279頁:特集『宣戦布告! 戦う理由と殺す覚悟』
以前よりジェイソンさんがよく喋るようになっている気もしますが、今回はゲームマスターではないので比較的気楽に戦っているからです。
あと出番が極端に少ないキャラなのでここで喋らないととという事情も……
あれはまだ『恩人』が健在だった頃。
「なんか後味の悪い事件……でしたね。殺されたのが、殺されて当然みたいなクズ野郎だったなんて」
鎌瀬は、『探偵』かつ『弁護士』のような役回りで事件を解き明かす『恩人』の助手として、その日解決した事件を帰り道の間に振り返っていた。
事件の内容をまとめるとこうだ。
とあるパーティーで主力メンバーが失踪。
戦力がガタ落ちして狩りのレベルが下がり、契約していた小規模生産ギルドから『納品されるアイテムの質が落ちて困る』と主力メンバーの捜索を頼まれ、調べてみれば主力メンバー他のパーティーメンバーに罠にはめられて死んでいた。
さらに調べると、その主力メンバーは一人だけ(パーティー内では)飛び抜けたレベルを盾に、『一番強い俺が一番偉いのは当然だ』と好き勝手に振る舞っていたらしい。
要約すれば、わざわざ平均レベルの低いパーティーに入ってお山の大将を気取っていた男が耐えかねた仲間に逆襲された。それだけだ。
そして、パーティーメンバー全員で口裏を合わせてそれを隠していた。
事件の全貌を解き明かしても、誰も殺された者のために泣かず、恨まず、悲しまない。誰も幸せにならない事件だったが、それでも『恩人』は事件を調べ上げ、公正な裁定の後、『大空商店街』の窓口へと通報した。
当初、パーティーメンバーの演技に簡単に騙され、既に死んだと思われていた主力メンバーの死を本当に惜しんでいると思っていた鎌瀬は、真相が分かってからの手の平返しに驚愕し、なんともやるせない気持ちになった。
少なくとも、極悪人ではない人達だったと思う。
それが、人一人を殺した罪を償うことになる。『恩人』が弁護として用意した死者の生前の悪行の証拠をもってしても、無罪放免はありえない。
しかし、その結末を誰よりもわかっているはずの『恩人』は、鎌瀬の隣で歩きながら涼しい顔で言った。
「『殺されて当然』なんて言っちゃだめだよ。殺す側は当然だから殺したわけじゃないし、計画からそれ相応の覚悟を決めて、それから実行したんだから。人が人を殺すっていうのは、『当然』で済ませちゃいけないの」
『恩人』が誰が喜ぶわけでもない真実を解き明かしてのは、その『覚悟』に応えるため……と遠回しに言っているのかもしれないが、鎌瀬としては、罰を受ける覚悟がないからこそ真相を隠していたのではないかと思ってしまう。
しかし、それを口に出したところで『恩人』に嫌な思いをさせるだけかもしれないので言わないが……
「『おまえが余計なことしなければ』……って、恨まれるかもしれないとか、思われるかも……」
「真相を隠したら、『なんで隠したんだ』って怨まれるかもね」
鎌瀬の言葉に被せるように『恩人』はそう言った。
「忘れないで。私たちの仕事は『誰が一番悪いか』を見つけることじゃない。みんなが納得できるように、何が悪かったのかをハッキリさせること。その『みんな』から『死んだ人』を引いたら、納得しない人は殺しちゃえって話になるでしょ?」
真相を隠して生きてる人々が全て幸せになっても、死んだ者は浮かばれない。
「……誰からも『殺されて当然だった』なんて言われるような人でも?」
「……『仲間を身代わりに一人だけ生きて帰ってきた人殺しは、殺されても文句は言えない』って人もいたかもね……ごめんね、意地悪言った。でも、もう死んじゃった人なら何言ってもいいなんて、鎌瀬くんには思ってほしくない」
「……ごめんなさい。助けてもらっておきながら、偉そうなこと言って」
ギルドメンバーを見捨てて逃げたとギルドを追放された鎌瀬。
実際には死に物狂いで仲間を気にかけていられないほど必死に逃げて、どうにか一人で命を拾ったとしても、周りからはそうは思われなかった。当時の自分も、周りから『殺されても当然』だと思われていたかもしれない……少なくとも、そう感じるほどには恨まれた記憶がある。
