278頁:特集『開戦! 夜通鷹&AB vs 2人の殺人鬼』
夜通鷹が『ルーブル・ノワール』に潜入してしばらくして、遠くからギルドホームを望遠鏡で見ていたABは異常に気づいた。
モンスターが、ギルドホームへ近付いた。
それも、そちらの方へ行ったというだけでなく、珍しい人工物を調べる野生動物のように触れるほど近くへ。
「あれ……? ギルドの土地なら安全エリアのはず……」
設定を外すことは出来るが、プレイヤーショップを兼ねたギルドホームのフィールド開放はありえない。あるとすれば、ギルドで権限を持つプレイヤーが開放操作を行うか、あるいはギルドが『解散』し、土地の所有権を継承するプレイヤーがいない状態くらいしか……
「絶対何かあったってことだよね……」
ギルドの者に侵入が発覚したところで、それがどうやって安全エリアの消失に関わるかはわからない。しかし、何か尋常ならざるが起きた結果だということは間違いない。
加えて、メールも来ていない。確実に外にも目に見えるほどの何かあって、その説明を送ってこないということは『メールを打つ暇もないほど逼迫した状況』なのだろう。
「一時間にはちょっと早いけど、乗り込むかー。『レオパルドX』」
ABは戦車を召喚し、ギルドホームへと向かう。ただし、さすがに玄関真正面から突っ込む気はないので、距離を保ちながら移動音を抑えつつ、大きく回り込んでギルドホームの裏手から接近するような軌道を描く。
一気に加速しきってしまうとエンジン音が大きく響いてしまうが、少しずつ加速させればかなり静かに移動できる。音を抑えれば、それだけ回り道も小さくて済む。
「確か裏口があったし、正面から入ってないならそっち側だろうしねー……!!」
ようやく戦車が裏手方向まで来た次の瞬間、ABの視界の端に映る、自分のHPバーの下に並んだパーティーメンバー、つまり夜通鷹のHPバーが大きく減少する。
これは先ほどにも増して尋常ならざる事態だ。彼の愛称を『デコイ』と冗談半分で決めたABだが、それは彼の回避力に信頼があってこそ。特に、彼が固有技を使って逃げに入ればあの『イヴ』ですら翻弄できたほどだ。
それが、かすり傷ならともかくHPの半分以上を一気に持っていかれたのが表示からわかる。
「一体何が!」
思わず戦車でギルドホームに全速力で突進しそうになったが、状況がわからない以上は夜通鷹にもダメージが入ってしまうかもしれないと思い直し、戦車のハッチを開けて備え付けの機関銃にカスタムした遠距離用のスコープでギルドホームを見る。室内で何かが起こっているなら何もわからないかもしれないが、爆発トラップにでもはまっていたら煙のエフェクトでわかるかもしれない。そう思ってピントを合わせると……
「地下室? 階段でよく見えな……!!」
そこには、『見えてはいけないもの』がいた。
犯罪組織において、最大の不可侵存在。その象徴の一つである『白い鬼面』が見えていた。
偽物の可能性?
