泥に染まった人が十人生まれる方が早い。


 周りの小国はみんな仲間になって、次は大国、わたしの生まれ故郷に……



「ひどいものですね。これが、『Bの魔王』の乱心の結果ですか」

「狂暴化した患者に噛まれた人が狂暴化してまた誰かを襲う。こんなものが国境を越えてくれば国のシステムなんて簡単に崩壊するわ」



 空に浮かぶ二つの影。

 どこかで見たことがあるような気がする顔もあるけど、誰だか思い出せない。


「ここで止めないと、本当に手の打ちようがなくなる。手加減なんてしちゃだめよ」

「皆殺し……気分のいいものじゃないですね」

「それでも足りない。サンプルの実験は見たでしょ? あの泥を含んだ血の一滴でも残れば、また無限に増える。跡形もなく焼き尽くさないと」


 やめて。

 なんで杖をむけるの?

 はやくみんなをなかまにしないと、世界がなくなってしまうのに。


「わたしは、今から世界を救うために大きな罪を犯します。赦して欲しいとは言いません」

「こんなことをさせる私を恨んでもいいから、思いっきりやりなさい」


 どうして、わかってくれないの?

 わたしはただ、世界を救いたいだけなのに……











「という夢を見ました」


 マリー=ゴールドは、枕の下から『割れた杖』を出し、ベッドの脇に座っていたライトに手渡す。


「うーん、やたらお腹が空いていますね。私、どれくらい眠ってました?」


「一日半ってところだな。記憶の修復に時間がかかったのか?」


「それもありますが、変なウイルスに感染しないように慎重に探ってましたからね。それにしても、どちらも世界を救おうとした結果、言葉足らずで敵対してしまうというのは悲しいお話ですね。あるいは足りなったのはご近所付き合いかもしれませんが」


 人の精神に影響を与える『杖』を枕元に置いてマリー=ゴールドが意識して見た夢だ。ただの夢物語ではない。

 これは『杖』の持ち主の歴史。

 アイテムの元となった『意思』の記憶。


「ただの設定として植え付けられたにしては、鮮明に過ぎますね。まあ、彼女たちの正体に関してはライトくんの想像の通りじゃないでしょうか」


「だとすれば、やっぱり作戦はこのまま進めた方が良さそうだな」


 『サバト』のメンバーが敵対を表明してから約二日。

 ライトは各種の調査を進めながら、作戦の準備をしてきた。


「作戦って言っても、難しいことは何もないはずですが……なんなら、私も参加しましょうか?」


「いや、さすがにおまえみたいなチートを切る気はないよ。強いて言うなら、あの意地悪なじいさんが悪戯してこないように目を光らせててくれ」


「では、私が眠っている間に全員に話を通したということですか。作戦開始は?」


「そうだな。明後日、11月6日あたりに始めようか」










《11月4日 DBO》


 私は『凡百』、脇役だ。


 今は『呪いの杖に操られたメモリちゃん』ことスルトちゃんに攫われた人質みたいになってるけど、まあ私自身はお姫様でも何でもない普通の女の子だと自負してる。攫われた理由も、料理が美味しかったからってだけだし。


「ということで、私は別にあいつから逃げてきたわけじゃないし、あいつも変人ではあるけど危ないやつじゃないからね? そんな気を落とさないで?」


 二日前、私に爆弾を押し付けて逃げていったライトと鎌瀬くんと入れ替わるようにこの城を訪ねてきたのが、魔法ギルド『サバト』の人たち。

 何だかよくわからないけど、メモリちゃんに師事する約束をしていたらしい彼らは、見た目はメモリちゃんのままのスルトちゃんにいきなり忠誠を誓ってきた。


 で、驚く私を余所に、そういうのに慣れた様子のスルトちゃんは……


『いいでしょう。ただし、条件としてある男を仕留めて来てもらいます』


 そういって、逃げたライトを追う手駒として彼らを利用した。

 あれよあれよと進む話に混乱した私が止める間もなく、『サバト』の六人が出撃。そして、戻ってきたのは五人。


「あいつもそんな外道じゃないし、捕虜にして拷問とかやってないってば」


 彼らのライトへの印象は最悪だ。

 スルトちゃんが散々悪意を込めてこき下ろしたのもある(見た目が普段ライトにぞっこんのメモリちゃんだから余計に印象が悪かっただろう)。

 ライト自身の評判もある(一時期流れてた『犯罪組織のスパイだった』って情報は『二重スパイだった』になってるはずだけど、どうやら一部からはスネ○プ先生みたいな見方をされているらしい)。