人が人を殺すということは、何があろうと『当然』で済ませていいことではない。そんなことをすれば、殺された方が浮かばれない。
「でも、その『殺されても当然だった』っていうのも、きっとやっちゃったことを正当化するためにそう思ってるんだよね。本当は、ただ自分たちのパーティーを取り戻したくてどうしたらいいかって悩んでる内に暴走しちゃっただけ。一回解散してどこかのギルドに入って集まりなおしたり、戦い方は他にもあったはずなのに……」
何かが間違ってしまった末に生まれた歪な状態を『何が悪かったか』を突き止めて終わらせる。
『探偵』にしろ『弁護士』にしろ、事前に悲劇を止められない彼女は、やるせない表情で溜め息と共に独り言のように言った。
「『相手を殺してでも止めたいから』じゃなくて『自分はどんな手を使っても大切なものを守りたいから』……そうやって考えてくれてれば、別の結果もあったかもしれないのにね」
《現在 DBO》
9月23日。19時25分。
霧の結界。
『ルーブル・ノワール』ギルドホーム(半壊)。ギルドマスターの執務室。
夜通鷹は一人、外の爆音や銃撃の音を聞きながら部屋の隅でうずくまっていた。
外では壮絶な『殺し合い』が行われている。彼は、情けなくそこから逃げ出した。ギルドマスターの執務室などという場所にいるのも、ここがこのギルドホームの中で二番目に頑丈な部屋だからだ(一番は『危険物専用倉庫』なのだが、さすがに怖くて逃げ込めなかった)。
殺す覚悟ができず、立ち上がることもできない。
同じ組織の仲間の仇のはずの殺人鬼に対して殺意を抱くこともなく、仲間だと思っていたABにはその繋がりすら否定された。
全くの戦力外。部外者どころか邪魔者以下の足手まとい。
これは、もうこれ以上邪魔にならないように縮こまっているしかないだろう。
「本当は『犯罪者』じゃない……そんなこと、わかってたよ」
シャークやミク、ABのことを仲間だと思っていた。
しかし、犯罪組織の他のチームまで仲間だとは思っていなかった。むしろ、やはりどうしようもない悪人ばかりかもしれないと自分達とは違うものだと認識していた。
元々が、『恩人』を匿ってもらうために頼っただけ。『攻略連合』へのスパイ行為もその他の犯罪行為も、全てそのための対価。
誘拐作戦に加担したこともあるが、それも狂言誘拐に近いものだった。
見返りのために働く居候のような立場では、仲間ではないと言われてもしょうがない。嫌われたって文句は言えない。
しかし、それでも夜通鷹にとっては居場所であり仲間だった。
だが、ここで道が分かれた。
仲間の仇をとるために殺す……組織なら、そして犯罪者なら至極真っ当な理屈だ。あちらが現状本気で命を狙ってきているのだから尚更のこと。
それなのに殺し合いが怖いと逃げ出す者など失望されて当然だ。
そうわかっていても、夜通鷹は立ち上がれなかった。
自分の力があればどれだけABの助けになるかもわかっていながら、その力を使おうと思えなかった。
「俺の技なら殺せる……いや、違う。無理だったんだ……あの時、あいつは『殺されずに』いてくれたんだ!」
手首から先のない右腕の震えを、抑えられない。
まだ痛みは残るが、そのせいではない。幻視痛のようなものでもない。
あの瞬間から腕に残る『空振り』の感覚が、恐ろしかった。
「あの時、手首が切断されなかったら……」
間合いを見誤った。
元々、全ての動きを事前にはっきりと入力しておく必要のある『TW2Y』は、非常に繊細な技だ。使いこなすにはかなりの訓練が必要となり、夜通鷹はナイフ投げなどの動きを身体に染み着くほど反復練習することで最小限の時間での投擲をイメージできるようにしている。
だが、相手との間合いにより修正が必要な『背後に回って首にナイフを突きつける』という動きは事前の訓練だけではイメージが不十分だ。