あの夜通鷹が死にかけているのだ。そんな悠長なことを言っている場合ではない。
「間に合え! 間に合え!」
白い鬼面は下を向いている。
もしかしたら、足元の見えない角度にいる夜通鷹を見下ろし、今まさにトドメを刺そうとしているかもしれない。
「オーバー50『超速改修』! 《硬直弾》装填!」
ハッチの上の対モンスター用の機関銃をストックしている設計図の通りの『対プレイヤー狙撃銃』へと改造。ストレージの部品と手元の機械を組み合わせて必要な機能を持つ武器へと作り替える固有技だ。
戦車に固定した状態にして反動を抑え、最初の一発はロックされたスコープの中心を真っ直ぐに狙うように『調節済み』の一発。
相手が止まっている今だけは、確実に当てられる。
その時、ふとした仕草をするように……鬼面が、ABの方を見る。
その、距離に関係なく自分に感づいたかのような動きに飛び上がりそうになる恐怖を押さえつけながら……
「まだ、スコープの真ん中……当たる!」
引き金を弾く。
弾は、自分を見ようと輪を形作る指に吸い込まれ……その先の鬼面の目の穴へと、間違いなく吸い込まれていった。
《現在 DBO》
9月23日。19時10分。
地下倉庫にて。
「デコイ、大丈夫!? うわすごい傷! 早くポーション飲んで!」
地下への階段を駆け下りて足元の夜通鷹に縋り付くAB。
しかし、夜通鷹の表情には仲間が来たことに対する安心は浮かばなかった。
「ば、バカ! なんで来たんだ! 相手が何かわかってるのか!」
「バカはデコイ! こんな傷、しかも出血ダメージが続いてる……早く応急処置だけでもしないと死ぬよ!」
「そんなことしてる場合じゃない! いつまたあいつが襲って来るかわからないんだ! 早く逃げろ!」
「一番強力な硬直弾を打ち込んだからまだ動けないよ! 今の内に逃げるにしても、この手じゃ自分でまともに傷も塞げないし運んでる間に手遅れになる!」
部位欠損を起こすほどの切断ダメージや大きく身体を抉られるような傷がある場合は、傷を受けた後に応急処置をしなければさらに追加で少なくないダメージを受けることになる。もちろん、応急処置がなくとも一定時間経過すれば傷は自然に塞がっていきHPの減少は遅くなり、最終的に止まる。
しかし、夜通鷹の受けた傷はまだ塞がっていく傾向が見られないのだ。
おそらく、殺人鬼のユニークスキル辺りに関係があるのだろうが、右手を喪失している彼自身が治療していては間に合わない。ABはそう判断し、応急用のテープやポーションで無理やりHPの流出を防ぎ補充していく。
ある程度、急場さえ凌げればあとは外に出て先ほど消した戦車を再召喚して街まで全力で移動して転移して逃げる。そう考えてのことだった。
そして、殺人鬼の動きを封じたのは命中後も電撃を放ち続ける持続式の拘束魔法充電弾。この硬直弾なら、最低限の時間は稼げる……はずだった。
「最前線プレイヤーでも、顔面に喰らった直後ならあと一分くらいは動けるわけが……」
「はい、フラグ回収♪」
「AB!」
夜通鷹が咄嗟に彼女を引っ張り寄せなければ、ABは肩甲骨から背骨にあたる範囲をきれいに三枚におろされていたかもしれない。
しかし、それでもとっさの動きで回避できる速度には限度があり……
「っ!!」
脚に深い傷が刻まれ、あまりの痛みに声にならない悲鳴を上げる。
そして、その後ろでゆっくりと立ち上がるのは、袖に隠していたらしきナイフを手にした殺人鬼。
「あと何人か来るかもしれないと思ってたけど、仲間に治療を任せないあたり一人だけだったか……それにしても、《硬直弾》なんて珍しいアイテム使ってるね」
「も、もう動けるなんて……避けられたわけがないのに……」
「いやー、考えごとしてたってのはあるけど、仲間が危ないからってゆっくり狙いつけずに狙撃してくるって怖いことするね。確かに避ける暇なかったよ」
そう言って、殺人鬼はナイフとは逆の手を開く。
それはあの時、遠くを見ようと指の輪を作っていた方の手だ。
そこから……
カツン……と、返しの付いた弾丸が落ちた。
「まさか……あの時、『掴んだ』のか? 弾丸を?」
「なんか出来そうな気がしてやってみたら出来ちゃった。ボクが一番驚いたよ。ま、正確には顔に刺さらないように手の平で受けながら軌道を変えたんだけど……電気系の技なら元々持ってたしね」
