表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

334/443

乱丁40:誘拐されても冷静さを忘れてはいけません

 ごめんなさい、投稿が少し遅くなりました。

 以後気をつけます。

「あなたは国にいてくれるだけでいい。あなたさえいれば、敵国はこちらへ大規模な攻撃を行えないのだから」


 物心ついたときにはそう言われてきた。

 大切に保存されて、腫れ物のように扱われて、一部の人たちからは存在自体を疎まれた。


 その理由を理解するのには時間がかかった。何せ、その『原因』を振るうことを長らく禁じられていたからだ。


 『冬を告げる輝き』と呼ばれる魔導兵器。

 自分だけが適合する魔法の杖……否、自分こそ、それに対応して造られた存在だった。


 初めてその意味を理解したのは、『実験』として何もない砂漠への攻撃を行った時。


 練習用の量産杖と同じ感覚で放った魔法が、大地に穴をあけ裏返すかのようにひっくり返し、キノコのような雲を生み出した。


 理解した。

 自分の与えられた力は、世界を滅ぼすために造られた力だ。


 あらゆるものを破壊できる。

 破壊した痕は汚染され、その土地は二度と人が住むことができず、作物すらも育てられない。

 膨大な熱を生み出せると同時に、世界から熱を奪い終わらない冬を呼び込む塵をばらまくことができる。


 今まで使うことを禁じられていたのは、この力が最強の武器でありながら、使うことのできない手だったから。


 敵国に使ったとしても、土地が汚染され占領する意味がなくなり、汚染された水や風の流れで自国を脅かしかねない。


 使い終わった杖を返せと言われた。

 自分の役割を理解して、ようやく自分を見る周りの人たちの目に宿る感情をちゃんと推し量ることができた。


 杖を手放せば、きっともう『世界の終わり』のその時まで、自分はこれを触ることはない。

 しかし、それは自由を意味しない。この杖をいつでも使えることだけが、自分の存在価値なのだから。


 杖を持って逃げ出した。

 取り押さえようとした人もいたけれど、一度だけ周囲を吹き飛ばせばいなくなった。


 それからは、しばらく誰も来なかった。

 下手に刺激して杖を振るわれるのが怖かったのだろう。それに、暗殺でもしようものなら最大の力を失ったところを敵国に攻めいられる危険もあった。


 噂が広まり、誰もが自分を見れば町ごと逃げ出すようになった頃、国からの使者が来たから、『敵が攻めてくるまでは勝手にさせろ』と、半ば強引に条件を付けた。戦わないと言えば、また自分と同じものを作られる可能性もあったからだ。


 そうして、仮初めの自由を手にした。


 しかし、それは遅すぎる自由時間だった。

 もう、自分を受け入れてくれる土地などどこにもなかった。逃げている間に、自分の今までの生き方がどこか間違っていたと知ってしまったが、それをやり直す方法がなかった。


 それからは、ひたすら自堕落に生きていた。



 王様を脅して、自分を侮蔑の目で見ることを許さない地位を貰ったけれど、恐怖の目が増えただけだった。


 敵国の作っていた城を奪って住んでみたけれど、広すぎる城は居心地が悪くて、そこに生活していた敵軍の日常の残り香が疎ましかった。


 軍にいた貴族が集めていたように、金や宝石を略奪して集めてみた。何が楽しいのかよくわからなかった。


 地位に付随した権利にものを言わせて、気に入った人間も捕まえてきた。怯えるばかりで、見つけたときの輝きがなくなってしまったのが不思議だった。


 いつしか、『魔王』なんて呼ばれるようになって、財宝を求めて勝手に忠誠を誓ってきたりするはぐれものやごろつきが集まってきて滑稽だった。



 結局、自由なんて思っていたほど楽しいものでもないのだと諦めていたところに……『あいつ』が現れた。



「ノックしてもしもーし。取り次いでくれなかったから勝手にここまで上がらせてもらったわ。ちょっとあなたに用があったから」



 今までも、財宝を集めて悪いことを企んでいると勝手に決めつけて、自分を倒しに来た蛮勇が何人もいた。大抵は城の下の方ではぐれものたちにやられるのに、たまにここまでくる者がいるのだ。