戦闘の中で咄嗟に組み上げた動き、《血に濡れた刃》を仮面で受けたときの視界の揺らぎ、それらの上で精密な動きなど……
「違う……それは言い訳だ。恐かっただけだ、俺は……」
ナイフを右手ごと失った腕は空振った。
つまり、『ナイフを持っていたなら刺さっていた』。
明確に殺意があったわけではない。
しかし、単純に恐慌状態で勢いをつけすぎて止まらなかったわけでもなかった。
同じことを以前、七草にも行ったことがあった。
しかし彼女は『不死身』だった。降参するだろうという彼の確信をあっさりと裏切り、反撃の代償に自ら刃を喉へ通した。
夜通鷹の脳裏には、その『失敗』が鮮明に残っていた。
そして、臆病にも夜通鷹は今回技を唱える瞬間に考えてしまったのだ。
『ナイフを突きつけた程度では、また簡単に逆転されるかもしれない』……と。
刃先が喉に触れる程度なら……
刃先が薄皮を切る程度なら……
刃先が軽く肉に届く程度なら……
背後をとられて首の近くにナイフがあるとわかっても、刺されるまでの一瞬で簡単に抜け出されるかもしれない。
そう思うと、そのタイムラグをなくすためにギリギリまで刃先を進める必要があるかもしれない。しかし、どの程度までならプレイヤーの致命にならないかなど検証したことはなかった。
その動揺がナイフへ伝わった。
相手が事前に策を練っていなければ、夜通鷹は勢い余って致命傷を与えてしまっていた。
たとえるなら、銃の引き金にかけた指に恐怖で力が入りすぎてしまい暴発させたようなもの。
あちらがうまく対応してくれていなければ、殺してしまうところだった。
その点において、奇妙な話だが夜通鷹はあの殺人鬼に感謝の念すら覚えてしまっている。
気付かされてしまったのだ……自分は、いつでも人を殺せる技を持っている。そして、間合いを計り間違えるだけで、加減に失敗するだけで、簡単に相手を殺してしまう。
そう思うと怖くなったのだ。
もちろん、ABと共に戦うべき相手は、そう簡単に殺せる相手ではないだろう。
しかし、『止まった時』と『殺意』を繋げてしまえば、もう戻れない。
「……死んだら元も子もない、そんなことはわかってる……わかってるんだ……」
『人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシだ』などと言いきれるほど信念めいたものではない。『正々堂々戦えば後悔の必要はない』などという自己正当化もできない。そんな生き方ができるほど、確かなものを持っていない。
犯罪組織の仲間にもなりきれず、日常を笑って生きられる自分も捨てられず、大義を抱いて汚れる覚悟もない。
半端な自分が嫌になる……
「『仲間』から逃げてきた罰なのかな……」
両親の離婚から、人と人の絆に疑問を持っていた。
デスゲームに巻き込まれてからは、一緒に生き抜くためにギルドに入って、初めてそれが仲間だと思ったところで突き放された。
それから信じたい人に出会って、今度は自分たちからギルドを作って、それが最悪の形で壊れた。
そして今、夜通鷹は三つの『仲間』を持ちながら、どれも本当の『仲間』と断言できない半端な場所に浮いた。
『……《夜鷹の面》? 「仮面屋」、またなんでそんなアイテム名を付けたんだ?』
『これからの鎌瀬くんにはピッタリかなと思ったのさ。これからは日向と日陰をあっち行ったりこっち行ったり忙しいんだから』
『よだかの星』をモチーフに偽名を作った『仮面屋』の言葉を思い出した。
「ああ……やっとわかった。あいつは、いつかこうなること、わかってたんだな」
皮肉にも過ぎる名前だ。
あるいは警告だったかもしれない。
小説の『よだか』は同族のはずの鳥達に、醜い姿から恥曝しと言われた。
『よだか』はいっそ燃え尽きてしまってもいいからと、太陽に近くへ行かせてほしいと頼むが、太陽は『おまえは夜の鳥だろう』と断られる。
次に『よだか』は夜の星に仲間に入れてほしいと頼むが、星座を成す星達はそれを受け入れなかった。
