287頁:特集『イベント開催! ハロウィン②』
10月31日のハロウィンイベントは以前にも一度行われているが、あまり知名度はない。
それは、一晩だけの期間限定イベントで情報が出回りきる前に終わってしまったことも理由にあるが、最も大きな理由は大ギルド……主に『攻略連合』の独占だった。
その当時、鎌瀬はギルドにいなかったので、ほとんどはシラヌイから聞いた話である。
イベントの内容自体はかなり単純。
『魔法王国領の畑に一年に一度、一晩だけ実る赤い南瓜を刈り集めろ』というもの。このイベントの特徴は集めた南瓜の総重量で一番になった者にレアアイテムが贈呈される……という競争要素ではなく、その過程で集める《赤い南瓜》の効能だった。
それは、食べると経験値と共にステータスの全体的な成長、特に最大HPの上昇が望めるということ。
一つ一つは微々たるものだが、大量に確保すれば戦力増強に利用できる。
それを知り、大々的に動いたのは三大戦闘ギルドで最大の人数を誇る『攻略連合』だった。
当然、大人数で多くの南瓜を手に入れても、全員に均等に配分していては意味がない。
しかし、大人数で手に入れた大量の南瓜を、一部の上層だけが食べれば大きな効果が期待できる。
そのなりふり構わない必死さは、当時から人数の少ない『戦線』に攻略速度で負けていた大ギルドの意地に近いものがあった。
結果として、場所の判明している魔法王国領の街の多くをゲート閉鎖で独占した『攻略連合』はその必死さに呆れられながら大量の南瓜を勝ち取った。
そして、シラヌイの話では情報の漏洩を防ぐために直前まで命令は出ていないが、明日には鎌瀬も『三下』として、そのための任務に当たらされるだろうという話だ。
自分が使うこともできない上納用のアイテムを集める命令など今に始まったことではないのだが……どうやら今年は、そうもいかないらしい。
《現在 DBO》
10月30日。18時40分。
『泡沫荘』101号室。
「以上が『表向き』の、情報通なら知ってる程度のイベントの話だ。ま、去年の『攻略連合』の大人気ない収穫祭は置いといて……問題は、今年はこのイベントの裏でもう一つ危険なイベントが進行する可能性が高いことだ」
『魔法少女捕獲大作戦』……という、張り詰めた緊張の糸が一気に切れてしまうような作戦名を宣言したライトは、その後も淡々と説明を続けている。
(俺が表向き所属する『攻略連合』の去年の動きを知っていて、その上で裏のイベントを教えるのか……つまり、イベント報酬がいいから去年の意趣返しに出し抜いてやろうって話じゃないのか?)
何を考えているのかわからない『人外魔境』と呼ばれるプレイヤーだが、その行動には考え方ややり方は違ってもある程度の共通方針がある。
それは『このゲームをクリアするための動きをする』ということ。そのやり方がひたすらにクエストをクリアしてその情報をバラまいてプレイヤー全体のレベルを上げたり、攻略の妨害になり得る犯罪者を無差別に殺害することだったりするのが彼らが普通のプレイヤーに理解しがたい部分なのだ。
だからこれも、自分たちの利益ではなく、プレイヤー全体のための作戦なのだろう。
「まあ、さっきは大人気ないなんて言ったが、実のところ『攻略連合』の畑独占は結果的には良かったんだ。イベント中は、その畑周辺に普段現れるモンスターがその南瓜を食べた……という設定で強化されてたから、いつも楽に狩れてる相手だと思ってなめてかかって返り討ちに遭う中級パーティーがいたらしいからな」
腐っても戦闘ギルド。
『攻略連合』の正規メンバーとなれば、前線近くでも十分戦える程度のレベルがある。中級プレイヤーがいつも相手にしている程度の相手なら、多少強化されようと問題にはならなかったのだろう。
「だが、今年はそうはいかない。攻略が進んでイベントが起こるエリアが増えたから、カバーしきれないはずだ。その中でこの『裏のイベント』をなんとか防がないと、後々面倒なことになる」
「よくわからないところが多いけど……要するに、『去年は狩り場が独占されてたから実質問題にならなかったイベントが今年は独占しきれない畑で問題になる』ってことか?」
赤兎の指摘にライトが頷く。
さすが攻略のトップ。その手のシナリオの先読みは得意らしい。
「概ね正解だ。それに、畑の独占ができないのだけが原因じゃない。一年の間に、これと似たものが各所で散発的に見つかってるはずだ」
ライトがストレージから取り出したのは、杖の一種らしきアイテムだった。