 そんなに欲しいなら持って帰っていいと言うと、いつも『我らの心を惑わそうとしてもそうはいかない!』とか言って襲ってくる、面倒くさいやつらだ。


 今回のもその手のやつだろうと思ったけれど、その姿を見て思わず笑ってしまった。


「あ、あはは……なによあんた。もしかして巨人族? わたしの倍もないなんて、まだまだ子供じゃない。それともなに? もしかして発育不全の個体なの?」


 『巨人族』。

 人型種で魔力を欠片も感じないとしたら、魔法適正がゼロのこの種族しかいない。

 しかし、魔法が使えないからといって、それだけを見て巨人族を劣等種族と笑う者はまずいない。何せ、魔法を使えないにも関わらず、最強の魔法適正を持つ純神族と唯一単体で同等に戦いうるとされる、最も単純で強力な『力』を持つ種族だからだ。


 しかし、目の前にいたのは人型種の雌にしては大きいにしても、一番大きな部類の純人族の男よりは小さい、そんな容姿の『人並みしかない巨人族』だったからだ。


 巨人族の強さは生きた時間に比例し、もっと厳密に言えば体の大きさに比例する。生き続ける限り身体が巨大に、そして強靭に成長し続け、それに伴って力を付ける。それが巨人族の強さの理由だからだ。


 つまり、人並みの大きさしかない巨人族など少し丈夫な純人族と変わりない。魔法が全く使えない分、多少の魔法適正を持つ純人族に劣ると言ってもいい。


 だから笑ってしまった。

 こんなに笑ったのは、暇を紛らわそうと国一番の道化を連れてきたときにもなかったことだ。


 それだけに……あの瞬間、自分は人生で最も油断していたのだろうと、後から思った。



「チビで悪かったわね!」



 いやあ……教官にも殴られたことなかったけど、あれは痛かったなぁ……










《11月1日 DBO》


「はないたぁああっ! ……って、あれ? 夢?」


 変な夢を見ちゃったな……ていうか、夢の中で完全に全く別の人になりきってるタイプの夢だったけど、妙にリアルで鮮明な夢だな……


 少し落ち着こう。

 深呼吸して……


「私は『凡百』、脇役だ……うん、大丈夫。記憶喪失とかにはなってない」


 何の心配をしてるんだって言われるかもしれないけど、私の友達には朝起きたら自分に関する記憶がなかったって体験をした人もいる。まあ、念のための確認くらいはしてもいいだろう。


 自分についての確認ができたら、次は周りを見回して状況整理。恥ずかしい寝言を誰かに聞かれたりしてないだろうか。


 まずは部屋の内装。

 なんというか、中世のお城の一室っぽい装飾がしてあるし、寝てるベッドも妙に上質な気がする。上にヒラヒラの布の屋根みたいなのついてるし。


 次に服装……は、見て確認するまでもない。

 感触的に下着しか着てない。最近は寒くなってきたし、こんな格好で寝てたら風邪引きそう。仮想世界だけど、気持ち的に。

 ……いや、そもそも私は裸同然の格好で寝るタイプじゃなかった。欧米か。


 そして、なんか左腕が動かしにくいと思ったから確認すると、腕に抱きついて寝てるメモリちゃん確認。メモリちゃんも私と同様に裸同然……というか、あれ?

 ブラはサイズ的にまだいらないとしても、下も穿いてなくない?


 ……あれ?


「ちょここどこ!? ていうか何この格好と構図! メモリちゃんと何かやった!?」


 二度目の叫びはメモリちゃんを見ながらだったせいか、驚いたようにメモリちゃんの身体が震え、瞼を上げ始める。


(え、いや、これ、もし起きて『昨晩はあんなことまでしたのに憶えてないんですか?』的なことを言われたらどうしたらいいんだろ。いや、落ち着こう。私は下着を着てるし、メモリちゃんは気持ちよさそうに寝てただけ。変な一線は越えてないっていうか、私にその趣味はない。今でも正記のことちゃんと好きだし……あ、今のなしなし! とにかく、どうしてこうなったか昨日の夜を思い出さないと……昨日は確か、ハロウィンのイベントで『OCC』のみんなと一緒にカボチャ狩りをしてて……)