鳥にも仲間と認められず、明るい日差しの中にも夜空の星達の中にも居場所を持てなかった彼は、最期には孤独に輝く星になった。
「太陽にも夜空にもなれずに仲間にも認められない半端ものってか……あいつは一々シャレを効かせすぎだっての」
犯罪組織『蜘蛛の巣』を仲間と思いながら『攻略連合』を敵視できず、そして仮初めの日常とわかっているはずの『泡沫荘』からも離れなかった。
そしてそれぞれに情が移ってから作り直してもらった仮面のデザインがコウモリに似ているというのも皮肉に過ぎる。
まるで、『フラフラしてるから居場所を失うんだ』と言われているかのようだ。これでは組織の端くれと揶揄していた『仮面屋』のことを強くいえない。
「『恩人』なら……こんなヘマはそもそもしてないか。昼間の時点で異常を感じてる」
数々の犯罪について調査し、それでも一度として殺人鬼ジャックに目を付けられなかった彼女も、一本筋の通った行動をしていた。
事件の後に現れて、何が悪いかを突き止めて、必要以上の情が移らない内に颯爽と立ち去る……決して事件には間に合わない。
事件の起こる前兆を事前に察知して止めようとはしなかった。一つの事件が次へ続かないようにするためのアフターケアは惜しまなかったが、事件の火種を見つけようとはしなかった。
彼女は分を弁えていた。
自分のしていることが人から恨みを買う役割だと自覚していたから、これからことを成そうとする者から睨まれるとわかっていたから、無言の内に『起こしてしまった事件は見逃さないけれど、これから何かをするのは止めはしない』というスタンスを示していた。
『探偵』とは真実を隠したい輩から嫌われ敵視される役回りだ。彼女が戦闘用にレベルとスキルを上げていたのも、その危険性を承知していたのだろう。
「俺じゃなくてあの人なら……こんなことには、ならなかった、ABも……巻き込まなかった……」
あの時、夜通鷹が『深入りするとヤバそうだから今日は帰ろう』と言っていれば、二人は後日『ルーブル・ノワール』の消滅を聞くだけで済んだ。
仲間がいたから自信をもって踏み込めた?
バカを言うのも大概だろう。仲間もいるからこそ普段より用心するべきだった。
そうすれば、ABにあんな殺意を覚えさせることもなかったはずだ。判断を間違えなければ……
次の瞬間、夜通鷹の頭のすぐ横の壁が吹き飛んだ。
「ヒッ……な、流れ弾か……」
もう少し着弾点がずれていれば夜通鷹にもろに炸裂していただろうが、運がよかった。
夜通鷹はおそるおそる空いた穴から外を見る。また流れ弾が来るようなら部屋を変える必要がある……そんな、未だに逃げ隠れしようとする、自分に辟易しながら。
そして、見えた光景は……
手前側に構える、真後ろから見ても一目でわかるほどボロボロの戦車。
その向こうで機関銃とAMLの弾を一方的に浴びせかけるジェイソン。
「な……なんでだよ、どうして避けないんだよ!」
一瞬はキャタピラや機関部が壊れているのかと思った。しかし違う、ジェイソンの狙いに合わせて細かく車体を動かしている。そして、ジェイソンもそれをわかっていて敢えてキャタピラを狙わずに装甲を狙っている。
高威力の弾丸の雨に、装甲の耐久値が削られ表面から一枚一枚バラバラになって粉々に吹き飛んでいく。ABがいつも丁寧に整備していた自慢の砲身がもはや砲として使えないのが明らかなほど歪んでいる。
ABの戦車を召喚するオーバー100固有技『レオパルドX』は、普通の使い魔などの召喚とは違う。回数制限なく少ないEP消費で使えるが、傷が勝手に直ったりはしない。あれはただ、『異空間の倉庫から戦車を出し入れする』というだけの技なのだ。改造するのも修理するのも、燃料補給すら自力。
簡単に使い捨てられるものではないはずなのだ。
しかし、戦車は……ABは、ギルドホームの前から動こうとはしない。
夜通鷹を護るように……身を削って踏みとどまり続ける。
「ふざけるな……何が『仲間じゃない』だ! 何が『犯罪者』だ! オマエだって……悪ぶってただけじゃないか!」
今までどうして悠長にうずくまっていられた?