魔法が存在するこのゲームにおいて、その補助効果を持つ武器として杖が存在するため、それ自体は珍しくない。
しかし、目の前に出されたそれはなんというか……『子供っぽい』デザインだった。
星や翼を象った意匠は実用性がそこまで高くは見えず、どちらかというと……
「アニメとかの魔法少女……の杖?」
最低限の棒術武器としての機能の残ったワンドやスタッフではなく、飾りとしてのデザイン性に特化したタイプ。
鎌瀬はそれと同じような雰囲気を纏ったものをどこかで見たことがある気がする。
「これは手には入った中でも一番それっぽいデザインのやつを選んできたから、もっと普通の杖と見分けのつかないやつも多いが……これは『魔法少女の杖』。おそらく、ハロウィンイベントが始まると同時に、『これ』が動き始める」
武器の一つでしかないはずの杖だが、鎌瀬は不気味なものを感じ始めていた。
「うーん……明日になったら手足が生えたりするの?」
黒ずきんが問いかけるが、それに対してライトは首を横に振る。
「これ自体が動く訳じゃないが……簡単に言えば、これはこれ自体が考えて持ち主をアシストする知能的武器なんだ。しかも、使い続けると性能が上がるし、付加される効果も増える。だが、その誘導に従い続けると……オレがこれを没収したプレイヤーは、こいつにたっぷり依存しすぎて自分一人じゃどうしたらいいかわからないって、戦闘職やめたな」
「なるほど……戦闘中の冷静な思考ができないタイミングから指示を出し始めれば、比較的簡単に『信頼関係』を構築できる。それを利用した簡易洗脳ですか」
マリーの口から出た『洗脳』という言葉に、鎌瀬はドキリとする。
それは、彼のギルドを崩壊させ、ナビキを壊した仮想麻薬を連想させるものだったからだ。
「相当なレアアイテムだし、便利すぎる代物だから他のプレイヤーに見せないやつが多くて情報が出回らないっていうのもあるが……こいつの誘導する行動パターンに従うと持ち主は連携や協調より自分にだけ経験値が入る戦い方を優先し始めて孤立する。モンスターとの戦闘だったら、魔法の威力の自動調節に乗じて範囲を変えてパーティーメンバーの動きを阻害して持ち主がトドメをさせるようにしたりな。持ち主には経験値が入るが、その代わり仲間とはうまく行かなくなって孤立する」
『そんな誘導があるとわかっていたら従わなければいいだろう』……と口で言うのは至極簡単だろうが、実際はかなり難しい話だ。
このデスゲームにおいて、レベルはステータスと一体であり生存力とも言える。指示に従っているだけでレベルが上がるというのなら、従いたくもなるだろう。それで勝ち続けられると思えば、仲間などいらなくなるだろう。
『依存』というのは、そういうものなのだ。
「だが、今回に関しては『その程度のこと』は問題じゃない。問題は……明日、こいつらがイベントに参加して暴れ始める可能性が高いってことだ」
「なっ!?」
「さっき言ったとおり、これには誘導に従う持ち主とは別個に独立した意思がある。そして、それはこれを使って経験値を稼ぐほど、あるいは使い手が多くの魔力を供給できるようになるほど表出する。最終的には回避アシストや魔法発動アシストが常時発動になって実質アバターを乗っ取ることすら可能になる。使い手そのものが死んで死体になっていれば、なおのことやりやすい。まあ、そうすると『魔力生成スキル』が育たなくなるから最終手段らしいが。その意思が、明日のイベントで経験値を稼ごうとしている」
「どうしてそんなことが……」
いくらなんでも突飛すぎる。
去年が偶発的にでも予防策が取られていたというなら、前例もほとんどないに等しいはずなのに……そう思う鎌瀬の心情を察したのか、マリーが尋ねる。
「ライトくん、根拠はありますか? 私たちは『予知』だと言われても納得しますが、彼はそうは行かないようです。今回協力が必要な立場にある彼の納得のゆく説明があれば助かりますが」
それに対して、ライトはさも当然というように返した。
「根拠もなにも、その『意思』に直接喋らせて聞いた。明日のイベントに参加して経験値稼ぎするってな」
「説明が一段階飛んでます。二等兵くん、ポカンとしてますよ?」
「あー、わるいわるい。どうにも察しのいい相手とばかり話しすぎて説明を端折る癖がついてるかな。まあ、言ってみれば単純だ。『死体』に杖を握らせて喋らせた」
「……『死体』って、プレイヤーの……『遺体』を利用して……」
鎌瀬は軽く言われた内容に目を見開く。
情報を聞き出すために、プレイヤーの亡骸を利用した?