 ハロウィンイベント中に襲撃イベントが発生したのには驚いたけど、日付の変わる頃に被害者ゼロで乗り切ったって連絡が同盟から回ってきて、ほっとして『泡沫荘』へと帰ったのを憶えてる。

 その時、集めたカボチャが多すぎて、私の分け前(もちろん他のみんなほど活躍できなかったけど、ギルマスが遠慮するなとキングくんに押しつけられたもの)を受け取ったら、その瞬間にハロウィンイベント終了が告知されて何故か私が個人での収穫量で一位ってことになってしまった。


 大ギルドの人たちは襲撃イベントへの対応とかでイベントを途中で降りていたのだろうけど、おかげさまでイベント報酬が追加されて私一人のストレージでは入りきらなくなっちゃったから、とりあえず帰るためにメモリちゃんが運ぶのを手伝ってくれたんだった。


 それから……カボチャは一人で食べきれる量じゃなかったし、シチューにでもして『泡沫荘』のみんなや『OCC』のみんな、それに知り合いの人たちにもおすそ分けしようと思って、味見と荷物運びのお礼もかねてメモリちゃんに食べていってもらおうとしてたんだ。


 それで、玄関をくぐる直前……


『これ、オトシモノ』


 カボチャのお面を付けた子供が、私に声をかけてきて、すごく長い杖を差し出してきた。

 そんな大きなものを落とした憶えもなかったけど、もしかしたらハロウィンイベントの報酬が出現した瞬間にストレージの容量不足でこぼれたのかもしれない。そんなふうに、脳内補完してしまって……


『あ、ありがとう』

『触っちゃダメ!』


 メモリちゃんの珍しく余裕のない声を聞いて動きを止めたのも束の間。

 カボチャの仮面の子が杖を宙に放り出して、その直後にその場から消えていた。


 私は反射的に手の中に落ちてくる杖を掴もうとして……飛び込んできたメモリちゃんが、杖を先に掴んで引き離した。


 そして、メモリちゃんがそれを手にした瞬間……彼女の『何か』が変わった。


 急に自分の周りの状況がわからなくなったみたいにキョロキョロ辺りを見回したと思うと、自分の視界に入ったらしい赤茶色の髪を摘まんで不思議そうに見つめて、それから何かを確認するように自分の身体をペタペタと触って見たりしていた。


 それで、私が肩をたたいてどうしたのか聞こうとしたら……


『……何はともあれ、空腹だわ。そこの純人族。何か食べられるものを出しなさい』


 口調がいつもと違った。

 まあ、メモリちゃんの口調とか振る舞いが変わるのはいつものことだし、むしろいつもお腹空いたとか子供っぽい欲求をストレートに言ってくることもまずないから、私はその要求に応えて予定通りに料理して……


『何これ! こんな複雑でおいしい料理はじめて!』

『こらこら、お行儀悪いからその杖はストレージに入れといて。それにしても、いつも食べてる針山さんの料理の方が手が込んでるはずなのに……このカボチャのおかげかな?』


 いつも子供っぽい感想かドライな評価しかくれないメモリちゃんの変容を喜びつつ、思ったより食べるから『泡沫荘』のみんなの分を作りたそうとした。


 丁度そのとき……


『大家さーん。ちょっと襲撃イベントの後片付けで休憩もらってきたんだけど、なんかすぐ食べれるものない?』


 闇医者ちゃんが帰宅。

 『外の問題を家に持ち込まない』って言ってる手前、メモリちゃんのことをどう説明しようかとアタフタする私を余所に、メモリちゃんと闇医者ちゃんは互いを見つめて、同時に動いていた。


 闇医者ちゃんが武器の杖を素早く構え、メモリちゃんは大きな杖を構えると同時に、私を俵抱きにして壁を突き破って(!?)お向かいの家の屋根に跳んでいた。


『え、ちょ、メモリちゃん!? うちの壁!』

『アッハッハッハ! この料理の上手い娘は我が嫁として貰っていく! 返してほしければ私の城まで取りに来い!』


 ……嫁?




 そこから先の記憶がない。

 思考停止したっぽいけど、唐突な嫁宣言の後目覚めたらこの状態ってマズくない?