どうして流れ弾が来なかった?
簡単だ。
ABがジェイソンを引きつけて、このギルドホームへ攻撃させないようにしていたからだ。
そして、その動きが見破られ、あからさまにギルドホームを狙う攻撃を自ら受けに行くしかなくなった。
本当なら、戦車で高威力の近代兵器を山ほど持った殺人鬼を倒すなら機動力を生かして距離をとり、一方的に攻撃できる距離を保ちながら戦うのがベストのはずだ。
それなのに……
「俺はバカか……たとえそこにいるのが、仲間なんかじゃない『赤の他人』だとしても、無視して戦うなんてできないヤツだろ! 本当に憎しみでいっぱいなら、俺の手当なんかよりまず殺人鬼にトドメを刺すだろ! 本当は俺よりも臆病で、固い殻に籠もってないとマトモに戦うこともできない弱虫だったろうが!」
あの殺意は虚勢だ。
そんなことにも気付かないのに、仲間だと思っていた? 聞いて呆れる。
無理にでも怒りを燃やさないと、恐怖で動けなくなってしまっていたから。憎しみでもなんでも理由を作らないと、戦うことができないから。
彼女が変わってしまったのではない……彼女自身が、生き残るために自分を騙していただけなのだ。
人は嘘を吐く。
人を騙し、裏切り、心を隠す。
しかし、それは悪意によるものとは限らない。
絶望から目をそらし小さな希望を大きく見せる……そんな嘘もあるのだ。
同時に、他人を危険に巻き込まないために自分を悪く見せる、そんな嘘も……
そして、彼女はまだ嘘をつき通している。
こんな状態になりながら、助けも呼ばず耐え続けている。
「くっ……」
ここにいてはいけない。
ABは夜通鷹がここにいる限り、絶対に動かない。
「悪い……もう少しだけ耐えてくれ」
夜通鷹は震える脚に拳をたたきつけ、跳び上がるように走り出した。
ABは装甲板のあげる悲鳴を聞きながら呟いた。
「ごめんね……あんなやつにやられっぱなしにさせちゃって」
戦車『レオパルドX』への謝罪だった。
この戦車は初期状態では、ただの現実に存在した戦車シリーズのテンプレートだった。しかし、ABは自分だけのこだわりを持たせることに執着し、固有技を使って改造を繰り返した。
仮にも技術者としての、誰かの作ったものをそのまま使うことを許せないこだわり。自分自身の最高傑作というふうに思うことができると、この死の溢れる世界でも身を任せられた。
燃料や修繕費として金を食うこの技だが、シャークに何度となく勘弁してほしいと泣き付かれても研究費の無心をして自分好みのカスタムを繰り返した。
もちろん、シャークもただ無心を許していたわけでもない。それに見合った働きもちゃんと見せて納得させた。この戦車は、ABと幾多の修羅場を乗り越えた戦友なのだ。
それが……武器になんのこだわりも持たず、パワーに任せて湯水のように兵器を使う怪物に壊されようとしている。
それが悔しい。
まともにぶつかり合えば勝てるかもしれなかったが……
「あんなこと言っといて恥ずかしいなー。でも、あいつ一人なら逃げるのも簡単なんだよねー」
殺人鬼の背後へ飛び込めばこの空間から逃げられる。時を止める夜通鷹なら余裕だろう。