 おまけに、私も軽く愚痴った。


 ……いやだって、こんなときばっかり顔出すならもうちょっと頻繁に会いに来てもいいじゃん。せっかく部屋も用意したし。

 『実は陰から見守ってました』じゃ、こっちから何かしてあげたくてもできないしね?


 結果、大方の予想通りにライトに撃退されて、殿を務めた一人は捕まったらしい。


 昨日はなんとか捕まった仲間を奪い返せる隙を見つけようと護送中張り付いていたそうだけど、まあ、相手がライトじゃ分が悪い。

 ドロケイの警察とかあいつムチャクチャ強いし。牢屋を手薄にしたと見せかけて騙し討ちとか上手かったし。初見で回避したの確か中学の同級生の明石さんくらいだけだった。


 で、今こうして仲間を心配する『サバト』の皆さんに料理を振る舞いながら慰めてるわけ。


「し、しかしこのまま何もされないということはないはずだ……きっと、人質交換などといってあなたの身柄を引き渡すように言ってくるだろう……そんなことになれば、あなたは……」


「別に心配いらないからね!? ライトは確かにいろいろアレなやつだけど、そんな危険じゃないからね!」


「くっ、私達に気を使ってくれているのはわかっている。安心してくれ! あなたをあんな外道に渡すことなく仲間も取り戻してみせる!」


「だ、だからね? 私とライトは別にそこまで険悪な仲じゃ……」


「いいのだ! わかっている。もう何も言わなくていい!」


「話を聞いてくれない!?」


 なんかDV夫に虐げられているにも関わらず『私が悪いから』って言い続ける可哀想な奥さんを見るような目で見られてる気がする。

 優しい人との関係に恵まれてるとは思うけど、恵まれすぎも困りものかな。私が何を言っても聞いてくれないかも。


(うーん、どうしようかな……まあ、ライトならむしろこの流れを利用しそうな感じはするけど。無闇さんからの伝言も伝わったはずだし……邪魔だったら、隙がなくて手を出せないようにするんじゃなくて、隙で誘って一網打尽にするかな)


 思案に暮れる私に、隣の部屋で『攻略本』を読んでこの世界のことを理解していたスルトちゃんが、こっちの部屋に顔を出して声をかけてきた。


「使者らしきものが来ました。敵意はなさそうですが、通しますか?」


「いや、それ魔王様が人質に聞くことじゃないよね?」


「そういった実務はいつも手下に任せていて……正直言うと面倒だから撃ち落とそうかとも思ったんですが……」


「あ、いや、通していいよ。多分大事な用件だろうし」


 私がそう言うと、ドアの隙間から首に手紙をくくりつけた首輪を付けた小さな『使者』が顔を出した。


「あ、確か『トーチちゃん』だっけ? マッチさんの所の」


 家の住人のマッチさんのテイムモンスターだったかな。それがこうしてお使いで来たと言うことは……


「ライト個人だけじゃなくて、周りとの意見がまとまったって意味かな。読んでみてもいい?」


 私の質問に首肯するトーチちゃんの首輪から手紙をはずし、内容を読む。

 そして、ちゃんと私の意図をくみ取ってくれたらしい文面を見て、思いつきの意見しか出さなかった私の何倍も考えてくれたらしい『作戦』を見て、思わず笑みがこぼれてしまった。


 ああ、私は本当に人に恵まれてるな……素直にそう思った。


「変則人質交換……人質をチップにした『戦争ごっこ』だってさ」


 互いが人質の命を握る故に成立する、ルールの上での戦争。

 目を盗んで取り戻すことも、宣戦布告なんてせずに不意打ちすることもできたはずなのに、敢えて堂々とぶつかり合う大義名分。

 簡易的ではあるけれど、勇者が挑み、魔王が刺客を放つ物語の縮図。


「スルトちゃん、『勇者御一行』が攻め込んでくるよ」


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