被弾は演技。
大げさに後ろへ跳んで収納ボックスへ突っ込んだのも、感電したふりをして動かずにいたのも、夜通鷹の仲間を誘い出すため。
そして、あわよくば一撃で命を刈り取り、そうでなくとも逃走を困難にするため、不意打ちで襲いかかり、足を奪ったのだ。
やはり、格が違いすぎる。
「さーてと、今日はやっぱりツイてないし、このまま後回しにしてるとまた邪魔が入るかもしれないし……偽装工作とかは、とりあえず殺し終わってからでいいか」
殺人鬼は悠々とナイフを振り上げ……
「改めて、全滅の時間だ」
「『TRLPD』『TW2Y』!」
次の瞬間、殺人鬼の振り下ろしたナイフは空を切った。
視界内には標的二人はいない。
「うーん……長くて5秒か6秒くらいかと思ってたけど、仲間を担いで地下から出られたってことは最大で10秒以上いけるのか」
とっくに諦めていたように見えた『時間を止める方』の唐突な戦意の回復に少々戸惑いながらも、ジャックは《血に濡れた刃》と銃を回収し、地下倉庫から外へ出る。
「この広いフィールドに逃げられたら探しようがないなー……と、見せかけて!」
闇雲に外を探すかのように装いながら振り返り、ギルドホームの裏口に手をかける。
「あの傷じゃすぐに遠くへは行けない。後から来た方は戦車を運転してたけど、そんな大きなものが動いた気配もなかった。つまり、遠くへ逃げたふりをしてこの中でボクをやり過ごそうとしてる」
戦車がスピードに乗るまでにかかる時間で乗り込まれたら終わり。そう判断したのだろうが、隠れているのがバレてしまえば袋の鼠だ。
ジャックはゆっくりとドアノブを回し……
「……感触に違和感。ドアの向こうに殺気の残留……罠か」
油断して無防備にドアを開け放てばおそらくドアごと大爆発。
この短時間では中の二人も完全に安全な距離に離れたとは思えないが、おそらく気付かれる前提で『開けられないように』仕掛けた罠だ。
「表に回って……も、今頃あっちにも何か仕掛けてるところだね。殺人鬼相手に籠城戦か……面倒くさい」
時間をかければ、いくらでも攻略法はある。
しかし、その時間をあちらは回復に使い、このギルドホームの守りが破られた瞬間に全力で逃走にはいるだろう。
それを防ぐには、籠城側の予想を上回る短時間で突破するしかないが……
「やーめた! そんなにボクの顔見たくないならこっちから行ってやる義理ないし」
ジャックはドアノブから手を離し、あっさりとギルドホームを離れる。
そして……
「だから、ボクの代わりに遊んでやってよ。こういうシチュエーション、嫌いじゃないでしょ?」
殺人鬼は、古びたペンダントを取り出した。
19時20分。
ギルドホーム内にて。
「不気味なほど静かだね……諦めて帰った?」
「いや、あの殺人鬼なら建物を燃やして炙り出すくらいやるはずだ……何か企んでるなら、その前にどうにかして逃げないと……」
「でも、姿を見せた瞬間を狙ってるかも」
なんとか傷の応急処置を終えた夜通鷹とAB。
しかし、やはり傷の治りが悪く痛みも収まってはいるが消えていない。特に足を負傷したABは歩くことはできても走るのは難しいだろう。
しかし、彼女は諦めているようには見えない。
夜通鷹がとっさに固有技で地下倉庫を脱出した時にも、傷で思うように距離が稼げずとにかくダメ元でギルドホームから離れようとしていた夜通鷹を止め、籠城を指示したのだ。
この非常時に、夜通鷹よりも精神的な立ち直りが早く適切な判断をしていた。そうでなければ、今頃二人ともフィールドのド真ん中で死体になっていただろう。
対して夜通鷹は……
「AB……やっぱり、俺が先にいく。俺が出た後あいつを引きつけてる間に、反対側から出て戦車で逃げろ」
「馬鹿言わないで。もう固有技も見切られてて、しかも片手もない。それじゃあ合流するまで耐えられないでしょ……まさか、犠牲になろうとかって思ってない?」
「だって……そうでもしないと、二人とも死ぬだろ。師匠にメールは出したけど、『殺人鬼』に関しては接触禁止だ。シャークさんもそう判断するし、助けには来ない。俺たちのどっちかが囮になるなら、俺がそうするべきだ。俺は戦車を運転できないけど、ABなら乗り込んで走り出せば逃げ切れるからな。なら、こうするしか……」
「アホか!」