もしかしたら、もう外に逃げているかもしれない。いや、あのヘタレはこんな気遣いも気付かず震えているかもしれないが……
「戦車が爆発して敵二名は死亡……なんてね」
戦車が爆発すれば、さすがに夜通鷹でも気付くだろう。敵もギルドホームを護る動きには気付いているが、夜通鷹の姿はハッキリとは見ていないはずだ。
地下には死体もあった。ギルドホームには爆発物もある。夜通鷹が少し頭を使えば、死を偽装するくらいはできるかもしれない。
あとは彼次第だが、ここぞというところでは底力を見せて何とか生き残るタイプだ。敵討ちなんてする度胸もないし、逃げるのに全力を尽くすだろう。
あと、自分にできることは……
「一矢報いるかー。本当に使うことになる日が来るなんて思ってなかったけど」
操縦席の奥深くに隠していた、ドクロマークの描かれたスイッチ一つだけがついたリモコン。間違って押さないように番号ロック式の頑丈な鍵で封じられた蓋がついているが、その制作者のABはあっさりとその鍵を開封する。
半分冗談のつもりで作った機能だが、これならあの怪物にもそれなりのダメージを与えられるかもしれない。
銃撃の音が止む。
しかし、弾切れで手を止めたわけではないだろう。ハッチ部分の耐久値が限界に達したのだ。乗り込んでくるつもりだろう。
ここまで、敢えてキャタピラを狙わずにいつまで意志を貫けるかを試すようにいたぶってくれた相手だ。最後は直接絶望する顔でも見に来たのだろう。
もはや、外を見るためのレンズも壊れてしまっているが、戦車に備え付けのマシンガンも平気で耐えた鋼の肉体特有の重い足音が剥がれ落ちかけた装甲を踏みつけて戦車の上に上り詰める音。
そして、ハッチが鉈でこじ開けられ……
「Hello! 引きこもりの嬢ちゃん、外で遊ぼうぜ?」
「死んでもイヤだよ、このブサイク」
ハッチから戦車の中を見下ろすジェイソンが火炎放射器を戦車の中に向ける。
ABがスイッチに親指を押し当てる。
そして……
「そのスイッチを入れるのは、ちょっと待ってもらってもいいか? 遅れたのは謝るから」
両者の間にいつの間にか現れていたのは、仮面を付け黒いマントを翻す少年。
ジェイソンはホッケーマスクの中で愉しげに笑みを浮かべた。
「さっきは震えてたガキか。覚悟完了ってか?」
それに対し、夜通鷹は警戒しながらも自嘲気味に笑いながら答える。
「『殺し合い』の覚悟なんてそんなすぐできるもんじゃない。というか、俺には一生かかっても出来ないだろうな……だけどな」
夜通鷹は、『殺意』とは違う純粋な脅威を見極めようとする目で、ジェイソンを睨む。
ABから見える彼の足には僅かな震え……しかし、同時にそれを押さえつけて恐怖に立ち向かう強い意志が感じられた。ABのように、憎悪や敵意で恐怖をごまかしているのではない。恐怖をちゃんと認識しながら、それ以上に強い心で自分を突き動かしている。
「殺し合いなんてする気はない。『殺す』なんていつでもできる……だけどな、『仲間を守る』ってことは今この時にしかできないんだ! 勝手に仲間じゃないって突き放すんだったら、こっちだって勝手に仲間だって呼び続けてやる! さあ、第2ラウンドだ!」