 思考停止してたにしても、なされるがまま過ぎる。


「いやいや、落ち着こう。メモリちゃんのことだからこれはまた何か私を陥れたり試したりするための作戦かもしれないし。こうやって事後っぽい雰囲気作ってても、メモリちゃんが一番好きなのはライトのはずだし……」


「もしもーし。起きているなら朝食を作りなさい。空腹で死んでしまいます」


「あ、ごめん。じゃあ、とりあえずカボチャの残りもあるしパンプキンハンバーグでも……って! ちょっと待ってメモリちゃん!? 状況説明してくれない!? ここどこ!? キッチンの場所もわかんないし!」


 とりあえず、見覚えのない場所なのは間違いない。

 城……っぽいけど、なんか見栄えを気にしすぎてるっていうか、ありえないだろうけど、ボス部屋みたいな雰囲気が……


「ここは……確か、『火種の魔女』と言いましたか。城まで来いと言った手前、後で城がないのに気付いたなんて格好つかないので前の主には消えてもらいました」


 なんかホントにボス部屋っぽいんだけど。

 ていうか『魔女』って、7体いる超強い隠しボス的なキャラじゃなかったっけ? それを『消えてもらった』なんて簡単に……


「いや、メモリちゃんならどんな死闘を繰り広げてても平然と勝利報告して来そうだしな……でもこんな短絡的な行動いつも取らないし……」


「先ほどから『メモリちゃん』とはわたしのことを指しているのだと思いますが、わたしはその『メモリちゃん』とやらではありません」


 若干機嫌を損ねたようなメモリちゃん……いや、メモリちゃんじゃない?

 そういえば、確かに元々よく性格が変わる子だから今回もそうだと思っちゃったけど、普通に考えたらここまで振る舞いが変わったら別人の可能性を疑うべきだ。


 でも、ということは……


「えっと……もしかして私、見ず知らずの人に誘拐されてる?」


 見た目はメモリちゃんだから、見ず知らずではないかもしれないけど、ボスモンスターを単独で倒せるような人と二人きりってかなり危ない状況じゃないだろうか。


「身体が知り合いだからって、いくらなんでも理解が遅過ぎる……しかも、昨日は連れてきてからずっと無意識で動いてましたし、もしかして頭の発育不全?」


「ヒドい! 私は普通だよ! テストの順位もいつもど真ん中だし!」


 私はとことん『普通』の人間だ。これは譲れない。


「普通というなら、いきなり攫われてもっと不安になったり怖がったり泣いたりするものじゃないですか? 私が見てきた人間ってものは、みんな大抵そんなものでしたよ」


 いやまあ、それはそれで普通の反応じゃないとは言わないけど。

 私がおかしいってこともないと思う。私はただ、いつも通りの『普通の私』として振る舞ってるだけだ。


「一つ言っておきますが、この身体はなかなかに魔力適性が高いみたいなので、小娘一人消し飛ばすのは簡単ですよ? どうですか、怖いでしょう?」


 どうやら怖がって欲しいみたいだ。

 得意げに胸を張るとか、メモリちゃんがいつもしない態度だけど、なんか新鮮。いつもこのくらいかわいげがあったらいいのに。


「……こわい、でしょ? あれ?」


「元から普通にメモリちゃんの魔法が当たっただけで私死んじゃうんだけど」


「じ、自分を守ってくれる仲間が強い力を持ってるのと自分を殺すかもしれない存在が力を持っているのでは違うはずです!」


「メモリちゃんには一回か二回、唐突に殺されそうになってるし……正直言って問答無用な雰囲気のメモリちゃんの方が怖いかも……あ、いや、別にあなたが怖くないわけじゃなくて比較対象が悪いっていうか、その、むしろかわいすぎるっていうか」


「うがぁぁあ!」


 ベッドに頭を叩きつけてバウンドするメモリちゃん(仮)。

 うん、話のニュアンス的にメモリちゃんの身体に誰かが取り憑いてるみたいだけど、悪い人じゃなくてよかった。


「もうなんなのこの子。これが普通なの? 時代が変わったの? 昔はちょっと脅かせばみんな震え上がって言うこときいてくれたのに全然怖がってくれないよ。じゃあどうやって朝ご飯を食べればいいのよ助けてよ親友」