勝手に覚悟を決めようとしている夜通鷹に、ABの振り下ろした拳銃のグリップがヒットする。
「うぐ……何するんだよ」
「私がいつもあんたを『囮』って言うのは、あんたがどんなに追われても諦めずに往生際悪く逃げきる、追う方から見ても追いかけて、追いつめたくなるような魅力のある餌だから! そんな諦めきった顔してたら相手も食いついて来ないよ!」
「ちょ、連打痛い! って、俺そんなふうに見えてたのか?」
確かに、『イヴ』にしても『リリス』にしても、やたら派手に脅かすような追いかけ方をしてきたような憶えがあるが、まさかそんな所に魅力を見出されていたとは思わなかった。
そして、今の夜通鷹にはそんな魅力もないのである。
「……じゃあ、俺もギリギリまで頑張って逃げようとするから、その間に……」
「ドアホか!」
今度は拳銃ではなくマシンガンでの殴打。
これは突っ込みのレベルを越えて普通に暴行と呼べる威力があった。
「頑張るのはそこじゃない! 二人であいつを倒すの! 生き残るにはそれしかないの!」
「……無理だろ。命乞いして忠誠を誓って靴でも舐めた方がまだ生存率高いぞ」
実際にそれをやっても再び『じゃあ死んで』と言われるのがオチだとわかってはいるが、無謀な計画を立てる彼女にそう言わずにはいられなかった。
しかし……
「何言ってるの……これはチャンス。あの殺人鬼に仕留める一期一会のチャンスだよ」
おそらく、『一期一会』ではなく『千載一遇』が正しいだろうが、『一生に一度しか会えない』というのも『遭えば死ぬ殺人鬼』であるジャックにはそれほど間違ってもいないだろう。
だが……夜通鷹はABの言動に違和感を感じる。
バトルマニアの師匠なら戦いたがってもわからなくはないが、本来は危険を避けて敵の間合いの外から戦いたいという性格のABのイメージと合わないのだ。
「そうだ……さっきは硬直弾なんて使ったから防がれちゃったんだ。今度は対モンスター用の殺傷弾を使えば……」
「……AB?」
「あっちはさっきので殺す気はないと思いこんでるはずだから。非殺傷に見せかけて高威力の弾を使えばもしかしたら……」
「AB! 何を言ってるんだ! そんな、まるで……」
ABは銃火器を作りながら、それを殺人に使ったことも、他の犯罪者に使わせたこともない。
それが、彼女の口に出さない誇りだということを夜通鷹は確かに知っている。
それなのに、今の彼女は……
「『殺し合い』を……やろうとしてるみたいじゃないか」
今まで一緒に戦ったことは何度となくあるが、彼女がこんな殺意を顕わにした姿はモンスター相手ですら見たことがない。
怖い……よく知っているはずの相手が、自身の中に信じる彼女の姿が全く知らないものになっていくようで、怖ろしい。
「ねえ……手伝ってくれるよね。『夜通鷹』の技があれば、殺人鬼だって敵じゃないよね?」
気付けば、座り込んだまま距離をとっていた。
自分でもわかるほど、みっともなく怯え、縮み上がり、震えていた。
壁の外にいる殺人鬼に恐怖しているのではない。
目の前の仲間の豹変に懼れおののいているのでもない。
自分達を覆う冷たく残酷な『殺し合い』の空気に、ひたすら凍えていた。
「なんで……なんでだよ! どうしてそんな殺気立ってんだよ! 勝てないなら逃げる! 生き延びて逃げ延びれば勝ちだ! それが俺たち『蜘蛛の巣』だろ!」
絞り出した『殺し合い』を拒絶する言葉。
しかし、数瞬してその言葉を飲み込んだABの返答は……その言葉を、完全に否定していた。
「本当は犯罪者でもなんでもないあんたに! 『蜘蛛の巣』の何がわかるの!?」
それは、夜通鷹の信じていた絆すらも否定していた。
「最近来たばっかりで、いつも外にいるあんたにはわからないでしょ……殺人鬼に、『ジャック』にどれだけ『犯罪者』が殺されてるか! 一般人かもしれなくてもお構いなし、目を付けられただけでチームの仲間まで徹底的に皆殺し……報復すら許されないあいつに、いつ目を付けられるかっていつも心のどこかで思ってる……『犯罪者』じゃないあんたには、わからない」
犯罪組織『蜘蛛の巣』はパーティー単位のチームで動く。
それは、一部を切り捨てて他が逃げ延びられるようにするため。絶対に勝てない相手がいるのがわかっているからだ。
かつて、一夜で滅んだ犯罪者ギルドがあった。