そんなことが許されるのか……
「……なんてな! さすがに都合よくプレイヤーの死体なんて手には入らないから、ちょっと知り合いの伝手で手に入れた『NPCを生み出すアイテム』を使ったんだよ。プレーンな行動パターンのNPCを作って、そいつで代用したんだ」
先ほどとは打って変わった態度。
帽子のつばが目線を隠し、今までの言葉が嘘か本当かを読みとらせないまま、説明を続ける。
「てか、実を言えば本当はそっちがメインだったんだ。NPCを使役できても複雑な行動パターンの設定が難しいアイテムがあったから、戦力にならないかと思ってたら戦闘経験を補うって武器の情報を手に入れて、組み合わせれば攻略の戦力になるんじゃないかと思って装備させてみたら勝手に自我持っちゃってビックリしたんだよ。しかもプレイヤーとの連携とか全然できないから防衛くらいにしか使えないしさー。なんなら今度見に来てみるか? オレの拠点を侵入者から護らせてるんだが」
『NPC』を生み出すアイテムというのがあるかどうか……いや、それはあってもおかしくはない。
なにせ、固有技で分身を生み出すナビキやリリスのような前例があるのだ。そして、リリスの分身たる霜月のように自我が強くなく、単純な動きしかできないものしか生み出せない劣化版しか生み出せないというのなら、アイテムに許されたスペックの内に収まらないことはないだろう。魔法で一時的に生み出す使い魔と同類だ。
それに持ち主のアバターを乗っ取ろうとするアイテムを装備させた……つまり、誰が使っても強い杖を装備させることで、行動の単純さを補おうとした。多少の無理はあるが、ありえない話ではない。それこそ、七草などは元々は人間に擬態するモンスターに意図的に現在の人格を学習させて高度な命令もこなせるようにしたものだ。
そこで思い出す。
(あ……そうか、そういえばあれも『マジカルステッキ』……同じような雰囲気の『杖』を使ってた気がする)
先月、あの『沼男』のダンジョンで逃げ回っているときに遭遇した二人の少女。強力な魔法と、見た目に不相応なほどの戦闘経験を感じさせる反応速度。
あれも、同じように作られたものではないのか?
鎌瀬が記憶を想起していると、ライトから声がかけられる。
「……納得したなら、話を先に進めるぞ」
完全に納得できたわけではない……しかし、鎌瀬は考えを一旦置いて先に進むことにした。
実際に死体を使って実験したのか、あるいはそのNPCに憑依させた『意思』に聞いたかはともかく……死体すら操るという話が本当ならば、むしろ死体の方が操りやすいというのが真実ならば、どちらにしろ危険なことに気づいたからだ。
つまり、その杖は十分な力を得れば、持ち主を死に追い込んで我が物顔でその身体を自分のものとしてしまう可能性がある。
「たった今、おまえが察したとおりだ。ハロウィンイベントはプレイヤーのためじゃない。こいつらが十分な力を得るための布石だ」
効率よく経験値を得られるイベントは一見親切にも見えるが、この世界はデスゲームだ。
うまい話には裏があり、楽をすれば報いがある。
「本来、ハロウィンで子供がやる仮装は地獄から出てくる魔物に悪さをされないように仲間のふりをするためのものだが、ここでは逆に魔女の子供が人間の皮をかぶって地獄から黄泉帰るイベントになるとは、シャレが利いてる」
「そんな言ってる場合じゃ……そんな危ないものならすぐに回収するべきだろ!」
「オレもそう思って『これ』の持ち主を説得しようとしたら『そんなこと言って横取りするつもりだろう』って言われて戦闘になったぞ。持ち主は中級戦闘職だったが、それでも苦戦するくらいには強かったし、大々的に回収宣言なんかして一斉蜂起とかされたらたまらない」
鎌瀬にも、この会議の意図が読めてきた。
ここまでの戦力を集め、わざわざイベントの直前に情報を共有する。
それは、十分な戦力で奇襲をかけるために他ならない。
「ま、手放したくない気持ちはわかるがな。乗っ取りさえなければすごく強い魔法が使える上、アシストでダンジョンの罠やら敵の死角やら宝箱の位置やらを教えてくれたりするし、使えば使うほど強くなるから愛着も湧く。それにこいつの魔法は対応する固有のインスタントスキル扱いだから、自分自身のスキルで成長するのは『魔力生成スキル』だけで潰しもきかない。最終的には制限解除的な技で完全に支配されて誤解も解けたが……できれば、今度はそうなる前に回収したい」
わかって聞いていれば、これほど依存させるために作られた武器など他にないだろう。