「えっと……お腹空いてるなら何か作ってあげるから泣かないの。好きなもの言って」


「泣いてない! 子供扱いするな!」


 メモリちゃん(仮)は勢いよく立ち上がってベッドの横に置いてあったらしき例の長い杖を拾うと、それを一振りして身体に魔法少女のコスチュームっぽい服を纏う。

 あ、ヤバい。より可愛くなっちゃった。


 思わず微笑んでしまったのを隠そうとした私を動揺したと見たのか、メモリちゃん(仮)はノリノリで魔法を使って宙に浮いて名乗りを上げた。



「畏れよ! 平伏せ! 我が名は『スルト・A(アトム)・ウィンタ』! 2015番目の魔法少女にして『魔王』の称号を冠する史上最強火力の魔法兵器にしてこの杖に宿る邪なる魂なり!」



 どうやら、名前はスルトちゃんと言うらしい。

 そっか、杖が呪われてたのか。それで私が触る前にメモリちゃんが身代わりに……


「スルトちゃん……やっぱりメモリちゃんの身体返してくれない? 代わりに私に取り憑いていいから。どうかお願いします」


 深々と頭を下げて、彼女の望み通りに『平伏した』私の姿を見て、スルトちゃんの声が歓喜の色を帯びた。


「ようやくこのわたしの恐ろしさがわかったんですね! さあ、後は命乞いから服従の流れで朝ご飯を……あれ?」


「私の方がステータスが低いのはわかってるし、メモリちゃんも私の『位置』が利用されるのを心配してくれてたから、こんなことしたら多分怒るのもわかってる。でも、お願いします。メモリちゃんだけは解放してあげてください」


「え、え? 何言ってるかわかってるのですか? 自分の身体が乗っ取られるとか、どんなことをさせられるのかとか怖くないのですか? わたしがあなたに求めてるのは、そんな自己犠牲とかじゃなくて……」


「あなたに利益がないのもわかってる。だから、必要なら私のこの世界での財産も好きにしていい。わざわざ私に料理なんてさせなくても今の所持金だけでも、一月くらい好き放題食べたり飲んだりしてもなくならないはずです。他にも必要なら、私にできることなら何でもします。だから、メモリちゃんだけは……」


「ちょ、どうして! さっきは殺されそうになったとか言ってたのに! どうしてそこまで」


 確かに、私とメモリちゃんの関係には微妙な部分もある。実際、メモリちゃんも私を信用してくれてるとしても暫定的な信用だし、私もメモリちゃんに気軽に命を預けられるかと言えばちょっとだけ躊躇ってしまうと思う。

 でも……


「メモリちゃんはきっと、私の大事な人にとって、私よりも大事な人だから。それに、私も無条件に護ってもらいたいと思う相手じゃないから。助けてくれたのは嬉しいけど、私が無事な方がいいって判断の方が合理的なのかもしれないけど、私の気持ちが収まらない」


 だから、深く頭を下げる。

 こんな格好で言うのも変かもしれないけど、多分これは意地に近い感情だ。仮にもギルドマスターとして、彼女を預かっていると思っている立場として、そしてライトのことで殺されかけた者としての変な自尊心だ。


 そんなものをいきなり主張されてもスルトちゃんが困るのもわかるし、勝手なお願いを聞いてくれないのもわかる。でも、ポーズだけで終わらせるつもりはない。


 このまま、『返事待ち(ポーズ)』だけしてるつもりなんてない。


 だから、私はできるだけ予備動作をなくして、突然に動いた。


「だから、とりあえずそれを渡して!」


 飛びかかって、杖を掴む。

 私は特に強くはない平均的なプレイヤーだ。でも、弱いわけでもない。戦闘にからっきしで戦えない人よりは戦える程度の力はある。


 私の奇襲は予想外だったのか、スルトちゃんは空中での回避ができずに飛びかかる私に押しつぶされるように床に倒れた。

 下着と裸の女の子同士でのキャットファイトとか変な絵面になってるのはわかってるけど、メモリちゃんの身体のステータスが接近戦向きじゃないとは言え奇襲の有利がなければレベル差で負けかねないので、そのまま杖を引く。