30人近い犯罪者達は、他の犯罪者達を治め犯罪者なりの法と秩序を作ろうとして、その旗揚げに他のVRMMO有名なPKとして知られていた『ジャック』を狙い……逆に、皆殺しにされた。
それ以来、殺人鬼は一つの『理』となった。
目を付けられれば殺される、犯罪者が目立つ動きができない抑止力となった。そのために、大ギルドですら、その積極的な捜索を打ち切った。
幾多の『犯罪者』が、その『理』によってこの世界を去っている。しかし、誰も彼を裁けないし、裁かない。
立ち向かうにはリスクが高すぎるし、殺された者に対しても多くの者が『犯罪者なら仕方ない』と思っている。
しかし、ABの視点からは『犯罪者』は『犯罪者』ではなく『犯罪者』なのだ。
身内の繋がりの薄い犯罪組織と言えど、会うこともあれば話すこともある。そして、名前も知らないままに狩られ、人知れず残して消えていく……
『殺人鬼』は、彼女にとって『犯罪者の仇』なのだ。
しかし、夜通鷹にはその感情は共有できない。
それは、紛れもない事実だった。
「……だけど、殺し合いなんて……」
「殺さなきゃ殺されるよ。なら、殺すしかないでしょ?」
実際、手を抜いて勝てる相手ではないのだ。
戦うなら、殺す気でやるしかなくなるだろう。だが、夜通鷹は……
「……ごめん、俺は、ABと同じ気持ちで戦えない。立ち上がれない」
逃げた……言い訳のしようがないほど、情けなく。
その姿を見て、ABは一言だけ。
「……いいよ、謝らなくて」
それが『許す』という意味ではないことは、明らかだった。
夜通鷹がそれを紛れもない事実とした認識したその時……
「……煙? いや、霧か?」
視界に靄がかかり、目の前のABの顔すら霞む。
それはABも同じようで、しきりに周囲を見回している。
「本当に火を付けたのか!? いや、それにしては臭いがない……何が……」
唐突な爆音。
表口に仕掛けた罠が爆発した音。
つまり……『殺人鬼』が乗り込んできた合図。
高レベルプレイヤーでも危険なダメージを与えるはずの爆炎が夜通鷹達の目に見えるところまで迫り、一時的な炎の壁となって侵入者を阻む。
しかし、『殺人鬼』はそんな壁すら全く意に介さず、足を踏み入れてきた。
「Son of a bitch……俺が頑丈だからって、こんなことさせるかよ。ゴミ掃除なんかに呼びやがって」
炎に焼かれても涼しい顔……いや、涼しい口調で前進する巨漢。
その顔は白いホッケーマスクに隠されて見えないが、全身に満載したRPGや機関銃、それに手にした二振りの鉈がその危険性を如実に示している。
「お、オマエはいったい……」
「ぁあ? 俺か? 俺は『ジェイソン・B・フレンディ』。ま、あのちっちゃい殺人鬼の使い魔だとでも思ってくれていいぜ。そんでもって、この建物の周りは既に俺の空間だ。逃がさねえぜ?」
霧が晴れない。
『ジェイソン』を名乗る者の言うことが本当なら、この霧そのものが空間が展開された証なのだろう。
そして、一点だけ霧が晴れている場所がある。
『ジェイソン』の背後だ。
彼についてまわるように、その背後の霧に不安定な穴が開いている。
「ここから出たきゃ俺を倒せ、出し抜け、踏み越えろ。ちっとは楽しませてくれよな?」
脱出するには、必ず一回は『ジェイソン』の攻撃をかいくぐり後ろへ行かなければならない。そういうことだろう。
夜通鷹なら……『TW2Y』なら、それができる。
しかし、彼は動けなかった。
重装備の殺人鬼が、機関銃を構える。
「じゃ、こっちからいくぜ!」
その瞬間、ABが前へ出て叫んだ。
「私が相手だ! 『レオパルドX』!」
召喚される戦車は、本来は建物内部の空間に収まりきらないが、吹き飛んだ玄関ならギリギリ展開できる。
ABはばらまかれる弾丸を装甲で受け止めながら、車体が広い空間に出ようとするのを利用し、『ジェイソン』を押し出した。
「グォッ……やるじゃねえか!」
押し出されながらも怯まない『ジェイソン』に対し、ABは戦車に乗り込んでエンジンをかけ、さらに加速させる。
「あんたが殺人鬼の味方なら、あんたもぶっ潰すよ!」
戦場はギルドホームの外へ。
夜通鷹は一人、取り残されて震える。
「無理だ……俺には、そっちに行けないよ……AB……」
殺意と憎悪のぶつかる殺し合いの世界。
夜通鷹はその光景を前に、うずくまることしかできなかった。