それさえあれば、中級戦闘職が最前線のプレイヤーと張り合える強さになり、しかも自分で何も考えなくてもゲームの面倒な部分を省略してくれる。その便利さを知ってしまえば、元には戻れないだろう。
だが、実のところは魔力を供給させられているだけなのだ。
プレイヤーに生存力を問うこのデスゲームの世界においては、その楽な方向への逃げ道自体がデストラップになっている。
運営の悪趣味さに軽い吐き気を覚える鎌瀬を余所に、黙って話を聞いていた赤兎が問いかける。
「『苦戦した』っていうけど、どのくらいの強さだ? ライトが弱いとは言わないが、確かお前……人間相手の時は、『あれ』だろ?」
赤兎の含みのある言い方に、ライトは首を横に振る。
「いや、それに関しては障壁魔法的なものがあったからあんまり関係はなかったが……固有技は使わなかったとはいえ、『スキルを82個ほど叩き込んで完封勝ちした』って言えばわかるか? 戦い方を見るために序盤で使った分は別でな」
「82か……なるほど、そりゃやべえな」
大量のスキルを使い、相手の対応しにくい攻撃を見極めてからのごり押し。それがライトの戦い方なのは犯罪組織でもよく知られている。
その上で、『大量のスキルを連打して相手を完封した』と言えば、勝ちパターンを決めて楽勝したかのようにも聞こえる。
しかし、ライトは『苦戦』した上でその戦法で勝ったのだ。
つまりそれは、『反撃の隙を与えず畳みかけるしかなかった』ということに他ならない。
あの、『イヴ』をも打倒したライトがだ。
そんな規格外の相手を、これまでの話からすると複数以上相手にする必要がある。
だからこそ、この戦力。
(もはや別世界の話みたいだ……だけど、この規格外のトッププレイヤー集団ならきっと……)
「ということで、明日おまえが相手することになるヤツらはメチャクチャ強い上に軽く洗脳されて話の通じないやつらだから、気を抜くなよ。特別犯罪対策室の室長さん」
「……はい?」
急なことに反応できず、間抜けな声が出てしまった。
聞き違いだろうが……聞き違いであってほしいが、自分がそのトッププレイヤーが苦戦するような相手と戦うようなことを言われた気がする。
「何のために同席させてると思ってんだよ。明日、そっちの上司から通達されると思うが、おまえらはイベントでの狩り場の取り合いとかを取り締まる任務を受けることになるからな。その時に暴徒鎮圧の名目で経験値を稼ぎに来た杖持ちを捕まえなきゃいけないんだぜ?」
「え、い、いやいやいや! 何で俺!? 他にも強い人いっぱいいるだろ! あんたらとか!」
「オレはダメだ。まだ完全にはほとぼりが冷めてないし、解析のために結構派手に杖を回収したから警戒されてる。経験値効率を度外視して戦力を結集されたらどうしようもない。それに赤兎やマリーがやると同盟の狩り場独占みたくなって裏のやつらに付け入る口実を作ることになるし、第一マリーは洗脳解除、赤兎はイベント中強化されたモンスターのために事故が起きないようにする仕事がある。黒ずきんも一緒に救護班として動くんだ。タイミングが合えば共闘もできるかもしれないが、基本捕獲まではおまえらの仕事だ」
「は!? ちょ、それ職権乱用しろってことか!?」
「いや、乱用にはならない。予測が正しければ、杖持ちのやつらは他のプレイヤーを追いだしてでも経験値を集めようとするはずだ。どちらにしろ暴徒鎮圧任務の対象になる」
口振りからすると、既に上層部とは話が付いている。おそらく、『戦線』のサブマスターでもある赤兎からだろう。
つまり、今までに得た信用を失いたくなければこの作戦に全力で取り組むしかないのだ。
「さあ、戦いやすいようにわかってる限りの情報は教えてやる。だから何としてでも明日を乗り切ってくれ。この世界の未来は、おまえの肩にかかってるぜ」
以前登場させた氷と毒のマジカルステッキ『スターリングラード』と『アウシュビッツ』の伏線がやっと回収できました。
ちなみに、あの二人の誕生の経緯については半分くらいは本当で、『自我を持ってビックリした』という部分はライトの嘘です。性質から自我くらいは持つだろうと予想はしていたものの、想定以上に癖が強く制御できなかったため戦力ではなく攻略の障害と見なして解析のために手元に置いていたというのが真相です。
ちなみに、凡百さんはよくスキル上げでライトのダンジョンに遊びに行ってるので魔法少女達とも普通に知り合い。コスチュームをデザインしてあげたりしているので、地味に気に入られていたりします。