「あ、ちょ、やめなさい! わかってるんですか! わたしは自分の住んでいた世界を滅ぼすような悪い魔王ですよ、あ、やめっ!」


「メモリちゃんは、すごい神経が鋭くて、こういうのが他人より効くはず!」


「あ、なんで脇に手を、あっ、あはは! やめなさ、あは、反則! はんそくだから! あっ!」


 決まり手は卑怯なくすぐりによる私の勝利。

 杖をスルトちゃんの手からもぎ取り、しっかりとメモリちゃんの身体からできるだけ離す。


 これが掴むだけで一瞬で取り憑かれる呪いのアイテムならこれで……


「あ……あれ?」


 取り憑かれた……のかな?

 全然実感が湧かないけど。とりあえず、自分の意志で身体を動かしてる気はする。


「…………」


 試しに、倒れてるメモリちゃんの身体をもう一度入念にくすぐってみる。メモリちゃんなら、無邪気な子供みたいに笑い転げるかすごくドライな反応を返してくるかのどっちかのはず。


「はきゃ! ちょ、もうやめ、もう参りましたから! もうやめて! ひっ、ひゃわっ! このまおうとよばれたわたしがこんなくすぐりなんかに! ひゃ!」


 うーん……この反応はメモリちゃんじゃないっぽいな。

 ていうか、くすぐりはやめたけど、よく考えたらこの状況って他人から見たらヤバくない? なんかすごく上気して赤くなってる裸の小さな女の子を押し倒した格好の私……うわ、普通に事案発生だ。メモリちゃんが復活して記憶がなかったら勘違いされても文句言えない。


「ひっ、ひっぐ……ひどい……やめてって言ったのに、こんな……」


「あ、ごめん。いや、メモリちゃんを助けるためにって必死でさ……そんなに辛かったら、素直に私に乗り移ったら? それとも、その気になるまでくすぐらなきゃだめ?」


「ひっ! む、むりなんです! 実は言えなかったけど、この身体が妙に馴染みすぎて出られなくなっちゃったんです! 馴染んだっていうか穴の形がぴったりではまり込んで抜けなくなったみたいな感じで! だからあなたに乗り移ろうとしてもできなかったんです! 本当はわたしも魔力適性とかどうでもいいんです! ていうかそもそも身体を乗っ取ってるのも不本意な状態なんです!」


 えっと、つまり……


「ほ、本当はわたし未練とかそんなにないし、そもそもなんでこんな世界っていうか時代にいるかもよくわからないしあなたをさらったのもただ人肌恋しかったのと料理がおいしかったのと身の回りの世話をしてくれる人が欲しかっただけなんです昔から戦争と略奪くらいしか取り得がないから洗濯一つできませんだから変なことをする気は最初からないのでもう抵抗はやめてこの無駄に敏感な身体をくすぐるのもやめてください! でも朝ご飯はやっぱり作ってほしいです! 優しいお嫁さんになってください!」


 平伏された。

 立場逆転……っていうか、なんか申し訳なくなってきちゃったんだけど、もしかして私、魔王倒しちゃった? それもくすぐりで。武器も取り上げてるし……まあ、スルトちゃんに元々私を傷つけるつもりが全くなかったって言うのもあると思うけど。


 メモリちゃんを元に戻す、つまりスルトちゃんをメモリちゃんの身体から解放するには、スルトちゃんとちゃんと話をする必要がありそうだ。


 とりあえず、この子を泣きやませないといけないかな……


「うん……じゃあ、とりあえず朝ご飯作るから、食べながらでいいから、あなたのこと教えてくれると嬉しいな。スルトちゃん」


 このかわいくて生活力のない魔王様との関係は、まだちょっと続きそうだ。

 今までもちょくちょく出ているミカンさんの『巨人族』という設定。

 実は『背が低い』というのがコンプレックスの190cm少女だったりします。


 あと、メモリちゃんは入力モードの時は『場所』から『過去』を逆算できるほどの超感覚で、それを実現する身体は超敏感だけど精神の方は反応が薄いのでいつもはそこまでくすぐりとか効きません。

 ちなみに全身で音を聞ける無闇さんもかなり敏感肌です。



 ……くすぐりで魔王を倒す一般人とか世界中探してもそうそういないんじゃなかろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